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1.風巫女とお告げ
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大陸で一番大きな国コーリングスター。
精霊の国と呼ばれるこの国の城の一番開けたバルコニーに一人佇む少女の姿があった。
年の頃は17、スペアミント色の腰まである長い髪を二つに分け、それを風になびかせながら空を眺めている。
毛質が細く量の少ない真っ直ぐな彼女の髪は、まるで風に舞う細いリボンのような優雅な動きをしていた。そして空を見上げる彼女のキャメルブラウンの瞳は、どこか途方に暮れている印象を与える。
少女の名前はエリアテール・ウインド・ブレスト。
この国の姫……ではなく、隣国である小国サンライズの伯爵令嬢だ。
だたし、ただの令嬢ではない。彼女は通称『風巫女』と呼ばれる存在だった。
エリアテールの国であるサンライズは、小国ながらも『天候を操る国』と呼ばれており、その呼び名通り王家の人間は男性のみが、どんな悪天候も晴天に変えてしまう力を持っている。
それ以外に女性のみが雨を降らせる事が出来る一族が三家、風を操れる一族が三家と存在している。国内ではそれら一族の女性を『サンライズの巫女』と呼び、雨を降らせる事が出来る一族の女性を『雨巫女』、風を起こせる事が出来る女性を『風巫女』と呼んでいた。そしてそれら特別の力を持つ一族は爵位を賜り、その血を絶やさぬ様にと代々王家から丁重に扱われている存在だ。
更に特徴的なのが、どちらも完全なる女系一族でもある。
ただし長女として生まれた子供以外は、力が使えても次世代に力を引き継ぐ事は出来ない。
その為、これらの家系で長女として生まれた女性は早婚で、子だくさんな家庭を築く事が理想とされていた。その理由は、子供が多ければ多いほど雨や風を扱える人間が増えるからだ。幸いエリアテールは四女なので、そのお役目の心配はない。
しかしその代わりとして、国の外交にとって重要な役割を義務付けられている。
長女以外の少女達は、生まれ持ったその力を他国に提供する事で国の収益に大きく貢献していた。例えば雨の少ない地域で雨を降らせたり、風力の必要な地域にその力を提供したり等だ。それらの力を希望する地域に彼女達サンライズの巫女を派遣する事が、国の収益となっている。
そうなると当然、その力を持つ巫女自身を手に入れようとする輩も出てくる。
しかし、その力は巫女達が永遠に維持出来るものではない。
彼女達の巫女力は、ある条件が破られると力を失われてしまうのだ。
巫女達が力を使える条件……それは彼女達の処女性だ。
すなわち、巫女達はどこかに嫁ぐとその殆どが力を失う事になる。
中には、娶った後も巫女の貞操を守り抜き、その力の恩恵を受け続けたというツワモノの事例もあるが……。巫女達の嫁ぎ先の殆どが爵位の高い貴族や王族である事が多く、最終的には世継ぎ問題で巫女力を維持できないケースが殆どだ。
それでも巫女の力を失わせず、派遣費用も掛けずに出来るだけ長くその恩恵を受けたい……。そういう場合は、まだ幼い巫女と早々に婚約してしまうという方法がある。その場合、婚約者となった巫女が成人するまで婚約期間を維持し、その後は婚約を解消するという方法だ。
その間は巫女の人権を守る為の『巫女保護法』の下、例え将来的に婚約解消する予定であったとしも、通常の婚約者として巫女を丁重に扱わなくてはならないという条件が設けられていた。
一見、サンライズにとっても巫女達の婚約先にとっても何の得もしていないように思える状況だが……。サンライズ側にとっては、巫女が丁重にもてなされる事によってその一族が潤う為、巫女の血筋を守る一環となり、逆に巫女と婚約した家の方では、巫女の派遣費用が婚約者への接待費用となる為、婚約者のもてなし費用だけで巫女の力の恩恵を受ける事が出来るのだ。
どうしても巫女の恩恵を必要とする土地を治める貴族達にとっては、巫女を婚約者にしてしまった方が、派遣費用が抑えられる為、その選択をする貴族や王族も多い。巫女力の恩恵を受ける為だけに彼女達を婚約者として迎い入れ、その後婚約を解消して、本来婚約したかった女性と再度婚約をし直すと言う事も出来るのだ。ちなみにもし仮にそのまま婚約者である巫女との結婚を望んだ場合は、彼女達の持参金は各々が持つ巫女力となる。
巫女達にとっては、巫女力目当てで婚約を結ばされ、後に婚約を解消される可能性もある為、あまりいい待遇とも言い難い状況だが、その分婚約期間中は全力で相手にもてなされる為、高待遇な職場と割り切ってその婚約を受け入れており、婚約解消は当たり前だという考えの巫女が殆どだった。
そんな背景もあり、サンライズの巫女達は幼少期の頃から他国の貴族や王族達が、まるで取り合う様に政略的な婚約を求めてくる為、婚約先がすぐに決まってしまう。
そして現在途方にくれながら空を見上げているエリアテールも、まさにこのパターンに当てはまる。そんなエリアテールは、僅か6歳でこの大国コーリングスターの王太子の婚約者として選ばれたのだが、婚約先となった大国コーリングスターは通称『精霊の国』と呼ばれていて国民の殆どが国内に存在する精霊の加護を得る事で魔法を使う事が出来る国だった。
しかし、その精霊の存在は国内の大気を霊力の影響で濁らせてしまう為、国内全土の日差しが遮られてしまう状態を招いてしまう。その結果、農作物の育成や人体等にも悪影響が出てしまうというデメリットもあった。
すなわち国内の大気の浄化を図る為には、どうしても強力な風の力が必須となる国なのだ。ならば国民の殆どが魔法を使えるのだから、その力で大気の浄化をすればいいのだが……。この国には風の魔法を扱える人間が、ほんの僅かしか存在しない。
その原因が4大精霊王の一人、風の精霊王の存在だ。
コーリングスターには地水火風の4属性の精霊が存在する。
その4属性にはそれぞれ『精霊王』という存在がいて、各属性の精霊達をまとめているのだが、その一人である風の精霊王というのが大の人間嫌いなのだ。
その為、ここ数百年程は滅多な事がない限り、配下の精霊達には人間に加護を与える事を禁止しているらしい。もちろん、極わずかだが風の精霊の加護を受けている国民も存在する。
しかし、それら加護を与えてくれた精霊は、風の精霊の中でも下級精霊のみ。国全体の上空の大気を浄化するには、加護を受けた人間の力があまりにも弱すぎる為、大気の浄化までは至らない。
そこでコーリングスターでは、代々風を操れる一族が存在するサンライズ国より一番力の強い風巫女の派遣を依頼し、毎月二週間ほどかけて上空の大気の浄化を行っていた。
そしてエリアテールは、その風巫女の中では、現状一番強い巫女力の持ち主だった。そもそも彼女の家のブレスト家自体が、風巫女である三家の中では、一番巫女力が強い人間が多い家系だったのだ。
そのブレスト家は、小国サンライズの中で一番ド田舎ののんびりした領地を治めている。その為、伯爵といっても庶民的な生活を好む家柄でエリアテール自身もあまり華美な装いをしない令嬢だった。何よりも彼女自身の容姿が標準を絵に描いたように可も不可もないというレベルだ。
そんな庶民派の伯爵令嬢が、何故大国の王太子の婚約者に選ばれたのか……。
それが、巫女力のみを目当てとする意味合いの政略的な婚約だったからだ。
しかし、エリアテール自身がその事で気を病む事は一切なかった。何故なら彼女は、その政略的婚約を期間限定の小旅行として大満喫していたからだ。
元々コーリングスターの専属風巫女は、エリアテールの姉であるブレスト家の長女フェリアテールが担当していた。しかしそのフェリアテールが15歳になると、長女として次世代にその巫女力を継承させる役割を果たす為、風巫女を引退という形になった。その際、タイミングよくフェリアテールよりも更に巫女力が高いエリアテールが、風巫女としてデビューをしたばかりだった。そんな姉の後任で精霊の国であるコーリングスターの専属派遣風巫女として訪れたのが、エリアテールが6歳の時だ。
以前より姉からコーリングスターの話をよく聞かされていたエリアテールは、派遣巫女としてコーリングスターに行ける事をとても楽しみしていた。そして実際に訪れた際、その洗練された街並みや、国全体で風巫女の自分を歓迎してくれる待遇に大いに喜んだ。何よりもエリアテールが一番が楽しみにしていたのが、コーリングスターがスイーツのメッカであり、お茶の時間には必ずと言っていい程、絶品スイーツが提供される事だった。それは甘い物好きな彼女にとって、まるで天国のような環境でもあった。
そんな状況を大満喫しながら、初の派遣巫女の役割を務めた6歳のエリアテール。
しかし、その月のノルマを終えたエリアテールを迎えに来た父と姉の婚約者である義兄は、その際コーリングスターの国王より、娘の婚約話を持ち出されたのだ。何でもこの国の王太子が派遣巫女として来させるよりも自身の婚約者にした方が、国費の節約になると意見したらしい。
エリアテールよりも二つ年上のこの王太子は、名をイクレイオスといった。
幼少の身でありながら高い知能と桁違いの霊力を持った人形のように整った顔立ちの王太子だ。そんな神童とも呼ばれていたイクレイオスは、生まれたばかりの頃その桁違いの霊力から4属性全ての精霊王から加護を受けた為、全属性の魔法が使えるという完全無欠な王太子として他国でも有名だった。
しかもあの人間嫌いな風の精霊王からの加護も受けている。だがその加護を受けた状況は当時イクレイオスが赤ん坊だった為、どういう状況だったかは謎のままだ。しかしそんな完全無欠な王太子のイクレイオスでも、自身の風の魔法で自国の広大な領土の大気の浄化は難しかった。
だが僅か8歳で政治にも口を出せる程の頭の切れる王太子は、どうやらエリアテールの風巫女の力に目を付けたらしい。早々に自国の為に囲っておいた方がいいと判断したらしく、自ら婚約する事を提案したそうだ。
そんな経緯で辺境ド田舎領地を持つ伯爵家のエリアテールは、大国の王太子の婚約者となった。
しかし当時のエリアテールは、年の近い王太子と遊べる事に喜び、あまり深く考えていなかった。
風巫女の力が強いブレスト家の女性は、王族や公爵家などの派遣巫女や婚約者に選ばれやすい。そんなブレスト家は、のほほんとした性格の人間が多い伯爵家ではあるがそこはしっかりしており、物心ついた頃から英才教育が始まる。その為、エリアテールもその英才教育の影響で、幼少期は同年代の子供と遊べる機会が殆どなかったのだ。
そんなエリアテールに対して意外な事に王太子のイクレイオスは、それなりに相手をしてくれた。
同年代の子供からすると王太子としての威圧感を持つ大人びたイクレイオスは、少し取っ付きにくい印象なのだが……。伸びやかに育ちすぎたエリアテールは、そんなイクレイオスの雰囲気をどこ吹く風と言わんばかりに全く物怖じせず、一緒に遊びたいという子供らしい純粋な想いのみで、友情を深める為に果敢に挑んで行った。
それが珍しかったのだろう。イクレイオスの方もエリアテールに興味を持ち、頻繁に遊び相手になってくれたのだ。何よりも田舎育ちで、見るもの全てに物珍しく反応するエリアテールが、面白かったのかもしれない。
そんなエリアテールにとってイクレイオスは、手の掛かる妹のような自分を厳しく見守る兄という存在だった。
そして10年以上過ぎた現状が今に至る。
相変わらず来た当初と同じように、毎月10日間を風巫女としてこの国で過ごしていたエリアテール。
イクレイオスとの関係も王太子に対する敬意を払う接し方はそのままだが、幼少期からの付き合いだった為、すっかり馴染んでしまった状態だ。そしてその二人の関係は年頃になっても変わらず、婚約者というよりも出来の悪い妹を厳しく見守る優秀な兄という関係のままだった。城内の使用人や護衛や侍女達も幼少期からエリアテールを見守るように接していた者が多いので、中にはエリアテールを自分の娘や孫のように思っている人間も多かった。
そんなまったりとした仮初の婚約者ライフを満喫していたエリアテール。
しかし今から一カ月前、エリアテールのその立場が一変する事が起こった。
精霊の国でもあるコーリングスターは、4大精霊王の一人である地の精霊王が城の地下に神殿を持ち、代々王家に力を貸してくれているのだが、国にとって大きな転機が訪れようとした際、予知夢のようなお告げを得る事がある。そして今から一カ月前にその予知夢が起こり、その内容が地の精霊王から王家の方に告げられた。
そのお告げは『精霊王により祝福を受ける乙女が、この国を更なる繁栄に導く』という内容だった。するとすぐにその乙女は、エリアテールの事ではないかという説が浮上した。
しかしこの時、エリアテールには精霊王の祝福どころか、一般精霊からの加護さえ受けられる態勢が整っていなかった。何故なら精霊から加護を受ける為には、ある条件を満たさないと加護も祝福も受けられなかったからだ。
その条件が以下の二つ。
一つ目は、コーリングスターでの住民登録と最低三年以上の在住。
二つ目は、国が管理している精霊の泉にて洗礼を受ける事。
一つ目に関しては、危険な魔法の力を与えるので、コーリングスターの国民であるという事を義務付ける為。
二つ目に関しては、洗礼を受けなければ精霊自体の姿を見る事が出来ないので、加護を受ける為には必須条件となる。
しかし政略的な意味合いの婚約者であったエリアテールは、精霊の泉の洗礼を受けていなかった。そして洗礼を受けなければ精霊を見る事は出来ない為、エリアテールは今まで一度も精霊という存在も見た事がなかった。
だが、エリアテールがお告げの該当人物の可能性が出てきた為、急遽この洗礼を受ける事になったのだ。
それに付随しイクレイオスとの婚約期間も短縮される方向となり、正式な婚約者として婚礼準備が始まる。
そんな流れで、エリアテールが精霊の泉の洗礼を受けたのが一カ月前の事だ。
しかし、一カ月経った今でもエリアテールには、精霊王の祝福どころか、一般精霊の加護すらない。それどころか、その辺にゴロゴロ存在するはずの精霊の姿を未だに一度も見かけた事がないのだ。
通常、泉の洗礼を受けた場合、すぐに精霊の姿を見ることが出来るようになり、遅くても一週間以内には、なんらかの精霊から加護を受けられるのだが……。エリアテールには一カ月経った今でも、その兆しが一切ない。
そんなエリアテールに城内の者や国王夫妻は、気に病まぬようにと優しく声を掛けてくれる。しかし当人であるエリアテールは、皆の期待に応えられない事にかなり責任を感じてた。
洗礼条件でもある三年間の在住義務を、特例で免除されて受けた泉での洗礼。
例え精霊王からの祝福を受けられなかったとしても、せめて一般の精霊からの加護くらいはあって欲しい……。
「もしかして……わたくしは精霊の方々に嫌われてるのかしら……」
ポツリと溢したエリアテールは、大きなため息をついて再び途方に暮れた表情で空を見上げた。
精霊の国と呼ばれるこの国の城の一番開けたバルコニーに一人佇む少女の姿があった。
年の頃は17、スペアミント色の腰まである長い髪を二つに分け、それを風になびかせながら空を眺めている。
毛質が細く量の少ない真っ直ぐな彼女の髪は、まるで風に舞う細いリボンのような優雅な動きをしていた。そして空を見上げる彼女のキャメルブラウンの瞳は、どこか途方に暮れている印象を与える。
少女の名前はエリアテール・ウインド・ブレスト。
この国の姫……ではなく、隣国である小国サンライズの伯爵令嬢だ。
だたし、ただの令嬢ではない。彼女は通称『風巫女』と呼ばれる存在だった。
エリアテールの国であるサンライズは、小国ながらも『天候を操る国』と呼ばれており、その呼び名通り王家の人間は男性のみが、どんな悪天候も晴天に変えてしまう力を持っている。
それ以外に女性のみが雨を降らせる事が出来る一族が三家、風を操れる一族が三家と存在している。国内ではそれら一族の女性を『サンライズの巫女』と呼び、雨を降らせる事が出来る一族の女性を『雨巫女』、風を起こせる事が出来る女性を『風巫女』と呼んでいた。そしてそれら特別の力を持つ一族は爵位を賜り、その血を絶やさぬ様にと代々王家から丁重に扱われている存在だ。
更に特徴的なのが、どちらも完全なる女系一族でもある。
ただし長女として生まれた子供以外は、力が使えても次世代に力を引き継ぐ事は出来ない。
その為、これらの家系で長女として生まれた女性は早婚で、子だくさんな家庭を築く事が理想とされていた。その理由は、子供が多ければ多いほど雨や風を扱える人間が増えるからだ。幸いエリアテールは四女なので、そのお役目の心配はない。
しかしその代わりとして、国の外交にとって重要な役割を義務付けられている。
長女以外の少女達は、生まれ持ったその力を他国に提供する事で国の収益に大きく貢献していた。例えば雨の少ない地域で雨を降らせたり、風力の必要な地域にその力を提供したり等だ。それらの力を希望する地域に彼女達サンライズの巫女を派遣する事が、国の収益となっている。
そうなると当然、その力を持つ巫女自身を手に入れようとする輩も出てくる。
しかし、その力は巫女達が永遠に維持出来るものではない。
彼女達の巫女力は、ある条件が破られると力を失われてしまうのだ。
巫女達が力を使える条件……それは彼女達の処女性だ。
すなわち、巫女達はどこかに嫁ぐとその殆どが力を失う事になる。
中には、娶った後も巫女の貞操を守り抜き、その力の恩恵を受け続けたというツワモノの事例もあるが……。巫女達の嫁ぎ先の殆どが爵位の高い貴族や王族である事が多く、最終的には世継ぎ問題で巫女力を維持できないケースが殆どだ。
それでも巫女の力を失わせず、派遣費用も掛けずに出来るだけ長くその恩恵を受けたい……。そういう場合は、まだ幼い巫女と早々に婚約してしまうという方法がある。その場合、婚約者となった巫女が成人するまで婚約期間を維持し、その後は婚約を解消するという方法だ。
その間は巫女の人権を守る為の『巫女保護法』の下、例え将来的に婚約解消する予定であったとしも、通常の婚約者として巫女を丁重に扱わなくてはならないという条件が設けられていた。
一見、サンライズにとっても巫女達の婚約先にとっても何の得もしていないように思える状況だが……。サンライズ側にとっては、巫女が丁重にもてなされる事によってその一族が潤う為、巫女の血筋を守る一環となり、逆に巫女と婚約した家の方では、巫女の派遣費用が婚約者への接待費用となる為、婚約者のもてなし費用だけで巫女の力の恩恵を受ける事が出来るのだ。
どうしても巫女の恩恵を必要とする土地を治める貴族達にとっては、巫女を婚約者にしてしまった方が、派遣費用が抑えられる為、その選択をする貴族や王族も多い。巫女力の恩恵を受ける為だけに彼女達を婚約者として迎い入れ、その後婚約を解消して、本来婚約したかった女性と再度婚約をし直すと言う事も出来るのだ。ちなみにもし仮にそのまま婚約者である巫女との結婚を望んだ場合は、彼女達の持参金は各々が持つ巫女力となる。
巫女達にとっては、巫女力目当てで婚約を結ばされ、後に婚約を解消される可能性もある為、あまりいい待遇とも言い難い状況だが、その分婚約期間中は全力で相手にもてなされる為、高待遇な職場と割り切ってその婚約を受け入れており、婚約解消は当たり前だという考えの巫女が殆どだった。
そんな背景もあり、サンライズの巫女達は幼少期の頃から他国の貴族や王族達が、まるで取り合う様に政略的な婚約を求めてくる為、婚約先がすぐに決まってしまう。
そして現在途方にくれながら空を見上げているエリアテールも、まさにこのパターンに当てはまる。そんなエリアテールは、僅か6歳でこの大国コーリングスターの王太子の婚約者として選ばれたのだが、婚約先となった大国コーリングスターは通称『精霊の国』と呼ばれていて国民の殆どが国内に存在する精霊の加護を得る事で魔法を使う事が出来る国だった。
しかし、その精霊の存在は国内の大気を霊力の影響で濁らせてしまう為、国内全土の日差しが遮られてしまう状態を招いてしまう。その結果、農作物の育成や人体等にも悪影響が出てしまうというデメリットもあった。
すなわち国内の大気の浄化を図る為には、どうしても強力な風の力が必須となる国なのだ。ならば国民の殆どが魔法を使えるのだから、その力で大気の浄化をすればいいのだが……。この国には風の魔法を扱える人間が、ほんの僅かしか存在しない。
その原因が4大精霊王の一人、風の精霊王の存在だ。
コーリングスターには地水火風の4属性の精霊が存在する。
その4属性にはそれぞれ『精霊王』という存在がいて、各属性の精霊達をまとめているのだが、その一人である風の精霊王というのが大の人間嫌いなのだ。
その為、ここ数百年程は滅多な事がない限り、配下の精霊達には人間に加護を与える事を禁止しているらしい。もちろん、極わずかだが風の精霊の加護を受けている国民も存在する。
しかし、それら加護を与えてくれた精霊は、風の精霊の中でも下級精霊のみ。国全体の上空の大気を浄化するには、加護を受けた人間の力があまりにも弱すぎる為、大気の浄化までは至らない。
そこでコーリングスターでは、代々風を操れる一族が存在するサンライズ国より一番力の強い風巫女の派遣を依頼し、毎月二週間ほどかけて上空の大気の浄化を行っていた。
そしてエリアテールは、その風巫女の中では、現状一番強い巫女力の持ち主だった。そもそも彼女の家のブレスト家自体が、風巫女である三家の中では、一番巫女力が強い人間が多い家系だったのだ。
そのブレスト家は、小国サンライズの中で一番ド田舎ののんびりした領地を治めている。その為、伯爵といっても庶民的な生活を好む家柄でエリアテール自身もあまり華美な装いをしない令嬢だった。何よりも彼女自身の容姿が標準を絵に描いたように可も不可もないというレベルだ。
そんな庶民派の伯爵令嬢が、何故大国の王太子の婚約者に選ばれたのか……。
それが、巫女力のみを目当てとする意味合いの政略的な婚約だったからだ。
しかし、エリアテール自身がその事で気を病む事は一切なかった。何故なら彼女は、その政略的婚約を期間限定の小旅行として大満喫していたからだ。
元々コーリングスターの専属風巫女は、エリアテールの姉であるブレスト家の長女フェリアテールが担当していた。しかしそのフェリアテールが15歳になると、長女として次世代にその巫女力を継承させる役割を果たす為、風巫女を引退という形になった。その際、タイミングよくフェリアテールよりも更に巫女力が高いエリアテールが、風巫女としてデビューをしたばかりだった。そんな姉の後任で精霊の国であるコーリングスターの専属派遣風巫女として訪れたのが、エリアテールが6歳の時だ。
以前より姉からコーリングスターの話をよく聞かされていたエリアテールは、派遣巫女としてコーリングスターに行ける事をとても楽しみしていた。そして実際に訪れた際、その洗練された街並みや、国全体で風巫女の自分を歓迎してくれる待遇に大いに喜んだ。何よりもエリアテールが一番が楽しみにしていたのが、コーリングスターがスイーツのメッカであり、お茶の時間には必ずと言っていい程、絶品スイーツが提供される事だった。それは甘い物好きな彼女にとって、まるで天国のような環境でもあった。
そんな状況を大満喫しながら、初の派遣巫女の役割を務めた6歳のエリアテール。
しかし、その月のノルマを終えたエリアテールを迎えに来た父と姉の婚約者である義兄は、その際コーリングスターの国王より、娘の婚約話を持ち出されたのだ。何でもこの国の王太子が派遣巫女として来させるよりも自身の婚約者にした方が、国費の節約になると意見したらしい。
エリアテールよりも二つ年上のこの王太子は、名をイクレイオスといった。
幼少の身でありながら高い知能と桁違いの霊力を持った人形のように整った顔立ちの王太子だ。そんな神童とも呼ばれていたイクレイオスは、生まれたばかりの頃その桁違いの霊力から4属性全ての精霊王から加護を受けた為、全属性の魔法が使えるという完全無欠な王太子として他国でも有名だった。
しかもあの人間嫌いな風の精霊王からの加護も受けている。だがその加護を受けた状況は当時イクレイオスが赤ん坊だった為、どういう状況だったかは謎のままだ。しかしそんな完全無欠な王太子のイクレイオスでも、自身の風の魔法で自国の広大な領土の大気の浄化は難しかった。
だが僅か8歳で政治にも口を出せる程の頭の切れる王太子は、どうやらエリアテールの風巫女の力に目を付けたらしい。早々に自国の為に囲っておいた方がいいと判断したらしく、自ら婚約する事を提案したそうだ。
そんな経緯で辺境ド田舎領地を持つ伯爵家のエリアテールは、大国の王太子の婚約者となった。
しかし当時のエリアテールは、年の近い王太子と遊べる事に喜び、あまり深く考えていなかった。
風巫女の力が強いブレスト家の女性は、王族や公爵家などの派遣巫女や婚約者に選ばれやすい。そんなブレスト家は、のほほんとした性格の人間が多い伯爵家ではあるがそこはしっかりしており、物心ついた頃から英才教育が始まる。その為、エリアテールもその英才教育の影響で、幼少期は同年代の子供と遊べる機会が殆どなかったのだ。
そんなエリアテールに対して意外な事に王太子のイクレイオスは、それなりに相手をしてくれた。
同年代の子供からすると王太子としての威圧感を持つ大人びたイクレイオスは、少し取っ付きにくい印象なのだが……。伸びやかに育ちすぎたエリアテールは、そんなイクレイオスの雰囲気をどこ吹く風と言わんばかりに全く物怖じせず、一緒に遊びたいという子供らしい純粋な想いのみで、友情を深める為に果敢に挑んで行った。
それが珍しかったのだろう。イクレイオスの方もエリアテールに興味を持ち、頻繁に遊び相手になってくれたのだ。何よりも田舎育ちで、見るもの全てに物珍しく反応するエリアテールが、面白かったのかもしれない。
そんなエリアテールにとってイクレイオスは、手の掛かる妹のような自分を厳しく見守る兄という存在だった。
そして10年以上過ぎた現状が今に至る。
相変わらず来た当初と同じように、毎月10日間を風巫女としてこの国で過ごしていたエリアテール。
イクレイオスとの関係も王太子に対する敬意を払う接し方はそのままだが、幼少期からの付き合いだった為、すっかり馴染んでしまった状態だ。そしてその二人の関係は年頃になっても変わらず、婚約者というよりも出来の悪い妹を厳しく見守る優秀な兄という関係のままだった。城内の使用人や護衛や侍女達も幼少期からエリアテールを見守るように接していた者が多いので、中にはエリアテールを自分の娘や孫のように思っている人間も多かった。
そんなまったりとした仮初の婚約者ライフを満喫していたエリアテール。
しかし今から一カ月前、エリアテールのその立場が一変する事が起こった。
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そのお告げは『精霊王により祝福を受ける乙女が、この国を更なる繁栄に導く』という内容だった。するとすぐにその乙女は、エリアテールの事ではないかという説が浮上した。
しかしこの時、エリアテールには精霊王の祝福どころか、一般精霊からの加護さえ受けられる態勢が整っていなかった。何故なら精霊から加護を受ける為には、ある条件を満たさないと加護も祝福も受けられなかったからだ。
その条件が以下の二つ。
一つ目は、コーリングスターでの住民登録と最低三年以上の在住。
二つ目は、国が管理している精霊の泉にて洗礼を受ける事。
一つ目に関しては、危険な魔法の力を与えるので、コーリングスターの国民であるという事を義務付ける為。
二つ目に関しては、洗礼を受けなければ精霊自体の姿を見る事が出来ないので、加護を受ける為には必須条件となる。
しかし政略的な意味合いの婚約者であったエリアテールは、精霊の泉の洗礼を受けていなかった。そして洗礼を受けなければ精霊を見る事は出来ない為、エリアテールは今まで一度も精霊という存在も見た事がなかった。
だが、エリアテールがお告げの該当人物の可能性が出てきた為、急遽この洗礼を受ける事になったのだ。
それに付随しイクレイオスとの婚約期間も短縮される方向となり、正式な婚約者として婚礼準備が始まる。
そんな流れで、エリアテールが精霊の泉の洗礼を受けたのが一カ月前の事だ。
しかし、一カ月経った今でもエリアテールには、精霊王の祝福どころか、一般精霊の加護すらない。それどころか、その辺にゴロゴロ存在するはずの精霊の姿を未だに一度も見かけた事がないのだ。
通常、泉の洗礼を受けた場合、すぐに精霊の姿を見ることが出来るようになり、遅くても一週間以内には、なんらかの精霊から加護を受けられるのだが……。エリアテールには一カ月経った今でも、その兆しが一切ない。
そんなエリアテールに城内の者や国王夫妻は、気に病まぬようにと優しく声を掛けてくれる。しかし当人であるエリアテールは、皆の期待に応えられない事にかなり責任を感じてた。
洗礼条件でもある三年間の在住義務を、特例で免除されて受けた泉での洗礼。
例え精霊王からの祝福を受けられなかったとしても、せめて一般の精霊からの加護くらいはあって欲しい……。
「もしかして……わたくしは精霊の方々に嫌われてるのかしら……」
ポツリと溢したエリアテールは、大きなため息をついて再び途方に暮れた表情で空を見上げた。
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