雨巫女と天候の国

もも野はち助

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8.初めての夜会

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 馬車が屋敷の入り口に着くと、屋敷の使用人が扉を開けてくれた。
 するとエスコートする為、アレクシスが先に出てアイリスに手を差し出す。

 夜会の参加者達は、王太子が馬車から降りただけでも目が釘付けになっているのだが、この上まだ後から彼にエスコートされる人物がいる事に注目する。そんな中、アイリスが馬車から降りるとその瞬間、周りが一斉に静まり返った。

「流石だね。君は本当に黙ってさえいれば生きる宝石その物だ」
「二番煎じな事は言わないのではなかったの?」

 優雅な笑みを張り付けたままアレクシスに嫌味を返したアイリスはエスコートされながら会場内に進む。
 その間、誰もが振り返り、二人の姿を見ては言葉を失った。
 それだけ着飾ったアイリスは、人間離れした美しさなのだ。
 すると一人の20代前後くらいの男性が近づいてくる。

「アレクシス殿下、ようこそお越しくださいました!」
「久しぶりだね、リュカ。叔父が祝いに来れなくて本当に申し訳ないね……」
「いえいえ。私と致しましては、こうしてお二人に来て頂いた事に感動しております。こちらが雨巫女アイリス様でございますね? お初にお目にかかります」
「お誕生日おめでとうございます。リュカオス様。本日はお招き頂きまして、誠にありがとうございます」
「アイリス様、よろしければ私の婚約者のセルネリアとお話をして頂けないでしょうか? 彼女はもう今朝から私の誕生会の準備をそっちのけで、あなたにお会い出来る事を楽しみにしておりましたので……」

 そう言われ、リュカオスの目線の先を追うと、フィーネリアと同じ髪と瞳をした女性が頬を紅潮させ、こちらを見つめている。その事を確認し、アレクシスに了承を得る様にアイリスがふわりと微笑んだ。すると、アイリス達のやり取りをこっそり観察していた周囲の人間達が、息を呑む。

「アイリス、行っておいで」
「ありがとうございます。アレクシス様。それではリュカオス様、お言葉に甘え、セルネリア様とお話させて頂きますね?」

 そう言ってアイリスがスッとアレクシスの隣から離れ、セルネリアの方へ歩む。
 そんなアイリスを多くの人間が遠巻きで見つめ、目が離せなくなっていた。

「噂には聞いておりましたが……アイリス様は大変お美しい方なのですね」
「ありがとう。でもねリュカ、美しいバラには強烈な鋭い棘があるんだよ?」

 そうにっこり言うアレクシスに何かを察したリュカオスが、思わず苦笑した。


 一方、セルネリアの許に向かったアイリス。
 よく見ると、セルネリアの後ろには髪と瞳の色は微妙に違えど、顔立ちがフィーネリアに似ている女性三人が、セルネリアと同じ様な表情でアイリスをうっとりしながら見つめてる。

「セルネリア様、お初にお目にかかります。スコール家雨巫女のアイリスと申します。妹君であるフィーネリア様とは大変親しくさせて頂いておりますが、そのお姉様方にはご挨拶が遅れてしまいまして、大変申し訳ございません」

 そうドレスを摘まんで軽く礼をしながら、後ろのフィーネリアの姉達であろうと思われる三人の令嬢達へも視線を送る。

「ああ! アイリス様! このように直接お会い出来て大変光栄です! 後ろにいるのはわたくしの姉と妹達なのですが、皆アイリス様の歌声の大ファンでして! 今日アイリス様とお会い出来ると聞き、皆馳せ参じましたのよ!」

 興奮気味でそう告げるセルネリアは、瞳に涙まで溜め出した。
 そしてそれは後ろにいる残りのティアドロップ姉妹三人も同じだ。
 フィーネリアは五女なので、この四姉妹の一番末っ子の妹となる。
 自分にとって妹分のフィーネリアと、ほぼ同じ様な顔をした美女四姉妹達に会話しただけで、ここまで感動されてしまうと何とも不思議な感覚をアイリスは抱く。

 そして次々に自己紹介を始めたティアドロップ家の四姉妹達。
 長女がミルネリア、三女はファーネリア、四女がリーネリアだ。
 アレクシスの次の課題と予想される巫女会合の仕切りに備え、現巫女達の名前は既に記憶しているアイリスだが……流石にすでに既婚済で巫女を引退している長女のミルネリアはノーマークだった。慌ててその場で名前を刻み込む。
 そしてアイリスは、次の布石に対しての情報収集と味方の確保を始めた。

「王妃教育の為、巫女会合に顔を出せなかったとはいえ、皆様にはこの様な遅れてのご挨拶に……。それだけではなく他巫女様方にも本当に失礼な態度をしてしまい、自身の不甲斐なさを身に染みて感じております……」

 そう言って、やや大げさに自分を責める言葉をワザと呟く。

「まぁ、お気になさらないで! その事は皆様もご理解なさっていますわ!」

 そう言ってくれたのは、アイリスよりやや年下そうな三女のファーネリアだ。
 どうやらティアドロップ家の姉妹達は、内向的な末っ子フィーネリアとは違い、大人しい容姿のわりにはグイグイくるタイプらしい。

「ですが……来月10年ぶりに巫女会合に参加致しますので、その際に皆様には深く謝罪を申し上げませんと……。現状では、あまりにも自身の不甲斐なさにわたくしの気が収まりませんので……」

 アイリスが不安そうな表情を作り言葉を続けると、いきなり次女セルネリアにガッシリと両手を掴まれた。

「ご安心ください! 10年ぶりのご参加でさぞご不安かと思いますので来月の巫女会合では、わたくし達がアイリス様のお傍に付きますわ!」
「お姉様、ズルいですわ! わ、わたくしも是非お傍に!」
「わたくしも!」

 次女に釣られて三女と四女も一緒になってアイリスの手を取る。
 その瞬間、アイリスは心の中でガッツポーズをした。
 計六家ある巫女の一族の内のティアドロップ家を自分の味方に付けたと……。

「お心遣い、痛み入ります。そのようなお気持ちでいてくださるなんて、とても心強いです。来月の巫女会合、わたくしの方こそ是非お傍に寄り添わさせてくださいませ」

 そう言って三人に向かって、ふわりとアイリスが微笑む。
 そのあまりにも綺麗な微笑み方に三人が真っ赤になった。
 そしてその後ろでは、すでに巫女会合の参加資格を失っている長女ミルネリアが羨ましそうにこちらを見ている。
 それに気付いたアイリスが、そっと近づき手を取る。

「ミルネリア様も巫女時代の経験豊富なお話をいつかお聞かせくださいませ。わたくしにとって、先輩巫女の方のご助言はとてもありがたいお話なので」
「アイリス様……」

 基本的に自分のずば抜けた容姿にはあまり興味のないアイリスだが、その効果的な使い所は、しっかりと心得ている。本人にとっては非常に不本意なのだが、恐らくそれは定期的に会わなくてはならなかったアレクシスとの面会の際、嫌味たっぷりの茶番を行っていた事で身に付いてしまったのだが……。

 そんなティアドロップ家姉妹達の庇護をまんまと得たアイリスに先程別れたアレクシスが近づいてきた。

「アイリス。盛り上がっているところ申し訳ないのだけれど……実は向こうの殿方達にどうしても君の踊っている姿が見たいと、せがまれてしまっていてね……」

 そう言って、アイリスをダンスに誘う様にアレクシスが手を差し出して来た。
 その手をにっこり微笑みながら、取るアイリス。

「わたくしの様な未熟な者のダンスでよろしければ是非披露させて頂きます」
「その心配はいらないよ? 私がしっかりと君をエスコートしてあげるから」
「アレクシス様のエスコートでしたら、安心して身を任せられますね」

 するとアレクシスが、取っていたアイリスの手を自分の口元の持っていき、軽く口付けした。その一瞬、アイリスの片眉がピクリと動く。しかし、すぐにニッコリ微笑み、エスコートを促す様にアレクシスの方へと体を寄せる。

「それでは皆様方、一度アイリスを私にお返しくださいね?」
「「「「ええ! もちろん!」」」」

 そう言ってダンスの輪の中に向かってアイリスをエスコートするアレクシス。
 そんな二人のやり取りにティアドロップ家の姉妹達は、うっとりしてる。
 そして二人は、共にお踊り出した。

「ねぇ、アレク。先程の手に口付けは必要ない行為だと思うのだけれど?」

 綺麗な笑みを浮かべ優雅にダンスをしながら器用にこめかみに青筋を立てたアイリスが、アレクシスに抗議する。

「でもあの家の姉妹達は、フィーネ同様ロマンス小説が大好きだからね。ああいうシチュエーションを見せつけておけば、勝手に僕らの事を仲睦まじい二人って吹聴してくれるから、不仲説を覆すのには効率のいい方法だと思ったのだけれど」
「だからって別に口付けしなくても……言葉だけでいいのではなくて!?」
「アイリス~? 笑顔が崩れかけてるよ~? 僕らは今、物凄く注目されているのだから、ちゃーんと笑顔は維持してね?」
「分かってるわよっ!」

 そう吐き捨てながら、器用に優雅な微笑みを張り付けるアイリス。
 するとアレクシスが、踊りながらアイリスをまじまじと見つめてきた。

「何よ?」
「いやね、このドレスのデザインにして大正解だったなと思って……」
「何を急に改まって……」
「この目線の高さで向き合った体勢だと……かなりの絶景なんだよねー」

 そう言うアレクシスの視線が出掛け際にアイリスが抗議していた首回り部分だと気付いた瞬間、アイリスが思いっきりアレクシスの足を踏んづけた。

「まぁ! 申し訳ございません! わたくしダンスは少々苦手なもので……」
「いや……。いいんだよ? それならば帰ったら、しっかり練習に付き合おう」
「そんな! アレクシス様のお手を煩わせる訳にはまいりません! 練習相手はエレンに務めて貰いますので、ご公務を優先なさってくださいませ」

 つい先程まで完璧にダンスをこなしていたので、明らかに故意で足を踏んづけてきたアイリスは、敢えて大袈裟に自身の失態を後悔するかのような表情を作り、アレクシスに謝罪する。しかし、当のアレクシスは辛うじてダンスは続けられるものの相当痛かったのか、やや冷や汗を浮かべながら引きつった笑顔をアイリスに向けた。

「ほんのお茶目な冗談じゃないか……。もう少し加減して欲しいのだけれど」
「そんな品位の欠片もない卑猥な冗談に対して加減など出来る訳ないでしょ?」

 言葉とは裏腹に柔らかい口調でアイリスは、綺麗で完璧過ぎる微笑みをアレクシスに返した。

 そんな二人が踊り終わると、予想通り次々とアイリスにダンスの申し込みが殺到する。
 しかし、アレクシスはアイリスが初の夜会参加で緊張している為、ダンスがおぼつかない事を理由にやんわりとした雰囲気で全て断ってしまった。そして、先程アイリスに故意に踏まれた足が余程痛むらしく、早々に会場を後にする事となる。そんな経緯で、アイリスの初参加となる夜会はあっさりと終了してしまう。

「残念だわ~。もう少しティアドロップ家のご令嬢方と親睦を深めたかったのだけれど……。でもあなたが辛そうなのだから仕方ないわよね」
「そう思うなら、あんなに勢いよく足を踏まないでくれ……」
「踏まれる様な無神経で失礼な事を言ったあなたが悪いのではないかしら?」

 帰りの馬車で向かい合わせで座っているアイリスは、そう言ってツンっとそっぽを向く。そしていつの間にか、肩からショールを羽織っていた。

「アイリス……。そこまで徹底した過剰反応をされると、まるで僕が君に懸想したと勘違いされてるように思うのだけれど……。その態度は少し君の自意識過剰な行動だと思うよ? 僕にだって懸想する女性を選ぶ権利がある。そしてそれは確実に君ではないのだから」
「そうね。私もあなたに懸想される自信はないのだけれど、先程みたいな卑猥な言葉を投げかけたくなる気持ちは抱かせる事は出来るみたいだから、その対策としてこのショールを羽織っただけよ? あなたの方こそ、そんな考えを起こすなんて自意識過剰ではなくて?」
「君は本当ーに可愛げがないね……」
「お褒め頂き、ありがとう。もしあなたに対してそんな役に立たない物を自身が持ち合わせていたら、逆にショックを受けるもの」

 出掛け際と違い、今度はアレクシスの言葉に対して間髪入れずにポンポンと切り替えしてくるアイリスにアレクシスが疲弊したのか、大きなため息をつく。しかし一息ついた後、やや策士めいた笑みを浮かべてきた。

「それで? 今回の夜会では次の課題対策の準備は出来たのかな?」
「やはり私に来月の巫女会合の仕切りをやらせる気なのね……」
「当たり前じゃないか。むしろ今回君に一番取り組んで貰いたい部分は、そこなんだから。夜会でのイメージアップなんて君の場合、僕と夜会に参加して、ちょっと一曲踊れば殆どの人間が君のその容姿であっという間に虜になってしまうだろ? 夜会参加は、あくまでも軽い肩慣らしだ。本番は君をよく思っていない人間が多い、巫女会合の方だよ」

 すると珍しくアイリスが、やや強張った表情を一瞬浮かべた。

「アレク、参考までに聞くのだけれど……私にあまりいい感情を持っていない現役のサインライズの巫女達の割合って、全体に対して結構多いの?」

 するとアレクシスがにんまりと笑みを浮かべた。

「それを僕に聞いてしまうのかい? でも教えないよ。それは君自身が事前に調べ、当日の巫女会合でどう対処するべきかが今回の課題なのだから」
「そう言われると思っていたわ……」
「それなのに僕に聞いたの? 君は本当にあざといなぁ。これが僕でなかったら、先程の君のやや強張った表情にコロっと騙されて口をすべらしてたよ?」
「あなたじゃあるまいし、先程のは狙ってそういう表情をした訳ではないわ!」
「なら不安な気持ちから、つい出てしまった表情って事?」

 そう面白がって言うアレクシスにアイリスが予想外な反応をする。

「だって……彼女達は私と同じように望んでもいない力を勝手に神様から押し付けられた被害者同士だもの……。自分が彼女達に嫌われる事はそこまで気にしないけれど、私の方はそんな彼女達を嫌う事は絶対に出来ない……。だから真っ向から対立してしまう状況になれば、私はどうしても彼女達に対して無力になるわ……」

 そのアイリスの言葉にアレクシスが目を見開く。

「アイリス……」
「でも私が10年間、そうやって彼女達と向き合わないで逃げ続けてきた事も事実よ。悔しいけれど……あなたの言う通り、これは私自身が正面から向き合って関係を修繕しなくてはならない事だもの」

 そう言って真っ直ぐな目をするアイリスにアレクシスが苦笑する。

「君は……本当に強いよね……。その状況でも僕に助けを求めるという選択肢だけは絶対にしないんだ?」
「前にも言ったでしょ? そんな選択するくらいなら舌を噛み切るって!」
「はいはい。その場合は、僕が近くにいない所でしてね」

 そう言って急に黙り込んで馬車の外を眺め出したアレクシス。
 その行動にやや違和感を覚えたアイリスだが……むしろ黙っててくれてる方がありがたいので、アイリスも同じように外の風景を眺め出した。

 そんな行きとは違う静かな状態で、馬車はサンライズ城へ二人を運んで行った。
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