天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第18章 隆盛の大国

11.垣間見える世界

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■■■前書き■■■
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頂いた応援は更新の励みになっております。

更新を大変お待たせしてしまい、申し訳ありません。m(__)m
今回はシェニカ視点→ディスコーニ視点です。

■■■■■■■■■


「シェニカ、ちょっと良いでしょうか?」

「はーい」

豪華なソファに座って魔導書を読んでいると、ディズに声をかけられた。
ドアを開けると、ディズは甲冑姿ではなく、ギルキアの王宮で見た紺色の軍服を着ている。
どうしたのだろうかと不思議に思っていると、その後ろに控えるファズ様も同じ様に紺色の軍服を着ていることに気付いた。


「着替えたの?」

「このあと晩餐会なので、礼装用の軍服に着替えました。シェニカも着替えませんか?」

「着替えるとすれば、どこかで買うか借りるかしないといけないんだけど……」

「部屋の中にある衣装部屋のドレスを使って下さい」

私は今着ている旅装束とローブ以外に、ドレスはもちろん、他の服を持っていないから借りられるのはありがたい。でも、衣装部屋にあった服はどれもこれも一級品だと思うから、何だか気後れしてしまう。


「汚したら浄化の魔法で対処出来るけど、引っ掛けて穴を開けたりしたらどうしよう……」

「大丈夫ですよ。もし穴が開いてしまっても、すぐに繕えますから遠慮なく着て下さい」

「じゃ、じゃあ……。お借りします」

「私も一緒にドレスを選んで良いですか?」

「うん、いいよ」

「ルクトさんも一緒に選びませんか?」

「俺も?」

嬉しそうに微笑んだディズが視線を横にずらしてルクトに話しかけた時、部屋の中にいる私は初めて廊下側に彼がいたのだと気付いた。


「ルクトさんはシェニカの隣りに座ることになりますので、彼女の衣装を知っていた方が、ルクトさんの服装も選びやすいと思ったのですが」

「分かった」

「では、お邪魔します」

ルクトとディズが部屋に入ると、衣装部屋へと案内した。
晩餐会に出席するだけでも緊張するのに、更に着ているものが高級ドレスとなると、もっと緊張してしまう。ずっと緊張しっぱなしで、何か失敗してしまわないだろうか。
そういう不安で頭がいっぱいで、どのドレスが良いのか全然分からなくなってしまう。


「たくさんドレスがあるけど、どういうのが良いのかなぁ」

「晩餐会や舞踏会用、お出かけ用、普段着用などで分けて並べているそうです。この辺りのハンガーラックから選びましょうか」

ディズが手にとっているのは、胸の下にあるリボンで上下が切り替えられた、ピンク色のふわふわしたドレスだ。スカート部分がボリューム満点で、赤、濃いピンク、黒の3色の大きな薔薇が刺繍されている。舞踏会で踊る時、スカートが向日葵のように大きく広がるドレスのようだ。


「うーん、どれも素敵で、見てるだけで圧倒されちゃう」

3人で長いハンガーラックを見始めたけど、大きな薔薇の造花が胸元や切り替え部分についていたり、ふわふわのフリルが腰から波のように広がったドレス。身体のラインがハッキリ分かるスレンダーなドレス、太ももまでスリットが入ったドレスなど、豪華で大人なデザインが多い。

どういうのが良いか分からないけど、ボン・キュッ・ボ~ンじゃない私には身体のラインが出るスレンダーなドレスは不向きだから、ふんわりしたドレスの方が良さそうだ。


「ここにあるドレスは、全て国内貴族の令嬢たちがデザインしたものです」

「貴族の令嬢って、お屋敷のテラスや中庭でオホホホとか言いながら、1日中他の令嬢たちと優雅にお茶してるイメージだったんだけど。みんなドレスデザイナーなの?」

「ウィニストラでは、未婚の令嬢たちの嗜みの1つとして、デザインしたドレスを王族の方に披露する発表会が年に1度あるんです。ここにあるドレスは、今年開催された発表会のために作られたものなんです。
令嬢たちの中にはドレスデザイナーとして働いていらっしゃる方もいますが、全員がその職に就いているわけではないんです。
未婚の令嬢は何かしらの仕事をしているので、シェニカの想像するような生活をしているのは、結婚後に仕事をおやめになった女性の場合がほとんどですね」

「へ~!どんな仕事をしてるの?」

「男性も女性も、文官として王宮で働いていたり、学者や教師をしたり。領主である親の手伝いをしたり、ドレスや服のデザイナーやジュエリーデザイナー、パーティーアドバイザー、ガーデンアドバイザー、ソムリエ、パティシエなどの仕事で活躍していらっしゃる方が多いですね」

「貴族の人たちって働き者なんだ」

「令息や令嬢はたくさん存在しますが、領主となれるのは1人ですので、跡を継ぐ子供以外は手に職を持って自立するか、婿や嫁に行くかという選択肢しかありません。
爵位が高ければ、何もしなくても良い縁談が来やすいのですが、それ以外の人たちは、自分の価値を高めなければ良い縁談が来ないのです」

「貴族って優雅なイメージだったけど、大変なんだね」

「気になるドレスは見つかりましたか?」

ディズと話しながらドレスを眺めていたけど、『ここにあるものは全て高級品』というのが頭にあるから、触るのも息をするのも危険だと思ってしまって、何が良いか全然分からない。


「うーん。ドレスって今まで着る機会なかったから、なかなかピンとこなくって……」

「このドレスなんてどうでしょうか」

「キレイなドレスね。でも、私にはちょっと素敵すぎるかなぁ?」

ディズが選んでくれたのは、白地にたくさんの青い薔薇が刺繍されている、肩をむき出しにするベアトップのドレスで、胸の下の切替部分には濃い青のリボンがあり、ふんわりと膨らんだスカート部分には白のオーガンジーが重ねてある。
オーガンジーの下にある青い薔薇が霞がかって見えると、清楚で落ち着いた大人って感じの印象になる。とても上品なドレスだと思うけど、私には大人っぽ過ぎる気がする。


「では、こういうのは?」

「う~ん……。私にはちょっと大人っぽすぎる気がする?」

ディズが次に見せてくれたのは、赤の生地に黒のレースが大胆に使われた大人な印象を受けるドレスだ。
さっきのドレスとベアトップなのは一緒だけど、赤と黒のコントラストがセクシーさを醸し出しているから、身体の線が出ないドレスでも私にはちょっと無理そうな気がする。


「なかなか難しいですね。ルクトさんは、どれが良いと思いますか?」

「……こんなの良いんじゃないか?」

ルクトはハンガーラックの隅っこの方に押しやられていたドレスを掴むと、私から視線をそらして、ぶっきらぼうにドレスを見せた。


「派手すぎないし、何だか落ち着いた感じで素敵ね」

長めの白いレースがついた黒く細長い布が、胸元から二の腕、背中とぐるりと身体を一周しているオフショルダーのドレスだ。レースを捲ってみると、胸の下で切り替えている黒のリボンの上は柄のない真っ白な生地で、下の白いスカート部分には黒の糸で大きな柄が刺繍されていて、その上から白のオーガンジーが重ねてある。
白と黒のコントラストが良いのか、柄が規則的だと大きさが気にならないのか、オフショルダーのレースがお洒落なのか、派手なデザインとは感じない。


「着てみてはどうですか?誰か手伝いを呼びましょうか」

「他のドレスは背中で編み上げるタイプだったけど、このドレスは脇のところで編み上げるみたいだから、1人でも大丈夫そうだよ」

「では私達はドアの向こうにいますので、着替えが終わったら教えてくださいね」

「うん」

白と黒だけのシンプルなドレスだけど、全体的にスッキリまとまっていて素敵だ。
どんな人がこのドレスを作ったのか想像出来ないけど、きっと普段から整理整頓を心がける人なんだろうな。


「ドレスなんてダーファスでの練習以来だなぁ。なんだかドキドキしてきちゃった。とりあえず爪をひっかけないように気をつけなきゃ」

久しぶりにドレスを着るからか、ハラハラする気持ちの中に、着飾るワクワク感が出てきたような気がしてきた。





衣装部屋の外に出ると、自分がドアの前で立ったままなのに対し、『赤い悪魔』はソファにどっかりと座った。


「シェニカがあのドレスを選んだら、ルクトさんは黒の燕尾服が良いかと思います。衣装や小物類などは衣装部屋に用意されているそうですが、誰か支度の手伝いを呼びましょうか?」

「1人で出来る。そもそも、ただの護衛でしかない俺の服なんて、誰も気にしないんじゃないのか?」

『赤い悪魔』は自分の方を見ることもなく、座ったまま面倒くさそうに返事をした。
普通の傭兵なら、晩餐会や舞踏会の服装や作法などが身についていないことが多いのだが、この男は傭兵を産業にしているドルトネアの出身。どういう相手に雇われても良いように、どんな場面にも対応できるように、そういう知識も学校で叩き込まれたのだろう。


「シェニカに今恋人が居ない状態と知られれば、より多くの男性が目の色を変えて近付いてきますので、貴方と恋人関係を解消したことは一部の方にのみしか伝えていません」

「それでもシェニカに取り入ろうと近付いてくるだろ」

「『白い渡り鳥』様に既に恋人や夫、愛人が居ようと、異性が堂々と近寄ってくるのは、寵愛を求められることを好意的に受け取る方がほとんどだからです。
それと同様に、シェニカにも寵愛を求めて多くの男性が近付いてきますが、彼女はそういうことを好まないようですから、王宮に滞在している間、私が彼らを近付けさせません」

「シェニカのためにみたいな言い方してるけど、結局はお前にとって邪魔だから排除するんだろ?」

彼女の安全と幸せを第一に考えているからこそ、そういう発想には至らないのだが。今まで自分がシェニカに近付く男を排除してきたから、そういう発想しか出来ないのだろう。


「貴方の言うとおり、シェニカに近付く男性の中には、彼女の寵愛を得て権力を持ちたいという男性もいます。
シェニカと私は出会ってからの時間は短いですが、共に過ごす中で、彼女への想いは愛に変わりました。彼女のためなら何を犠牲にしても構わないと本気で思っています。
シェニカがどういう男性を選ぶかは、誰も口を出すことが出来ませんが、彼女が他の男性を恋人や夫、愛人に迎えようと、それは認められた特権ですので私は受け入れる覚悟をしていますよ」

「受け入れるって。シェニカがバルジアラやディネード、ユドとかを恋人にしても良いってことかよ」

「構いませんよ」

「シェニカを独占するために、色々吹き込んでお前を捨てさせるのにか?」

「貴方も、もう一度そうしますか?」

シェニカが信頼している相手への悪口を言い続ければ、自分が彼女からの信頼を失う可能性がある。
別れを告げられることになったのは、それをやってしまったことが一因と自覚しているらしく、目の前の男は憎しみの空気を出しながら答えずに黙っている。


「バルジアラ様はそういうことはしませんが、他国の将軍ならそうする可能性は非常に高いでしょうね。ですが、捨てられないように努力するだけです」

「捨てられない努力って、どういうことだよ」

「貴方はどういうことだと思いますか?」

「どうって……」

『赤い悪魔』が言葉に詰まった時、衣装部屋の奥にいたシェニカの気配が動き始めた。それを感じ取った『赤い悪魔』が自分のすぐ近くまで来た時、扉が静かに開いた。


「ど、どうかな?」

淡い印象を与えるオーガンジー、ふんわりしたスカート。ドレスを着たシェニカは、社交界にデビューしたての令嬢のような初々しい可憐さがある。
二の腕から前腕の半ばくらいまである長めのレースが彼女の細い腕をもったいぶるように隠している姿を見ると、鍾乳洞の中で目を閉じてぬくもりを感じた時の、ドキドキした気持ちを思い出させられる。
すぐに消えてしまって、手に触れることが出来ない天使のような、とても可愛らしくて美しい姿に言葉が出なかった。

自分が選んだドレスも彼女に似合うと思うのだが、このドレスの方が奥ゆかしい彼女らしさを引き出せる気がする。
2人で旅をする中で、一緒に服などの買い物もしてきただろうから、彼女に似合うもの、気にいるものを見繕う経験はやはり彼の方が上なのだろう。
付き合いの浅い自分が劣ってしまうのは仕方ないことだと思うのに、少し悔しさを感じる。


「とても似合っています。すごく美しくて素敵です」

「あ、ありがとう……」

自分の言葉にシェニカは安心したような、恥ずかしそうな顔をしたものの、自分の数歩隣にいる『赤い悪魔』が何も言わないことに不安になっているようだ。
なぜ何も言わないのかと思って彼の表情を窺ってみると、照れたような表情で、彼女が直視できないのか視線が泳いでいる。


「良いんじゃないか?」

「じゃあ、このドレスにしようかな」

『赤い悪魔』の言葉に安心したシェニカは、ドレスの裾を少し摘んでクルリと1周りした。ふわりと膨らんだドレスがとても可愛らしく、彼女の手を取って踊ってみたくなった。


「次は靴や装飾品を選びましょうか」

「じゃあ俺も着替えてくる」

「いってらっしゃい」

彼が部屋から出ていくのを見送ると、2人で再び衣装部屋に入り、ハイヒール、ミディアムヒール、ローヒールなどたくさんの靴が収納された棚の前に立った。


「シェニカはどういう靴が好きですか?」

「あ、あのね。この靴が良いなって思うんだけど履いてみて良い?」

「もちろんです」

シェニカが選んだのは、黒のエナメルで出来たハイヒールの靴だ。光沢のある靴の正面には、白い小さな薔薇の造花が1つ付いている。
白と黒しかないドレスだから、足元も黒と白となると少し地味な感じになってしまいそうだが、シェニカが気に入っているのならこれが良いだろう。


「ドレスと一緒の色で、纏まった感じがしていいと思うんだけど。どう?」

「とても似合っていますから、靴はそれにしましょう。
では次は装飾品ですね。髪留めやネックレス、イヤリングなどありますが、何か気になるものはありますか?」

鏡の前から靴が並んだ棚の上に置いてあった大きなガラスケースの前に移動すると、腰のポーチの中がモゾモゾ動いて、ユーリが軍服を駆け上がって肩に移動してきた。


「きゃあぁぁ!ユーリくんがタキシード着てる!かっこいい!素敵っ!」

「チチ~ッ♪」

シェニカの右手に飛び移ったユーリを、彼女は目をキラキラさせながら見ている。パフェを食べている時も可愛らしい表情を見せてくれたが、今ユーリを見る目はその時以上に熱量が上がって、ハートになっているような気がする。


「ユーリくん、タキシードも素敵よ!他にもお洋服持ってるの?」

「えぇ、軍服や柄物のシャツなどたくさんあります。晩餐会ですので、彼にはタキシードを着てもらいました」

「ユ、ユーリくん……。私はドレスで、ユーリくんはタキシードなんて。ま、まるで。け、結婚式みたいだね。きゃ~!どうしよう!
結婚式はローズ様から祝福の言葉を受けて、みんなの前で愛を誓って……。うふふっ!
新婚旅行では1日中まったりしながらイチャイチャして過ごして、温泉に入って……。きゃ~!もうどうしよう!」

目を閉じて興奮気味に呟いていたシェニカは、急にハッとした表情になると、左手で鼻を隠すようにして治療の魔法をかけた。


「はぁはぁ……。危ない危ない。ドレスが汚れる前に気付いてよかった。ユーリくん、今から晩餐会の時に着けるイヤリングやネックレスとか選ぶんだけど、一緒に選んでくれる?」

「チチッ!!」

シェニカは右手に乗せていたユーリを、閉じたままのガラスケースの上に下ろした。足元のガラスに小さな鼻で押し当てるようにチョロチョロと歩き回ったユーリは、やがて真珠が2つ縦に並んだイヤリングの上で2本足で立ち上がって、シェニカをジッと見た。


「真珠のイヤリング?とても綺麗ね。ディズ、つけてみても良い?」

「もちろんです」

シェニカは嬉しそうにユーリの頭を指で撫でると、イヤリングの入ったケースの上にいたユーリを手の平で包み、隣のガラスケースの上に下ろした。
そしてイヤリングを手にとったシェニカは、大きな鏡の前に移動すると、慎重な手付きで耳につけた。

真珠に光沢はあるが、小粒だし、色は白だから清楚な印象を与える。イヤリング自体は彼女に似合っているのだが、ドレスと靴は白と黒だから、彼女の額飾りを除けば全体的に2色しかなくて色彩に乏しい。他の装飾品は、大きめだったり、ハッキリした色を入れたほうが良さそうだ。


「真珠のイヤリング、素敵ね。これにしても良い?」

「えぇ、とても似合っていますよ」

「チチチ!チチッ!」

シェニカが嬉しそうに鏡を見ていると、ガラスケースの上にいるユーリが訴えるように鳴いた。
どうしたのかと思ってシェニカよりも先にユーリの元に行くと、今度はネックレスが入ったケースの上で2本足で立ち上がった彼は、『これが良い!』と足元のネックレスを勧めているようだ。


「ユーリくんどうしたの?あ、ネックレスも選んでくれたの?どれどれ?」

「ピンクサファイアがついたチョーカーのようですね」

「深いピンク色が素敵ね!流石ユーリくん、可愛いのを選んでくれたんだね!つけてみていい?」

「えぇ、どうぞ」

ユーリが選んだのは、細い黒革の上に小ぶりのピンクサファイアが1粒ついただけ、というシンプルなものだ。

シェニカはシンプルなものを好むようだが、耳も首元もスッキリしすぎているから、もう少し豪華なものを勧めた方が良いような気がするが、シェニカは鏡の前で首に着けたチョーカーを嬉しそうに触れている。
彼女はユーリが大好きだし、これだけ喜んでいるのだから、自分が他のものを勧めればその表情は曇ってしまうだろう。晩餐会には気持ちよく出席して欲しいから、自分の意見は胸にとどめることにした。


次こそは自分が選びたいと、ユーリを手の平に乗せて、棚の端にある髪飾りが入ったケースの前に立った。


「一緒に髪飾りを選びませんか?」

「うん、いいよ!」

一緒にケースの中を覗き込むと、シェニカは食い入るように見始めた。


「髪飾りも豪華なものが多いね」

「女性王族の方や貴族の令嬢たちが着けている髪飾りは、大ぶりで派手な物が多いのですが、『白い渡り鳥』様の場合、額飾りを引き立てるために小ぶりの物が多いんですよ」

「これで小ぶりなの?もっとシンプルなものでいいんだけどなぁ。オオカミリスをモチーフにした髪飾りとかないかなぁ」

「オオカミリスをモチーフにした髪飾りは……。ないですね。こういう髪飾りはどうですか?着けてみませんか?」

「う、うん」

シェニカに手渡したのは小さな3頭の蝶が縦に並んだ髪飾りで、イエローダイヤ、ペリドット、サファイアの宝石がそれぞれの両羽についている。
多数の髪飾りの中で、一番似合うと思ったものを選んだのだが、大きな鏡には横髪に髪飾りをつけた自信なさそうなシェニカが映っている。気に入ってもらえなかったのだろうか。


「豪華過ぎない?」

「黄色、黄緑色、青の3色がシェニカの黒髪によく生えて、とても似合っていますよ」

「本当?ユーリくん、どう思う?」

「チチッ!」

「ユーリも似合うと言っていますね」

ユーリの元気な返事に安心したような笑顔を浮かべたシェニカは、ドレスの裾を少し摘んで、くるりと回ってみたり、左右のどちらかを映してみたりと、色んな角度から自身の姿を眺めている。


「ずっと前、こういう髪飾りを試着したことがあるんだけど、大人な雰囲気の物は似合わない感じがしたから不安だったんだ。せっかくだし、勇気を出して挑戦してみようかな」

「とても似合っていますから安心して下さい。ブレスレットや指輪はどうですか?」

「ううん。もうこれで十分だよ」

「では、あとはお化粧だけですね。道具は化粧台の引き出しに入っていると聞いていますが、誰か手伝いを呼びましょうか?」

「簡単なお化粧だったら自分ですぐ出来るから大丈夫だよ」

「分かりました。ではドアの外でユーリと待っていますね」

「うん!」

ユーリと一緒に衣装部屋の外に出ると、彼は絨毯に飛び降りて、ソファやベッドの下などに潜り込んだりと、部屋の中を探検し始めた。王宮の貴賓室なんて、よほどのことがなければ入れないから興味があるのだろう。

ユーリが部屋を一回りした頃、シェニカが衣装部屋の扉を開けた。ユーリもシェニカが気になるのか、リビングテーブルの下から一目散に自分の元に走ってきて、自分の肩まで勢いよく駆け上がってきた。


「ど、どうかな?」

「とても……。すごくキレイです」

「チチ~ッ!」

よく見なければ分からないほど薄い黄緑色のシャドウが目尻を染め、頬はほんのりとしたピンク、唇には淡いピンク色の口紅が引かれている。
旅装束とローブ姿はとても可愛らしいが、清楚で美しいドレス姿を見ると、シェニカへの愛しさが増して、目の前にいる彼女に聞こえてしまいそうなほどドキドキと胸が高鳴った。
令嬢達によくある化粧や香水の匂いなんて一切感じられないから、肩に乗ったユーリは鼻をヒクヒクさせるだけで、嫌がってポーチに逃げようとはしない。


「あ、ありがとう」

「シェニカはとてもお化粧が上手ですね。ユーリはお化粧の匂いが苦手ですが、シェニカのお化粧は大丈夫なようです。
そろそろ良い時間になりましたから、ルクトさんを迎えに行って、そのまま中庭に行きましょう。さ、ユーリはポーチに戻りましょう」

「うん!」



いつもはブーツを履いているから、ハイヒールは歩きにくいのではないかと思ったが、シェニカは姿勢良く歩いている。
少し背が高くなったシェニカの隣を歩いて、『赤い悪魔』の部屋の前に立つと、彼はすぐに出てきた。


「あ……」

助言した通りに黒の燕尾服に白のボウタイを身に着け、赤い髪を撫で付けた彼は、目の前のシェニカの姿に驚いたのか一瞬目を見開いたが、すぐに視線を泳がせ、そわそわと落ち着かない空気を出している。
シェニカも彼の姿に驚いたのか、小さな言葉を発して何度もまばたきをしたが、『赤い悪魔』と違って彼女の視線は彼から動かない。
その視線に耐えかねたのか、『赤い悪魔』はチラチラとシェニカの表情を窺うと、今度は照れた顔を隠そうと必死に無表情を維持しようとしている。


「どっか変か?」

「あ、ううん。とても似合ってるよ。今まで旅装束姿しか見たことがなかったから、ビックリしただけだよ。とても素敵ね」

向き合う2人は、互いに照れたような、恥ずかしそうな表情を隠しきれていない。シェニカは旅装束姿の時とは違う彼の姿に、胸を高鳴らせたのだろうか。


「では晩餐会が行われる中庭に移動しますね」

「うん、分かった」




ファズの先導で中庭に向かって広い廊下を歩いていると、シェニカの後ろにいる『赤い悪魔』は、シェニカのドレス姿に心を奪われているのか、じっとその背中を見ている。
今まではぎこちなさがあった2人だったのに、先程の一瞬から、お互いを再認識したような、今までとは違う空気が出ているような気がする。

一緒に旅をした長い時間の中では良いことも悪いこともあっただろうから、誰にも入れない2人だけの世界はあったと思うが、2人が破局してもまだ残っているらしい。
自分にもシェニカと長い時間をかけてそういう世界を作りたいのに、一緒にいられる時間が少ないのがもどかしくて堪らない。


彼女に存在を忘れられないように。
周囲に自分のことを悪く言われても、彼女には信じてもらえるように。
離れていても強い繋がりで結ばれ、誰にも入り込めないシェニカとの世界が出来たら、どんなに幸せなことだろう。


「あのね。ルクトと一緒に城下を見て回りたいんだけど、行っても良い?」

「もちろんです。では明日にしますか?」

「うん!」

「城下は普段以上に人が多いので、大々的な警備をすると混乱を呼んでしまいます。警備は少数精鋭で行わせて欲しいので、シェニカには額飾りを隠して欲しいのですが良いでしょうか?」

「大丈夫だよ」


自分の隣に居るのがドレスを着たシェニカなのだと思うと、自分との結婚式や、彼女のパートナーとしてパーティーに出席しているような錯覚をしてしまう。

そう遠くない未来、その錯覚が現実のものになっているように、プロポーズの言葉を考えておかなければいけない。
どんな言葉が良いだろう、どんな場面が良いだろうかと考えるだけで、幸せな気持ちで満たされた。



■■■後書き■■■
①ユーリのタキシード姿を見たシェニカは、一気に妄想の世界に飛んでしまいましたが、興奮し過ぎたのか内容がほとんど口から出てしまいました。(笑)

②web拍手の2枚目に、シェニカが衣装部屋で見たドレスのイメージ画像を載せました。もしご興味がありましたら、御覧ください。
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