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第4章 小さな変化
4.嵐の訪れ
しおりを挟む小さな町などに立ち寄っては治療して、それが終わると歩いて移動して…と繰り返し、活気のある街に辿り着いた。
ルクトと出会った場所からここまで来るのに、馬で移動するだけなら2週間くらいだが、仕事をしながら徒歩移動なので2ヶ月近くもかかっている。
目的地に設定したディモアの街まであと少しだ。
「あら!シェニカじゃない!」
街を歩いている時、不意に声をかけられた。フードを被って歩いているのに、私の名前を的確に言えるのは誰だろうか?
振り返ってみれば、私と同じ『白い渡り鳥』の額飾りを身に着けた女性が立っていた。
オレンジ色の髪が陽の光を受けて、キラキラと輝いて見える。
彼女の額飾りは、細かい装飾が入った銀の幅の細いプレートに横一列に5色の宝珠が嵌っている。
少し前に流行ったデザインで、可愛い感じの額飾りだ。
同じ『白い渡り鳥』で私と顔見知りなのは数人しかいない。
「ロミニア…?」
彼女は私がまだ『白い渡り鳥』として活動し始めたばかりの時、偶然出会った『白い渡り鳥』の先輩だった。
領主や町長との交渉術など、彼女から色々と教えてもらったことは今でも多く活かしている。
「覚えててくれたのね!嬉しいわ。立ち話もなんだから、どこかお茶でもしましょうよ」
「良いけど、その人達も一緒?」
彼女との再会は嬉しいからお茶は喜んで行きたいのだが、彼女の護衛は5人もいた。
前に会った時は、護衛は2人だったのにどうして倍増したのだろうか。
「ん?あぁ。そうね。一応護衛だし、一緒にいないと何かあったら困るしね。人数が多くても大丈夫ないい店知ってるの」
そう言ってロミニアに連れて行かれたのは、店構えから圧倒されるような上品さが漂う「フーブル」という高級レストランだった。
店の中に入ると、赤や白、ピンクの薔薇が咲いた綺麗な中庭を臨む廊下を通り、8人掛けの円卓のテーブルがある個室に案内された。
そこに足を踏み入れれば、中庭に咲いていた様な綺麗な薔薇が大きな花瓶に生けられ、絵画や調度品などはどれも一級品と素人目にも分かるような絢爛豪華な雰囲気が漂っていた。
そしてシュッとした給仕から渡されたメニューを見て、その価格にも驚いた。
ランチもティータイムのコースも高いが、ディナーコースに至っては宿の定食の10倍以上はする。
思わずメニューを持つ手が震えた。
「ここはいろんな国に展開してるレストランなんだけど、どこの場所の店に行ってもハズレはないのよ。料理もお酒も美味しいんだけど、今はティータイムだからこのコースにしましょ。それで良い?」
「こ…こういうとこ来たことないから、おまかせで」
ロミニアは慣れた感じでお店の人に注文をしてくれたのだが、彼女はきっとこういう高級レストランに来る機会が多いんだろう。
収入的にはもちろん通い続けることは可能だ。
でも護衛を5人も連れて連日高級レストラン通いをしていると、何だか金銭面で余裕がなくなりそうで私は不安になってしまう。
故郷では神殿に行ってからは寮生活だったし、滅多に外に出られなかったからお金は最低限しか使わない生活だった。
だからロミニアのようにドン!とお金を使うことは抵抗がある。
しばらくするとティータイムのセットが運ばれてきた。
沢山ある茶葉の中から自分の好きな茶葉を選び、自分専用のポットにお茶を淹れるようになっている。
そして茶葉だけでなく沢山のお菓子が円卓のテーブルに並べられ、私は目を輝かせた。
「シェニカは相変わらず倹約家なのねぇ。そんなに節約してどうするのよ?」
「特にこれと言って目的があるわけじゃないんだけど」
私はお茶を淹れながら、食べたいお菓子を目の前の小皿に積み上げた。
さすが高級レストランのお菓子。そんじょそこらのお菓子屋さんとは違う。
ケーキは見るからにふかふかのスポンジ。果物は今畑から採ってきました!と言わんばかりのみずみずしさ。
大好きな焼き菓子は木の実やドライフルーツがふんだんに使われていて、バターの焼けたいい匂いがする。
どれから食べようか迷いに迷ってしまう。ここに置いてあるお菓子、余ったら持って帰ってはダメだろうか…。
「宿屋のレストランもいいけど、たまにはこういう良い店でパーっと使わないと!経済が回らないわよ?」
「そ、そうだね。ごもっともです」
ロミニアの話を聞き流しながら目の前のお菓子を食べようとすると、彼女の鋭い視線を感じて何故か冷や汗をかいてしまった。
目の前のお菓子に夢中で、話半分しか聞いていないのがバレているのだろうか…。
「そうだ。護衛を紹介するわね。こちらから…」
ロミニアは5人の護衛を紹介してくれたのだが、正直言って全然名前が覚えられない。
興味がないというのもあるけど、何だかどの人も同じ顔に見えてしょうがない。
ぱっとみたところ全員精悍な顔立ちで結構強そうな男性達だが、どことなく傭兵って感じがしない。
前に会った時の2人の護衛は、見た感じから分かる傭兵だったのだが。
傭兵じゃないとすればどこで出会ったのだろうか。
「こちらは私の護衛のルクト。ルクト、この人は私の仕事の先輩ロミニアだよ」
「どうも」
ルクトは面倒くさそうに短く挨拶した。
その気持ちはよく分かるので注意する気も起きないし、そもそもルクトは目付きが悪いし愛想もない。
治療院に来たグッタリした子供が、治療を終えた途端ルクトを見て「あの人こわ~い!」と言って泣き出すことが多々ある。
本人には言ってないが、彼の目つきの悪さや無愛想は、子供の元気を測るバロメーターとして活躍している。
「シェニカったら神殿に寄って無いでしょ?毎日神殿新聞で確認するのに、いつも貴女のところは空欄なのよ?会いたくても会えないじゃない」
「うん、まぁ面倒で…」
ロミニアの話の合間合間に美味しいお菓子を頬張る。
くぅっ!さすが高級レストラン、この焼き菓子はしっとりしていて、木の実やドライフルーツの美味しさが堪んないわっ!!
「で?ところでシェニカは護衛1人なの?」
「そうだけど」
ロミニア、お喋りももちろんしたいけど、私はお菓子を食べたいんですが…。
なんでお菓子を頬張ろうとするとそんなに鋭い目で私を見るの。怖いじゃない。
「もっと雇いなさいよ。せめて後2、3人くらい!経済的にも余裕あるんだし」
「私は腕の立つ人が居てくれれば1人で十分だよ」
「もう、不用心ね。最近色々と物騒だからいくら腕の立つ護衛でも、護衛は多いほうがいいわよ?それに『白い渡り鳥』は護衛の人数が多いほうが箔がつくってものよ?」
「箔がつく?」
そんな話初耳だ。『白い渡り鳥』なんて常に動いているし、なれる人も少ない。それに、治療の場所が偏らないために出来るだけ同じ場所に集まらないようにしているので、滅多に鉢合わせすることもない。
「そうよ。領主や国王と謁見する時、護衛が多い方が甘く見られないし、治療中もナンパや煩い傭兵とかいたら護衛が黙らせてくれるじゃない」
「あー。うん。そこら辺は大丈夫だよ。ロミニアに教わった交渉術もあるし、ナンパ撃退も慣れたから。どうしてもダメな時は護衛に頼むくらいで十分だよ」
「シェニカは相変わらず自分で何とかしようとしちゃうのねぇ。もうちょっと人を頼ったり、甘えたりしないと可愛くないわよ?」
「可愛くなくて良いよ。仕事がきちんと続けられればそれで…」
「ダメ!ダメダメッ!!ダメ~ッ!!!」
ロミニアはいきなり大きな声を出すから、驚いてお菓子を持ったまま椅子からひっくり返るかと思った。
ルクトは何だか面倒くさそうな顔をしていて、ロミニアの護衛達は慣れているのかロミニアを生暖かく見守っている。
「シェニカ、そんなだからいい年して恋人の一人も出来てないじゃない!」
「は、はぁ…」
「そんなんじゃダメ!確かに『白い渡り鳥』は常に旅をしているから訪問先の人とは恋愛どころじゃないけど、護衛がいるじゃない!護衛と恋愛の1つや2つやりなさい!」
「え?ご、護衛と?」
「前にシェニカと会った時の護衛の人、すごく良さそうな人だったじゃない。
あっちだってシェニカに気があったのに…。今ここに居ないってことは別れたんでしょ?」
「あの人は私のことを子どもだ~とか、妹みたい~とか言ってたよ?
お兄ちゃんみたいな感じだったし、行きたい戦場があるからって別れたけど」
「子どもだとか妹みたいとか言ってても、あの人シェニカのことが好きだから長く一緒にいたんじゃない。まったく鈍いんだから」
「違うと思うけどなぁ」
「そうなんです!!!」
怖い顔で念押しの一言を言われると、もう「はい」と言って黙るしかない。
「じゃあ、ロミニアはこちらの5人と全員恋愛関係にあるわけ?」
私にここまで言うのだから、ロミニアはそういう関係になっているということだろうか。
「そうよ。全員私の恋人よ。立ち寄った街の神殿から、護衛にどうぞって言われてね。今までの護衛よりも強いから前の人は解雇したの」
「5人とも神殿から?」
「そうよ。行く先々の神殿に立ち寄ったら1人ずつ。一時は護衛が増え過ぎて8人くらいになったんだけど、護衛同士が腕試しして人数を絞ってからはこの人数よ」
「はっ…8人…」
神殿から護衛なんて斡旋してもらえるんだ。立ち寄らないから全然知らなかった。
っていうか8人って多過ぎでしょ…。
「もちろん腕試しに負けても、私のお気に入りの人は残しているのよ?腕試しに負けても弱いわけじゃないしね。
あ、ちなみに私のお気に入りはこの人よ。素敵でしょ?」
「あ、うん。素敵です…」
それに5人が恋人ってどんな状況だろう。毎日顔を合わせて常に一緒にいるんだし、お気に入りの人以外ともそーゆー関係なら、護衛同士で嫉妬しないんだろうか。
というか、5人とどういう付き合いをするんだろうか。
謎だ。謎すぎるけど質問するのも何だか怖いし、興味も湧かない。
私は複数の人と同時に恋愛関係になるよりも、好きな人1人だけとそういう関係になれればいいなと思うのだが。
ロミニアもお気に入りの人がいるのに、何で他の人とも付き合うのだろうか。
「ほらシェニカ!お菓子食べてる暇はないの!ティーカップも置きなさい。
良い?人生は一度切りなわけ!仕事も大事だけど、恋愛も大事!
私たちは戦場に行くことはないけど、旅の間ずーっと生命の危険や身の危険に晒されているでしょう?
なら、悔いの残らないように恋愛も楽しむべきなのよ」
「そ、そうですね。そういうことを考えられる相手が出来た時に…」
ーーひぃ~!そんなに迫ってくると怖いよ!
ロミニアは熱が入っているのか、青筋を立てながら拳を握り締めていて、とっても怖い。
鬼気迫る勢いで迫ってくるので逃げ出したい…。でも逃げても即連れ戻されそうな気がする。
ここは嵐が過ぎ去るのを待つしかないようだ。
「こら、シェニカ!貴女いつもそうやって逃げるけど、それじゃ遅いのよ!
明日私達この街を出るんだけど、その前に宿に迎えに行くから逃げずに待ってなさい。
いい人の探し方を街を一周しながら教えてあげるから!いいわね?」
「は、はい…」
半ば脅されるように約束させられ、ようやく恋愛講義の場となった高級レストランから出ることが出来た。
帰り際に給仕にお菓子を詰めてもらっていると、何故かロミニアからケチくさいと怒られた。
残す方がもったいないというのに…。
その日の晩、私は持ち帰った高級お菓子を片手にルクトの部屋にお邪魔させてもらった。
「何だか面倒くさいのに巻き込まれてごめんね」
ルクトにも戦利品のお菓子をいくつか分けてあげると、1つ手に取ってパクリと口を大きく開けて一口で食べた。
「別に構わない。しかし、やっぱり変わり者だったんだな」
「でしょ?ロミニアは変わり者だけと良い人だよ」
「違う、お前のこと」
「私?私が変わり者?」
私のどこが変わっているのか分からず、食べようとしていたお菓子を手に持ったまま首を傾げた。
「そう。俺は『白い渡り鳥』なんてお前以外に今まで1人しか見たことがない。そいつは男だったけど、女の護衛を何人も侍らせていたよ。
さっきのロミニアって女が言うことが、世の『白い渡り鳥』の一般認識じゃないのか?
それに連れてた護衛は全員軍人上がりのそこそこ強い奴だ。お前もそういう奴を護衛にしたら良いんじゃないか?」
あの5人の護衛は元軍人だったから傭兵っぽくないのか…。納得だ。
「ロミニアの言うことが一般認識って?」
「護衛を何人も引き連れて、全員と深い関係ってことだよ」
「私、あーいう考えは嫌なんだもん。
護衛をたくさん連れてると色々と経費もかかるし、仰々しくなるから嫌だし。それに恋愛に関してだって、同時に複数相手にするなんて、私はそんな器用なこと出来ないよ。
それに私は神殿が斡旋する護衛は要らないわ。関わりたくない」
そして翌日、食堂で少し遅めの朝食を食べているとロミニアが慌てた様子で宿の扉を開いた。
「シェニカ!奇跡よ!奇跡が起きたんだわ!支度したら、昨日のレストランで待ってるから早く来てちょうだいね。まさかこのタイミングだなんて!運命よ!」
そう言い残してロミニアは嵐のように宿から去って行った。
「奇跡?奇跡ってなんだろ」
私は不思議に思いながら言われた通りにレストランに行くと、また同じような個室が用意されていた。
そしてそこにはロミニアとその護衛5人と、もう1人いた。
傭兵姿の見知らぬ金髪の青年が、こちらに背を向けて円卓のテーブル席に座っていた。
応援ありがとうございます!
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