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【我が家の愛犬】

27.我が家の愛犬は脅迫材料にされる

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 王族専用のプライベートガーデンに案内されたフィリアナは、柔らかな笑みの中に何かを企んでいるような第二王子の様子を感じ取ってしまい、必死で口元が引き攣らないように気合いを入れる。
 そして二年前から徹底的に指導された渾身のカーテシーをゆっくりと披露した。

 対して動物達の方は、それぞれ違った反応を見せる。
 まずアルスだが、前回同様アルフレイスを威嚇するように低く唸り、今にも飛びかかりそうな雰囲気を前面に出す。

 逆に子狐のレイは、アルフレイスを自分と遊んでくれる相手と認識したようで、その周りをグルグルと回り始めた。そんな人懐っこいレイをアルフレイスが、ゆっくりとしゃがみ込んで抱き上げる。

「フィリアナ嬢、アルスの件で登城してくれてありがとう。でも……今回の話し合いは、宰相や他の臣下も交えての話し合いになるから、それぞれの私利私欲な意見も多くなる事を父上が懸念して、僕らには参加させない方がよいという判断になったそうだよ」

 アルフレイスのその話にフィリアナの顔から一気に血の気が引く。そんな反応を見せたフィリアナを少しでも安心させようと、アルフレイスがレイを抱き抱えたまま、ゆっくりと近づき、顔を覗き込んできた。

「大丈夫だよ? 恐らくアルスに関しては、引き続き君の家で保護して貰う事になると思うから。もちろん、この子狐も」

 それを聞いたフィリアナが、今度はあからさまに安堵の表情を浮かべた。しかし、それはほんの束の間の安心だった。何故なら第二王子が、突如不穏な言葉を発したからだ。

「でもね、もし僕が『魔法が使えるようになったアルスが側にいてくれると安心する』と口にしたら……どうなるだろうね?」
「えっ……?」

 予想もしていなかったアルフレイスの意地の悪い言い回しにフィリアナが、信じられないものでも見るような目を向ける。
 すると、アルスが更に低く唸りだし、アルフレイスの元へ突進した。だがアルフレイスは、そんなアルスをレイを片手で抱えたままヒラリと躱し、そのまま跨るように体重をかけ、アルスを地面へと押さえ込む。

「アルス!!」
「ごめんね? でもこれが興奮気味の犬を一番安全に抑え込める対処法なんだ。そもそも、こいつが暴れると話が進まないからね……。さて、アルス。君はどうする? このまま暴れ続けるのであれば、あそこに用意している君専用の檻を使う事になるのだけれど……。でも大人しく僕とフィリアナ嬢の話を聞けるというのであれば、この拘束は解いてあげるよ?」

 アルフレイスの打診に唸り声を上げながら威嚇していたアルスだが、このままでは埒が明かないと察したようで、やや不機嫌そうに鼻を鳴らした後、抵抗するのをやめた。

 そんなアルスの反応を確認したアルフレイスが「いい子だ」と言いながら跨るのをやめ、アルスを拘束から解放する。すると、アルスが第二王子から素早く距離を取るようにフィリアナの元へ戻り、まるでマーキングでもするかのように自身の体をフィリアナに擦り付ける。
 その様子を目にしたアルフレイスが苦笑した。

「フィリアナ嬢は、相当アルスに気に入られているようだね。それか犬特有の飼い主に対する厚い忠誠心があるのかな? でもこのアルスの行動は、僕からすると嫉妬深い恋人のようにしか見えないのだけれど……」

 そんな事を呟きながらアルフレイスは、フィリアナをティーセットが準備されているテーブル席に着くように促す。その対応にやや戸惑いを感じつつも、王族からの誘いを断る訳にもいかないフィリアナは大人しく席に着いた。
 すると、その横にアルスがピッタリと張りつくように陣取る。

 そんなアルスの行動を面白そうに眺めていたアルフレイスだが、抱えていた狐のレイが急に暴れ出したので、そっと地面に降ろした。すると、今度はレイがアルスに駆け寄り、足元にピッタリとくっ付く。
 その状況を目にしたアルフレイスが盛大に吹き出す。

「ふはっ、あはははははっ……!! あ、あの俺様アルスが、しょ……小動物に懐かれている!!」

 急に爆笑し出した第二王子に驚いたフィリアナが目を丸くする。
 しかしアルスの方は、その反応が気に食わなかったようでスクっと体を起こした後、物凄い勢いでアルフレイスに突進しようとした。それをフィリアナが「アルス、ダメ!!」と制する。
 しかし、この状況が更に第二王子の笑いのツボを刺激してしまう。

「くはっ……! す、凄いね、フィリアナ嬢は! あのアルスの動きを一瞬で制御出来てしまうなんて……。こ、こんなに従順なアルス、初めて見たよ……」

 両手で腹を抱えるように必死で笑いを堪えている第二王子の様子にフィリアナが、怪訝そうな視線を向ける。その足元ではアルスがグルグルと怒りを露わにしながら唸り、更にその足元では、この状況に飽きてしまったレイがアルスの股下を何度も潜って遊んでいた。
 そんな動物達の様子にアルフレイスの笑いは、どんどんと悪化する。

「ダ、ダメだっ……!! この状況……面白すぎる!!」

 すると笑い死にしそうなアルフレイスが腹を抱えるように前屈みになり、ブルブルと震えだす。そんな状態のアルフレイスに合わせていたら一向に話が進まないと察したフィリアナが、何故自分だけ個別で呼び出されたのか、その理由をさり気なく聞き出し始める。

「あのー……先程、殿下は私に何かお話があるとの事でしたが、それは一体……」
「ご、ごめん……これでは一向に話が進まないね。でも……あの破壊神が、まさかここまで従順になっている姿が見れるなんて思ってもみなかったから、つい……」

 そう言って再び口元をフルフルさせ始めたアルフレイスは、笑い過ぎで出かかっている涙を拭いながら、やっと話の本題に入る。

「今回フィリアナ嬢を個別で呼び出した理由は……実は僕が君にどうしても頼みたい事があって、父上に頼んでこの場を設けて貰ったんだ」
「私に……頼み事ですか?」
「うん。実は生まれつき体が弱い僕は、今現在まで年齢の近い友人を得た事がないんだ。現状もこの間の茶会で初めて公の場に出て、友人を得る機会にしようと準備していたのだけれど……とあるご令嬢の所為で、それも先送りになってしまったし……」

 そう語ったアルフレイスは、やや寂しそうな表情を浮かべながらテーブルへと視線を落とす。恐らく話に出てきた『とあるご令嬢』というのは、フィリアナに絡んできたエレノーラで、ほぼ間違いないだろう。

 だがアルフレイスは、敢えてエレノーラの名を出さなかった。そのアルフレイスの言い回しは『とあるご令嬢』に該当する人物が、エレノーラだけではない事を強調しているようにフィリアナには聞こえてしまう。

 つまりアルフレイスは、後先考えずにエレノーラの挑発にのってしまい、敢えて彼女を煽るような対応をしてしまったフィリアナにも、今回アルスが暴走する切っ掛けを招いた責任があるのでは……と仄めかしている素振が感じられるのだ。

 もしフィリアナが、年相応の無邪気な9歳児であれば、そのような言い回しをされていたとしても、さらりと聞き流せただろう。だが、頭の回転が速い兄ロアルドと、日常的に会話をする事が多いフィリアナは違う。第二王子が、やんわりとした口調の中に仕込んで来た意地の悪い言い回しを読み取ってしまうのだ。

 そんな第二王子の言葉に唖然となりつつも、微かな苛立ちを覚えたフィリアナは、アルスを犬質いぬじちに取られそうになっている事もあり、その挑発にのってしまう。

「わたくしは、殿下がご友人を得る機会を邪魔してしまった身なので、お力になれるかは分かりませんが……。殿下のご要望とは、どのような内容になりますでしょうか?」

 初対面時とは打って変わり、フィリアナは瞬時に淑女の仮面を貼り付け、にっこりと微笑む。エレノーラに絡まれた時もそうだったが、戦闘態勢に入ったフィリアナは、相手に侮られないようにやけに淑女ぶる癖がある。

 その行動を兄ロアルドから「もう本来のフィーの姿を見せた後じゃ、その淑女の仮面は無意味じゃないか?」と、よく言われてしまっているのだが……。この行動は、戦う事を決意したフィリアナの儀式的な行動なので、たとえ兄に無意味と言われようともやめる気はない。

 すると、そんなフィリアナの変化を目にしたアルフレイスが一瞬驚くような反応をした後、まるで面白そうな玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべた。

「その切り返し方は、兄君であるロアルド令息からの入れ知恵かな? 今の返答だと、内容次第では君は僕の『お願い事』を断る可能性があると仄めかしているように聞こえたのだけれど?」
「わたくしは兄とは違い、あまり気の利いた振る舞いが出来ませんので……」
「そんな事は無いと思うよ? 今の切り返し方で君は十分、僕のお願い事を叶えてくれる素質があると分かったから」

 何かを企んでいるような第二王子のその評価にフィリアナが、一瞬だけ怯むように顔を強張らせる。すると、その反応を目にしたアルフレイスが、先程以上に笑みを深めながら『お願い事』の具体的な内容を口にし始める。

「実は……フィリアナ嬢には、僕の友人になってもらいたいんだ」
「えっ?」
「先ほども話をしたけれど、僕には歳の近い友人が未だにいない状態なんだ……。だから君と兄であるロアルド令息に是非、僕の友人になって貰いたいんだよ」
「友人……てすか?」
「そう、友人。まぁ、具体的な内容でお願いすると……毎月三回ほど君達に登城してもらって、僕の話し相手になって貰いたいんだ。もちろん、アルスとその子狐も一緒に連れてきてもらって構わないよ?」

 ニッコリと笑みを浮かべながら提案された内容にフィリアナが怪訝そうな表情を浮かべる。同時にアルスも胡散臭い様子の第二王子のその要望内容が気に食わないのか、更に低い唸り声を上げ出した。            
 すると、アルフレイスが眉尻を下げながら、困惑気味の笑みを送ってくる。

「先程も伝えたけれど、僕は最近まで病弱で寝たきり、友人どころか社交情勢にもかなり疎いんだ。でも流石にこので、社交関係を回避し続ける事には限界を感じている……。恐らく二年後には、僕も兄上のように王族として社交活動をする事になる。でもその前に予めご令嬢の情報を手に入れておきたいんだ」

 アルフレイスの口から『病弱設定』という言葉が出た瞬間、やはり今までの第二王子の体調不良の原因は、刺客によって引き起こされたものだったとフィリアナが確信する。

 だが、そんな病弱設定をされているアルフレイスは、日々成長している。
 二属性魔法が使えるリートフラム王家の血が流れているアルフレイスであれば、現在は年齢的に自身の身を守る事が出来るようになっているはずだ。

 すなわち現状では、そろそろアルフレイスが社交場に参加する事が可能だという事だ。恐らく国王夫妻は、第二王子の社交デビューを12歳になる二年後に予定しているのだろう。

 だが、王太子でもあるセルクレイスが早々に婚約者を得てしまった今、第二王子が社交デビューを果たせば、王太子の婚約者の座を得られなかった令嬢達が怒涛のように押し寄せ、アルフレイスを狙ってくる。

 その事を懸念し、予め自身と同じくらいの年齢の令嬢達の情報を把握したいアルフレイスは、同じく歳の近いフィリアナとロアルドから、その情報を得たいという事らしい。だが、フィリアナはそれとは別の目的をアルフレイスが抱いている事に気づいてしまう。

「殿下は……わたくしを野心溢れるご令嬢避けにご所望されている……という事でよろしいでしょうか?」

 そう口にしたフィリアナの表情は、不満から無表情になっていた。そんなフィリアナの切り返しにアルフレイスが、満足そうな笑みを返す。

「君は話が早くていいね! まさにそれが君にお願いしたい事なんだよ」
「恐れ入りますが、わたくしのように感情的になりやすい令嬢では、そのお役目は務まらないと思うのですが?」

 全く感情のこもっていない口調で、フィリアナはその役割を即辞退しようとした。しかし、アルフレイスの方は諦めるつもりはないらしい。

「そんな事はないと思うよ? そもそも僕は、すでに君の勇姿をエレノーラ嬢が起こした騒ぎで、目にしているからね。君は困難にぶつかった際、簡単に諦めない強さを持っているだけでなく、自身の手に余ると悟った瞬間、すぐに兄君に協力を言い出せる判断力も持っている。自身の能力の限界を瞬時に見極め、誰かに頼る判断を自信に下す事って、なかなか出来ないと思うよ? だってそれは一度、自身の未熟さを認めないと生まれない考え方だから」

 そう言って優しげな笑みを浮かべるアルフレイスの言葉に一瞬だけ、フィリアナの動きが止まる。先程の意地の悪い物言いとは違い、明らかにフィリアナの内面部分を高評価してくれている言葉だったからだ。
 そもそもこの第二王子の恐ろしいところは、一度しか交流がなかったフィリアナの人間性や長所を瞬時に見抜ける観察眼を持っている事だ。

 それが王族特有の能力なのか、あるいはアルフレイスが持って生まれたものなのかは不明だが、初めて兄のロアルド以上に頭の回転が速そうな相手に遭遇したフィリアナは、どう対応していいか分からず、かなり戸惑ってしまう。
 そんなフィリアナの反応に隙を見出した第二王子は、更に畳み掛けてきた。

「どうかな? フィリアナ嬢。僕のこの要望に応えてくれる人物としては、君は適任者だと思うのだけれど……。もちろん、兄君のロアルド令息にも同じように僕の友人になって欲しいとお願いするつもりだよ? 兄君が一緒であれば、君も安心なんじゃないかな?」

 そのアルフレイスの巧みな誘導話術にフィリアナは一瞬、『兄が一緒であれば……』と流されそうになる。しかし、そんなフィリアナのドレスの裾をアルスが口に咥えてグイグイと引っ張り、考えを改めさせようと促して来た。そのアルスの行動で、フィリアナは思わず承諾しかけている自分に気づき、一旦冷静になろうと小さく深呼吸をする。

 するとフィリアナが上手く流されなかった事に気付いたアルフレイスが、更に意地の悪そうな笑みを深めながら、別のアプローチ方法で攻めてきた。

「ちなみに……もしこの申し出を断られてしまったら、僕は友人がいない事を嘆いて『魔法が使えるようになったアルスを側に置きたい』と、両親にお願いしてしまうかもしれないなー」

 そんな脅迫じみたアプローチ方法で要望を押しと通そうとしてきた第二王子に対して、フィリアナは苛立ちを感じたが、アルスを引き合いに出された為、結局抗う事が出来ず……。

 この時は、悔しさを押し殺しながらも『友人になって欲しい』という第二王子の要望を受け入れるしかなかった。
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