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駿馬

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第18.5章 流れる先に

10.因縁が生まれる演習1

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■■■前書き■■■
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■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。

(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル

(下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)

(階級章のない上級兵士)
●ダナン(イストの部隊所属)

(銅の階級章を持つ上級兵士)
●ダルウェイ(リスドーの部隊所属)
●リーベイツ(モルァニスの部隊所属)

■■■■■■■■■

軍に入って9ヶ月。
最近のバルジアラ様との個人鍛錬は、魔法を剣術や体術に組み込んだより実践的な内容になり、今まで以上に気力と体力を消費して、昨日のことが思い出せなくなるほど記憶が曖昧になっている。だからこそしっかり心身を休めたいのだが、休息を与えられたのは2度目の戦場から戻ってきた日と父に給料を渡す数時間だけ。毎日が精一杯だったから、気付いたらサザベルとの合同演習に向けて首都を発つ日を迎えていた。


階級がごちゃまぜになった仲間たちとの朝食を終え、集合場所である城門に向かって歩いているのだが。会話の内容は朝からずっと合同演習のことばかりだ。

「いよいよだな!負けられない演習になるけど、頑張れよ!」
「プレッシャーがすごいと思うけど。君ならきっと大丈夫!頑張って!」
「相手はディスコーニの1つ年上の奴のはずだ。強敵だと思うけど、負けるんじゃないぞ」
「トラントを通ってサザベルまで行くでしょ? 帰ってきたら、どの街の、どのご飯が美味しかったか教えてね!」
「ワンド、お前本当に食うことしか考えてないな…」
「そんなことないよ!もちろん、ディスコーニが勝つことを祈ってるよ!」

戦場では無理をしない、油断しない、撤退することも大事だと何度も聞いたが、合同演習のことになると「負けるな」という言葉ばかりかけられる。
あくまで演習だから生命を落とすことはないと思うのに、戦場に行く時よりもすごくプレッシャーを感じる。それだけ重要な演習なのだというのは分かったが、勝ち負けに興味のない自分ではなく、やる気のある人が適任だったと思う。


「最善を尽くしてきます」

とりあえず前向きな返事をしたものの。本当はため息を吐きたくて仕方がなかった。



満開のスイートピーが出迎える城門の外に出ると、そこには一緒に行く他の部隊も集まり始めていた。
自分はバルジアラ様とリスドー様、イスト様とサザベルに向かうが、将軍全員で行くわけにはいかないから、副官3人と出場者だけの部隊もある。ここは花畑が広がる穏やかな場所なのだが、見送りに来た将軍たちも続々と集まってきたから、周囲に物々しい空気が漂い始めている。


「バルジアラ様にとって最初の合同演習になるんだ。いい報告が聞けることを楽しみにしてるぜ!」
「頑張ってこいよ!」
「お前なら大丈夫だ。絶対負けるなよ!」
「サザベルの連中が睨んでくると思うけど、相手をしなくていいからな」

自分が階級や部隊に関係なく部隊全員から温かい見送りをされている一方、他の部隊の見送りは銅の階級章をつけた数人のみで、しかも彼らは敬礼の状態で動かないからすごく静かだ。階級で一線を引いた関係は普通だと思っていたが、こうして比較対象がいると、バルジアラ様は独自の路線を突き進んでいるのが分かる。


「ディスコーニはこの馬を使って」
「ありがとうございます」

今までは気にしていなかったが、背の高い軍馬から見下ろすと、首都を囲むスイートピーの花畑が風になびいてすごくキレイだ。『いってらっしゃい』と手を振っているようにも見える幻想的な光景をぼんやり見ていると、仲間たちから声援が飛んできた。

「いってらっしゃ~い!」
「ディスコーニ!頑張るんだぞ!」
「お前なら大丈夫だ!」

「ヴェーリ、モルァニス、アルトファーデル。留守を頼んだぞ」
「もちろんです。いってらっしゃいませ」
「良い結果になることを期待しております」
「ディスコーニ、相手に気圧されるな。場を支配するんだぞ」
「はい。頑張ってきます」


草原地帯の緑が茜色に照らされる頃、ウィニストラ領内の地方拠点街に到着した。街を囲む城門前ではここで働く中級兵士達が整列して待っていて、馬を預けるとバルジアラ様達はまっすぐに大きな軍の建物へと向かった。
領主の立派な屋敷と広い庭園を横目に無機質な軍の建物に入ると、広い玄関では青碧色の軍服を着た上級兵士が先に建物に入った他部隊の副官方に鍵を渡していた。


「これがディスコーニが使う部屋の鍵です。両隣が私達の部屋になります」
「分かりました」

イスト様達は上級兵士だから個室なのは当然だと思うが、下級兵士の自分までも個室を与えてもらって良いのだろうか。


「腹が減ったし、先に飯にするか」
「そうですね」

イスト様の先導で1階の奥にある食堂に行く間、廊下ですれ違う働く下級、中級兵士はもちろん、上級兵士からも敬礼の状態で迎えられる。直立不動の挨拶の前を通り過ぎると、一番後ろを歩く自分にまで上級兵士から憧れの視線を向けられた。
バルジアラ様やイスト様達に憧れるのは分かるが、階級が下の自分になぜそんな視線を送るのか不思議に思いながら広い食堂に入れば、すでに食事をしていた兵士達が慌てた様子で立ち上がって敬礼をした。バルジアラ様が片手をあげて返事をすると、彼らはまた着席をして食事をするのだが、ここでも同じように階級に関係なく羨望の眼差しを向けられた。
出される料理は決まっているらしく、椅子に座ってしばらくすると姿勢を正した上級兵士達がトレイの上に載せられた料理を持ってきた。


「サザベルとの演習には未来の将軍候補が出るから、お前に憧れてるんだよ」
「将軍候補ですか?」

居心地の悪さが伝わっていたのか、自分の目の前に座るバルジアラ様がそんなことをおっしゃった。この演習に出る者が将軍候補になるなんて初めて聞いたし、そもそもやる気のない自分にそんな未来などないと思うのだが。どういうことだろうか。


「サザベルとの仲が良くないのは昔からだが、先王の時代に国王同士で『自国の方が国力も戦力もある』って内容を嫌味で言い合ってたら、『じゃあ試合形式の合同演習をやりましょう』っていう話に発展したらしくてな。勝ち負けが決まると色々面倒になる軍の幹部ではなく、まだ入隊間もない兵士を使って良質な人材と明るい将来があるってことをアピールすることになった。必ず勝ち負けが決まる試合だから、負けた方は当然悔しくてね。また次もやりましょうって話になって、演習は1年ごとに交互に場所を変えながら毎年行われるようになった。
各部隊から出すのは1人だけ。勝ちたいから当然優秀なやつを選ぶし、大勢の前で負ければ試合相手には死ぬまで対抗心を持ち、その2人は周囲からライバルとして認識されるようになることが多い。将来を期待された下級兵士だけが出るから、お前に憧れているんだよ」

「そんな試合に私が出て良いのでしょうか」

「心配しなくて大丈夫ですよ。どっかの誰かさんが、休日にディスコーニが部屋にいると知ったら、『これはデスクワークを後回しにする良い口実が出来た!』と、すご~~く嬉しそうな顔をしましてね。『他の部隊は2年目の奴を出すから、ディスコーニをしっかり鍛えないといけないからなぁ!』と、仕方なさそうに。それはそれはわざとらしく何度も言って。休日どころか毎日の仕事そっちのけで、つきっきりでディスコーニを鍛えていましたからねぇ…。もうとっくに中級兵士レベルになってますから、安心して下さい。
溜まりに溜まった書類を前にやる気を失うのは仕方がないことだと思いますが、どうせやらないといけないのですから、溜め込む前にやってしまえば良いものを。まったく…」

リスドー様が所々を強調しながら言うと、バルジアラ様は視線を落とし、食事を口に運ぶスピードが目に見えて遅くなった。
他の部隊はどこも自分よりも1つ年上の下級兵士を選んでいるようだったし、1年の経験の差が実力の差に繋がるというのは、普段の鍛錬や戦場に出てみて身にしみて分かった。だからこそ、バルジアラ様はその1年の差を詰めようと、熱心に指導してくれたと素直に思っていたが、今の話だと少し事情が違うらしい。
鍛錬終了直前にやってきて、すごく怖い顔でバルジアラ様に執務室に戻るように説いていたリスドー様には申し訳ないが、勉強を嫌がる子供のように、なんとか理由をつけて逃げようとするバルジアラ様は愛嬌があって、鍛錬の疲れも忘れるような面白さがあった。


「バルジアラ様やイスト様、リスドー様もサザベルとの演習には参加されたことはあるのですか?」
「私達はないんだけど、バルジアラ様はありましたよね」
「だなぁ」

「試合相手がライバルと認識されるということは、バルジアラ様の相手はディネードだったのですか?」

「いや。将軍になったタイミングが同じだからそう見られているが、俺の試合相手は戦斧を軽々と振り回す怪力な奴だった。サザベルらしさを絵に書いた短気な脳筋だったが、そいつは島国からの防衛戦の時、『不慮の事故』で死んだ」

「『不慮の事故』ですか?」

「海での防衛戦で、入隊したてのディネードの魔法に巻き込まれて、敵もろとも波に飲まれて死んだらしい」

「仲間を巻き込む魔法を使う、というのは無計画なような気がしますが…」

「わざとやったんだよ。ディネードは、入隊前から黒魔法が極端に高いと注目されていたからな。出世するのは確実だから、早い段階から繋がりを作って将来便宜を図ってもらおうとする奴らが職種、階級、性別問わずに無数にいる。
軍の中に目障りな奴や面倒な奴が溜まってくると、『不慮の事故』を起こして掃除するらしい」

「『黒彩こくさい』持ちでも故意に味方を巻き込むのは許されないのに。それが許されるというのは、それだけ特別なのですね」

「ディネード1人だけでかなりの戦力と抑止力になるからな。将来筆頭将軍間違いなしと言われるディネードを敵に回しても良いことはないって考えてるから、対処出来ない方が悪いってことにしてるんだろ」

リスドー様が感心したような小さなため息を吐き出しながら呟くと、バルジアラ様は料理が一気に冷めるような深い溜め息を吐き出した。


「黒彩…というのはなんでしょうか?」

「前に『桃色宣教師』がダスタンドを倒したとき、刺し抜いた短剣から黒い火花が出ているのに気付いたか?」

「はい」

「ディネードや『桃色宣教師』といった黒魔法に特化した者たちが負の感情を乗せた状態の黒魔法を使うと、その魔法は黒く染まり、火花のような残滓を残す。
青白い稲光や、赤い炎、透明な水、白い氷、茶色の土が本人を中心に黒に染まっていく様子から、その状態に変化することを『黒彩』と呼ぶ。範囲を絞った魔法だと一瞬だから見えないが、範囲の広い魔法が黒に染まっていく様子は圧巻の光景だ。
色が変わっても属性はそのままなんだが、この状態になっている魔法の威力は通常時に比べてかなり高くなっているから、同じ黒彩を帯びた魔法でしか相殺出来ない。黒彩持ちでなければ避けるのが一番だな」

「ではディネード、フォードロア、アミフェル、『桃色宣教師』に対抗出来るのは、その人達だけしかいないということでしょうか?」

「ディネード達には及ばなくても、黒魔法の適性がかなり高ければ黒彩を帯びる。だから黒彩持ちであれば対抗できるが、ディネード達とはもともとの威力に差があるから無傷で相殺するのは難しい。それでも、動ける程度の怪我ですませられるっていうのは、すんげーことなんだ」

「そうなのですか…」

「ウィニストラ、サザベル、ジナ、ドルトネアの4強はどこも国境を接してはいないが、どの国も、常に国王、大臣、将軍らはその動向に注目し、互いを仮想敵国とみなしてあらゆる対抗手段を練っている。国力や外交などについては国王や大臣らが知恵を出し合い、国力増強の政策を作ったり、外交会談が行われているが。防衛を担当する俺たちにとって黒魔法の適性の高さは、かなり重要度の高い問題だ。
お前も自分の黒魔法だけで敵の数がかなり減らせるのを見ただろうから、黒魔法の適性が高いのが優遇される理由は戦場でなんとなく分かっただろ」

「はい」

「黒魔法の適性が高い者に対抗出来るのは、その魔法を相殺出来る同等以上の適性を持つ者だけなのと同じで、黒彩を帯びた魔法に対抗出来るのは、同じく黒彩を帯びた魔法だけだ。だからどの国も黒魔法の適性の高い奴を探し出し、そいつを育てて国の防衛の要に据え、他国への牽制と自国の強さとして誇示する。
ディネード、フォードロアは若いから奴らの時代はしばらく続くだろうが、その後に続く奴も常に探している。ウィニストラとジナも何とかして黒魔法の適性が高い者を見つけ出したいが、残念ながら見つかっていない。どうすれば黒魔法の適性が高い人間が生まれるのか分かれば良いんだが、誰にも分からん。
アミフェルを擁するロスカエナは侵略戦争に積極的ではないから落ち着いているが、ディネードみたいな奴が好戦的な小国で生まれたら、一気に周辺国を侵略出来るだろう。そんな奴を擁する国がウィニストラに侵攻してきたら、防衛戦が失敗する可能性があるし、防衛出来たとしても被害は甚大なものになるだろう」

「フォードロアのようにドルトネアはまだ隠している可能性はあるのでしょうか」

ドルトネアのことも講義で習っているが、なにかを隠している国というのは初めて聞いた。フォードロアを隠す、ということは人を隠しているのだろうか。イスト様の問いかけに対して、バルジアラ様はうーんと小さな声を出した。


「あの国はバトンを繋ぐように適性の高い奴が将軍になる、っていうのが続いているからなぁ。いてもおかしくないが、隠密主義だから分からんな」

「隠す…というのは?」

「あの国は常に食糧問題を抱えているから、農産物が豊富な周辺国を侵略したくてたまらないんだが、大国だからそれは出来ない。じゃあ、どうするかって言ったら、裏で暗躍して色々やってるんだよ。
詳しいことは時期が来たら教えるが、腹心だけは正体を晒した本物だが、表に出ている他の副官は全員偽物のお飾りだ。本物の副官達は全員暗部として動いているから一切情報が出てこないし、フォードロアの時のように腹心になることなく将軍になるっていう事例もあるから、正直なところよく分からん。あの国には黒彩持ちが多数いるのかもしれんな」

「そんな国もあるのですね…」

「食糧問題なんて民衆の不満に直結するのに、長年それを解決出来ていない。ドルトネアが大国の中で一番切羽詰まっているからこそ、他の国の目に触れないよう裏で積極的に動いている。周辺国もかなり警戒しているものの、ドルトネアの方が一枚も二枚も上手だ。ドルトネアはサザベルと違って、頭がいいし、『待つ』ってことが出来るからな」

「ウィニストラには黒彩を使える人はいないのですか?」

「ザインハーデルとヴァンドリンの2人がいるが。ヴァンドリンはもう40だからな。若い世代で早く見つけ出したいのが本音だな。
黒魔法の適性の高さは、使える魔法の種類や威力を見ていればある程度分かる。難易度の高い呪いを習得すればもう少し詳しく分かるんだが、呪いは得意不得意の差、本人の性格が出て判断がつかない場合も多い。強力な呪いは色々面倒なことも多いから初歩から始めるが、お前には見込みがあると思うんだがな」

「そうでしょうか…」

「負の感情を引き出すのは、黒彩を使えるかどうかの判断をするためだけでなく、防衛戦を成功させるためにも必要になることだ。憎しみや怒りなんて生きていれば誰だって抱く感情だから、今は出来なくてもそのうち出来るようになるだろ。
実際のところ、俺の部隊で黒魔法の適性が一番高いのはお前だ。黒魔法の適性が高い者は士官学校の入隊者指名の時に最初に選ばれるが、お前は成績が埋もれていたから指名の順番が後回しにされた。そのおかげで俺が単独で指名出来たのは喜ばしいことだ。お前の成長を見せつけて、他の奴らを黙らせる日が楽しみだな。あっはっは!」

バルジアラ様だけでなくイスト様、リスドー様も、話の間ずっとウンウンと頷いていたが、やる気のない自分なんかに期待されても正直困る。仲間を守るために強くならなければならない、というのは身にしみているが、出世したい、活躍したいなんて全く思っていない。
でも熱心に指導してくれるバルジアラ様達にそんな本心を言うことも出来ず、目の前の料理に静かに口をつけた。

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