小さな殿下と私

ハチ助

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【殿下視点】

小さな僕の裏の顔②

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 それから三年後――――。
 14歳となったユリオプスは、あっさりとセレティーナの身長を抜いた。
 しかし、セレティーナは相変わらず弟を見守る姉の様な眼差しを向ける事を止めてはくれなかった……。

 ただでさえ歳の差コンプレックスを10年近くも拗らせていたユリオプスは、やっと並んで歩いても釣り合いが取れる様になった自分に対して、未だにセレティーナが向けてくる母のような見守る眼差しにいつしか苛立ちを覚える様になった。

 頭の中ではセレティーナには、一切非がない事は理解している……。
 しかし、二人きりの際に甘い言葉を囁いても、夜会の時に慈しむ様に触れても、セレティーナはそれを家族愛的な愛情表現としか受け取ってくれなかったのだ。
 そんなセレティーナの無自覚な仕打ちは、思春期真っ盛りなユリオプスの反抗期を見事に誘発させてしまう……。

 この期間、ユリオプスはあからさまにセレティーナとの交流を控えた。
 押してダメなら引いてみる……初めはそんな心境からだったのだが……。
 しかし、セレティーナはそれをユリオプスの巣立ちと感じたのか、引き続き成長を喜ぶ様な温かい眼差しを止めてくれない……。そんなセレティーナの接し方は、更にユリオプスの反抗心を煽ってしまう。

 ユリオプスは、セレティーナとのお茶の時間、あえて他の令嬢を褒めたたえる様な話題をし、その令嬢達が気になる様な素振りをあからさまにしてみせた。
 しかしセレティーナは、ユリオプスのその行動を成長と感じ、喜ぶような態度をやめてくれなかった……。
 そんな時、友人で側近候補でもあるクリナムから、リナリスという男爵令嬢の問題行動を止めさせる為に協力して欲しいという依頼を受ける。

 今までセレティーナに一人の令嬢を気に入るという態度は見せた事が無かった事に気付いたユリオプスは、このリナリスという男爵令嬢を利用して、セレティーナの嫉妬心を煽る事を思い付く。セレティーナの嫉妬心を煽れる上に城内で問題視されてる令嬢を駆除出来るのだから、一石二鳥だと……珍しく安直で幼い思考の企みを思いついた。
 後にこの浅はかな行動が、自分を大いに苦しめる事になるとは露知らずに……。

 そんな未来が訪れる事など知らないユリオプスは、用意周到にその計画に関して準備を進めていった。
 その際、最終的にセレティーナに種明かしする際に証人的な存在として、友人クリナムのまだ非公式となっている婚約者である伯爵家の令嬢フリージアの事を自分が心惹かれている令嬢の一人として、セレティーナに紹介しようと思い付く。もしこの茶番劇の種明かしをセレティーナが信じてくれなかった場合、フリージアに証言して貰おうと、そこまで保険をかけていたのだ。

 そしてその計画を実行し始めたユリオプスは、予め問題児である男爵令嬢のリナリスと、公になっていない友人クリナムの婚約者でもある令嬢の鑑と評価の高いフリージアに対して、自身が好意を抱いている素振りをセレティーナに匂わせ、二人とのお茶席にセレティーナを同席させた。
 すると、リナリスは予想通りにこれ見よがしにユリオプスにベタベタと接してくる。
 それをワザとセレティーナに見せつけ、その反応をユリオプスは、確認しようとした。

 対してクリナムの婚約者のフリージアには、そういう設定で4人でお茶をする事を告げ、婚約者であるセレティーナの前で非常識なレベルでユリオプスにスキンシップを図るリナリスの問題行動を観察出来るという話で茶席への同席を持ち掛けた。
 そもそもこのリナリスの問題行動に頭を悩ませていたのは、他人の婚約者の男性に色目を使うリナリスの被害にあった令嬢達から相談を受ける事が多かったフリージアだった。
その事を婚約者でもあるクリナムに相談した事で、今回ユリオプスに問題児のリナリスの対策相談がユリオプスに持ちかけられたのだ。
 それをユリオプスは、セレティーナの嫉妬心を煽る舞台として利用しようと思い付いたのだ。

 しかしセレティーナは、やきもちを焼くどころか、ユリオプスの茶番的なこの恋愛相談に親身になって向き合う姿勢を見せた為、ユリオプスがもっとも望まない結果しかもたらさなかった……。
 そしてそのセレティーナの反応は、10年近くも異性として全く見て貰えなかったユリオプスの積もりに積もった不満を一気に爆発させる引き金となる……。

 そんな積もり積もった不満が爆発したユリオプスは、リナリスが城内でセレティーナに嫌がらせを受けているという悪評を吹聴していた事や、この間の茶席でセレティーナから嫌がらせを受けたというリナリスの虚言をユリオプスに訴えてきた行動を利用し、セレティーに婚約破棄をチラつかせてみようと何ともユリオプスらしっくない浅はかで幼稚な企みを思い付いてしまう……。

 そして敢えてリナリスに踊らされているふりをし、セレティーナがリナリスに嫌がらせをしているという事で苦言をしながら、婚約破棄を匂わすような発言をした後、セレティーナの部屋を出たユリオプス。
 しかし、部屋を出る瞬間、今まで見た事もないようなセレティーナの悲しそうな表情にこの下らない計画を実行してしまった事を後悔し始めた……。

 だがセレティーナの性格ならば、この後必ず自分のもとへと弁明に来てくれるはず……。
 その時に事の真相を説明し、しっかり謝罪をしようと安直に考えていた。
 しかし自室に戻ろうとしたユリオプスは、登城していた目ざといリナリスに捕まってしまい、更にリナリスからは茶番をしている際に黙認していた過剰なスキンシップ行動をされてしまう……。
 その吐き気さえ覚える不快なリナリスの行動をユリオプスは、必死に耐えた。
 今ここでリナリスを拒絶してしまうと、クリナム達と進めてきたリナリスを断罪する段取りが全て水の泡となってしまうからだ……。彼らも彼らで、この問題児の男爵令嬢を駆除する為にかなりの準備をして来たのだから、それを協力者のユリオプスがぶち壊す訳にはいかなかった。

 しかしこの日のリナリスは、かなりしつこかった……。
 この間のセレティーナ達とのお茶に招いた事で手応えを感じたのか、今日は意地でもユリオプスとの仲を進展させようと躍起になっていたのだ。そして気が付けばユリオプスの自室前までまとわりつき、部屋に入れるまでは頑なにユリオプスを解放しないという姿勢を貫いていた。

 だが今ユリオプスの自室には、リナリス駆除の打ち合わせをする為に友人クリナムとその婚約者フリージアが待機している。ついでに弁明に来るであろうセレティーナにもこの二人から、今回の茶番の真相を証言して貰おうと思っていたユリオプス。

 だがその前にこの鬱陶しい男爵令嬢を追い返さない事には、どうしようもない……。
 何とかしてリナリスを追い返そうとしたユリオプスだが、リナリスの方はユリオプスが強く言えない状況なのをいい事にかなり粘って来た。
 そんな攻防をしていたら、ついに弁明にセレティーナがユリオプスのもとへやって来てしまう……。
 セレティーナ本人は上手く隠れたつもりだが、ユリオプスからはその姿がハッキリと確認出来た。

 その時……ついユリオプスは魔が差してしまった。
 この状況でリナリスを自室に招き入れたら、セレティーナは嫉妬心を抱いてくれるだろうか……と。
 そう思い付いた瞬間、何のリスクも考えずに愚かにもユリオプスは実行に移っていた。

 そんな企みに利用されているとは知らないリナリスは部屋に招き入れて貰った事で手応えを感じた様で、ここぞとばかりにユリオプスに抱き付いてきた。
 それをユリオプスは、汚物でも見る様な視線を向け、乱暴に振り払う。

「リナリス……。僕が君を部屋に招き入れたのは君と大事な話をする為だよ?」
「まぁ……殿下。大事な話とは一体どのような素敵なお話ですの?」

 熱を帯びた視線を向けてくるリナリスに吐き気を覚えながら、ユリオプスが冷たく言い放つ。

「君が登城する度に何人かの令息に色目を使い、迷惑しているという苦情が父の許に上がってきている……。そしてそれは僕に対してもだ。本来なら公の場でその件を追求し断罪もと考えたが、もしこれを期に一切こちらへ登城してこないと約束するならば、この件は内々で処理する。君に関しては、むやみに僕に触れた不敬罪、僕の婚約者セレティーナの悪評を吹聴した名誉棄損の罪状も付く。それらに関して目をつぶる代わりにもう二度と登城しないで欲しい」

 ユリオプスが冷たい声で事務的に淡々と警告する。
 するとリナリスは、砂糖菓子のような甘い顔立ちにはそぐわない浅ましい笑みを浮かべた。

「殿下……今この状況をご理解されていないのですか? 今わたくしは、殿下の自室で二人っきり……。そしてわたくしがこの部屋に入った事は事実。この状況で、わたくしが外部に殿下自らがわたくしを自室に招き入れ、わたくしがご寵愛を受けたと吹聴すれば……どうなるとお思いでしょうか?」
「君は僕を脅迫するのか……?」
「脅迫だなんて滅相もございません。ただ……その様な事をわたくしが致しましたら、世間はどう感じるかをお話ししたまででございます」

 するとユリオプスは、盛大にため息をつく。
 その様子にリナリスは、自分の勝利を確信した様だ。

「クリナム、すまないがフリージア嬢と出て来てくれないか?」

 ユリオプスのその一言でリナリスが、ギョッとした。
 するとカーテンの陰から、クリナムとフリージアの二人が姿を現わす。

「二人共、今のリナリスの発言を聞いていたかい?」
「ええ、もちろん。どう考えても王太子殿下を脅迫する物言いにしか聞こえない内容をリナリス様から、しかと聞き入れました……」

 光のない瞳でフリージアが、一瞥するようにリナリスを見据えて言い放つ。

「なっ……!! どうしてお二人が!」
「リナリス、これのどこが二人っきりだと言うんだい? しかも君は明らかに僕の事を脅迫したね? この不敬行為は、かなり処罰が重いけれど……君はその事を理解していて言ったのかな?」

 するとリナリスが、ブルブルと震えだす。

「殿下!! お許しください!! わたくしは男爵令嬢とは名ばかりの哀れな女でございます!! 家族に虐げられ、このままでは身売りされる状況だったのです!! その為、城内で殿方に見初めて貰う他、あの地獄の様な家から逃れる事が出来ないと思い、ついこの様な愚かな行為を……」
「その事なら君のお父上から話は聞いているよ?」
「えっ……?」
「お父上は君の事を『野心に満ちた浅ましい娘ゆえ、その恥ずかしい振舞いに家族も何も対処出来ずに困っている』と……。罪状の件を伝えたら、出来れば早々にでも国外追放にして二度と家に戻れぬ様に処罰して欲しい……。そうおっしゃっていたよ? 君は男癖が悪いだけでなく、浪費家でもあったみたいだね。悲鳴を上げているのは君ではなくて、ご家族の方だ」
「ち、違うのです!! それは家族がわたくしを罠に掛けようと……っ!!」

 するとユリオプスが、すぅっと目を細める。

「リナリス……さようなら。もう二度と僕の前には現れないでね?」

 そして部屋中に響き渡る声で「捕らえよ!」と叫ぶ。

 すると、隣の部屋から警備の騎士が三人程、突入してきた。

「殿下!! お待ちください!! わたくしは何も……」
「早く連れていけ」
「殿下!! 殿下ぁぁぁー!!」

 喚き散らすリナリスが、連れ出されると急に部屋が静まり返った。
 するとユリオプスが、大きく息を吐く。

「殿下……この度はご協力頂きまして本当にありがとうございます!」

 フリージアが、満足そうな表情を浮かべ丁重にお礼を述べてきた。

「君らに頼まれなくても、遅かれ早かれ彼女は僕に絡んで来たと思うから、最終的にはこういう結果にはなっていたと思うよ? でもあなたの様に声を上げてくださるご令嬢がいる事は心強い。クリナムには勿体ないくらいのご婚約者だ」
「ええ。私の自慢の婚約者なので!」
「のろけるのも大概にしろよ……。それよりも……君らは、そろそろ婚約している事を公表するのだろ?」
「はい。フリージアに言い寄る輩が増えてきたので……。そろそろ害虫駆除に本格的に乗り出さないと……」

 苦笑しながらそう答えるクリナムの横で、フリージアが嬉しそうに微笑む。
 しかし、その笑みはすぐに心配そうな表情へと変わった。

「ところで殿下、セレティーナ様への誤解は解かれなくてもよろしいのですか? 本日はその件でわたくし達はこちらで待機していたのですが……」

 するとユリオプスが盛大にため息をついた。

「そのつもりだったのだけれど……。あのバカ男爵令嬢の所為で予定が大幅に狂ってしまった……。セレには明日、僕から弁明しておくよ……。でもその際に君らにも証言して貰わないと信じて貰えないかもしれないから、その時はよろしく頼むよ……」

 力なくそう答えたユリオプスだが……。
 翌日セレティーナの部屋を訪れると、そこには誰もいなかった。
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