天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第17章 変化の時

8.不穏な三角形

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「こちらの部屋にどうぞ」

ディズが会議室から少し離れた場所にあるドアを開けると、部屋の真ん中に丸テーブル、テーブルを3等分にするように置かれた椅子が3脚、壁側には予備の椅子や高そうな壺や置物を並べた棚、女神と青年が手を取り合う大きな絵画がある。
ディズは椅子の1つを私に勧めると、壁側にあった椅子を私の隣に持ってきてくれた。


「荷物はこの椅子の上に置いて下さいね」

「ありがとう」

ディズは私に背を向けると、入ってきた扉をもう一度開いた。そこにはファズ様が立っていて、ディズは一言二言小さな声で会話すると、何かを受け取っていた。
そんなディズの後ろ姿を見ながら、背負っていた鞄を下ろして隣の椅子に置く時、私の左隣に座ったルクトは椅子の背もたれに寄りかかり、腕を組んで無愛想な顔をしてディズの方を見ていた。


「あ、あのさ。居心地悪かったりしない?ディズが護衛の役目もしてくれるはずだから、無理して一緒にいなくても大丈夫だよ」

「別に。このままで良い」

私がルクトに小さく声をかけると、彼は視線をディズに固定したまま端的に返事をした。
ルクトは『このままで良い』と言ったけど、なんだか私の方がとっても居心地が悪い。それに、彼は「私がディズを好きなことを受け入れる」とも言ったけど、きっと我慢して無理矢理納得させようとしているのだろう。そんな風に無理に思っても、きちんと納得できなければどこかで我慢は爆発する。それがどういうものになるかは分からないけど、私に矛先が来るのは正直もうゴメンだ。


「手帳は思った以上に長かったですね。疲れたでしょう?」

「大丈夫だよ。真相に近づけてよかったね」

「ええ、シェニカのおかげです」

私の右隣にディズが座ると、丸テーブルを中心にした三角形が出来上がった。3人いるけど、喋らなければ部屋の中は誰もいないみたいに静かで、何だか不穏な空気が漂っている。
私の居た堪れない気持ちが顔に出ていたのか、ディズが苦笑しながら座っていた椅子を私のすぐ隣に持ってきた。


「ユーリ、ご褒美をあげますから出ておいで」

ディズがポーチに向かって声をかけると、ユーリくんがディズの軍服をよじ登って出てきて、テーブルの上に飛び移った。居心地の悪さも吹っ飛ぶようなユーリくんの可愛さに癒やされていると、ディズは私に小さなクルミを渡してくれた。
すると、ユーリくんはクルミを持った私を見て、額から汗を飛ばすような、「ちょうだい、ちょうだ~い!」「おねがい、おねが~い!」と高速で両手をスリスリしながら、手だけでなくスクワットをするように身体全体を上下に振っている。ついでに水色の目がハートマークになっているような気もする。

くぅぅぅっ!ユーリくんがメロメロになりながら、私を見ているではないか!
あまりの一生懸命さと可愛さに言葉も出ないほど骨抜きになっていると、ディズがクスクスと笑い始めた。


「ユーリくん。いつになく必死で可愛いけど、どうしたのかな?」

「それはオオカミリスの大好物なんです。そのクルミが貰えるとなると、こうしてとても必死におねだりするんです」

「このクルミが大好物なんだね。ユーリくん、ちゃんとあげるけど、その前にちょっと見せてね。このクルミ、小さくて薄桃色で珍しいね」

私がそう声をかけると、ユーリくんは必死なおねだりを止めて、心配そうに私を見ている。きっと私が食べないのか不安なんだろう。ユーリくんの大好物を目の前で食べるなんてしないから、大丈夫だよ~!


「ユーリくん、おまたせ。はい。どうぞ」

「チチチッ~♪」

ユーリくんにクルミを差し出すと、飛びつく勢いで受け取って一心不乱に食べだした。


「すごく美味しそうに食べてるね。このクルミってどこで売ってるの?」

「このクルミは、王宮の片隅にある1本の老木でしか穫れないクルミで、出回っていないんです。
普通のクルミは赤い小さな花を大量に咲かせて鈴なりに実をつけるのですが、このクルミはマーガレットのような形の淡桃色の花をぽつぽつと咲かせます。この木から穫れるクルミは、普通のものに比べて半分ほどの大きさしかなく、茶色ではなく薄桃色をしていて、花が少なめなので実の数も少ない、という特徴を持っているんです。そして不思議なことに、この老木から穫れるクルミだけがオオカミリスの大好物なのです」

「へぇ~そうなんだ。いっぱいあったら良いのにね」

「一応生息地に同じクルミの老木が1本あるのですが、その木は花を咲かせても実をつけないので、残念ながらクルミがなるのは王宮の1本だけです。でも、この木もだんだん実の数が減っていってるので、そのうち実をつけなくなるかもしれないと言われています」

「せっかくの大好物なのに…。他に生えてるところはないの?」

「残念ながら他には生えてないんです。
貴族や一般人がオオカミリスを乱獲した時、ある貴族が王宮のクルミを餌にした罠を設置すると、罠には入りきれないほどのオオカミリスがかかっていたそうです。それ以降、同じ特徴を持つ木をウィニストラ中でくまなく探したらしいのですが、あるのは王宮と生息地の2本だけだったそうです。
生息地の木は既に実をつけていなかったので、王宮のクルミを狙う人が増えたのですが、数に限りがあるので、その値段は1個金貨100枚まで跳ね上がったとか。
市場に出回らないこのクルミを求めて、貴族は王宮の庭師に金を握らせてでも手に入れようとしたのですが、それはすぐに国王陛下の耳に入ることになり、乱獲を防止するためにこのクルミは国王陛下が管理することになったんです。
そして年1度の恋の季節になると、陛下からのプレゼントとしてオオカミリス達に与えられることから、『恋するクルミ』と呼ばれているんです」

「『恋するクルミ』なんて素敵な名前ね。でも国王が管理するクルミをどうしてディズが持ってるの?」

「陛下以外は持っていないのですが、国王陛下から直々に褒賞を与えられる時に、このクルミが欲しいと願うことが出来るんです。とはいっても、国の威信をかけて絶滅危惧種であるオオカミリスの保護に務めているので、願ったとしても陛下から信頼を寄せられていなければ与えられないんですけどね」

「そっか、とっても貴重なクルミなんだね」

「クルミから苗木を作ろうとしても、発芽すらしないらしくて…。残念ながら『恋するクルミ』はあと数年くらいしか穫れないのではないかと言われています。
そうだ。ウィニストラに到着したら、シェニカは王宮で国王陛下と謁見することになるのですが、滞在中は王宮で過ごしますか?」

「ううん、城下町で宿を取るよ」

「シェニカはウィニストラにとって大恩人なので、きちんとしたもてなしをしたいのですが、何か希望はありますか?」

「これといった希望はないけど。もてなしって、例えばどんな?」

「よくあるのが、美味しい食事を食べたいとか、美味しいワインやビール、果実酒が飲みたいとか。きらびやかなドレスや宝飾品を身に着けて舞踏会に臨みたいとか、ウィニストラの観光地に行きたいとかでしょうか」

「私は食事とかお酒とかあんまりこだわりないし、ドレスや宝飾品、舞踏会とかには興味ないしなぁ。謁見するだけで、後は宿で大人しくしてるよ」

「なら、オオカミリスの生息地に行きますか?」

「え、いいの?」

「生息地には人の出入りが制限されていますが、シェニカが望めば足を踏み入れることを許されるはずです」

「じゃ、じゃあ、そこに行きたいな」

オオカミリスの生息地。ユーリくんみたいな可愛い子達がいっぱいいる。
右も左もオオカミリス。前も後ろもオオカミリス。オオカミリスは警戒心が強いらしいから最初は近付けないかもしれないけど、もしかしたら……。


ーーやぁぁん!こんなに可愛い子達に囲まれるなんてっ!幸せすぎて鼻血がでちゃいそうっ!
ーーあ、君は私を主人と認めてくれるの?え、君も?こっちの子も?!やぁんモテモテで困っちゃう!もちろんみんなウェルカムだよ!誰かを一番なんて簡単に選べないから、いっぱい相手が許される『白い渡り鳥』で良かった。
ーー3人のお名前は何にしようか。可愛い名前がいいかな?かっこいい名前がいいかな?決まったら名札をつけておこうね。
ーーみんなが服の中に入ったら、もふもふの毛がくすぐったくて笑っちゃうよ~!ひゃははっ!
ーー3連のリスボタンだなんて!いやぁぁん!贅沢で可愛すぎて興奮が止まらないわぁ♪
ーーみんな一緒にお風呂に入ろっか♪浴槽に落ちないように、みんな注意するんだよ。
ーーこらこら、クルミを取り合っちゃダメだよ。みんなの分のクルミはちゃんとあるから、仲良く食べようね。みんな、あ~んして!みんなヤキモチ焼いちゃダメだよ。うふふっ!
ーーもふもふなみんなと一緒に日向ぼっこ出来るなんて…。ちゅっ!ちゅっ!ちゅっ!可愛い寝顔見てたら、思わずキスしちゃった!いやぁぁん!し・あ・わ・せ♪

うふふっ♪もふもふ天国な旅を想像しただけで、ニヤニヤが止まらなくなっちゃいそう!
オオカミリスの生息地に行ったら、ユーリくんみたいに仲良くなれる子がいたら良いな~。ウィニストラに行くのが楽しみになっちゃった♪



「分かりました。シェニカが楽しく過ごせるよう、これから先の世話役を私に任せて貰ってもいいですか?」

「うん!お願いします」

クルミを食べ終えたユーリくんに手を伸ばせば、あっという間に肩に駆け上がってきて、「ごちそうさま、ありがとう!」と言っているように私の頬にスリスリと小さな頭を擦り寄せた。
すっかりユーリくんに夢中でルクトの存在を忘れていたけど、彼はユーリくんにスリスリされてる私をジッと見ていた。私と目が合った瞬間、ルクトは扉の方に視線を移したけど、その目には寂しさが滲んでいたような気がした。


「失礼します。お食事をお持ちしました」

そう思った直後、ファズ様を始めとしたディズの副官の人達が、食事が乗ったトレイを持って部屋に入ってきた。
私の前に置かれたトレイの中身は、コーンクリームスープ、ご飯、マールの塩焼き、トマトサラダ、きのことベーコンのソテー。久しぶりに見るしっかりした食事に、思わず目が輝いた。


「わぁ!マールの塩焼きだ!美味しそ~!いっただきまーす」

私の声につられるように両隣にいる2人も食事に手を付け始めた。


「こうして食事をしていると、無事に帰ってきたのだと実感できますね」

「そうだね。鍾乳洞じゃ干し肉とおやつくらいだったもんね。でも街には人が戻ってないのに、これだけの食材をどうやって揃えたの?」

「雨が降る前に、ベルチェといった近隣の街に買い出しに行ったんですが、雨のせいで運び込むのが遅れてしまって…。朝食の時は間に合いませんでしたが、昼食には間に合って安心しました」

「そうなんだ。ありがたいなぁ」

ディズとは食事をしながら他愛のない話をしているけど、ルクトはずっと無言でちょっと怖い。彼にも話を振ったほうが良いのかと思うのだけど、会話の種が見つからない。
結局ディズと話してばかりの食事になったけど、久しぶりに食べたご飯はとても美味しかった。


「お茶は何がよろしいでしょうか」

食事を終えた良いタイミングでファズ様達が部屋に入ってきて、トレイを下げてお茶の支度を始めた。


「お茶は色んな種類を揃えていますが、シェニカは何のお茶が良いですか?」

「うーん、じゃあ会議室でもらった時みたいに、蜂蜜を入れた紅茶でお願いします。ルクトは?」

「こいつと同じで良い」

ルクトは不機嫌そうにそう言うと、ファズ様達がテキパキとお茶を淹れ始めた。そして、私の前に置かれた金で縁取られた真っ白なティーカップを覗き込むと、琥珀色の紅茶からとても良い香りがした。


「ディズは何を飲んでるの?」

「私は緑茶です。ウィニストラ領内で作られる茶葉で、若葉のような香りに、渋みは控えめで少し甘めの味なんです」

「そうなんだ。私も今度飲んでみたいな」

「では紅茶の後にお出ししますね。シェニカも気に入って下さると嬉しいです」



お茶を飲んでいると、扉が開かれて部屋の隅で片付けをしていたファズ様が外に呼び出された。すぐに部屋に戻ってきたファズ様は、ディズの隣に立つと何か耳打ちをした。


「すみません、ちょっと席を外しますね。部屋の外には副官を置いておきますので、何かあったら声をかけて下さい」

ディズがそう言ってファズ様や他の副官の人を連れて出ていくと、部屋には私とルクトの2人きりになった。
ルクトと私の関係は今あやふやだ。私は彼とやり直すのかまだ悩んでいるけど、ディズと喋っているだけでルクトに後ろめたい。2人きりになっても彼は無言でお茶を飲んでいるけど、彼は早く答えを出して欲しいと思っているかもしれない。


「あのリス、一体なんだ?」

「あの子はオオカミリスっていうウィニストラで保護してる絶滅危惧種の子で、ユーリくんって言うの。人間を主人と認めると、その人の側にずっといるんだって。ユーリくんはディズを主人と認めた子なんだけど、私にも懐いてくれたんだ。可愛いよね」

「……そうだな」

私がそう言うと、部屋には誰もいなくなったみたいに沈黙がおりた。


「鍾乳洞でも、あのリスいたのか?」

「うん。ユーリくんが居てくれたから、鍾乳洞を歩き回ってる時も前向きな気持ちになれたんだ」

「そうなのか」

「私、ちょっと本を読むね」

居心地の悪さに耐えかねて、逃げるようにそう伝えて本を開いてみると、書いた人の字が随分癖のあるもので所々読めない。椅子においていた鞄から、ローズ様から貰った辞書を久しぶりに出してみた。

時折辞書を引きながら本を読んでいくと、書いてある昔の国名に聞き覚えがない。机に世界地図を広げて一つ一つ確認してみたものの、本にある国名は一つも一致しなかった。どこにあった国なのかは分からないけど、老化を止める秘薬、空を飛ぶ魔法、透明人間になれる魔法、天候を操る魔法など、今の世界にはない魔法や薬の伝承がたくさん書いてあった。どのページにも、薬の形状や魔法を使った時の効果などの絵が描いてあった。それは絵の具を使った水彩画みたいだけど、古い本だからか色が薄くなってぼんやりとした絵になっていたのが残念だ。

折り目のあったアスカードル島のページには、岩の山の内側にあったアスカードルという国について書いてあった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ラントニバ諸島をまとめていた当時のアダルナ国は、重税を課す、些細な犯罪にも拷問を行うという悪政を行っていた。そのため、無人島であるアスカードル島に移り住もうと考えた大勢の者達が、人間だけでなく、牛や馬、羊、犬、猫といった動物も連れて海を渡った。
彼らが岩場の山を登ると、岩場に囲まれた島には鬱蒼とした木々や草が生い茂っていたが、その中央部分には周囲の木々を見下ろす大樹が育っていた。移住した者達の中にいた中年の植物学者は、その大樹がドナの木であるとすぐに理解して大喜びした。


「ドナの木は成長速度は普通の木よりも速いが、花や実をつけるには長い年月が必要らしい。大きな木材を欲する者が、花を咲かせる前に切り倒すことが多いため、ドナの木は数を減らしてしまい、花と実は誰も見たことがない幻の木なのだ。だからこの木だけはどうか切らないで欲しい」

学者がそう言うと、この木の雄大さと存在感に圧倒された者達は、口々にこの島の象徴にしようと言い出した。
それからすぐに人々は草を刈って道を作り、木を切って家を建て、固い大地を耕して畑に変えて生活の基盤を築いていった。島の住民は、今までなかった穏やかな毎日が続くようにと大樹に祈りを捧げ、太い木の幹に手と耳を当て、その力強い息吹を感じ取るのが習慣となった。

誰からも愛されるようになったドナの木は、島を開拓して10年後の秋の終わり、白い小さな花をたくさん咲かせた。その花はミントのような清涼感のある香りで、蜜は飴のように甘かった。木々を激しく揺らす強風が吹いた早朝、風に乗った白い花は島中に舞い散り、花弁を失くした木には金色の小さな果実が無数に実っていた。
誰もがその美しさに見惚れていると、花を散らせた風が再び吹き抜け、枝葉を揺らして金色の果実を地面に落とした。人々がその果実を拾い上げてみると、衝撃でぱっくりと割れた実から一回り小さい金の種が転げ落ちて、実は瞬く間に霧散した。人々は種を1つ1つ拾い上げては感謝のキスを送り、まるで金色の真珠のようなその種を交易品として高値で売り出した。

それから毎年、ドナの木が花と実をつけ続けることに歓喜した学者は、種を発芽させようと研究を重ねた。しかし、どんなに種を包む土に栄養を与えても、光と水を与えても、金色の種に変化は見られなかった。
それから10年、学者は発芽させようと研究を重ねたが、とうとう願いは叶わないまま臨終の時を迎えた。学者は骨と皮だけになった手のひらに金色の種を1粒乗せると、まるで赤児をあやすように愛おし気に種を撫で、弟子の男にこう言った。


「どんな大樹も、最初は小さな種から芽を出すところから始まるのです。折角芽吹いた若葉も、栄養や日光、水を与え、雑草を抜き、手間を惜しまず愛情を注がなければ育ちません。私がドナの木に恋をしたように、貴方もドナの木に恋をして、たくさんの愛情を注いで下さい。
種が芽吹かなくても。奇跡的に芽吹いて若葉から苗木になり、幹の細い若木に成長しても、それを惜しんではなりません。この島の木はまだ若いようですが、それでもいつかは生命を終えて枯れる日が来る。必ずこの種を芽吹かせなければ、生命は続かないのです」

学者はそう言うと、手に持っていた種を口に入れて、ゴクリと飲み込んだと同時に死んでしまった。遺言通り、学者の遺体が丁重に土の中に埋葬されると、春の終わりに緑の若葉が芽吹いた。墓参りに来た弟子がそれを見つけると、芽が金色の種を被っていたことからドナの若葉と気付き、感動で震える手でその芽を大事に鉢に移した。
弟子は師である学者以上にドナの木と若芽に恋をして、深い愛情を込めて世話をすると、若葉はすくすくと育ち、あっという間に苗木となり、細い幹の若木に育った。
弟子がその若木を花畑に埋めてしばらくすると、1羽の金色の小鳥が細いその枝に止まっているのを見つけた。その鳥は弟子を見てこう言った。

「惜しみなく与えてくれる貴方の無償の愛がとても嬉しくて、ドナの木である私はこうして鳥に姿を変えてやってきました。お礼に俺に貴方の願いを1つ叶えましょう」

すると弟子は

「私の師もドナの木にはたくさんの愛情を注ぎ、種を育てようと尽力しました。私の願いではなく師の願いを叶えるべきだったのです。ですが、もう師は亡くなってしまいました」

と困惑しながら震える声で答えると、金の鳥は小さな翼をパタパタとはためかせた。


「貴方の師はドナの種の苗床になりたいと願い、それはすでに叶えられました。次は貴方の番です」

と鳥は答えた。


「師の願いが叶えられたのならば……。私はドナの木を愛してしまいました。だから、ドナの木の一部になりたい」

弟子がそう言うと、金の鳥は眩い光を放った。


「私は花と実をつけるには愛情が必要な木です。貴方が私の一部になると、深い愛情を与えてくれる人がいなくなるので、私が人間となり貴方と夫婦となりましょう。そして時が満ちたら、私は再びこの姿に戻り、木と子を守る守護者となりましょう」

徐々に光が弱くなり、弟子が目を開けると眼の前にはドナの花のような白い肌、緑の葉のような新緑の長い髪、果実と種のような金色の瞳をした娘がいて、小鳥と若木の姿は消えていた。
まさにドナの木が人間になったその姿に、弟子の男は心を鷲掴みにされた。

弟子と娘は夫婦となると、間もなく1人の男児が生まれた。ドナの木のようにすくすくと育って少年になる頃、母親は姿を消してしまったが、毎日ドナの木の下で過ごす弟子と少年を、枝に止まった金の小鳥が見守り続けた。
少年が青年になる頃、父親は死んでしまったが、青年は父親と変わらずドナの木に愛情を持って世話を続けた。その甲斐あってドナの木はずっと花と実をつけ、金の種を落とす。国に安定的な豊かさを与えてくれるのは、ドナの木を世話する青年の働きのおかげである、と考えた民衆と当時のアスカードル国王は、彼を次の国王とすることを望んだ。
青年が国王になって以降、その血筋の者が代々ドナの木を世話する守り人となり、甲斐甲斐しく世話を焼いた。その側には必ず金の小鳥がついてきて、季節の訪れや嵐や高波といった天災の予兆などを知らせた。その姿を見た民衆は、国王はドナの木の祝福を受けた選ばれた者だと認識し、ドナの木と王族に対する求心力を高め、その人気と支持は盤石なものとなった。


「我々を見守り、恵みを与えてくれるドナの木を決して枯らしてはならない。望みすぎず、慎ましく、ドナの木に恋をして愛情を絶やさず与えよ。そうすれば、ドナの木は永遠に恵みをもたらすであろう」

ドナの木と結婚した弟子が残した臨終の言葉は、その子供や国民によく浸透し、ドナの木は誰からも愛されて毎年花と実をつけ、種を落とし続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



今の地図を見ても、アスカードル島と名前がある場所には、岩場に囲まれた切り取られた海と大きな枯れ木しかない。でも、ずっと昔には、この伝承や手帳に書いてあった通り、切り取られた海がある場所には大地があったのかもしれない。

顔を上げてみれば、隣に座るルクトは背もたれに持たれながら腕組みをして、目を閉じてうたた寝をしているようだ。彼も昨晩は眠れなかったのかなと思うと、自分の口から大きな欠伸が出てきた。
私も少しだけ昼寝をしようと思って、世界地図をたたみ、上に腕を組んで眠る態勢を整えた。一度頭を伏せてみたけど、何だか枕になるような高さが欲しい。何かないかと周囲を見てみれば、厚みのある本と手帳が重なると良い感じの高さだ。ヨダレが出ても大丈夫なようにタオルを本の上にある手帳に載せ、抱き込むようにしてもう一度眠る態勢に入った。

目を閉じると、すぐに眠気が襲って来る。昨日はなかなか眠れなかったし、食後だから眠たくなるのも仕方ないのかもしれない。そう思って自分を納得させながら、心地よい眠気に身を委ねた。



ーーここはどこだろう?ふわふわしてて気持ちがいい。雲やわたあめの中って、こんな感じかなぁと思えるくらい心地よい。
そんな空間で気持ちよく漂っていると、どこか遠くの方で誰かが会話する声が断片的に聞こえてきた。目を開けて確認しようと思ったけど、ふわふわした心地よさにずっと漂っていたくて耳を澄ませるだけにした。


「わざわざーーーー」

「ーーーに拘ってたら、誰も居なくなってしまったんだ」

ため息まじりに何か話すお婆ちゃんの声に、少年にしては少し低い声をした人が寂しそうに返事をした。


「ずっとこの日を待ってたんだよ。どうして早く来てくれなかったの?」

高めの声の少年らしき人が嬉しそうに言うと、飛び跳ねているのか空気の振動を感じた。


「そう言われても、こればかりはどうにもならん」

「さぁ、早くやってくれ」

呆れた感じのお婆さんに、男性が急かすように捲し立てた。
お婆さんが何か呟き始めると、急にその気配が遠ざかり始め、そこに居たと思われる2人の少年と男性の気配も遠ざかっていくような気がした。

ふわふわした空間に取り残されたけど、静かになるとまた眠くなってきた。眠気と心地よさに身を任せると、深い眠りに入るような感じがした。





■■■ご連絡■■■


下の「★★ここからweb拍手やコメントを送ることが出来ます★★」をクリックしたら表示されるwebお礼画面に載せていた地図を更新しました。今までは大陸の西と東の地図でしたが、南の大陸も追加したのでこれで世界地図が完成しました。本編を読む時の参考にして頂けると嬉しいです。

また、以前お礼画面に載せていた、シェニカの持ち歩いている道具のイメージ写真も再び見れるようにしました。(web拍手のお礼画面にある『コメントを送る』を押すと表示されます。コメントは記入しなくても大丈夫です)



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