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第7章 コロシアム
1.大会に出よう
しおりを挟む翌朝、私達はコロシアム会場へと向かった。
赤い煉瓦造りの壁には『コロシアム大会開催中!』と書かれた大きな垂れ幕、赤と緑の派手な模様が描かれた垂れ幕が下がっていて、街の入り口にいてもこの会場が目立つくらいとても派手な外観になっていた。
「おいルクト、ちゃんと応募用紙持ってきただろうな?」
前を歩くレオンさんが、自分の応募用紙を手に持ってルクトに振り向くと、彼は当然だと大きく頷いた。
「もちろんだ。ほら」
ルクトは得意気に応募用紙を私とレオンさんに見せたのだが。
「「……」」
私とレオンさんは同時に同じ方向に首を斜めに傾けて、顔を見合わせた。
同じ動作をして、同じような眉を顰めた顔をしているのを見て、私達は同じことを思ったのだと私は直感した。
「ルクト、これなんて書いてるの?」
私は思ったままにルクトに尋ねた。
「何って…。名前と出身国、職業とか必要事項だけど?」
ーーいや、まぁ、応募用紙だからそうなんだろうけどさ。それでもちょっとこれは酷すぎないかい?
「お前さ。これ読ませる気ないだろ。こんなきったねぇ字で、しかもなんで斜めに傾いてるんだよ」
私達は斜めに傾いた文字が真っ直ぐになるように首を傾けたけど、元々の字が潰れたような…ミミズの這った様な…とにかく独特の文字で全然読めなかった。
「やっぱり読めないか…。このせいで毎回国境を越える時面倒なんだよな」
そりゃそうだろう。
越境の時に確認しないといけないことが読めないんだから、審査する気にもならないはずだ。
そういえば関所で彼は「俺は字が汚い」と言っていた。でもこれは汚いを通り越して暗号文だよ。一体誰がこの字を読めるのだろうか。
よくこの暗号文で故郷の学校を卒業したもんだ。感心するよ。
「お前さ、書き直せよ。じゃないと出場できねぇぞ」
レオンさんは仕方なさそうな顔をして、受付でもう一枚用紙とペンを持ってきた。
「私が書いてあげるよ。ルクトが書き直してもまた同じことになるし…」
「嬢ちゃん…。主人も大変なんだな」
レオンさんに心底同情された。
私が応募用紙に書き込んだ後、2人は無事に受付を済ませ、レオンさんは私を観覧席へと連れて行ってくれた。
円形の会場なので、緩やかにカーブしている赤い煉瓦造りの廊下を歩く。足元には緑色の絨毯が敷かれていて、赤い壁、緑の絨毯と民族色がここにも取り入れられている。
沢山の人が入って行く一般の観客席への入り口を通り過ぎ、長い廊下を歩くと衛兵が立っている一番奥の入り口へと入った。
「うわぁ~!」
衛兵が恭しく頭を下げて開けてくれた扉の中に入ると、その光景に思わず言葉が漏れた。
部屋に入ってすぐ目に飛び込んでくるのは、緑の芝生の中にある赤い煉瓦で作られた大きなステージだ。
部屋とステージを区切るのは、手すりたった1本だけ。
壁は一切なく窓ガラスも嵌っていないので、陽の光がたっぷりと差し込んで、ステージと同じ空気を共有している。
この部屋はステージの中央部に位置するだけでなく、地面から少し高い位置にあるので、選手の視線と同じ高さになるようだ。
「すごい!ステージの真ん前だわ」
「貴賓席だからな。選手の顔までしっかり見える。雇われた白魔道士の傭兵が、ちゃんと結界を張るから観客席は安全だ。
それと護衛を紹介するよ。こいつはルルベだ」
「ルルベだ。よろしくな」
「シェニカです、よろしくお願いします」
緑色のツンツン頭の傭兵姿のルルベさんは、にこやかな笑顔を浮かべて握手の手を差し出してきた。
彼はルクトよりも背は低いが、身体つきはレオンさん並みに大きい。
握手した手は大きくてゴツゴツと硬かった。
「今日の最終試合が終わったら、ルルベが嬢ちゃんを怪我人の待つ部屋に案内するよ。俺達も終わったらその部屋に行くから、そこで合流しよう」
「分かった。ルクトもレオンさんも頑張ってね」
2人は笑顔で片手を上げて部屋から出て行った。
◆
シェニカを部屋に残し、俺とレオンは選手の控室へと移動した。
広々とした控室には傭兵が大勢いたが、ちらほらと民間人のような普段着の格好をした者、どこかの国の軍服を着た者もいた。
ガヤガヤとうるさい控室の中は、まだ試合前だというのに熱いくらいの熱気に包まれていた。
「コロシアムって初めて参加するが、案外人気なんだな。傭兵街とはいえ、首都から離れた地方都市のコロシアムなのに、こんなに参加者が集まるのか」
「この街のコロシアムは褒美が良いからな」
「そういえば、褒美ってなんだ?」
「賞金として金貨100枚。それから、自分の希望する職業を紹介してもらえるし、領地の範囲内でという条件だが家まで建ててくれる」
「へぇ。そりゃあまた大層な褒美だな」
街を見た感じだと観光地としても成功しているし、元々経済基盤のしっかりした傭兵街だ。
これくらいの豪華な褒美を出しても、街の財政はまったく問題ないのだろう。
あの領主は随分と若く見えたが、かなりのやり手ということだ。
「ここで優勝すれば、この街で安定した生活が送れるってわけだ。しかも気に入らなかったら、領主に直接交渉できる」
「お前も交渉したのか?」
「あぁ。その結果、多額の賞金と大会までの期間は暇つぶしの護衛職で定期収入を得る、っていう褒美に変更になったわけだ」
「まぁ、俺は身体を動かしたかっただけだから、褒美には興味がないな。金には困ってねぇし」
正直言って、戦場で傭兵としての仕事をしている時よりも、シェニカの護衛をしている今の方が金を稼いでいる。
シェニカはかなり稼いでいるはずなのに、高級レストランで注文するのは1週間ずっとお子様ランチという具合で、贅沢なことには不慣れだ。
貯まる一方だと思うが、あいつは一体何に金を使っているのだろうか。本当に不思議だ。
「そうだろうなぁ。嬢ちゃんの稼ぎは凄いもんだよ。
白魔道士が来ない状況に随分とやきもきしていた領主だったが、嬢ちゃんが来てからかなりご機嫌だったもんなぁ。
支払をする時は渋ったり値切ったりする領主が、あの大金を惜しげもなくポンと払ってるのを見たのは初めてだ」
レオンは領主の状況を思い出したのか、感心したようにしみじみと呟いた。
「そういえば、お前白魔法使えるのか?」
「嬢ちゃんには遠く及ばないが、初級くらいのものなら出来る」
「そうか。お前優勝狙ってんのか?」
「いや、俺も金には困ってないんで結果にはこだわらないが、お前には負けたくないなぁ」
レオンはそう言うと俺を見てニヤリと笑った。
その顔はどこかイタズラをした結果を待つような、無邪気なものだった。
こいつは俺よりもいくつか年上だが、時折子供のような顔をする時がある。
そういう時は、何かよくないことを考えているのだと、2度の鍛錬で分かったことだった。
「俺もだ。だけど、お前以外にもそこそこ見れる奴がちらほらいるな」
「そうだな。その内数人は昨日の鍛錬を見ていた奴だな」
シェニカは気付いていないようだったが、俺達が昨日鍛錬した時に、離れた場所から俺達の様子を見ていた奴らがいた。
シェニカ狙いの奴もいれば、俺達の様子を見に来た奴もいただろう。
俺もレオンも鍛錬中は手の内を全て明かさないし、別に見られたから不利になるということはないのだが、相手の様子を見るために敢えて見えないようにモヤを作り出した。
しばらくすると、控室に白色の制服を来た男たちが入ってきて、壇上に立つと大きな声で説明を始めた。
「これより対戦相手を決めるクジ引きを行います。誠に勝手ながらクジは私が引きますので、受付でもらった番号札を確認して下さい。
この大会はトーナメント制で、敗者復活戦はありません。試合時間は10分、気絶するか、ステージの外に出るか、降参するかで勝敗は決します。
それでも勝敗が決まらない場合は、公平にジャンケンで結果を決めます。これは優勝決定戦でも同じです。
念のために言いますが、ここは戦場ではありませんので殺人行為は控えて下さい」
あらかたの説明が終わると、すぐにくじ引きが始まった。
全員のトーナメント表が出来るまでの数分間、俺は自分の相手が誰なのか楽しみで仕方なかった。
完成したトーナメント表は控室の壇上に大きく張り出された。
「お前の番号は…?えーっと、初戦はお前とは当たらなかったな」
試合進行から行くと、俺はちょうど中間、レオンは終盤の試合になっていた。
「順当に勝ち上がればいずれ当たる。まぁ、決勝まで3日間かかるからな。
しっかし。ついこの間までお前とこんなに打ち解けて、話も合うなんて思いもしなかったよ」
「俺もだ。それも戦場じゃなくて、まさかこんなところで会おうとはな。シェニカのおかげだ」
元々互いにライバル視してるから口も聞かないし、睨み合うのが普通で仲良くない。
シェニカがいなければ、同じ部屋になることもなかったし、食事をすることも笑い合うこともなかった。
戦場以外で戦うことなんてないから、同じランクのこいつとの鍛錬は正直言って楽しくて仕方がなかった。一歩間違えば致命傷になるようなことも、シェニカがいれば遠慮なく出来た。
「そうだな。まったくあの嬢ちゃんには驚かされるよ。せいぜい楽しもうぜ?『赤い悪魔』」
「お前もな『青い悪魔』」
俺達は笑い合いながら拳を合わせた。
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