天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第3章 油断大敵

3.悪魔の後悔

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日の光が完全に消えて空を暗闇が支配した頃、ようやく宿の部屋にたどり着いた。
グッタリしたままのシェニカをベッドの上に寝かせると、光に照らされたその姿は今にも消えてしまいそうに儚く見えた。


部屋の入り口には、女を除くガルシアの仲間達が悲痛な顔をして立っていたが、彼らに声をかけるだけの言葉は持っていなかった。






「すまないが、2人きりにしてくれるか?」

ベッドのそばに立ち、青い顔をしたままシェニカを見下ろしていたガルシアは、黙って頷くと静かに部屋を出て行った。





布団をかけて暖かくしても、顔色を失くしたままのシェニカは目を覚まさない。

誰かに脇腹の怪我を治療してほしいが、この町に白魔道士がいないのはここでシェニカが仕事をした時に嫌でも分かってる。






「守ってやれなくてごめんな。
黒魔法が苦手なこと、馬鹿にしてすまなかった。俺だって白魔法苦手なのに。人のこと言えないのにお前は何も言わなかったんだな。
護衛対象をこんな風に大怪我させて、俺は護衛失格だ」


シェニカの冷えた小さな手を取り、祈るような気持ちでギュッと握り締めた。







ーーあんな奴なんかより黒魔法の使える私の方がよっぽど偉いじゃない!
あんな奴、戦場じゃ足手まといにしかならないんだから!





女の言葉は、まるで自分に対する侮辱の言葉のように聞こえた。



怒りで目の前が真っ赤に染まり、シェニカにした事と同じ事をしてやりたくなった。
でもその言葉は、以前自分が『白い渡り鳥』に対して思っていたものと同じだと気付くと、まるで「こうなったのはお前のせいだ」と罪を突き付けられている気がした。

だから自分には女に対して何もやり返す資格はないと思って、必死に怒りの感情を抑えてシェニカを探そうと動いた。






いつ目を覚ますのだろう。
このまま目を覚まさなければ、どうなるのだろう。


色んな心配が頭をよぎり、食事を取る気も起きず睡魔もやって来ない。



一晩中微かな効果しかない自分の治療魔法をかけ、シェニカの小さな手を擦って温め、冷えたままの頬に自分の手を当てて体温を分けようとした。








そして太陽の光が窓から差し込み始めた頃、扉を静かにノックする音が聞こえた。



「ルクト。彼女はまだ…?」


扉を開けると、眠れなかった様子のガルシアとその仲間が心配そうに立っていたが、今回もあの女の姿はなかった。




「あぁ。この町には白魔道士はいないから、自然に目覚めるのを待つしか…」


「町中を探したんだが、白魔法がまともに使える人はいなかった。すまない」


「いや、良いんだ」


町長もこの町には白魔道士はいないと言っていたから、ガルシアからそう言われても落胆することはない。





「それとノイアだけど。俺達からきつく説教しておいた。こんな事態になるって考えて無くて、浅い考えで行動した結果だったようだ。本当にすまない」


「いや。護衛なのに、俺が1人にさせたのがダメだったんだ。俺は誰も責める資格なんてないから、そいつの扱いはお前らに任せるよ」








その日の昼前、事態を知った町長が心配そうな顔をして見舞いに来た。


「あの。シェニカ様はまだ…?」

俺は首を横に振って返事を返した。



「ではここから1番近い街の神殿に、白魔法を使える人を寄越してもらえるように早馬を出します。
この町とは距離があるので、距離だけでも往復2日かかります。
加えて神殿に白魔法の使える人がいると限りませんので、もう少し時間がかかるかもしれません。
ですが、『白い渡り鳥』様の治療となれば優先してもらえる筈ですから、きっと普通より早く来てくれると思います」


「…頼みます」


俺の返事を聞いた町長は、気の進まない大仕事をやる前のような大きなため息をついてドアを閉めて出て行った。







それから丸2日。シェニカの目が開くことはなかった。


俺はシェニカのそばを離れないように張り付いて治療魔法をかけ、手を握ったり擦ったりしながら見守ることしか出来なかった。

時間が経過するに連れて、自分の胸の中に後悔の念だけがずっしりと重みを増していった。





あの時どうして「護衛を辞めて自由に戦場に行きたい」なんて言ったのだろう。




戦場でしか仕事をして来なかった俺は、誰かとつるむことなく単独行動だった。

こうして一日中ずっと誰かのそばにいて、誰かを守る護衛なんて仕事なんて、生まれて初めてやった。


戦場特有の緊張感のある命の奪い合いとは違い、そばについていれば良い楽な仕事だと油断して、見くびったその仕事すら放棄した。

為すべきこともせず、自分のやりたい事を優先した結果がこれだ。


ずっと単独行動で誰とも一緒にいないから、自分のことしか考えなくなっていた。
自分の言動が相手にどう影響するのかなんて、頭の隅にもなかった。




平和な護衛の仕事よりも、身体に染み付いた戦場での傭兵としての生き方の方が、自分らしくて好きだ。

でも、今こういう状況になると、とてもじゃないがそんなこと思えなくなった。




例え誰かにシェニカの護衛を頼めたとしても、そいつが俺と同じように危険な目に遭わせるのではないか、 と思うと心配になる。

そんなに心配なら、こうして一度失敗して後悔の念にまみれた自分が護衛を続け、過ちを繰り返さないようにした方が良いのではないか、とすら思ってくる。







戦場には戻りたい、でもシェニカが心配で離れがたい。




「シェニカ、頼むから目を開けてくれ。これからはちゃんと俺が守るから」


返事が返ってこないシェニカを見下ろしながら、そっと冷たい頬を両手で包んだ。
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