28 / 30
【番外編】
猫と雨巫女と王太子
しおりを挟む
――――――――◆◇◆――――――――――
本編終了後から二週間後くらいの話です。
全巫女共通の特徴ですが、本編には関係ない設定なので番外編で書いてみました。
―――――――――――――――――――――
アイリスはここ3日間程、素晴らしいくらい穏やかな時間を堪能していた。
何故なら朝食をとっている際に朝の挨拶と称して頬に不必要な口付けしてくる婚約者が、今現在この国にいないからだ。
アレクシスは3日前からコーリングスターの方へ出向いている。
何でも2か月後に行われる王太子イクレイオスとエリアテールの挙式準備の打ち合わせをする為だそうだ。
基本的に婚礼の儀はコーリングスターで行われるので、サンライズ側の参列希望者の申請や、今後のエリアテールの扱いなどについての細かな取り決めがメインらしい。ちなみにアイリスもこの婚礼の儀には、参列する事になっている。
そのお蔭で毎日自分に必要以上に絡んでくる婚約者の不在期間を満喫していたアイリスだが……そろそろその期間も終わりに近づいていた。何故ならば本日の午後過ぎ頃にその婚約者が戻ってくる予定なのだ。その時間が刻一刻と近づくにつれて、アイリスのため息をする回数が増えていく。
「あと一週間くらいゆっくりして来てくれないかしら……」
思わずそう呟いてしまうと護衛のエレンが苦笑した。
「アレクシス様の事でございますか?」
「他に誰がいるのよ……」
「その様な事をおっしゃられては、アレクシス様が悲しまれますよ?」
「エレン、あの男が悲しむような人間に見える? 今の私の呟きを聞いたら、嫌がらせかというくらい嬉々として私に絡んでくるわよ!」
そう愚痴りながらカルミアが用意してくれたクッキーをバクバク食べ、パールの入れてくれた紅茶をグビグビ飲み干したアイリス。暴食に走るのは、イライラしている時の癖だ。
その様子を見て、エレンは再び苦笑してしまう。
どうやらアイリスの本心は発している言葉とは違い、いつも鬱陶しいぐらい付きまとってくる婚約者が不在な事が、面白くないらしい。
するとそれを見計らったタイミングで部屋の扉がノックされる。アイリスの許可後、パールが扉を開けると、予定よりも少し早い時間で戻って来たアレクシスが入室してきた。
同時にエレンが何か指示を出されたようで、入れ替わる様に退室して行く。
「アイリス、3日ぶりだね。元気だったかい?」
明らかに戻って来てから、そのままアイリスの部屋に直行してきたと思われるアレクシスの格好にアイリスが半目になる。
「アレク……せめて着替えを済ませてから来てくれないかしら?」
「何故? 帰ったら真っ先に最愛の婚約者の許へ直行するのは当然だろ?」
そう言いながら頬に口付けをしようとしてきたアレクシスをアイリスは、近くにあったクッションでガードした。
「だから! そういう事を面白がってするのは、やめてって言ってるでしょ!?」
明らかに自分の反応を楽しんでいるアレクシスにアイリスが目をつり上げる。
口付けを拒まれたアレクシスは、やや寂しそうな笑みを浮かべながら、渋々とアイリスの隣に腰掛けた。
建国記念式典以降、アレクシスのアイリスに対するスキンシップは更に過剰になり、以前演技と偽っていた夜会限定の愛情表現を今では素の状態で、時と場所を選ばず頻繁に行ってくるようになってしまったのだ。
その為、少しでも油断していると、すぐにアレクシスの唇がアイリスのの体のどこかしらに飛んでくる……。
今はパールとカルミアが同じ部屋にいるので、まだマシなのだが……これが二人きりになると、一切気が抜けない状態に追い込まれるのだ。
そんな警戒心剥き出しのアイリスに対して、アレクシスが呆れた表情を向けてきた。
「君は本当につれないね……」
「あなたのその過剰な私への接し方が、鬱陶しすぎるのよ!」
不満を訴えられたアレクシスは、苦笑しながらアイリスからクッションを取り上げた。
「君、最近僕が隣に座ると、すぐクッションを手にするよね?」
「当たり前でしょ? クッションは私にとって、対あなた用の盾だもの!」
「盾だけじゃなくて、たまに鈍器にもなっているけれどね……」
そう嘆きながら、アレクシスはアイリスから取り上げたクッションを自分の後ろの方へと追いやった。
するとパールが紅茶を持って来たので、それを受け取り優雅に口を付ける。
「ところでこの3日間、何か変わった事は……」
紅茶を飲みながら、自分が不在だった期間のアイリスの様子をアレクシスが確認しようとした時――――。
「きゃあっ!」
突然、アイリスが悲鳴を上げた。
「アイリスっ!?」
悲鳴に驚いたアレクシスが、アイリスの身の安全を確認するかのように勢いよく立ち上がった。
アイリスの方も自分の足元で感じたぞわりっとした感触が何だったのか、確認しようと立ち上がり、ドレスの裾を少しだけたくし上げる。
するとアイリスの足元から、毛の長い美しい猫が姿を現した。どうやらこの猫が、いきなりアイリスの素足にすり寄り、驚かせた様だ。その状況にアレクシスが呆れ気味な表情を浮かべ、苦笑する。
「リープじゃないか……。僕と一緒に部屋に入って来てしまったのかな?」
『リープ』と呼ばれたその猫は、正式名が『リープリッヒ2世』という王妃セラフィナが可愛がってる現在4歳になるオス猫だ。長毛で白を基調とした淡いグレーの美しいグラデーションのフワフワの毛並みをしている。少しくすんだライトブルーの大きな瞳は気品を漂わせているが、長い毛の中からチョコンと出ている耳は何とも言えない愛らしいさを感じさせた。
ちなみに『2世』というくらいなので、1世はすでに天寿を全うし、この世を去っているのだが、どちらも子猫の頃からセラフィナだけでなく、アレクシスも可愛がっていた為、二人には大変懐いている。
「リープ、どうしたんだい? こっちにおいで?」
そのアレクシスの呼びかけに応えるようにリープがアイリスの足元から出て来て、二人の座っているソファーの上にヒョイっと飛び乗る。そしてそのままアレクシスのもとへ……は行かず、何故かアイリスの膝上で場所取りを始めた。
「リープ?」
怪訝な表情を浮かべたアレクシスがもう一度声を掛けると、座り心地の良い場所を確定させたリープは、アイリスの膝の上で伏せてしまい、そのままくつろぎ始める。
その図々しいとも言えるリープの行動にアイリスが大きな瞳を更に丸くしながら、唖然とする。
「この子……セラフィナ様が飼われている猫よね?」
「うん。『リープリッヒ2世』という名前なんだけど、長いし皆『リープ』って呼んでる。リープ! アイリスのドレスに毛が付いちゃうから僕の方においで?」
すると、リープが一瞬だけアレクシスの方にチラリと視線を向けた。だがその後は何事もなかったようにすぐに伏せ、アイリスの膝の上でまどろみ始めてしまう……。
「あら~? アレク、あなたもしかして嫌われてるのではなくて?」
「そんな事ないよ! 僕は子猫の頃から、リープをとても可愛がっていたんだよ!? 大体、リープがこんなに他人に懐く事がおかしいんだ……。彼は物凄く警戒心が強くて、僕と母と世話係以外の人間には滅多に近づかないはずなのだけれど……」
そういってアレクシスが気を引こうと、チチチッ……と舌を打つ。しかしリープは、そちらの方には一切見向きもしない。
するとアイリスが、おかしな事を聞いてきた。
「ねぇ、この子って私が撫でても平気かしら?」
「平気も何も……。こんなに懐かれているのなら、どう見ても問題はないと思うけれど……」
「でもこの子、私がセラフィナ様のお部屋に伺うと、毎回ゲージの中から威嚇してきて暴れまわっていたから……」
そう言いながらアイリスがそっと撫でると、リープはアレクシスでも見た事のない表情をして、喉を鳴らしながらアイリスに甘えだした。するとアレクシスが何かに気付く。
「アイリス……君、もしかして猫に触ったりするのって……今回が初めて?」
「えっ? そういえば……確かにそうね」
「それじゃあ、外出時に猫がいきなり集まって来た事とかなかった?」
「そういえば……町に買い物に行った時、やたらと猫達に道を塞がれて、エレンが追い払うのに苦労していた事があったような……」
その返答を聞いて、アレクシスが盛大にため息をつく。
「な、何よ……」
「なるほど。君の場合は『猫』なんだ……」
するとアイリスが不機嫌そうな表情を浮かべた。
「何よ! 私が猫っぽいとでも言いたいの!?」
「確かに君は僕が触れようとすると、警戒心が強くなって威嚇してきたりするし、挙句の果てには引っ掻いてくる事もあるから猫っぽいけれど……。そういう意味じゃない。君がやたらと懐かれやすい生き物が『猫』なんだ」
「懐かれやすい……?」
自身の特異体質に全く気付かず、現在まで過ごしていたと思われるアイリスの反応に流石のアレクシスも唖然としてしまう。
「君……まさかだとは思うけれど、サンライズの巫女の『特定の生き物に好かれやすい』という特異体質を知今まで知らずに生きて来たという訳ではないよね……?」
するとアイリスが大きく目を見開く。
「何よ!? その変な特異体質はっ!!」
「うわー……。本当に知らなかったんだ。というか……よく今まで気付かずに過ごしてこれたね?」
あまりの事にアレクシスが、呆れを通り越してあんぐりと口をあけた。
「だ、だって! 私、外出時はいつもエレンが一緒だったから、一人の時に猫と遭遇なんかした事がなかったし……。むしろこの子が、いつも私の姿を見るとゲージの中で暴れていたから、自分は動物に嫌われやすいタイプなのかと思っていて……」
「むしろ逆だよ……。君が母の部屋を訪れた際、リープがゲージの中で暴れていたのは、君の傍に行きたいのに行けないから出せって暴れていたんだ」
その信じがたいサンライズの巫女の特異体質を今更ながらに知ったアイリスだが……ふとある疑問が浮かんだ。
「も、もしそれが本当ならば……姉や妹達、それにリデルやクラリスにもそういう生き物がいるって事!?」
「うん。いるよ。そもそも君、幼い頃に妹達と一緒に遊んでいる時にその状況に気づかなかったの? たとえば……君の妹のマルグが、よくカエルを捕まえていなかったかい?」
「待って……。あの子の好かれやすい生き物って、カエルなの……?」
「そうだけど……」
「嘘でしょ!? 私、あの子がちょっと独特な性格だから、単にカエル好きな変な子だとばかり思っていたのに!」
「確かにマルグはカエル好きではあるけれど……。変な子っていう言い方は実の妹に対して、ちょっと酷いと思うな……」
マルグを不憫に思ったアレクシスの言葉は、16年間その事に全く気付けなかった事に衝撃を受けているアイリスの耳には届いていない様で、アイリスはリープを膝の上に乗せたまま固まってしまっている。その様子にアレクシスが苦笑した。
「まぁ、今後は外出時には気を付けてね? でないと、あっという間に君の周りには猫達が集まって来てしまうから……」
そう言ってアイリスの膝の上を我がもの顔で独占して居座っているリープに手を伸ばす。
だが当のリープは、懐いているはずのアレクシスに対して、珍しくシャーっと威嚇をし始める。
「うーん。今日のリープは可愛くないな……」
そう呟いたアレクシスは、再度リープに手を伸ばして無理矢理アイリスから引き離そうとした。
すると威嚇したままリープが暴れ出し、キラリと自慢の爪をむき出しにする。
「イタッ! イタタタタ……ッ! 痛いってばっ!!」
すると、途中までリープを掴んでいたアレクシスの手が緩む。その瞬間、リープはその手から逃れ、床へと着地した。
そしてアレクシスに向かって二回ほどシャーっと威嚇した後、再びアイリスの膝の上を陣取ってしまう。
「お前はぁ……。ダメだって言ってるだろう!? こっちへ来なさい!!」
そう言ってアレクシスは、リープの小さな両腕を掴んで拘束しながら、アイリスから強引に引き離した。
「ちょ、ちょっと! そんな強引に引き離さなくても……」
「ごめん、アイリス! ちょっとリープを母のところへ返してくるから!」
シャーシャー言っているリープに何度も爪を立てられながら、引きつった笑顔でアレクシスが扉の方へと向かう。その状況にカルミアが慌てて扉を開けた。
「それじゃ、アイリス。少し待っててね!」
「え、ええ。ついでに着替えて来てね……」
しかしアイリスの声は、爪を立てて暴れまわるリープとの攻防を繰り広げていたアレクシスの耳には届かなかった……。
これ以降、リープはアイリスの部屋を訪れてくる人間と一緒に度々部屋に入ってくるようになってしまう……。その度に何度もアレクシスによって、王妃セラフィナのもとへと強制送還させられていった。
そのあまりにも熾烈な猫と人間の攻防にアイリスが呆れながら、一言言い放つ。
「別にいいじゃない。リープがいても……」
「嫌だよ! こいつが君の膝の上を占領している限り、僕が君の膝枕を堪能したくなっても出来ないじゃないか!」
そのアレクシスの言い分にその後のアイリスは、率先してリープを自室に招き入れる様になったと言う……。
本編終了後から二週間後くらいの話です。
全巫女共通の特徴ですが、本編には関係ない設定なので番外編で書いてみました。
―――――――――――――――――――――
アイリスはここ3日間程、素晴らしいくらい穏やかな時間を堪能していた。
何故なら朝食をとっている際に朝の挨拶と称して頬に不必要な口付けしてくる婚約者が、今現在この国にいないからだ。
アレクシスは3日前からコーリングスターの方へ出向いている。
何でも2か月後に行われる王太子イクレイオスとエリアテールの挙式準備の打ち合わせをする為だそうだ。
基本的に婚礼の儀はコーリングスターで行われるので、サンライズ側の参列希望者の申請や、今後のエリアテールの扱いなどについての細かな取り決めがメインらしい。ちなみにアイリスもこの婚礼の儀には、参列する事になっている。
そのお蔭で毎日自分に必要以上に絡んでくる婚約者の不在期間を満喫していたアイリスだが……そろそろその期間も終わりに近づいていた。何故ならば本日の午後過ぎ頃にその婚約者が戻ってくる予定なのだ。その時間が刻一刻と近づくにつれて、アイリスのため息をする回数が増えていく。
「あと一週間くらいゆっくりして来てくれないかしら……」
思わずそう呟いてしまうと護衛のエレンが苦笑した。
「アレクシス様の事でございますか?」
「他に誰がいるのよ……」
「その様な事をおっしゃられては、アレクシス様が悲しまれますよ?」
「エレン、あの男が悲しむような人間に見える? 今の私の呟きを聞いたら、嫌がらせかというくらい嬉々として私に絡んでくるわよ!」
そう愚痴りながらカルミアが用意してくれたクッキーをバクバク食べ、パールの入れてくれた紅茶をグビグビ飲み干したアイリス。暴食に走るのは、イライラしている時の癖だ。
その様子を見て、エレンは再び苦笑してしまう。
どうやらアイリスの本心は発している言葉とは違い、いつも鬱陶しいぐらい付きまとってくる婚約者が不在な事が、面白くないらしい。
するとそれを見計らったタイミングで部屋の扉がノックされる。アイリスの許可後、パールが扉を開けると、予定よりも少し早い時間で戻って来たアレクシスが入室してきた。
同時にエレンが何か指示を出されたようで、入れ替わる様に退室して行く。
「アイリス、3日ぶりだね。元気だったかい?」
明らかに戻って来てから、そのままアイリスの部屋に直行してきたと思われるアレクシスの格好にアイリスが半目になる。
「アレク……せめて着替えを済ませてから来てくれないかしら?」
「何故? 帰ったら真っ先に最愛の婚約者の許へ直行するのは当然だろ?」
そう言いながら頬に口付けをしようとしてきたアレクシスをアイリスは、近くにあったクッションでガードした。
「だから! そういう事を面白がってするのは、やめてって言ってるでしょ!?」
明らかに自分の反応を楽しんでいるアレクシスにアイリスが目をつり上げる。
口付けを拒まれたアレクシスは、やや寂しそうな笑みを浮かべながら、渋々とアイリスの隣に腰掛けた。
建国記念式典以降、アレクシスのアイリスに対するスキンシップは更に過剰になり、以前演技と偽っていた夜会限定の愛情表現を今では素の状態で、時と場所を選ばず頻繁に行ってくるようになってしまったのだ。
その為、少しでも油断していると、すぐにアレクシスの唇がアイリスのの体のどこかしらに飛んでくる……。
今はパールとカルミアが同じ部屋にいるので、まだマシなのだが……これが二人きりになると、一切気が抜けない状態に追い込まれるのだ。
そんな警戒心剥き出しのアイリスに対して、アレクシスが呆れた表情を向けてきた。
「君は本当につれないね……」
「あなたのその過剰な私への接し方が、鬱陶しすぎるのよ!」
不満を訴えられたアレクシスは、苦笑しながらアイリスからクッションを取り上げた。
「君、最近僕が隣に座ると、すぐクッションを手にするよね?」
「当たり前でしょ? クッションは私にとって、対あなた用の盾だもの!」
「盾だけじゃなくて、たまに鈍器にもなっているけれどね……」
そう嘆きながら、アレクシスはアイリスから取り上げたクッションを自分の後ろの方へと追いやった。
するとパールが紅茶を持って来たので、それを受け取り優雅に口を付ける。
「ところでこの3日間、何か変わった事は……」
紅茶を飲みながら、自分が不在だった期間のアイリスの様子をアレクシスが確認しようとした時――――。
「きゃあっ!」
突然、アイリスが悲鳴を上げた。
「アイリスっ!?」
悲鳴に驚いたアレクシスが、アイリスの身の安全を確認するかのように勢いよく立ち上がった。
アイリスの方も自分の足元で感じたぞわりっとした感触が何だったのか、確認しようと立ち上がり、ドレスの裾を少しだけたくし上げる。
するとアイリスの足元から、毛の長い美しい猫が姿を現した。どうやらこの猫が、いきなりアイリスの素足にすり寄り、驚かせた様だ。その状況にアレクシスが呆れ気味な表情を浮かべ、苦笑する。
「リープじゃないか……。僕と一緒に部屋に入って来てしまったのかな?」
『リープ』と呼ばれたその猫は、正式名が『リープリッヒ2世』という王妃セラフィナが可愛がってる現在4歳になるオス猫だ。長毛で白を基調とした淡いグレーの美しいグラデーションのフワフワの毛並みをしている。少しくすんだライトブルーの大きな瞳は気品を漂わせているが、長い毛の中からチョコンと出ている耳は何とも言えない愛らしいさを感じさせた。
ちなみに『2世』というくらいなので、1世はすでに天寿を全うし、この世を去っているのだが、どちらも子猫の頃からセラフィナだけでなく、アレクシスも可愛がっていた為、二人には大変懐いている。
「リープ、どうしたんだい? こっちにおいで?」
そのアレクシスの呼びかけに応えるようにリープがアイリスの足元から出て来て、二人の座っているソファーの上にヒョイっと飛び乗る。そしてそのままアレクシスのもとへ……は行かず、何故かアイリスの膝上で場所取りを始めた。
「リープ?」
怪訝な表情を浮かべたアレクシスがもう一度声を掛けると、座り心地の良い場所を確定させたリープは、アイリスの膝の上で伏せてしまい、そのままくつろぎ始める。
その図々しいとも言えるリープの行動にアイリスが大きな瞳を更に丸くしながら、唖然とする。
「この子……セラフィナ様が飼われている猫よね?」
「うん。『リープリッヒ2世』という名前なんだけど、長いし皆『リープ』って呼んでる。リープ! アイリスのドレスに毛が付いちゃうから僕の方においで?」
すると、リープが一瞬だけアレクシスの方にチラリと視線を向けた。だがその後は何事もなかったようにすぐに伏せ、アイリスの膝の上でまどろみ始めてしまう……。
「あら~? アレク、あなたもしかして嫌われてるのではなくて?」
「そんな事ないよ! 僕は子猫の頃から、リープをとても可愛がっていたんだよ!? 大体、リープがこんなに他人に懐く事がおかしいんだ……。彼は物凄く警戒心が強くて、僕と母と世話係以外の人間には滅多に近づかないはずなのだけれど……」
そういってアレクシスが気を引こうと、チチチッ……と舌を打つ。しかしリープは、そちらの方には一切見向きもしない。
するとアイリスが、おかしな事を聞いてきた。
「ねぇ、この子って私が撫でても平気かしら?」
「平気も何も……。こんなに懐かれているのなら、どう見ても問題はないと思うけれど……」
「でもこの子、私がセラフィナ様のお部屋に伺うと、毎回ゲージの中から威嚇してきて暴れまわっていたから……」
そう言いながらアイリスがそっと撫でると、リープはアレクシスでも見た事のない表情をして、喉を鳴らしながらアイリスに甘えだした。するとアレクシスが何かに気付く。
「アイリス……君、もしかして猫に触ったりするのって……今回が初めて?」
「えっ? そういえば……確かにそうね」
「それじゃあ、外出時に猫がいきなり集まって来た事とかなかった?」
「そういえば……町に買い物に行った時、やたらと猫達に道を塞がれて、エレンが追い払うのに苦労していた事があったような……」
その返答を聞いて、アレクシスが盛大にため息をつく。
「な、何よ……」
「なるほど。君の場合は『猫』なんだ……」
するとアイリスが不機嫌そうな表情を浮かべた。
「何よ! 私が猫っぽいとでも言いたいの!?」
「確かに君は僕が触れようとすると、警戒心が強くなって威嚇してきたりするし、挙句の果てには引っ掻いてくる事もあるから猫っぽいけれど……。そういう意味じゃない。君がやたらと懐かれやすい生き物が『猫』なんだ」
「懐かれやすい……?」
自身の特異体質に全く気付かず、現在まで過ごしていたと思われるアイリスの反応に流石のアレクシスも唖然としてしまう。
「君……まさかだとは思うけれど、サンライズの巫女の『特定の生き物に好かれやすい』という特異体質を知今まで知らずに生きて来たという訳ではないよね……?」
するとアイリスが大きく目を見開く。
「何よ!? その変な特異体質はっ!!」
「うわー……。本当に知らなかったんだ。というか……よく今まで気付かずに過ごしてこれたね?」
あまりの事にアレクシスが、呆れを通り越してあんぐりと口をあけた。
「だ、だって! 私、外出時はいつもエレンが一緒だったから、一人の時に猫と遭遇なんかした事がなかったし……。むしろこの子が、いつも私の姿を見るとゲージの中で暴れていたから、自分は動物に嫌われやすいタイプなのかと思っていて……」
「むしろ逆だよ……。君が母の部屋を訪れた際、リープがゲージの中で暴れていたのは、君の傍に行きたいのに行けないから出せって暴れていたんだ」
その信じがたいサンライズの巫女の特異体質を今更ながらに知ったアイリスだが……ふとある疑問が浮かんだ。
「も、もしそれが本当ならば……姉や妹達、それにリデルやクラリスにもそういう生き物がいるって事!?」
「うん。いるよ。そもそも君、幼い頃に妹達と一緒に遊んでいる時にその状況に気づかなかったの? たとえば……君の妹のマルグが、よくカエルを捕まえていなかったかい?」
「待って……。あの子の好かれやすい生き物って、カエルなの……?」
「そうだけど……」
「嘘でしょ!? 私、あの子がちょっと独特な性格だから、単にカエル好きな変な子だとばかり思っていたのに!」
「確かにマルグはカエル好きではあるけれど……。変な子っていう言い方は実の妹に対して、ちょっと酷いと思うな……」
マルグを不憫に思ったアレクシスの言葉は、16年間その事に全く気付けなかった事に衝撃を受けているアイリスの耳には届いていない様で、アイリスはリープを膝の上に乗せたまま固まってしまっている。その様子にアレクシスが苦笑した。
「まぁ、今後は外出時には気を付けてね? でないと、あっという間に君の周りには猫達が集まって来てしまうから……」
そう言ってアイリスの膝の上を我がもの顔で独占して居座っているリープに手を伸ばす。
だが当のリープは、懐いているはずのアレクシスに対して、珍しくシャーっと威嚇をし始める。
「うーん。今日のリープは可愛くないな……」
そう呟いたアレクシスは、再度リープに手を伸ばして無理矢理アイリスから引き離そうとした。
すると威嚇したままリープが暴れ出し、キラリと自慢の爪をむき出しにする。
「イタッ! イタタタタ……ッ! 痛いってばっ!!」
すると、途中までリープを掴んでいたアレクシスの手が緩む。その瞬間、リープはその手から逃れ、床へと着地した。
そしてアレクシスに向かって二回ほどシャーっと威嚇した後、再びアイリスの膝の上を陣取ってしまう。
「お前はぁ……。ダメだって言ってるだろう!? こっちへ来なさい!!」
そう言ってアレクシスは、リープの小さな両腕を掴んで拘束しながら、アイリスから強引に引き離した。
「ちょ、ちょっと! そんな強引に引き離さなくても……」
「ごめん、アイリス! ちょっとリープを母のところへ返してくるから!」
シャーシャー言っているリープに何度も爪を立てられながら、引きつった笑顔でアレクシスが扉の方へと向かう。その状況にカルミアが慌てて扉を開けた。
「それじゃ、アイリス。少し待っててね!」
「え、ええ。ついでに着替えて来てね……」
しかしアイリスの声は、爪を立てて暴れまわるリープとの攻防を繰り広げていたアレクシスの耳には届かなかった……。
これ以降、リープはアイリスの部屋を訪れてくる人間と一緒に度々部屋に入ってくるようになってしまう……。その度に何度もアレクシスによって、王妃セラフィナのもとへと強制送還させられていった。
そのあまりにも熾烈な猫と人間の攻防にアイリスが呆れながら、一言言い放つ。
「別にいいじゃない。リープがいても……」
「嫌だよ! こいつが君の膝の上を占領している限り、僕が君の膝枕を堪能したくなっても出来ないじゃないか!」
そのアレクシスの言い分にその後のアイリスは、率先してリープを自室に招き入れる様になったと言う……。
2
お気に入りに追加
197
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。
鶯埜 餡
恋愛
ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。
しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

【完結】消された第二王女は隣国の王妃に熱望される
風子
恋愛
ブルボマーナ国の第二王女アリアンは絶世の美女だった。
しかし側妃の娘だと嫌われて、正妃とその娘の第一王女から虐げられていた。
そんな時、隣国から王太子がやって来た。
王太子ヴィルドルフは、アリアンの美しさに一目惚れをしてしまう。
すぐに婚約を結び、結婚の準備を進める為に帰国したヴィルドルフに、突然の婚約解消の連絡が入る。
アリアンが王宮を追放され、修道院に送られたと知らされた。
そして、新しい婚約者に第一王女のローズが決まったと聞かされるのである。
アリアンを諦めきれないヴィルドルフは、お忍びでアリアンを探しにブルボマーナに乗り込んだ。
そしてある夜、2人は運命の再会を果たすのである。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる