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第9章 新たな関係
8.暗闇の会話
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シェニカの治療は、空が茜色になり始めた頃に終了した。
それからすぐに食事を済ませ、一息ついた頃には周囲は真っ暗になり、今、集落にある光といえば、空にある三日月のか細い光だけだ。
魔力の光や焚き火の炎で集落の存在が発覚しない様に、この時間になると全員がテントに戻って明日に備えて眠る。
「テントから出ずに大人しくしとけよ」
「今日は疲れたからもう寝ちゃうよ。おやすみ。ルクトも早く寝るんだよ」
俺はシェニカが1人用のテントに入って結界を張ったのを確認すると、隣にある自分のテントには戻らず集落の入り口付近へと向かった。
真っ暗でほとんど何も見えないが、気配を感じ取れば大きな障害物や人の位置は分かる。
目的の人物は、木の下の影になる所で座り込んで見張りをしていた。
「ちょっと良いか」
「なんでしょう。シェニカ様はよろしいのですか?」
闇に紛れる様な黒い髪、暗い色の服を着ていて、暗さに慣れた目で見ても朧気な身体のシルエットくらいしか分からないので、どんな表情をしているかは見えない。気配を消して木の陰に座っている様子は、まるで黒豹が獲物を待ち伏せしているようだ。
口調は穏やかでも、日中とは違いその目が鋭くなっていることは向けられる視線で分かる。
俺はジルヘイドの隣の木の下に座った。
「疲れたと言っていたから、もう寝ているはずだ」
「そうですか。訳ありの私達を快く治療して頂いて、シェニカ様には頭が上がりません」
「シェニカとあんたは顔見知りだったのか」
「ええ。気になりますか?」
「ああ」
あいつは公的な奴との接触や繋がりを嫌っているのに、将軍だったこいつの顔は覚えていた。俺の知らない2人だけの世界があるみたいで、面白くない。
「国王を始めとした王族らとの繋がりが薄いからか、この国には『白い渡り鳥』様の訪れがあまりありません。
この国の内政が安定していても、それは国としては困った問題なのです。
そんな時、訪問して下さったシェニカ様と繋がりを持とうと、当時の王太子は熱心にシェニカ様の気を惹こうとしていました。
ですがそれは上手くいかず、王族主催のお茶会で、王太子はシェニカ様の飲み物に睡眠薬を入れたそうです。
シェニカ様はご自分で浄化の魔法を使って難を逃れましたが、失敗続きで王太子は焦ったのでしょうね。
身分を振りかざして護衛を遠ざけ、嫌がるシェニカ様を無理矢理馬車に乗せようとしていました。そこに偶然通りかかった私が止めたのです」
「馬車に?」
「王太子はシェニカ様を、首都の外れにある別宅に連れ込もうとしていました。
シェニカ様はあくまでも大事な客人であり、ご本人の意思を無視する行為は頂けません。王族は国民の上に立つ者としてあるべきなのに、そんな行為をするなんて恥ずべき行為です」
「へぇ~。あんた軍人なのに王族とは馴れ合ってないんだな」
将軍という身分であっても立場は王族が上だ。どんなに馬鹿な王族だったとしても、そいつが出した命令ならば忠実に従うものだと思っていた。
「尊敬すべき主であれば、自分達の思想を曲げて傾倒するのは構いませんが、今の国王らはまさに腐っています。この場にいる全ての者達が、私と同じことを思っているんです」
「軍人なのにまともな奴なんているんだな」
「そう言って貰えて嬉しいです。腐った王がいれば、どこかで倒そうとする勢力が現れるのが世の常です。それがたまたま軍人だった私達なだけです」
「あんた、これからどうするんだ?」
「怪我の治療を終え準備を整えたら、幽閉されたエルシード殿下を解放し、首都でクーデターを起こします」
「あんたなら成功させそうだな」
真っ暗だから表情は一切見えないが、男は俺の言葉を聞いて短く笑った。
「まさか『赤い悪魔』にそう言われるとは思いませんでした。光栄です」
「そりゃどうも。なぁ。あんたは国王に意見しただけで拷問を受けたのか?」
「ええ。私の意見を最後まで聞いた後、それが軍部でどれほどの支持を得ているのか知りたいと、賛同者を王の目の前に集めさせられたんです。
すると王はその場にいた全員。私や私以外の将軍、副官、その部下まで全て反逆の意思ありとして捕縛するように命じました。
そして私の目の前で、1人ずつ拷問を受けさせるのです。まるで、こうなったのは私のせいだと罪を突きつけるように。
王妃がサザベルから連れてきた護衛に、私の仲間達が毒を溢れるほど飲ませられたり、絶叫しながら手や足、指を切断されたり、目に剣を突き立てられたりする様子を、私にひたすら見届けさせたんです。
あの時ほど、明確な殺意と激しい憎悪を抱いたことはありません。
すべてが終わった後、王妃は我々を処刑すべきと言っていました。言いなりだった王がその意見を跳ね除け、我々の生命を奪わなかったのは、恐らく昔から知る家臣に対して捨てられぬ思い出があったからでしょう」
「この国、本当に腐ってんだな」
関所で見たサザベルの軍人の数の多さ、立ち寄った町で感じたマードリアの軍人の弱さは、近い将来サザベルに乗っ取られるのを暗示している。
当たり前のことを言っただけで反逆者とみなし、拷問を与えるとは最悪だ。
「そうですね。この国の中枢は、まるで鉱毒に冒された様に腐っているんです。
もともと頭の良くない王子でしたが、王妃を迎え入れてからは言いなりです。王妃もかなりの曲者ですが、サザベルの将軍を相手にするよりはマシです」
「あんたでもサザベルの将軍を相手にするのは厳しいのか?」
「これでも一応元将軍ですから、簡単に負けることはないと思います。でも、サザベルに限らず大国の将軍の相手は務めたくないですね。討ち取れるところまで追い込むのは、正直厳しいところです」
「『黒豹将軍』って呼ばれるあんたなら出来そうだけど」
「それは過大評価ですよ。自分の実力が及ばない相手に戦いを挑むのは、生半可な覚悟ではできません。
それだけでなく、自分の一時の感情に飲まれないように自分を律すること、そして己の実力を良く見極め、弁えなければ何かを失います。
それが自分の生命だけならまだ良いですが、失うのが自分の大事なものであることだってあります。
実際、私は国王への不満と愛国心や正義感に突き動かされ、現国王の暴走を止める機会と方法を見誤った結果、こうして大事な部下を巻き込み、傷つけることになったのですから」
「一時の感情に飲まれないように自分を律し、実力を見極めて弁えるねぇ…」
「噂に聞く戦場での貴方は随分と怖いもの知らずの様ですが、こうして話してみると噂とは違うものですね。貴方にとって大事なものはなんですか?」
「大事なもの…」
「貴方は後悔しないようにして下さい。私の場合、目の前で大事な部下が拷問を受ける姿を見ることになりました。それは現国王らを倒す強い覚悟に変わりましたが、もうあんな思いはこりごりです」
俺は軍人に対して良い印象を持っていないが、この将軍に対してはなぜか悪い印象は受けなかった。
むしろ、もし自分がマードリアの軍人だったのなら、ここにいるこいつの部下の様に、こいつを慕ってクーデターに参加していた気さえする。
このジルヘイドという男は人を引きつける才能を持っているのか、とても不思議な奴だった。
◆
翌日、私は毒を受けて寝たきりになっている患者が集められたテントで治療にあたったのだが。そのテントの中は、まさに地獄の状況だった。
「う…うぅ…。たすけ、てください…」
「大丈夫ですよ。今、解毒の魔法と治療の魔法をかけますからね」
布団の横には吐血した血が溜まった桶がある。毒に蝕まれて苦しくて眠れず、動くことも出来ない。命を繋ぐ最低限の食事と水しか口に出来ないはずだ。やせ細り、顔全体の肉がなくなってギョロリと盛り上がった目は血走っている。衰弱してただ死を待つだけの状態という、凄惨な状況の患者が何人も居た。
解毒できる毒を使われていたが、毒草から作った体内に留まって内部からじわじわと蝕む毒、毒蛇から抽出するたちの悪い毒などが混ぜられていて、治療する私が目を背けたくなるほど苦しんでいる。
ここにいる患者は、普通の白魔道士では解毒できないレベルの毒を大量に摂取させられていた。
早く治療を施して楽にしてあげたいと思って奮起し、込み上げてくる自分の感情を押し殺して治療にあたった。そして最後の1人を治療し終えたところで、少し離れた場所で見守っていたルクトが私の肩を掴んだ。
「おい、お前顔色悪いぞ。もう休め。もう全員終わったから別に構わねぇだろ?」
「もちろんです。もう治療が必要な者はすべて診てもらいました。シェニカ様、無理を強いて申し訳ありませんでした。どうかお休み下さい」
ジルヘイド様がそう言ってくれたので、私はルクトに手を引かれながら、集落から少し離れた木の陰に連れて来られた。
地獄のような光景が広がっていたテントの外は、静かで爽やかな空気と茜色が青空に滲み出してきた綺麗な空が広がっていた。
「お前。大丈夫か?」
向かい合わせに立ったルクトは、私の両肩に手を置いて心配そうな顔で見下ろした。かち合ったその茶色の瞳には、私の強張った顔が映っている。
映ったその顔を見た時、頭の中に鍵をかけて仕舞っていた箱が開いて、思い出したくない記憶が溢れ出てきた。
「ちょっと休めば…。きっと大丈夫」
ルクトの視線から逃れるように俯くと、視線の先にあった力の入らない指先が小刻みに震えだしているのをボンヤリと見つめた。
「魔力切れか?具合悪いのか?」
「……」
指先の震えが手に広がり、今度は膝もガクガクと震えだしているのを他人事の様に見ていた。自分自身が冷静でいられる余裕がなくなっていき、ルクトが心配している声が遠くに聞こえて返事を返せなかった。
「お前っ…!震えてるじゃねぇか。こういう時、どうすりゃいい?俺は何か出来ることはあるか?」
私の異変に気付いたルクトは、私の震える手をギュッと力強く握った。意識を引き戻すようなその強さに、私は縋りたくなってしまった。
「あ……ごめん。じゃあ、ちょっと恥ずかしいけど、我儘聞いてもらっていい?」
「何だ?」
「……抱きしめてもらっていい?」
『抱きしめて欲しい』ってお願いするのが、何だか子供っぽく思われそうな気がした私は、俯きながらルクトに小さな声で伝えた。
するとルクトは握っていた私の手をそっと放し、返事を返す前にギュッと私の背中に手を回して抱きしめてくれた。
「こんくらい我儘じゃねぇよ」
「ありがと…」
緊張の糸が解けて、とうとう本格的に全身がガタガタと震えだした私は、ルクトの優しさに甘えさせてもらった。
「怖かったのか?」
「うん…。昔ね、いろいろあって人の苦しむ顔がトラウマになってるの。そういう顔を見ると、その時のことを思い出しちゃってこんな風になることがあるんだ。
こんな風に身体が震え出すと、誰かに抱きしめてもらって安心しないと落ち着かなくて…。ごめんルクト」
「別にどうってことねぇよ。昔、何があったんだ?」
服越しでも分かるくらいの彼の分厚くて硬い胸に顔が押し当てられ、呼吸のリズムで胸が上下するのを心地よく感じると、少しずつ自分の心も落ち着けそうだ。でも、過去のことを話そうとすると、折角落ち着けそうな状態がまた振り出しに戻ってしまう。
それに。信頼しているルクトであっても、その内容については話せないのだ。
「……あんまり言いたくないの。ごめん」
「そうか。こんくらい我儘にならねぇから、いつでも言えよ」
「うん…。ありがと」
ルクトは私の背中をゆっくりと擦って、落ち着かせようとしてくれた。大きくて暖かい手と、ルクトに包まれる感じがとても安心する。
片手で抱き寄せながら背中を小さく擦り、片手で私の頭を優しく撫でてくれると、次第に震えが収まってきた。頭の中にフラッシュバックする過去の光景が、少しずつ箱の中に押し戻されていく。
「ありがとう。もう、大丈夫だよ」
「お前は無理しがちだ。こんくらいならいつでもやってやるから言えよ?」
「うん」
精神的に落ち着いた状況だからか、ルクトのあったかさと優しさに触れると、もっと彼の事が好きになってしまう。
抱きしめて欲しいってお願いしたのは、これが一番落ち着く方法だからで他意はなかったのだが、『いつでもやってやる』と言われて嬉しかった。
今度、落ち着いている時にも言ってみたいな…。でも恥ずかしくて言えない気がする。
その晩も1泊させてもらい、私達は翌日の早朝に集落を出ることにした。
集落の入り口には、ジルヘイド様や元気になった皆さんが見送りに来てくれた。この集落は移動するから、今度どこで会えるかは分からない。
でも、今度会う時はジルヘイド様やその仲間達が本懐を遂げた時であってほしい。
「治療ありがとうございました。少ないですがお受け取り下さい」
「いいえ。謝礼は結構です。以前ジルヘイド様が私を王太子から助けてくれたお礼です」
私はジルヘイド様から差し出された革袋を両手で遮って断った。
「何もない場所ですから、お言葉に甘えさせて頂きます。その代わり、この国が私達の手で変わった時には何かお礼をさせて下さい」
「はい、そうさせて頂きます。皆さん、どうかご無事でありますように」
ジルヘイド様から差し伸べられた手に私も手を伸ばして握手をすると、次にルクトも握手をしていた。
「この集落から街道に戻る周辺には、モーニダリアンが自生しているのでお気を付け下さい」
「へぇ。自生しているんですか。珍しいですね。気を付けますね」
みんなに手を振りながら集落を後にすると、ルクトが地図とコンパスを頼りに街道へとまた道なき道を歩いてくれた。
「軍人なのに、あんな奴がいるんだってのは意外だったな」
ルクトが視線を前方に固定したまま、ポツリと独り言のような言葉を吐いた。
私もそうだけど、ルクトも軍人に対しては良い感情を持っていない。でも、あの集落にいたジルヘイド様を筆頭に、みんな真っ直ぐな人達だった。
珍しいことに、ルクトはジルヘイド様に対してはいつもの無表情ではなく、私に向けるような表情をしていたし握手もした。ルクトもジルヘイド様に対して何か感じる所があったのだろう。
「そうだね。ジルヘイド様やそのほかの人達もみんな良い人だもんね。クーデターが成功すると良いね」
「あのジルヘイドって奴、『黒豹将軍』って呼ばれる有名な筆頭将軍だ。奴だけじゃなく、あそこにいた奴ら全員将軍や副官を務めてただけあって腕は確かだ。アドーニで見た軍人は弱いやつばっかりだったし、他の町でも同じレベルだろうから多分大丈夫じゃないのか?」
集落を出てしばらく歩いていると、緑の草が広がる中に白い大輪の花が群生している開けた場所に出た。
白い花は、牡丹のように大きな花弁がフリルのように何重にも重なっていて豪華で美しい。だがこれは見ている分には良いが、近寄ってはいけない。
私はルクトから貰ったハンカチをローブの内ポケットから取り出して、口と鼻をカバーするように押し当てた。
「ルクト。ハンカチで口と鼻を抑えてって……どうかした?」
私はルクトにそう声をかけた時、ちょうど緑の草地を歩いていた彼の歩みが止まった。彼が腰をかがめた動作をした後、私の方に振り向いた。
「何だこれ。変わった匂いだな」
ルクトの手には群生している白い大輪の花があった。ルクトはその花に自分の鼻を近付けて、クンクンと匂いを嗅いだ。
「あ!それダメっ!」
私は声を上げたが一歩遅かった。
「くっ……くせぇっ!」
ルクトは意識を失い、緑の草の上に後ろから倒れた。
「ルクトっ!あ~ぁ。気絶しちゃった。クサイって言ってたから、先に浄化の魔法かけてあげようかな」
ルクトの顔に手をかざして浄化の魔法をかけると、次に目覚めさせる魔法をかけようと、ルクトの顔を覗き込んだ。
ーーそういえば、ルクトの寝顔って初めて見るなぁ。野宿の時は私の方が先に寝て、ルクトが先に起きているもんなぁ。
ルクトの頬をツンツンとつついてみると、余計な肉なんてないすっきりした感じが伝わってくる。鼻筋はスッと通り、唇は薄い。首は太くて喉仏が出っ張っている。整った眉は凛々しく、少し切れ上がった目尻もカッコよく見える。
「…かっこいいなぁ」
ルクトのほっぺたをツンツンとつつきながら、そのカッコいい寝顔をジッと眺めた。
「ルクトって、どんな人がタイプなのかな?やっぱりあのお姉さんみたいにボン!キュッ!ボーン!な色気たっぷりの美女だよね?」
自分の身体をペタペタと触ってみたが、残念な感じだった…。
「ねぇねぇルクト。どんな人がタイプ?やっぱり一緒に戦場に行ける人が良い?」
私はルクトの鼻をムニッとつまんだ。
「脅迫した上に主従の誓いで縛ってた私じゃ、ルクトの恋愛対象にはならないかな…?」
ムニッ!ムニッ!
花の影響でこの程度では起きないから、何度もムニッとつまんだ。
「うーん。やっぱりルクトに好きになってもらうには色気がいるよね?どうやったら色気って出るのかな」
私は鞄から手鏡を取り出して、自分の顔を色んな角度から眺めた。
そこには、所々外に跳ねた黒髪のボブヘアに、ルクトから貰ったお気に入りの髪留めがキラキラと輝いて留まっている。21歳の年相応の顔付きだと思っているが、大人びた色気は皆無だ。ルクトとは違い、頬にはぷよぷよのお肉がついている。
しばらく唸りながら鏡を見ていた。
「ルクト、私じゃ望みは薄い?お子様ランチばっかり食べたりしてたから、お子ちゃまとしか見てなかったりする?」
ムニッ!ムニニッ!!ムギュゥ~!!
「あ、捻り過ぎたかな…」
思いっきり鼻を捻った瞬間、ルクトがピクリと小さく動いた。どうやら10分くらい経ったらしい。
「…ここはどこだ?なんでこんなところで寝てんだ?」
目を覚ましたルクトは、キョロキョロと慌てて首を動かして状況を確認しようとした。
「おはよう」
「俺、なんでこんな所で寝てたんだ?」
「えっとね。寝てたんじゃなくて、ハーブの匂いを嗅いで気絶したの」
「匂い…?あ!そうだ、くっせぇ匂いを嗅いだ!鼻がひん曲がるような劇臭だったぞ!」
「あれはモーニダリアンっていうハーブで、至近距離で嗅ぐと強い匂いで気絶しちゃうの。ルクトは悪臭に感じたみたいだけど、ハーブに慣れた人や私には、悪臭じゃなくて強い花の匂いにしか感じないんだよ。
それでも匂いを嗅いだら気絶しちゃうけど、どんな人でも効果はせいぜい10分くらいなんだよ」
「そんな効果のあるハーブなんて聞いたことない。薬にでも加工されて、戦場で使われたらひとたまりもないな」
「このハーブは、至近距離で嗅がせないと気絶しないから安心して。花の蜜と花粉を取って薬にするんだけど、ハーブは摘んじゃうとすぐ枯れちゃうから薬にするのは難しいんだ。
だからこのハーブを使った薬はあまり流通してないんだよ。
薬にしてもすぐ揮発しちゃうし、染み込ませた布をしばらく鼻に押し付けないといけないから、多数の人が動き回っている戦場よりも、牢屋とかで暴れる囚人を大人しくさせるために使われているの」
「へぇ。初めて知った」
「何もしなければ鼻に強い匂いが残っちゃうけど、ルクトはクサイって言いながら気絶したから、残らないように浄化の魔法かけといたからね。じゃ気を取り直して行きましょ!」
ーーあ。摘みすぎたかなぁ。
ルクトが不思議そうな顔をしてしきりに鼻を撫でるような仕草をしているのを見て、バレたのではないかと内心ヒヤヒヤした。
それからすぐに食事を済ませ、一息ついた頃には周囲は真っ暗になり、今、集落にある光といえば、空にある三日月のか細い光だけだ。
魔力の光や焚き火の炎で集落の存在が発覚しない様に、この時間になると全員がテントに戻って明日に備えて眠る。
「テントから出ずに大人しくしとけよ」
「今日は疲れたからもう寝ちゃうよ。おやすみ。ルクトも早く寝るんだよ」
俺はシェニカが1人用のテントに入って結界を張ったのを確認すると、隣にある自分のテントには戻らず集落の入り口付近へと向かった。
真っ暗でほとんど何も見えないが、気配を感じ取れば大きな障害物や人の位置は分かる。
目的の人物は、木の下の影になる所で座り込んで見張りをしていた。
「ちょっと良いか」
「なんでしょう。シェニカ様はよろしいのですか?」
闇に紛れる様な黒い髪、暗い色の服を着ていて、暗さに慣れた目で見ても朧気な身体のシルエットくらいしか分からないので、どんな表情をしているかは見えない。気配を消して木の陰に座っている様子は、まるで黒豹が獲物を待ち伏せしているようだ。
口調は穏やかでも、日中とは違いその目が鋭くなっていることは向けられる視線で分かる。
俺はジルヘイドの隣の木の下に座った。
「疲れたと言っていたから、もう寝ているはずだ」
「そうですか。訳ありの私達を快く治療して頂いて、シェニカ様には頭が上がりません」
「シェニカとあんたは顔見知りだったのか」
「ええ。気になりますか?」
「ああ」
あいつは公的な奴との接触や繋がりを嫌っているのに、将軍だったこいつの顔は覚えていた。俺の知らない2人だけの世界があるみたいで、面白くない。
「国王を始めとした王族らとの繋がりが薄いからか、この国には『白い渡り鳥』様の訪れがあまりありません。
この国の内政が安定していても、それは国としては困った問題なのです。
そんな時、訪問して下さったシェニカ様と繋がりを持とうと、当時の王太子は熱心にシェニカ様の気を惹こうとしていました。
ですがそれは上手くいかず、王族主催のお茶会で、王太子はシェニカ様の飲み物に睡眠薬を入れたそうです。
シェニカ様はご自分で浄化の魔法を使って難を逃れましたが、失敗続きで王太子は焦ったのでしょうね。
身分を振りかざして護衛を遠ざけ、嫌がるシェニカ様を無理矢理馬車に乗せようとしていました。そこに偶然通りかかった私が止めたのです」
「馬車に?」
「王太子はシェニカ様を、首都の外れにある別宅に連れ込もうとしていました。
シェニカ様はあくまでも大事な客人であり、ご本人の意思を無視する行為は頂けません。王族は国民の上に立つ者としてあるべきなのに、そんな行為をするなんて恥ずべき行為です」
「へぇ~。あんた軍人なのに王族とは馴れ合ってないんだな」
将軍という身分であっても立場は王族が上だ。どんなに馬鹿な王族だったとしても、そいつが出した命令ならば忠実に従うものだと思っていた。
「尊敬すべき主であれば、自分達の思想を曲げて傾倒するのは構いませんが、今の国王らはまさに腐っています。この場にいる全ての者達が、私と同じことを思っているんです」
「軍人なのにまともな奴なんているんだな」
「そう言って貰えて嬉しいです。腐った王がいれば、どこかで倒そうとする勢力が現れるのが世の常です。それがたまたま軍人だった私達なだけです」
「あんた、これからどうするんだ?」
「怪我の治療を終え準備を整えたら、幽閉されたエルシード殿下を解放し、首都でクーデターを起こします」
「あんたなら成功させそうだな」
真っ暗だから表情は一切見えないが、男は俺の言葉を聞いて短く笑った。
「まさか『赤い悪魔』にそう言われるとは思いませんでした。光栄です」
「そりゃどうも。なぁ。あんたは国王に意見しただけで拷問を受けたのか?」
「ええ。私の意見を最後まで聞いた後、それが軍部でどれほどの支持を得ているのか知りたいと、賛同者を王の目の前に集めさせられたんです。
すると王はその場にいた全員。私や私以外の将軍、副官、その部下まで全て反逆の意思ありとして捕縛するように命じました。
そして私の目の前で、1人ずつ拷問を受けさせるのです。まるで、こうなったのは私のせいだと罪を突きつけるように。
王妃がサザベルから連れてきた護衛に、私の仲間達が毒を溢れるほど飲ませられたり、絶叫しながら手や足、指を切断されたり、目に剣を突き立てられたりする様子を、私にひたすら見届けさせたんです。
あの時ほど、明確な殺意と激しい憎悪を抱いたことはありません。
すべてが終わった後、王妃は我々を処刑すべきと言っていました。言いなりだった王がその意見を跳ね除け、我々の生命を奪わなかったのは、恐らく昔から知る家臣に対して捨てられぬ思い出があったからでしょう」
「この国、本当に腐ってんだな」
関所で見たサザベルの軍人の数の多さ、立ち寄った町で感じたマードリアの軍人の弱さは、近い将来サザベルに乗っ取られるのを暗示している。
当たり前のことを言っただけで反逆者とみなし、拷問を与えるとは最悪だ。
「そうですね。この国の中枢は、まるで鉱毒に冒された様に腐っているんです。
もともと頭の良くない王子でしたが、王妃を迎え入れてからは言いなりです。王妃もかなりの曲者ですが、サザベルの将軍を相手にするよりはマシです」
「あんたでもサザベルの将軍を相手にするのは厳しいのか?」
「これでも一応元将軍ですから、簡単に負けることはないと思います。でも、サザベルに限らず大国の将軍の相手は務めたくないですね。討ち取れるところまで追い込むのは、正直厳しいところです」
「『黒豹将軍』って呼ばれるあんたなら出来そうだけど」
「それは過大評価ですよ。自分の実力が及ばない相手に戦いを挑むのは、生半可な覚悟ではできません。
それだけでなく、自分の一時の感情に飲まれないように自分を律すること、そして己の実力を良く見極め、弁えなければ何かを失います。
それが自分の生命だけならまだ良いですが、失うのが自分の大事なものであることだってあります。
実際、私は国王への不満と愛国心や正義感に突き動かされ、現国王の暴走を止める機会と方法を見誤った結果、こうして大事な部下を巻き込み、傷つけることになったのですから」
「一時の感情に飲まれないように自分を律し、実力を見極めて弁えるねぇ…」
「噂に聞く戦場での貴方は随分と怖いもの知らずの様ですが、こうして話してみると噂とは違うものですね。貴方にとって大事なものはなんですか?」
「大事なもの…」
「貴方は後悔しないようにして下さい。私の場合、目の前で大事な部下が拷問を受ける姿を見ることになりました。それは現国王らを倒す強い覚悟に変わりましたが、もうあんな思いはこりごりです」
俺は軍人に対して良い印象を持っていないが、この将軍に対してはなぜか悪い印象は受けなかった。
むしろ、もし自分がマードリアの軍人だったのなら、ここにいるこいつの部下の様に、こいつを慕ってクーデターに参加していた気さえする。
このジルヘイドという男は人を引きつける才能を持っているのか、とても不思議な奴だった。
◆
翌日、私は毒を受けて寝たきりになっている患者が集められたテントで治療にあたったのだが。そのテントの中は、まさに地獄の状況だった。
「う…うぅ…。たすけ、てください…」
「大丈夫ですよ。今、解毒の魔法と治療の魔法をかけますからね」
布団の横には吐血した血が溜まった桶がある。毒に蝕まれて苦しくて眠れず、動くことも出来ない。命を繋ぐ最低限の食事と水しか口に出来ないはずだ。やせ細り、顔全体の肉がなくなってギョロリと盛り上がった目は血走っている。衰弱してただ死を待つだけの状態という、凄惨な状況の患者が何人も居た。
解毒できる毒を使われていたが、毒草から作った体内に留まって内部からじわじわと蝕む毒、毒蛇から抽出するたちの悪い毒などが混ぜられていて、治療する私が目を背けたくなるほど苦しんでいる。
ここにいる患者は、普通の白魔道士では解毒できないレベルの毒を大量に摂取させられていた。
早く治療を施して楽にしてあげたいと思って奮起し、込み上げてくる自分の感情を押し殺して治療にあたった。そして最後の1人を治療し終えたところで、少し離れた場所で見守っていたルクトが私の肩を掴んだ。
「おい、お前顔色悪いぞ。もう休め。もう全員終わったから別に構わねぇだろ?」
「もちろんです。もう治療が必要な者はすべて診てもらいました。シェニカ様、無理を強いて申し訳ありませんでした。どうかお休み下さい」
ジルヘイド様がそう言ってくれたので、私はルクトに手を引かれながら、集落から少し離れた木の陰に連れて来られた。
地獄のような光景が広がっていたテントの外は、静かで爽やかな空気と茜色が青空に滲み出してきた綺麗な空が広がっていた。
「お前。大丈夫か?」
向かい合わせに立ったルクトは、私の両肩に手を置いて心配そうな顔で見下ろした。かち合ったその茶色の瞳には、私の強張った顔が映っている。
映ったその顔を見た時、頭の中に鍵をかけて仕舞っていた箱が開いて、思い出したくない記憶が溢れ出てきた。
「ちょっと休めば…。きっと大丈夫」
ルクトの視線から逃れるように俯くと、視線の先にあった力の入らない指先が小刻みに震えだしているのをボンヤリと見つめた。
「魔力切れか?具合悪いのか?」
「……」
指先の震えが手に広がり、今度は膝もガクガクと震えだしているのを他人事の様に見ていた。自分自身が冷静でいられる余裕がなくなっていき、ルクトが心配している声が遠くに聞こえて返事を返せなかった。
「お前っ…!震えてるじゃねぇか。こういう時、どうすりゃいい?俺は何か出来ることはあるか?」
私の異変に気付いたルクトは、私の震える手をギュッと力強く握った。意識を引き戻すようなその強さに、私は縋りたくなってしまった。
「あ……ごめん。じゃあ、ちょっと恥ずかしいけど、我儘聞いてもらっていい?」
「何だ?」
「……抱きしめてもらっていい?」
『抱きしめて欲しい』ってお願いするのが、何だか子供っぽく思われそうな気がした私は、俯きながらルクトに小さな声で伝えた。
するとルクトは握っていた私の手をそっと放し、返事を返す前にギュッと私の背中に手を回して抱きしめてくれた。
「こんくらい我儘じゃねぇよ」
「ありがと…」
緊張の糸が解けて、とうとう本格的に全身がガタガタと震えだした私は、ルクトの優しさに甘えさせてもらった。
「怖かったのか?」
「うん…。昔ね、いろいろあって人の苦しむ顔がトラウマになってるの。そういう顔を見ると、その時のことを思い出しちゃってこんな風になることがあるんだ。
こんな風に身体が震え出すと、誰かに抱きしめてもらって安心しないと落ち着かなくて…。ごめんルクト」
「別にどうってことねぇよ。昔、何があったんだ?」
服越しでも分かるくらいの彼の分厚くて硬い胸に顔が押し当てられ、呼吸のリズムで胸が上下するのを心地よく感じると、少しずつ自分の心も落ち着けそうだ。でも、過去のことを話そうとすると、折角落ち着けそうな状態がまた振り出しに戻ってしまう。
それに。信頼しているルクトであっても、その内容については話せないのだ。
「……あんまり言いたくないの。ごめん」
「そうか。こんくらい我儘にならねぇから、いつでも言えよ」
「うん…。ありがと」
ルクトは私の背中をゆっくりと擦って、落ち着かせようとしてくれた。大きくて暖かい手と、ルクトに包まれる感じがとても安心する。
片手で抱き寄せながら背中を小さく擦り、片手で私の頭を優しく撫でてくれると、次第に震えが収まってきた。頭の中にフラッシュバックする過去の光景が、少しずつ箱の中に押し戻されていく。
「ありがとう。もう、大丈夫だよ」
「お前は無理しがちだ。こんくらいならいつでもやってやるから言えよ?」
「うん」
精神的に落ち着いた状況だからか、ルクトのあったかさと優しさに触れると、もっと彼の事が好きになってしまう。
抱きしめて欲しいってお願いしたのは、これが一番落ち着く方法だからで他意はなかったのだが、『いつでもやってやる』と言われて嬉しかった。
今度、落ち着いている時にも言ってみたいな…。でも恥ずかしくて言えない気がする。
その晩も1泊させてもらい、私達は翌日の早朝に集落を出ることにした。
集落の入り口には、ジルヘイド様や元気になった皆さんが見送りに来てくれた。この集落は移動するから、今度どこで会えるかは分からない。
でも、今度会う時はジルヘイド様やその仲間達が本懐を遂げた時であってほしい。
「治療ありがとうございました。少ないですがお受け取り下さい」
「いいえ。謝礼は結構です。以前ジルヘイド様が私を王太子から助けてくれたお礼です」
私はジルヘイド様から差し出された革袋を両手で遮って断った。
「何もない場所ですから、お言葉に甘えさせて頂きます。その代わり、この国が私達の手で変わった時には何かお礼をさせて下さい」
「はい、そうさせて頂きます。皆さん、どうかご無事でありますように」
ジルヘイド様から差し伸べられた手に私も手を伸ばして握手をすると、次にルクトも握手をしていた。
「この集落から街道に戻る周辺には、モーニダリアンが自生しているのでお気を付け下さい」
「へぇ。自生しているんですか。珍しいですね。気を付けますね」
みんなに手を振りながら集落を後にすると、ルクトが地図とコンパスを頼りに街道へとまた道なき道を歩いてくれた。
「軍人なのに、あんな奴がいるんだってのは意外だったな」
ルクトが視線を前方に固定したまま、ポツリと独り言のような言葉を吐いた。
私もそうだけど、ルクトも軍人に対しては良い感情を持っていない。でも、あの集落にいたジルヘイド様を筆頭に、みんな真っ直ぐな人達だった。
珍しいことに、ルクトはジルヘイド様に対してはいつもの無表情ではなく、私に向けるような表情をしていたし握手もした。ルクトもジルヘイド様に対して何か感じる所があったのだろう。
「そうだね。ジルヘイド様やそのほかの人達もみんな良い人だもんね。クーデターが成功すると良いね」
「あのジルヘイドって奴、『黒豹将軍』って呼ばれる有名な筆頭将軍だ。奴だけじゃなく、あそこにいた奴ら全員将軍や副官を務めてただけあって腕は確かだ。アドーニで見た軍人は弱いやつばっかりだったし、他の町でも同じレベルだろうから多分大丈夫じゃないのか?」
集落を出てしばらく歩いていると、緑の草が広がる中に白い大輪の花が群生している開けた場所に出た。
白い花は、牡丹のように大きな花弁がフリルのように何重にも重なっていて豪華で美しい。だがこれは見ている分には良いが、近寄ってはいけない。
私はルクトから貰ったハンカチをローブの内ポケットから取り出して、口と鼻をカバーするように押し当てた。
「ルクト。ハンカチで口と鼻を抑えてって……どうかした?」
私はルクトにそう声をかけた時、ちょうど緑の草地を歩いていた彼の歩みが止まった。彼が腰をかがめた動作をした後、私の方に振り向いた。
「何だこれ。変わった匂いだな」
ルクトの手には群生している白い大輪の花があった。ルクトはその花に自分の鼻を近付けて、クンクンと匂いを嗅いだ。
「あ!それダメっ!」
私は声を上げたが一歩遅かった。
「くっ……くせぇっ!」
ルクトは意識を失い、緑の草の上に後ろから倒れた。
「ルクトっ!あ~ぁ。気絶しちゃった。クサイって言ってたから、先に浄化の魔法かけてあげようかな」
ルクトの顔に手をかざして浄化の魔法をかけると、次に目覚めさせる魔法をかけようと、ルクトの顔を覗き込んだ。
ーーそういえば、ルクトの寝顔って初めて見るなぁ。野宿の時は私の方が先に寝て、ルクトが先に起きているもんなぁ。
ルクトの頬をツンツンとつついてみると、余計な肉なんてないすっきりした感じが伝わってくる。鼻筋はスッと通り、唇は薄い。首は太くて喉仏が出っ張っている。整った眉は凛々しく、少し切れ上がった目尻もカッコよく見える。
「…かっこいいなぁ」
ルクトのほっぺたをツンツンとつつきながら、そのカッコいい寝顔をジッと眺めた。
「ルクトって、どんな人がタイプなのかな?やっぱりあのお姉さんみたいにボン!キュッ!ボーン!な色気たっぷりの美女だよね?」
自分の身体をペタペタと触ってみたが、残念な感じだった…。
「ねぇねぇルクト。どんな人がタイプ?やっぱり一緒に戦場に行ける人が良い?」
私はルクトの鼻をムニッとつまんだ。
「脅迫した上に主従の誓いで縛ってた私じゃ、ルクトの恋愛対象にはならないかな…?」
ムニッ!ムニッ!
花の影響でこの程度では起きないから、何度もムニッとつまんだ。
「うーん。やっぱりルクトに好きになってもらうには色気がいるよね?どうやったら色気って出るのかな」
私は鞄から手鏡を取り出して、自分の顔を色んな角度から眺めた。
そこには、所々外に跳ねた黒髪のボブヘアに、ルクトから貰ったお気に入りの髪留めがキラキラと輝いて留まっている。21歳の年相応の顔付きだと思っているが、大人びた色気は皆無だ。ルクトとは違い、頬にはぷよぷよのお肉がついている。
しばらく唸りながら鏡を見ていた。
「ルクト、私じゃ望みは薄い?お子様ランチばっかり食べたりしてたから、お子ちゃまとしか見てなかったりする?」
ムニッ!ムニニッ!!ムギュゥ~!!
「あ、捻り過ぎたかな…」
思いっきり鼻を捻った瞬間、ルクトがピクリと小さく動いた。どうやら10分くらい経ったらしい。
「…ここはどこだ?なんでこんなところで寝てんだ?」
目を覚ましたルクトは、キョロキョロと慌てて首を動かして状況を確認しようとした。
「おはよう」
「俺、なんでこんな所で寝てたんだ?」
「えっとね。寝てたんじゃなくて、ハーブの匂いを嗅いで気絶したの」
「匂い…?あ!そうだ、くっせぇ匂いを嗅いだ!鼻がひん曲がるような劇臭だったぞ!」
「あれはモーニダリアンっていうハーブで、至近距離で嗅ぐと強い匂いで気絶しちゃうの。ルクトは悪臭に感じたみたいだけど、ハーブに慣れた人や私には、悪臭じゃなくて強い花の匂いにしか感じないんだよ。
それでも匂いを嗅いだら気絶しちゃうけど、どんな人でも効果はせいぜい10分くらいなんだよ」
「そんな効果のあるハーブなんて聞いたことない。薬にでも加工されて、戦場で使われたらひとたまりもないな」
「このハーブは、至近距離で嗅がせないと気絶しないから安心して。花の蜜と花粉を取って薬にするんだけど、ハーブは摘んじゃうとすぐ枯れちゃうから薬にするのは難しいんだ。
だからこのハーブを使った薬はあまり流通してないんだよ。
薬にしてもすぐ揮発しちゃうし、染み込ませた布をしばらく鼻に押し付けないといけないから、多数の人が動き回っている戦場よりも、牢屋とかで暴れる囚人を大人しくさせるために使われているの」
「へぇ。初めて知った」
「何もしなければ鼻に強い匂いが残っちゃうけど、ルクトはクサイって言いながら気絶したから、残らないように浄化の魔法かけといたからね。じゃ気を取り直して行きましょ!」
ーーあ。摘みすぎたかなぁ。
ルクトが不思議そうな顔をしてしきりに鼻を撫でるような仕草をしているのを見て、バレたのではないかと内心ヒヤヒヤした。
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