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【ウサギ好きな少年】
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【★7000文字程度の短編感覚でお読みください★】
「ヨハン! 遅くなってごめんね……」
そう言って手にしていたカゴを下ろしたのは、肩ほどの長さの淡いキャメルブラウン色の髪をしたレニーという少女だ。
そのカゴの中には、色々な不揃いな野菜が入っている。
「いや。僕も来てそんなに経っていないから」
やや申し訳なさそうに謝罪してきた少女に優しい笑みで返すのは、ヨハンと呼ばれた少年だ。
朝焼けのような金とオレンジがかったフワフワの癖毛にエメラルド色の瞳をしたヨハンは、平民にしておくには勿体ないくらい整った顔立ちをしている。
ただその煌びやかな外見とは違い、穏やかで落ち着いた雰囲気をまとう少年だ。
二人とも年の頃は15~16歳といったところだろう。
レニーはヨハンの隣に寄り添うように腰を下ろし、足元をピョンピョン跳ねているウサギ達にカゴの中の野菜を与え出す。
その野菜にウサギ達が一斉に群がった。
「実はリレットさんに『余ってる野菜がたくさんあるから、どうぞ』って言われて、ちょっと寄り道してたの」
「ああ、それで今日は来るのが少し遅かったんだね?」
「もしかして、もう小屋の掃除は終わってしまった?」
「うん。でも今日はそんなに汚れていなかったから、一人でも十分だったよ。だからレニーもそんなに気にしないで?」
「本当にごめんね……。でもたまにはこの子達に草だけじゃなくて、野菜も食べさせてあげたくて……」
「今年はリレットさん家の畑、豊作だったみたいだね」
「うん! だから余った野菜、こんなに譲ってもらっちゃった!」
そう言ってレニーが、カゴいっぱいに入った歪な形の野菜を見せる。
「レニー、そんなにたくさん持ってきて重くなかった?」
「平気! いつも家の手伝いで、もっと重い物を運んでいるから!」
レニーの家は、この村唯一の小さな雑貨屋で彼女はそこの長女だ。
対するヨハンは、この村唯一の食堂の次男坊である。
その関係でヨハンの食堂で使う食材や調味料等をよくレニーの家から卸して貰っているので、二人は物心がつく前からの幼馴染だ。
「それにしても……最近はすっかりウサギの世話をするのが僕達だけになってしまったね」
「うーん。前はフェリシアと、それにくっ付いてアッシュも手伝ってくれていたけれど……。結婚してからは二人共忙しいみたいで来れないって言われちゃったしね。仕方ないよ」
「忙しいって……何に忙しいんだか」
「それを新婚さんに聞くのは野暮だと思うよ?」
「確かに」
そう言いながら、ヨハンが足元でチョコチョコ動いている白いウサギを撫でた。
ここにいるウサギ達は、昔この村の子供達が怪我をしたウサギを裏山で保護して、飼い始めたのだが……。何年か経つにつれてどんどん子孫を繁栄させていき、現在は12匹ほどに増えてしまっている。
それとは逆に面倒を見ていた子供達の人数は、飽きが来たのかどんどん減って行ってしまい、今現在ではヨハンとレニーが主に世話をしているという状態だ。
「保護し始めた頃は、私達の世代の子がほぼ全員で面倒みていたんだけどね……」
「子供って飽きるのが早いから仕方ないよ」
「そういうヨハンだって当時は子供だったでしょ?」
「僕はウサギは可愛くて大好きだから、成長しても飽きたりはしないよ?」
「私も! このフワフワな毛並みを撫でていると、すっごく癒されるよね?」
モフモフしたウサギの毛を撫でるのが大好きなレニーは、ニコニコしながらヨハンに同意を求める。
しかし、当のヨハンは何故かジッとレニーの瞳を見つめ返してきた。
「そうだね。物凄く癒されるよね……」
そう呟いたヨハンは、何故かウサギではなくレニーの頭に手を伸ばし、優しく撫で始めた。そして最近よく見せる途方もないくらい甘さを含んだ笑みを浮かべる。
そのヨハンの接し方にここ最近のレニーはかなり戸惑ってしまい、そして酷く緊張してしまうのだ……。
「ヨ、ヨハン? 私を撫でても仕方ないと思うのだけれど……」
「そうかな? レニーはウサギっぽいから同じ癒し効果が得られると思ったのだけれど」
しれっとしながらそう言ってきたヨハンは、先程の甘い笑みを維持したまま小首を傾げてレニーの顔を覗き込んでくる。
ここ最近のヨハンは、何故か無駄にこういった甘い雰囲気を作ろうとしてきて、レニーはどう対応していいか分からない……。
レニーにとってヨハンは、物心付く前から一緒にいる一番の親友だ。
しかし最近は、どうも友情という感情とは別の気持ちを自分は感じてしまっているような気がする。
それがどんな感情か知りたいという思いを抱きつつも、その感情を知ってしまえば、今までのヨハンとの関係がガラリと変わってしまうかもしれないという怖さもあって、知りたくないという気持ちにもなってしまう。
だが今は、最近頻繁にヨハンによって作られるこの甘い雰囲気を何とか打破しなければと思い、レニーは敢えて子供っぽい返答をしてみた。
「で、でも! 私はウサギみたいにフワフワじゃないよ?」
「確かにレニーはフワフワではないけれど、僕と違って柔らかくて抱き心地が良さそうだよね? そういう意味では、ウサギとよく似ていると思うな」
いつもなら苦笑して、レニーの放ったその子供っぽい返答に流されてくれていたヨハンなのだが……。
どうやら今日は、この甘い雰囲気を貫く事に一切妥協するつもりはない様子だ。
その為、完全に逃げ道を絶たれてしまったレニーは、ますますヨハンとどう向き合っていいのか分からなくなり、顔を赤らめてアワアワし出しす。
そんなレニーに甘い笑みを浮かべながらその頭を撫でていたヨハンだが、今度はその撫でていた手をゆっくりとレニーの頬に滑らせた。
「僕はさっき『ウサギは可愛くて大好き』と言ったけれど――――」
そのヨハンの動きにレニーが、ビクリと体を強張らせる。
「それならば、ウサギとよく似ているレニーに対しては、どういう感情を抱いていると思う?」
まるで言い聞かせるようにヨハンは甘い笑みを浮かべながら、頬に添えていた手でレニーの輪郭をなぞる。
ヨハンは知っているのだ。
レニーは絶対に自分を拒んだりしないという事を。
しかし同時に自分を受け入れる事への不安もレニーが少し抱いてしまっている事にも気づいているはずだ。
だからここ最近のヨハンは、今のようにあまり深くそれを求めてこなかった。
レニーが戸惑う素振りを見せると、苦笑しながらいつも通りの接し方に戻ってくれていたのだから。
だが今日に関しては、一切妥協はしない姿勢のようだ……。
レニーの中ではヨハンを受け入れたい気持ちと、それによってヨハンとは今までと違った関係になってしまうのではという不安で葛藤している。
そのレニーの心境を読み取るようにヨハンの手が顎に掛けられる。
「レニー、ごめんね? 僕はもう君との関係が『幼馴染』という枠組みでは満足出来ないんだ……」
そう言ってゆっくりとレニーの顎を持ち上げ、自分の方に向けさせる。
レニーの方も茫然とした表情を浮かべつつも全く抵抗するという考えが生まれなかった。
それでも内心ではヨハンを受け入れたいという気持ちと、受け入れてしまった後の自分達の関係の変化への不安がせめぎ合っていた。
それを察しているのか、まるで安心させるようにヨハンが顔を近づけてくる。
しかし――――。
それは究極に空気を読まない第一声が聞こえた事で、二人の唇が触れあう一歩手前で動きが止まった。
「うおっ! こいつら、まだ生き残ってたのか!?」
「何、その無責任な言い草!」
その声は二人がいるウサギ小屋の裏側から放たれ、見事に甘い空気を粉々にぶち壊した。
聞こえて来たのは村長の次男リクスと、その幼馴染のエナの声だ。
その瞬間、レニーは一瞬で顔を真っ赤にさせる。
逆にヨハンは眉間にシワを寄せ、声のした方向を睨みつけた。
そしてレニーには、ヨハンが舌打ちしたような音も聞こえた。
すると邪魔者二人が、居座るようにそこで会話を始めてしまう。
「リクス、最初にこの子達を保護しただけで、後は一切面倒みてなかったでしょ……」
「お前だって、最初だけしかウサギの面倒みてなかっただろ!?」
「私はちゃんと見てましたぁー。リクスとは違いますぅー」
「じゃあ、どのくらいの頻度で世話してたんだよ?」
「えっと……。一カ月に1~2回くらい?」
「それ、ほぼほぼしてねぇーだろーがっ!!」
「でも最初しかお世話しなかったリクスよりマシだもん!」
「大体、こいつらの世話、今誰がやってんだ?」
「えっと、一番面倒みてくれてるのはレニーとヨハンかな? ちなみに少し前まではアッシュとフェリシアも面倒見てくれてたよ?」
「今は?」
「今は……ほら、結婚して二人共忙しいみたいだし」
「これだから色ボケの新婚は!!」
「リクス……それ独り身の人間の僻みにしか聞こえないよ?」
「ほっとけ!」
当時、初代の保護したウサギの面倒を見るという話が上がった際、その初期メンバーにリクスとエナの姿もあった。
しかし……初めは10人くらいで世話をしていた当時の子供達も飽きがきたのか、段々と人数が減ってしまったのだ。
その最初の方で脱落していった子供の中にリクスがいる……。
だがそんな無責任な子供だったリクスは、更に爆弾を投下した。
「それにしても……レニーはともかく、よくヨハンは脱落しないで面倒見ているよな……」
「どういう事?」
「だってアイツ、生き物の世話するの基本的に嫌がってただろ?」
その言葉を聞いた瞬間、レニーがヨハンを凝視した。
同時にヨハンが、はっきりと聞こえる音で舌打ちする。
「ええ!? で、でも、ヨハン一番ウサギ達の面倒見てくれているよ!?」
「マジで? だってアイツ、俺らがこいつら保護して飼おうって言い出した時、最後まで反対してたじゃねーか」
「そ、そうだっけ?」
「お前覚えていないのかよ!? あいつ、変な所で頭固くて『野生の動物を保護するのはどうかと思う』とか『大した責任も持っていないくせに他の生き物の命を管理するなんて無責任じゃない?』とか、小難しい事言って、コール達と揉めてただろ!?」
「それ、私知らない……。その時、フェリシアと一緒にウサギ撫でてて聞いてなかったかも」
「お前なぁ……。その時、俺があいつらの仲裁役にされて大変だったんだぞ?」
「あー……。そういえばリクス、その時なんか一生懸命、皆を宥めてたね?」
「『たね?』じゃねーよっ! 俺だってウサギ撫でたかったのに!!」
「じゃあ、今いっぱい撫でたら? ほら、数増えたから好きなだけウサギ撫でられるよ?」
「今はそこまで、こいつらに興味はない!」
「なら文句言わないでよ!」
二人の会話を聞いたレニーは、更にヨハンを見つめた。
するとヨハンは気まずそうな表情をして、フイっと顔をそむけてしまう。
そんなヨハンに追い打ちを掛けるようにリクスとエナの会話は、まだまだ続く。
「でもそれなら、ヨハンはどうして急に世話をし出したのかな?」
「知らねぇーよ。でも急にウサギの事、可愛がり始めたんだよな……。それで一時期コール達に文句言われて、また揉めてた気がする……。あっ、でもそのぐらいの頃にレニーがウサギ小屋メンバーに参加し始めたんじゃなかったか?」
「ああ! なるほど!」
「偉そうな事言ってた癖にヨハンって、現金な奴だよなー」
「確かに!」
その二人の会話を聞いた瞬間、ヨハンがスッと立ち上がった。
「ヨ、ヨハン……?」
小声でレニーが恐る恐る声を掛けると、ヨハンは極上の笑みを向けてきた。
しかし、その目は……一切笑っていない。
そしてそのままヨハンは、ウサギ小屋の裏手に向って、ゆっくりと歩き出す。
「あれ、絶対にレニーにいい顔したかっただけだろーな!」
「そうそう! だってヨハンがコールといっつもケンカしてたのって、昔コールがレニーの事を好きだったからでしょ?」
「あれ、どう見てもウサギの取り合いじゃなくて、実際はレニーの取り合いだろ? なーにがウサギが好きだよ! 笑わせんなって!」
「でもさ、レニーも小さくてクリっとした目だから、ウサギっぽくない? だからある意味、二人はウサギの取り合いを――――」
ケタケタ笑いながら、そう話していた二人だが……
何故かエナが急に口を噤んだので、リクスが怪訝そうな表情を浮かべる。
「エナ? 何だよ?」
「えっと……あのぉ……」
その様子にリクスが更に怪訝そうな表情を深めると、いきなり後ろから誰かにガッと髪を掴まれた。
「っ……! 痛ってぇぇぇぇぇー!! 誰だよっ!?」
それを振り払うためにその手を掴み返そうと振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたヨハンがいた。
だが――――目は一切笑っていない……。
その瞬間、リクスの顔色が一気に青くなる……。
「お、おう! ヨハン。こんな所でどうした?」
口元を引きつらせながら、当たり障りのない言葉を掛けると、更に笑みを深めたヨハンはリクスの髪を掴む手を強めた。
「ちょっ……待てっ! マジで痛ぇからっ!! と、頭皮がズル剥けるっ!!」
もがき苦しむリクスに対して、ギリギリとゆっくり力を込めてリクスの髪をいたぶっていたヨハンが、物凄くいい笑顔のまま穏やかな口調で一言告げる。
「リクス……人の告白場面を台無しにするのは、これで何度目?」
恐らくアッシュから以前リクスがやらかした事を愚痴られた事があるのだろう……。
口調は穏やかだが、一切笑っていない目をしたまま、ヨハンはじんわりとリクスの髪を掴む手に力を込めていく。
「な、何の事だよ!? 俺別に何もしてな――――っ!」
若干涙目になりつつ、エナの方に視線を向けると、何故かエナが静かに瞳を閉じて、フルフルと左右に首を振った。
それは無言で「またこのパターンだから諦めた方がいい」と言っているような表情だった……。
その様子からまたしても『口は災いの元』をやらかした事にリクスが気づく。
「ええと……。もしかして、今レニーも一緒だった……?」
「うん」
「もしかして……もの凄くいい雰囲気だった……?」
「ものすっごく、いい雰囲気だった」
「な、何か……その、ごめん……な?」
「ごめんかぁ……」
しかし次の瞬間、ヨハンはサッと笑顔を消しさり無表情となる。
「ごめんで済んだら……こんなに怒りは湧いて来ないよねっ!?」
「いっだだだだだだ……っ!! ちょっ……死ぬっ!! マジで毛根が死滅するぅぅぅぅー!!」
目の前で断末魔のような叫び声をあげているリクスから、エナはそっと目を逸らす。そんなエナに必死で助けを求めたリクスだが、それは静かに拒絶された……。
――――翌日。
例のウサギ小屋では、リクスとエナが一生懸命ウサギ達の世話をする姿が二週間程、目撃された。
「何で私まで……」
「言っておくが、今回は確実にお前も同罪だからなっ! しかも俺の事、見捨てやがって!!」
「だってヨハン、静かに怒るから怖いんだもん……」
「つか俺、あの時、本当に毛根死滅するかと思ったわ……」
「そのまま禿げちゃえば良かったのに……」
「縁起でもない事言うなよっ!!」
対してヨハンの方は無事にレニーへの思いが成就し、上手くまとまった。
現状はリクスとエナにウサギ達の世話をさせているので、二週間は心置きなくレニーとの甘い時間を過ごせるので大満足の様子だ。
しかしレニーの方はヨハンの新たな一面を垣間見てしまい、少々戸惑っていた。
どうやらヨハンは、自分以外の人間にはかなり容赦がないらしい……。
同時にリクスの毛根は大丈夫だったか、少し心配にもなる。
そんな事を軽く口にすると、今まで以上に甘い笑みを浮かべているヨハンが、レニーを安心させるように一言告げる。
「大丈夫だよ? 抜けても数十本くらいだったから」
そう言って、ヨハンは愛おし気に握っていたレニーの手を優しく撫でた。
その行動は大変甘いものだが、発している言葉は物騒極まりない内容だったので、レニーはますますリクスの毛根が心配になってしまったらしい……。
ちなみに例のウサギ達の世話に関しては、これが切っ掛けで『好きな相手と二人きりで、一緒にウサギの世話をし続けると両想いになれる』という迷信が少女達の間で生まれ、密かに大人気となったそうだ。
「ヨハン! 遅くなってごめんね……」
そう言って手にしていたカゴを下ろしたのは、肩ほどの長さの淡いキャメルブラウン色の髪をしたレニーという少女だ。
そのカゴの中には、色々な不揃いな野菜が入っている。
「いや。僕も来てそんなに経っていないから」
やや申し訳なさそうに謝罪してきた少女に優しい笑みで返すのは、ヨハンと呼ばれた少年だ。
朝焼けのような金とオレンジがかったフワフワの癖毛にエメラルド色の瞳をしたヨハンは、平民にしておくには勿体ないくらい整った顔立ちをしている。
ただその煌びやかな外見とは違い、穏やかで落ち着いた雰囲気をまとう少年だ。
二人とも年の頃は15~16歳といったところだろう。
レニーはヨハンの隣に寄り添うように腰を下ろし、足元をピョンピョン跳ねているウサギ達にカゴの中の野菜を与え出す。
その野菜にウサギ達が一斉に群がった。
「実はリレットさんに『余ってる野菜がたくさんあるから、どうぞ』って言われて、ちょっと寄り道してたの」
「ああ、それで今日は来るのが少し遅かったんだね?」
「もしかして、もう小屋の掃除は終わってしまった?」
「うん。でも今日はそんなに汚れていなかったから、一人でも十分だったよ。だからレニーもそんなに気にしないで?」
「本当にごめんね……。でもたまにはこの子達に草だけじゃなくて、野菜も食べさせてあげたくて……」
「今年はリレットさん家の畑、豊作だったみたいだね」
「うん! だから余った野菜、こんなに譲ってもらっちゃった!」
そう言ってレニーが、カゴいっぱいに入った歪な形の野菜を見せる。
「レニー、そんなにたくさん持ってきて重くなかった?」
「平気! いつも家の手伝いで、もっと重い物を運んでいるから!」
レニーの家は、この村唯一の小さな雑貨屋で彼女はそこの長女だ。
対するヨハンは、この村唯一の食堂の次男坊である。
その関係でヨハンの食堂で使う食材や調味料等をよくレニーの家から卸して貰っているので、二人は物心がつく前からの幼馴染だ。
「それにしても……最近はすっかりウサギの世話をするのが僕達だけになってしまったね」
「うーん。前はフェリシアと、それにくっ付いてアッシュも手伝ってくれていたけれど……。結婚してからは二人共忙しいみたいで来れないって言われちゃったしね。仕方ないよ」
「忙しいって……何に忙しいんだか」
「それを新婚さんに聞くのは野暮だと思うよ?」
「確かに」
そう言いながら、ヨハンが足元でチョコチョコ動いている白いウサギを撫でた。
ここにいるウサギ達は、昔この村の子供達が怪我をしたウサギを裏山で保護して、飼い始めたのだが……。何年か経つにつれてどんどん子孫を繁栄させていき、現在は12匹ほどに増えてしまっている。
それとは逆に面倒を見ていた子供達の人数は、飽きが来たのかどんどん減って行ってしまい、今現在ではヨハンとレニーが主に世話をしているという状態だ。
「保護し始めた頃は、私達の世代の子がほぼ全員で面倒みていたんだけどね……」
「子供って飽きるのが早いから仕方ないよ」
「そういうヨハンだって当時は子供だったでしょ?」
「僕はウサギは可愛くて大好きだから、成長しても飽きたりはしないよ?」
「私も! このフワフワな毛並みを撫でていると、すっごく癒されるよね?」
モフモフしたウサギの毛を撫でるのが大好きなレニーは、ニコニコしながらヨハンに同意を求める。
しかし、当のヨハンは何故かジッとレニーの瞳を見つめ返してきた。
「そうだね。物凄く癒されるよね……」
そう呟いたヨハンは、何故かウサギではなくレニーの頭に手を伸ばし、優しく撫で始めた。そして最近よく見せる途方もないくらい甘さを含んだ笑みを浮かべる。
そのヨハンの接し方にここ最近のレニーはかなり戸惑ってしまい、そして酷く緊張してしまうのだ……。
「ヨ、ヨハン? 私を撫でても仕方ないと思うのだけれど……」
「そうかな? レニーはウサギっぽいから同じ癒し効果が得られると思ったのだけれど」
しれっとしながらそう言ってきたヨハンは、先程の甘い笑みを維持したまま小首を傾げてレニーの顔を覗き込んでくる。
ここ最近のヨハンは、何故か無駄にこういった甘い雰囲気を作ろうとしてきて、レニーはどう対応していいか分からない……。
レニーにとってヨハンは、物心付く前から一緒にいる一番の親友だ。
しかし最近は、どうも友情という感情とは別の気持ちを自分は感じてしまっているような気がする。
それがどんな感情か知りたいという思いを抱きつつも、その感情を知ってしまえば、今までのヨハンとの関係がガラリと変わってしまうかもしれないという怖さもあって、知りたくないという気持ちにもなってしまう。
だが今は、最近頻繁にヨハンによって作られるこの甘い雰囲気を何とか打破しなければと思い、レニーは敢えて子供っぽい返答をしてみた。
「で、でも! 私はウサギみたいにフワフワじゃないよ?」
「確かにレニーはフワフワではないけれど、僕と違って柔らかくて抱き心地が良さそうだよね? そういう意味では、ウサギとよく似ていると思うな」
いつもなら苦笑して、レニーの放ったその子供っぽい返答に流されてくれていたヨハンなのだが……。
どうやら今日は、この甘い雰囲気を貫く事に一切妥協するつもりはない様子だ。
その為、完全に逃げ道を絶たれてしまったレニーは、ますますヨハンとどう向き合っていいのか分からなくなり、顔を赤らめてアワアワし出しす。
そんなレニーに甘い笑みを浮かべながらその頭を撫でていたヨハンだが、今度はその撫でていた手をゆっくりとレニーの頬に滑らせた。
「僕はさっき『ウサギは可愛くて大好き』と言ったけれど――――」
そのヨハンの動きにレニーが、ビクリと体を強張らせる。
「それならば、ウサギとよく似ているレニーに対しては、どういう感情を抱いていると思う?」
まるで言い聞かせるようにヨハンは甘い笑みを浮かべながら、頬に添えていた手でレニーの輪郭をなぞる。
ヨハンは知っているのだ。
レニーは絶対に自分を拒んだりしないという事を。
しかし同時に自分を受け入れる事への不安もレニーが少し抱いてしまっている事にも気づいているはずだ。
だからここ最近のヨハンは、今のようにあまり深くそれを求めてこなかった。
レニーが戸惑う素振りを見せると、苦笑しながらいつも通りの接し方に戻ってくれていたのだから。
だが今日に関しては、一切妥協はしない姿勢のようだ……。
レニーの中ではヨハンを受け入れたい気持ちと、それによってヨハンとは今までと違った関係になってしまうのではという不安で葛藤している。
そのレニーの心境を読み取るようにヨハンの手が顎に掛けられる。
「レニー、ごめんね? 僕はもう君との関係が『幼馴染』という枠組みでは満足出来ないんだ……」
そう言ってゆっくりとレニーの顎を持ち上げ、自分の方に向けさせる。
レニーの方も茫然とした表情を浮かべつつも全く抵抗するという考えが生まれなかった。
それでも内心ではヨハンを受け入れたいという気持ちと、受け入れてしまった後の自分達の関係の変化への不安がせめぎ合っていた。
それを察しているのか、まるで安心させるようにヨハンが顔を近づけてくる。
しかし――――。
それは究極に空気を読まない第一声が聞こえた事で、二人の唇が触れあう一歩手前で動きが止まった。
「うおっ! こいつら、まだ生き残ってたのか!?」
「何、その無責任な言い草!」
その声は二人がいるウサギ小屋の裏側から放たれ、見事に甘い空気を粉々にぶち壊した。
聞こえて来たのは村長の次男リクスと、その幼馴染のエナの声だ。
その瞬間、レニーは一瞬で顔を真っ赤にさせる。
逆にヨハンは眉間にシワを寄せ、声のした方向を睨みつけた。
そしてレニーには、ヨハンが舌打ちしたような音も聞こえた。
すると邪魔者二人が、居座るようにそこで会話を始めてしまう。
「リクス、最初にこの子達を保護しただけで、後は一切面倒みてなかったでしょ……」
「お前だって、最初だけしかウサギの面倒みてなかっただろ!?」
「私はちゃんと見てましたぁー。リクスとは違いますぅー」
「じゃあ、どのくらいの頻度で世話してたんだよ?」
「えっと……。一カ月に1~2回くらい?」
「それ、ほぼほぼしてねぇーだろーがっ!!」
「でも最初しかお世話しなかったリクスよりマシだもん!」
「大体、こいつらの世話、今誰がやってんだ?」
「えっと、一番面倒みてくれてるのはレニーとヨハンかな? ちなみに少し前まではアッシュとフェリシアも面倒見てくれてたよ?」
「今は?」
「今は……ほら、結婚して二人共忙しいみたいだし」
「これだから色ボケの新婚は!!」
「リクス……それ独り身の人間の僻みにしか聞こえないよ?」
「ほっとけ!」
当時、初代の保護したウサギの面倒を見るという話が上がった際、その初期メンバーにリクスとエナの姿もあった。
しかし……初めは10人くらいで世話をしていた当時の子供達も飽きがきたのか、段々と人数が減ってしまったのだ。
その最初の方で脱落していった子供の中にリクスがいる……。
だがそんな無責任な子供だったリクスは、更に爆弾を投下した。
「それにしても……レニーはともかく、よくヨハンは脱落しないで面倒見ているよな……」
「どういう事?」
「だってアイツ、生き物の世話するの基本的に嫌がってただろ?」
その言葉を聞いた瞬間、レニーがヨハンを凝視した。
同時にヨハンが、はっきりと聞こえる音で舌打ちする。
「ええ!? で、でも、ヨハン一番ウサギ達の面倒見てくれているよ!?」
「マジで? だってアイツ、俺らがこいつら保護して飼おうって言い出した時、最後まで反対してたじゃねーか」
「そ、そうだっけ?」
「お前覚えていないのかよ!? あいつ、変な所で頭固くて『野生の動物を保護するのはどうかと思う』とか『大した責任も持っていないくせに他の生き物の命を管理するなんて無責任じゃない?』とか、小難しい事言って、コール達と揉めてただろ!?」
「それ、私知らない……。その時、フェリシアと一緒にウサギ撫でてて聞いてなかったかも」
「お前なぁ……。その時、俺があいつらの仲裁役にされて大変だったんだぞ?」
「あー……。そういえばリクス、その時なんか一生懸命、皆を宥めてたね?」
「『たね?』じゃねーよっ! 俺だってウサギ撫でたかったのに!!」
「じゃあ、今いっぱい撫でたら? ほら、数増えたから好きなだけウサギ撫でられるよ?」
「今はそこまで、こいつらに興味はない!」
「なら文句言わないでよ!」
二人の会話を聞いたレニーは、更にヨハンを見つめた。
するとヨハンは気まずそうな表情をして、フイっと顔をそむけてしまう。
そんなヨハンに追い打ちを掛けるようにリクスとエナの会話は、まだまだ続く。
「でもそれなら、ヨハンはどうして急に世話をし出したのかな?」
「知らねぇーよ。でも急にウサギの事、可愛がり始めたんだよな……。それで一時期コール達に文句言われて、また揉めてた気がする……。あっ、でもそのぐらいの頃にレニーがウサギ小屋メンバーに参加し始めたんじゃなかったか?」
「ああ! なるほど!」
「偉そうな事言ってた癖にヨハンって、現金な奴だよなー」
「確かに!」
その二人の会話を聞いた瞬間、ヨハンがスッと立ち上がった。
「ヨ、ヨハン……?」
小声でレニーが恐る恐る声を掛けると、ヨハンは極上の笑みを向けてきた。
しかし、その目は……一切笑っていない。
そしてそのままヨハンは、ウサギ小屋の裏手に向って、ゆっくりと歩き出す。
「あれ、絶対にレニーにいい顔したかっただけだろーな!」
「そうそう! だってヨハンがコールといっつもケンカしてたのって、昔コールがレニーの事を好きだったからでしょ?」
「あれ、どう見てもウサギの取り合いじゃなくて、実際はレニーの取り合いだろ? なーにがウサギが好きだよ! 笑わせんなって!」
「でもさ、レニーも小さくてクリっとした目だから、ウサギっぽくない? だからある意味、二人はウサギの取り合いを――――」
ケタケタ笑いながら、そう話していた二人だが……
何故かエナが急に口を噤んだので、リクスが怪訝そうな表情を浮かべる。
「エナ? 何だよ?」
「えっと……あのぉ……」
その様子にリクスが更に怪訝そうな表情を深めると、いきなり後ろから誰かにガッと髪を掴まれた。
「っ……! 痛ってぇぇぇぇぇー!! 誰だよっ!?」
それを振り払うためにその手を掴み返そうと振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたヨハンがいた。
だが――――目は一切笑っていない……。
その瞬間、リクスの顔色が一気に青くなる……。
「お、おう! ヨハン。こんな所でどうした?」
口元を引きつらせながら、当たり障りのない言葉を掛けると、更に笑みを深めたヨハンはリクスの髪を掴む手を強めた。
「ちょっ……待てっ! マジで痛ぇからっ!! と、頭皮がズル剥けるっ!!」
もがき苦しむリクスに対して、ギリギリとゆっくり力を込めてリクスの髪をいたぶっていたヨハンが、物凄くいい笑顔のまま穏やかな口調で一言告げる。
「リクス……人の告白場面を台無しにするのは、これで何度目?」
恐らくアッシュから以前リクスがやらかした事を愚痴られた事があるのだろう……。
口調は穏やかだが、一切笑っていない目をしたまま、ヨハンはじんわりとリクスの髪を掴む手に力を込めていく。
「な、何の事だよ!? 俺別に何もしてな――――っ!」
若干涙目になりつつ、エナの方に視線を向けると、何故かエナが静かに瞳を閉じて、フルフルと左右に首を振った。
それは無言で「またこのパターンだから諦めた方がいい」と言っているような表情だった……。
その様子からまたしても『口は災いの元』をやらかした事にリクスが気づく。
「ええと……。もしかして、今レニーも一緒だった……?」
「うん」
「もしかして……もの凄くいい雰囲気だった……?」
「ものすっごく、いい雰囲気だった」
「な、何か……その、ごめん……な?」
「ごめんかぁ……」
しかし次の瞬間、ヨハンはサッと笑顔を消しさり無表情となる。
「ごめんで済んだら……こんなに怒りは湧いて来ないよねっ!?」
「いっだだだだだだ……っ!! ちょっ……死ぬっ!! マジで毛根が死滅するぅぅぅぅー!!」
目の前で断末魔のような叫び声をあげているリクスから、エナはそっと目を逸らす。そんなエナに必死で助けを求めたリクスだが、それは静かに拒絶された……。
――――翌日。
例のウサギ小屋では、リクスとエナが一生懸命ウサギ達の世話をする姿が二週間程、目撃された。
「何で私まで……」
「言っておくが、今回は確実にお前も同罪だからなっ! しかも俺の事、見捨てやがって!!」
「だってヨハン、静かに怒るから怖いんだもん……」
「つか俺、あの時、本当に毛根死滅するかと思ったわ……」
「そのまま禿げちゃえば良かったのに……」
「縁起でもない事言うなよっ!!」
対してヨハンの方は無事にレニーへの思いが成就し、上手くまとまった。
現状はリクスとエナにウサギ達の世話をさせているので、二週間は心置きなくレニーとの甘い時間を過ごせるので大満足の様子だ。
しかしレニーの方はヨハンの新たな一面を垣間見てしまい、少々戸惑っていた。
どうやらヨハンは、自分以外の人間にはかなり容赦がないらしい……。
同時にリクスの毛根は大丈夫だったか、少し心配にもなる。
そんな事を軽く口にすると、今まで以上に甘い笑みを浮かべているヨハンが、レニーを安心させるように一言告げる。
「大丈夫だよ? 抜けても数十本くらいだったから」
そう言って、ヨハンは愛おし気に握っていたレニーの手を優しく撫でた。
その行動は大変甘いものだが、発している言葉は物騒極まりない内容だったので、レニーはますますリクスの毛根が心配になってしまったらしい……。
ちなみに例のウサギ達の世話に関しては、これが切っ掛けで『好きな相手と二人きりで、一緒にウサギの世話をし続けると両想いになれる』という迷信が少女達の間で生まれ、密かに大人気となったそうだ。
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