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【我が家の元愛犬】

59.我が家の元愛犬は何故か物知り

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 フィリアナ達がアルスを待ちながら、馬の手配をしてくれていたシークと談笑していると、外出許可をもぎ取ったらしきアルスが小走りで駆け寄ってきた。

「二人共、待たせて悪かったな」

 だが……よく見ると、さりげなく頭頂部を摩っている。恐らくまた余計な一言を口にし、父リオレスより拳を叩き込まれたのだろう。そんなアルスの様子に気付いているのか、シークが苦笑しながら二頭の馬をアルスの方へと引き寄せる。

「殿下、どちらに乗られますか? 黒毛は体力がありますが荒っぽい性格です。逆に栗毛は穏やかな性格ですが、ややマイペースで黒毛よりも早さは落ちます」
「ならば、俺達は黒毛に乗る」

 そのアルスの返答にフィリアナだけでなく、ロアルドもギョッとする。

「待て、アルス! お前は7年ぶりの乗馬な上にフィーまで乗せるんだぞ!? それなのに上級者向けの黒毛に乗るのか!?」
「仕方がないだろう? もし俺が栗毛を選べば、黒毛はロアが乗るんだぞ? でもロアは今まで穏やかな性格の馬にしか乗った事がないはずだ。逆に俺はマルコムの愛馬で気性の荒い馬には乗り慣れている。だから消去法で黒毛を選んだだけだ」

 そう言って颯爽と黒毛の馬にまたがったアルスの姿にシークが「殿下が踏み台無しで馬に乗られている……」と、やや感動していた。恐らく犬になる前は、勝手に踏み台を持ち出してマルコムの愛馬に飛び乗っていたのだろう。変な部分で自分の成長を噛みしめているシークに白い目を向けたアルスは、馬上からフィリアナに向って手を差し出す。

「フィー、乗れるか?」
「う、うん」

 抱えていた黒猫を一度地面に下ろしたフィリアナは、あぶみに片足を引っかけながら差し出された手を取る。するとアルスがグイっとフィリアナを引っ張り上げ、その反動でフィリアナがアルスの手前にポスンと横乗りする形になった。
 その一連の流れを見ていたロアルドが感心しつつも不思議に思う。

「アルス。お前、女性との相乗りは初めてなんだよな? なのに随分と乗せる時のエスコートに慣れていないか?」
「ロアがフィーを乗せる様子をこの7年間、瞬きもせずに凝視して覚えた……」
「あー……何かごめんな? だからそんな恨みがましい目で睨むなよ……」

 仄暗い表情をしたアルスから、じっと視線を向けられたロアルドが気まずそうに視線を外す。そんな二人のやりとりにフィリアナが苦笑していると、アルスが気遣うように声をかけてきた。

「フィー、乗り心地は大丈夫か? もし痛いような事があれば、すぐに言ってくれ」
「大丈夫だよ。アルス、ありがとう」

 二人がそのような会話のやり取りをしていると、ロアルドが今度は胡乱な視線をアルスに向ける。

「お前、フィーに対してだけは気遣いの化身になるな」
「当たり前だ! フィーはロアと違って繊細なのだから。母上殿からもフィーは女の子だから、守ってあげて欲しいと頼まれている!」
「母上……。いつの間に犬のアルスに刷り込みを……」

 そうぼやきながら、ロアルドも栗毛の馬にまたがる。

「そういえば……ここからどうやってパルマン殿の居場所まで黒猫に案内して貰うんだ?」
「簡単だ。パルマンの潜伏先に向かう黒猫をレイが追跡し、そのレイの気配を俺が察知して、間接的に奴の潜伏場所まで黒猫に案内してもらう」
「もしかして……聖魔獣契約を交わすとレイだけでなく、アルスの方でもレイの居場所を把握出来るという事か?」
「ああ、そうだ。この方法で、よく父上がブライを使って刺客の追跡を行っていたから、それの応用だ」
「なるほど。聖魔獣って便利だな……」
「まーな。レイ! そろそろ出発したいから、その黒猫にパルマンの所まで案内させてくれ!」
「キャウ!」

 アルスの指示でレイが黒猫の額に自身の額を押し付けると、黒猫は一度だけフィリアナの方にチラリと視線を向けた後、勢いよく城の裏門の方へと駆け出した。その後をレイが同じくらいの速さで追いかける。

「よし! ロア、行くぞ」
「ああ。フィーは振り落とされないようにしっかりアルスに捕まっていろよ? アルスは兄様と違って乗り方が荒い可能性が高いからな」
「フィーが一緒なのだから、そんな乗り方はしない!」

 ロアルドに抗議しながら、アルスがあぶみに引っ掛けていた足で馬の腹を軽く蹴ると、乗っている黒毛の馬が勢いよくレイの後を追い、ロアルドも栗毛の馬で続いた。すると、アルスがフィリアナに声をかける。

「フィー、大丈夫か? もし怖かったら速度を落とすし、乗っているのが辛くなったら、すぐに言ってくれ。黒猫は見失っても追跡しているレイから俺が居場所を把握出来るから、そこは気にしなくていいからな。休憩もしたかったら、ちゃんと言うんだぞ?」
「う、うん。なんかアルス……今日は兄様みたいだよ?」
「何を言っているんだ? 俺は犬の姿の頃から、こんな感じだったが? まぁ、喋れなかったから、この7年間はフィーが俺の面倒を見てくれているという印象が強かったが……。気持ち的にはロアと同じ感覚で俺はフィーに接していたぞ?」

 そのアルスの言い分に今までお姉さんぶっていたフィリアナは、急にその事が恥ずかしくなって俯いてしまう。今の状態であれば、現状フィリアナは、アルスより一つ年下なので自身が庇護対象として見られるのは当理解出来た。だが、アルスが犬だった頃は、どう考えても自分がアルスを守る側だと思っていたので、過剰にアルスに対して過保護になっていたのだ。

 そんな過去を思い出し、羞恥でしばらく無言で俯いてしまっていたフィリアナだが……。
 ふと顔を上げると、いつの間にか城の裏側に広がっている森のような場所を馬は走っていた。その走りの速さに、流石駿馬しゅんめだと言われ手配された馬だけはあるとフィリアナは感心する。

 だが馬の能力に関係なく、アルスは本当に乗馬が得意らしい。
 兄ロアルドも安心して乗っていられる手綱捌きだが、アルスの場合、更に安定感があり、あまり乗り手に振動を感じさせない。それだけアルスは馬の扱いが上手いという事なのだが……。アルスが、そこまでの腕前に到達出来た背景には、頻繁に愛馬を幼児に乗り回されていた第一騎士団長のマルコムという被害者の存在がある事を忘れてはならない……。

 それだけアルスは身体的能力にしろ、魔法能力にしろ、規格外な才能の持ち主という事だ。恐らく、これらはリートフラム王家の血筋の特徴でもあるのだろう。特にアルスの高過ぎる魔力は歴代の王族の中でも稀有なケースだと思われる。

 だが、その強力な魔力も犬の姿にされた直後は封じられていたようだ。その事が少し気になったフィリアナは、アルスに尋ねてみる。

「そういえば……アルスは犬の姿にされた時、一時的に魔法も封印されてしまっていたの? だってうちに来てから三年間くらい魔法が使えなかったよね?」
「いいや? 使えなかったのではなく、使わないようにしていただけだ。魔法を使ってしまうと、俺の正体が周囲に知られてしまう可能性があったから、父上に元の姿に戻れるまで魔法は絶対に使うなと、釘を刺されていたんだ。だが、レイを助ける際にフィーが乱暴に扱われたのを見た瞬間、ついカッとなってしまって火属性魔法を使ってしまった……」
「それであの時、リオレス陛下はあんなにお怒りになられていたのね……。ごめんね、私のせいで怒られちゃって……」
「フィーの所為じゃない。そもそも父上は俺に拳骨げんこつを放つのが趣味みたいな方だから、幼少期から受けていた俺は、もう慣れている!」

 何故か勝ち誇るようなアルスのその言い分をロアルドが耳にしてしまい、馬を横並びするようにつけながら、アルスに白い目を向ける。

「それは幼少期のお前が拳骨を放たれるような事を頻繁にやらかしていたから、陛下もその対応が癖になってしまったんじゃないのか……? 勝手に陛下の趣味を拳骨を放つ事にするなよ……」
「だが、父上は途中から拳を躱し始めた俺に焦って、ここ最近は本気で放っていたぞ?」
「アルス、まず陛下が拳骨を放たなくても済むようにお前が、もう少し王族らしく振舞う努力をするべきじゃないのか?」
「俺はいずれ臣籍に下り、王族ではなくなる。それなのに王族らしくあろうとする努力は、後の事を考えると無駄な行為にならないか?」
「あー、そう来たか……」

 屁理屈とも取れるアルスの言い分にロアルドが呆れる。
 すると、森は更に深くなっていき、草木の障害物が増えてきた。その為、二人も会話をしながら騎乗する事が難しくなり、しばらく無言で馬を15分ほど走らせる。

 しかし。森が少し開けた場所までくると、急にアルスがスピードを緩め始めた。その事に気づいたロアルドも同じように馬のスピードを落とす。

「アルス? どうした?」
「レイの動きが止まった……。だが、この辺に建物などあったか?」
「城の裏側一帯のこの森は、王家が管理している土地だろう? アルスの方が詳しいんじゃないのか?」
「確かこの城は、大陸外からの侵略を懸念して敵が上陸出来ないよう険しい崖と深い森を背後にして建てられたんだが、その流れでこの森一帯を自然保護区域にしたんだ。その為、伐採などで人の手が入らないよう王家が管理をしている。だから人が身を隠せる建物など、ないはずなんだが……」
「とりあえず、一度レイ達と合流した方がいいな」
「そうだな。ロア、こっちだ」

 そう言って、アルスが馬の向きを90度ほど変えた。そのまま5分ほど進むとボロボロになった石碑のような物の前で、レイと黒猫がウロウロしていた。

「レイ! どうした?」
「キャウ~……」

 馬から降りたアルスは、そのままフィリアナも馬から降ろし、自身の馬の手綱を一時的にロアルドに託す。そして困り果てた様子で石碑のような物の前でウロウロしているレイと黒猫に近づいた。
 すると、アルスの後に続いていたフィリアナ目掛けて黒猫が駆け寄り、石碑らしき物とフィリアナの間を行ったり来たりし始める。

「なぁー、なぁー」
「なあに? 黒猫ちゃん。そこに何かあるの?」
「なぁー」

 フィリアナとアルスが、ゆっくりとその古めかしい石碑のような物に近づくと、その石碑下の石板にメダルのような物がはめ込まれているのを見つける。
 すると、馬の手綱を木に縛りつけてきたロアルドも二人に合流してきた。

「兄様、この紋章みたいなマークが書かれたメダルっぽいのって何かな?」
「分からない。でも明らかにこれだけ後付けでここにはめ込まれた感じだな……」

 ラテール兄妹が怪訝そうな表情でそのはめ込まれた物を凝視していると、アルスが無防備にそのメダルのような物に触れた。

「アルス! いきなり触るな! もしかしたら罠が発動するかもしれないだろう!?」
「大丈夫だ。罠なんかじゃない。これは魔法錠だ」
「「魔法錠?」」

 初めて聞くその品名に兄妹が同時に声をあげる。

「城の宝物庫にも使われているのだが……これを設置したい場所に押し当て、施錠条件にしたい属性魔法と魔力量を注ぎ込むと、その扉や壁にロックが掛かるんだ。そしてそれらを開錠したい時は、同じ属性魔法で同等かそれ以上の魔力を注ぎ込まないと、ロックが解除されない。ちなみに宝物庫に設置されている魔法錠は、建国時に初代国王夫妻によって作られた物で、開錠条件が光属性魔法だから王族にしか開けられない仕組みになっている。それを参考にこの数十年間、パルマンが魔法錠の開発をしていたはずだ。確か、まだ俺が城で暮らしていた頃に何度か試作実験を見た事があるから、これもその試作品の一つだと思う。まぁ、二人がまだ知らないという事は、今でも実用段階までは至っていない品なんだろう」

 そう言って、アルスはもう一度そのメダルのような物に手をかざした後、今度はレイに声を掛ける。

「レイ、この魔法錠が光るまで、ここにお前の魔力を注いでくれないか?」
「キャウ!」

 アルスの指示でレイがメダルの上にお手をするように片手を置き、魔力を注ぎ始める。だが何故、自身ではなく、レイに魔力を注ぐように頼んだのか……。その事に疑問を感じたフィリアナが、アルスに質問してみる。

「ねぇ、アルス。何でレイに魔力を注がせているの?」
「この魔法錠は、パルマンと同じ雷属性縛りでロックが掛けられているんだ」

 その説明にロアルドが、ポンと手を打つ。

「なるほど! 雷属性使いは貴重だから、他の人間に開錠される確率が更に低くなるという事か! パルマン殿も考えたな……」
「しかも今のレイの様子からだと、それなりの魔力量を注がないと開錠は出来ないようだ」
「ええ!? レ、レイ、そんなに魔力を注いで大丈夫なの!?」
「問題ない。あいつは俺と聖魔獣契約をした事で魔力を共有している。すなわち、俺が魔力切れを起こさない限り、レイは湯水のように魔力が使えるぞ」
「「そう言えばそうだった……」」

 すると、レイの手元の魔法錠が光り出しカチリと音を立てる。

「開いたな。それにしても二分以上も魔力を注がないと開かないとは……。パルマンの奴、開錠条件に必要な魔力量をかなり高めに設定したようだな」

 アルスが愚痴りながら、魔法錠がはめ込まれた石板を持ち上げると、なんとそこから地下に繋がる通路が現れた。すると、黒猫が物凄い勢いでその通路の中へ入って行く。

「あっ! 待て! バカ猫! レイ、早く追いかけろ!」
「キャウ!」

 地下道で黒猫を見失う可能性を懸念したアルスが、慌ててレイに追いかけるよう指示を出す。するとレイも黒猫に続き、地下通路の中へと姿を消していった。

「恐らく……昔、王家が使っていた地下道だとは思うが……何があるか分からない。二人共、俺の後から付いてきてくれ」
「普通、ここは防御魔法に特化した僕が先陣を切るはずなんだが……。何で第二王子のお前が率先して、一番危険な役割を担おうとするんだよ……」
「ロアは防ぐ事に関しては優秀だが、攻撃に関しては相手によって一瞬、怯む事があるだろう? 特に対人だと……。その一瞬の迷いが、命取りになる事だってあるんだ。だが俺は、相手が人間であっても危害を加えて来たら、容赦なくる! だから俺が先陣を切った方がいい」
「アルス……。お前、たまに考え方が合理的過ぎて怖いんだが……」
「何を言っている! 『られる前にる!』は、防御の基本だろう!? 俺の日常は、ほぼそんな日々だったぞ?」
「あーうん。そうだな……。なんか、ごめんな……」

 そんな会話をしながら地下通路に入っていく二人に苦笑しながら、フィリアナも後に続く。しかし地下に降りた三人は、すぐにある物が目に入ってきた為、一瞬無言になった。そして、その沈黙は不満そうに小言をこぼしたアルスの一言で破られる。

「また魔法錠付きの扉だ……」

 この状況から三人は、この先の地下道がどうなっているのか何となく察してしまった。
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