日溜まりの手を握る

巳島柚希

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証明・静けさ

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8.証明

「あぁー……」
 土曜日の朝、俺は姿見の前で四苦八苦していた。色んな場合を想定して、夏バイトの残金を全て洋服代につぎ込んで、それなりな量の洋服を買ってしまったことが運の尽きだった。
(いつもの清楚系……いやでも、俺としてはちょっと俺の趣味が入った服見てもらいたい……でも正直、フォーマルなやつが初の私服デートでは一番失敗しないだろうしなぁ)
 どうしよう。炎弥の私服が何系か全然知らない。あまりに学校と自宅が近くて、平日は制服のまま寛いでしまっていた。彼は筆箱など、持ち物は黒や灰色の落ち着いたデザインの物を使っているが、スマホケースは赤い猫のロゴがついたシュールなグリッターケースだったりして、好みが計り知れない。
(くそ……! デートの前に洋服が決まらないとか俺は女子か!)
 その時、通知が鳴った。服に紛れてしまったスマホを掘り出して見ると炎弥からのメッセージ。
「今日は寒いから、温かい格好して来いよ」
 その優しさに、腰が砕けた。

 いつもの駅も休日の賑わいと、私服の彼がいるならば、そこは異世界に変わる。
「ん……おう。こっちこっち」
 俺を見つけてひらりと手を振った男は、待ち合わせ場所となった駅構内の、広場の片隅にもたれかかっていた訳だが。
(思ってたより、かっこよすぎる)
 ショルダーバックの紐を両手で握って、生唾を飲んだ。
 スモーキーなキャメル色のロングコートに、灰色のマフラーと白いニット。そしてズボンは、上半身に合わせたグレーチェックのウールパンツ。トラディショナルな装いを、黒革のスニーカーが引き締める。何だか見たことのないモダンさがあった。それに比べると、黒とオレンジのハードシェルジャケットを選んだ俺は、俺自身の童顔も相まって、服に着られている感じになっていないだろうか。
「お、お、おう。えっと、その、似合ってる。その、服……」
「え、ありがとう。まあ、ばあちゃんに買ってもらったやつなんだけど」
「おばあさん、外国の人だよな。あっ、これ海外製?」
「うん。温かいぜ」
 道理で違う気がした。一人で納得する。
「俺も好きだな、このハードなデザイン」
 炎弥が俺の肩を撫でる。
「お前はコート着てるのに?」
「これは……一張羅だから。哉兎と趣味、結構一緒だよ」

 十一月に入って、すっかり冷え切った街を二人並んで歩いた。こっそり手を繋いだりなんかしながら。
 デートプランは、ただの地方住み男子高校生である。ちょっと落ち着くカフェで昼食を取り、ゲーセン回ったり、お互いの好きな雑貨屋に寄ったり。そして、少し日も傾くという頃だ。 
「来ちゃったよ……」
 やってきたのはカラオケボックス。
「二時間だけ、リベンジしよーぜ」
 二人用の個室は狭くて、並んで座る。広い部屋より、よほど落ち着いた。
「大丈夫だったの? 服めっちゃ煙草臭くなるのに」
「もうゲーセンいったから一緒でしょ。ファブするから。ファブ」
 そんな冗談を言いながら、コートを掛ける炎弥の背中を見た。最近俺は、彼の背中が一番好きだと気づき始めている。
「俺歌ってる間に、なに歌うから決めてな」
 炎弥が選んだのは、メジャーなバンドの二番目くらいに売れた曲だ。
(うへえ、気を使われている!)
 俺がケラケラ笑うと、むっとした顔で鼻をつままれた。他人の歌を聞くのは嫌いじゃない。寧ろ知らない曲でも構わないのに。それを伝える前に、まずは一曲。
「はぁ……緊張したー」
「めっちゃ喉締まってたな」
「うるせ。お前はどうなんだよ」
「俺は、声が良いからな」
 得意げに言った俺を見て、彼は無邪気に笑った。イントロが流れて、俺は歌い始める。選んだのは、誰でも知っているような往年のヒットナンバー。昨日沢山考えたが、ぼんやり生きてきた俺が、すぐに好きな曲を見つけられる訳などなく、結局何の変哲もない歌を選んだ。
 歌い始めて、声が揺れて、二番の歌詞も分からなかったけれど、最後まで歌いきった。
(やっぱ全然、うまく行かねー)
 不思議と清々しい気持ちで、ふと横を向く。
 そのほんの一瞬、唇が触れ合った。ただ驚いて、炎弥をじっと見る。数秒経って、ようやく理解する。
(そこまで、いくんだ)

 二度目の訪問でも彼の部屋は、俺にとって劇薬のような空間だ。
「……この前さ。電話がかかってくる前、俺、押し倒そうとしてたんだよね」
 炎弥が、ナイトランプだけがついた部屋で、なんでもないように言うものだから、俺は立ち尽くしたまま露骨に目を逸らす。実はあの時、俺も射精していたとは流石に言えない。
「肉体関係に抵抗あったって話、してくれたけど。哉兎は、本当はどうしたいんだ?」
 ベッドの上に腰掛けて、足を組む彼。白いニットが光を受けて、影が濃く浮かび上がる。
「哉兎」
 名前を呼ばれただけで視線を逸らせなくなる。
「答えてくれ」
 喉が焼けるように切ない。とっくに分かってるくせに、そこを容赦なく宣言させる。
「本当、は、もっと欲しい。もっと、近くで感じたい……お前を」
 彼は黙って、静かに頷いた。
「なら、俺を受け入れてくれるな?」
「むしろ、酷くしてほしい」
 熱に浮かされて、放った言葉を繕うこともできない。主人の根城に入った奴隷は、後は主人の赴くまま。俺はただ、得る為に従う獣。
 何となく視線が絡んで、炎弥は笑った。
「そんなことしないよ」
 優しく微笑んだ口から、kneel、という支配的な響きが放たれる。俺は膝を折り、じっと彼を見つめた。kneelのCommandは、いつもの人参を食べる時にも貰える。ここから給餌以上の快楽が、戯れしか知らない小兎(おれ)を待っていた。胸が邪な音を高鳴らせる。
「いい子だな。こんなお前を、俺は絶対手放したくない。なあ、俺の哉兎。でもお前は一度、俺を裏切ったよな」
 びくん、と心臓を串刺しにされた。脳が、罪悪感と緊張を恐怖を、まとめて甚振られる快楽に変えていく。
「そ、れは」
「Shut Up」
 穏やかにそう言われ、俺は声を詰まらせた。
「俺が喋ってるだろう? 静かに。……大丈夫。お説教じゃない。俺はただ、お前が自分で証明して欲しいだけだ。俺の物になる覚悟があることをな」
 炎弥は優美に、脚を組み直す。
「過去に誰の物だったとか、俺がいる間にも、他のDomの命令で悦んでいたことは赦してやる。全部、赦してやる。だから、今ここで、全てを晒せ。俺に」
 恍惚で、艶やかな光を放つ瞳に見つめられ、心が塗りつぶされていく。
「Strip」
 命令の快感が、指を震わせた。今日、このゆったりしたデザインの、白のカットソーを一生懸命選んだのは、この性の匂いのしない格好を、脱ぎ捨てる様を見てもらうためだ。
 外気が上半身の肌を刺激した。ただ、いつの間にかつけられたエアコンが、室内を十分に温めているので、寒さはない。
 次に、膝立ちになって、体の側面から下着の中に指を入れる。そうして一気に。
「Stop。下着脱がなくていい。……続けて?」
 何度目かの生唾。動揺と共に、炎弥のやり方で弄ばれる感覚が、あまりに心地よい。そうだ。始めから裸を望むのは、あの人の趣味じゃないか。
「集中して」
 逸れた意識を掴み取られ、摘み取られる。スキニーと靴下を脱いで、その尊厳を守るのは、布一枚のみになる。
「come」
 腕を伸ばして、掌を床につける。四つん這いになったまま、その足元に寄り添う。手を取られ、ベッドに上がった。そして揃えた両足をぽんぽん、と示される。その太腿の上に座ると、左の腕で、肩を抱かれる。ニットの柔らかさと小さな刺激を素肌で感じた。
(やばい、完全にたってる)
 黒いパンツで良かった。ものによっては先走りが染みているのが、視覚によって確認できてしまう。
「まだ何もしてないぞ?」
 彼の人差し指が、興奮した俺の股の間をなぞる。彼の肘に脚を抑えられ、自然と開いてしまう。
「ふ、……うぅ」
 自分で触るのを見られることはあっても、誰かに触られるのは初めて。それが彼ならば、もう絶頂してしまいそうだった。しかしそれを耐え抜きたい理由もある。
「は、やく。……挿れて」
 強請る。駄犬と謗られても、一向に構わない。その胸に顔を埋める。俺の尻の下、待ちきれないのはお前も同じだろ。なあ。
「うん……まだ駄目」
 手が、睾丸から尻の隙間をなぞり、下着に指をかけた。思わず腰を反らした瞬間に、それが降ろされて、後ろ側だけが丸見えになるような、そんな状態になる。
「も、もうげんか」
「まだ我慢できるだろ。しろ」
 控えめな臀部の奥に隠された、ただ生きるだけなら、誰にも暴かれないその秘部を、炎弥の指が刺激する。そこだけならば、激しい違和感があるだけで、生殺しだ。腰を捩る。
 すると突然、中指だけ使っていた右手の親指が俺の隆起をなで上げた。
「うっ、あっ、ぁ」
「待て」
 全然Commandじゃないのに、我慢してしまうのだから、どうしようもない。
「解れるまで、待てよ」
「っ、俺の、使って。もう、我慢出来てなくて、びちょびちょだから……っ」
 下着に手を伸ばし、下ろそうとするが、がっちりと止められる。
「お前、そう言って俺がちょっとでも触ったら出すだろ。自分だけ気持ちよくなるのはナシだぜ」
 くそ、バレたか。
 炎弥は、ベッドサイドからローションを取り出す。初めて実物を見るそれを、彼が左手で持って右手で開けるので、自分を犯す道具が、目の前で開封されるという異様な状況に陥っていた。
「これ、温感だから」
 粘度のある液体が、彼の美しい指を這う。それが、ついに俺の秘部を浅く、徐々に深く、弄る。痛みが程よく、暴かれる快楽をぶつ切りにして、留まらせる。本能の象徴は痛いほど快楽を形にしているのに、そこには中途半端にベールをかけられたまま、まだ外の空気にも触れさせて貰えない。
「お、ぐ、あっ、……あぐっ、んっ……!、」
 ずぷりと、二本目の指が入った。いざそれを目前にして、ニットから煙草の香りがすることに気づいた。指が抜けて、ベッドに寝かされる。彼の香りが、最も強く香る場所。包まれてただ、脱力する。その、無防備に放り出された脚の間を隠す、すでにじっとりと先走りで重い布が、ついに取られた。押さえつけられていた俺の陰茎は抑えを失って、真上に弾ける。その惨めな光景を、忘我の表情でただ、見つめている。吐息が漏れる。
 一方、炎弥の方はそれに煽られつつも、丁寧に下着を俺の足から抜き取った。
「……他のDomがいるって聞いてから、ずっと抱きたいと思ってた」
 彼が、昼の名残が残る、白いニットを脱ぎ捨てた。陶磁器のように滑らかで、美しい均整な身体。
「耳障りの良いこと言いながらさ、ずっといやらしいこと考えてたんだ。……ごめんな」
 その謝罪が、食前の挨拶に聞こえる。
 早く、食べて。

「は、ぁあ、ああ、あ~……」
 彼の熱を、全身で受け入れた。組み敷かれると本当に、体格差で彼の身体に溺れてしまう。精一杯その広い背中を抱きしめて、縋る。
「くるしい?」
 耳元で囁かれるそれに、首を振った。腹の中を満たされる喜びで脳が痺れているなら、それは平気なのだろう。
(あ、ああ、男なのに、つっこまれるとか……ぁ)
 交合した部分が熱くて、熱くて。その熱に冒されて、やっと、彼を受け入れてしまったことを、きちんと実感した。俺は今、この瞬間、炎弥のSub(もの)になってしまった。
「し、しあわ、せ……で」
「だから、早いって」
 炎弥が体を起こし、熱い手で俺の性器を触る。
「はぅっ」
 それは、彼の胴を両足で抱くように開脚した、自らの脚の間で、男の象徴らしくしっかりと勃起していたが、その下はどうしようもなく、自らの屈した男の性器に貫かれてしまっていて、今や、好きなように弄られる玩具でしかない。
「これから、もっと気持ちよくなる。……多分」
「うっ……んお、あっ!?」
 緩く中を突かれながら、ぐっと鈴口を指で押されて、しごかれる。たった一回で、俺は達しそうになった。ただ、それは炎弥に阻止されて、快楽の電撃は、全身に回り蓄積される。
「あッ、だ、だめっ、お、だした、」
「は、はァ、はは、まだ話せる、余裕、あるじゃん?」
 その笑顔に絶望する。どこまで我慢させるつもりだ。それに、お預けを食らっているのに、萎えるどころか爆発が溜まって、焙られるように欲求のインフレーションが起きている。
(これ、俺、イッたらどうなるの……)
 戸惑いに、思わず声を出すのを忘れた。
 そう。俺は別に尻穴が気持ちよくて、声を出していたわけじゃない。自分の絶対的な主人から、体の全てを暴かれ、最も汚らわしく柔い臓器を犯される感覚にたまらなく興奮して、よがっていただけだ。
「え? あっ、あぁあッッん」
 にも関わらず。
 ばちっと、視界に火花が散って、気がつくと叫んで、腰を揺らしていた。
「……ここ、か」
 炎弥の呟きを、叫んだ本人はぽかんと聞く。なに、今の?
「よく我慢したな」
 俺の陰茎をホールドする、彼の指の隙間から、中身のない精液がたらたらと流れて出る。
「え、え……えん、や?」
「ここから、本番だからな」
 優しき猛獣の、愛の囁き。彼の太陽のような手は、すでに愛欲に浮かれる俺から、離れている。どすり、と、腹が揺れた。
「ひゃ……あっ、、あ、ぁあーーッ!???!」
 初めての一突きで、俺のまだ何も知らない性器は、堪えることなど到底できない快感により、過剰な欲望を排出した。彼の美しい腹を、胸を、白濁で汚して、絶頂する。
 射精はいつもより長い。我慢を強いられた間、その分の精子が、止めどなく溢れてくる。
「あ、っは……あぁ……」
 それは達して、唾液を垂らしながら、厭らしく震えている間にも、その精子を垂らしていた。しんなりともたげた首を、ピクピクと震わせながら。
(な、なんで、まだ、たってるの……?)
 いつもならもう空っぽのはずの睾丸は、まだどくどくと熱を期待していた。湯だった頭で混乱していると、そこをきゅっとつままれる。
「んぅ、えんや……おれ、なんか、まだ」
「……そうだなぁ……ちょっと俺も驚いてる。哉兎の体はとことん、奉仕するのが好きみたいだ」
 ふにふに、いじられているとまた、下腹部が熱くなる。何だが嫌な予感がしたと同時に、ふっと答えが脳裏に浮かんだ。身体はわかっていたのだ。
「もう、腰辛いだろ……手で抜く?」
 また、彼の意地悪が顔を覗かせる。俺は薄ら笑った。欲に支配された真っ赤な顔は、真冬の世界の一室に、閉じ込められた春の象徴として相応しい。分かった。彼がまだ達していない。
「……中……出して」
 熱い口づけが降ってきて、熱がまた、高まっていく。


9.静けさ

 キャットウォークに面した窓が切り取った、体育館の上に広がる白い空をぼんやり眺める。陽の光は日を追って絶滅し、色彩は色褪せていく一方だ。
 凍えるような体育館で講演を聞かせるのは、学校という組織の限界だと感じる。尻と爪先と、指先が冷え切って、とても不快だ。後ろの方で、多田のこそこそした話し声が響く。
 久しぶりにその名前を脳に思い浮かべたな、と、つい数週間前のことを大昔のように捉えた。

 文化祭の後、俺と多田らの関係は自然消滅した。その代わり、立場の弱くなった俺を気遣った炎弥が、頻繁に茶道部に連れていってくれるようになり、そこの彼らと仲良くなった。
「そうか。よろしくな」
 事情を俺が話した後、茶道部部長の氷鷹先輩は、そういって手を差し出す。狼狽えながら恐る恐る握ると、しっかりと握り込まれた。
「茶の湯の席では、立場も信条も性別も、全てが無意味。平等だ。それを理解できない痴れ者は、ここにはいない。安心しろ」
 そしてばっさりそう言った。俺は初めて、文化人の尊さを知った。
 それ以来、お茶とお茶菓子を食べて、茶碗を洗う部員として茶道部に入部していた。

「そろそろお茶どう?」
「やだよ。食べるのだけしたいの」
 信号待ちをしながら炎弥は、だめかーと、何度目かの甘い返事。
 年の瀬が迫っていた。具体的に言うと、あと二週間でクリスマスだ。
「あのさ。クリスマス予定ある?」
「ん? 別にないよ。クリパ来る?」
「え、あんじゃん」
「家だもん。毎年家族でクリスマスパーティーやるから」
 つくづく遠島家はゆとりがあるというか。そういえば外国の家系だったな。
「えー……でもなぁ」
「父さんもあんなだし、母さんもずっと会いたがってるよ」
「でも、もし今後、何かあったら」
 ふわりと、炎弥の腕が後ろから胴に巻き付く。
「別れないぞ?」
「……はい」
 俺の返事を聞くとするりと離れて、横に戻った。その手が、俺の右手と絡み合う。信号は青になる。

 帰ってすぐ、 ストーブとこたつをつけた。
「まず手ぇ洗えよ。ほら先」
「ちょっとちょっとだけ」
 俺の部屋に、新たに電気ストーブがやってきた。片付けを炎弥が受け持ってくれるようになって、徐々に彼の匂いがこのアパートに染み込んできている。Domの香りがしてこそ我が巣。やっぱりDom/Subパートナーの基本は同棲だよな。
 そんな妄想をしながら、温かい紅茶を入れる。その時、ポケットの中で通知音が鳴った。見ると、兄からのチャットだ。どきりとする。
 あれから何度か連絡を取り合い、俺は何度も電話で話したいことがある、と行ったが、ウインターホリディまでに終わらせないといけないことがあるらしく、兄から色よい返事が貰えない。あの文化祭の日、どうして直接言わなかったのかと、酷く後悔した。そして結局、Domのパートナーができた、と文面で伝えることになってしまった。
 しばらくして返事は、分かった、とだけ来た。それ以来、他愛ない連絡も、Playの誘いも来ない。ずっともやもやした気持ちを抱えて、十二月を迎えてしまった。
(初めての返事……早く見なきゃ)
 急いでチャットを開く。
「いっぱい連絡してくれてたのに、ごめんな! ちょっと忙しくて返事できなかった。今日ようやく一段落してさ。
今度、二人で話したい。日本で連れていきたい所もあるから、帰国したら会おう」
 日付は数日後だ。突然で驚いたが、急いで返事する。
「忙しかったんだね。こちらこそ、大切なことを直接言えなくて、ごめんなさい。俺も兄ちゃんと話したいことが、もっと沢山あるから」
 送信して、息を吐いた。
「どうした?」
 振り返ると、お菓子を片手にした炎弥が立っていた。
「ちょっと返信してた。あ、渋くなったかな?」
「いや、ちょうどいいだろ」
 二人でこたつに入って、紅茶(俺はミルクティー)とお菓子。贅沢な高校生である。
「おー。なんか旨い気がする」
 勿論、紅茶は遠島家の貰い物だ。一人暮らしの男子高校生の家に、そんな繊細な物はない。
「さっきさ、兄貴から連絡あった」
「マジ? なんて?」
「日本帰ってくるから、会って話そうって」
「そっ、か」
「……大丈夫だって。未練はない。もう後は話すだけだから」
 甘いミルクティーを啜る。
「うん……俺もついていこうか?」
「え? いや、いいよ。悪いし」
「ちげぇよ。危なくないかって。お前が未練なくても、相手は分からねえぞ」
「……そんな、兄貴みたいな引く手数多なDomが、俺なんかに執着しないよ。義務だと思ってやっててくれただけだから。ほんと」
 しょっぱい帆立のお菓子を口に放り込む。
「それに何か店? で会うみたいだし。やばくなったらすぐ連絡するから」
「……じゃあ、まあ、分かった」
 炎弥には、あれだけのごたごたに巻き込んでしまった前科がある。せめて最後の落とし前ぐらいは、自分でつけよう。
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