200 / 260
第18.5章 流れる先に
4.異色の部隊(2)
しおりを挟む
■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
4話は3話構成になっています。3話同時更新となっておりますので、(1)から読んで頂けますと幸いです。
■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。
(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル
(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
(下級兵士)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)
■■■■■■■■■
食堂はさっきまでいた鍛錬場の2倍はある長方形で、厨房のある長辺部分を除いた3面に大きな出入り口があって、様々な階級の兵士たちがひっきりなしに出入りしている。食堂の中央には水や取皿、スプーンやフォークなどが置かれた大きなテーブルと長い手洗い場があり、窓側にあるカウンター席や4人掛け、8人掛け、16人掛けなど大小様々なテーブルがある。ほとんどの席が埋まっているが、食べ終わるとすぐに食堂を出ていく人がほとんどのようで、席に困ることはないようだった。
食堂の中を進んでいくと、自分の周囲から食堂の端まで、波紋があっという間に広がったように多くの好奇や嘲笑の視線が自分に向けて一斉に襲ってきた。
騒がしい食堂内にも関わらず
ーー食事の時くらい甲冑を脱げばいいのに。
ーーよほど甲冑を与えられたことが嬉しいんだろう。ガキみたいだ。
ーーわざわざ見せびらかしに来たのか?
ーー今日入ったばかりの下級兵士だろ?どこの部隊だ?
ーーあぁ、バルジアラ様の部隊か。人数少なすぎて今にも潰れそうなんだろ?
ーー人数が少ないから、あんな奴でも甲冑の装備を許可されたんだろ。
ーー士官学校の入隊者指名の時、1人しか取れなかったらしいよ。その1人があんな弱っちい奴とか。もう先が見えてるな。
ーーバルジアラ様って、将軍になって防衛戦にまだ行ってないよな?こんなんじゃ最初から壊滅するに決まってる。
ーー最年少で将軍になったけど、ウィニストラの面汚しってことで、今度は最速で降ろされるんじゃないのか?
ーー毎回バルジアラ様が直接鍛錬するのは良いが、内容はふざけたものばかりだよな。馬鹿にしてんじゃねぇの?
ーーバルジアラ様は不適格として、上の方々は次の将軍の選定に入っていそうだよな。
などと食堂中で言われているのが、離れた場所にいる自分にも聞こえてくる。
今まで流されるまま静かに生きてきたから、こんな大勢の人から視線を受けたことはなかった。ましてや悪意しかない大量の視線と言葉なんて初めて経験する。
だからなのか。つい数瞬まで人間の形をしていた人たちから、身体の形や色といった特徴が消え、顔部分にギョロリとした眼球、悪意を口にする口だけが残り、ほかすべてが灰色がかった半透明に置き換わるという歪な姿に見えてしまった。
1人1人が持つ特徴的な顔が消え、全員同じ眼球と口だけに見えるというだけでも気持ちが悪いのに、口は悪意を吐くたびにパクパクと動き、血走った眼球が時折ギョロギョロと小刻みに動いて自分をジッと見続ける。そんな人達が遠い場所にもいるのに、位置や数もなんとなく分かってしまうから余計に気持ちが悪くなった。
「こういうのは相手にしなければ、すぐ止まる。気にしないで良い」
「甲冑を着れるのは早くても上級兵士だから、妬んでるんだよ。僻みだ」
「誰よりも早く甲冑を身につけることが出来たんだ。胸を張っていいと思う」
「ねぇねぇ、ディスコーニは何食べる?どの定食も銅貨3枚で、トッピングやデザートを組み合わせていくと値段が加算していくんだけど、どれも懐に優しい値段設定だから、たっくさん食べても大丈夫だよ」
ワンドが目をキラキラさせながら指差したのは、小さな文字で書かれた札が壁一面にぶら下がっているメニューだった。
気持ちの悪さはそのままだが、同じ部隊の彼らはちゃんと人間の姿であると安心できた上に、ワンドの『早くご飯が食べたい』という分かりやすい表情を見ると、いくらか気持ちの悪さが和らいだ。
常に注がれる悪意に気を持っていかれると、また気持ちの悪さが湧き上がってくるから、目を閉じて厨房から漂う匂いをクンクンと嗅いでいるワンドを見て気持ちを反らすことにした。
「ではアボカドとエビのクリームパスタ定食にトマトサラダを追加して、デザートにレモンゼリーを注文しようと思います」
「クリームパスタか!洒落たのを選んだなぁ」
「いえ、メニューの最初に書いてあっただけです」
「なるほど。そんな選び方もあるのか」
「じゃ、受付に注文を言いに行こう」
ドルマードに連れられて厨房の方へ行くと、大きな厨房は壁で内部を細かく仕切られていて、メニューごとに担当するシェフがいるようだった。先に注文したドルマードに倣ってその区画にいる受付に注文を言うと、その場で待つように伝えられた。
厨房を観察してみると、1つの区画に受付、料理をトレイに並べる人、料理を作るシェフ、デザートやサラダ、トッピングを運ぶ人がそれぞれ複数いて、受付の注文を読み上げる声が響くと、シェフたちは阿吽の呼吸と無駄のない動きであっという間に完成させる。トレイを並べる人は誰が何を注文したのかしっかり記憶しているらしく、準備が出来ると間違えることなく渡していた。
厨房で働く人達は仕事に忙しいらしく、甲冑姿の自分を見ても人間の形だったのは良かったのだが。眼球と口だけになった人間、人の姿のままの人間の2種類しかいない世界なんて初めて経験するから、自分の気が狂ったのではないかと不安になる。
「お待たせしました。アボカドとエビのクリームパスタ定食にトマトサラダ、レモンゼリーです」
何かのショーを見ているかのような様子に感心している内に、あっという間に完成した料理が渡された。内容を見てみると大盛りを頼んだわけでもないのに、パスタの量が普通の店で食べる大盛りくらいのボリュームだ。これで採算が取れているのだろうかと心配になる。
「いただきまーす」
4人掛けのテーブル席に座ると、みんなで手を合わせて食べ始めたのだが。周囲から延々と続く自分への悪意がつきまとって、食事を口に運ぶのが遅くなる。
美味しそうに食べるワンド達を見れば多少意識が反らせるのだが、この先も続くであろう悪意とどう付き合うべきか。そんなことを考えながらノロノロとサラダを食べていると。
「ディスコーニどうした?」
「甲冑のせいで食べにくいとか?」
「いえ…」
「あ、もしかして周りのアレ?」
「はい…。なんかこう、周囲の人が口や目だけになったように見えて気持ちが悪くて」
素直にそう話すと、ライン達は『なるほど』と言って顔を見合わせた。
「それは気配を具体的なイメージで感じ取っているからだと思うよ」
「気配、ですか?」
「殺気立つよりも、びっくりさせてやろうってソ~っと近付いたりする方が、案外気配を読まれにくいって言ったの覚えてる?」
「はい」
「気配を隠すのは感情を無にした時が一番なんだけど、逆に感じ取るのは悪意にさらされるのが一番簡単なんだ。実際、鬼ごっこしてる時より今のほうが簡単に場所や位置が分かるだろ?
まぁ、個人差が大きいから強烈な悪意にさらされる戦場に何度も行って徐々に分かるようになる人もいれば、ディスコーニみたいに、戦場に行かずともこうして分かる人もいるんだ」
「そう、なんですか…」
「これから先、気配を読む能力はとても重要になる。これはもう気配を読む練習だと思って、割り切ったほうが良いかもよ」
「外野からなんと言われようと、自分は自分なんだ。自分の思考を誰かにコントロールされちゃダメだ」
「どうでも良い奴に向けられるのは無関心だ。悪意を向けられるってことは、ある意味『認められた』っていうことなんだ」
「もっと気配が読み取れるようになれば、気配だけで人が特定出来るから、研ぎ澄ませることが出来れば面倒な人を避けるのに便利と思えるらしいよ」
「そう、ですね。そう考えてみます」
目を閉じて、ワンド達にもらった言葉を呪文を覚える時のように繰り返し、ゆっくりと目を開けると。自分に悪意を向ける人達が、ちゃんと人間の姿に戻っていた。
「大丈夫そう?」
「はい、ちゃんと人の形に戻りました」
「じゃあ温かい内に食べないと損だよ!」
ワンドの言葉に従って食事を再開すると、さっきまで大した味を感じなかったのに、クリームの味は塩味が少し濃いがとても深い味わいがして、美味しくてあっという間に口の中に消えていった。
「ディスコーニのパスタはどう?美味い?」
「美味しいです」
「俺、まだクリームパスタって食べてなかったんだよなぁ。明日それにしよう!」
「食堂のメシは安くてボリュームがあって美味いんだよな。これを食べるために頑張っていると言っても過言ではない!」
ラインが胸を張って宣言すると、ロアとワンドもウンウンと大きく頷いた。
「これで銅貨3枚なんて大丈夫なのでしょうか」
「国内で出来た作物は、どんなに出来の悪いものでも軍がまとめて買い取ってくれるんだ。葉物の捨てる部分とかは馬の餌に回されることも多いけど、普通なら店で出せないような生育の悪い作物でも、シェフや見習いの人達が修行の一貫で美味しく調理するんだ。それに、軍で働く人が多いから、農家から『頑張れ』っていう応援の一貫で、結構な量の食材が寄付されるらしいよ」
「やっぱメシがしっかりしてないとヤル気に関わるからな!食事には相当力を入れてるらしいよ」
「そうなんですね」
全員が定食を食べ終えてデザートを食べ始めると、話題が自分のことになった。
「ディスコーニって黒魔法の適性が高いんだってな。羨ましいなぁ」
「ほんとほんと。魔法の適性なんて努力じゃどうにもならないからなぁ」
「そんなことありませんよ」
「謙遜しちゃって~。士官学校の入隊者指名の後、バルジアラ様が『特別クラスから黒魔法の適性が高い奴を1人選んできた。適性だけなら俺より上だと思う。面白そうな奴だから、お前らも可愛がって育てろよ』と仰ったんだよ」
「バルジアラ様よりも?」
あの最終演習は短時間で終わったし、大した魔法も使っていなかった。なのになぜ、バルジアラ様はそんなことを仰ったのだろうか。
「そのうち呪いを覚えた時に適性の高さがハッキリすると思うよ。その時は性格も分かっちゃうかもしれないけど」
「そうなんですか」
「知り合いの白魔道士が言ってたんだけど、呪いの解呪をする時は精神世界に入って呪いの本体を処理するらしいんだ。その時に、術者の性格がその本体に影響するらしくてさ。バルジアラ様が鍛錬のためにかけた呪いを解呪した白魔道士が『バルジアラ様って遠くから見ると怖そうな感じだけど。あっさり本体を処理出来たから、素直な性格なんだ』ってびっくりしたように話してたんだよ」
「ディスコーニの将来が楽しみだな。あっという間に出世しそうだ」
「だな!」
「そんなことありません。みなさんの方が出世しますよ」
「いやいや。将来部隊を引っ張っていくのは君だよ」
「そんなことないですよ」
自分がそう言うと、ロア達は懐かしむような表情を浮かべて、ゆっくりとデザートを口に運び始めた。
それぞれが何かを思い出しているのか、急に静かになった4人を不思議に思っていると、ラインが手に持ったプリンをスプーンで突きながら口を開いた。
「上級兵士になる人って、何かの能力が高いんだ。俺なんかもう30歳手前でヴェーリ様と同い年だけど、黒魔法の適性が特別高いわけでもないし、剣術も体術も戦術も平凡だ。黒魔法の適性は持って生まれたものだから嘆いても仕方がないけど、他のことをどんなに頑張っても平凡から抜け出せないって嫌でも分かってる。だから、バルジアラ様に声をかけてもらった時に『大変ありがたいお誘いですが、自分なんかじゃお力になれません。それどころか足を引っ張るだけです』って正直に断ったんだ。
でも、あの方は『お前のことを調べたが、お前は周囲をよく見て、相手の感情を読むことに長けてるな。そういう能力を持っている奴はそれなりにいるが、出世のためだけに能力を使ってると、やがて他人を蹴落とす以外の使い方がわからなくなる。
お前の年齢だと、同期の奴はもう何人も出世していっただろ? 戦場での目立った功績はなく、演習で目立った活躍もない。自分より若い奴が出世し、自分の上官になって命令される。そういうのが嫌で退役する者が多いのに、お前は上官になった奴がよく相談を持ちかけ重用してる。
その相談内容はプライベートなことだけでなく、部隊内のこと。特に人間関係のことも多いようだな。部下の管理は上官の出世にも響くから、助言を仰ぐなら上の階級の者だ。だがお前に繰り返し相談した奴は、上官に相談せずに問題を解決したことで、管理能力が高い上に人望も兼ね備えていると判断されて更に出世している。
お前も人間なんだから、踏み台として良いように利用されて当然面白くないし嫉妬もするだろう。だが、お前は部隊内が円滑に進むように感情を律し、的確な助言を与えて信頼を置かれている。出世の機会に恵まれなくても、むしろ長いこと下級兵士をやっているからこそ見える部分があるだろう。俺の部隊にはそういう能力を持っているお前が必要だ。これからはその能力を俺のために使ってもらいたい』って言って下さったんだ。
それまでバルジアラ様に関わったことなんて数回指導して頂いたくらいだし、その時間も僅かだったのに。そう言ってもらえて、すんごい嬉しかった。
その後、バルジアラ様が将軍になられる時、『お前が今後背中を無条件で預けることが出来る、一緒に働きたい奴を忖度なしで教えろ』と仰って。素直に名前と理由を書いて提出したら、『お前の書いた奴らは、俺が連れていきたいと思った奴と同じだ。やっぱりお前は人を見る目があるな』って言われて。その時に、戦場じゃ何の力にもなれないけど、この方のために自分の持てる力は捧げようって決めたんだ」
ラインはそこまで話すと、持っていたプリンを口の中に一気にかき込んで、自分に爽やかな笑顔を見せた。
「本当なら地方拠点で一生を終えるような俺たちを引き上げてくれた上に、多忙なのに熱心に指導してくれるから、みんな感謝してるし尊敬しているんだ。バルジアラ様のために働きたい、バルジアラ様の望む部隊にしたいってみんな思ってるんだ」
「心強い部隊になりそうですね」
「デザートも食べ終えて一息ついたし、そろそろ郊外演習場に行くか!」
「そうだな。ちょっと距離があるからキツイだろうけど。頑張ろう」
食堂内にいる人達や廊下ですれ違う人たちからも、相変わらず冷たい視線と嘲笑の言葉が聞こえてくる。人の姿に戻っても視線や言葉に気が取られるのではないかと思ったが、彼らからバルジアラ様のことなどの話を聞いたからか、自分も仲間たちに倣って真っ直ぐ前を向いて歩くことにした。
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
4話は3話構成になっています。3話同時更新となっておりますので、(1)から読んで頂けますと幸いです。
■□■□■□■□■□
第18.5章は色んな名前が飛び交うため、少しでも分かりやすくなればと、出てくる人達を整理しておきます。ご参考までにどうぞ。
(バルジアラの副官)
●リスドー ※腹心
●イスト
●ヴェーリ
●モルァニス
●アルトファーデル
(ディスコーニの隣の部屋の下級兵士)
●ライン(リスドーの部隊所属)
●ロア(イストの部隊所属)
●マルア(ヴェーリの部隊所属)
●ロンド(ヴェーリの部隊所属)
(下級兵士)
●ワンド(アルトファーデルの部隊所属)
●ドルマード(モルァニスの部隊所属)
■■■■■■■■■
食堂はさっきまでいた鍛錬場の2倍はある長方形で、厨房のある長辺部分を除いた3面に大きな出入り口があって、様々な階級の兵士たちがひっきりなしに出入りしている。食堂の中央には水や取皿、スプーンやフォークなどが置かれた大きなテーブルと長い手洗い場があり、窓側にあるカウンター席や4人掛け、8人掛け、16人掛けなど大小様々なテーブルがある。ほとんどの席が埋まっているが、食べ終わるとすぐに食堂を出ていく人がほとんどのようで、席に困ることはないようだった。
食堂の中を進んでいくと、自分の周囲から食堂の端まで、波紋があっという間に広がったように多くの好奇や嘲笑の視線が自分に向けて一斉に襲ってきた。
騒がしい食堂内にも関わらず
ーー食事の時くらい甲冑を脱げばいいのに。
ーーよほど甲冑を与えられたことが嬉しいんだろう。ガキみたいだ。
ーーわざわざ見せびらかしに来たのか?
ーー今日入ったばかりの下級兵士だろ?どこの部隊だ?
ーーあぁ、バルジアラ様の部隊か。人数少なすぎて今にも潰れそうなんだろ?
ーー人数が少ないから、あんな奴でも甲冑の装備を許可されたんだろ。
ーー士官学校の入隊者指名の時、1人しか取れなかったらしいよ。その1人があんな弱っちい奴とか。もう先が見えてるな。
ーーバルジアラ様って、将軍になって防衛戦にまだ行ってないよな?こんなんじゃ最初から壊滅するに決まってる。
ーー最年少で将軍になったけど、ウィニストラの面汚しってことで、今度は最速で降ろされるんじゃないのか?
ーー毎回バルジアラ様が直接鍛錬するのは良いが、内容はふざけたものばかりだよな。馬鹿にしてんじゃねぇの?
ーーバルジアラ様は不適格として、上の方々は次の将軍の選定に入っていそうだよな。
などと食堂中で言われているのが、離れた場所にいる自分にも聞こえてくる。
今まで流されるまま静かに生きてきたから、こんな大勢の人から視線を受けたことはなかった。ましてや悪意しかない大量の視線と言葉なんて初めて経験する。
だからなのか。つい数瞬まで人間の形をしていた人たちから、身体の形や色といった特徴が消え、顔部分にギョロリとした眼球、悪意を口にする口だけが残り、ほかすべてが灰色がかった半透明に置き換わるという歪な姿に見えてしまった。
1人1人が持つ特徴的な顔が消え、全員同じ眼球と口だけに見えるというだけでも気持ちが悪いのに、口は悪意を吐くたびにパクパクと動き、血走った眼球が時折ギョロギョロと小刻みに動いて自分をジッと見続ける。そんな人達が遠い場所にもいるのに、位置や数もなんとなく分かってしまうから余計に気持ちが悪くなった。
「こういうのは相手にしなければ、すぐ止まる。気にしないで良い」
「甲冑を着れるのは早くても上級兵士だから、妬んでるんだよ。僻みだ」
「誰よりも早く甲冑を身につけることが出来たんだ。胸を張っていいと思う」
「ねぇねぇ、ディスコーニは何食べる?どの定食も銅貨3枚で、トッピングやデザートを組み合わせていくと値段が加算していくんだけど、どれも懐に優しい値段設定だから、たっくさん食べても大丈夫だよ」
ワンドが目をキラキラさせながら指差したのは、小さな文字で書かれた札が壁一面にぶら下がっているメニューだった。
気持ちの悪さはそのままだが、同じ部隊の彼らはちゃんと人間の姿であると安心できた上に、ワンドの『早くご飯が食べたい』という分かりやすい表情を見ると、いくらか気持ちの悪さが和らいだ。
常に注がれる悪意に気を持っていかれると、また気持ちの悪さが湧き上がってくるから、目を閉じて厨房から漂う匂いをクンクンと嗅いでいるワンドを見て気持ちを反らすことにした。
「ではアボカドとエビのクリームパスタ定食にトマトサラダを追加して、デザートにレモンゼリーを注文しようと思います」
「クリームパスタか!洒落たのを選んだなぁ」
「いえ、メニューの最初に書いてあっただけです」
「なるほど。そんな選び方もあるのか」
「じゃ、受付に注文を言いに行こう」
ドルマードに連れられて厨房の方へ行くと、大きな厨房は壁で内部を細かく仕切られていて、メニューごとに担当するシェフがいるようだった。先に注文したドルマードに倣ってその区画にいる受付に注文を言うと、その場で待つように伝えられた。
厨房を観察してみると、1つの区画に受付、料理をトレイに並べる人、料理を作るシェフ、デザートやサラダ、トッピングを運ぶ人がそれぞれ複数いて、受付の注文を読み上げる声が響くと、シェフたちは阿吽の呼吸と無駄のない動きであっという間に完成させる。トレイを並べる人は誰が何を注文したのかしっかり記憶しているらしく、準備が出来ると間違えることなく渡していた。
厨房で働く人達は仕事に忙しいらしく、甲冑姿の自分を見ても人間の形だったのは良かったのだが。眼球と口だけになった人間、人の姿のままの人間の2種類しかいない世界なんて初めて経験するから、自分の気が狂ったのではないかと不安になる。
「お待たせしました。アボカドとエビのクリームパスタ定食にトマトサラダ、レモンゼリーです」
何かのショーを見ているかのような様子に感心している内に、あっという間に完成した料理が渡された。内容を見てみると大盛りを頼んだわけでもないのに、パスタの量が普通の店で食べる大盛りくらいのボリュームだ。これで採算が取れているのだろうかと心配になる。
「いただきまーす」
4人掛けのテーブル席に座ると、みんなで手を合わせて食べ始めたのだが。周囲から延々と続く自分への悪意がつきまとって、食事を口に運ぶのが遅くなる。
美味しそうに食べるワンド達を見れば多少意識が反らせるのだが、この先も続くであろう悪意とどう付き合うべきか。そんなことを考えながらノロノロとサラダを食べていると。
「ディスコーニどうした?」
「甲冑のせいで食べにくいとか?」
「いえ…」
「あ、もしかして周りのアレ?」
「はい…。なんかこう、周囲の人が口や目だけになったように見えて気持ちが悪くて」
素直にそう話すと、ライン達は『なるほど』と言って顔を見合わせた。
「それは気配を具体的なイメージで感じ取っているからだと思うよ」
「気配、ですか?」
「殺気立つよりも、びっくりさせてやろうってソ~っと近付いたりする方が、案外気配を読まれにくいって言ったの覚えてる?」
「はい」
「気配を隠すのは感情を無にした時が一番なんだけど、逆に感じ取るのは悪意にさらされるのが一番簡単なんだ。実際、鬼ごっこしてる時より今のほうが簡単に場所や位置が分かるだろ?
まぁ、個人差が大きいから強烈な悪意にさらされる戦場に何度も行って徐々に分かるようになる人もいれば、ディスコーニみたいに、戦場に行かずともこうして分かる人もいるんだ」
「そう、なんですか…」
「これから先、気配を読む能力はとても重要になる。これはもう気配を読む練習だと思って、割り切ったほうが良いかもよ」
「外野からなんと言われようと、自分は自分なんだ。自分の思考を誰かにコントロールされちゃダメだ」
「どうでも良い奴に向けられるのは無関心だ。悪意を向けられるってことは、ある意味『認められた』っていうことなんだ」
「もっと気配が読み取れるようになれば、気配だけで人が特定出来るから、研ぎ澄ませることが出来れば面倒な人を避けるのに便利と思えるらしいよ」
「そう、ですね。そう考えてみます」
目を閉じて、ワンド達にもらった言葉を呪文を覚える時のように繰り返し、ゆっくりと目を開けると。自分に悪意を向ける人達が、ちゃんと人間の姿に戻っていた。
「大丈夫そう?」
「はい、ちゃんと人の形に戻りました」
「じゃあ温かい内に食べないと損だよ!」
ワンドの言葉に従って食事を再開すると、さっきまで大した味を感じなかったのに、クリームの味は塩味が少し濃いがとても深い味わいがして、美味しくてあっという間に口の中に消えていった。
「ディスコーニのパスタはどう?美味い?」
「美味しいです」
「俺、まだクリームパスタって食べてなかったんだよなぁ。明日それにしよう!」
「食堂のメシは安くてボリュームがあって美味いんだよな。これを食べるために頑張っていると言っても過言ではない!」
ラインが胸を張って宣言すると、ロアとワンドもウンウンと大きく頷いた。
「これで銅貨3枚なんて大丈夫なのでしょうか」
「国内で出来た作物は、どんなに出来の悪いものでも軍がまとめて買い取ってくれるんだ。葉物の捨てる部分とかは馬の餌に回されることも多いけど、普通なら店で出せないような生育の悪い作物でも、シェフや見習いの人達が修行の一貫で美味しく調理するんだ。それに、軍で働く人が多いから、農家から『頑張れ』っていう応援の一貫で、結構な量の食材が寄付されるらしいよ」
「やっぱメシがしっかりしてないとヤル気に関わるからな!食事には相当力を入れてるらしいよ」
「そうなんですね」
全員が定食を食べ終えてデザートを食べ始めると、話題が自分のことになった。
「ディスコーニって黒魔法の適性が高いんだってな。羨ましいなぁ」
「ほんとほんと。魔法の適性なんて努力じゃどうにもならないからなぁ」
「そんなことありませんよ」
「謙遜しちゃって~。士官学校の入隊者指名の後、バルジアラ様が『特別クラスから黒魔法の適性が高い奴を1人選んできた。適性だけなら俺より上だと思う。面白そうな奴だから、お前らも可愛がって育てろよ』と仰ったんだよ」
「バルジアラ様よりも?」
あの最終演習は短時間で終わったし、大した魔法も使っていなかった。なのになぜ、バルジアラ様はそんなことを仰ったのだろうか。
「そのうち呪いを覚えた時に適性の高さがハッキリすると思うよ。その時は性格も分かっちゃうかもしれないけど」
「そうなんですか」
「知り合いの白魔道士が言ってたんだけど、呪いの解呪をする時は精神世界に入って呪いの本体を処理するらしいんだ。その時に、術者の性格がその本体に影響するらしくてさ。バルジアラ様が鍛錬のためにかけた呪いを解呪した白魔道士が『バルジアラ様って遠くから見ると怖そうな感じだけど。あっさり本体を処理出来たから、素直な性格なんだ』ってびっくりしたように話してたんだよ」
「ディスコーニの将来が楽しみだな。あっという間に出世しそうだ」
「だな!」
「そんなことありません。みなさんの方が出世しますよ」
「いやいや。将来部隊を引っ張っていくのは君だよ」
「そんなことないですよ」
自分がそう言うと、ロア達は懐かしむような表情を浮かべて、ゆっくりとデザートを口に運び始めた。
それぞれが何かを思い出しているのか、急に静かになった4人を不思議に思っていると、ラインが手に持ったプリンをスプーンで突きながら口を開いた。
「上級兵士になる人って、何かの能力が高いんだ。俺なんかもう30歳手前でヴェーリ様と同い年だけど、黒魔法の適性が特別高いわけでもないし、剣術も体術も戦術も平凡だ。黒魔法の適性は持って生まれたものだから嘆いても仕方がないけど、他のことをどんなに頑張っても平凡から抜け出せないって嫌でも分かってる。だから、バルジアラ様に声をかけてもらった時に『大変ありがたいお誘いですが、自分なんかじゃお力になれません。それどころか足を引っ張るだけです』って正直に断ったんだ。
でも、あの方は『お前のことを調べたが、お前は周囲をよく見て、相手の感情を読むことに長けてるな。そういう能力を持っている奴はそれなりにいるが、出世のためだけに能力を使ってると、やがて他人を蹴落とす以外の使い方がわからなくなる。
お前の年齢だと、同期の奴はもう何人も出世していっただろ? 戦場での目立った功績はなく、演習で目立った活躍もない。自分より若い奴が出世し、自分の上官になって命令される。そういうのが嫌で退役する者が多いのに、お前は上官になった奴がよく相談を持ちかけ重用してる。
その相談内容はプライベートなことだけでなく、部隊内のこと。特に人間関係のことも多いようだな。部下の管理は上官の出世にも響くから、助言を仰ぐなら上の階級の者だ。だがお前に繰り返し相談した奴は、上官に相談せずに問題を解決したことで、管理能力が高い上に人望も兼ね備えていると判断されて更に出世している。
お前も人間なんだから、踏み台として良いように利用されて当然面白くないし嫉妬もするだろう。だが、お前は部隊内が円滑に進むように感情を律し、的確な助言を与えて信頼を置かれている。出世の機会に恵まれなくても、むしろ長いこと下級兵士をやっているからこそ見える部分があるだろう。俺の部隊にはそういう能力を持っているお前が必要だ。これからはその能力を俺のために使ってもらいたい』って言って下さったんだ。
それまでバルジアラ様に関わったことなんて数回指導して頂いたくらいだし、その時間も僅かだったのに。そう言ってもらえて、すんごい嬉しかった。
その後、バルジアラ様が将軍になられる時、『お前が今後背中を無条件で預けることが出来る、一緒に働きたい奴を忖度なしで教えろ』と仰って。素直に名前と理由を書いて提出したら、『お前の書いた奴らは、俺が連れていきたいと思った奴と同じだ。やっぱりお前は人を見る目があるな』って言われて。その時に、戦場じゃ何の力にもなれないけど、この方のために自分の持てる力は捧げようって決めたんだ」
ラインはそこまで話すと、持っていたプリンを口の中に一気にかき込んで、自分に爽やかな笑顔を見せた。
「本当なら地方拠点で一生を終えるような俺たちを引き上げてくれた上に、多忙なのに熱心に指導してくれるから、みんな感謝してるし尊敬しているんだ。バルジアラ様のために働きたい、バルジアラ様の望む部隊にしたいってみんな思ってるんだ」
「心強い部隊になりそうですね」
「デザートも食べ終えて一息ついたし、そろそろ郊外演習場に行くか!」
「そうだな。ちょっと距離があるからキツイだろうけど。頑張ろう」
食堂内にいる人達や廊下ですれ違う人たちからも、相変わらず冷たい視線と嘲笑の言葉が聞こえてくる。人の姿に戻っても視線や言葉に気が取られるのではないかと思ったが、彼らからバルジアラ様のことなどの話を聞いたからか、自分も仲間たちに倣って真っ直ぐ前を向いて歩くことにした。
0
お気に入りに追加
178
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~
真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる