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第7章 コロシアム
6.繋ぎの結晶
しおりを挟むカロン様の屋敷を出て、今回もレオンさんの先導で宿へ向かう大通りを歩いていると、隣を歩くルクトが眉を顰めながら話しかけてきた。
「なぁ、領主が言ってたカケラってなんだ?」
「あぁ。あれは『繋ぎの結晶』のカケラのことだよ。ルクトは知らない?レオンさんは?」
「何だそれ。知らねぇ」
ぶっきらぼうなルクトらしい返事が返ってきた。そもそもこの話はルクト自身が私に聞いてきたんだから、「教えて」っていう踏み込んだ返事を返そうよ。
「俺は名前だけ知ってるが、仕組みとか良く知らないし持ってない」
レオンさんは面倒くさそうな顔をして振り返った。似たような2人なのに、レオンさんは存在を知っているってことは、きっとカロン様の屋敷にいる時に見聞きしたんだろう。
「そっか。じゃあ教えてあげよう!『繋ぎの結晶』って言うのは、ここ数年で開発された、離れた人と手紙をやり取りする道具だよ。
『再生の砂』に似た所があって、自分の血を特殊な砂に染み込ませて魔力を込めると結晶化するの。
連絡を取りたい人と互いの結晶のカケラを渡しておけば、フィラって鳥が手紙を運んでくれるんだ。
ほら!あそこに小鳥屋があるし、折角だから2人とも作ろうよ!」
私は立ち止まって、通りの先にある小鳥屋を指差した。
小鳥屋は目立つ様に、大きく羽ばたく鳥を描いた木製の看板が掲げられている。この小鳥屋の看板は、どの国でも同じデザインなのですぐ分かる。
「俺はいらねぇなぁ。手紙なんてやり取りする奴なんていないし」
「同感」
レオンさんはめんどくさそうに、ルクトは興味無さげな反応だ。
「絶対作った方が良いって!便利なんだからさ」
「便利って、どう便利なんだよ。馬で手紙を運ぶか鳥が手紙を運ぶかだけの違いで、結局どっかに取りに行かないといけねぇんだろ?」
ルクトはめんどくさそうに言いながら大アクビをした。
この2人は本当に手紙をやり取りする人がいないらしい。
フィラでの手紙のやり取りは、普通の手紙のように親しい人とやるだけじゃなくて、お店にカケラを預けておけば貴重な物の仕入れがあったら教えて貰ったり出来るから、2人のような人でも便利なんだけどなぁ。
「じゃあ使い方から教えてあげる。
どういう仕組みかは分からないけど、作った結晶から剥がれるカケラは必ず同じ大きさになるの。
フィラに手紙を送りたい相手のカケラを舐めさせると、より大きなカケラの塊、つまり結晶の持ち主に向かって空を飛んで行く習性があるんだよ。
例えば、私のカケラとレオンさんのカケラをお互いに交換しておくでしょ?私がレオンさんに手紙を送りたい時、手紙を足に結びつけたフィラにレオンさんのカケラを舐めさせる。
すると、フィラは大元の結晶を持つレオンさんの所に向かって飛んでいくんだよ。
空を飛ぶ鳥が運ぶから普通の郵便に比べてかなり早くやり取り出来るし、フィラは移動してるレオンさんの所まで直接来てくれるんだよ。ね、便利でしょ?」
民間人や軍人、傭兵団に所属する傭兵、王族など、拠点となる場所にいる相手との手紙のやり取りは、郵便屋が荷馬車や早馬を使って手紙を運んでいる。
一方、拠点を持たない旅商人、傭兵、『白い渡り鳥』などに連絡を取りたい時、彼らが立ち寄る可能性が高い各地の商人組合、傭兵組合、神殿に伝言を手当たり次第に言付けるということをやっていた。
でも、このフィラを使うと、拠点を持たない者達との直接的なやり取りが可能になったし、郵便屋に頼むよりも格段に早いスピードでやり取り出来るようになった。
この繋ぎの結晶とフィラという小鳥は、郵便方法に革命を起こした。
「へぇ。その鳥は舐めた結晶の魔力に反応するのか?」
よし!レオンさんが食いついた!これを逃してはいけない。
「魔力なのか血なのかは分かんないなぁ。ほら!折角仲良くなったんだから2人とも作ろ?」
私は2人の太い腕を両脇に抱え、少々強引に引っ張って小鳥屋に連れて行った。
お店の軒先には、黒や茶色の小鳥がフィーフィーと鳴きながら忙しなく動き回っている籠がいくつも置いてある。
フィラの生態はよく分かっていないが、生息する場所で身体の色が黒や茶色になるらしい。
「これがフィラって鳥だよ」
「へぇ。初めて見るな」
ルクトとレオンさんは、鳥籠を覗き込むように凝視し始めた。
フィラは2人に見つめられると、フィーフィーと鳴きながら近寄ってきて、ルクトが鳥籠の隙間に入れた指にスリスリと頰を寄せていた。
この鳥は人を怖がらないので、この2人が普通の人なら近寄りたくない無表情をしていても近寄って来ている。きっと2人はその無表情の下で、「こいつ人懐っこくて可愛いな」とか思っているに違いない。
「いらっしゃい。繋ぎの結晶をお求めかな?それともフィラを飛ばすかい?」
フィラと戯れる2人を見ていると、店の中から白髪交じりのおじさんが出てきた。
赤いシャツに緑のズボンという民族衣装なのは良いが、靴下も左右それぞれ赤と緑だった。一瞬チグハグな感じもしたが、靴下も左右で色を変えるとは徹底している。
「繋ぎの結晶っておいくらですか?」
「1人金貨2枚だよ」
「金貨2枚っていやぁ、だいたい俺の1ヶ月のタバコ代と同じだな。結構するんだなぁ」
レオンさんは今日賞金貰ったから、絶対お金持ってるのに金貨2枚を出し惜しみしているようだ。金貨100枚の賞金のうち、2枚の金貨くらい将来の投資としてドン!と使って欲しい。
「今は高いけど、もっと普及すれば手頃な価格になると思うよ。手紙を運ぶのは銅貨1枚だから、初期費用だけ高いがあとは便利なもんさ」
「よし!じゃあ2人分お願いします!私が2人の分まで出すから作ろうよ」
このままではルクトもレオンさんも結晶を作ってくれない!と悟った私は、ローブの内ポケットから金貨4枚を取り出した。
「でもなぁ」
「レオンさん、考えてみて?もしレオンさんが大怪我したり呪われた時に私と連絡が取れれば、私は治療しに行けるんだよ?便利だと思わない?」
レオンさんとは仲良くなったし、彼とはカケラを交換しても良いと思えるからこう話したが、これが彼ではなく領主や国王、王族と言った国の要人と交換すれば、私が避けている柵を作ることになる。
首都を訪問した時、挨拶は王宮に行って行うことになるのだが、国王や王族、宰相、将軍といった要人と「是非カケラを交換しましょう」と言われる。
私は一度もそういう人とは交換した事はないが、交換すると「治療をお願いします」と招く手紙をもらうだけでなく、「今度祝賀パーティーをしますから是非お越し下さい」とか「美味しい林檎が食べ頃になりました」とか、繋がりを維持するための手紙が頻繁に飛んでくるらしい。
そういう人とのお付き合いはゴメンだが、レオンさんはそういう人達のために動く人ではないようだし、「治療を頼みたい」と言われたら彼の所に行っても構わないと思えるくらい仲良くなった。
「う…ん。まぁ確かにそうだな」
「じゃ、決まりね!ルクトも良いよね?」
「あぁ…。お前は持ってるのか?」
巻き込まれた形になるルクトだが、彼だって絶対持っていた方がいい。
出会いは一期一会なのだ。
「持ってるよ。私は出始めの時に作ったんだけど、その時は金貨3枚だったんだよ?でもこれが便利で、手紙のやり取りはもうフィラでしか出来なくなっちゃうよ」
「いつの間に手紙のやり取りなんか…?」
「頻繁に手紙のやり取りしてないから、ルクトが知らないのも当然だよ」
私は金貨4枚をおじさんに支払い、早速繋ぎの結晶の作成をお願いした。
「じゃあお2人さん、こっちに座ってくれるかい?」
おじさんは2人を店の中の椅子座らせて、2人の前にそれぞれの前にナイフと白い砂が入った深鉢の皿を持って来た。
「少々痛いがナイフで手の平を切って、この砂に手を入れたらかき混ぜるようにして、たっぷりと血を染み込ませておくれ。
全体に血が染み込んだら、魔力を込めて砂を何度か握ってくれ。そうすれば砂が少しずつ固まり出すから、全部固まれば結晶の完成だ」
2人は黙ってその通りにやってみると、白い砂が赤い血を吸い込み始め、魔力を込めて砂を握れば、砂がパキパキと音を立てながら固まり始めた。
皿の中にあった砂は、あっという間に手の平の上にいびつな形の結晶となっていた。
「これ人によって色が違うのか?」
レオンさんは、不思議そうに隣に座るルクトの結晶と見比べていた。
ルクトの結晶は、透き通る鮮やかな赤の中に炎のような濃い赤の模様がある。一方のレオンさんの結晶は、透き通る深い青色の中に稲光なのような白色の模様があった。
「その砂はどういう仕組みなのか知らないが、その人の魔力を色や柄に変換するらしい。不思議だねぇ」
おじさんはニコニコしながら、中身が空っぽになった深鉢を下げた。
「ルクトは赤、レオンさんは青なんてイメージ通りだね。私の結晶はこれだよ」
私は鞄から自分の結晶を取り出して2人に見せた。
「へぇ。お前が透明なのは納得出来る気がするな」
ルクトがそう言うと、レオンさんもウンウンと頷いた。
私の結晶は色はなく透明で柄もない。ただの無色透明のガラスの塊に見えるが、これでもれっきとした私の結晶である。
「次は結晶に少しだけ魔力を込めたら、カケラが落ちる。それを渡したい相手にあげればいい」
おじさんに言われた通りに2人が魔力を込めると、結晶からポロリと小指の爪くらいの小さなカケラが剥がれ落ちた。
「じゃあ、みんなで交換ね。はい。ルクト、レオンさん」
私も自分の結晶に魔力を込めて、2つのカケラを作って2人に手渡した。
「俺もお前と交換するのか?」
「折角だから交換しておきましょ」
ルクトは不思議そうに私に問いかけたが、これから先どうなるか分からない。けど、レオンさんと同じように彼とも今後良好な関係でいたい。
なので、良い機会だし交換しておくのが良いだろう。
私達は3人がそれぞれカケラを交換しているのを、おじさんは眩しそうに目を細めて見守っていた。
「仲がいいねぇ。羨ましいよ。交換したらカケラと自分の結晶を大事に保管しておくんだよ?
手紙を送りたくなったら、ウチみたいな小鳥屋と呼ばれる店からフィラを飛ばすんだ。
フィラに手紙を送りたい相手のカケラを舐めさせれば、大きなカケラを持つ人の元に飛んでいくからね」
「カケラをたくさんばら撒いて、大元の結晶が小さくなったらどうなるんだ?」
レオンさんは、私とルクトのカケラを手の平で転がしながら質問した。
「その時はまた結晶を作れば大丈夫だよ。
フィラに結晶を舐めさせてもカケラが小さくなることはないから、もらったカケラと大元の結晶を失くさないように気を付ければ良い」
「おじさん、ありがとう!」
「こちらこそ。まいどあり」
私達は小鳥屋から出ると、3人で話しながら宿の入り口までゆっくりと歩いた。
今日のコロシアムの試合のこと、フィラが飛んできた場合の手順など、初日の無言は何だったのだろうかと思えるほど話はまったく尽きない。
「そうだ。俺はちょっと領主の屋敷でやることがあるから、先に宿へ帰っててくれるか?そんなに時間かからずに宿に戻れるから」
「分かった。じゃ、先に行ってるね」
レオンさんはそう言うと、来た道を走って引き返して行った。
「ルルベと随分仲良くなったんだな」
2人で部屋に戻る螺旋階段を上がっていると、隣を歩くルクトは前を向いたまま私にそう話しかけてきた。
見上げた見えたその横顔は、何だか変な顔をしているように見える。
「うん。同じセゼルの出身だし地元が近かったからね。観戦中に試合の内容を説明してもらったり、『青い悪魔』の話を聞いたり、色んな話もしてたから、楽しく過ごせたよ。
ルクトがいない間、面倒見の良いお兄さんが護衛についてくれて助かった!」
「俺はおっさん呼ばわりだったのに、あいつはお兄さんかよ」
ほほう。ルクトは初対面の時おっさん呼ばわりしたのを覚えているのか。
彼は結構根に持つタイプなのかな。
「私の基準だと、おっさんは1番の褒め言葉。お兄さんはその次に良い褒め言葉だよ」
「なんだそれ。普通逆だろ」
ルクトはそう言って笑った後、変な顔からいつも通りのルクトの顔に戻った。
ーーん?なんかいい匂いがするなぁ?
螺旋階段を上り終えて部屋への廊下を歩いていると、ふと何かの匂いを感じて立ち止まった。
気持ちの良い青空の下で洗濯物を干した時のような良い匂いを、どこからともなく感じる。
廊下を進むのをやめて、キョロキョロと見渡しながら匂いの出所を探してみると、ルクトの後ろにある開いた扉の方から匂いを感じる。
不思議そうな顔をするルクトの前を通り過ぎ、扉の中に入ってみれば、洗い立てのシーツが積み重なっているワゴンがあった。そこから漂ってきたようだ。
「どうかしたのか?」
私が突然立ち止まり、シーツの入ったワゴンを覗き込んでいたから、ルクトは眉を顰めて私を見下ろした。
「ううん。洗い立てのシーツで眠れるって幸せだなって思ってさ」
「?そうだな」
どの街の宿でも、連泊する時はシーツの交換を毎回お願いする。陽だまりの匂いに包まれながら眠るというのはこの上なく幸せだ。
野宿もいいけど、宿での一泊も捨てがたいな。でもこういう高級宿じゃなくて安宿で十分だ。
護衛が増えると身の安全には繋がるが、やっぱり宿代や食費などの経費がかかり過ぎる。
宿代節約のために街の中で寝袋で野宿するよりも、洗い立ての太陽の匂いを感じながらゆっくりベッドで寝たい。
やっぱり護衛は強い人が1人居てくれたら十分だな。
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