天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第9章 新たな関係

3.物価が高い街

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空が茜色に染まりつつある夕刻に、私達はシュゼールの街に到着した。
この街は、地方都市にしては規模が少し小さくこじんまりしているが、首都とは違って城壁に囲まれておらず、大通りなどが綺麗な賽の目に区切られた整然とした街だった。



街の周辺には果樹園が広がっているので、緑の木々が赤や黄色、黄緑色の実を誇らしげにつけていて、とてもいい香りが街道でも感じられた。





「ねぇあの木見て!ララバの実がいっぱいなってる~!道理で街の中でもいい匂いがするわけだね」


「街路樹代わりに植えられてるみたいだな」


私達の視線の先にある背の高いララバの木には、人の顔がすっぽりと収まるくらい1枚が大きい葉っぱが生い茂り、黄色の実がなっている。
硬い皮に包まれた実は、高い位置から頭の上に落ちると怪我の原因になるので、木の下に入れないように柵が設置されていた。


街を歩くと、ララバの爽やかで甘い匂いが街の中にも広がっていて、とてもワクワクする気持ちになれた。




「ねぇ!宿を取る前に市場に行ってみてもいい?」


「あんまりはしゃいで俺から離れるなよ」


そのいい匂いに誘われるように、私達は宿を取る前に市場に向かって歩き始めた。

大通りを歩いているが、この街には傭兵や観光客の姿は少なく、果物を取引したり運搬する商人達と民間人を多く見かける。





今回、私は治療の意思がないのでフードを被って歩いている。

いつもなら立ち寄る街で治療院を開くのだが、ルクトが「この国はあまり良い国じゃない。用を済ませたら早く出た方が良い」と真剣な顔で言うのだ。

彼がこんなことを言うのは初めてなので、私は素直に頷いた。それに神殿新聞で見る限り、この国には間を置かずに『白い渡り鳥』が来ているようなので、貧民街でなければおそらく治療院を開かなくても大丈夫だろう。




「ルクト。林檎が銀貨1枚だって。何だか物価高くない?」


どの街も市場は活気のある場所なのだが、この街の市場は住民ばかりが来ているらしく、夕食や酒盛りの買い出しで賑わっている時間なのに、テントの前で楽しそうに品定めしている人は少ない。

人がまばらの市場で普通の声を出すのは流石に憚られたので、私は小声で隣を歩くルクトに声をかけた。





「そうだな。酒なんて他の街の2倍近くするぞ?なんでこんなに物価が高いんだか」


何か面白いものがないかと見て回ったが、商品よりもその物価の高さに驚いて何も買わなかった。

ルクトの言う通りお酒は2倍近い。首都は他の街と変わらない値段だったのに、ここは交通の便が悪いわけでもないのに、お酒に限らず色んな物の値段が2倍近くする。




市場をブラブラした後は、街の大通りから1本入った所にある安宿で、いつも通りシングルの部屋を取ることにしたのだが。



宿も例に漏れず高かった。




「シングルの部屋が2つで料金は金貨1枚だよ?高級宿はいくらになるのか考えただけで恐ろしいわ」



宿屋の料金はもちろん街や宿ごとに違うものだが、私は毎回安宿を選んでいるので、だいたいシングルの部屋が1つで銀貨2枚から4枚の範囲内でおさまる時が多い。

トラントの首都でさえ宿の料金はシングル1つで銀貨4枚だった。
ここは1人銀貨5枚だが、首都の宿よりも部屋の中は質素だしベッドマットも硬い。明らかに物価が高すぎる。




「今日は食堂でメシ食ったら、外に飲みに行かねぇか?」


2階の部屋から1階の食堂に向かう階段を下りていると、隣を歩くルクトが前を見たままそんなことを言ってきた。

ルクトと同じ場所でお酒を飲むとしたら宿の食堂が多いので、酒場に行ったことはない。こんな提案をしてくるのは初めてだが、どうかしたのだろうか。




「え?酒場?食堂で飲むんじゃなくて?」


「この街の情報を仕入れたい」


「うん。良いよ」


ーーなるほど。情報を仕入れるために酒場に行きたかったのか。確かに、宿の食堂よりも多くの客が来る酒場に行った方が情報は得られるだろう。






食堂で食事を済ますと、酒場の建ち並ぶ小道を歩きながらルクトが選んだお店に入った。だが、店内は4人しか座れないカウンターしかなく、お客さんは1人もいなかった。



ーーお客さんが1人もいないんじゃ、情報は仕入れられないよね。別のお店に行くのかな?


狭い店内を何度も見渡してみても、カウンターの向こう側にウエイターの格好をした白髪交じりのおじさんしかいない。そもそもこのお店、外に看板は出ていなかったし、扉の横に蝋燭の入ったランタンが掛けられただけの状態だったが、本当にここは酒場なのだろうか。





「なぁ。何でこの街は物価が高いんだ?」

困惑する私を他所に、ルクトはスタスタと奥へと進み、慣れた感じでカウンター席に座って2人分のお酒を注文し、淡々とお酒を準備する穏やかそうな店主に話しかけた。



「物価が高いのはこの街だけじゃないんです。首都やベルチェと言った何もしなくても人が集まる場所や、観光地などがある街ならば普通の物価水準ですが、首都に治める税金が払えない街はこうして物価を上げるしかないんです」


「それはこの国が課している税額が高いってことか?」


「そうですね。隣国トリニスタの2倍というところでしょうか」


トリニスタは観光に成功している国だ。そういう国はもちろん地方都市に課している税額は高いはずだ。


その2倍ということは、観光地や傭兵街、商人街だったら何とか払えるだろうが、特色のない街になればその税負担はかなりのものだろう。
この街はまだ果樹の街として成り立っているが、それでも物価は2倍近い。特徴のない小さな町や村だと、2倍じゃ済まないと簡単に予想がつく。




「何でそんなに高い税金をかける?戦争の資金か?」


「えぇ」


店主が私達の前にビールの入ったグラスを置くと、ルクトは店主にお金を支払うのか金貨を1枚カウンターの上を滑らせるように置いた。2人分のグラスを置いた店主は、その金貨を静かに受け取った。


いくらこの街が物価が高いとは言え、お酒の代金にしては十分すぎる金額だ。
キョロキョロと金額が分かるものはないかと見回してみたが、メニューもなければ金額が分かる張り紙も何もなかった。





「現国王になってから戦争が多くなりましたので、成人するとほぼ強制的に徴兵されます。そして資金を得るために、貧民街を除く全ての大小様々な街や村に高い税を課しています。
その結果、当然ですが果樹園しかないこの街の物価は上がり、目立った観光地でもないのに物価は高いので観光客の足は遠のく。
街としては収入が得られないのに国から課された税金は高いままなので、商売をしている者としては物価を上げ続けるしかないのです」


店主はため息混じりにそう言いながら、洗い終わったコップを白い布巾でキュッキュと音を立てて拭き始めた。



「誰か国王に意見するものは居ないのか?」



「当時の大臣や宰相が意見したそうですが、国王はその意見を聞くどころか、意見した者をクビにしています。ですから、今、国の中枢に国王に意見する者は誰一人おりません」



「最悪な国王だな」



「えぇ。国に不満を持つ者は多くおりますが、『白い渡り鳥』様を頻繁に招いて下さいますし、納税できない街は、多少の猶予を決めて待って下さるそうです。
税負担は重いのですが悪政とはまでは言えないので、その不満が民衆が蜂起するだけの原動力にはなっていないのです」



「生かさず殺さずってやつか」



「現国王については諦めるしかありませんが、滅多に姿を現さない王太子が国王になった時、父王とは違って内政に目を向けてくれることを祈るしかありません」



「なぜそうまでして戦争ばかりしてるんだ?この国はいつも侵略戦争を起こしているが、侵攻した先の領土を少し自国に組み込むだけで、首都まで落としたことなんてなかったはずだが」



「以前出た国からのお触れに、『隣国への侵略戦争は必要なことだから』としか書かれていませんでしたから、明確な理由は分かりません。
私達のような者に集まってくる情報では、世界の覇権を取りたいからだとか、国王がただ戦争好きなだけだとか、防衛戦よりも侵略戦争の方が兵士や国民の関心を引けるからなど、様々な噂だけが飛び交っています」




ルクトはそこまで話を聞くと、お酒を全部飲み干して椅子から立ち上がった。私も慌ててお酒を飲み干して、彼の背中を追うようにお店を出た。





「変わった酒場だったね」

淡い魔力の光に照らされた石畳の小道を歩きながら、隣のルクトを見上げた。
夜にこうして並んで街の中を歩く機会がないからなのか、いつもよりルクトが大きく感じられた。




「さっきの店は情報屋と言われる店だ。あーいう店の店主は色んな所に見えないパイプを持っているし、客から聞いた情報も合わせて教えてくれるようになってるから、欲しい情報を効率よく聞くことが出来る」




「へぇ。そうなんだ。私、初めて知った。何だかルクトがかっこよく見えたよ」




私がそう言うと、ルクトはピタリと歩みを止めて『何を言ってるんだ?』という表情で私を見下ろした。


情報屋というお店の存在を初めて聞いたし、初めて利用した。
右も左も分からない状況の中、ルクトが慣れた感じで注文したり、話を聞いている姿はかっこよく見えたのだが。


何か変なことを言っただろうか。もしかして照れてるのだろうか?




「ルクト?もしかして照れてるの?」


「照れてねぇよ。情報屋を初めて知ったって言ったから驚いただけだ」


ルクトはプイッと前を向くと、いつもより速いスピードで歩いて宿へと戻った。



いつも私の歩調に合わせてくれるルクトだが、何故かスタスタと先導するように歩くので私は小走りで彼の背中を追いかけることになってしまった。

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