天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第6章 新たな出会い

6.鍛錬と奇跡の光景

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レストランで食事を終えると、3人で宿の裏手にある広い空き地に移動した。
宿と森の間にあるこの空き地には、手入れされた緑色の芝生が空き地の半分を占めるが、もう半分は砂地と雑草が入り混じるような地面になっている。
見るからに手入れが中途半端なので、この空き地は宿の管理外のようだ。そして、レオンさんが案内するということは、領主が管理する土地なのだろう。


「それじゃ、結界張るね」


「頼むな」

私は空き地全体に大きなドーム型の結界を張ると、その隅の方の芝生の上に座り、今度は自分の周囲を囲む小さなドーム型の結界を張った。


結界にも色んな種類があるが、どの結界も形や規模は術者の思い通りに作れる。
普段良く使っている侵入不可の結界も、今張った2つの結界も、実はこの防御の結界だったりする。

この結界は発動すると透明なガラスのようなものが周囲を区切り、魔法だけでなく剣などの物理攻撃も遮断する。その防御の効果は外からの攻撃を防ぐと同時に、中からの攻撃も外に出さない効果がある。
だから防御の結界の中で敵の攻撃を凌ぐことは可能だが、外にいる敵は誰かが結界の外から倒すか、術者が結界から抜け出して倒すしかない。


今回張った私の周囲の小さな結界は、2人からの攻撃を防ぐ目的のもの。
敷地全体に張った結界は、2人の魔法の効果を外に出さない目的なので、二重に張る必要があるのだ。



そして、この防御の結界は他の結界と一つ違う特徴を持っている。

白魔道士が使うどの結界も術者以外は出入り自由だが、術者が結界の外に出ると自動的に結界は消えてしまうという性質を持っている。だが、この防御の結界は、中にいる術者以外の人は1度だけ外に出られるが、出ると2度と入れないという特徴がある。
ただし、私とルクトのように主従の誓いを交わしている関係の白魔道士が張った防御の結界は、主従どちらの立場であっても、術者が結界内にいる限りは何度でも出入り出来る。

この防御の結界は、使用する目的に応じて防御の結界とか侵入不可の結界とか呼ばれ、白魔道士が重宝する最も使用頻度の高い結界魔法である。


2人は剣を引き抜いて対峙すると、すぐに激しい剣戟けんげきと魔法の応酬が始まった。

職業柄、実際に戦っている戦場に行ったことはないが、きっとこのライバル同士の2人は殺伐とした戦地で生命の奪い合いをしていたんだろうな……と思えるほどの激しい応酬だ。
こういうのを見慣れていない私には、何が起きているのかよく分からない。でも、ルクトはいつも私のそばで護衛の仕事をしてくれている時とは違い、身体全体からエネルギーがみなぎっているようで生き生きとしている。昨日見たレオンさんは鉄仮面のように無表情だったが、今は不敵に笑みを浮かべてこの状況を楽しんでいるようだった。


2人とも繰り出す魔法は上級レベルのものだからか、結界で区切った空間の空気がビリビリと震えるのが防御の結界の中にいる私にも伝わってくる。

次第に土煙が巻き上がり始めたので、私の方からは何が起きているか全く分からない。そんな中でもガキンという剣の合わさる音がしているので、どうやら彼らには見えているらしい。


しばらく2人がいるであろう方向を見ていたが、いつまで経っても土煙は収まらないので、私は2人の鍛錬を見るのは諦めた。
月はまだ昇り始めたばかりで森の奥の方に隠れているし、周囲に明かりはないので魔力で丸い形の明かりを作った。芝生の上に寝転がって、もらったモヒカン饅頭と読みかけの魔導書を鞄から取り出した。
ぼんやりと光る明かりの下で魔導書を読みながらモヒカン饅頭を一口食べると、その美味しさに魔導書から目を移して思わずモヒカン饅頭を確認した。


「このモヒカン饅頭、美味しいわ。お饅頭の皮の中にザラメが入ってるし、中がクルミが入ったうぐいす餡になってて美味しい~♪こりゃ良い物貰ったわっ!」

周囲の防御の結界の外は殺気が満ち、ビリビリと空気が震えるほどなのに、私を包む結界の中は穏やかな空気が漂っていた。




月がいつの間にか真上から照らす頃、土煙の中から2人が私の前までやって来た。ルクトもレオンさんもかなり晴れやかな顔をしているので、充実した鍛錬であったようだ。


「すまんな待たせた」


「ううん。お疲れ様。レオンさんも何だか晴れやかな顔ね」


「随分と久しぶりに満足の行く相手と鍛錬できたんで、スッキリしたよ」

鍛錬の余韻があるのか、レオンさんは表情が柔らかく、口数が多くなっているようだ。



私は2つの結界を解くと、土煙が晴れて見えるようになった周囲を見て、開いた口が塞がらなかった。


「これはまた……。地面が抉れてボッコボコ」

芝生や草は焼け焦げて黒い塵の塊となっているし、地面はあちこちに落とし穴を掘ったように抉れている。まるでたこ焼きプレートだ。



「あー、うん。まぁ、その…なんだ。久しぶりだったから白熱してな」

ルクトは気まずそうに頭を掻きながら、明後日の方を向いた。


「まぁ、そこは俺が領主に謝っておくよ。すげぇ怒られるけどな」


「カロン様、怒ったらどんな感じなの?」

油断ならない感じの人だったが、怒るとどうなるのだろうか。なんとなく興味が出てレオンさんに聞いてみたくなった。



「静かに怒って、しばらくネチネチ責めてくる人でね。あの人腹黒いから」

静かに怒ってネチネチ…。大方予想した通りだ。ああいう人の上に立つ人は怒鳴り散らすよりも、その失敗を盾にして有利に進める方を選ぶ。私もカロン様相手に失敗しないようにしなければ。


「じゃあレオンさんもこのことでネチネチと言われるんだ…」


「まぁ、そういうことだな」

レオンさんはポリポリと頬を掻きながら、面倒くさそうな顔をした。


「レオンさんとルクトは仲良くなったみたいだから、記念に私が元通りにしてあげるよ」


「は?そんなこと出来るのか?」

ルクトはそう言うと、レオンさんと顔を見合わせた。


「この後ちょっと疲れちゃうけど、これくらいの範囲なら何とかなるかな」

私は呪文を口ずさみながら地面に膝をつき、手のひらを地面に触れて術を発動させた。身体の中から魔力がどんどん流れ出ていくのを感じると、膝と地面に触れている手で身体を支え、ふらついて倒れそうになるのを必死に耐えた。

黒い塵の塊となった芝生や草だったが、それを押し退ける様に下から一斉に緑色の小さな芽を出した。それがグングンと成長していけば、元通りの緑の芝生と雑草になった。
ボコボコに穴が開いた地面には、あっという間に新たな砂が湧き上がってきてキレイに塞がれた。この魔法は規模は違うが、『再生の砂』の量を増やす魔法と同じだ。

時間にすると1分にも満たないが、術をかけている私には数時間連続で治療しているような疲労感と大量の魔力を消費した。



「これで元通りになったでしょ」


「「………」」

ルクトとレオンさんは目を見開いて周囲を見渡していた。私はその様子が面白くて、ふらつく足に力を入れ、笑いながら立ち上がって服とローブについた砂を手で払った。



「嬢ちゃん。すごいな……。まさか元通りになるなんて」


「これはあの便利魔法の1つなのか?」

レオンさんもルクトも、元通りになった空き地に目が釘付けになったまま、絞り出すような声を出した。
彼らは初めて見るはずだから、驚くのも当然だ。



「そうだよ。これは植物の成長を促す魔法と砂の量を増やす魔法。いつもとは違う使い方するけど、こういう時にも活躍するとは思ってもみなかったよ」


「嬢ちゃん。俺、嬢ちゃんのこと見直したよ。あの残念な黒魔法とお子様ランチを見て正直馬鹿にしたもんだが、白魔法の腕といいこの魔法と言い…。偏見で物を見るもんじゃないな。感服したよ」

早々にお子様ランチの雪辱を果たす時が来て良かった。そうじゃなければ、私がお子様ランチを食べ続けている間中、ずーっと馬鹿にされていただろう。



「それは良かった。黒魔法とか剣は全然ダメなんだけど、白魔法と便利魔法なら任せて?それでも出来ることと出来ないことがあるけどね。じゃあ、宿に戻りましょ。さすがに私も疲れたや」

私達は部屋に向かって歩き始めたが、螺旋階段を上って部屋までもう少し…というところで、私は目の前がどんどん暗くなっていくのを感じた。
それと同時に足が重くて前に進めなくなり、壁に手をついて動けなくなってしまった。

この状況は魔力切れが近い時の症状だ。早く部屋に戻って休まなければ……。



「シェニカ?おい大丈夫か?」

私の異変に気付いたルクトが、動かなくなった私に駆け寄って身体を支えてくれた。



「だ、大丈夫。今日はずっと治療してたから疲れたみたい。寝れば元通りになるから安心して」


「本当か?疲れてる時に無理させてすまなかった」

ルクトの声が聞こえるが、もう目の前が真っ黒に塗り潰されてしまう一歩手前だから、彼の顔は見えない。
声の感じから心配かけてしまったようだ。



「あはは。大丈夫。ルクトとレオンさんが仲良くなって良かった。鍛錬できてよかったね」

あんなに肩を張って緊張していたルクトが、ライバルと仲良くなったんだ。これくらいはしてあげたい。鍛錬を終えて晴れやかな2人を思い出すと、自然と笑みが漏れた。



「お前のおかげだよ。今日は早く休めよ。ほら鍵を寄越せ。このままベッドまで運んでやるから大人しくしてろ」


「ありがとルクト」

目の前が完全に黒く塗りつぶされたようになっているので状況が分からないが、ルクトは私を抱き上げてベッドに運んでくれたようだ。身体にふかふかのベッドの感触を感じたので、私はなんとかいつもの結界を張った。



「ん……。おやすみ」

私は遠くでルクトが何か言っているような気がしたが、ドロドロとしたマグマのように押し寄せてくる睡魔に勝てずに意識を手放した。


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