天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18.5章 流れる先に

9.都合の良い幻

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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
各地で大雨による被害が出ていますが、皆様はご無事でしょうか。1日でも早く平穏な日が戻るよう、ささやかですが祈っています。

■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。

(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル

(下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)

(階級章のない上級兵士)
●ダナン(イストの部隊所属)

(銅の階級章を持つ上級兵士)
●ダルウェイ(リスドーの部隊所属)
●リーベイツ(モルァニスの部隊所属)

■■■■■■■■■



「今日は全員休暇日とする。しっかり休んで明日に備えるんだ。では解散」

初陣を終えた数日後。昼前に首都の城門前に到着すると、モルァニス様から解散を告げられた。


「やっと帰ってきたな。流石に移動ばっかりだと疲れる…」
「昼ごはん何にしようかな~。今日はガッツリしたものが食べたいから焼き肉定食がいいかなぁ」
「お前、本当に食べることしか考えてないな」

仲間たちの楽しそうな会話を聞きながら城門をくぐると、近くに集まっていた人達の視線が一斉に向けられた。
防衛戦の成功を祝いに来た人もいるようだったが、その集団のほとんどは特定の誰かを探している様子で、目的の人物を見つけると子供が先頭を切って走り寄ってきた。


「お父さ~ん!おかえりなさ~い!」
「抱っこ~!」
「ただいま。ちょっと見ない間にベスもクラヴィも重くなったなぁ」
「あなた。おかえりなさい。無事で良かった」
「ただいま。出迎えありがとな」


今まで立ち寄った街で見た光景とは違い、良く知っている人達の出迎えだからか、これまで以上に生還を喜ぶ姿が眩しく見える。部隊内では見せない父として、夫としての表情がとても印象的だ。
出迎えに来た恋人と抱き合ってキスをする仲間を見た時、知らない人達が同じことをしていても何も感じなかったのに、今は何故か自分が照れてしまった。

自分もいつかこんな風に愛する人と家庭を作り、生還の喜びを分かち合いたいと更に願望が具体的になってくる。
自分の未来には、愛する人との間に生まれる子供は何人いるのだろう。子供はどっちに似ているだろうか。
穏やかで、ささやかなことに幸せを感じられるような家庭になっているだろうか。
子供同士で些細なことで喧嘩したり、一緒に遊んだりしているのだろうか。犬や猫のようなペットも飼っていたりするのだろうか。
そもそも、自分は家を留守にしがちな軍人ではなく、違う仕事をしているのだろうか。


仲間たちの幸せそうな表情を見ながら色々な想像をしていると、少し離れた人の集団の中に父がいるのを見つけた。目が合った瞬間、父は自分に駆け寄ってくると勢いよく自分を抱きしめてきた。

「ディズ!無事で良かった。本当に良かった。ディズまでいなくなったらって考えて、気が気じゃなかったんだ」
「心配ありがとうございます」
「アシアードはいないけど、今日は一緒に家に帰らない?」
「では、折角なので夕方に寮に戻るまで家で過ごしたいと思います」

父は涙声になりながら生還を喜んでくれているのだが。自分が生還を分かち合いたいのは父ではなく、どこかにいる愛する女性なのに…と思ったものの、本気で心配してくれている父にそんなことを言えるわけもない。
本音を言えば、長距離の移動で疲れが残っているから部屋でダラダラしたい。でも、心配してくれている父にそんなことを思った謝罪として、今日は実家に帰ることにした。



城下が朝靄に包まれる時季になったある日。いつも通り鍛錬場に集合すると、副官方は目隠しの布を配り始めた。

「もうすぐサザベルとの演習だ。演習に出るのはディスコーニだが、気配に敏感になるのは戦場でも平時でも必要になる技術だ。これからの鍛錬では、全員が常に目隠しをする。鍛錬で使うのは本物の剣だ。気配を読めなければ仲間に怪我をさせるから、感覚を研ぎ澄ませろ。
今はまだ気配を隠す必要はないが、そのうち全員が気配を隠した状態で素振りや体術の鍛錬をすることになるから、今から心して取り組め」

甲冑での行動は問題なく出来るようになったものの、今度は目隠しで鍛錬をすることになるなんて。今まで以上に気乗りしない鍛錬ではあるものの、必須な技術だからと自分を納得させて、イスト様に目隠しをきつく巻いてもらった。


「では剣の素振りからだ」

目隠しをしてみると、思っていた以上に気配をはっきり捉えられる。目隠しをしての鬼ごっこはこれまで何度も行っていたのに、動いた時に聞こえる甲冑の音がなくても、今日はやけに気配を感じ取れる。特にラインやロア、ドルマードといった下級兵士仲間は近くにいるからか非常に分かりやすく、場所だけでなく、顔や身体の向き、表情、指先の動きまで分かる。
自分のいる場所から一番遠いところにいる上級兵士の場所も、1人1人に合いの手を入れ始めたバルジアラ様や副官方の場所もちゃんと分かる。自分の持つ剣の向き、長さもしっかり把握できるから、周りの仲間達に当たることはなさそうだと少し安心していたら。


「う…」

感じ取れていたバルジアラ様の気配が、自分の近くに来た時に一気に消えてしまった。どうしたのかと思っていたら、振るっていた剣を地面に押さえつけられた。
合いの手を入れられたのだとすぐに分かったものの、近くで剣を抑えられている状況なのに気配が読めない。


「気配を読むのが上手くなったな」
「そう、でしょうか」

いつもの鍛錬の時と同じように、押さえつけられた剣をどうにかしようと全身に力を入れながらも返事をした。すると、相変わらずどこにいるか分からないものの、バルジアラ様の表情が変わったような気がした。


「気配を読む練習をしていると、五感も研ぎ澄まされる。それが積み重なってくると、相手が気配を読む範囲も分かるようになる。だからお前が気配を読める範囲、意識がどこに向いているのかっていうのが俺達には分かる」

地面を踏みしめる足と剣を握る腕に渾身の力を込め、どうにかこうにか合いの手を跳ね返した瞬間、バルジアラ様の足が自分の足を掬おうと動いたのが分かったから、一歩横に跳んで避けた。


「この前まで気持ち良くすっ転んでいたのに、上手くなったなぁ」
「ありがとうございます」

毎日毎日個人鍛錬をしていると、バルジアラ様は『自分が今されたくないこと』ばかりしてくることが多いと気付いた。その時の対処が上手く出来れば転ばされないのだが、時々まったく予想出来ないようなことをされる。地面に倒され、未熟さを突きつけられる場面では、バルジアラ様は決まって無表情で『まだまだ詰めが甘い』と言うのだが、心のなかではとても楽しんでいるのが伝わってくる。


「お前はどんな時も冷静だし、頭もいい。自分の感情を制御出来るのは良いことだが、俺を抜くくらいの気持ちになんねぇと、サザベルとの合同演習じゃ負けるぞ」

「はい…」

「サザベルの奴はだいたいが酒好き、派手好き、感情的になりやすい脳筋野郎ばっかりで、戦略立てた行動をするのは苦手な傾向があるが、それをカバー出来るほどのクソ腕力と馬鹿みたいな体力がある。
大体の行動が読める単純な奴が多いからからこっちが場を支配しやすいが、たまーにディネードみたいに頭が回る奴がいる。
お前の演習の相手はおそらくディネードが育てた奴になるだろう。どんな奴かは知らんが、相手をディネードと仮定して、色んな行動に対応できるようになれ」

「分かりました」

合同演習の相手は当日にならないと分からないと聞いていたが、この口ぶりだとディネードの部下、というところまでは見当がつくらしい。
ディネードと言えば黒魔法の適性が非常に高く、異例のスピードで将軍職になり、あと数年で筆頭将軍になると目されるような人だ。そんな人が育てた人物は、きっと自分なんか足元にも及ばないくらい強いのだろう。

戦場で仲間を守るためにも、自分を可愛がってくれる人達に迷惑をかけないようにするためにも、自分自身が強くならないといけないのだと分かっているのだが。演習の日が着実に近づいてくるが、負けることを許されないようなプレッシャー、周囲からの期待が日に日に重くなってきて、『自分には無理です』と言って逃げ出したくなる気持ちが強くなる。


この日の個人鍛錬ではバルジアラ様も積極的に攻撃を仕掛けてきたから、終了した時には今まで以上にボロボロになっていた。なんとか食事と風呂を済ませて部屋に戻ると、真っ暗な室内を照らそうと光を生み出したのだが、現れたのは疲労困憊で今にも倒れそうな自分を表したかのような弱々しい光だった。
疲れ果てた身体を休めるためにすぐに横になって、顔だけ通路側に向けると。


ーーディズ、今日もお疲れ様。

真っ暗闇の中から自分と同じ金の髪を持つ女性が現れて、微笑を浮かべながら声をかけてきた。
か細い光に照らされた彼女は穏やかな印象を受けるのだが、長い髪を背中でゆるく三編みにした姿が父と重なって見えたから、一度目を閉じてリンゴのような赤い髪をポニーテールにした姿を想像した。思い浮かぶ姿を楽しみにしながら目を開ければ、そのとおりの姿に変化した女性がベッドのすぐ横に膝をついていた。


ーーずっと会いたかった。
ーー今度一緒にどこかに行きたいな。

戦場から戻って以降、そばにいてほしい、会いたいと思う気持ちが強くなったまま落ち着かず、こうして毎日幻が目の前に現れてしまう。
都合の良い慰めにしかならないと分かっているが、この幻のおかげで幻覚の扱い方が上手くなったのか、見たくない幻覚を見た時も、この幻へすぐに切り替えることが出来るようになったし、髪型、口調、服装、行動、話の内容など自由に変えれるようになった。でも、自分を見るのは本物の彼女だけでいいから幻の目は閉じたまま。自分の手のひらに残る感触は彼女だけが良いから、自分から触れないし触れさせない、というルールを作った。


「今、貴女は何をしていますか? 貴女のそばには誰がいますか?」

そう呟くと、幻は困ったように小首をかしげた。その時、リンゴ色の前髪がさらりと額を滑ったのだが、その様子がなんとなく赤い星が流れたように感じた。


「貴女がそばにいてくれたら…。早く、会いたい」

そう呟いたと同時に限界に達したようで、幻が闇に戻るのを感じながら意識が遠のいた。




城下が深い眠りに落ちたある日の深夜。日中と変わらないほど煌々と照らされた執務室には、山のように積まれた書類を前に、嫌そうに頭をかきむしるバルジアラと、黙々とペンを走らせるリスドーの2人がいた。
大きなため息が聞こえるたびに、リスドーは手を止めることなく厳しい目をバルジアラに向ける。すると、銀髪の男は巨体に似合わないモジモジとした小さな身じろぎをして、音にならないため息をまた吐き出す。そして、手元の書類にサインをすると、時間を潰すつもりなのか殊更丁寧に焼印を押している。
ため息とペンを走らせる音しかしない時間がしばらく流れた頃、リスドーはバルジアラの机の上にある『決裁済み』の箱に入った書類を数え、不満顔をした銀髪の男に「まぁ、こんなもんでしょう」と告げた。すると、バルジアラは椅子がひっくり返りそうなほど大きく背伸びをした。


「あ~!! やっと終わった。もう椅子なんて座っていたくねぇな」

そう言って気だるそうに立ち上がると、バルジアラは首を左右に捻ったり、肩を回したりと身体をほぐし始めた。


「溜め込む前にやってしまえば、こんなに長時間椅子に座る必要はなくなりますよ、と何度も言っていますでしょう? こうして溜め込むから、深夜までやらないといけなくなるというのに。
まだ書類はこのように山積みですから、どんな理由をつけようとも明日もやって頂きますよ」

「う…」

将軍としての威厳をどこかに忘れたような小さな呻き声を出す上官を見たリスドーは、小さくため息を吐きながら苦笑いを浮かべた。


「ディスコーニの育成が楽しくて仕方がないようですね」

「あいつは従順で真面目な性格っていうのもあって成長も早いし、部隊内の奴らの評判も良いから鍛え甲斐があるんだよな。リーベイツ達の話によれば、感受性が高くてイメージで捉えるのに長けているらしい。こないだの防衛戦でそれに磨きがかかったようで、気配を読むのが断然上手くなった。これから経験を積んでいけば、やつはどんどん伸びるだろう。
黒魔法の適性が高いだけに負の感情を乗せられるともっと良いんだが」

「サザベルにはディネード、ロスカエナにはアミフェルがいますから、適性の高い者を見つけるのは急務ですね」

「ディネードのような適性の高さはないのは分かるが、あいつなら『黒彩こくさい』を帯びてもおかしくはないと思うんだが。そのためにも負の感情を引き出したいが、喜怒哀楽の感情が薄くて上手く行かない。感情が動かないのは悪いことではないが、面白みのない奴とも言える。案外暗部向きかもしれんな」

「ディスコーニに続く良い人材を見つけるためにも、今度の士官学校の指名にも力が入りますね」

「士官学生の成績表は最終演習にならないと開示しない、っていうのがなければなぁ。ディスコーニの時のように、ピンとくる奴がいれば良いんだが。まぁ、他の連中がまた俺を飛ばして最後に回すだろうよ」

「楽しみですね」

リスドーが執務室から出ていくと、バルジアラは引き出しの中から書類を数枚取り出して、何やら真剣な顔で読み始めた。
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