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【我が家の番犬】

43.我が家の番犬は拘束を振り切る②

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 動揺のあまり固まってしまったフィリアナから、アルフレイスに対する気持ちを読み取ってしまったオリヴィアは、何故か楽しそうにフィリアナの顔を下から覗き込む。

「ふふっ! そのように焦らなくてもよろしいですわ! そもそもわたくしもフィリアナ様とは同意見です! 殿下のあの徹底した策士的なところは、流石のわたくしも引いてしまいますもの。そもそもわたくしの場合、兄も似たような人間なので、策略めいた行動を好まれる男性は、あまり好ましく感じられませんの!」

 やや鼻息を荒めて訴えてきたオリヴィアにフィリアナがキョトンとする。

「えっ? クリストファー様も……ですか?」
「まぁ! フィリアナ様もお兄様のあの『天使の仮面』にすっかり騙されていらっしゃるのですか!? 兄は大変二面生のある人格をしております! 騙されてはなりませんよ!?」

 そのオリヴィアの証言にフィリアナは、唖然としてしまう。
 正直なところ、クリストファーに関してはアルフレイスのような策士的な部分など、一切感じなかったからだ。

 フィリアナやロアルドに対しては常に穏やかで気遣いある接し方であり、アルスに噛まれた際も怒るどころか、アルスが心身ともに回復した事を喜び、妹のオリヴィアには少々厳しい部分もあるようだが、それでも優しい兄という印象が強かった。
 とてもではないが、アルフレイスのように相手の足元を見ながら自身の要望を押し通すような策士的な部分は、少なくともフィリアナの目には留まらなかった。

 だが妹であるオリヴィアがそう言うのであれば、それは本当なのだろう。
 そもそもクリストファーは、あのアルフレイスの従兄でもある。
 血縁関係であるのだから、性格的に似ている部分があってもおかしくはない。
 最近は、王太子セルクレイスも腹黒い部分を見せる事があるので、王族の血が流れている人間は、策士的で腹黒くなければやっていけないのかもしれない。

 遠い目をしたフィリアナがそんな事を考えていると、何故かオリヴィアが力強く兄ロアルドを推してきた。

「その点、ロアルド様は大変素晴らしい方だと思います! 殿下や兄と違い、交渉時は策略的な話術ではなく、正論で相手の方を納得させるように諭してしまわれるのだもの! その振る舞いにわたくしは、とても誠実な方なのだと感じておりますの! 何よりも社交場でのロアルド様は、常に妹であるフィリアナ様の事を気遣い、そのお優しい気質で多くの年下のご令嬢方の心を鷲掴みされていらっしゃいます!」

 大興奮で兄を絶賛してくるオリヴィアの話からだと、どうやら兄は年下層の令嬢達に大人気らしい。そしてそうなってしまった経緯は、確実にフィリアナのせいである……。現状、まだその年齢層の令嬢達は幼い事もあって、あまり行動に出ていない様子だが、あと二年もすれば、確実に兄への婚約打診は殺到する事だろう。

 その事を初めて知ったフィリアナは帰宅後、兄には早々に婚約者を決めるようにと助言した方がいいと決意を固める。すると、先程まで大興奮で兄を絶賛していたオリヴィアが、何故か急に困惑した表情を浮かべ始めた。

「ですが、困りましたわ……。わたくし、てっきりフィリアナ様は、アルフレイス殿下との婚約に前向きであると思い込んでおりましたので……」
「その……お力になれず申し訳ございません……」

 フィリアナが不甲斐なさそうに謝罪すると、考え込むように片頬に手を添えてテーブルに視線を落としていたオリヴィアが、ふと何かを思い立ったように視線をあげる。

「あの……フィリアナ様は、殿下や兄のような策士的で腹黒い殿方は、あまりお好きではないのですよね?」
「クリストファー様はまだお会いして日が浅いので、よく分かりませんが……。少なくともアルフレイス殿下に関しては、あの策士的な部分が少々苦手ではあります」
「では逆に……思った事をすぐに口に出し、少々デリカシーに欠けている部分はありますが、自分に正直で裏表のない性格のグイグイ引っ張ってくれるような殿方は、どうでしょうか?」
「はい?」
「そういう殿方は、あまりお好きではない?」

 急に実在しているかのようなタイプを例えであげられ、好みの男性像を確認されたフィリアナが戸惑い出す。

「どうでしょうか……。今まで周囲にそのような男性がいなかったもので、何とも……」
「そう、ですか……」

 何故か残念そうに呟くオリヴィアの様子にフィリアナが首を傾げる。
 今の話の流れでは、オリヴィアがフォリアナにそういう男性を紹介しようとしているような雰囲気だったからだ。だが、その状況はフィリアナがアルフレイスを回避出来るだけで、オリヴィアにとっては何のメリットもない。

 そもそも……グイグイと引っ張ってくれる男性については、ぼんやりとしたイメージしか湧かなかった。何故ならフィリアナの周りにいる男性の殆どが、面倒見のよい穏やかな雰囲気をまとった人物ばかりだったからだ。

 フィリアナにとって一番身近な存在である兄ロアルドは、口では手厳しい事を言う事は多いが、フィリアナが激しく打ちのめされている時は、すぐに過保護になる。

 策士的な面が強いアルフレイスも基本的には、柔らかい口調なのでグイグイと引っ張るタイプではない。その兄である王太子セルクレイスなど、更に輪をかけたような正統派王子であり、フィリアナの事は初めて顔を合わせた頃から、妹のように可愛がってくれている。

 同じく父やその元部下のシークは、昔からフィリアナの事を猫可愛がりしており、ラテール伯爵家に仕えている男性騎士や魔導士達もフィリアナだけでなく、兄ロアルドに対しても過保護だ。

 まだ知り合ってから日が浅いクリストファーに関しては、王子二名以上に穏やかな雰囲気なので、確実にグイグイ引っ張ってくれるタイプではない。

 唯一、フィリアナの中で人を引っ張るタイプで思い当たったのは、国王であるリオレスだが……。こちらもフィリアナに対しては甘く、登城した際に顔を会わせると、高級な焼き菓子などをお土産に持たせてくれるほどだ。

 ようするに今までフィリアナの身近にいた男性の殆どが、穏やかな雰囲気をまとっているか、フィリアナに対して過保護で甘いタイプばかりだったのだ……。その為、『グイグイと引っ張ってくれる頼り甲斐がある男性像』というのが、フィリアナには具体的に想像出来なかった。

 そもそも何故オリヴィアは、そのような男性をフィリアナに勧めようとしているのかが謎である。仮にその男性がフィリアナの好みだったとしてもオリヴィアが、第二王子にとっての最有力婚約者候補という状況は変わらない。
 もしロアルドとの婚約が上手く成立した際、行き遅れのフィリアナが邪魔だと考えての対策だとしても、決行するにはまだ早すぎる。

 その事が気になり、オリヴィアに確認しようとフィリアナが口を開きかける。
 しかし、その絶妙なタイミングで近くの植木から何かが勢いよく飛び出して来た。

「きゃあ!!」

 その突然の状況にオリヴィアが悲鳴を上げる。一方フィリアナは、その飛び出してきた存在を反射的に両手で受け止めた。すると、それはドカリと椅子に座っているフィリアナの両膝に圧し掛かり、切ない声で鳴き始める。

「クーン! クーン! クーン!」
「アルスッ!? えっ……? も、もしかして兄様達のところから逃げ出してきちゃったの!?」
「クーン……」

 やや咎めるような口調でフィリアナが問いただすと、アルスは鼻をピスピス鳴らしながら、フィリアナの膝に顔を擦りつけてきた。
 すると、遠くの方からアルスの名を呼ぶ兄の声が聞こえる。

「アルスゥゥゥゥー!! お前、いい加減にしろぉぉぉぉー!! 今、お前の今後の安全面についての大事な話し合いをしていたんだぞ!?」

 そのロアルドの声を耳にしたオリヴィアが苦笑を浮かべる。

「どうやら今日のお茶会は、その駄犬の所為でここまでのようですわね……」
「えっ……? あ、あの、まだ伺いたい事が――――」

 フィリアナがそう言いかけた時、今度はアルスが飛び出してきた植木から兄ロアルドが勢いよく顔を出す。

「やっぱり、ここかっ!! アルス!! お前、最近フィーにベッタリしすぎだぞ!? 少しは空気を読めよ!!」
「バウッ、バウッバウッバウッ!!」
「申し訳ございません、オリヴィア様……。少し目を離した隙にあっという間にアルスが庭の方へと駆け出してしまって……」
「お気になさらないでください。この駄犬が口で言っても聞く耳を持っていない事は、重々承知しておりますので」
「ウゥー……バウッ!! バウッバウッ!!」
「あら? 何か言いたい事でもおありなのかしら? ?」
「バウッバウッバウッバウッバウッ!!」
「こらっ!! アルス、暴れるなぁぁぁー!!」

 結局、この話は突如乱入してきたアルスのせいで先程のオリヴィアの話の意図が確認出来ないまま、終わりを迎えてしまった。

 しかしこの後、フィリアナは帰りの馬車内でアルスの安全面が、それどころではない状況である事を兄から突き付けられてしまう。
 その事を痛感したフィリアナは、この日からますますアルスにベッタリとなり、常にアルスが傍にいないと不安を感じるようになってしまった……。
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