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第18章 隆盛の大国
19.あまいクリーム
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■■■前書き■■■
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
頂いた応援は更新の励みになっております。
大変お待たせしました!
今回はディスコーニ視点→ファズ視点→シェニカ視点→ファズ視点になります。
デートの話が思った以上に長くなってしまったので、2つに分けました。(本日2話更新です)
■■■■■■■■■
「あれ、いつの間にか夜になってる。そろそろ帰ろうか」
「楽しい時間はあっという間ですね」
シェニカと一緒に雑貨屋を出ると、青かった空が暗くなっていた。
この雑貨屋には木の実が豊富にあるから、ユーリと一緒にクルミやアーモンドなどを試食しながら吟味していたら、思いのほか時間が経っていたらしい。
「城下で夕食にします?何か食べたいものはありますか?」
「うーん。クルミをたくさん試食したから、軽めでいいかな」
「では、帰ったら軽食を用意するように手配しますね」
「いつもありがとう」
シェニカとこうして手を繋いで夜の街を歩いていると、店のショウウィンドウに映る自分たちは恋人同士に見え、心が幸せでどんどん満たされていく。
生息地に行ったら、静かな場所でゆったりとした時間を過ごせるが、シェニカとどんな話をしようか。
軽快な音楽と活気に満ちた東のエリアから住宅地の広がる西のエリアに入ると、大通りを歩く人の数は半減した。空中に浮かぶぼんやりとした光の下では、恋人や夫婦といった男女が幸せそうな笑顔を浮かべ、バイオリンやフルート、サックスなどの楽器が奏でる静かな音楽に合わせて、身体をゆっくりと揺らすダンスを踊っている。
今回は舞踏会はなかったが、ドレスを着たあの美しいシェニカと大勢の前で踊ってみたい。踊っている時だけで良いから、彼女の目に映る相手は自分だけにしたい。
常にそばに居られない自分では無理な話だが、彼女は自分だけのものだと言えたら、どんなに幸せだろう。
「お似合いのお2人さん」
『赤い悪魔』と大して変わらない独占欲が、自分にもあったのだと思いながら道の端の方を歩いていると、桶でグラスを洗っている壮年の女性が声をかけてきた。
「レノアールは相手を求める派手なダンスで賑わってるが、こっちは恋人や夫婦のしっぽりダンスだよ。1曲踊っていったらどうだい?」
声をかけられたシェニカは立ち止まると、見つめ合いながら踊る人たちをジッと見つめた。
「踊っていただけませんか?」
「あ…。よろしくお願いします。えへへ」
シェニカにダンスを申し込むと、彼女ははにかみながら承諾してくれた。
彼女の手を取って人が少ない薄暗い場所に行き、彼女の背中に静かに片手を回すと、小さな手が遠慮がちに自分の背中に触れた。空いた手で彼女のもう片方の手を取り、曲に合わせて身体をゆっくり揺らし始めた。
触れ合った手は今まで繋いでいた手と同じなのに、なんだか今の方が熱くて距離が近くなった気がする。
彼女と至近距離で見つめ合いながら踊りたいのに、シェニカはなぜかうつむいている。薄暗くても耳がほんのりと赤くなっているが見えるが、酒は飲んでいないし、それ以外に変化はないから具合が悪いわけでもなさそうなのに。どうしたのだろうか。
「シェニカ、こっちを向いてくれませんか?」
「あ……。う、うん」
やっと自分を見てくれたと思ったら、なぜかシェニカは頬も赤くしてソワソワした空気を出している。
「どうかしました?」
「え、いや。あの……。なんかちょっと。こう……照れくさいというか」
「周りはお互いのパートナーしか見ていません。恥ずかしがることなんてありませんよ」
彼女が照れていることに喜びを感じつつ、ゆっくり踊りながら一緒に周囲の様子を伺うと、女性が男性の首の後ろに手を回し、見つめ合いながら踊っていたり。男性も女性もがゆるく抱きしめるように互いの腰に両手をまわしていたり。時折キスをしながら踊っていたり、踊りを忘れたように立ち止まって口付けを交わす人たちなど、お互いしか目に入っていないカップルがたくさんいる。
「照れるシェニカも可愛いです」
「う……」
シェニカは更に照れてしまったようだが、少し安心したのか彼女の身体から余計な力が徐々に抜け始めた。
「ユーリくん、どうしてる?」
「お腹いっぱいになりましたし、気持ちよく眠ったようです」
「そっか。ユーリくん、幸せな夢を見てね」
「シェニカとこうしてデートが出来て、すごく楽しくて嬉しくて。とても幸せです」
「私も幸せだよ」
自分と同じ返事をしてくれたシェニカは、相変わらず少しの照れは残っているものの、幸福に満たされているのが伝わってくる。
ーーもっとシェニカの色んな表情を見たい。もっとぬくもりを感じたい。鍾乳洞で冷えた身体を温めあった時のように、直にあの柔らかさと温かさを感じたい。ピンク色の柔らかな唇に触れたい。『今夜はディズと過ごしたい』と言われて、幸せな朝を迎えてみたい。
彼女の穏やかな目、触れ合った手から伝わる温かさは、欲望の混ざった願望をどんどん湧き上がらせる。
それらを言葉に変換することはないけど、愛しく思う気持ちが伝わってほしいと、緑の目をジッと見つめれば、彼女はまた照れた表情を浮かべながら、幸せそうに微笑んだ。
「なんだか曲が途切れないね」
「愛を確かめ合うダンスなので、すごく長いんです」
「そうなんだ。このダンスって舞踏会の最後に踊る曲ってことで一応習ったけど、こんなに長い曲って知らなかった」
「良かったら、あんな風に私の首の後ろに手を回してくれませんか?」
「う、うん」
周囲のカップルと同じように、自分の首に腕をゆるく回してもらうと、身体が密着するから元々揺れるだけの動きはもっと小さく遅くなる。
今は軍服ではなく薄い服だから、服越しに伝わる身体の柔らかさや、華奢な身体がより感じられる。彼女の顔がすごく近くて、キスをしたくなってしまう。
「青い旅装束、とても似合っています」
「あ、ありがとう。私服姿のディズもかっこ良いよ」
シェニカは照れたのか、せっかく見つめ合っていたのに視線を逸らせてしまった。
彼女の視線を独り占め出来ていたのに、それがなくなってしまったことが残念で仕方がない。
「愛する人と過ごす時間は、こんなにも幸せなんですね。もっとこんな時間を過ごしたいです」
「私も。もっと一緒に居たいな」
真剣に想いを口にすると、自分を再び見上げたシェニカは照れながらも、そう言ってくれた。それが嬉しくて堪らなくて、身体の芯からどんどん温かな気持ちが噴出してきて、奥底に溜まった欲望や独占欲を優しく覆い隠した。
「このあと、シェニカと一緒に食事をしていいですか?」
「うん、いいよ」
「生息地に行ったら、お酒を飲みませんか?」
「いいよ。ディズはお酒強い?」
「弱くはないですね。どんなお酒を持って行きましょうか。シードルがいいですか?」
「うん!」
時折短い会話をしながら、密着したままダンスをゆったりと踊り続けていると、長いようで短かった曲が終わってしまった。
首に回していた腕を外し、一歩離れてしまったシェニカは周囲を見ながら慌て始めた。
「愛を確かめ合うダンスの最後は、パートナーとキスをするのが挨拶なんです」
「そ、そうなんだ。それは知らなかったや」
「私もキスしてもいいですか?」
シェニカは顔を赤くして照れると、離れがたい気持ちを表す長い口付けを交わすカップルをチラチラと見て、俯いたまま小さく頷いてくれた。
「誰よりも深く愛しています。シェニカに私のすべてを捧げます」
視線を泳がせながらこっちを見たシェニカを、緩く抱きしめながら唇を合わせた。
彼女の小さな手が自分の背中に回されると、もっと彼女を感じたくなって抱き締める手に少しだけ力を入れた。
◆
「あ!キス!キスしたぞ!」
「本当にキスした!」
「見てるこっちがジッとしていられなくなる!」
「めでたいな」
本当にディスコーニ様がシェニカ様とキスをする仲になっているのを目撃すると、口の動きだけで4人で会話しているが、今までにない興奮に包まれた。
このダンスの後はパートナー達が長いキスを交わすのだが、ディスコーニ様とシェニカ様は周囲のカップル達がその場を離れ始めてもキスをしたままだった。
「口が半開きになってるぞ」
自分以外の3人の顔を見れば、キスをしたままのお2人を口を半開きにして見ていた。
指摘するとハッとした顔になって、4人で顔を見合わせた。
「なんか、こう……。こっちが照れるな」
「これはもうご卒業も近いな」
「今夜ケーキが出来るから、部屋に戻られた時にお出ししよう」
名残惜しそうに離れたディスコーニ様は、王宮のシェニカ様のお部屋まで、ずっとシェニカ様の腰に腕を回し、人がまばらな大通りを今まで以上に密着して歩いた。
「シェニカ様の部屋で私も夕食をとります。サンドイッチや果物、菓子類といった軽食の手配とお茶の用意をお願いします。それと、今夜の警備が来たらファズ達は自由に過ごして下さい」
「わかりました」
シェニカ様の部屋の前で指示を受けた後、メガネと付け髪を外したディスコーニ様はシェニカ様のお部屋に入られた。
厨房に行ったラダメールを除き、3人で廊下の隅に置かれたソファに座ると、無表情の『赤い悪魔』が戻ってきた。
彼はすぐに部屋に入ってしまったが、すれ違ったラダメールは彼に夕食について尋ねただろう。ディスコーニ様の指示からして、シェニカ様は彼との夕食を望まなかっただろうから、きっと部屋で1人で食べるのだろう。
「あ……」
アクエルの言葉に促されるように広い廊下の先にある室内の気配を読んでみると、さっきまでダイニングテーブルに向かい合って座っていたお2人が、今はベッドに近い窓の前で重なっている。
抱きしめ合ってキスをしているから、静かな場所で良い雰囲気になっているようだ。
「これは……。今夜は部屋から出てこないかも?」
「とうとうご卒業に!?」
こちらが気配を読んでいるのはディスコーニ様に分かる。お2人の邪魔になることは早々にやめようと、気配を読むのをやめた。
でも、お2人が今どうしているのか気になる。でも気配を読むことは出来ない。3人でもどかしい想いを抱えながらソワソワしていると、廊下の奥からセナイオルとラダメールが向かってきた。
「お2人は……。いい感じっぽいな」
「なんか首都に帰ってきて、距離が縮まっているな。軽食と一緒にケーキも持ってきてもらうことになったけど、タイミング大丈夫かな」
「結局ケーキは厨房に作ってもらったんだっけ?」
「ケーキ屋に色々希望を伝えたら、『戦勝祝で忙しい時にそんな細かい注文は対応出来ない』って言われて。厨房に相談したら快く引き受けてもらえたよ。
そしたら、ケーキに『祝・お友達』って書くのは、ちょっとあからさまなので飴細工でバラを作るのはどうかと提案されたから、それで頼んでおいた」
「この様子だと、今度は『祝・ご卒業』のお祝いも近いな。お祝いはどうしようか」
「う~ん……。何がいいかなぁ」
「やっぱり一番のお祝いはシェニカ様と一緒にいる時間じゃないか?」
「だよなぁ。でもシェニカ様と一緒にいる時間を増やすには、ディスコーニ様が退役して護衛になられるのが一番なのかなぁ」
「でもバルジアラ様が退役を許可しなさそうだし」
「そしたらシェニカ様にウィニストラに来て頂いて、長期滞在してもらうとか?でも、陛下は基本的にお呼びすることはしないって言ってるしなぁ」
「俺たちが将軍職に就いて、ディスコーニ様の代わりになれるように頑張るしか無いかも」
「ディスコーニ様で10年かかったのに、俺達がもっと早く出来る気がしない」
「でもこれから将軍職の数が増えるから、案外チャンスが回ってくるのは早いかもしれない」
「日々精進だな」
「あ、来た来た!」
廊下の奥から静かにやってきた給仕達から、軽食とケーキ、お茶のセットが乗った3台のワゴンを受け取った。
1人分の軽食とケーキ、茶器類が乗ったワゴンは『赤い悪魔』、2人分はディスコーニ様とシェニカ様、5人分は自分たち用で、量は違うが3台のワゴンの中身は全部一緒だ。
「じゃあ、護衛に持って行ってくる」
自分が『赤い悪魔』の部屋の前に立つと、彼は無表情で扉を開けた。
「軽食をお持ちしました」
「どーも」
彼はワゴンを部屋の中に入れると、すぐに扉を閉めて奥のダイニングテーブルの椅子に座ったようだ。
バルジアラ様との手合わせを直接は見ていないが、彼は完膚なきまでに負けただろう。バルジアラ様から助言をもらったのか、手合わせで何か気付いたのか分からないが、鍛錬場を出て以降、どことなく彼の纏う空気が変わったような気がする。
彼の行動はディスコーニ様とシェニカ様の関係に影響を与える可能性があるだけに、彼の思考の変化がどういう変化を遂げるのか気になる。だが、彼とは気軽に会話する関係ではないから、言動や表に出る感情を読み取るしか無い。
シェニカ様と彼の関係は、他の『白い渡り鳥』様とその愛人達との関係とは少し違うが、『白い渡り鳥』様との恋愛は難しいものだとつくづく思う。
◆
「小腹が空いたでしょう。なにかつまみますか?」
「わぁ!このケーキ可愛い~!ユーリくんが乗ってる!」
ディスが運んできてくれたワゴンには、サンドイッチやスティックサラダ、ブドウやイチゴ、焼き菓子などがあるけど、手のひらサイズの丸いミニケーキが2つ乗っている。
ホイップクリームに包まれた小さくて丸い白いケーキの上には、透明なバラの花びらが開いていて、その中心には親指サイズのチョコレートで出来たユーリくんがちょこんと座っている。
「ユーリくんがチョコになってるよ。あれ、ケーキよりクッキーの方が気になる?」
「チチッ!」
私の手のひらの上でクンクンしているユーリくんは、ケーキの匂いを嗅いでいると思ったら、その視線はケーキのすぐ隣にある小さなクッキーがのった小皿にあるようだ。
「これはユーリ用のクッキーだそうです。クッキーもケーキも、ファズ達が用意してくれたそうです」
「そうなんだ!ユーリくん、愛されてるね!」
ユーリくんはディズの持っているクッキーが食べたいようで、ディズに飛び移ろうと身構えている。
「ソファに座って食べましょうか」
ディズと隣り合ってソファに座ると、ユーリくんは黒いローテーブルの上に飛び移り、ディズに向かって「ちょうだい、ちょうだい」と両手をスリスリしながらアピールをしている。
「はい、どうぞ」
ユーリくんは小さなクッキーを1つ受け取ると、カリカリと小さな音を立てながら食べ始めた。小さな足元にはクッキーのカケラがパラパラと落ちているけど、それに気付いていないような夢中さで食べている。
「クッキーには『恋するクルミ』が入っているの?」
「いいえ、入っていません。ユーリは人が好む砂糖の入ったクッキーも好きなのですが、どちらかというと薄い塩味のクッキーが好きなようです。お茶は何が良いですか?」
「じゃあ、緑茶をお願いします。いつかユーリくんにクッキーを作ってあげたいな」
「屋敷で作ってみますか?ユーリだけでなく、きっと生息地のリス達も喜びますよ」
「本当?じゃ、やってみよ!」
「可愛いケーキですね。どうぞ」
ディズはワゴンからケーキを持ってくると、私にお皿を手渡した。
「食べるのがもったいないくらいキレイね」
「このクリームは追加用だそうです。遠慮なく食べて下さいね。いただきます」
ディズは湯気が出る湯呑と、クリームが山盛りのお皿、腰につけていたポーチをテーブルの上に置くと、隣に座ってきれいな白いケーキにフォークを入れた。
私はホイップクリームの上に乗った透明な花びらを避けるように、先端だけ少しフォークで切り分けて口に入れた。
「ん~~!!!美味しい!」
ケーキを包む甘いホイップクリームは思ったより量は少なく、中は細かく砕かれたビターチョコレートが入ったクリームと、すごく細かいコーヒーゼリーが入ったクリームがスポンジを挟んで層を作っている。
見た目はアビテードを彷彿とさせる白い雪のようなケーキだけど、中はビターなチョコとゼリーがケーキを甘ったるくしないようにちょうどいい塩梅で入っているから、さっぱりとしたケーキな気がする。
「ちょっとクリーム追加してみようかな」
もう少し甘くても良さそうだと思って、追加のクリームをお皿の端に付けた。フォークで取ったスポンジにクリームを少し多めにつけて食べると、甘さをしっかり感じる美味しいケーキになった。甘さを調節しながら食べるのも面白そうだ。
そして、もったいないけどユーリくんの足元にある花びらを1つ口に入れてみると、パリッとした音を立てた後、甘い味を残しながら舌の上で消えていった。
「この花びらって飴細工なんだ。美味しい~!」
「えぇ、そのようです。シェニカのカケラのようにキレイですね」
チョコンと座ってこちらを見るユーリくんが可愛くて仕方がないけど、思い切って食べてみた。すると中からトロリとした溶けたキャラメルソースが出てきた。
「チョコレートの中にキャラメルが入ってて美味しいね!」
「あっという間に食べてしまいそうです」
ディズと美味しい美味しいと言いながら夢中で食べていると、彼はお皿をローテーブルの上に静かに置いた。
「シェニカ、ここにクリームが」
「わっ!」
ディズはそう言って静かに顔を近付けると、私の口の端をペロリと舐めた。
彼の突然の行動に驚いたけど、目の前のディズはすごく嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、ありがとう。言葉で教えてくれても大丈夫だよ?」
「こうして取りたかったんです。嫌でしたか?」
「嫌じゃないけど。びっくりした」
「じゃあ、今夜はクリームがついていたら、こうやって取っていいですか?」
「え。あ、うん……」
ちょっと恥ずかしいなと思いながらも、ディズの嬉しそうな笑顔につられるように頷くと、頬袋にクッキーを詰め込んだまま部屋の中を動き回っていたユーリくんが、テーブルの上にあるポーチに入り込んだ。
「ユーリはもう寝るようですね」
「おやすみユーリくん」
ユーリくんの睡眠の邪魔にならないように、部屋に浮かべたいくつかの魔力の光を少し暗くしてソファに戻ると、彼はクリームを自分の鼻に付けていた。
どうしたのかと思ったら、彼はすごく嬉しそうな顔で鼻を指差した。
「ここにクリームがついてしまいました。取ってくれますか?」
「ディズ、わざとはダメだよ」
「もっとシェニカと幸せな時間を過ごしたいんです。ダメですか?」
「ダメじゃないけど……。なんていうか恥ずかしいというか」
「ここには私達以外に誰もいませんから大丈夫ですよ。ね?」
「じゃ、じゃあ……」
身体を捻り、隣に座るディズの鼻のクリームをペロッと舐めると、彼はすごく嬉しそうな笑顔になった。
「くすぐったいものなんですね。でも、すごく幸せです」
彼はそう言うと、またお皿を手にとって嬉しそうにケーキを食べ始めた。
しばらく他愛のない会話をしながらケーキを食べていたら、ディズはテーブルの上にケーキを置いてクリームを追加した。それを見ると私もクリームを足したくなって、お皿をテーブルに置いて彼からスプーンを貰おうと待った。
すると、ディズはお皿の端に足したクリームを指で掬うと、さっきと同じように鼻にクリームをつけ、すごく幸せそうな顔をして私に顔を向けた。
「ディズってば、またつけてる!」
「はい」
その自然な笑顔に誘われるように、また彼の鼻のクリームをペロリと舐め取ると、彼は離れようとした私を抱き寄せて、少し強引な感じでキスをしてきた。
「ど、どうしたの?」
「もっとキスがしたいです」
「ディズはキスが好きね」
私がそう言ったら、彼は少し困ったような表情を浮かべた。言ってはいけないことを口に出してしまったかと心配になったら、彼は抱き締める腕に一瞬だけ力を入れた。
「キス以上のことは経験がないので分かりませんが。こうして抱きしめていると、シェニカと心が繋がっている感じがして。キスをすると、とても幸せになれるんです」
「私も同じこと思ってた」
「同じ気持ちで嬉しいです。愛しています」
ディズは真剣な目で私にそう言うと、今度は優しく唇を重ねた。
それからしばらく何度か角度を変えながらキスをしていると、唇を外したディズは私を持ち上げて、彼の足を跨ぐように座らせた。
「ずっと身体を捩っていると疲れるでしょう。こっちの方が楽だと思いまして」
「そうだけど……」
彼のことは好きだけど、出会ったのも、親しくなったのもついこの前だから、それ以上の関係になるのはまだ早いと思う。
でも膝の上に乗って抱きしめ合ってキスをしていると、それ以上のことが起きそうな気がして。そうなったらどうしようと、ソワソワしてしまった。そんな気持ちが顔に出ていたのか、彼は小さく苦笑した。
「今は私もキスで十分です。これ以上のことは、時間をかけてお互いを知って、もっと気持ちが深まってからで十分だと思っています。だから安心して下さい」
「うん……」
ディズが同じ考えでいてくれたことが嬉しかったからなのか、安心したからなのか。なんとなく再び合わせた唇を、はむっと食んでみた。
「シェニカ、くすぐったいです」
「ふふっ!」
唇を食まれたことがくすぐったらしく、ディズは小さく笑った。
ほんわりとした光に照らされた彼の自然な笑顔がとても素敵で、私も同じように小さく笑ってしまった。
「私もしてみます」
ディズは私の唇を同じように食むと、楽しそうに笑った。
それから角度を変えて何度もキスをしていたけど、なんとなく顔を下げて彼の胸元に左の頬を当ててみると、彼は包み込むように抱きしめてくれた。軍服よりも薄着だからか、彼の体温と鼓動をすぐそばで感じる。
「こうしていると、鍾乳洞にいる時みたいね」
「そうですね。冷たい空気でしたが、毛布の中はとてもあたたかくて。幸せで満たされていました」
鍾乳洞での出来事をなんとなく思い出していると、ディズが濡れた軍服を脱いだ時のことを思い出してしまった。すごくかっこよくて、逞しくて。今はお互い服を着ているけど、ドキドキするのは今も同じで。
頬で感じている硬い身体とあったかさに加えて、あの時見た姿を思い出してしまったからなのか、私の身体の奥でキュンと何かが悶えるように動いた気がした。
何が動いたのだろうと目を閉じて彼の体温と鼓動を感じていると、自分の心の中で芽吹いた若葉が一回り大きくなって、新しい葉っぱが出始めているようなイメージが浮かんだ。
『恋するクルミ』の木は私の魔力を養分にして成長したけど、この若葉はディズの愛情とキスを養分に成長しているのかもしれない。
お互いに口を開かずに、抱きしめ合う状態が続いていたら、ディズが私の右耳のピアスのプレート部分やカケラの部分を触り始めた。
時折耳をかすめる指にドキドキしたら、若葉が熱を持ってまた成長しているような気がして。
私だけがドキドキしているのが恥ずかしくて。
体温と鼓動の気持ちよさを感じ続けていたくて。
そのまま顔を上げずにいると、ピアスを触っていた手が右頬に添えられ、上を向くように優しく促された。
左頬で感じていたあったかさと安心する音を名残惜しく思っていると、ジッと見つめる青い目に、私の心の中が全部見られているような気がした。
「好きです。愛しています」
「私も。ディズが好きだよ」
「もっと。もっとシェニカを感じたいです」
私が口を開く前にキスが唇に降ってきたから、私は彼の首に腕を回して返事を返した。
◆
「あ、気配が動いた」
「今夜はいい感じっぽい気がしたのに」
「残念だ……」
「でも、もう時間の問題だな。バルジアラ様には、そうご報告しておこう」
「あとは何かこう……。背中をひと押しするようなキッカケがあれば!」
気配を読めるギリギリの距離の場所にソファを移動して見守っていたが、重なっていたお2人の気配が離れてしまった。離れたとは言っても隣り合って座る形に戻っただけなのだが、ベッドに行くには絶好のチャンスだったのに、それを逃して食事の続きを始めたようだから、今夜はベッドに行かないような気がする。
ディスコーニ様とシェニカ様の関係の進展について、とても興味をお持ちのバルジアラ様が『時間の問題』『キッカケ次第』という報告をお聞きになったら、何か良い策を授けて下さるだろうか。
「なんか味の濃いものが食べたくなった。警備が来たら、俺とセナイオルですぐにガンテツ屋に行こう」
「今日の仕事は俺が一段落つけておいたから、心置きなく『祝・キス』『祝!ご卒業間近!』の祝杯をあげよう」
「セナイオル!お前、なんて良いやつなんだ!愛してるぞ~!」
「ラダメール達がガンテツ屋行っている間、俺とアクエルで酒を調達しておくからな」
「俺は執務室を片付けておくよ」
やってきた警備の兵士と交代すると、自分はすぐに副官執務室に向かった。
窓を少し開け、嬉しい気持ちを込めて少しホコリを被った応接セットのテーブルやソファを丁寧に拭き上げていると、酒が大量に詰まった木箱を抱えたアクエルとアヴィス。串焼きがてんこ盛りになった皿を抱えたラダメールとセナイオルが帰ってきた。
「じゃあ、ディスコーニ様のより一層のお幸せを願って。乾杯!」
「かんぱ~い!」
5人で酒瓶を掲げて飲んだ酒と串焼きは、今までにないくらい美味しく感じた。
■■■後書き■■■
2人のアツアツぶりをエニアスの視点で話してもらおうかと思ったのですが、シェニカ+ディスコーニの組合せは彼の寿命を急速に縮めるらしく、エニアスの悲痛な心の叫びが私の方まで聞こえてくる始末で……。
2人のあま~い時間はエニアスのトドメとなる可能性が高く、あまりにも不憫だったので今回は彼視点は見送りました。(苦笑)
お気に入りや感想、web拍手、コメントをありがとうございます。
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大変お待たせしました!
今回はディスコーニ視点→ファズ視点→シェニカ視点→ファズ視点になります。
デートの話が思った以上に長くなってしまったので、2つに分けました。(本日2話更新です)
■■■■■■■■■
「あれ、いつの間にか夜になってる。そろそろ帰ろうか」
「楽しい時間はあっという間ですね」
シェニカと一緒に雑貨屋を出ると、青かった空が暗くなっていた。
この雑貨屋には木の実が豊富にあるから、ユーリと一緒にクルミやアーモンドなどを試食しながら吟味していたら、思いのほか時間が経っていたらしい。
「城下で夕食にします?何か食べたいものはありますか?」
「うーん。クルミをたくさん試食したから、軽めでいいかな」
「では、帰ったら軽食を用意するように手配しますね」
「いつもありがとう」
シェニカとこうして手を繋いで夜の街を歩いていると、店のショウウィンドウに映る自分たちは恋人同士に見え、心が幸せでどんどん満たされていく。
生息地に行ったら、静かな場所でゆったりとした時間を過ごせるが、シェニカとどんな話をしようか。
軽快な音楽と活気に満ちた東のエリアから住宅地の広がる西のエリアに入ると、大通りを歩く人の数は半減した。空中に浮かぶぼんやりとした光の下では、恋人や夫婦といった男女が幸せそうな笑顔を浮かべ、バイオリンやフルート、サックスなどの楽器が奏でる静かな音楽に合わせて、身体をゆっくりと揺らすダンスを踊っている。
今回は舞踏会はなかったが、ドレスを着たあの美しいシェニカと大勢の前で踊ってみたい。踊っている時だけで良いから、彼女の目に映る相手は自分だけにしたい。
常にそばに居られない自分では無理な話だが、彼女は自分だけのものだと言えたら、どんなに幸せだろう。
「お似合いのお2人さん」
『赤い悪魔』と大して変わらない独占欲が、自分にもあったのだと思いながら道の端の方を歩いていると、桶でグラスを洗っている壮年の女性が声をかけてきた。
「レノアールは相手を求める派手なダンスで賑わってるが、こっちは恋人や夫婦のしっぽりダンスだよ。1曲踊っていったらどうだい?」
声をかけられたシェニカは立ち止まると、見つめ合いながら踊る人たちをジッと見つめた。
「踊っていただけませんか?」
「あ…。よろしくお願いします。えへへ」
シェニカにダンスを申し込むと、彼女ははにかみながら承諾してくれた。
彼女の手を取って人が少ない薄暗い場所に行き、彼女の背中に静かに片手を回すと、小さな手が遠慮がちに自分の背中に触れた。空いた手で彼女のもう片方の手を取り、曲に合わせて身体をゆっくり揺らし始めた。
触れ合った手は今まで繋いでいた手と同じなのに、なんだか今の方が熱くて距離が近くなった気がする。
彼女と至近距離で見つめ合いながら踊りたいのに、シェニカはなぜかうつむいている。薄暗くても耳がほんのりと赤くなっているが見えるが、酒は飲んでいないし、それ以外に変化はないから具合が悪いわけでもなさそうなのに。どうしたのだろうか。
「シェニカ、こっちを向いてくれませんか?」
「あ……。う、うん」
やっと自分を見てくれたと思ったら、なぜかシェニカは頬も赤くしてソワソワした空気を出している。
「どうかしました?」
「え、いや。あの……。なんかちょっと。こう……照れくさいというか」
「周りはお互いのパートナーしか見ていません。恥ずかしがることなんてありませんよ」
彼女が照れていることに喜びを感じつつ、ゆっくり踊りながら一緒に周囲の様子を伺うと、女性が男性の首の後ろに手を回し、見つめ合いながら踊っていたり。男性も女性もがゆるく抱きしめるように互いの腰に両手をまわしていたり。時折キスをしながら踊っていたり、踊りを忘れたように立ち止まって口付けを交わす人たちなど、お互いしか目に入っていないカップルがたくさんいる。
「照れるシェニカも可愛いです」
「う……」
シェニカは更に照れてしまったようだが、少し安心したのか彼女の身体から余計な力が徐々に抜け始めた。
「ユーリくん、どうしてる?」
「お腹いっぱいになりましたし、気持ちよく眠ったようです」
「そっか。ユーリくん、幸せな夢を見てね」
「シェニカとこうしてデートが出来て、すごく楽しくて嬉しくて。とても幸せです」
「私も幸せだよ」
自分と同じ返事をしてくれたシェニカは、相変わらず少しの照れは残っているものの、幸福に満たされているのが伝わってくる。
ーーもっとシェニカの色んな表情を見たい。もっとぬくもりを感じたい。鍾乳洞で冷えた身体を温めあった時のように、直にあの柔らかさと温かさを感じたい。ピンク色の柔らかな唇に触れたい。『今夜はディズと過ごしたい』と言われて、幸せな朝を迎えてみたい。
彼女の穏やかな目、触れ合った手から伝わる温かさは、欲望の混ざった願望をどんどん湧き上がらせる。
それらを言葉に変換することはないけど、愛しく思う気持ちが伝わってほしいと、緑の目をジッと見つめれば、彼女はまた照れた表情を浮かべながら、幸せそうに微笑んだ。
「なんだか曲が途切れないね」
「愛を確かめ合うダンスなので、すごく長いんです」
「そうなんだ。このダンスって舞踏会の最後に踊る曲ってことで一応習ったけど、こんなに長い曲って知らなかった」
「良かったら、あんな風に私の首の後ろに手を回してくれませんか?」
「う、うん」
周囲のカップルと同じように、自分の首に腕をゆるく回してもらうと、身体が密着するから元々揺れるだけの動きはもっと小さく遅くなる。
今は軍服ではなく薄い服だから、服越しに伝わる身体の柔らかさや、華奢な身体がより感じられる。彼女の顔がすごく近くて、キスをしたくなってしまう。
「青い旅装束、とても似合っています」
「あ、ありがとう。私服姿のディズもかっこ良いよ」
シェニカは照れたのか、せっかく見つめ合っていたのに視線を逸らせてしまった。
彼女の視線を独り占め出来ていたのに、それがなくなってしまったことが残念で仕方がない。
「愛する人と過ごす時間は、こんなにも幸せなんですね。もっとこんな時間を過ごしたいです」
「私も。もっと一緒に居たいな」
真剣に想いを口にすると、自分を再び見上げたシェニカは照れながらも、そう言ってくれた。それが嬉しくて堪らなくて、身体の芯からどんどん温かな気持ちが噴出してきて、奥底に溜まった欲望や独占欲を優しく覆い隠した。
「このあと、シェニカと一緒に食事をしていいですか?」
「うん、いいよ」
「生息地に行ったら、お酒を飲みませんか?」
「いいよ。ディズはお酒強い?」
「弱くはないですね。どんなお酒を持って行きましょうか。シードルがいいですか?」
「うん!」
時折短い会話をしながら、密着したままダンスをゆったりと踊り続けていると、長いようで短かった曲が終わってしまった。
首に回していた腕を外し、一歩離れてしまったシェニカは周囲を見ながら慌て始めた。
「愛を確かめ合うダンスの最後は、パートナーとキスをするのが挨拶なんです」
「そ、そうなんだ。それは知らなかったや」
「私もキスしてもいいですか?」
シェニカは顔を赤くして照れると、離れがたい気持ちを表す長い口付けを交わすカップルをチラチラと見て、俯いたまま小さく頷いてくれた。
「誰よりも深く愛しています。シェニカに私のすべてを捧げます」
視線を泳がせながらこっちを見たシェニカを、緩く抱きしめながら唇を合わせた。
彼女の小さな手が自分の背中に回されると、もっと彼女を感じたくなって抱き締める手に少しだけ力を入れた。
◆
「あ!キス!キスしたぞ!」
「本当にキスした!」
「見てるこっちがジッとしていられなくなる!」
「めでたいな」
本当にディスコーニ様がシェニカ様とキスをする仲になっているのを目撃すると、口の動きだけで4人で会話しているが、今までにない興奮に包まれた。
このダンスの後はパートナー達が長いキスを交わすのだが、ディスコーニ様とシェニカ様は周囲のカップル達がその場を離れ始めてもキスをしたままだった。
「口が半開きになってるぞ」
自分以外の3人の顔を見れば、キスをしたままのお2人を口を半開きにして見ていた。
指摘するとハッとした顔になって、4人で顔を見合わせた。
「なんか、こう……。こっちが照れるな」
「これはもうご卒業も近いな」
「今夜ケーキが出来るから、部屋に戻られた時にお出ししよう」
名残惜しそうに離れたディスコーニ様は、王宮のシェニカ様のお部屋まで、ずっとシェニカ様の腰に腕を回し、人がまばらな大通りを今まで以上に密着して歩いた。
「シェニカ様の部屋で私も夕食をとります。サンドイッチや果物、菓子類といった軽食の手配とお茶の用意をお願いします。それと、今夜の警備が来たらファズ達は自由に過ごして下さい」
「わかりました」
シェニカ様の部屋の前で指示を受けた後、メガネと付け髪を外したディスコーニ様はシェニカ様のお部屋に入られた。
厨房に行ったラダメールを除き、3人で廊下の隅に置かれたソファに座ると、無表情の『赤い悪魔』が戻ってきた。
彼はすぐに部屋に入ってしまったが、すれ違ったラダメールは彼に夕食について尋ねただろう。ディスコーニ様の指示からして、シェニカ様は彼との夕食を望まなかっただろうから、きっと部屋で1人で食べるのだろう。
「あ……」
アクエルの言葉に促されるように広い廊下の先にある室内の気配を読んでみると、さっきまでダイニングテーブルに向かい合って座っていたお2人が、今はベッドに近い窓の前で重なっている。
抱きしめ合ってキスをしているから、静かな場所で良い雰囲気になっているようだ。
「これは……。今夜は部屋から出てこないかも?」
「とうとうご卒業に!?」
こちらが気配を読んでいるのはディスコーニ様に分かる。お2人の邪魔になることは早々にやめようと、気配を読むのをやめた。
でも、お2人が今どうしているのか気になる。でも気配を読むことは出来ない。3人でもどかしい想いを抱えながらソワソワしていると、廊下の奥からセナイオルとラダメールが向かってきた。
「お2人は……。いい感じっぽいな」
「なんか首都に帰ってきて、距離が縮まっているな。軽食と一緒にケーキも持ってきてもらうことになったけど、タイミング大丈夫かな」
「結局ケーキは厨房に作ってもらったんだっけ?」
「ケーキ屋に色々希望を伝えたら、『戦勝祝で忙しい時にそんな細かい注文は対応出来ない』って言われて。厨房に相談したら快く引き受けてもらえたよ。
そしたら、ケーキに『祝・お友達』って書くのは、ちょっとあからさまなので飴細工でバラを作るのはどうかと提案されたから、それで頼んでおいた」
「この様子だと、今度は『祝・ご卒業』のお祝いも近いな。お祝いはどうしようか」
「う~ん……。何がいいかなぁ」
「やっぱり一番のお祝いはシェニカ様と一緒にいる時間じゃないか?」
「だよなぁ。でもシェニカ様と一緒にいる時間を増やすには、ディスコーニ様が退役して護衛になられるのが一番なのかなぁ」
「でもバルジアラ様が退役を許可しなさそうだし」
「そしたらシェニカ様にウィニストラに来て頂いて、長期滞在してもらうとか?でも、陛下は基本的にお呼びすることはしないって言ってるしなぁ」
「俺たちが将軍職に就いて、ディスコーニ様の代わりになれるように頑張るしか無いかも」
「ディスコーニ様で10年かかったのに、俺達がもっと早く出来る気がしない」
「でもこれから将軍職の数が増えるから、案外チャンスが回ってくるのは早いかもしれない」
「日々精進だな」
「あ、来た来た!」
廊下の奥から静かにやってきた給仕達から、軽食とケーキ、お茶のセットが乗った3台のワゴンを受け取った。
1人分の軽食とケーキ、茶器類が乗ったワゴンは『赤い悪魔』、2人分はディスコーニ様とシェニカ様、5人分は自分たち用で、量は違うが3台のワゴンの中身は全部一緒だ。
「じゃあ、護衛に持って行ってくる」
自分が『赤い悪魔』の部屋の前に立つと、彼は無表情で扉を開けた。
「軽食をお持ちしました」
「どーも」
彼はワゴンを部屋の中に入れると、すぐに扉を閉めて奥のダイニングテーブルの椅子に座ったようだ。
バルジアラ様との手合わせを直接は見ていないが、彼は完膚なきまでに負けただろう。バルジアラ様から助言をもらったのか、手合わせで何か気付いたのか分からないが、鍛錬場を出て以降、どことなく彼の纏う空気が変わったような気がする。
彼の行動はディスコーニ様とシェニカ様の関係に影響を与える可能性があるだけに、彼の思考の変化がどういう変化を遂げるのか気になる。だが、彼とは気軽に会話する関係ではないから、言動や表に出る感情を読み取るしか無い。
シェニカ様と彼の関係は、他の『白い渡り鳥』様とその愛人達との関係とは少し違うが、『白い渡り鳥』様との恋愛は難しいものだとつくづく思う。
◆
「小腹が空いたでしょう。なにかつまみますか?」
「わぁ!このケーキ可愛い~!ユーリくんが乗ってる!」
ディスが運んできてくれたワゴンには、サンドイッチやスティックサラダ、ブドウやイチゴ、焼き菓子などがあるけど、手のひらサイズの丸いミニケーキが2つ乗っている。
ホイップクリームに包まれた小さくて丸い白いケーキの上には、透明なバラの花びらが開いていて、その中心には親指サイズのチョコレートで出来たユーリくんがちょこんと座っている。
「ユーリくんがチョコになってるよ。あれ、ケーキよりクッキーの方が気になる?」
「チチッ!」
私の手のひらの上でクンクンしているユーリくんは、ケーキの匂いを嗅いでいると思ったら、その視線はケーキのすぐ隣にある小さなクッキーがのった小皿にあるようだ。
「これはユーリ用のクッキーだそうです。クッキーもケーキも、ファズ達が用意してくれたそうです」
「そうなんだ!ユーリくん、愛されてるね!」
ユーリくんはディズの持っているクッキーが食べたいようで、ディズに飛び移ろうと身構えている。
「ソファに座って食べましょうか」
ディズと隣り合ってソファに座ると、ユーリくんは黒いローテーブルの上に飛び移り、ディズに向かって「ちょうだい、ちょうだい」と両手をスリスリしながらアピールをしている。
「はい、どうぞ」
ユーリくんは小さなクッキーを1つ受け取ると、カリカリと小さな音を立てながら食べ始めた。小さな足元にはクッキーのカケラがパラパラと落ちているけど、それに気付いていないような夢中さで食べている。
「クッキーには『恋するクルミ』が入っているの?」
「いいえ、入っていません。ユーリは人が好む砂糖の入ったクッキーも好きなのですが、どちらかというと薄い塩味のクッキーが好きなようです。お茶は何が良いですか?」
「じゃあ、緑茶をお願いします。いつかユーリくんにクッキーを作ってあげたいな」
「屋敷で作ってみますか?ユーリだけでなく、きっと生息地のリス達も喜びますよ」
「本当?じゃ、やってみよ!」
「可愛いケーキですね。どうぞ」
ディズはワゴンからケーキを持ってくると、私にお皿を手渡した。
「食べるのがもったいないくらいキレイね」
「このクリームは追加用だそうです。遠慮なく食べて下さいね。いただきます」
ディズは湯気が出る湯呑と、クリームが山盛りのお皿、腰につけていたポーチをテーブルの上に置くと、隣に座ってきれいな白いケーキにフォークを入れた。
私はホイップクリームの上に乗った透明な花びらを避けるように、先端だけ少しフォークで切り分けて口に入れた。
「ん~~!!!美味しい!」
ケーキを包む甘いホイップクリームは思ったより量は少なく、中は細かく砕かれたビターチョコレートが入ったクリームと、すごく細かいコーヒーゼリーが入ったクリームがスポンジを挟んで層を作っている。
見た目はアビテードを彷彿とさせる白い雪のようなケーキだけど、中はビターなチョコとゼリーがケーキを甘ったるくしないようにちょうどいい塩梅で入っているから、さっぱりとしたケーキな気がする。
「ちょっとクリーム追加してみようかな」
もう少し甘くても良さそうだと思って、追加のクリームをお皿の端に付けた。フォークで取ったスポンジにクリームを少し多めにつけて食べると、甘さをしっかり感じる美味しいケーキになった。甘さを調節しながら食べるのも面白そうだ。
そして、もったいないけどユーリくんの足元にある花びらを1つ口に入れてみると、パリッとした音を立てた後、甘い味を残しながら舌の上で消えていった。
「この花びらって飴細工なんだ。美味しい~!」
「えぇ、そのようです。シェニカのカケラのようにキレイですね」
チョコンと座ってこちらを見るユーリくんが可愛くて仕方がないけど、思い切って食べてみた。すると中からトロリとした溶けたキャラメルソースが出てきた。
「チョコレートの中にキャラメルが入ってて美味しいね!」
「あっという間に食べてしまいそうです」
ディズと美味しい美味しいと言いながら夢中で食べていると、彼はお皿をローテーブルの上に静かに置いた。
「シェニカ、ここにクリームが」
「わっ!」
ディズはそう言って静かに顔を近付けると、私の口の端をペロリと舐めた。
彼の突然の行動に驚いたけど、目の前のディズはすごく嬉しそうに微笑んでいる。
「あ、ありがとう。言葉で教えてくれても大丈夫だよ?」
「こうして取りたかったんです。嫌でしたか?」
「嫌じゃないけど。びっくりした」
「じゃあ、今夜はクリームがついていたら、こうやって取っていいですか?」
「え。あ、うん……」
ちょっと恥ずかしいなと思いながらも、ディズの嬉しそうな笑顔につられるように頷くと、頬袋にクッキーを詰め込んだまま部屋の中を動き回っていたユーリくんが、テーブルの上にあるポーチに入り込んだ。
「ユーリはもう寝るようですね」
「おやすみユーリくん」
ユーリくんの睡眠の邪魔にならないように、部屋に浮かべたいくつかの魔力の光を少し暗くしてソファに戻ると、彼はクリームを自分の鼻に付けていた。
どうしたのかと思ったら、彼はすごく嬉しそうな顔で鼻を指差した。
「ここにクリームがついてしまいました。取ってくれますか?」
「ディズ、わざとはダメだよ」
「もっとシェニカと幸せな時間を過ごしたいんです。ダメですか?」
「ダメじゃないけど……。なんていうか恥ずかしいというか」
「ここには私達以外に誰もいませんから大丈夫ですよ。ね?」
「じゃ、じゃあ……」
身体を捻り、隣に座るディズの鼻のクリームをペロッと舐めると、彼はすごく嬉しそうな笑顔になった。
「くすぐったいものなんですね。でも、すごく幸せです」
彼はそう言うと、またお皿を手にとって嬉しそうにケーキを食べ始めた。
しばらく他愛のない会話をしながらケーキを食べていたら、ディズはテーブルの上にケーキを置いてクリームを追加した。それを見ると私もクリームを足したくなって、お皿をテーブルに置いて彼からスプーンを貰おうと待った。
すると、ディズはお皿の端に足したクリームを指で掬うと、さっきと同じように鼻にクリームをつけ、すごく幸せそうな顔をして私に顔を向けた。
「ディズってば、またつけてる!」
「はい」
その自然な笑顔に誘われるように、また彼の鼻のクリームをペロリと舐め取ると、彼は離れようとした私を抱き寄せて、少し強引な感じでキスをしてきた。
「ど、どうしたの?」
「もっとキスがしたいです」
「ディズはキスが好きね」
私がそう言ったら、彼は少し困ったような表情を浮かべた。言ってはいけないことを口に出してしまったかと心配になったら、彼は抱き締める腕に一瞬だけ力を入れた。
「キス以上のことは経験がないので分かりませんが。こうして抱きしめていると、シェニカと心が繋がっている感じがして。キスをすると、とても幸せになれるんです」
「私も同じこと思ってた」
「同じ気持ちで嬉しいです。愛しています」
ディズは真剣な目で私にそう言うと、今度は優しく唇を重ねた。
それからしばらく何度か角度を変えながらキスをしていると、唇を外したディズは私を持ち上げて、彼の足を跨ぐように座らせた。
「ずっと身体を捩っていると疲れるでしょう。こっちの方が楽だと思いまして」
「そうだけど……」
彼のことは好きだけど、出会ったのも、親しくなったのもついこの前だから、それ以上の関係になるのはまだ早いと思う。
でも膝の上に乗って抱きしめ合ってキスをしていると、それ以上のことが起きそうな気がして。そうなったらどうしようと、ソワソワしてしまった。そんな気持ちが顔に出ていたのか、彼は小さく苦笑した。
「今は私もキスで十分です。これ以上のことは、時間をかけてお互いを知って、もっと気持ちが深まってからで十分だと思っています。だから安心して下さい」
「うん……」
ディズが同じ考えでいてくれたことが嬉しかったからなのか、安心したからなのか。なんとなく再び合わせた唇を、はむっと食んでみた。
「シェニカ、くすぐったいです」
「ふふっ!」
唇を食まれたことがくすぐったらしく、ディズは小さく笑った。
ほんわりとした光に照らされた彼の自然な笑顔がとても素敵で、私も同じように小さく笑ってしまった。
「私もしてみます」
ディズは私の唇を同じように食むと、楽しそうに笑った。
それから角度を変えて何度もキスをしていたけど、なんとなく顔を下げて彼の胸元に左の頬を当ててみると、彼は包み込むように抱きしめてくれた。軍服よりも薄着だからか、彼の体温と鼓動をすぐそばで感じる。
「こうしていると、鍾乳洞にいる時みたいね」
「そうですね。冷たい空気でしたが、毛布の中はとてもあたたかくて。幸せで満たされていました」
鍾乳洞での出来事をなんとなく思い出していると、ディズが濡れた軍服を脱いだ時のことを思い出してしまった。すごくかっこよくて、逞しくて。今はお互い服を着ているけど、ドキドキするのは今も同じで。
頬で感じている硬い身体とあったかさに加えて、あの時見た姿を思い出してしまったからなのか、私の身体の奥でキュンと何かが悶えるように動いた気がした。
何が動いたのだろうと目を閉じて彼の体温と鼓動を感じていると、自分の心の中で芽吹いた若葉が一回り大きくなって、新しい葉っぱが出始めているようなイメージが浮かんだ。
『恋するクルミ』の木は私の魔力を養分にして成長したけど、この若葉はディズの愛情とキスを養分に成長しているのかもしれない。
お互いに口を開かずに、抱きしめ合う状態が続いていたら、ディズが私の右耳のピアスのプレート部分やカケラの部分を触り始めた。
時折耳をかすめる指にドキドキしたら、若葉が熱を持ってまた成長しているような気がして。
私だけがドキドキしているのが恥ずかしくて。
体温と鼓動の気持ちよさを感じ続けていたくて。
そのまま顔を上げずにいると、ピアスを触っていた手が右頬に添えられ、上を向くように優しく促された。
左頬で感じていたあったかさと安心する音を名残惜しく思っていると、ジッと見つめる青い目に、私の心の中が全部見られているような気がした。
「好きです。愛しています」
「私も。ディズが好きだよ」
「もっと。もっとシェニカを感じたいです」
私が口を開く前にキスが唇に降ってきたから、私は彼の首に腕を回して返事を返した。
◆
「あ、気配が動いた」
「今夜はいい感じっぽい気がしたのに」
「残念だ……」
「でも、もう時間の問題だな。バルジアラ様には、そうご報告しておこう」
「あとは何かこう……。背中をひと押しするようなキッカケがあれば!」
気配を読めるギリギリの距離の場所にソファを移動して見守っていたが、重なっていたお2人の気配が離れてしまった。離れたとは言っても隣り合って座る形に戻っただけなのだが、ベッドに行くには絶好のチャンスだったのに、それを逃して食事の続きを始めたようだから、今夜はベッドに行かないような気がする。
ディスコーニ様とシェニカ様の関係の進展について、とても興味をお持ちのバルジアラ様が『時間の問題』『キッカケ次第』という報告をお聞きになったら、何か良い策を授けて下さるだろうか。
「なんか味の濃いものが食べたくなった。警備が来たら、俺とセナイオルですぐにガンテツ屋に行こう」
「今日の仕事は俺が一段落つけておいたから、心置きなく『祝・キス』『祝!ご卒業間近!』の祝杯をあげよう」
「セナイオル!お前、なんて良いやつなんだ!愛してるぞ~!」
「ラダメール達がガンテツ屋行っている間、俺とアクエルで酒を調達しておくからな」
「俺は執務室を片付けておくよ」
やってきた警備の兵士と交代すると、自分はすぐに副官執務室に向かった。
窓を少し開け、嬉しい気持ちを込めて少しホコリを被った応接セットのテーブルやソファを丁寧に拭き上げていると、酒が大量に詰まった木箱を抱えたアクエルとアヴィス。串焼きがてんこ盛りになった皿を抱えたラダメールとセナイオルが帰ってきた。
「じゃあ、ディスコーニ様のより一層のお幸せを願って。乾杯!」
「かんぱ~い!」
5人で酒瓶を掲げて飲んだ酒と串焼きは、今までにないくらい美味しく感じた。
■■■後書き■■■
2人のアツアツぶりをエニアスの視点で話してもらおうかと思ったのですが、シェニカ+ディスコーニの組合せは彼の寿命を急速に縮めるらしく、エニアスの悲痛な心の叫びが私の方まで聞こえてくる始末で……。
2人のあま~い時間はエニアスのトドメとなる可能性が高く、あまりにも不憫だったので今回は彼視点は見送りました。(苦笑)
応援ありがとうございます!
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