天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18章 隆盛の大国

23.意外な特技

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■■■前書き■■■
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今回はシェニカ視点→ルクト視点です。

■■■■■■■■■

生息地に来て2日目の朝。
ユーリくんのお着替えを堪能して眠ったからか、内容を覚えていないのが残念だけど、なんかすごく良い夢を見た気がする。


身支度を整え、洗面台の大きな鏡で歯磨きをしていると、ピアスに髪が引っかかって夜中に起きたことを思い出した。


「連続して引っかかるってことは、ピアスは外して寝たほうが安眠できそうね」

ディズのピアスに触れると、彼の優しい微笑が浮かんできた。
旅に戻ったらディズとユーリくんに会えなくなる。それは仕方のないことだと分かっているけど、今は一緒にいる時間が長いからとても寂しく感じてしまう。


「とりあえず。主人と認めてもらえるように、今日は失敗しないように頑張らないと!」

両手で頬をパシッと叩いて気合を入れると、思いのほか力が入っていたようで頬がジンジンしてきた。



「おはようございます。ゆっくり休めましたか?」
「おはよう!フカフカでぐっすり眠ったよ。ルクトおはよう」
「おはよ」

廊下に出ると、同じタイミングで出てきたルクトは大きなあくびをしながら挨拶し、ディズに挨拶をすると軍服の隙間から小さなお顔がヒョッコリ出てきた。


「ユーリくん、おはよう!朝ごはんを食べたら『恋するクルミ』を育てるから。楽しみにしていてね」
「チ!」

すぐに軍服の中に入ってしまったけど、元気のよい返事をしてくれたユーリくんを見ることができて、朝から幸せな気持ちになった。




ディズとルクトと一緒に食堂に行くと、1人1人に用意されたプレートには目玉焼き、ウインナー、サーモンの燻製が入ったサラダが入っていて、その横にコンソメの匂いが漂う野菜スープ、焼きたてのクロワッサンやロールパン、プリン、牛乳が入ったコップが並んでいた。


「わぁ!美味しそう!」

「何かご要望があればすぐに用意いたしますので、遠慮なくお申し付け下さい」

「いいえ。十分過ぎるほどです!いただきます」

早速温かさの残るパンを食べてみると、外はパリッとしているのに、中はふっくら。口に入れると香ばしい香りと、甘みを感じる。
目玉焼きは黄身がプリッとしていて、フォークを入れると弾けるようにトロリと出てくる。その黄身をパンにつけて食べると、薄っすら塩味がしてすごく美味しい。
燻した木の良い香りのするサーモンは、そのままだと塩味が強いけど、みずみずしいレタスや玉ねぎと一緒に食べれば塩気が薄まって丁度良くなる。いい匂いが消えるからドレッシングは必要ないくらい、サーモンの燻製が良い仕事をしている。
コンソメスープの中には、細かく切られたじゃがいもやニンジン、タマネギ、キャベツが入っていて、コンソメの香りはするけど、優しさを感じる薄い味付けだ。
デザートの甘さ控えめのプリンは、少し硬めでカラメルがホロ苦の大人なお味。
ここ最近、ずっと豪華な朝食を食べ続けているけど、こんなにいたれりつくせりで良いのだろうか。


「ごちそうさまでした!すごく美味しかったです」
「ありがとうございます」

今日も穏やかな笑顔を浮かべるエイマさんとベーダさんは、食後のお茶を出すと下げた食器を乗せたワゴンを静かに厨房の方へと押して行った。


「早速外に行きますか?」

「うん!」

私が気絶してしまった場所に行くと、今日こそは失敗しない。気絶しない!と拳を強く握りしめた。


「ユーリくん、クルミを育てるから出てきて?」

軍服の隙間から顔を出したユーリくんは、ディズの肩まで駆け上がってくると立ち上がって、外の空気を吸うようにクンクンとお鼻を動かした。
今日のお洋服は青い生地に白い葉っぱ柄のアロハシャツで、りょうしな王太子や元気いっぱいのユーリくんにとても似合っている。


「これからみんなのためにクルミを育てるから、お友達も呼んできてね」
「チチッ!」

元気なお返事がもらえたことが嬉しくて、『ユーリくん、大好きだよ』と気持ちを込めて小さな頭を指で撫でると、ディズから『恋するクルミ』を受け取り、開けた場所の真ん中くらいの場所にしゃがんだ。



「じゃあ始めるね」

クルミを埋めた場所を挟むように地面に両手を当て、目を閉じて意識を集中しながら呪文を詠唱した。

土の中のクルミから白くて細い根っこが出るイメージを浮かべると、魔力が土に染み込んでいくと同時に目眩がした時のように身体が少し重くなった。

ーー大量の魔力を吸い取ったクルミの根はだんだん太く、長くなり、大地をしっかりと掴むように成長する。そしてクルミの上部が割れて、黄緑色の若葉が光を求めるように外に出て、美味しい空気をたっぷり取り込むように大きく広がる。
茎が太くなり、新芽がムズムズしながら次々に出てくるように……とイメージした時。

私の中にあるディズへの気持ちを表した若木のイメージと、愛情を求めていたドナの木の話が、『恋するクルミ』の成長させるイメージと不意に重なった。


『シェニカ、好きです。愛しています』

ーー私もディズが好き。お互いに想いを伝え合うと、心がとてもあったかくなって安心する。
ディズと一緒にいると、同じ気持ちでいるのだと実感出来る幸福が、心と身体の芯までじんわりじんわりと染み込んでくる。これが満たされるってことなんだと思える。

優しくて、誠実で、勇気をくれて、強くて、逞しくて。たくさんの愛情をくれるディズともっと一緒にいたい。もっとディズを知りたいな。
もしかして。これが愛するって気持ちなのかな。ドナの木も、こんな幸せを望んでいたのかな。


たくさんの言葉と優しさをくれるディズを思い浮かべれば、自然と自分の答えも重なってくる気がする。
親しくなってそんなに時間が経っていないのに、彼への気持ちが愛に近いのではないかと思うと、心の中の熱が上がってムズムズして、もっと幸せになれた気がした。

手をついた地面が脈を打つように盛り上がったから、魔力を注ぐのを止め、目を閉じたまま手を地面から正面に移してみれば、少しゴツゴツとした感触のする細い若木があった。そこに優しく両手を当て、もう一度成長させる魔法をかけた。


「チチチッ!!」
「チチ~ッ♪」

相変わらず魔力の消費は激しいけど、だんだん慣れてきたのか、はたまた愛情を求めていたドナの木の気持ちを理解し、幸せな気持ちを実感しているからか。
王宮でやった時よりも魔力の消費は抑えられ、身体の重さも疲れも感じなくなったから、喜んでくれるリス達の声を聞きながら、イメージをどんどん膨らませて魔力を注ぎ続けた。


ーー私の中に育っている若木は少しずつ大きくなっているけど、どれくらい大きくなるのかな。どんな花が咲くのかな。どんな実がなるのかな。

そんなことを思いながら『恋するクルミ』が大きく育って、可愛い花を咲かせて青い実をつけ、薄桃色に熟したイメージになったところで魔力を注ぐのをやめた。
かすかな甘い香りを感じながら目を開ければ、さっきまで細く感じた木は昔からあるような幹の太い立派な木に成長し、空を隠すように広がった木の枝には、ユーリくんや昨日以上のリス達が集まっている。彼らはさっそく落ちそうな熟したクルミに鋭い爪で引っ掛けて取ると、器用に固そうな殻を取って夢中で頬張っていた。
近付いただけで逃げていくリス達だけど、私が近い位置にいても逃げないのは、やっぱり大好物の『恋するクルミ』に夢中だからのようだ。
警戒心を綺麗サッパリ忘れてしまった姿も可愛いな、と思いながらゆっくり立ち上がると、地面を踏みしめる音がした。


「大丈夫か?」

ルクトは私がまたふらついたり、魔力切れを起こしてしまうのではないかと心配しているようだ。


「大丈夫。心配してくれてありがとう。便利な魔法って使う回数が増えると、魔力の消費も少なく済むようになるんだ。前よりも上手にイメージができて魔力が使えたから、今回は大丈夫だよ」

「そうか。無理すんなよ」

「心配してくれてありがとう」

ディズが近くにいると口数が少なくなるけど、こういうやり取りをしていると、恋人として付き合う前のルクトに戻ったような気がして、なんだか少しホッとした。


「リスの姿もよく見えるから、そこに座ったらどうだ?」

「そうだね。ありがとう」

ルクトが指を差したのは外壁の前に置かれた3脚の折りたたみ椅子で、その後ろにベーダさんとエイマさんが呆然と立っていた。
ディズは横並びに置かれた椅子の端に座っていて、微笑みながら私と育てたクルミを頬張るリスたちを見ている。


「一気に成長する様は圧巻ですね」
「ユーリくんもお友達も、みんな喜んでくれて良かった」

私が真ん中の椅子に座ると、空いた隣の席にルクトが座り、みんなで夢中でクルミを食べるリスたちを眺めた。
1つ食べ終えたリスは、鈴なりになったたくさんのクルミや周囲にいるリス達をキョロキョロと見て、一番近くにあるクルミを取ってまた頬張っている。


「これだけたくさん実れば、食事の心配はしなくて大丈夫そうですね」

「でも、食べることに夢中になって天敵に襲われないか心配になっちゃうね」

「学者の話では、このクルミの花の匂いは、人間には『なんとなく甘い匂い』程度にしか感じ取れないのですが、動物たちには強い香りのようで、風向きによってはゼルジオ山まで届くようです。
この匂いでクルミの時期を知ったオオカミリスの天敵の猛禽類や狐などが集まり、その天敵を狙う狼たちも集まってくるそうです。

昔はこのリュゼット山やゼルジオ山にも、狼だけでなく獅子狼や鬼熊、赤虎も住んでいたのですが、彼らがいる時代でも、人間による乱獲を除けばリス達が大きく数を減らすことはなかったそうです。
それは、オオカミリスとその天敵を食べる動物は共存関係にあるから、この辺りに住む狼達はオオカミリスを襲うことはしないのではないか、と仮説を立てていました。
なので、クルミの花の匂いを嗅ぎつけた狼も戻ってくると思いますので、心配はしなくても大丈夫だと思います」

私の心配に返事をくれたのは、さっきまで後ろで呆然としていたベーダさんだった。


「獅子狼や鬼熊、赤虎もいたんですか」

「彼らはリュゼット山を含む国境沿いの山一帯に住んでいて、あちこちを移動していたようです。
ただ、山や森に食糧が少ない時、彼らは村や町まで下りてきて人間を食べていたので、それを恐れるあまり虐殺されたり、強さの象徴として心のない狩人や盗賊などに乱獲されてしまって。その結果、この辺ではもうほとんど見ることがなくなってしまったと聞いています」



ベーダさんとそんな話をしていると、頬袋にクルミを詰め込んだユーリくんが、ディズの腰のポーチに戻ってきた。
ポーチで休むのかなと思ったけど、すぐに頬袋をぺったんこにしたユーリくんが出てきて、一目散に恋するクルミの木へと戻り、またクルミを頬袋にパンパンに詰め込んでポーチに戻ってくる。というのを何度も繰り返している。
他のリス達も同じようにしているようで、ほっぺを膨らませて枝から枝へと大きくジャンプしたり、幹を駆け下りたり、他の木へと移動すると頬袋がぺったんこになって戻ってきて、またクルミを頬袋に詰め込んでまだ他の木へ、と忙しそうに動き回っている。


「巣に持って行っているみたいね」

「この様子だと、巣穴だけでなく土の中にもたくさん保存してくれるでしょう。これで自然に発芽してくれると良いのですが…」

「もし芽が出なくても、ここに来ることが許されたら、また育てるから安心して」

クルミを夢中で頬袋に詰め込むユーリくんやリスたちを見ていると、彼らの力になれて本当に良かったと嬉しく思う。
ご飯の心配がなくなって、栄養不足も解消されたら。夢で見たようなベビーラッシュの波が来て、絶滅の危機を脱することが出来るかもしれない。

絶滅危惧の動物は世界中にいるけど、少しでも役に立てるならぜひとも協力したいと、可愛いリスたちを見ながら強く思った。





クルミを運ぶ作業は終わったのか、シェニカが育てたクルミの木の上でリス達が楽しそうに追いかけっこをしたり、念入りな毛繕いを始めた頃。
椅子に座るディスコーニにファズが数枚の手紙を渡した。ディスコーニはそれを一瞬見てすぐに畳み、隣に座るシェニカに申し訳なさそうな顔を向けた。


「すみません。少し書類の整理をしたいので中に戻りますね。その書斎にいますから、何かあればすぐに来ます。安心してくつろいでくださいね。
あと、ユーリは放っておいてもちゃんと帰ってきますので、心配しなくても大丈夫です」

「うん、分かった。お仕事頑張ってね」

ディスコーニが椅子から立ち上がると、周辺のリス達はビクッと動きを止めてこっちを見ているから、どうやら警戒心は戻ったらしい。



「どうかしたのか?」

ディスコーニがいなくなると、立ち上がったシェニカはなぜか近くの壁の前に立ち、張り付いた蔦をジーッと見ている。


「この蔦、茎の部分は木の枝みたいな色をしているな~って思って。葉が枯れた蔦は簡単に取れるね」

シェニカが葉がない茶色の茎を軽く引っ張ると、壁に張り付く力がなくなった蔦は、根本から先端までボロリと剥がれ落ちた。


「枯れたら固くなって脆いのかな~と思ったけど、茎はまだ柔らかくて軽くて、しなやかさがあるね。
そうだ!これでコッチェルくんみたいなお人形作ろう!」

シェニカは茎を持って椅子に座ると、ローブの内ポケットから取り出したナイフである程度の長さで切って束を作り、慣れた手付きで編み始めた。


「そんなんで人形出来るのか?」

「蔦でやったことはないけど、牧草でよくやってたんだ。触った感じだと出来そうな気がする」

ただ長いだけの蔦をどう編んでいるのか分からないが、シェニカは便利な魔法でも使っているかのように、頭を作り、首を作り……と、器用に人の形に編んでいく。


「じゃじゃーん!」
「へぇ~。ちゃんと人形になってるな」

シェニカが蔦を編み始めて数十分。
自信満々に渡してきたのは、あのボッタクリ人形よりも一回り大きい人形だ。蔦は藁よりもしなやかなのか、バラバラにならないように細い蔦でグルグル巻きにされているのに、そんなに力を入れなくても頭も足も手も動く。
何の変哲もない蔦でよくこんな手の混んだ人形が作れるものだと、シェニカの意外な特技に感心した。


「これからお顔を描いてあげるからね~♪
お洋服はないから、身体に模様も描いてあげようかな!」

シェニカはローブの内ポケットから筆と白いインクが入った小瓶を出すと、俺から受け取った蔦人形の顔に、あの禍々しい人形を彷彿とさせる目とカールした眉毛を描いて、俺に見せつけてきた。


「ほら見て!両面に描いたんだ。可愛いでしょ!」
「あ~……。うん……」

ーーうわぁ……。これやばいだろ。

こっちの人形の方が白目部分が広いが、そこには蔦の模様が黒目を囲むように描かれている上に、手足部分には一本の線で人間の大まかな骨格を、胸の部分は肋骨を描いている。片面だけでも不気味なのに両面となると、余計不気味に感じる。

あの人形の禍々しい目もやばかったが、不気味さでいうならコッチが上だ。
顔を描くって言って、なんで鼻や口がなく目を1つだけ描くのか。これのどこが可愛いのか俺には理解できないが、否定の言葉を発することなんて出来るわけもない。かといって褒める言葉も出てこなくて、曖昧に相槌を打っておいた。


「名前は何にしようかなぁ」

「蔦人形でいいんじゃないのか?」

「コッチェルくんは藁人形だけど名前があるでしょ?だからこの子にもつけてあげようかなって。ルクトならなんて名付ける?」

「あ~……。あれは街の名前つけてたから、この山の名前をつけておいたら良いんじゃないか?」

「それいいね!じゃあ、これから君はリュゼットくんだよ~♪」

俺の適当な答えに満足したのか、シェニカは返した蔦人形を嬉しそうに抱きしめると、人形の首に長めの蔦を結んで俺にまた手渡してきた。


「あそこの枝ってルクトなら届くよね。そこに結びつけてきてくれない?こんな感じでブランブラン~ってなるようにしたいんだ」

「分かった」

シェニカの頼みを断ることが出来ず、クルミの木から少し離れた木の枝に、首に巻かれた蔦で首吊りをしているように結びつけた。
軽いせいかそよ風にもなびくのだが、これじゃただの超不気味な呪いの首吊人形だ……と思いながらシェニカを見ると、満足そうに頷いているから、これで良いらしい。


シェニカの隣に戻ると、ディスコーニのリスが人形がぶら下がる枝にやってきて、真下に吊るされた人形に器用に飛びついては反動で揺れる遊びを始めた。それが楽しそうに見えたのか、あちこちの木からリスが集まり、正面と背面に2匹が飛びついたり、飛びつこうとするリスに別のリスが飛びついて仲良く地面に落下していっている。
どうやら藁人形だけでなく蔦人形もリスには人気らしい。


「あんなに喜んで遊んでくれるなら、いっぱい作らなきゃ!」

隣に座るシェニカを見れば、緑の目をキラキラと輝かせ、壁に張り付く葉が枯れた蔦を剥がしては器用に編み始めた。
そんな状態が数時間経過し、エイマが昼飯だと告げに来た時には、シェニカの足元には両面に不気味な一つ目と骨格が描かれた8体の人形が転がっていた。



「この子たち、いろんな木に吊るしてきてくれる?ルクトの手の届く枝でいいからさ!」

「はいはい」

リスが落下しても良いように俺が手の届く高さの枝で良いらしいが、ヤバい目と骨が描かれた人形が9体も首吊りしている状況になったら、穏やかな森から不気味な森に変貌する気がする。

何度見てもこれのどこが可愛いのか分からない。むしろ手に持っていたくない不気味さがあるのだが。
ダサさと言い、シェニカの感覚には理解できない部分も多いと思いながら、言われたとおりに吊るしてシェニカの隣に戻っていると、ファズを連れたディスコーニがやってきた。


「あの人形は?」

「この壁に張り付いてる枯れた蔦を使って蔦人形のリュゼットくんを作ったんだ。可愛いでしょ?」

シェニカが自信満々でそう言うと、ディスコーニは微笑を浮かべたまま9体の首吊人形で遊ぶリスを眺めているが、一歩後ろにいるファズは口をぽかんと開けて目を白黒させているから、俺と同じように『あれは不気味でヤバい』と思っているに違いない。


「大きな目と骨格が描かれていて、とっても可愛いですね」
「えへへ。ありがとう。雨で流れないように、魔法をかけて滲まないようにしたんだ」

ディスコーニは本気でそう思っているのか分からないが、アレを見てよく褒め言葉が出てくるもんだと素直にすごいと思った。


「ブランコをするように遊んでいますね。楽しそうです」
「みんな気に入ってくれたみたいなんだ。いっぱい遊べるように、たくさん作ろうと思って!」

たしかにリス達は延々と遊び続けているから好評のようだが、真っ暗闇の中、そこら中の木の枝に人形がぶら下がっているのを見つけた人間は、誰もがぞっとするだろう。



「ごちそうさまでした!美味しい食事をありがとうございます」
「光栄です」

食堂で昼飯を食べ終えると、人形を作りたくて堪らないシェニカはすぐにクルミの木に向かった。
シェニカが蔦人形の作り方をディスコーニに話しながら歩いていると、カァ!といういくつかの鳴き声がすぐ近くで聞こえた。


「もしかして襲われてるのかな!?」

慌てた様子のシェニカが最後の曲がり角を駆け抜けると、人形が吊るされた木から少し離れた地面にカラスが5羽いた。だが、カラスは悔しそうにカァ!と鳴くだけで、カラスを気にせず遊び続けるリスが木から落ちてきても、それ以上近寄ろうとしない。
どうやら、カラスもあの1つ目骨格柄不気味人形はヤバいものだと認識したらしい。


「カラスが人形を警戒して近寄ろうとしませんね」

「本当だ!リュゼットくんがリス達を守ってくれてるみたいね。そしたら、もっと大きなリュゼットくんも作ろうかな」

「クルミの木が育った上に、おまもりを兼ねた遊具も出来て、リス達はシェニカに感謝していると思いますよ。ユーリも久しぶりの仲間と美味しいクルミを食べて、いっぱい遊んで。とっても嬉しそうです」

「よ~し!リュゼットくんをいっぱい作っちゃおう!ルクトも手伝ってくれる?たくさん蔦を集めてきてほしいんだ」

「分かった」

シェニカの緑の目は今はやる気でメラメラ燃えているから、この様子だと相当数の不気味人形が出来そうだ。


「私もお手伝いをしたいのですが、もう少し書類の整理をさせて下さいね」

「うん!ディズも頑張ってね」

シェニカに頼まれた蔦を集めながら、椅子に座って器用に人形を編む小さな手元を観察した。
いくつかの蔦の束にして三編みのように編み込んでいくのだが、迷いのない手さばきでやるから、一体どうやって作っているのか全然分からない。
どんくさいところもあるが、こういう一面もあったのかと感心した。


「よく出来るな」

「草人形はお母さんから教えてもらったんだ。でもちゃんとした草人形が作れるまで、何年もかかってさ。もう随分作ってなかったけど、案外覚えているもんだね。ルクトは小さい頃、何をよく作った?」

「ドングリでコマを作ったり、ヤジロベーを作ってた」

「そうなんだ!私も小さい頃は作ってたなぁ。思い出したら久しぶりに作ってみたくなったかも」

「いま作るか?」

旅装束のポケットからドングリをまとめて出すと、シェニカは目をパチパチさせて見上げてきた。


「いつも持ってるの?」

「クルミとかドングリは、相手の気をそらす時に使えるからいつも持ってる」

「へ~!そうなんだ。じゃあ、いくつかもらっていい?」

「いいよ」

シェニカは俺の手のひらに乗せたドングリの中からいくつか取ると、興味津々な様子で眺めた。


「ありがとう。今作ってる人形が終わったらヤジロベーを作ろうかな。ルクトも作る?」

「そうだな。暇だし」

シェニカが作りかけの蔦人形を完成させる間、丁度良い長さの小枝を拾い、持っていた太めの針でドングリに穴を開けて……と作っていると、蔦人形が出来る前にヤジロベーは完成した。


「へ~!ルクトってヤジロベー作るの上手ね」

「蔦人形を作る方がすごいと思う」

「そんなことないよ。せっかくだからヤジロベーにもお顔描こうか?」

「俺はシンプルが好きだから、顔はなくて大丈夫だ」

「そっかぁ」

シェニカは心底残念そうにしているが、こいつが描くと絶対ヤバい顔になるに決まっている。


「じゃあ、これやるよ。好きな顔を描いたらどうだ?」

「本当?ありがとう!大事にするね。どんなお顔がいいかなぁ」

何の変哲もないヤジロベーを受け取ったシェニカは、俺に今までで一番自然な笑顔を見せた。


ーードングリを手に取る時に感じた指先の感触も、自然な笑顔も、口調も。こんな風に近い距離で、今までのような自然な空気で普通の会話が出来る。

失ったものが少し取り戻せたような些細なひとときが、すごく嬉しくて堪らなかった。

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