我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)

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【我が家の元愛犬】

56.我が家の元愛犬は臣下にも愛されている

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 早急に城に戻りたいセルクレイスに合わせ、慌てて身支度をしたフィリアナ達は、オーランドが用意してくれた馬車に四人で乗り込む。

 ちなみにクリストファーは、一足早く自宅のルケルハイト公爵邸に出発した為、リートフラム城に向かうのはフィリアナ達と王族二名の計四名となる。その為、護衛がしっかりと付けられ、アルスが犬の姿だった頃に専属護衛だったウォレス、カイン、グレイも今回同行するらしい。
 そんな仰々しい様子にアルスが眉を顰めた。

「なぁ、ロア。今回は俺と兄上、しかもお前までいるのにここまで厳重な警護は必要なのか?」

 ラテール家の魔導士団の制服に身を包んだアルスの言い分にロアルドが、やや呆れ気味で答える。

「いくら馬車内の戦闘力が高くても襲撃する側からすれば、そんな事情など知らないのだから護衛がいない馬車は襲ってくれと言っているようなものだろう? ただでさえ急ぎで城に向かっているのに、わざわざ襲撃されやすい状態で移動して、どうするんだよ……」
「だが、もし襲ってきても俺が瞬殺するぞ?」
「アルス……君の場合、本当に襲撃者を消し炭にする可能性があるから、もし襲撃されても極力手を出さず、ロアと護衛に任せてくれ……」
「はい……」

 やる気満々の姿勢を見せていたアルスだが、呆れ気味な兄に窘められ、しょんぼりした様子で俯いた。ちなみに座る場所に関しては、アルスがどうしてもフィリアナの隣を譲らなかった為、ロアルドが王太子の隣に座るという何とも恐れ多い状況になっている。

 そんな席位置だからか、先程のアルスの爆弾発言について、どうしてもフィリアナは色々な事を考えてしましい、自然とアルスとの間に距離を取ろうとしてしまう。だが、そのフィリアナの様子に気づいているのか、いないのか……。アルスの方は犬だった頃と変わらず、かなり近い距離でフィリアナの隣を陣取っていた。

 そんな一人だけ気まずい状態に陥ってしまったフィリアナを置き去りにするように、ロアルドが先程の話しの続きを始める。

「セルクレイス殿下、先程はパルマン殿の話で終わってしまい、確認が出来なかったのですが……。ラッセル宰相閣下の魔法能力測定は無事に行えたのですよね? その結果は父より報告がありましたか?」
「ああ。だが、結果は前宰相の父親の補佐として登城した頃と同じ、氷属性のみ扱えるという事だった」

 この国では貴族出身の者の殆どが魔法を使う事が出来るが、その扱える属性は地水火風の4属性が殆どだが、それ以外にラッセルとパルマンのように雷と氷属性や、リートフラム王家の直系の人間が扱える光と闇属性もある。

 しかも光と闇に関しては、もはや扱える事が王族の証のような属性だ。また雷と氷に関しては、魔力が高い者同士が子を成した際、生まれてくる可能性が高い。
 その事も踏まえて、セルクレイスの話にロアルドが考え込むような仕草をする。

「氷属性ですか……。ラッセル宰相閣下も珍しい属性魔法の使い手なのですね」
「ラッセルの場合、確か母方の家が優秀な氷属性魔法の使い手を輩出している家系だったはずだ。そういえば、パルマンの母親も貴重な雷属性魔法の使い手だった為、生家である子爵家から親戚のシェリンス伯爵家の養子になった後に同格の伯爵家を継いだパルマンの父親の許へ嫁いだそうだ」

 セルクレイスの説明を聞いたロアルドが口元に手を当て、更に考え込む。

「という事は……両者とも母方の珍しい属性魔法を受け継いだという事ですよね……。しかもそれが子供に遺伝するには、父親の方もそれなりに高魔力保持者でないといけない……。ですが、前宰相もパルマン殿の父上であるグレンデル前伯爵も魔力が高いと有名でしたから、やはり宰相閣下やパルマン殿の促成魔法を調べないと、前王の血が入っているとは断定出来ない状況ですね……」
「分かりやすく、どちらかが前王オレストと同じ火属性か風属性魔法の使い手であったのであれば、犯人の目星としてつけやすかったのだがな……」

 残念そうに呟きながら苦笑するセルクレイスとロアルドのやり取りにフィリアナが、ふとリオレスの扱える属性魔法を自身が知らない事に気付く。

「ねぇ、アルス。リオレス陛下の扱える属性魔法って、アルスと一緒?」
「ああ。ただ父上の場合、少し前まで少しだけ光属性魔法が使えたがな」
「少しだけ?」
「光属性魔法は基本、次の世代が生まれた時点で徐々にその子供に力が受け継がれて行くんだ。だから、俺達家族で例えると、兄上が生まれた時点で父上の光属性魔法は、徐々に兄上に移行していく。そして最終的には兄上が成人した段階で、完全に父上から兄上に移行されるんだ」

 アルスのその話にまたしてもロアルドが、苦虫を潰したような表情を浮かべる。

「アルス……それ、また王家の機密事項に該当する内容だろう……」
「そうだが……もうルケルハイト公爵家の裏家業を耳にしてしまった時点で、他の機密事項を聞いても同じだろう?」
「セルクレイス殿下、よろしいのですか? 第二王子が王家の秘密を軽々しく我々に吹聴されているのですが……」
「私としては、君らに知っていて貰った方が、今後自身が即位した際に動きやすい。防御魔法に特化した魔導士の人材育成を生業としているラテール伯爵家の次期当主の君が、ここまで王家の内情に詳しければ、優秀な人材をより確保しやすい。それはラテール伯爵家にとっても、育てた魔導士の受け入れ先が王家となるわけだから、悪い話ではないだろう」

 そこで一度セルクレイスは一息ついた後、珍しく何かを含んでいるような笑みを浮かべる。

「何よりもそこまで深い繋がりが出来れば、君らの家は王家を簡単に裏切る事が出来なくなる。恐らくアルスは、無自覚で君らラテール伯爵家の囲い込みを図ったのではないかな」
「ラテール伯爵家の囲い込みというよりも、フィーの囲い込みではないですか……?」
「どうだろうな……。そもそも父上が光属性魔法の件を君達に話した時点で、君達一家の囲い込みを目論んでいた可能性は高い」

 そのセルクレイスの話にロアルドが盛大にため息をつく。

「フィー、辺境伯夫人用の淑女教育、頑張れ……」
「兄様!? さっきと言っている事が違う!!」
「大丈夫だ。フィーが辺境伯の爵位が気に食わないのであれば、俺が賜るのは子爵位でも伯爵位でも構わないぞ?」
「アルス……お前、何が何でもフィーを娶る気満々だな……」
「俺の生涯の伴侶はフィー以外には考えられない! なんせ、俺とフィーは深い絆と信頼で繋がっているからな!」

 そう豪語するアルスに何故かフィリアナは、困惑気味な表情を浮かべる。妹のその反応に気づいたロアルドが、さりげなく話題を変えた。

「そう言えば……パルマン殿は、二属性魔法を研究していると言って幼少期のアルスを追い回していたのですよね? ですが、もしパルマン殿が前王の隠し子であれば、自身も二属性魔法持ちとなるので自身で実験が可能なのでは?」

 そのロアルドの疑問にセルクレイスが答える。

「これはあくまでもパルマンが前王の隠し子で、尚且つ二属性目が闇属性魔法だった場合での仮説だが……。パルマンが実験をしたかったのは、二属性魔法が扱える人間が、自身の属性魔法を融合して新たな属性魔法を生み出せるのではないかという内容だったらしい。だが、二属性が使えても片方が、光属性魔法以外の属性魔法の干渉を全く受けない闇属性魔法だと魔法の融合が出来ない。だから融合可能な二属性を扱える私達に実験の協力を求めていたのだと思う」

「なる……ほど。その場合、ますますパルマン殿が扱える属性魔法が、本当に雷属性のみなのか確認しないと何とも言えませんね……」

 そんな話をしていると、いつの間にか馬車が王城の門を潜り始める。
 そしてそのまま停留スペースに到着すると、現在セルクレイスの専属護衛となっているシークが扉を開け、出迎えくれた。

「セルクレイス殿下、お帰りなさませ!」

 そう言ってシークは深く下げた頭を上げた途端、フィリアナの隣に座っているアルスが目に入ったようで、目を丸くした。だが、その後すぐに盛大に吹き出し、そのまま笑い崩れ落ちかけそうになるのを扉に捕まり、辛うじて堪える。

「ぶはっ! ア、アルフレイス殿下が……リオレス国王陛下を若返らせたようなご成長ぶりをされている!」
「シーク、笑い過ぎだ……。不敬だぞ!?」
「いや、だって、ここまでそっくりだなんて……。ぶふっ!」
「兄上……こいつ、焼き殺しても構いませんか?」
「帰還早々、物騒な事を言わないでくれ……。これでも一応、私の優秀な臣の一人なのだぞ?」
「王族に対する態度がなっておりませんが?」
「ご安心を。私が無礼講になるのはアルフレイス殿下に対してのみです」
「本人を目の前にして堂々と言い切るな!!」

 そう一喝したアルスが、不機嫌そうな顔をしながらシークを押し除け、馬車を降りる。だがその瞬間、シークが周囲に聞こえるか聞こえないかの声量で囁いた。

「アルフレイス殿下、よくぞご無事で……」

 その言葉が耳に入った途端、アルスが驚くような表情をしながらシークを見やる。すると、今にも泣き出しそうな笑みをシークが浮かべていた。
 そんな元側近にアルスがフンと鼻を鳴らす。

「お前、俺を誰だと思っている? 陰で『狂犬王子』などと不名誉な名で呼ばれていた元悪童だぞ? そう簡単に死んでたまるか!」
「あっ、やっとその呼び名が良い意味でない事に気が付かれたのですね!」
「そもそもこの呼び名を広めたのは、お前だろう!!」
「いいえ。フィリックス先輩もかなり貢献されてます」
「フィリックスめ……」

 そのやり取りを見たフィリアナとロアルドは、昔『狂犬王子』と呼ばれていたやんちゃなアルスが、何だかんだ言って城の使用人達に愛されていたのだと気づく。
 アルス本人は、自身の強大な魔力の所為で周囲から恐れられていると思い込んでいるようだが、現状のシークの様子や、いつの間にかその後ろに控えて笑みを浮かべている第一騎士団長のマルコムの姿を見ると、皆アルスの帰還を心待ちにしていたのだろう。

 アルスの重い過去の話から城内で生活していた頃は、かなり孤立していたのではないかと心配していたフィリアナだったが、二人の臣下の様子からそうではなかった事が分かり、ホッとしながら下車の際に手を貸してくれた兄の手を握り返す。すると、ロアルドとちょうど馬車から降り立ったセルクレイスも僅かに口元を緩め、優しい笑みを浮かべていた。

 そんな温かい雰囲気でアルスが出迎えをされている状況に安堵を感じていたフィリアナだが、先程まで静かに後ろに控えていた第一騎士団長のマルコムが、急にアルスの方へと近づき、まるで忠誠を誓うように勢いよく膝を折った。その状況にフィリアナだけでなくロアルドも唖然としていると、マルコムが低く渋い声でアルスに話しかける。

「アルフレイス殿下、よくぞご無事でお戻りになられました。このマルコム、雑草のように不屈の精神をお持ちの殿下であれば、必ず本来のお姿に戻られ、帰還されると信じておりました」

 そう言ってニヤリとした第一騎士団長をアルスが睨みつける。

「お前、未だにあの時の事を根に持っているのか……?」
「『あの時』とは? もしや殿下が6歳の頃、剣術で負けっぱなしな状態に癇癪を起こし、卑怯極まりない全力の火属性魔法を私に放ってこられた件でしょうか?」
「やはり根に持っているじゃないか!!」
「当然です。私はあの時、死にかけたのですから」
「だから、悪かったと何度も謝罪しただろう!?」
「『すまなかった』で済む問題ではございませんでしたよ?」

 筋骨逞しい厳つめな見た目の騎士団長が心底嬉しそうにニコニコ笑みを浮かべながら、爽やかに嫌味を言ってきたので、アルスがセルクレイスに助けを求めるように視線を向ける。

「兄上……」
「マルコムもアルスが無事に帰還した事にとても喜んでいるようだな」
「…………」

 しかし、セルクレイスにもニコニコと流されてしまったので、アルスはしょんぼりとしながらロアルドとフィリアナの間に割って入り、そのままフィリアナにピタリとくっ付いた。

「7年ぶりに帰還したのに皆が俺の事を雑に扱う……」
「殿下、女性に甘えるなど10年……いや20年ほど早いですよ?」
「うるさい……。俺は今、フィーに癒して貰っているんだ。邪魔をするな……」
「『狂犬王子』は、そのような繊細なお心ではないはず。さぁ! 両陛下が首長くしてお待ちです。ご案内いたしますので、癒しを求められるのは後にされてください」

 そう言ってマルコムがシークに目配せすると、アルスはシークによってフィリアナから引っぺがされ、そのままズルズルと国王夫妻の元へと連行され始めた。

「やめろ! 自分で歩ける!」
「これは失礼。しばらくお会い出来なかった間に殿下が若いご令嬢に懸想を抱くような接し方をされるようになっていたので、つい騎士道精神が働いてしまいました」
「婚約者と婚前交渉した挙句、相手を孕ませて慌てて挙式に至ったお前にだけは、言われたくない!!」

 すると、シークがゆっくりとロアルドに視線を向ける。

「ロアか? 飼い犬に俺の黒歴史を話したのは……」
「不可抗力です。たまたま父からその話を伺っていた際、ちゃっかり犬だったアルスに聞かれてしまったので……」
「フィリックス先輩……」

 シークが脱力するように呟いている隙にアルスがその拘束から逃れ、再びフィリアナの隣にビッタリとくっ付いて歩き出す。その動きが犬だった頃と全く同じなので、またしても吹き出しかけてしまったシークが、咳払いをする事で辛うじて笑いを堪えると、アルスが眉間に皺を寄せ、シークを睨んだ。

 そんな状態でフィリアナ達は国王夫妻の待つ部屋まで案内される。
 すると、フィリアナ達が初めて国王夫妻に謁見した会議室のような部屋の前に到着し、先導していたマルコムが大きな声で室内へと声を掛けた。

「第一騎士団長マルコム、セルクレイス王太子殿下とアルフレイス第二王子殿下、並びにラテール伯爵家のご兄妹のお二人をお連れ致しました!」

 そう叫んだマルコムが扉を開け、フィリアナ達を室内に促した瞬間――――。

「アルフレイス!!」

 感極まった様子の王妃ルセルティアが、瞳に涙を溜めながら7年ぶりに本来の姿に戻った息子を深く、抱きしめた。
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