天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第7章 コロシアム

3.面白い相手

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大会2日目。
私達がコロシアム会場に着くと、会場のあちこちにトーナメント表が貼り出してあり、その周りには多くの人達が集まっていた。




「このまま勝ち上がれば、お前と当たるのは明日だな」

ルクトはトーナメント表を指で指し示しながら、レオンさんと話し始めた。



「そうだな。昨日見た感じだと、今日も順当に勝ち上がるだろ。あいつが見ものだな」


そう言ってレオンさんが指差したのは、ベガという人の名前だった。



「そうだな。そいつが他の奴の中で一番面白そうだったな」


「さて、嬢ちゃんを部屋に送らないとな」


その人がどう面白いのか2人に聞く前に、レオンさんが先導して歩き始めてしまった。
貴賓室へと向かう廊下は、隣のルクトと会話することも出来ないくらい観客達のざわついた音で満ちていたので、ここで聞いても会話が成立しないだろうと2人に話しかけるのはやめた。




2人に部屋まで送ってもらうと、ルルベが衛兵と並ぶように扉の前で待っていてくれた。


「ルルベ、今日もよろしく!」


「おう!」

私がルルベに手を挙げてそう言うと、彼も笑いながら同じように手を挙げて返事を返してくれた。



「じゃあ、ルルベ頼むな。まぁ大丈夫だと思うけど、変な奴には注意しろよ」


「もちろん」


「ルクトもレオンさんも頑張ってね。応援してるからね!」


「ははは!ありがとな」


「お前は大人しくしてろよ」

2人を見送ると、私は部屋の中に入ってお茶を入れ、トーナメント表を片手にソファに座った。ルルベも昨日と同じように1人がけのソファを手すり近くに移動させて、今日もやっぱり窮屈そうに座った。




「ねぇねぇ、ルルベ。座る場所交換する?こっちの方が広いよ」


「そこまで気ぃ使わなくていいよ。今はあくまでもシェニカが客人だからな」


ルルベの言うことも分かるが、1人がけのソファは明らかに窮屈そうだよ。ルルベが身じろぎする度にソファがギシギシと悲鳴を上げてて可哀想だ。

まぁ、彼にも立場があるからこのままにしておこう。






「皆様お待たせしました!これより2日目のコロシアム大会を開催いたします!!」

しばらくするとステージの上に司会が現れ、2日目の開催を宣言すると昨日よりも大きな歓声が響き渡った。


今日最初の試合は、さっきルクトとレオンさんが注目していたベガという傭兵の男性だった。
細身で背はあまり高くないようだが、印象的なのはその目の鋭さだ。
ルクトも普段から目付きが鋭いが、最近は少し柔らかい印象を受けるようになった。

でもこのベガという人の目の鋭さは、視線で人を殺すとはこういうことだろうかと思うほどで、離れた安全な場所にいる私でさえゾクリと背筋が凍るような気がした。



「試合はじめ!」

試合が始まるとすぐに対戦相手が炎の魔法を放ちながら剣を抜いて突進してくるのに、彼は全く動かずに結界を張って魔法と剣を防いだ。
相手はさまざまな属性の上級の黒魔法を繰り出し、剣でその結界を破ろうとするが、それが破られる様子はない。


彼を守っているのは、私もよく使っている防御の結界だ。
白魔法の適性が高い人ほど強固な結界が作れるので、上級の黒魔法と剣を防いでいるベガという傭兵も、白魔法の適性がそれなりに高いということを示していた。




「おい、てめぇ!ひきこもって試合放棄か?!俺が怖いんだろ!」


対戦相手は一向に破れない結界に苛立ちを隠せなくなり、大声を張り上げて罵倒し始めたが、結界内にいる男性はその様子を面白そうに笑いながら何かを喋った。

喋っている内容は分からないが、急に結界を解いたのを見た対戦相手は、間合いを詰めて剣を振り下ろした。
男性は片手で握った自分の剣でその一撃を受け流すと、空いた片手で相手の首元から何かを引きちぎり、額に指を当てて何かを呟いた。


すると相手は剣を持つ腕をダラリと下におろし、顔は俯く様に地面を向いて、ステージの端へとゆっくりと歩き始めた。

煉瓦の地面に引きずられる剣が、ガガガガ…という嫌な音を立てているが、俯いたままの対戦相手は気にすること無くステージの端へと歩いて、倒れ込むように場外に落ちた。

その瞬間、司会が試合終了を高らかに告げた。





「強制催眠だ…!」


「だな。護符を引きちぎって一瞬で術にかけるとは。使った魔法は白魔法のみっていう、なんとも面白い試合だったな」


「あんなに一瞬で強制催眠をかけられるなんて、あの人はすごいね」


「あいつ、初戦は中級の黒魔法も剣も使ってたけど、白魔法の適性も高いなんて羨ましいな」


白魔法だけであんな風に出来るなんて。
私にも出来るだろうか…と考えてみたものの、すぐに無理だと判断できた。

実戦経験なんてロクにない私には、殺気を伴って向かってくる相手に結界を解く勇気はないし、あんな状況で瞬時に強制催眠をかけられる自信もない。


あんな風な戦い方もあるのだと、素直に感心できた。





それから数戦の試合を見た後、ルクトの出番が回ってきた。


「ルクトー!頑張ってー!!」

私がてすりから身を乗り出すようにして声をかけると、何故か対戦相手までこちらを見てきた。そんなに大きな声だっただろうか。




対戦相手は軍服を着た大柄な男性だ。軍服には国旗が刺繍されているが見覚えがないから、最近勃興した国の物のようだ。

軍服を着て大会に出ようものなら、その国の代表だと見られそうなものだが、このようなコロシアム大会に出ても構わないのだろうかと不思議に思う。
優勝すればいいけど、負けたらどうなるのだろう…とか、こちらが心配してしまう。



でも、周囲の目を気にせずに今ステージに居るということは、それだけ自信があるということだろう。



対戦相手の軍人は背の高さはルクトと変わらないが、身体の大きさはレオンさんやルルベ以上だ。
ルクトも背は高い方だし決して細身ではないのに、相手と対峙すると彼が細身に見えるほどの身体の大きな人だった。




「ルクトさんの相手、ガタイ良いなぁ…」


「あんな大柄だと、軍服を作る時にいっぱい生地使うから高いんだろうなぁ。高い服着てこんな所来るなんて、あの人はきっとお金に困ってないんだろうね」


治療院で見る限り、軍服って生地は厚いし、縫製もかなりしっかりしている。作るのに手がかかる軍服は、きっと高価に違いない。

旅装束はピンキリだが、平均価格は上下セットで銀貨3枚だ。
軍服は悪用を防ぐために転売は禁止されているから、古着屋でも売られていない。
相場が全く分からないが、金貨1枚くらいするのだろうか。


となると、あんだけ身体が大きい場合、きっといっぱい生地を使うから2倍はするに違いない。


うへ~……。

金貨2枚の服着て、破れたり穴が空いたりするかもしれないコロシアム大会なんて出れない!勿体なさすぎる!




「え…。そ、そこ?!つっこむとこそこ?!シェニカ面白すぎるっ!あははは!」



「そんなに面白かった?」

なんでルルベがこんなに笑うのか分からない。

高価なドレスを着て、ちびっこと泥遊びなんて出来ない!って言ってるのと変わらないと思うんだけど…。



「初対面の相手に軍服の値段と懐事情を気にされるなんて。あはははは!」

ルルベが笑っていると、試合開始が告げられた。
さすがに試合が気になるのか、ルルベは笑い声をしまって目にたまった涙を指で拭っていた。





試合が始まると、初戦とは違ってルクトも相手も剣を抜いて間合いを詰め、剣が甲高い音を立ててぶつかると、そのまま剣の鍔迫り合いが始まった。


最初は互いに拮抗していた鍔迫り合いも、次第にジリジリとルクトが後ろに押され始め、ルクトは後ろに大きく飛び退いて間合いを取り直した。

距離を取ったルクトは、無数の炎の矢を生み出す上級の黒魔法を放つと、相手は氷の魔法で相殺した。
互いの魔法がぶつかると、炎が消えて白い煙が周囲に薄く充満したが、それに視界が遮られたのか相手はキョロキョロと周囲を見渡す動作をした。


その時には、もうルクトは相手に駆け寄りながら氷の魔法を放っていて、相手が慌てて炎の魔法を出して相殺したが、目の前まで迫ったルクトの剣を受け止める余裕はなかった。

目の前でピタリと突き付けられたルクトの剣に、相手は両手を挙げる降参の意思表示をすると、試合の終了が告げられた。



「これは相手の作戦負けだなぁ」


「そうなんだ。鍔迫り合いの時、ちょっとハラハラしちゃった」

ステージから下りるルクトは、拍手を送り続けるこちらに目を向けた。その顔を見れば、いつもどおりの鋭さのある目をしていたが、口元が笑顔の時の形になっていた。




「あんだけの体格差だから、純粋な力押しになるとルクトさんには分が悪いからね。
相手は体格差を活かして鍔迫り合いの状態に持ち込みたかったんだろうけど、ルクトさんは身体の動きと魔法の発動が少し遅い事を見抜いていたから、相手が鍔迫り合いにこだわっている内に終わらせたんだよ」


ルルベが説明してくれると、なるほどなぁと感心した。


『赤い悪魔』と言われる傭兵だけあって、戦っている間のルクトは生き生きしているし、戦術などはお手の物のようだ。


普段の護衛の仕事では、こういう風に戦っている姿を見ることはない。
水を得た魚のようなルクトを見ると、この大会目当てにこの街に来て良かったと思える。





ルクトの試合の余韻に浸っている間に試合はどんどん進み、あっという間にレオンさんの試合になった。




「レオンさんの対戦相手、前回大会の準優勝者だな」


「そうなんだ。殺気がすごいね…」

ベガという人ほどではないものの、レオンさんの対戦相手からは、こっちまで息苦しくなるような刺すような殺気が出ていた。

前回対戦しているというだけあって、相手からしてみればレオンさんは因縁の相手なのだろう。



試合開始が告げられると、すぐに相手は背中に収めていた2本の剣を両手で引き抜いて、剣を構えたレオンさんに広範囲の雷の魔法を浴びせながら、高く飛び上がって2本の剣を振り下ろした。


レオンさんはポケットから取り出した何かを遠くに放り投げると、投げた方向に雷は次々と襲っていく。避雷針の役割を果たす何かを投げたらしい。

そして頭上から襲ってくる2本の剣を、左手を平べったい刃に添えた剣で受け止めると、地面に身軽に着地した相手はすぐに距離を取って炎の魔法を放った。
レオンさんはそう来ると分かっていたのか、口元に弧を描きながら冷静にその魔法を氷の魔法で相殺した。


相手は次々に魔法を繰り出しながら間合いを詰めて、2本の剣を巧みに操りながら襲いかかった。
でも、レオンさんはその攻撃を片手で受け止めて薙ぎ払う動作をすれば、相手の剣の1本がキインと甲高い音を立てて場外へと弾き飛ばされた。


1本になった剣を構え直した相手は、再び魔法を繰り出しながら攻撃をしてくるが、レオンさんは軽々とその剣と魔法をさばいていた。


そして相手が間合いを取るために後ろに飛び退いた瞬間、レオンさんは風のように駆け抜けてその間合いを一気に失くすと、驚いて反応に遅れた相手の胸ぐらを掴んで場外に放り投げた。

そして試合終了が告げられると、割れんばかりの歓声の中、相手は悔しそうに地面を殴りつけていた。




「あぁ~…。あれは相手が不憫だな。あんだけ実力差を見せつけられたら、悔しくてたまらないだろうな」


「そうね。すごく悔しそう」


「俺ならもうしばらくはコロシアムには出ないな。戦場行って鍛え直した方がいい」

レオンさんはステージから降りる時、手すりの前で拍手を送っていた私の方に、小さく腕を上げて応えてくれた。


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