天使な狼、悪魔な羊

駿馬

文字の大きさ
上 下
34 / 258
第6章 新たな出会い

1.傭兵街ゼニール

しおりを挟む

小さな町に立ち寄りながら、私達はコロシアム大会の開催地ゼニールに到着した。
この街は立ち寄ったテゼルの街と同じで、貴族の領主が治める大きな街だ。

このトリニスタという国は他の国に比べて領主の数が多く、その治める街も多いのが特徴だ。
というのは、幾つもの民族が他国からの脅威に備えるために結束して出来た国なので、民族の数だけ領主がいるからだ。


そして、この街の雰囲気が商人の街だったテゼルと違うのは、民族が違う以外にも理由があった。


「わぁ!すごい人!見渡す限り傭兵ばっかり!」

ここは商人だらけのテゼルの街とは違い、多くの傭兵達で溢れていた。



「ここは傭兵街みたいだな」

傭兵団が拠点を置くことを認められている街は『傭兵街』と呼ばれている。
傭兵団を組織する時は、軽い気持ちで設立・解散を繰り返せないように、設立時にまとまった額のお金を傭兵街の領主や町長に納めさせられる。予めお金を準備出来れば問題ないが、大体は領主や町長にこの時のお金を借りて傭兵団を設立することが多い。
財政的にマイナスからという厳しいスタートになるが、世界中のあちこちでたくさんの傭兵団が誕生している。

また、傭兵団は借金の返済とは別に、拠点となる街の領主や町長に毎月一定額の税金を支払う必要がある。
その税額は傭兵団の規模によって変わるが、規模の大きい傭兵団がより多額の税金を支払うことになる。
だから、傭兵街になる街は借金させられる余裕を持っていなければいけないし、安定的に傭兵団から収入を得るので経済規模の大きな街になる。


そして、傭兵団のリーダーは稼いでくれる高ランクの優秀な傭兵を探して勧誘し、領主や町長に支払いをしながら癖のある傭兵達を束ねるという、戦いの才能とは別の能力が必要になる。
以前私を攫った傭兵団のリーダーも、一応何人もの傭兵をまとめるだけの能力はあったらしいが、私が傭兵団に入った場合を考えない、目の前のことしか見えていないリーダーだったということだ。仲間の傭兵達には、是非しっかりとあのオヤジを支えてもらいたい。



「あ!見て見て!凄い可愛い!」


「へぇ。民族衣装か」

私が指差した衣料品店の軒先には、赤と緑の旅装束やローブ、スカートやブラウスなどが陳列されていて、そこには旅人の女性客が多く訪れていた。
この街に住む民間人は、柄は様々だが赤と緑の2色だけを使った服を着ているから結構目立っている。どうやらこの2色の彩りがこの地方の民族衣装らしい。


フードを被らずに商店などが立ち並ぶ大通りをゆっくりと歩いていると、私をジロジロと見る視線を感じる。でも、私の隣を歩くルクトがいつも通りその視線の主を威嚇しているので、近寄ってくる人は誰もいない。


「傭兵街とはいえ、軍人の数も多いね」

大通りには傭兵や民間人だけでなく、黒い軍服を着た軍人の数もかなり多い。


「コロシアム目的で外から来る奴との間で喧嘩が多いからなんだろ」

テゼルにはほとんどいなかった軍人が多くいるのは、この街の傭兵団を監視し治安を維持するための軍事施設があるからだ。血の気が多く、喧嘩が多いと言われる傭兵達が集まる傭兵街には、こういった目的の軍事施設が必ずある。
土産物屋や雑貨屋、衣料品店、レストランと言った店が立ち並ぶ大通りには、どの店を見ても観光客が必ずいる。この街は傭兵達からの収入以外にも、観光客が落とすお金でも潤っていそうだ。


「ここ傭兵街なのに観光客がいっぱいいるのは、やっぱりコロシアム効果なのかなぁ」

旅先で見てきた傭兵街には、傭兵や軍人、民間人の姿はあっても、こんなに多くの観光客はいなかった。観光客がいるということは、この街に観光名所やそれだけ魅力のある何かが存在するということだ。



「それもあるだろうけど。この国は多民族国家だから、異文化交流みたいなのが好きな観光客は民族ごとの違いが面白くて、国中を見て回るために頻繁に通うらしいって聞いたことあるぞ」


「へぇ。そうなんだ。この国は観光に成功してるんだねぇ」

ちなみに世界中が常に戦争をしているが、一応戦争にもルールがある。
軍人や傭兵は、戦場に限って剣や魔法で互いを傷つけ合うが、戦場に巻き込まれてしまった戦う意志のない民間人には手を出してはいけない。
市街地などが戦場になりそうな場合は予め退避命令が出るし、もし逃げ遅れた民間人を見つけたら必ず保護しなければならない。

なので、観光客といった民間人でも越境する時の審査は厳しいが、どの国も観光地を売りにして民間人を呼び寄せているし、観光地がなければコロシアムを開いたりして街に集客している。
侵略戦争だろうが防衛戦だろうが、戦争は経済も内政も安定しなければやっていられないので、戦時中でも比較的安全に観光の旅は出来るように、どの国もその点では協力している。


そして最近世界中に広まっているコロシアムは、観光客の集客や国民の消費を促したりするだけではなく、集まった優秀な傭兵をスカウトしてその国で雇ったり軍部に勧誘することもあるので、積極的に開催されているらしい。




傭兵街の中でも一番の喧騒に包まれている区画に入ると、商店ばかりだった街並みや風景がガラリと変わった。観光客や民間人は居なくなり、傭兵と軍人しか大通りを歩いていない。

この区画には大きな屋敷のような建物や、3階建てのアパートのような建物など、様々な建物が密集するように立ち並び、それらの建物の壁には傭兵団の名前が書かれた大きなプレートが掲げられている。これが傭兵団の拠点になる家だ。

傭兵団はその街に拠点になる家を借りて、そこで傭兵達が生活するようになっている。
規模が大きくなれば傭兵団の家も屋敷のような大きさになり、規模の小さな傭兵団はアパートタイプの家すら借りれず、安宿を拠点にすることもある。
だから大きな屋敷を借りられるというのは、傭兵団のステータスでもある。


この区画の大通りを歩けば、元々多かったこちらを見る傭兵達の視線が一気に増えたのを嫌でも感じる。家の窓に張り付くようにこちらを見ている者もいれば、家の中から飛び出して見てくる者もいた。


ーーうーん。さすが傭兵街だけあって、今回はいつもより視線が凄いなぁ。

私を見た途端、ガヤガヤと騒がしい喧騒がより一層煩くなったということは、『白い渡り鳥』の治療を待っている傭兵がいるということだろう。
治療院が忙しくなるのは構わないが、ナンパが増えるのは頂けない。今回はナンパの数も多い気がするので、私がドツキ回すよりもルクトに相手をしてもらった方が良さそうだ。


街の奥へと進めば、赤く大きな建物が見えてきた。
その隣にはトリニスタの国旗が掲げられた大きな灰色の軍事施設があるが、その施設が小さく感じるほどの大きな建物がコロシアムの会場だ。


「あそこがコロシアムの会場ね。ルクト、行ってみようよ」


「まず領主のとこに行かなくていいのか?」


「もちろん行くよ。でも、とりあえずコロシアムの予定を確認しないと、仕事の予定も立てられないかなって思ってさ」


「気ぃ遣わせて悪いな」

ルクトは珍しく申し訳なさそうにしているが、ルクトの腕が落ちて困るのは私も同じ。
従者という立場だからと言って、ルクトに我慢させ続けるのも悪いと思っている。テゼルの街で見たように、世の中には主従の誓いを利用して従者を奴隷扱いする者ばかりだ。
私も実際にその光景を目にして、主人らしき人物が従者を暴行している間に割って入ったが、『この関係が我々の契約です』と言われれば私は何も口出しできなかった。
あんな風な関係は私は嫌だし、私の護衛を半ば脅迫してさせているようなものだから、ルクトの要望には応えてあげたかった。


「気にしないで。出来るだけルクトの要望も叶えたいからさ」


「感謝してるよ」

私の言葉に一瞬目を見開いたルクトは、すぐに困ったように微笑を浮かべた。
ルクトと一緒にいると、目つきの鋭さは変わらないが、少しずつ穏やかに笑う時が出て来た。
やはり戦場での殺伐とした傭兵仕事をしないからだろうか。人って環境が変わると少しずつ変化していくものだと、彼の姿を見ながら実感した。




赤い煉瓦造りのコロシアム会場の前に行くと、『応募用紙配布中』と書かれた垂れ幕が下がっていて、大勢の人だかりが出来ている場所があった。


「応募用紙もらってくる。そこで動かずに待ってろよ」

ルクトは私を見通しのいい街路樹の前に置いて人だかりの海に飛び込んでいったが、すぐに手に紙を握って戻ってきた。



「大会は1週間後だ」


「それなら明日から大会の前日まで私が仕事して、次の日にルクトがコロシアムで試合してって感じで行けるかな?じゃあ領主の所に挨拶に行こうか」

領主の屋敷へ向かう途中、軍事施設の前を通り過ぎる時には施設の門を警備する軍人を始め、窓からもこちらを見る視線を感じた。
統率された軍人は傭兵のように騒ぎ立てることはないが、きっと彼らも治療院に訪れることになるんだろう。軍人はナンパしてくることはないので、傭兵達の治療よりも気が楽だ。

街の北西にある領主の屋敷は、テゼルの領主の屋敷のような豪華な庭や噴水は無く、3階建ての灰色の石造りの建物は重々しく頑丈な印象を受けた。
門を守る衛兵に身分を明かして面会を求めると、すぐに屋敷の中に案内されて上品な応接間に通された。
広々とした部屋は窓から差し込む明るい日差しで明るいが、剣や槍などの武器が壁に飾られていて少し物々しい感じがした。



「良くこの街にお越し下さいました。こんなに若く可憐な『白い渡り鳥』様がいらっしゃるとは珍しいですね。私はこの地方の領主をしておりますカロンと申します」

カロン様は緑の生地に赤の縦横の線が走るチェック柄のスーツを着ていて、ルクトと変わらないくらいの年齢の男性に見える。細身なのに凛々しさが溢れているが、油断ならない空気を醸し出す人だった。



「はじめまして。私はシェニカ・ヒジェイトと申します。
単刀直入ですが、明日から1週間程この街で治療院を開きたいのですが、どこか場所を紹介して頂けませんか?」


「もちろんです。街の白魔道士が診療所を開いていた場所がそのまま残っていますので、そちらをご紹介しましょう」


「ありがとうございます。その診療所は移転したのですか?」


「いいえ。この街には常勤で働く白魔道士が1人居たのですが、その白魔道士は随分前に高齢を理由に故郷に帰ってしまいましてね。
次の白魔道士を派遣してもらおうと中央にかけあっているのですが、何せ戦時中だからとこちらまで手が回らない様で、傭兵街にも関わらず白魔道士がいない状態が続いていたんです」

白魔道士を派遣する時の基準は国によって違うが、民衆の不満が高まって蜂起が起こると困る商人街や傭兵街、重要な軍事拠点のある街が優先されることが多い。
だいたいそういう場所は有力貴族が治めているので、国の中央には要望を出せば通りやすい。
でも、優先順位が高いテゼルやこの街でも要望が通りにくいということは、それだけこの国が戦場に力を割いていて白魔道士が不足しているということだ。

立ち寄った街で神殿新聞を確認した時、この国の近くには『白い渡り鳥』は居なかったし、テゼルの領主やこの街の領主の話を聞く限り、しばらく同業者は来ていないようだ。


この国の中枢は、『白い渡り鳥』を招くことに苦戦しているということだろう。となると私がここに来た、というのは相手にしてみればとても都合が良い。


「そうですか。それは大変でしたね」


「えぇ、ですからシェニカ様の訪問は、こちらとしてはとてもありがたいことです。ですから全面的にサポートさせて頂きます。治療院の手伝いに数人、護衛もお付けしましょう」


「カロン様。お手伝いの方は嬉しいのですが、そんなわざわざ護衛の方までなんて申し訳ないです」


「実は1週間後のコロシアムの大会に向けて各地から強者が集まっているのですが、軍による監視や警備があるとは言え、あまり治安が良いとは言えないことも起こっています。
そちらの護衛の方も優秀な方だとお見受けしますが、地理や事情を知る護衛を是非とも付けさせて下さい」


「分かりました」


「ユスタル、レオンを呼んでおいで」

カロン様は部屋の隅に居た執事にそう声をかけると、すぐに一人の屈強そうな男性を連れて戻ってきた。
その男性は一拍ルクトに視線を置いたが、すぐに主人である領主の方を向いた。ルクトの顔を見ると、いつも通り無愛想で感情の読めない顔をしていたが、いつもと何かが違う感じがした。


「レオン。今から当分の間、こちらにいるシェニカ様の護衛を頼みます。彼女は『白い渡り鳥』様ですから、その点も留意してよくお仕えするように」


「分かりました」

レオンさんは、鉄仮面のような無表情で短く答えた。
彼は紺色の旅装束に深緑色の上着という一般的な傭兵姿をしているし、どことなくルクトに似たような鋭い印象を受けるので、軍人ではなくこの屋敷で雇われている傭兵だろうか。



「シェニカ様、もう宿は取りましたか?」


「いいえ、これからです」


「でしたら宿をご紹介します。この手紙を渡してください」


「ありがとうございます。では明日からよろしくお願いします」


私はカロン様から差し出された上品な紙質の手紙を受け取った。
屋敷に泊まるように言われると断るが、こうして宿の紹介をしてもらう時は遠慮なく厚意に甘える。



私は貰った手紙をローブの内ポケットにしまい、レオンさんの先導でカロン様の屋敷を出た。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

AV嬢★OLユリカシリーズ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:142

ほっといて下さい 従魔とチートライフ楽しみたい!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:2,669pt お気に入り:22,242

ヒマを持て余したブラン家のアソビ

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:256pt お気に入り:1

元自衛官、異世界に赴任する

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:49pt お気に入り:1,936

怠惰すぎて冒険者をクビになった少年は魔王の城で自堕落に生活したい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:30

処理中です...