天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第19章 再会の時

2.師との再会

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■■■前書き■■■
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遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
今年も頑張って更新していきますので、どうぞよろしくお願い致します。m(_ _)m

今回はシェニカ視点です。
ローズ様の部屋にいる眼光鋭い神官は、1つ前の話で出てきたシャオムです。

■■■■■■■■■


草原の向こうにボルフォンの街が小さく見えてきた時、草や土の匂いが強くなった。馬の上でその匂いを感じれば、友達と一緒に街の周囲を馬で駆け回った子供の頃の思い出が蘇ってくる。あの時は街の周囲をグルグルと馬で駆けるだけで楽しくて、大人たちに『まだやってるの。よく飽きないねぇ』と呆れられたっけ。


ーーお母さんとお父さん。親戚や近所の人たち。故郷に住む友人たちがすごく懐かしい。みんな元気にしているだろうか。会いたいな。

故郷のことを思い浮かべていると、街から少し離れた場所に頑丈な柵で囲まれた大小様々な牧場も見えてきた。そこには牛、ヤギ、羊、馬といった動物や納屋で作業をする人がいて、牧場と牧場の間に広がる畑や小麦畑では、野菜を収穫したり、土を耕したりするたくさんの人達がいた。
こういう光景と嗅ぎ慣れた草と土の匂い、時折聞こえる牧羊犬の声を感じれば、本当に里帰りしたかのような喜びが込み上げてきた。


お昼を少し過ぎた頃、にぎやかな声が響く街の中に入った。ここはダーファスと同じように牧畜が盛んなようだけど、食料品などを扱う市場や毛糸や毛織物などを扱う商店、動物を取引する競り場の規模は故郷に比べて何倍も大きい。軍の拠点があるからか、街に沢山の兵士がいるところも違う。でも、のどかな空気はダーファスとすごく似ている。そんな様子をもっと見たくて、額飾りが見えないギリギリの位置までフードを上げた。


「キョロキョロしてどうしたんだ?」
「故郷に空気がすごく似てて。なんか懐かしい気持ちになるな~って」
「へぇ。こんな感じなのか」

ディズは先導するファズ様と横並びで話をしているから、今は私の横をルクトが歩いている。私の話に興味を持ったのか、ルクトも周囲を見渡し始めた。
外壁の石と石の隙間から雑草が生えた家、家の前で子供が桶に入って洗濯物を踏み洗いをする様子などを見ながら歩いていると、ファズ様は2階建ての立派な建物の扉を開いた。その扉の上には『ゼナレ』という看板があったから、ここがローズ様との待ち合わせ場所の宿屋のようだ。


長方形の形をしたこの宿の1階には、受付とソファが置かれた待合いスペース、レストランにつながるガラス扉があり、吹き抜けになった2階には受付横の螺旋階段から上がるようになっている。2階は1階のホールを見下ろすようにグルリと吹き抜けを1周する廊下があって、頑丈そうな手すりの向こうに客室のドアがいくつも並んでいるのが見える。その扉の1つに、2人の護衛の神官がドアの両脇に立っているから、あの部屋にローズ様がいるのだろうか。


「私達もこの宿に部屋を取っています。シェニカの部屋には後で案内しますね」
「いつもありがとう」

受付を済ませたファズ様に続いて螺旋階段を上がると、神官が立っている扉へまっすぐ向かい、ファズ様がドア横の神官に何か喋った。フードを外した私を見た神官がドアをノックすると、数拍の後、部屋の中に居た眼光鋭い神官によって扉が静かに開かれた。
ディズに促されて中に入ると、すぐ近くにある応接セットのソファからローズ様が立ち上がっている姿が見えた。


「ローズ様!」
「シェニカ、久しぶりですね。よく顔を見せて。まぁ、随分と大人びて…」

ローズ様は抱きついた私にとても穏やかな微笑みを浮かべて、抱きしめ返してくれた。ローズ様の身体は以前より細くなったような気がするけど、抱きしめ返してくれる腕の強さは元気な様子を表していた。
室内を見渡すと、奥にあるミニキッチンでお茶の支度をする若い巫女と茶髪の神官、ドアを開けた神官の3人がいるけど、ドアの外にいた神官も含めて初めて見る人だ。


「元気そうでなによりです。それにしても素敵な旅装束とローブですね。とても似合っていますよ。
ダーファスにいても貴女の活躍が耳に入ってきます。頑張っていると分かるだけでも嬉しいですが、こうして顔を見るともっと嬉しいですね。ディスコーニ様方も、どうぞお入り下さい。今日は風が気持ち良いですから、私たちはテラスに出ましょうか」

ローズ様の勧めに従って部屋の奥に向かい始めると、さっきドアを開けてくれた目つきの鋭い神官が先回りをして、テラスに続くガラスのドアを開いた。広々としたテラスに出てラタンで出来た椅子に向かい合って座ると、神官が私とローズ様の間にあるガラステーブルにお茶を置いた。
テラスと室内を隔てる壁は全面ガラス張りになっているけど、そのどこにも汚れひとつないほど磨き上げられているから、ルクトがディズとファズ様と向かい合って応接ソファに座り、別の神官からお茶を出されているのがよく見える。
私とローズ様にお茶を出してくれた神官は、ドアを締めてもテラス側のドア横に控えているから、彼はローズ様の身の回りの世話もする護衛のような感じだろうか。


「今回の件に貴女が巻き込まれたと知った時は、本当に心配しました。でも、こうして貴女の無事が確認できて安心しました。解毒薬を復活させたのですね」

「ローズ様からレシピをいただけたおかげです。ですが、私が『聖なる一滴』を使ったせいで、ベラルス神官長とアステラ将軍は…。
私が2人を殺したのも同じです」

「正当な理由があれば使用することに何の問題もありませんし、気にする必要もありません。堂々としていれば良いのです。
知っての通り、『身の危険』というのは生命に関わる緊迫した場面だけでなく、自由を奪われることなども含まれます。そういった場面になれば遠慮せず使いなさい」

「はい…」

「貴女が『聖なる一滴』を使わなければ、取り返しのつかないところまで行ったでしょうが、貴女が大罪を証明し、アステラとベラルスに『聖なる一滴』を使ったことで、多くの生命が救われたのです。
身を守るためのものですが、あれは人を惹きつける力があるのも事実。貴女が一生付き合っていかねばならない物ですから、割り切るしかありません。大きな犠牲を生まないように、小さな犠牲で済ませるというのも大事ですよ」

「そう、ですね…」

ローズ様はにっこりと微笑むと、視線をガラスの向こうにいるルクトへと移した。


「シェニカには良い人が出来たとも聞きましたが。あちらの傭兵ですか?」

「あ…。それは、その。彼とは恋人…だったんですけど、今は恋人関係は解消して、護衛として一緒にいるんです」

「別れても護衛として一緒にいるの?」

関係を解消しても一緒にいるのは、やっぱりおかしいと思うよなぁと思って、言葉を選ぶのに少し時間がかかった。


「今回の戦争が始まる前までは、護衛の彼と恋人同士でした。でも、色々あって彼を信用出来なくなって…。私が他の人を好きになってしまったので、彼とは別れたんです」

「信用出来なくなるほどのこととは。一体何があったのです?」

「その…。彼とはアルベルトとウィニストラの戦場跡で出会いました。私はその時護衛が居なかったので、バルジアラ様の呪いを受けて倒れていた彼に、主従の誓いを結んだ上で私の護衛になることを条件に治療をしたんです」

「ちょっと待って。護衛が居なかった?なぜです?」

「私がアルベルトとウィニストラの国境に近いセゼル領内の街に到着した時、ちょうどその2国間で戦争が始まりそうな状況になっていて。『戦力を集めているから』と衛兵に言われて…」

「護衛がいかに大事か貴女自身がよく分かっているでしょう?戦場が近い場所では傭兵も戦力として集められることもありますが、将軍であろうと『白い渡り鳥』の護衛を連れて行くことはありません。
横柄な『白い渡り鳥』が多いので、よく分かっていない下級兵士が嫌味を言ったり、嫌がらせのようなことをすることもありますが、『上の者を呼びなさい』とピシャリと言えば、護衛を連れて行かれずに済んだはずです。言うときはちゃんと言わないとだめでしょう?」

「すみません…」

「過ぎたことを言っても仕方がありません。貴女のことだから、身分を盾にするような気がして言わなかったのでしょう。でも、身分は貴女自身を守るためにあるのです。これからはちゃんと使いなさい。それで?」

「彼は出会った時からずっとバルジアラ様を憎んでいました。今回のトラントとウィニストラの戦争が始まった時、私はその戦場に近いウィニストラ領の街にいて、そこで『聖なる一滴』の治療をしたのですが。その街で彼はバルジアラ様と再会したんです。
その時、彼はバルジアラ様に喧嘩を仕掛けたりはしなかったんですけど、気が昂ぶって。それで、あの……。乱暴を受けたんです」

「乱暴って…。殴られたのですか?それとも無理矢理関係を?」
「後者の方、です」

「そんなことがあったのですか…」

「元々、私は彼に好きだと言って貰えなくて、彼にとって私はどんな存在なのだろうと不安だったんです。そんな時に、そういうことがあって。
彼への気持ちが分からなくなって、彼を怖いと思ったままトラントに行くことになったんです。そして、トラントの首都に着いてすぐに、私はディスコーニ様と一緒に落盤事故に巻き込まれてしまいました。
落盤で落ちた先はトラントの地下にあった鍾乳洞で、ディスコーニ様と協力しながら進んでいたら、ベラルス神官長とアステラ将軍、トラント国王がいて…。そのあと無事に外に出たんですけど、この間に私はディスコーニ様を好きになってしまって…。
あやふやな気持ちのまま彼と付き合うなんて出来ないと思ったので、鍾乳洞から戻ったあと、彼に別れようと言ったのですが。彼から私がディスコーニ様を好きだということを受け入れるから、主従の誓いを結んだ上でやり直したいと言われて。
私の中で彼への気持ちは薄らいでいましたが、護衛としてよく働いてくれていたので、恋人としてではなく護衛として、ポルペアまで行くことにしたんです…」

「やり直したいと言われても、無理だと言えば良かったのでは? 別れた人と一緒に居てもやりにくいでしょうし、そもそも、そんなことをした人と一緒にいたくないでしょう?」

「ずっと前、私は彼に1つだけ願いを叶えるという約束をしていまして。その願いとして、やり直したいと希望されました。
私は彼を信用出来なくなっているし、気持ちも分からないから、別の願いにして欲しいと言ったのですが、他の願いはないと。そして、私の別れようという意思に反する代わりに、彼の自由を拘束する主従の誓いを結んで欲しいと言われたのです。
色々考えて、恋人としてはやり直せないけど、護衛としてなら…と条件付きで提案したら、それで良いということになりました」

「なるほど。ではディスコーニ様が貴女の恋人ですか?」

「いいえ。お互いに気持ちはあるのですが、いまはお友達…です」

「そう。貴女に恋人が出来たことを、私はとても嬉しく思いますよ。自分にとってかけがえのない大事な人が出来ると、成長のきっかけにもなります。
出会いもあれば、別れもあります。自分の想いが通じることもあれば、通じないこともある。恋愛というのは幸せなこともありますが、悩み苦しむことも経験します。シェニカは複数の人と同時に恋をするのに抵抗はありますか?」

「はい」

「なら、私から1つ助言を与えましょう。好きな人が複数出来たら、無理に1人に絞る必要はありません。それは私達に認められた特権です。胸を張ってお使いなさい」

「でも、そういうのは……」

「貴女の考えは分かります。私もね、同じ様に1人だけで良いと思っていました。 でも、私は夫の他に2人の伴侶を迎えました」

「なぜですか?」

「理由は色々ありますが。最愛の人から結婚する条件として提示されたから、というのが一番の理由でしょうね」

「どうしてそんな条件を…?」

配偶者と私は年齢が20も離れていた上に、彼は短命の血筋だったんです。『他の男性も夫として迎えてくれ』と条件を出されて困惑しましたが、好きで好きで諦めきれなくて。結婚するためならと思って伴侶を迎えました。
これで良かったのかと迷ったり、戸惑ったり、罪悪感を感じたり。本当に色々ありましたが、彼は死の間際に『私と子供達を任せられる人が居て本当によかった。安心して逝ける』と、とても穏やかに言っていました。その時の言葉と表情、あとから聞いた他の夫達の話を知ったら、これで良かったのだと思えました」

「でも、伴侶の方々は嫉妬したり、喧嘩をしたりしなかったのですか?」

「私の1番の相手は夫であり、伴侶達への愛情は平等だと納得出来る人としか結婚しませんでしたから、嫉妬し合うことはありませんでした。知らないうちに、夫たちはそれぞれ頻繁に手紙のやり取りをしたり、酒を酌み交わしたりする仲になっていました。
そういう人たちでしたから、夫が亡くなってからも、誰も配偶者という立場に格上げして欲しいなんて言いませんでした。父親の違う子供達も、みんなが自分の子供として扱っていましたから、夫同士、子供同士、とても仲良しでした」

「そんな関係もあるのですね」

「誰かを好きになるというのは、とても尊いことです。特に貴女の場合、相手選びも大変でしょう。相手の身分や地位よりも2人の気持ちが大事ですが、複数の相手を受け入れるだけの覚悟がなければ、『白い渡り鳥』の夫や伴侶にはなれないのです。それが、夫になる者達の宿命です」

「今まで、夫や妻が1人だった『白い渡り鳥』はいないのでしょうか?」

「大昔ならいたかもしれませんが、これから先は難しいでしょう」

「なぜでしょうか?」

そう質問すると、


「複数の相手を持てるという特権がなかったら。シェニカの相手が王族か将軍でない限り、すぐに死んでしまいますよ」

ローズ様はそう言うと苦笑いを浮かべた。
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