天使な狼、悪魔な羊

駿馬

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第17章 変化の時

4.5 青天の霹靂

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ディスコーニが会議室を出ると、部屋の隅に控えていた副官達のヒソヒソ話でざわつき始めた。ディスコーニの衝撃発言を受けて、感想を言い合っているのだろう。

ーーディスコーニがシェニカ様とキスをしたねぇ。しかも恋人じゃなく『お友達』になったんだと。なんだ『お友達』って。

10年前から女の気配なんてまったく感じたこともなく、娼館に行くこともない。同僚に誘われても「私は好きな人とだけしたいので結構です」とか言って、見向きもしなかった。そんなことをしていたら、当然「もしかして男色なのでは」という噂が出たが、本人は「私の恋愛対象は女性です。男色だと言いたい人には言わせておけばいいのです。反応しなければそのうち飽きるでしょう」と何処吹く風。

あいつが俺の腹心の時、どこかで開催されるパーティーに行けば、貴族や他国の将軍から「あちらの女性達が、ディスコーニ殿からダンスのお誘いがくるのを待っていますよ」と促されるが、あいつは笑顔で「私がダンスをお誘いするのは、上官であるバルジアラ様のあとで」と部下のくせに俺を盾にしやがった。
女が俺を遠巻きにして近寄らないことを良いことに、自国、他国開催だろうが毎回これでやり過ごし、「ダンスの誘いは男性から、というのが慣例で助かりました。貴方様の隣りにいると、あちらから話しかけてくることもありません。ありがとうございます」と決まり文句を言う。

将軍になったら俺の側にいる必要はないのに、相変わらず俺の近くにいる。「行ってこい」と言っても、「会話の種なんて持ち合わせていませんし、ユーリは化粧や香水の匂いが嫌いですから、ポーチから出てきません。もし仮にユーリが外に出たとしても、可愛いからとオオカミリスの乱獲が再び激しくなるかもしれません。ようやく密猟者も少し落ち着いてきたのに、良いのですか?」ともっともなことを言う。

そんなあいつがシェニカ様とキスをした?恋をした?お友達になった?シェニカ様はあいつのどこに魅力を感じたのだろうか。理解不能の摩訶不思議だ。


えらいことになったなぁと思いながら、隣に座るエメルバに顔を向けた。いつも感情を読ませない飄々とした表情をしているのに、今は満足そうな顔で静かに黒い小さな湯呑に口をつけている。
その中身は苦味と渋みが強いが故に好き嫌いが分かれる玄人向けの高級緑茶だが、エメルバは毎日美味しそうに飲んでいる。


「エメルバ。あのディスコーニとシェニカ様がそういう仲になったとはにわかに信じられないのだが、どう思う?」


「恋とは縁ですからねぇ。ディスコーニ殿が嘘をつく必要なんてありませんし、あの幸せそうな表情を見ていれば、シェニカ様に恋心を抱いたのは本当のことでしょう。それにシェニカ様の恋人である『赤い悪魔』が手を出したと怒っていたとなると、シェニカ様もディスコーニ殿に好意を抱いて下さっているのでしょう」


「まさかあのディスコーニがなぁ。どんな方なのか情報がないシェニカ様と親しくなれるものか?それも陰鬱な鍾乳洞に1週間も閉じ込められるっていう、環境の悪さで」

神殿が秘密裏に調査していたとはいえ、シェニカ様がどんな人で何を好む人なのか良く分かっていない。例えその情報が有益なものであっても、肝心のシェニカ様に避けられれば意味がない。
『聖なる一滴』抜きにしても、世界中の国がシェニカ様と繋がりを作れないかと模索している時に、あのディスコーニが何をどうやって親しくなれたのか謎だ。



「2人がいたのは外界から遮断された特殊な空間。様々な良い偶然が重なる、協力関係が築けるといった要素がクリア出来なければ、生き延びることも自力で脱出することも不可能だったでしょう。1週間という短い時間でも、2人にとってはそれ以上の時間だったのではないでしょうか」


「確かに、2人とも衰弱することもなく自力で外に出たのは奇跡的だろうな。1週間どうやって生き延びたのか気になるが、あの様子だと詳しいことを聞こうとしても上手くはぐらかしそうだからなぁ」


「命令する、という手もありますが、それはされないのですか?」


「命令しても『どんなに情報を厳重に管理していても、外に漏れる可能性はゼロではないのです。私がシェニカ様と親しくなった経緯を口に出せば、その瞬間からどこかに漏れる可能性が生まれるのです。彼女を守るためにも、鍾乳洞での出来事は私の胸の中だけに収めておくのが一番です』とか絶対言うぞ」


「バルジアラ様と言えど、ディスコーニ殿との口撃は苦戦されているのですね」


「嫌味は俺が教えたからなぁ。童貞童貞といじりすぎたのか嫌味に磨きがかかって、言い返されると腹が立ってしょうがない。
しかし、あの夢見がちなディスコーニがシェニカ様と、どんなことを会話して仲良くなれたのか。ユーリが橋渡しになったんだろうと思うが、それだけじゃキスなんて許さねぇだろうし」

あいつの休日なんて、執務室と繋がる私室にこもって本を読んでいるか、部下の鍛錬に付き合うか、街をぶらついて買い食いしてるか、ユーリにかまっているだけの面白みのない奴だ。
話からユーリはシェニカ様にも懐いたようだから、ユーリの存在は親しくなる要因の1つになったと思う。だがそれはせいぜい話のネタになるか、近くにいることが出来るくらいでキスを許すことには繋がらないだろう。



「バルジアラ様、そんなに気になるのですか?」


「当たり前だろ。初めては全て愛した人に捧げるんだとか、私は娼館に行く必要はありませんとか言って、女と会話するどころか、近付こうともしなかったあいつがだぞ?」


「運命の出会いというのは、本当にあることなのかもしれませんよ。バルジアラ様がいつまでもディスコーニ殿の恋について話していると、バルジアラ様もシェニカ様狙いなのかとか、ディスコーニ殿が良き相手を見つけたから、彼を妬んでいるのかとか、あらぬ憶測を呼んでしまいますよ」


「そんなあるわけねぇ話は、不快過ぎて憶測でも耳にしたくないな。だが、本国に帰った時にはディスコーニをライバル視してる奴らが黙っちゃいねぇだろうなぁ。あいつらはディスコーニを蹴落として、自分を売り込もうとシェニカ様に近寄っていくだろ。放置しておけば、下手すりゃシェニカ様のウィニストラやディスコーニへの印象が悪くなるから何とかしないとな」

俺がそう言うと、エメルバは目を閉じてお茶を美味しそうに啜って、ゆっくりと湯呑を置いた。



「ならば、シェニカ様がどういうもてなしを好むのかディスコーニ殿に訊いて貰い、それを陛下に伝えるというのはどうでしょう。
予めもてなしの内容を聞くことが出来れば、王宮での準備も出来ますし、どうするのか頭を悩ませる必要はありません。その時にシェニカ様がディスコーニ殿に世話役を頼むとおっしゃれば、例え王族の方であっても、我が国にとって大恩人であるシェニカ様のご希望に背くことはしないはずですから。将軍なら尚更です」


「じゃあそう言っておくか。とりあえず、首都に戻るまでの間で様子を見ておくことにしよう」


「バルジアラ様。心配し過ぎるあまり、馬に蹴られないようになさって下さいね」


「そんなことにはならねぇと思うがなぁ」

ディスコーニがシェニカ様と一体何を話し、何をするのか気がかりでしょうがない。折角ディスコーニに良い印象を抱いて下さったのに、女に不慣れなあいつが何か失礼なことをしてしまうかもしれない。かといって誰かが同席しても、上手くフォロー出来るとも限らない。


ーーまさかあいつがシェニカ様を射止めようとは。世の中何があるのか分かんねぇな。
しかもディスコーニが殺気と怒気を放つなんて、この10年で1度も見たことがない。しかも怒った理由が『赤い悪魔』がシェニカ様に強姦まがいのことをしたからみたいだが、『赤い悪魔』は恋人相手に何をやってるんだ。普通に考えれば関係にヒビが入る決定的なことだが、シェニカ様はそれを許したのだろうか。

とりあえず、ディスコーニはシェニカ様に本気らしいから、シェニカ様のことは奴に任せて見守るしかないようだ。





ディスコーニ様を部屋に案内して会議室に戻ると、そこはざわめきで満たされていた。部屋の奥ではバルジアラ様とエメルバ様が喋っているが、その会話の内容は周囲の声で聞こえない。だがきっとディスコーニ様のことだろう。

扉の近くに控えているディスコーニ様付きの副官4人の元に行けば、自分の姿を見た4人は自分を取り囲んだ。


「ファズ、ディスコーニ様が殺気を出したって本当か?!」


「本当だ」


「どうだった?」

アクエル、セナイオル、ラダメール、アヴィスは、ゴクリと喉を鳴らして自分の答えを待っている。どんな状態だったのか早く知りたいのだろうが、あの時の様子を思い出すと背筋が凍った。


「将軍となられるだけあって重々しく鋭利な殺気は当然なのだろうが、長い付き合いで一度も見たことがなかったから恐ろしかった。それにすごく…怒っていらっしゃった。あんなお姿は初めて見た」


「そ、そうか…。俺が殺気と怒気を当てられたら、腰を抜かしているかもしれない」

自分は5人の副官の中で、ディスコーニ様と一番長い付き合いになる。その時から行く先々に同行させてもらい、ディスコーニ様が将軍となられてからは腹心の副官にして頂いた。
ディスコーニ様は普段の鍛錬の時はもちろん、戦場でさえも殺気を放っている場面など1度も見たことがなく、精神が昂るような場面でも淡々と仕事をこなしている。部下が失敗しても怒ることはなく、柔和な表情と雰囲気が変わる場面なんて見たことがないから、ポーカーフェイスな人だと思っていた。

だから、その穏やかな雰囲気と表情が崩れ、殺気に当てられた者は生きて帰れないのではと部隊の中で言われていた。実際目の当たりにしてみると、敵の将軍やバルジアラ様から浴びせられる殺気と変わらない。それだけじゃなく、怒気まで滲ませた空気は恐ろしかった。


「それで?シェニカ様とはどんな感じなのか?」


「よく分からないが…。シェニカ様はディスコーニ様のことを『ディズ』と、ディスコーニ様は『シェニカ』と互いに愛称で呼んでいらっしゃったし、シェニカ様に意味深なことをおっしゃっていたから、多分最低でも親しい関係になったのは間違いないと思う」


「意味深って?」


「確か、『今夜からシェニカを抱きしめて眠れないのが残念です。愛しい人が隣にいない夜は、とても淋しく長いものになりそうです』と、ディスコーニ様はおっしゃっていた」


「そ、それって…」
「キスどころか最後までやったとも取れるし…」
「ディ、ディスコーニ様が…。ほ、本当に?!」
「何かお祝いとかした方が良いのだろうか」

自分を除く4人が信じられないと物語る表情で互いの顔を見合わせていたが、お祝いという具体的なキーワードが出てくると真剣な表情に変わった。


「お祝いって何をやるんだ?オーソドックスにお祝いケーキとか?」
「ケーキになんて書く?『祝・童貞ご卒業』とか?」
「いや、ディスコーニ様はキスはしたけど最後までしたとは言ってないから、確実なことを書いたほうがいいだろう」
「それなら『祝・キス』が良いのだろうか?ファズはどう思う?」
「キスとなると恋人になったみたいな感じがするが、ディスコーニ様はあくまで『お友達』になったとおっしゃっているから、『祝・お友達』が良いんじゃないだろうか」
「じゃあ、それで決まりだな。首都に帰ったらさっそく手配しよう」

お祝いにケーキを贈ることが決まると、5人で同時に短く溜息を吐いた。


「シェニカ様には『赤い悪魔』がいらっしゃるから、ディスコーニ様は恋人の1人になるのだろうか」
「俺達みたいな身分じゃ、自分以外に相手がいるなんて考えられない感覚だけど…。会話から考えると、ディスコーニ様にはその覚悟があるみたいだし」
「でも恋人の1人になったとしても、『赤い悪魔』が許さないんじゃないのか?」
「『赤い悪魔』じゃ、ウィニストラの後ろ盾を持つディスコーニ様には、実力でも勝ち目がないし…。でも『赤い悪魔』はドルトネア出身だよな。身分は傭兵でも、『赤い悪魔』が祖国に助力を求めれば国が動く可能性があるよな。もしかして、今後シェニカ様を挟んでウィニストラとドルトネアが睨み合ったりするのか?」
「国境を接していない大国同士がシェニカ様を代理戦争の地にするみたいで、普通の恋愛と違って話が大き過ぎてついていけない」


「まぁ、なんだ。とりあえず俺達はディスコーニ様の恋が上手くいくように応援しよう」

自分がそう言うと、4人は大きく頷き合った。
お世話になっているディスコーニ様に恩返しをしたいと思っても、自分達よりも強く、地位も上の方にはそんな機会は訪れなかった。ディスコーニ様の恋のお相手は、常に近くに居るわけではない上に、複数の相手を公然と持てる『白い渡り鳥』様だ。自分達が出来ることは少ないかもしれないが、さりげないフォローくらいは出来るはず。


「具体的にどう動こうか」
「相手が普通の人じゃなく、『白い渡り鳥』様だからなぁ」
「しかもシェニカ様がどんな方なのか分からないし…」

周囲のざわつきにかき消えるくらいの声で、今後の活動内容について意見を出し合った。

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