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【番外編】
父となった元殿下と息子(前編)
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――――――――◆◇◆――――――――――
父親となった32歳のユリオプスと13歳の息子のお話になります。
※妻のセレティーナは出てきません。
―――――――――――――――――――――
三時間程前まで机の上に山積みになっていた公務書類をあらかた片づけた若き国王は、気だるそうな様子で両手をあげて背中を反らしながら、凝り固まった体をほぐしだす。
二年前に三十路となった際、父王より王位を受け継いだユリオプスだ。
現在32歳だが、どう見ても二十代後半にしか見えない。
幼少期から人目を惹く透き通るようなサラサラのプラチナブロンドに濃いエメラルドの瞳が、今でもユリオプスの端整で美しい顔立ちを引き立てている。
しかも中年期に差し掛かっているというのに体質的に体毛が薄い為、髭などもあまり生えず、容姿だけは美青年の領域に留まっていた。
その為、未だに愛人を狙う令嬢や貴婦人達に言い寄られる事があるが、妻セレティーナに盲目的な執着愛を未だに抱き続けている為、以前犯してしまった黒歴史の際に国外追放した男爵令嬢を断罪した時のように、そういった女性は自分の周りから徹底的に排除していた。
しかし、十代の頃に時折見せていた野心的な光をギラギラ宿していたエメラルドの瞳はやや衰え、現在は憂いを感じさせる繊細な雰囲気を醸し出している。
だが、これはけしてユリオプス自身が繊細な人間に変わったと言う訳ではない。
内面的には、現在のユリオプスは相変わらずの抜け目のない性格で、その天から授かった端整な容姿を大いに利用し、大天使のような穏やかさをまといながら眩い雰囲気を悪用するかのごとく、周囲を自分の思い通りに動かそうとする狡猾さは未だに健在だ。
だが、今現在は十代の頃の若さゆえの強気な姿勢は見受けられない。
セレティーナと結ばれてからは、実父である前国王に義父で宰相でもあるフェンネル、そして叔父で公爵でもあるセルノプスより『公務の押し付け』という制裁を受けすぎたユリオプスは、悟りを開く領域にまで達し、無心で黙々と公務をこなす事へ方向転換していた。
要するに国内三大トップ達相手に一人で歯向かう事が無駄だと気付き、同時に虚勢を張る事に疲れてしまったのだ……。
本来、合理的な思考のユリオプスにしては、何とも間抜けな虚勢の張り方を長い間、無駄にしていた事になるのだが、その分公務処理スピードが上がり、国民からの支持率が上がったので、今では無駄ではないと自身に言い聞かせている。
だが、そこまでの考えに達するまでは息子が生れてから6年も掛かったので、婚約時代に4年間セレティーナと引き離されていた恨みは相当根深かった。
そんなユリオプスの考えを改めさせたのが、すくすくと育つ長男が時折見せ始めた可愛い容姿をフル活用したあざとさだった。
顔の作りは幼少期のユリオプスそっくりな長男だが、髪や瞳の色合いと時折見せるちょっとした表情は、セレティーナにそっくりだったりする。
そんな長男におねだり攻撃をされると、毎回ユリオプスは屈してしまう事が多かった。
だが、初めは子供特有の甘えかと思っていたユリオプスだったが、どうも6歳頃からは明らかに母セレティーナの表情を真似してのおねだり攻撃だと、ユリオプスが気付き始める。
そしてその状況を確信した際、ユリオプスは盛大に落胆した。
同時に自分の血が長男に濃く受け継がれている恐ろしさも実感する。
親となって息子のあざとさを目の当たりにした際、今までの狡猾すぎた自身の人間性にやっと気付き、息子の教育上良くないと考えを改めたのだ。
以来、ユリオプスは以前頻繁に繰り出していた恵まれた容姿を全面的に利用して相手を頷かせると言うあざとい小技は、子供達の前では行わないよう心掛けていた。
そんなユリオプスは、現在二男一女の父である。
長男は今年13歳となり近々、立太子の儀を控えている第一王子セダム。
長女は今年で10歳となるユリオプスに見た目も中身もそっくりな第一王女レティーナ。
そして末っ子で5歳となった第二王子のユーストマは、見た目も中身も妻セレティーナの要素を色濃く受け継ぎ、現時点ではルミナエス王家のアイドルだ。
ユリオプスを筆頭に母であるセレティーナはもちろん、母親大好きっ子の第一王子と第一王女からも一心に愛情を注がれている。
そんな三兄妹の父であるユリオプスだが、実は妻のセレティーナが現在、第四子を懐妊中なので、近々もう一人王子か姫が増える予定でもある。
その事で宰相フェンネルから「娘ももういい歳なので、あまり無理をさせないで欲しい」と苦情が入ったが、今だに夫婦間の事に口出ししてくるこの義父をさっさと宰相の座から引退させられないかと目論み、セレティーナの実家である現ロベレニー侯爵である長女の入り婿に水面下で交渉していた。
だが入り婿である現ロベレニー侯爵は、義父を崇拝している為、なかなか説得が難しい状況でもある。
更に厄介な事にセレティーナの妹の一人でもあるエミリーナが、その事を最近嗅ぎつけ、父であるフェンネルにその状況をご丁寧に報告してくれたらしい。
最近、宰相フェンネルは顔を会わせる度に「殿下、私はまだまだ現役で行けますぞ!」と、何とも憎たらしい笑顔で訴えてくるので、ユリオプスの多忙な状況が改善出来るのは当分、先になりそうだ……。
そんな余計な告げ口をした義妹エミリーナだが、現在は既婚者となっておりロベレニー家を出ている。
しかし幼少期の頃から勃発していたユリオプスとの妻セレティーナの取り合いは未だに続いており、現在でも犬猿の仲なのは変わらない。
更に厄介な事にこのエミリーナは夜会で交流する機会があった元公爵令嬢で、現在は隣国の第二王子の妻となったユリオプスの従姉でもあるシボレットと意気投合し、二人セットで顔を会わせると嫌味の応酬を繰り出してくる。
もちろん、ユリオプスも負けておらず、大体は減らず口で二人を返り討ちにしているのだが、最近はセレティーナを盲目的に慕う人間が多すぎる事に気付き、若干の危機感を覚え始めた。
妻の人望の厚さは非常に喜ばしい事だが、セレティーナが慕われれば慕われる程、過去の盛大なやらかしをしてしまったユリオプスに対する冷たい視線は、増えていく一方なのだ……。
現状では、そのユリオプスの黒歴史は限られた人間しか知られていないのだが、それでも何かの弾みで蒸し返される事が多く、最近では側近で友人でもあるクリナムでさえ、昔を懐かしむようにその事を口にする。
その度にギロリと睨みつけてはいるが、すでに長い付き合いのクリナムには効果がないようで、教訓も含んだ笑い話として語られてしまう。
そんな若かりし頃の失態で、現在でも振り回され気味なユリオプスの人生だが、父王から王位を譲り受けてからは、多少は公務の量が自身で調整出来るようになった為、王太子時代と比べたら大分楽にはなった方だ。
本日分の公務をあらかた片付けたユリオプスは、その好転した状況をしみじみと感じていた。
すると、執務室の扉がノックされる。
現状は執務室にはユリオプス一人だけだが扉の前には護衛の騎士がいる為、ノックをして来た相手は自分にとって近しい人間である事は明らかだった。その為、ユリオプスはすぐに入室を許可をする。
すると、まだ声変わり前の少年が「失礼いたします」と執務室に入って来た。ユリオプスの長男で第一王子のセダムである。
「父上、お忙しいところ申し訳ございません。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
顔の作りは、ほぼユリオプスの要素で構成されているが、髪と瞳の色は妻セレティーナ譲りの長男が、何やら浮かない表情をしながら声をかけて来た。ちょっとした仕草や表情等もセレティーナに似ているこの息子に父ユリオプスは弱い。
「セダム、どうしたんだい?」
「その……実は父上に少し相談したい事がございまして……」
やや視線を泳がせながら、そう持ち掛けてきた長男にユリオプスが少し驚く。
セダムは、基本的な性格部分はセレティーナ寄りではあるが、頭の回転の早さや合理的な考え方をしがちな部分は完全にユリオプス寄りだ。特に父譲りの何でもそつなくこなしてしまう天才肌の部分は、現兄妹の中では一番濃く受け継いでいる。
そんな優秀な息子から相談を受ける事が、今まであまりなかったのだ。
「セダムが相談だなんて珍しいね?」
「………………」
思春期に突入したばかりだからか、やや気まずそうににセダムが床に視線を落とす。
幼少期からセレティーナ寄りの成長の仕方をして来たこの長男から、自分寄りな負けず嫌いな部分を垣間見たユリオプスは、その嬉しい発見で口元が緩まないようにいつもどおりの笑みを張り付けてた。
「相談というのは、この間の東地区の孤児院の件かな? その事ならクリナムに君の提案で話を進めるようにすでに指示は出しているよ?」
「いえ、孤児院の事ではなく、アナの事なのですが……」
「アナベル嬢? 君の婚約者の?」
「はい……」
アナというのは、セレティーナの親友でもあるブローディアの三女アナベルの事だ。セダムの半年後に生まれたアナベルは、母親同士が仲の良い事もあり、二人が物心付く前からの付き合いである。その延長で二人の婚約が決まったのだが、第一王子の婚約者が厳選な査定もされずに決まってしまった事を一部の貴族達が、あまり快く思っていないという状況もあった。
だが彼女の母であるブローディアが嫁いだ伯爵家は、歴史ある由緒正しい家柄でもあり、アナベル自身も非常に優秀で努力家な令嬢でもある。ただ……一点だけ気になる所があるとすれば、それは母ブローディア譲りで大変気が強いという部分だけだ。
そんなアナベルは、セレティーナ寄りで時折優柔不断な部分が出てしまうセダムのお尻を叩くような言動を口走ってしまう事があった。幼少期の頃は、それに素直に同意していたセダムだったが、最近は思春期突入という事もあり、アナベルの尻に敷かれてい状況に不満そうな表情を浮かべる事が、たまに見受けられる。
そんな状況下の息子から、ユリオプスは自身の過去の黒歴史を少しだけ思い出してしまい、思わず苦笑する。
「アナベル嬢に何かあったのかい?」
「実は最近の彼女は王妃教育も一区切り付いた為、社交方面での活性化に力を注いでくれているのですが……一部の令嬢達から彼女が他の令息達に色目を使っているとの報告を受けまして……」
気まずそうに語る息子の内容にユリオプスが目を細める。
そんな父からの視線から逃れるようにセダムは更に言葉を続けた。
「僕の方でも、そのような行動をアナがしていないか影達に確認を取ってみたのですが、裏が全く取れませんでした」
「ならば、問題ないのではないかな?」
「ですが、影達は幼少期からアナとは付き合いが長い者達ばかりです。その為、一概に影達の報告を鵜呑みにする事はどうかと思い、他の方法で彼女の動向を確認出来ないかと思いまして……」
「なるほど、それで私に相談しに来たと言う事か」
「はい」
「ちなみに他の方法とは、セダムの中では具体的にどんな考えがあるのかな?」
両肘を執務机に付きながら組み、その上に自身の顎を乗せながらニコニコした表情でされたユリオプスの問いにセダムの表情がパッと華やぐ。
「はい! 実はアナと関係醸成を図り、その動向確認をしてくれるという令嬢が名乗りをあげてくれまして、しばらくは彼女に協力して貰い、アナが本当に社交の活性化の為に頻繁に夜会や茶会に参加しているのか僕の方で調査させて頂きたいのです」
嬉々とした表情でそう提案してきた息子に向かって、ユリオプスが更に目を細めて笑みを深める。
「その協力してくれるご令嬢の名前は聞いてもいいかな?」
「ガストロディア家のイラータ嬢です」
「ガストロディア家……」
その名前を聞いた途端、ユリオプスが盛大に息を吐く。
ガストロディア伯爵家は、代々高飛車で傲慢な性格をした人間が多い。
同時に娘達に野心を高く持つ様な教育をしており、社交界でもあまり評判が良くない。
だが、この情報をユリオプス同様、頭の切れるセダムが知らないはずはないのだが……という考えに至ったユリオプスは、口元にきれいな弧を深く描きながら、息子に微笑みかける。
「セダム、君は一体何をしようとしてアナベル嬢の気を引こうとしているのかな?」
ニコニコと笑みを浮かべながらも、その瞳は一切笑っていない父からの突然放たれた追及の言葉にセダムがセレティーナ譲りの色をした瞳を驚くように大きく見開いた。
父親となった32歳のユリオプスと13歳の息子のお話になります。
※妻のセレティーナは出てきません。
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三時間程前まで机の上に山積みになっていた公務書類をあらかた片づけた若き国王は、気だるそうな様子で両手をあげて背中を反らしながら、凝り固まった体をほぐしだす。
二年前に三十路となった際、父王より王位を受け継いだユリオプスだ。
現在32歳だが、どう見ても二十代後半にしか見えない。
幼少期から人目を惹く透き通るようなサラサラのプラチナブロンドに濃いエメラルドの瞳が、今でもユリオプスの端整で美しい顔立ちを引き立てている。
しかも中年期に差し掛かっているというのに体質的に体毛が薄い為、髭などもあまり生えず、容姿だけは美青年の領域に留まっていた。
その為、未だに愛人を狙う令嬢や貴婦人達に言い寄られる事があるが、妻セレティーナに盲目的な執着愛を未だに抱き続けている為、以前犯してしまった黒歴史の際に国外追放した男爵令嬢を断罪した時のように、そういった女性は自分の周りから徹底的に排除していた。
しかし、十代の頃に時折見せていた野心的な光をギラギラ宿していたエメラルドの瞳はやや衰え、現在は憂いを感じさせる繊細な雰囲気を醸し出している。
だが、これはけしてユリオプス自身が繊細な人間に変わったと言う訳ではない。
内面的には、現在のユリオプスは相変わらずの抜け目のない性格で、その天から授かった端整な容姿を大いに利用し、大天使のような穏やかさをまといながら眩い雰囲気を悪用するかのごとく、周囲を自分の思い通りに動かそうとする狡猾さは未だに健在だ。
だが、今現在は十代の頃の若さゆえの強気な姿勢は見受けられない。
セレティーナと結ばれてからは、実父である前国王に義父で宰相でもあるフェンネル、そして叔父で公爵でもあるセルノプスより『公務の押し付け』という制裁を受けすぎたユリオプスは、悟りを開く領域にまで達し、無心で黙々と公務をこなす事へ方向転換していた。
要するに国内三大トップ達相手に一人で歯向かう事が無駄だと気付き、同時に虚勢を張る事に疲れてしまったのだ……。
本来、合理的な思考のユリオプスにしては、何とも間抜けな虚勢の張り方を長い間、無駄にしていた事になるのだが、その分公務処理スピードが上がり、国民からの支持率が上がったので、今では無駄ではないと自身に言い聞かせている。
だが、そこまでの考えに達するまでは息子が生れてから6年も掛かったので、婚約時代に4年間セレティーナと引き離されていた恨みは相当根深かった。
そんなユリオプスの考えを改めさせたのが、すくすくと育つ長男が時折見せ始めた可愛い容姿をフル活用したあざとさだった。
顔の作りは幼少期のユリオプスそっくりな長男だが、髪や瞳の色合いと時折見せるちょっとした表情は、セレティーナにそっくりだったりする。
そんな長男におねだり攻撃をされると、毎回ユリオプスは屈してしまう事が多かった。
だが、初めは子供特有の甘えかと思っていたユリオプスだったが、どうも6歳頃からは明らかに母セレティーナの表情を真似してのおねだり攻撃だと、ユリオプスが気付き始める。
そしてその状況を確信した際、ユリオプスは盛大に落胆した。
同時に自分の血が長男に濃く受け継がれている恐ろしさも実感する。
親となって息子のあざとさを目の当たりにした際、今までの狡猾すぎた自身の人間性にやっと気付き、息子の教育上良くないと考えを改めたのだ。
以来、ユリオプスは以前頻繁に繰り出していた恵まれた容姿を全面的に利用して相手を頷かせると言うあざとい小技は、子供達の前では行わないよう心掛けていた。
そんなユリオプスは、現在二男一女の父である。
長男は今年13歳となり近々、立太子の儀を控えている第一王子セダム。
長女は今年で10歳となるユリオプスに見た目も中身もそっくりな第一王女レティーナ。
そして末っ子で5歳となった第二王子のユーストマは、見た目も中身も妻セレティーナの要素を色濃く受け継ぎ、現時点ではルミナエス王家のアイドルだ。
ユリオプスを筆頭に母であるセレティーナはもちろん、母親大好きっ子の第一王子と第一王女からも一心に愛情を注がれている。
そんな三兄妹の父であるユリオプスだが、実は妻のセレティーナが現在、第四子を懐妊中なので、近々もう一人王子か姫が増える予定でもある。
その事で宰相フェンネルから「娘ももういい歳なので、あまり無理をさせないで欲しい」と苦情が入ったが、今だに夫婦間の事に口出ししてくるこの義父をさっさと宰相の座から引退させられないかと目論み、セレティーナの実家である現ロベレニー侯爵である長女の入り婿に水面下で交渉していた。
だが入り婿である現ロベレニー侯爵は、義父を崇拝している為、なかなか説得が難しい状況でもある。
更に厄介な事にセレティーナの妹の一人でもあるエミリーナが、その事を最近嗅ぎつけ、父であるフェンネルにその状況をご丁寧に報告してくれたらしい。
最近、宰相フェンネルは顔を会わせる度に「殿下、私はまだまだ現役で行けますぞ!」と、何とも憎たらしい笑顔で訴えてくるので、ユリオプスの多忙な状況が改善出来るのは当分、先になりそうだ……。
そんな余計な告げ口をした義妹エミリーナだが、現在は既婚者となっておりロベレニー家を出ている。
しかし幼少期の頃から勃発していたユリオプスとの妻セレティーナの取り合いは未だに続いており、現在でも犬猿の仲なのは変わらない。
更に厄介な事にこのエミリーナは夜会で交流する機会があった元公爵令嬢で、現在は隣国の第二王子の妻となったユリオプスの従姉でもあるシボレットと意気投合し、二人セットで顔を会わせると嫌味の応酬を繰り出してくる。
もちろん、ユリオプスも負けておらず、大体は減らず口で二人を返り討ちにしているのだが、最近はセレティーナを盲目的に慕う人間が多すぎる事に気付き、若干の危機感を覚え始めた。
妻の人望の厚さは非常に喜ばしい事だが、セレティーナが慕われれば慕われる程、過去の盛大なやらかしをしてしまったユリオプスに対する冷たい視線は、増えていく一方なのだ……。
現状では、そのユリオプスの黒歴史は限られた人間しか知られていないのだが、それでも何かの弾みで蒸し返される事が多く、最近では側近で友人でもあるクリナムでさえ、昔を懐かしむようにその事を口にする。
その度にギロリと睨みつけてはいるが、すでに長い付き合いのクリナムには効果がないようで、教訓も含んだ笑い話として語られてしまう。
そんな若かりし頃の失態で、現在でも振り回され気味なユリオプスの人生だが、父王から王位を譲り受けてからは、多少は公務の量が自身で調整出来るようになった為、王太子時代と比べたら大分楽にはなった方だ。
本日分の公務をあらかた片付けたユリオプスは、その好転した状況をしみじみと感じていた。
すると、執務室の扉がノックされる。
現状は執務室にはユリオプス一人だけだが扉の前には護衛の騎士がいる為、ノックをして来た相手は自分にとって近しい人間である事は明らかだった。その為、ユリオプスはすぐに入室を許可をする。
すると、まだ声変わり前の少年が「失礼いたします」と執務室に入って来た。ユリオプスの長男で第一王子のセダムである。
「父上、お忙しいところ申し訳ございません。少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
顔の作りは、ほぼユリオプスの要素で構成されているが、髪と瞳の色は妻セレティーナ譲りの長男が、何やら浮かない表情をしながら声をかけて来た。ちょっとした仕草や表情等もセレティーナに似ているこの息子に父ユリオプスは弱い。
「セダム、どうしたんだい?」
「その……実は父上に少し相談したい事がございまして……」
やや視線を泳がせながら、そう持ち掛けてきた長男にユリオプスが少し驚く。
セダムは、基本的な性格部分はセレティーナ寄りではあるが、頭の回転の早さや合理的な考え方をしがちな部分は完全にユリオプス寄りだ。特に父譲りの何でもそつなくこなしてしまう天才肌の部分は、現兄妹の中では一番濃く受け継いでいる。
そんな優秀な息子から相談を受ける事が、今まであまりなかったのだ。
「セダムが相談だなんて珍しいね?」
「………………」
思春期に突入したばかりだからか、やや気まずそうににセダムが床に視線を落とす。
幼少期からセレティーナ寄りの成長の仕方をして来たこの長男から、自分寄りな負けず嫌いな部分を垣間見たユリオプスは、その嬉しい発見で口元が緩まないようにいつもどおりの笑みを張り付けてた。
「相談というのは、この間の東地区の孤児院の件かな? その事ならクリナムに君の提案で話を進めるようにすでに指示は出しているよ?」
「いえ、孤児院の事ではなく、アナの事なのですが……」
「アナベル嬢? 君の婚約者の?」
「はい……」
アナというのは、セレティーナの親友でもあるブローディアの三女アナベルの事だ。セダムの半年後に生まれたアナベルは、母親同士が仲の良い事もあり、二人が物心付く前からの付き合いである。その延長で二人の婚約が決まったのだが、第一王子の婚約者が厳選な査定もされずに決まってしまった事を一部の貴族達が、あまり快く思っていないという状況もあった。
だが彼女の母であるブローディアが嫁いだ伯爵家は、歴史ある由緒正しい家柄でもあり、アナベル自身も非常に優秀で努力家な令嬢でもある。ただ……一点だけ気になる所があるとすれば、それは母ブローディア譲りで大変気が強いという部分だけだ。
そんなアナベルは、セレティーナ寄りで時折優柔不断な部分が出てしまうセダムのお尻を叩くような言動を口走ってしまう事があった。幼少期の頃は、それに素直に同意していたセダムだったが、最近は思春期突入という事もあり、アナベルの尻に敷かれてい状況に不満そうな表情を浮かべる事が、たまに見受けられる。
そんな状況下の息子から、ユリオプスは自身の過去の黒歴史を少しだけ思い出してしまい、思わず苦笑する。
「アナベル嬢に何かあったのかい?」
「実は最近の彼女は王妃教育も一区切り付いた為、社交方面での活性化に力を注いでくれているのですが……一部の令嬢達から彼女が他の令息達に色目を使っているとの報告を受けまして……」
気まずそうに語る息子の内容にユリオプスが目を細める。
そんな父からの視線から逃れるようにセダムは更に言葉を続けた。
「僕の方でも、そのような行動をアナがしていないか影達に確認を取ってみたのですが、裏が全く取れませんでした」
「ならば、問題ないのではないかな?」
「ですが、影達は幼少期からアナとは付き合いが長い者達ばかりです。その為、一概に影達の報告を鵜呑みにする事はどうかと思い、他の方法で彼女の動向を確認出来ないかと思いまして……」
「なるほど、それで私に相談しに来たと言う事か」
「はい」
「ちなみに他の方法とは、セダムの中では具体的にどんな考えがあるのかな?」
両肘を執務机に付きながら組み、その上に自身の顎を乗せながらニコニコした表情でされたユリオプスの問いにセダムの表情がパッと華やぐ。
「はい! 実はアナと関係醸成を図り、その動向確認をしてくれるという令嬢が名乗りをあげてくれまして、しばらくは彼女に協力して貰い、アナが本当に社交の活性化の為に頻繁に夜会や茶会に参加しているのか僕の方で調査させて頂きたいのです」
嬉々とした表情でそう提案してきた息子に向かって、ユリオプスが更に目を細めて笑みを深める。
「その協力してくれるご令嬢の名前は聞いてもいいかな?」
「ガストロディア家のイラータ嬢です」
「ガストロディア家……」
その名前を聞いた途端、ユリオプスが盛大に息を吐く。
ガストロディア伯爵家は、代々高飛車で傲慢な性格をした人間が多い。
同時に娘達に野心を高く持つ様な教育をしており、社交界でもあまり評判が良くない。
だが、この情報をユリオプス同様、頭の切れるセダムが知らないはずはないのだが……という考えに至ったユリオプスは、口元にきれいな弧を深く描きながら、息子に微笑みかける。
「セダム、君は一体何をしようとしてアナベル嬢の気を引こうとしているのかな?」
ニコニコと笑みを浮かべながらも、その瞳は一切笑っていない父からの突然放たれた追及の言葉にセダムがセレティーナ譲りの色をした瞳を驚くように大きく見開いた。
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