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【我が家の子犬】
9.我が家の子犬は王太子好き
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母ロザリーに呼ばれ、フィリアナ達が急いで邸に戻ると、そのまま応接間へと案内された。
「お母様、今誰か来ているの?」
「ええ」
「僕達も知っている人?」
ロアルドに質問にはロザリーが満面の笑みを浮かべる。
「ええ! 二人共、とぉ~ってもよく知っている方よ!」
その母の返答に二人は首を傾げる。
応接間にいるという事は、恐らく父の部下か同僚の可能性が高い。だが、今の母の言い方では、会えば二人が喜ぶであろうという反応だった。父親の仕事仲間で、そのような人物が思い当たらない二人は、更に首を傾げる。
「もしかして親戚の誰かが遊びに来たの?」
「さぁ? お会いすれば分かるんじゃない?」
何故か勿体ぶる母の様子から、滅多に会えない人間が来訪しているとロアルドは予想する。一方、フィリアナは特に深くは考えていないようで「誰だろうねー?」と、自分の隣を歩いているアルスへ呑気に話しかけていた。
すると、応接間の扉が見えてくる。
「さぁ、二人とも中に入って」
母ロザリーに促され、二人と一匹が応接間に足を踏み入れる。
すると、父フィリックスと向き合いながら話していたオレンジがかった髪色の青年が、二人の入室に気づき手を振ってきた。
「「シーク様!!」」
その人物が誰なのか確認した二人が同時に叫び、来客である青年に駆け寄った。そんな二人より一歩出遅れたアルスも後を追う。
「ロア! フィー! 久しぶりだな! 元気だったか?」
二人に駆け寄られた青年が席を立ち、目線を合わせるようにかがみ込む。
「二人とも大きくなったなー。会うのは二年ぶりか?」
「うん!」
「シーク様! フィーね、6歳になったんだよ! もうお姉さんなんだよ!」
そう言って、フィリアナは何故かシークの前で両手を広げた。するとシークがフィリアナの脇の下に手を入れ、軽々とフィリアナを持ち上げる。
「おお! 本当に大きくなったなー! 6歳なら確かに立派なお姉さんだ! ロアも随分身長が伸びたな!」
「うん! 僕、この二年で7センチも身長が伸びたよ!」
「子供は、あっという間に大きくなるなー」
しみじみしながら呟くその青年は、ローグナー辺境伯家の三男で今年で25歳になるシーク・ローグナーだ。
二年前まで父フィリックスの部下として、共に第二王子の護衛に携わっていたのだが、現在はその兄である王太子セルクレイスの護衛騎士である。
だが第二王子の護衛を務めていた際、頻繁にラテール家に出入りしていた。
その際にフィリアナ達は、シークによく遊んでもらっていたのだ。
「ねぇ、何で? 何でシーク様、フィーのお家にいるの? もしかして遊びに来てくれたの?」
「残念! 今回は仕事で来ただけなんだ……」
「えっ!? もしかしてシーク様、また第二王子殿下付きの護衛騎士に戻るの!?」
「じゃあ、前みたいにフィーのお家にたくさん遊びに来られる?」
二人からの矢継ぎ早に質問責めにされたシークが苦笑する。
「ごめんなー……。今日は本当にフィリックス先輩にセルクレイス殿下の警備の相談をしに来ただけなんだ」
「警備の相談?」
シークのその返答にロアルドが首を傾げる。
何故、王太子の警備の相談を第二王子付きの父にしに来たのかと。すると、フィリックスがコホンと咳払いをした後、会話に入ってきた。
「その事も含め、お前達に大事な話がある。とりあえず二人共、席に着こうか」
父親に促され、シークにおろされたフィリアナとロアルドが、並ぶように長椅子に腰かける。すると、アルスが我が物顔でフィリアナの膝の上を陣取り、そのまま丸まった。その様子を眺めていたシークが、盛大に吹き出す。
「第二王子殿下の聖魔獣様は、随分とフィーの膝の上がお気に入りなんだな?」
シークがニヤニヤしながらそう告げると、何故かアルスが過剰反応するようにフィリアナの膝上で立ち上がり、グルグルと威嚇するような唸り声をあげ始める。
「こら! アルス! お客様にグルグル言ったらダメ!」
そう言ってアルスを落ち着かせようと、フィリアナが背中を撫で付ける。しかしアルスは、シークを睨みつけながら唸る事を止めようとしない。
「アルス? どうしたんだ? いつもならお客様が来てもフィーの膝上で大人しくしているのに……」
ロアルドも不思議がり、フィリアナと一緒になってアルスを落ち着かせようと背中を撫で始める。すると、その様子を見ていたシークが大声で笑い出した。
「ぶはっ! あはははは……! で、殿下の聖魔獣様は、随分とラテール兄妹に骨抜きにされているじゃないか! これじゃあ数ヶ月前まで城にいた時の破壊神ぶりは、見る影もないな!」
シークのその話にロアルドとフィリアナが、怪訝そうに首を傾げる。
確かにアルスは子犬にしてはプライドが高く俺様犬だが、父フィリックス以外の人間に対しては、そこまで目立ったやんちゃぶりを発揮していない。
その為、シークの言う城で生活していた頃の破壊神的なアルスの様子が、二人には全く想像がつかなかったのだ。
対してプライドの高いアルスは、シークにバカにされたと思ったのか、怒りを露にしてキャンキャンと吠え始める。
すると、アルスの心情を察したフィリアナが、シークに訴えた。
「シーク様! アルスの悪口言わないで! アルスはうちに来てから、凄くお利口さんでいい子なんだから!」
フィリアナの訴えを聞いたシークが更に吹き出し、膝まで叩き出して爆笑する。
「い、いい子ぉ!? 城じゃバカにしたような態度を教育係にし続け、何度も護衛騎士をまいて脱走ばかりしてたアルスが!?」
「「ええっ!?」」
更に詳しい城で過ごしていたアルスの様子を聞いた二人は、思わずその話題の子犬に視線を注ぐ。すると、ついに忍耐の限界を突破したアルスが、勢いよくフィリアナの膝から飛び降り、テーブルの下を潜って向かいの席に座るシークの足首に噛みつこうとした。
しかし、現役魔法騎士であるシークはその攻撃を華麗に躱し、逆にアルスはあっさりとシークに捕獲されてしまう……。
「キャン! キャン! キャン!」
そのまま抱え上げられたアルスは更に怒りを募らせ、激しくシークを吠えたてる。しかし、そんなアルスにシークは、挑発するような笑みを浮かべた。
「アルス、いいのか~? 今日の俺はお前にかなりの朗報を持ってきたんだぞ~? だが、そんな俺に喧嘩を売るなら、この話は無しにしちゃうからな~?」
何やら勿体振る言い方をしてきたシークだが、アルスは気にもとめずに宙ぶらりんとなった両足をジタバタさせ、自分を抱え上げているシークの手に噛みつこうとした。
しかし、その様子を呆れながら見ていたフィリックスのある一言で、アルスの動きがピタリと止まる。
「実は今日シークに来て貰ったのは、二週間後に我が家への来訪を希望されている王太子殿下の警備体勢について、話し合う為なんだ」
すると、ロアルドは突然高貴な人物が自宅にやって来る予定がある事に驚き、逆にあまり物事を深く考えていないフィリアナは、手を叩いて喜び始める。
「凄ぉぉぉーい! もう少しでフィーのお家に王子様が来てくれるの!?」
「そうだよ」
「わぁーい!やったー!」
王太子の来訪予定にフィリアナが素直に大喜びする。そして何故かアルスの方も千切れそうなくらい尻尾をブンブンと振っていた。
だが、ロアルドの方は腑に落ちないという表情を浮かべる。
「待って、父様。何で王太子殿下が、一介の伯爵家である我が家にわざわざお越しくださるの? アルスの飼い主であるアルフレイス殿下が来られるなら、まだ分かるけれど……」
息子の鋭い質問にフィリックスがシークと顔を見合わせた後、苦笑する。
「セルクレイス殿下は、寝たきりなアルフレイス殿下の代わりにずっとアルスの相手をしてくださっていたんだ。今回も病弱で外出がままならない弟殿下にアルスの様子を見てきて欲しいと頼まれたそうだよ」
その話を聞いたラテール兄妹が、チラリとアルスに目を向ける。
すると、よく遊んでくれた王太子に近々会える事が嬉しいのか、アルスは青みかかった薄灰色の大きな瞳をキラキラさせ、更に尻尾を勢いよく振る。
だがその尻尾は、アルスを抱えているシークの腕にビシバシと当たっていた。
「アルス……。久しぶりに王太子殿下に会えるのが嬉しいのは分かるが、そのせいで俺が酷い目にあっているんだが……」
そう不満を溢し迷惑そうな表情を浮かべたシークが、そっとアルスを床におろす。その好機な瞬間をアルスは逃さなかった。
「痛ぇっ!」
シークが手を離そうとした瞬間、アルスはその手に軽い歯形が残るくらいの強さで、ガブリと噛みついたのだ。その光景を目の当たりにしたフィリアナが、思わず叫び声をあげる。
「こら! アルス! シーク様を噛んじゃダメェェェー!!」
シークに振り払われた後、華麗に床に着地したアルスだが、4本足で踏ん張るような低い姿勢で喉をグルグル鳴らし、シークを威嚇し続ける。そんなアルスのもとに駆け寄ったフィリアナが、横から掻っ攫うようにアルスを抱き抱え、シークから引き離した。
「アルス、めっ! 人にすぐ噛みつくのは悪い事だからやっちゃダメって、さっきフィーが言ったでしょ!?」
アルスを自分と対面させるように抱き上げながら、フィリアナが幼子を言い聞かせる母のようにアルスを叱りつける。すると、アルスが耳をペタンとさせ、ピスピスと鼻を鳴らしながら「クーン、クーン……」と切なげな声をあげ始めた。
その様子を見たシークは、笑いを通り越して呆れ気味な表情を浮かべる。
「アルス……そのあからさまな豹変ぶりは何だ………。お前は、そんな人に媚びるような奴じゃなかったはずたろ? ルエール山よりも高かったプライドは、どこに捨ててきたんだ?」
シークの言葉に再びお怒りとなったアルスが唸り、悪態を吐くようにキャンキャンと吠え出す。
「アルス、めっ!!」
だが、再びフィリアナの叱責を受けてしまい、更にしょんぼりする。
そんなアルスを落ち着かせようと、フィリアナはアルスを撫でながら、シークに申し訳なさそうな表情を向ける。
「シーク様、ごめんなさい……。お手て、大丈夫? アルスね、ちょっとビックリしちゃっただけで、わざと噛みついたんじゃないの……。フィーが、後でちゃんと叱っておくから……今日はアルスの事、許してあげて?」
そう言ってお姉さんぶるフィリアナの様子にシークの顔が盛大に緩む。
「フィー、気にしなくていいぞ? そもそも城にいた時なんか、俺はもっと本気で噛みつかれてたからな。その時に比べたら、今のアルスはかなりお利口さんになった方だぞ?」
そう言いながらシークが、やや乱暴にアルスの頭をグリグリと撫でる。すると、アルスが心底嫌そうに頭を振って、その手から逃れようとした。
そんなアルスに苦笑を向けながら、シークはポツリとこぼす。
「アルス、良かったな……。もう少ししたら、セルクレイス殿下に会えるぞ?」
そのシークの密かな呟きをしばらく傍観気味になっていたロアルドは、聞き逃さなかった。
「お母様、今誰か来ているの?」
「ええ」
「僕達も知っている人?」
ロアルドに質問にはロザリーが満面の笑みを浮かべる。
「ええ! 二人共、とぉ~ってもよく知っている方よ!」
その母の返答に二人は首を傾げる。
応接間にいるという事は、恐らく父の部下か同僚の可能性が高い。だが、今の母の言い方では、会えば二人が喜ぶであろうという反応だった。父親の仕事仲間で、そのような人物が思い当たらない二人は、更に首を傾げる。
「もしかして親戚の誰かが遊びに来たの?」
「さぁ? お会いすれば分かるんじゃない?」
何故か勿体ぶる母の様子から、滅多に会えない人間が来訪しているとロアルドは予想する。一方、フィリアナは特に深くは考えていないようで「誰だろうねー?」と、自分の隣を歩いているアルスへ呑気に話しかけていた。
すると、応接間の扉が見えてくる。
「さぁ、二人とも中に入って」
母ロザリーに促され、二人と一匹が応接間に足を踏み入れる。
すると、父フィリックスと向き合いながら話していたオレンジがかった髪色の青年が、二人の入室に気づき手を振ってきた。
「「シーク様!!」」
その人物が誰なのか確認した二人が同時に叫び、来客である青年に駆け寄った。そんな二人より一歩出遅れたアルスも後を追う。
「ロア! フィー! 久しぶりだな! 元気だったか?」
二人に駆け寄られた青年が席を立ち、目線を合わせるようにかがみ込む。
「二人とも大きくなったなー。会うのは二年ぶりか?」
「うん!」
「シーク様! フィーね、6歳になったんだよ! もうお姉さんなんだよ!」
そう言って、フィリアナは何故かシークの前で両手を広げた。するとシークがフィリアナの脇の下に手を入れ、軽々とフィリアナを持ち上げる。
「おお! 本当に大きくなったなー! 6歳なら確かに立派なお姉さんだ! ロアも随分身長が伸びたな!」
「うん! 僕、この二年で7センチも身長が伸びたよ!」
「子供は、あっという間に大きくなるなー」
しみじみしながら呟くその青年は、ローグナー辺境伯家の三男で今年で25歳になるシーク・ローグナーだ。
二年前まで父フィリックスの部下として、共に第二王子の護衛に携わっていたのだが、現在はその兄である王太子セルクレイスの護衛騎士である。
だが第二王子の護衛を務めていた際、頻繁にラテール家に出入りしていた。
その際にフィリアナ達は、シークによく遊んでもらっていたのだ。
「ねぇ、何で? 何でシーク様、フィーのお家にいるの? もしかして遊びに来てくれたの?」
「残念! 今回は仕事で来ただけなんだ……」
「えっ!? もしかしてシーク様、また第二王子殿下付きの護衛騎士に戻るの!?」
「じゃあ、前みたいにフィーのお家にたくさん遊びに来られる?」
二人からの矢継ぎ早に質問責めにされたシークが苦笑する。
「ごめんなー……。今日は本当にフィリックス先輩にセルクレイス殿下の警備の相談をしに来ただけなんだ」
「警備の相談?」
シークのその返答にロアルドが首を傾げる。
何故、王太子の警備の相談を第二王子付きの父にしに来たのかと。すると、フィリックスがコホンと咳払いをした後、会話に入ってきた。
「その事も含め、お前達に大事な話がある。とりあえず二人共、席に着こうか」
父親に促され、シークにおろされたフィリアナとロアルドが、並ぶように長椅子に腰かける。すると、アルスが我が物顔でフィリアナの膝の上を陣取り、そのまま丸まった。その様子を眺めていたシークが、盛大に吹き出す。
「第二王子殿下の聖魔獣様は、随分とフィーの膝の上がお気に入りなんだな?」
シークがニヤニヤしながらそう告げると、何故かアルスが過剰反応するようにフィリアナの膝上で立ち上がり、グルグルと威嚇するような唸り声をあげ始める。
「こら! アルス! お客様にグルグル言ったらダメ!」
そう言ってアルスを落ち着かせようと、フィリアナが背中を撫で付ける。しかしアルスは、シークを睨みつけながら唸る事を止めようとしない。
「アルス? どうしたんだ? いつもならお客様が来てもフィーの膝上で大人しくしているのに……」
ロアルドも不思議がり、フィリアナと一緒になってアルスを落ち着かせようと背中を撫で始める。すると、その様子を見ていたシークが大声で笑い出した。
「ぶはっ! あはははは……! で、殿下の聖魔獣様は、随分とラテール兄妹に骨抜きにされているじゃないか! これじゃあ数ヶ月前まで城にいた時の破壊神ぶりは、見る影もないな!」
シークのその話にロアルドとフィリアナが、怪訝そうに首を傾げる。
確かにアルスは子犬にしてはプライドが高く俺様犬だが、父フィリックス以外の人間に対しては、そこまで目立ったやんちゃぶりを発揮していない。
その為、シークの言う城で生活していた頃の破壊神的なアルスの様子が、二人には全く想像がつかなかったのだ。
対してプライドの高いアルスは、シークにバカにされたと思ったのか、怒りを露にしてキャンキャンと吠え始める。
すると、アルスの心情を察したフィリアナが、シークに訴えた。
「シーク様! アルスの悪口言わないで! アルスはうちに来てから、凄くお利口さんでいい子なんだから!」
フィリアナの訴えを聞いたシークが更に吹き出し、膝まで叩き出して爆笑する。
「い、いい子ぉ!? 城じゃバカにしたような態度を教育係にし続け、何度も護衛騎士をまいて脱走ばかりしてたアルスが!?」
「「ええっ!?」」
更に詳しい城で過ごしていたアルスの様子を聞いた二人は、思わずその話題の子犬に視線を注ぐ。すると、ついに忍耐の限界を突破したアルスが、勢いよくフィリアナの膝から飛び降り、テーブルの下を潜って向かいの席に座るシークの足首に噛みつこうとした。
しかし、現役魔法騎士であるシークはその攻撃を華麗に躱し、逆にアルスはあっさりとシークに捕獲されてしまう……。
「キャン! キャン! キャン!」
そのまま抱え上げられたアルスは更に怒りを募らせ、激しくシークを吠えたてる。しかし、そんなアルスにシークは、挑発するような笑みを浮かべた。
「アルス、いいのか~? 今日の俺はお前にかなりの朗報を持ってきたんだぞ~? だが、そんな俺に喧嘩を売るなら、この話は無しにしちゃうからな~?」
何やら勿体振る言い方をしてきたシークだが、アルスは気にもとめずに宙ぶらりんとなった両足をジタバタさせ、自分を抱え上げているシークの手に噛みつこうとした。
しかし、その様子を呆れながら見ていたフィリックスのある一言で、アルスの動きがピタリと止まる。
「実は今日シークに来て貰ったのは、二週間後に我が家への来訪を希望されている王太子殿下の警備体勢について、話し合う為なんだ」
すると、ロアルドは突然高貴な人物が自宅にやって来る予定がある事に驚き、逆にあまり物事を深く考えていないフィリアナは、手を叩いて喜び始める。
「凄ぉぉぉーい! もう少しでフィーのお家に王子様が来てくれるの!?」
「そうだよ」
「わぁーい!やったー!」
王太子の来訪予定にフィリアナが素直に大喜びする。そして何故かアルスの方も千切れそうなくらい尻尾をブンブンと振っていた。
だが、ロアルドの方は腑に落ちないという表情を浮かべる。
「待って、父様。何で王太子殿下が、一介の伯爵家である我が家にわざわざお越しくださるの? アルスの飼い主であるアルフレイス殿下が来られるなら、まだ分かるけれど……」
息子の鋭い質問にフィリックスがシークと顔を見合わせた後、苦笑する。
「セルクレイス殿下は、寝たきりなアルフレイス殿下の代わりにずっとアルスの相手をしてくださっていたんだ。今回も病弱で外出がままならない弟殿下にアルスの様子を見てきて欲しいと頼まれたそうだよ」
その話を聞いたラテール兄妹が、チラリとアルスに目を向ける。
すると、よく遊んでくれた王太子に近々会える事が嬉しいのか、アルスは青みかかった薄灰色の大きな瞳をキラキラさせ、更に尻尾を勢いよく振る。
だがその尻尾は、アルスを抱えているシークの腕にビシバシと当たっていた。
「アルス……。久しぶりに王太子殿下に会えるのが嬉しいのは分かるが、そのせいで俺が酷い目にあっているんだが……」
そう不満を溢し迷惑そうな表情を浮かべたシークが、そっとアルスを床におろす。その好機な瞬間をアルスは逃さなかった。
「痛ぇっ!」
シークが手を離そうとした瞬間、アルスはその手に軽い歯形が残るくらいの強さで、ガブリと噛みついたのだ。その光景を目の当たりにしたフィリアナが、思わず叫び声をあげる。
「こら! アルス! シーク様を噛んじゃダメェェェー!!」
シークに振り払われた後、華麗に床に着地したアルスだが、4本足で踏ん張るような低い姿勢で喉をグルグル鳴らし、シークを威嚇し続ける。そんなアルスのもとに駆け寄ったフィリアナが、横から掻っ攫うようにアルスを抱き抱え、シークから引き離した。
「アルス、めっ! 人にすぐ噛みつくのは悪い事だからやっちゃダメって、さっきフィーが言ったでしょ!?」
アルスを自分と対面させるように抱き上げながら、フィリアナが幼子を言い聞かせる母のようにアルスを叱りつける。すると、アルスが耳をペタンとさせ、ピスピスと鼻を鳴らしながら「クーン、クーン……」と切なげな声をあげ始めた。
その様子を見たシークは、笑いを通り越して呆れ気味な表情を浮かべる。
「アルス……そのあからさまな豹変ぶりは何だ………。お前は、そんな人に媚びるような奴じゃなかったはずたろ? ルエール山よりも高かったプライドは、どこに捨ててきたんだ?」
シークの言葉に再びお怒りとなったアルスが唸り、悪態を吐くようにキャンキャンと吠え出す。
「アルス、めっ!!」
だが、再びフィリアナの叱責を受けてしまい、更にしょんぼりする。
そんなアルスを落ち着かせようと、フィリアナはアルスを撫でながら、シークに申し訳なさそうな表情を向ける。
「シーク様、ごめんなさい……。お手て、大丈夫? アルスね、ちょっとビックリしちゃっただけで、わざと噛みついたんじゃないの……。フィーが、後でちゃんと叱っておくから……今日はアルスの事、許してあげて?」
そう言ってお姉さんぶるフィリアナの様子にシークの顔が盛大に緩む。
「フィー、気にしなくていいぞ? そもそも城にいた時なんか、俺はもっと本気で噛みつかれてたからな。その時に比べたら、今のアルスはかなりお利口さんになった方だぞ?」
そう言いながらシークが、やや乱暴にアルスの頭をグリグリと撫でる。すると、アルスが心底嫌そうに頭を振って、その手から逃れようとした。
そんなアルスに苦笑を向けながら、シークはポツリとこぼす。
「アルス、良かったな……。もう少ししたら、セルクレイス殿下に会えるぞ?」
そのシークの密かな呟きをしばらく傍観気味になっていたロアルドは、聞き逃さなかった。
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