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10.対策会議
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アズリエールから風巫女の一族であるストーム家と雨巫女の一族であるレイニーブル家より、良くない感情を抱かれている事を告げられたアイリスだが……思いのほか落ち着いていた。
「まぁ、ある程度は覚悟はしていたのだけれど……」
「え~!? アイリス姉様、何となく分かっていたの? つまんなーい」
「当たり前でしょ? 大体、あのアレクがそんな簡単にクリア出来る課題を出してくる訳ないじゃない!」
「確かに」
そう苦笑しながら、アズリエールは机の上にあったペンをとる。
「まぁ、アイリス姉様がある程度の心の準備をしていたのなら、サクッとその概要を話しても大丈夫そうだよね?」
「ええ。むしろ是非、聞きたいわ」
するとアズリエールが、ストーム家の令嬢の名前が書いてある紙を手に取った。
「まずはストーム家なのだけれど……この伯爵家は風巫女としての役割だけを担っているだけでなく、代々サンライズ王家の近衛騎士団をまとめている家柄ってのは知ってた?」
「ええ。確か現ストーム伯が、今の近衛騎士団の大隊長をなされているのよね?」
「そうそう。で、この家のご令嬢方も全員騎士の資格を持っていて長女以外は近衛騎士団に入っているんだよね」
「そんな肉体派で堅物そうなご令嬢方に何故、私が悪く思われているのよ?」
「堅物だからこそ、悪く思われているんだよ……。要するにこの家のご令嬢方は、王家に対する忠誠心がもの凄く厚いんだ。だからこの国の王太子であるアレク兄様に辛辣な態度を取り続けているアイリス姉様の事を不敬な人物と見なしているんだよ」
「なるほど」
「なるほどって……。アイリス姉様、もう少し危機感持って?」
「そ、そうね。ごめんなさい。つい……」
アイリスのその反応にやや呆れ気味な表情を浮かべるアズリエール。
「でもね。その分、印象を上げる事はそんなに難しくないと思う。そもそもアレク兄様への態度が問題な訳だから、アイリス姉様の人間性に不快感を抱いている訳ではないでしょ? だから次回の巫女会合でアレク兄様に敬意ある接し方をしている姿を見せれば、案外簡単に関係醸成は出来るんじゃないかな?」
「それって敬意を払うだけでは……もちろん足りないわよね?」
「もちろん! その場合は二人が仲睦まじい雰囲気を出さないとダメだよ?」
「はぁ……。やっぱり最終的には、それが一番の有効手段になるのよね……」
心底、嫌そうな顔をするアイリスにアズリエールが、また苦笑する。
「でもね、このストーム家、一人だけ変わり者のご令嬢がいるんだよね」
「そのご令嬢は……曲者って意味での変わり者って事?」
「それはないかな……。性格は五姉妹中で一番サバサバした性格だし。でもね、見た目が僕と同じ部類のご令嬢なんだよ」
「男装してるって事?」
「ご自身はそんなつもりないんだろうけどね。でも他の巫女や一般のご令嬢方からは『お姉様』って呼ばれてて、理想の王子様的な眼差しを向けられているよ。公の場に参加する時は、いつもサンライズ王家の近衛騎士の制服で来られるし、何よりも銀髪長身で中性的な物凄い綺麗な人なんだよね」
「それは……個人的興味として是非お会いしたいご令嬢ね……」
「この三女のリデルシア様がその人だよ。確か……年齢はアイリス姉様と同じ16歳なんだけれど、婚約者であるマリンパールの伯爵様と物凄く仲が悪くてね……。夜会では、いっつもどちらが女性の支持を得られるかで張り合ってるねー」
そう言いながら手元にある未完成の対策資料にアズリエールが追記する。
しかしアイリスは、その言葉に過剰反応した。
「何、その情報! そのご令嬢、是非お友達になりたいのだけれど!」
「アイリス姉様……。今の情報のどの部分に食い付いたの? もしかして『婚約者と仲が悪い』って所?」
「だって! サンライズの巫女でそういうご令嬢って殆どいないじゃない! 大体は婚約者と仲睦まじかったり、溺愛されてる組み合わせが殆どでしょ!?」
「うわー。同類の被害者意識からお友達希望か……。アレク兄様がそれ聞いたら泣いちゃうよ?」
「なんでアレクが泣くのよ? むしろ大手を振って喜びそうじゃない」
アイリスのその返答にアズリエールが、盛大なため息をつく。
「そもそもそれを言ったら、もうひとつのレイニーブルー家なんて、ほぼ全滅だよ? 末っ子以外、全員婚約者に恵まれていないのだから……」
「それ、どういう事? だってサンライズの巫女なのに……そんな事ってあるの?」
基本的にサンライズの巫女というのは、王家より大切に扱われる事が前提の為、婚約を希望してきた人物の査定が厳しく、問題ある婚約者に当たるケースは少ない。しかし、アズリエールの口ぶりでは、レイニーブルー家の場合、その巫女達の特権が適用されていないらしい。
「これがあるんだよね……。レイニーブルー家のご令嬢方について話すと……まず長女のエミリア様の婚約者がコーリングスターの上位の伯爵家の方なのだけれど、相手が8歳も年下でエミリア様は二十歳になった現在でも未だに未婚のまま。次女のクラリス様は、ウッドフォレストのかなり重要な領地を治めている伯爵様が婚約者なのだけれど、こちらは相手が年上過ぎて12年間放置……。三女のレイシア様は、相手から望まれての婚約だけど、年が15歳差でウッドフォレスト内では、幼女趣味を疑われている事で有名な侯爵令息様。四女のカトレア様がこの中で一番の器量良しなご令嬢なのだけれど、婚約者は熟女好きで有名なマリンパールの伯爵家の長男で、しかも相手の方が年上。五女のオリビア様は、婚約者がサンライズ国内の子爵令息様で年齢的には1つ違いだけど、婚約者の方に意中の相手がいるみたいで上手くいっていない……。で、平和的婚約が出来ているのは六女のティアラ様だけなんだけど、彼女はまだ8歳で……」
「ちょ、ちょっと待って! アズリル、早すぎ! ペンが追い付かないわ!」
必至で作りかけの対策資料に今アズリエールが言った事を口述筆記しようとしたアイリスだが、アズリエールがあまりにも勢いよくしゃべり出す為、ペンを走らせる事が追い付かなくなってしまったアイリスは待ったを掛けた。
「え~!? 早くないよ~! そもそも将来的に結婚したら公務でアレク兄様の口述筆記は必須になるんだよ? これで早いって言ってたら、アレク兄様のなんて対応出来ないよ?」
「嫌な事を言わないでよ……」
アズリエールの言葉にアイリスが、ガックリと肩を落す。
「そもそも何故レイニーブルー家のご令嬢方は、そんな酷い条件での婚約を強いられているのよ……。特に早婚で子だくさんを理想とされている長女のエミリア様が、成人しても未だに未婚ってあり得ないじゃない! これってあきらかにサンライズ王家が定めている巫女保護法の違反でしょ!?」
「確かにそうなのだけれど……。レイニーブルー家って、ストーム家とは違った意味で厳格な家柄なんだよね。ここ何代かのレイニーブルー家に婿入りしている男性の殆どが、有力な上位の伯爵家や侯爵家出身だから、考え方が古風というか……。未だに娘は政治の道具的な考えを持ってる人が、ずっと家長を務めているんだ。だから明らかに婚約解消を前提で、巫女力にしか興味がない相手でもその婚約の申し入れを受けてしまうみたい……。一時でもその爵位の高い家との繋がりが持てればレイニーブルー家の箔付けになるからね。家長の現レイニーブルー伯爵が、そういう婚約を率先して行っているから、いくら王家が巫女達を政治的道具のように扱っているような理不尽な条件の婚約を禁止していても、その家長の考えにまでは口を出す事が出来ないんだ……」
やや同情するような口調で、そう返答するアズリエール。
「それではレイニーブルー家のご令嬢方は、どんな理不尽な条件の婚約でもお父上には逆らえないから耐えるしかないって事?」
「うん……。その所為なのか、あそこの姉妹間は、あまり仲が良くないんだ……。というか、次女のクラリス様だけ孤立してる感じ。クラリス様って極度の人見知りな上に物凄く内気な性格で、見た目も一人だけ髪の色が違うから、妹君達から見下されてる感じなんだよね……。巫女会合でもいつも気配を消して、静かに壁際に立ってる事が多いし……」
そのアズリエールの言葉にアイリスまでも同情めいた表情を浮かべた。
「家庭環境の所為で姉妹間が不仲だなんて……。私、巫女の家系って国からも大切に扱われてる分、ゆったりとした家庭環境のイメージしかなかったわ……」
「アイリス姉様、そんな同情的でいいの~? レイニーブルー家は多分クラリス様と末っ子のティアラ様以外は、全員アイリス姉様の事をよく思っていないよ~?」
ニヤニヤしながらそう言って来たアズリエールにアイリスが驚く。
「何でよ!? 今の話を聞いていた限り、私は全く関係ないじゃない!!」
「それが大ありなんだよね……。レイニーブルー家の家長になった男性は皆、元爵位の高い人ってさっきも言ったよね? という事は、それだけ世間体を気にするプライドが高い人が家長を務めてるって事なんだ。そして今までサンライズ国内の雨乞いの儀は、主にレイニーブルー家が担っていて、ここ最近では王弟殿下が婿入りしたティアドロップ家も一緒に担当していた。でもアイリス姉様が異例の巫女力持ってる関係でアレク兄様の婚約者になったでしょ? その所為でレイニーブルー家はその御役目から外されてしまって、代わりにアイリス姉様の担当になってしまった……。これを誇り高きレイニーブルー家の人達は、どう感じると思う?」
その言葉にアイリスは目を見開く。
「更に悪い事にレイニーブルー家には、アレク兄様に好意を抱いているご令嬢が二人もいるんだよねー。それが四女のカトレア様と五女のオリビア様。特に現在、婚約破棄されかけてるカトレア様のご執心ぶりを考えると……アイリス姉様に対しての当りは、かなり強烈だと思うよ~?」
アズリエールの更なる追い打ちの言葉にアイリスはテーブルの上に突っ伏した。
「何で当人がいない所で、そんな面倒な事になってんのよぉ……」
「いなかったから、面倒な事になったんじゃないの? アイリス姉様がしっかりと巫女会合に参加していれば、アレク兄様との不仲説なんて出なかった訳だし。そして二人がアレク兄様に恋心なんて抱く状況にはならなかったと思うけど~?」
その言葉にアイリスがテーブルに突っ伏したまま、グッと言葉を飲み込む。
「アイリス姉様! まさに身から出た錆だね!」
「アズリル……。先程から容赦のない追い打ちばかり掛けて来ないでよぉ……」
珍しく弱気な状態のアイリスにアズリエールは、にんまりする。
「アイリス姉様のこんなに弱ってる状態が見れるのって、かなり貴重だよね~」
「嬉しそうに言わないで……。それにしても、よくこれだけ現サンライズの巫女達の現状把握が出来たわね?」
「僕、こんな格好している異色の巫女だからさー。結構、陰口叩かれやすいんだよね……。だからそうなる前にさっさと交友関係を築いちゃえば攻撃されないから、攻略しづらそうな巫女から関係醸成のために自分から一生懸命声を掛けっていったんだー」
「それって、アレクからの受け売りな処世術?」
「そうそう。『敵にすると厄介そうな人間は、先に取り込む』って対策法」
「なんかアズリルの性格がアレクの所為で、かなり歪んだ気がするわ……」
「そんな事ないよ? お陰で僕は周りから拒絶されにくくなったもん」
そう満足そうな表情を浮かべるアズリエールだが、アイリスにはそんな処世術など身に付けなくてもアズリエールが本来持っている人間性で、充分多くの人を惹きつける事が出来ると知っている。
何故ならこの少年風の風巫女は、誰よりも人の痛みに敏感で優しいのだ。
その証拠に現在、かなり策士的な部分が強いアズリエールだが、その身に付けたスキルを絶対に人を貶める為には使わない。そのスキルを発動する時は、必ず自分や周りの人間が心地よく過ごせる雰囲気作りの為だけに活用するのだ。そこが師匠であるアレクシスと似ているようで、全く違うのだ。
本人はその事に全く気付いていないが、今回これだけのサンライズの巫女の現状を知り得ているという事は、彼女達が皆、簡単にアズリエールに心を開いて話をしている証拠だ。
それだけアズリエールには、人の警戒心を簡単に解く事が出来て相手を瞬時にリラックスさせてしまう人柄なのだ。
「とりあえず来月の巫女会合では、前半早々にアレク兄様との良好な関係を披露してストーム家を味方に付けて、中盤くらいから飛んでくるレイニーブルー家からの攻撃に備える方向がいいと思うなー」
「攻撃って……。私、一体何されるのよ……」
「多分、カトレア様とオリビア様辺りが素敵な笑顔を向けながら、嫌味たっぷりで絡んでくると思うよ? でもアイリス姉様、くれぐれも二人からケンカを売られても買っちゃダメだからね? もし買ったら絶対アイリス姉様の方が圧倒的に強すぎて、二人とも泣かしちゃうと思うから!」
そう楽しそうに忠告してきたアズリエールにアイリスが、自信なく答える。
「一応、努力はしてみるわ……」
「まぁ、ある程度は覚悟はしていたのだけれど……」
「え~!? アイリス姉様、何となく分かっていたの? つまんなーい」
「当たり前でしょ? 大体、あのアレクがそんな簡単にクリア出来る課題を出してくる訳ないじゃない!」
「確かに」
そう苦笑しながら、アズリエールは机の上にあったペンをとる。
「まぁ、アイリス姉様がある程度の心の準備をしていたのなら、サクッとその概要を話しても大丈夫そうだよね?」
「ええ。むしろ是非、聞きたいわ」
するとアズリエールが、ストーム家の令嬢の名前が書いてある紙を手に取った。
「まずはストーム家なのだけれど……この伯爵家は風巫女としての役割だけを担っているだけでなく、代々サンライズ王家の近衛騎士団をまとめている家柄ってのは知ってた?」
「ええ。確か現ストーム伯が、今の近衛騎士団の大隊長をなされているのよね?」
「そうそう。で、この家のご令嬢方も全員騎士の資格を持っていて長女以外は近衛騎士団に入っているんだよね」
「そんな肉体派で堅物そうなご令嬢方に何故、私が悪く思われているのよ?」
「堅物だからこそ、悪く思われているんだよ……。要するにこの家のご令嬢方は、王家に対する忠誠心がもの凄く厚いんだ。だからこの国の王太子であるアレク兄様に辛辣な態度を取り続けているアイリス姉様の事を不敬な人物と見なしているんだよ」
「なるほど」
「なるほどって……。アイリス姉様、もう少し危機感持って?」
「そ、そうね。ごめんなさい。つい……」
アイリスのその反応にやや呆れ気味な表情を浮かべるアズリエール。
「でもね。その分、印象を上げる事はそんなに難しくないと思う。そもそもアレク兄様への態度が問題な訳だから、アイリス姉様の人間性に不快感を抱いている訳ではないでしょ? だから次回の巫女会合でアレク兄様に敬意ある接し方をしている姿を見せれば、案外簡単に関係醸成は出来るんじゃないかな?」
「それって敬意を払うだけでは……もちろん足りないわよね?」
「もちろん! その場合は二人が仲睦まじい雰囲気を出さないとダメだよ?」
「はぁ……。やっぱり最終的には、それが一番の有効手段になるのよね……」
心底、嫌そうな顔をするアイリスにアズリエールが、また苦笑する。
「でもね、このストーム家、一人だけ変わり者のご令嬢がいるんだよね」
「そのご令嬢は……曲者って意味での変わり者って事?」
「それはないかな……。性格は五姉妹中で一番サバサバした性格だし。でもね、見た目が僕と同じ部類のご令嬢なんだよ」
「男装してるって事?」
「ご自身はそんなつもりないんだろうけどね。でも他の巫女や一般のご令嬢方からは『お姉様』って呼ばれてて、理想の王子様的な眼差しを向けられているよ。公の場に参加する時は、いつもサンライズ王家の近衛騎士の制服で来られるし、何よりも銀髪長身で中性的な物凄い綺麗な人なんだよね」
「それは……個人的興味として是非お会いしたいご令嬢ね……」
「この三女のリデルシア様がその人だよ。確か……年齢はアイリス姉様と同じ16歳なんだけれど、婚約者であるマリンパールの伯爵様と物凄く仲が悪くてね……。夜会では、いっつもどちらが女性の支持を得られるかで張り合ってるねー」
そう言いながら手元にある未完成の対策資料にアズリエールが追記する。
しかしアイリスは、その言葉に過剰反応した。
「何、その情報! そのご令嬢、是非お友達になりたいのだけれど!」
「アイリス姉様……。今の情報のどの部分に食い付いたの? もしかして『婚約者と仲が悪い』って所?」
「だって! サンライズの巫女でそういうご令嬢って殆どいないじゃない! 大体は婚約者と仲睦まじかったり、溺愛されてる組み合わせが殆どでしょ!?」
「うわー。同類の被害者意識からお友達希望か……。アレク兄様がそれ聞いたら泣いちゃうよ?」
「なんでアレクが泣くのよ? むしろ大手を振って喜びそうじゃない」
アイリスのその返答にアズリエールが、盛大なため息をつく。
「そもそもそれを言ったら、もうひとつのレイニーブルー家なんて、ほぼ全滅だよ? 末っ子以外、全員婚約者に恵まれていないのだから……」
「それ、どういう事? だってサンライズの巫女なのに……そんな事ってあるの?」
基本的にサンライズの巫女というのは、王家より大切に扱われる事が前提の為、婚約を希望してきた人物の査定が厳しく、問題ある婚約者に当たるケースは少ない。しかし、アズリエールの口ぶりでは、レイニーブルー家の場合、その巫女達の特権が適用されていないらしい。
「これがあるんだよね……。レイニーブルー家のご令嬢方について話すと……まず長女のエミリア様の婚約者がコーリングスターの上位の伯爵家の方なのだけれど、相手が8歳も年下でエミリア様は二十歳になった現在でも未だに未婚のまま。次女のクラリス様は、ウッドフォレストのかなり重要な領地を治めている伯爵様が婚約者なのだけれど、こちらは相手が年上過ぎて12年間放置……。三女のレイシア様は、相手から望まれての婚約だけど、年が15歳差でウッドフォレスト内では、幼女趣味を疑われている事で有名な侯爵令息様。四女のカトレア様がこの中で一番の器量良しなご令嬢なのだけれど、婚約者は熟女好きで有名なマリンパールの伯爵家の長男で、しかも相手の方が年上。五女のオリビア様は、婚約者がサンライズ国内の子爵令息様で年齢的には1つ違いだけど、婚約者の方に意中の相手がいるみたいで上手くいっていない……。で、平和的婚約が出来ているのは六女のティアラ様だけなんだけど、彼女はまだ8歳で……」
「ちょ、ちょっと待って! アズリル、早すぎ! ペンが追い付かないわ!」
必至で作りかけの対策資料に今アズリエールが言った事を口述筆記しようとしたアイリスだが、アズリエールがあまりにも勢いよくしゃべり出す為、ペンを走らせる事が追い付かなくなってしまったアイリスは待ったを掛けた。
「え~!? 早くないよ~! そもそも将来的に結婚したら公務でアレク兄様の口述筆記は必須になるんだよ? これで早いって言ってたら、アレク兄様のなんて対応出来ないよ?」
「嫌な事を言わないでよ……」
アズリエールの言葉にアイリスが、ガックリと肩を落す。
「そもそも何故レイニーブルー家のご令嬢方は、そんな酷い条件での婚約を強いられているのよ……。特に早婚で子だくさんを理想とされている長女のエミリア様が、成人しても未だに未婚ってあり得ないじゃない! これってあきらかにサンライズ王家が定めている巫女保護法の違反でしょ!?」
「確かにそうなのだけれど……。レイニーブルー家って、ストーム家とは違った意味で厳格な家柄なんだよね。ここ何代かのレイニーブルー家に婿入りしている男性の殆どが、有力な上位の伯爵家や侯爵家出身だから、考え方が古風というか……。未だに娘は政治の道具的な考えを持ってる人が、ずっと家長を務めているんだ。だから明らかに婚約解消を前提で、巫女力にしか興味がない相手でもその婚約の申し入れを受けてしまうみたい……。一時でもその爵位の高い家との繋がりが持てればレイニーブルー家の箔付けになるからね。家長の現レイニーブルー伯爵が、そういう婚約を率先して行っているから、いくら王家が巫女達を政治的道具のように扱っているような理不尽な条件の婚約を禁止していても、その家長の考えにまでは口を出す事が出来ないんだ……」
やや同情するような口調で、そう返答するアズリエール。
「それではレイニーブルー家のご令嬢方は、どんな理不尽な条件の婚約でもお父上には逆らえないから耐えるしかないって事?」
「うん……。その所為なのか、あそこの姉妹間は、あまり仲が良くないんだ……。というか、次女のクラリス様だけ孤立してる感じ。クラリス様って極度の人見知りな上に物凄く内気な性格で、見た目も一人だけ髪の色が違うから、妹君達から見下されてる感じなんだよね……。巫女会合でもいつも気配を消して、静かに壁際に立ってる事が多いし……」
そのアズリエールの言葉にアイリスまでも同情めいた表情を浮かべた。
「家庭環境の所為で姉妹間が不仲だなんて……。私、巫女の家系って国からも大切に扱われてる分、ゆったりとした家庭環境のイメージしかなかったわ……」
「アイリス姉様、そんな同情的でいいの~? レイニーブルー家は多分クラリス様と末っ子のティアラ様以外は、全員アイリス姉様の事をよく思っていないよ~?」
ニヤニヤしながらそう言って来たアズリエールにアイリスが驚く。
「何でよ!? 今の話を聞いていた限り、私は全く関係ないじゃない!!」
「それが大ありなんだよね……。レイニーブルー家の家長になった男性は皆、元爵位の高い人ってさっきも言ったよね? という事は、それだけ世間体を気にするプライドが高い人が家長を務めてるって事なんだ。そして今までサンライズ国内の雨乞いの儀は、主にレイニーブルー家が担っていて、ここ最近では王弟殿下が婿入りしたティアドロップ家も一緒に担当していた。でもアイリス姉様が異例の巫女力持ってる関係でアレク兄様の婚約者になったでしょ? その所為でレイニーブルー家はその御役目から外されてしまって、代わりにアイリス姉様の担当になってしまった……。これを誇り高きレイニーブルー家の人達は、どう感じると思う?」
その言葉にアイリスは目を見開く。
「更に悪い事にレイニーブルー家には、アレク兄様に好意を抱いているご令嬢が二人もいるんだよねー。それが四女のカトレア様と五女のオリビア様。特に現在、婚約破棄されかけてるカトレア様のご執心ぶりを考えると……アイリス姉様に対しての当りは、かなり強烈だと思うよ~?」
アズリエールの更なる追い打ちの言葉にアイリスはテーブルの上に突っ伏した。
「何で当人がいない所で、そんな面倒な事になってんのよぉ……」
「いなかったから、面倒な事になったんじゃないの? アイリス姉様がしっかりと巫女会合に参加していれば、アレク兄様との不仲説なんて出なかった訳だし。そして二人がアレク兄様に恋心なんて抱く状況にはならなかったと思うけど~?」
その言葉にアイリスがテーブルに突っ伏したまま、グッと言葉を飲み込む。
「アイリス姉様! まさに身から出た錆だね!」
「アズリル……。先程から容赦のない追い打ちばかり掛けて来ないでよぉ……」
珍しく弱気な状態のアイリスにアズリエールは、にんまりする。
「アイリス姉様のこんなに弱ってる状態が見れるのって、かなり貴重だよね~」
「嬉しそうに言わないで……。それにしても、よくこれだけ現サンライズの巫女達の現状把握が出来たわね?」
「僕、こんな格好している異色の巫女だからさー。結構、陰口叩かれやすいんだよね……。だからそうなる前にさっさと交友関係を築いちゃえば攻撃されないから、攻略しづらそうな巫女から関係醸成のために自分から一生懸命声を掛けっていったんだー」
「それって、アレクからの受け売りな処世術?」
「そうそう。『敵にすると厄介そうな人間は、先に取り込む』って対策法」
「なんかアズリルの性格がアレクの所為で、かなり歪んだ気がするわ……」
「そんな事ないよ? お陰で僕は周りから拒絶されにくくなったもん」
そう満足そうな表情を浮かべるアズリエールだが、アイリスにはそんな処世術など身に付けなくてもアズリエールが本来持っている人間性で、充分多くの人を惹きつける事が出来ると知っている。
何故ならこの少年風の風巫女は、誰よりも人の痛みに敏感で優しいのだ。
その証拠に現在、かなり策士的な部分が強いアズリエールだが、その身に付けたスキルを絶対に人を貶める為には使わない。そのスキルを発動する時は、必ず自分や周りの人間が心地よく過ごせる雰囲気作りの為だけに活用するのだ。そこが師匠であるアレクシスと似ているようで、全く違うのだ。
本人はその事に全く気付いていないが、今回これだけのサンライズの巫女の現状を知り得ているという事は、彼女達が皆、簡単にアズリエールに心を開いて話をしている証拠だ。
それだけアズリエールには、人の警戒心を簡単に解く事が出来て相手を瞬時にリラックスさせてしまう人柄なのだ。
「とりあえず来月の巫女会合では、前半早々にアレク兄様との良好な関係を披露してストーム家を味方に付けて、中盤くらいから飛んでくるレイニーブルー家からの攻撃に備える方向がいいと思うなー」
「攻撃って……。私、一体何されるのよ……」
「多分、カトレア様とオリビア様辺りが素敵な笑顔を向けながら、嫌味たっぷりで絡んでくると思うよ? でもアイリス姉様、くれぐれも二人からケンカを売られても買っちゃダメだからね? もし買ったら絶対アイリス姉様の方が圧倒的に強すぎて、二人とも泣かしちゃうと思うから!」
そう楽しそうに忠告してきたアズリエールにアイリスが、自信なく答える。
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