天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第5章 悪魔の胸を焦がすもの

2.悪魔のお仕事

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ゼニールの街に向かう途中、街道の分岐点になる街に立ち寄った。分岐点だけあって、ここには住んでいる民間人以上に戦場に向かう傭兵達が多く居た。

そんな街でシェニカが治療院を開けば、多くの傭兵達が治療をしてもらおうと訪れた。


傭兵が多いということは、当然シェニカへのナンパは増える。





「先生、今夜一緒に夜の市場を回らない?昼間と違ってちょっと良い感じなんだよ」


「間に合ってます。治療終わりましたよ。出口はあちらです」

治療を終えたシェニカは椅子に座ったままの傭兵を見ようともせず、次の治療に備えて椅子を揃えたりと準備している。





「んじゃあ、珍しい酒を置いてる店知ってるんだ。静かで小洒落た店だし一回行っておいた方がいい店だよ?今夜行こうよ!」


「行きません」

シェニカは即答してあからさまにため息をついた。だが、そんなため息は一生懸命ナンパする男にとっては可愛い仕草の一つにしか見えていないなんて、本人は思ってもいないだろう。




「じゃあさ、旅の一座が来てるから、一緒に演劇でも見ようよ!」

しつこく食い下がる傭兵にとうとうキレたのか、シェニカは目を吊り上げた怒りの形相で傭兵の前に立った。



「断ってるのが分かんないのかっ!いい加減ナンパは諦めろっ!初対面でデートなんてするわけないでしょうが!元気ならさっさと出てって怪我しない様に鍛錬しろ!」


「痛ってぇ!!!」

シェニカは、目の前に座ったままの傭兵の脛を踏みつけるように思いっきり蹴った。傭兵は急所でもある脛を蹴られて激痛が走ったようで、椅子に座ったまま脛を抑えて悶絶していた。




「ふん!思い知ったか!ルクト、出口にご案内っ!」


俺がナンパ傭兵の背中を押して出口から追いやる間、シェニカはプンスカ怒っている。シェニカは本気でウンザリして怒っているようだが、その様子は何とも微笑ましかった。




ナンパ傭兵も俺と同じように思っているから、俺に出口に連れて行かれながら「可愛いなぁ。もう一回蹴ってくれないかなぁ」と小さな声で呟いていた。


ーーこいつMかよ。急所の脛を蹴ってほしいのか、別の所を蹴ってほしいのか分からないが、そういうのは娼館でやっとけ。

俺は心の中だけでそうツッコんでおいた。





「まったくも~!今日で何人目よ!次の方どうぞ!」


次の患者を呼んで治療始めた時、窓の外から視線を感じた。





ーーまた来てるな。奴らは何がしたいんだ?


治療院の窓の外。少し離れた所から、白地に赤の刺繍を施した独特の服を着た男女数人がこちらを見ている。
あの独特な服は確か神殿の制服のはずだ。おそらく神官と巫女だろう。




治療院を開いている間、どこの街でも必ずこちらの様子を伺う神官や巫女の姿を見かける。


あちらから治療院に来ることも話しかけてくることもないが、ジッとこちらの様子を見てくるのはいい気がしない。
俺の睨む視線に気付くと慌てて逃げて行くが、こいつらにも注意しないといけなさそうだ。





「先生、ありがと!これ、あげる!」

怪我の治療を受けた子供は、シェニカに小さな袋を差し出した。



「ありがとう。このクッキー美味しそうね」


「うん、先生のためにお母さんと一緒に作ったの!」


「美味しいね!ありがとう。怪我しないように遊んでね」


シェニカは袋から、黒くいびつなクッキーらしきものを口に入れると、硬いのかガリガリという音が響いている。
だが、そんなことなんて気にならないくらい、美味しそうに食べ始めた。




「ルクトも食べる?美味しいよ」

子供が帰った後、俺に差し出されたクッキーをよく見れば、焼きすぎたのか黒くて苦そうだ。



「これ食べれるんだろうな?」


なんだこれは。クッキーっぽい石か?
1個手にとってみれば、菓子らしからぬ硬さが指から伝わってくる。



「当たり前でしょ。私もう5個食べちゃったよ?」


シェニカが笑顔で俺を見ているから、やっぱり要らないと言える雰囲気じゃなかった。諦めて口に入れると、予想を裏切らない「これは食べ物か?」と言いたくなる硬さだ。




「硬すぎだろ…」

よくこの硬すぎるクッキーを5個も平然と食べられるな…。こいつの歯と顎はかなり丈夫なんだと証明された。




「でも美味しいでしょ?歯が折れそうなら治療してあげるよ」


「歯は丈夫だから心配ない」


一応大丈夫だが、歯が欠けるか折れるかするんじゃないかと心配になるほど物凄く硬い。でも確かに美味かった。見た目が黒いのは、ココアが入っていたからだったらしい。






シェニカが治療している時、傭兵がナンパしてくると怒り始めるが、どんな奴にも優しく真剣な目で誠実に治療する。
傭兵や民間人から何か礼の品物をもらうと仕方なさそうに受け取って鞄の中にしまうが、子供にガラクタそうな物をもらうと、心から感謝の言葉を述べて大事そうに鞄の中にしまっている。









「はぁ。またか…」

宿に帰りそれぞれの部屋に戻った時、扉の向こうの廊下の奥から、こちらに近付いてくる気配を感じた。



「何か用か?」


ドアを開けると、シェニカの部屋の前に立った傭兵姿の男に声をかけた。こいつは今日治療を受けに来た奴だ。




「え?い、いえ。部屋を間違いました…」


俺が睨みながら問いかければ、その視線に怯んで退散していく。夜の早い時間に部屋に来る奴もいれば、夜更けに来る奴もいる。

奴らがどの時間に来ようとも、シェニカの部屋の扉を叩く前に俺が追い返すが、シェニカは俺以外の呼びかけには返事を返さないはずだ。




「まったくあいつらはヒマなのか?ヒマがあるなら少しは鍛錬でもしてろよ」

俺は扉を閉めるとソファに座って酒瓶を煽った。








眠っていると気配を感じて目を覚ました。



「…ったく、またかよ。ほんっとヒマなんだな」


ベッドから身を起こして窓の外を見れば、まだ夜明けまでかなり時間があるようだ。鞄を漁り、目的の物を手に握ると窓を開けて隣を見た。



そこにはやっぱりデコボコの壁を登ろうとしている傭兵姿の男がいた。
シェニカの部屋に向かって登っているみたいだが、足場が悪いのか悪戦苦闘しているようだ。

夜更けにこんな場所を登っているのは賞賛に値する気もするが、そういうのは別の所でやってもらいたい。



「別の場所でそういう根性を出せ、よっ!」


「イデェッッ!!うわぁぁ!!」

俺は手に持っていた硬い木の実を投げると、狙い通り頭に命中し、足を踏み外して下に落ちた。


落ちた場所を見下ろせば、そんなに高い所まで登っていなかったから当然無事だ。
2階から見下ろす俺を恨みがましく見ているが、俺が睨めば肩を落としてどこかへと去って行った。



「夜這いなんて嫌われるだけだと思うが。後先関係ない頭の軽い奴だな」


こういう時に根性を出すのか、壁をよじ登ったり屋上からロープを垂らして窓から入ろうとしてくる奴さえいる。他にも、街から出ても尾行してきたりする奴も多かった。
そういう奴は、野宿をしている時の寝静まった時間に直接出向き、『説得』して穏便に諦めさせた。







2人で旅をする時間が経過するにつれて、シェニカに近づこうとする男が多くなってきている。



その原因は単純明快。シェニカがモテるからだ。



ナンパ男がくればきちんと治療はするが、その後は「もう二度と来るな!怪我すんじゃねぇよ!」と一生懸命怒鳴っている。

本人は本気で罵倒しているつもりなんだろうが、俺達には可愛く鳴いている小動物にしか見えない。


そんな風に言われた男はそれが可愛くて仕方がないから、治療を受けた傭兵が別の傭兵に話をする。話を聞いた傭兵が治療を受けてまた別の傭兵に話して…と繰り返すから、シェニカファンは増える一方だった。




旅を始めてもうすぐ3ヶ月になる。


旅を続けて行くに連れて、俺の中でシェニカに対する気持ちに少しずつ変化が現れ始めたことに気付いた。




シェニカの治療の腕を自分のことのように誇らしく思うし、患者が嬉しそうに帰っていけばシェニカだけでなく俺も嬉しくなる。

シェニカに言い寄る多くの奴を排除していく度に、こいつの隣にいれるのは俺だけなんだと自慢したくなる。

その思いは、むず痒いものだったが不思議と不快ではなかった。





そしてこの前、以前シェニカの護衛をしていた男の力不足でシェニカが傭兵団に攫われた。

護衛をそいつに任せて宿で待っていたが、シェニカがそばにいないと胸がざわついて落ち着かなかった。ふと気がつくと座っていた椅子から立ち上り、宿を出てシェニカを探しに行こうとしていた。




攫われたと聞いた時は怪我をさせた時の事が頭をよぎり、シェニカの甘い香りを感じる方向へと駆けた。

そっちに行けば、必ずシェニカがいるとどこか確信めいたものを感じながら走れば、やはりその匂いの先にシェニカがいた。
そして助け出した時、自然と抱きしめていたことに自分自身が驚いた。



自分の腕でシェニカの存在を感じ、あの甘い匂いに包まれると、助け出して抱きしめているのは俺なのに、俺自身が在るべき場所に戻って来た安心感すら覚えた。




他の奴にはやっぱり任せておけない。
そばにいないと安心出来ない。



それ以来、あいつの隣に護衛だろうが俺以外の誰かがいることを考えると、まだ見ぬその男に嫉妬するようになった。





嫉妬なんていう初めての感情に最初は困惑して悩んだが、時間をかけて自分の感情を整理すると、俺はあいつのことを好きなんだと自覚した。


そして同時に俺の中であいつを独占したくて堪らなくなった。

シェニカに贈った髪留めの様に、自分の色であいつを包みたくなる。
もっと俺を連想させるような物を身に付けさせたい。そう思っても、贈り物なんてする機会もないが…。





黒魔法も剣もまともに扱えない非力なシェニカに、ほとんど脅迫で主従の誓いをさせられたことに最初は腹が立った。
今でもバルジアラへの復讐心は変わらないが、好きになってしまったからか、主従の誓いを破棄してもらおうと積極的に思わなくなった。


そのこともあって、少しずつシェニカとの間に信頼関係が出来てくると、助けて貰った礼や怪我の償いとは別にして、シェニカのそばにいて守りたいと思うようになった。

戦場に行きたい気持ちは十分にあるが、護衛の仕事も続けたい。でもシェニカと一緒にいれば、戦場に戻ることは難しい。そんなジレンマが俺を悩ませた。







街道を歩いていると、空が茜色に染まり始めた。この時間だともう移動するのはやめて、どこか夜を明かせる場所を探して野宿の支度に入る。


「あっちに小さな川が流れてるから、あそこで野宿するか?」


「うん。そうしましょ」



俺が指し示した場所に移動すれば、俺が川で魚を獲ってシェニカが焚き火に使う枯れ木や落ち葉、石を集め始める。何も言わずとも2人が阿吽の呼吸で動き始めるのも、心が通じ合っているようで嬉しくてたまらなかった。




「最近野宿が増えたね。なんでかな」


食事を終えてしばらくすれば、シェニカが寝袋に入って横になった。寝袋は温かいからなのか疲れているからなのか、その目は今にも閉じてしまいそうだ。



「町と町が離れているからだろ。馬で行くことが多い距離を歩いてるんだから、野宿が多くなるのは仕方がない。疲れただろ、早く寝ろ」




「うん、そうする。おやすみー」

「おやすみ」


最近は移動の時に休憩を多くしたり、遠回りするような道を歩いて、野宿の回数を意図的に増やす様に誘導している。だがシェニカは俺がそんな風に動いていることなんて、全く気付いていない。




そうするのは、シェニカの存在を身近に感じ、寝顔を見たいからだ。


宿に泊まると部屋は別だから、寝顔を見れない。
無防備なその姿を自分だけが見れるし、自分だけが守っているのだと感じられる。

そんな時間がすごく心地よかった。













もっとその存在を感じたい、抱きしめた時の様なあの安心感に包まれたい。
野宿をしている時に見える、あの無防備な寝顔をもっと見たい。


俺の知らないあいつの一面をもっと見たい。
もう一度抱きしめたい。



シェニカから香る甘い匂いだけでなく、気が強い時もあるけど基本的に優しく、俺を大事に扱ってくれる慈愛に満ちた性格も俺を惹きつけ、好きだという想いをどんどん強くさせていく。


自分を護る結界は使えても、脅威を排除するだけの力を持たないシェニカの力になっていることを、俺は嬉しく思うようになった。
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