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【番外編:二人の過去とその後の話】
育つ前に摘み取る④
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「誰!? あの美青年、一体誰なの!?」
かなり興奮気味で駆けこんで来たアンナに両肩を掴まれ、ロナリアはガクガクと全身を揺さぶられる。
「ちょ……アンナさん! 少し落ち着いて!!」
「だって……だって物凄い美青年だったのよ!? ハッ! まさか王族!?」
「いいから、君は少し落ち着きたまえ!!」
大暴走気味のアンナをルースは、レイスと共にロナリアから引きはがす。
「ご、ごめんね……。ロナちゃん。でも……でも物凄い美青年で!!」
「いや、それはもう分かったから……。アンナ、とりあえず、その方はロナリアさんのお知り合いの方なのでしょう?」
「た、多分」
「多分って……。あなた、お名前伺わなかったの!?」
「だ、だって! 受付やっている友人から、サラリとロナちゃん呼んできて欲しいって頼まれただけだから……。名前まで聞いてなくて……」
「全く……。ロナリアさん、お心当たりのある方?」
興奮気味のアンナを宥めながら、サブチーフのサラが少しずつ情報を聞き出し、再度ロナリアに確認すると、何故かロナリアがほんのり顔を赤らめながら俯き、蚊の鳴くような小さな声でポツリと答える。
「そ、その……恐らくその人物は、私の婚約者かと……」
ロナリアのその小さな呟きに魔道具開発室は一瞬、静まり返る。
だがその静寂は、唖然としたルース達の拘束から逃れた爆発でも起こしたかのような興奮気味のアンナによって壊された。
「えぇぇぇぇー!! こ、婚約者!? あ、あの……あの超絶美青年が!? ロナちゃんの婚約者!?」
「ア、アンナさん! 落ち着いて! リュカはそこまで超絶美青年じゃありません!! あまり大袈裟に表現しないでくさい!!」
「いやいやいや! 私、あんな綺麗な男の子、今まで見た事ないんだけれど!! ものすんごい美青年だったんだけれど!! しかも黒髪よ!? あの子、絶対に魔力が高い子でしょ!!」
「た、確かに上級魔法しか放てないリュカは、魔力が高いですが……」
「上級魔法しか使えないの!? ロナちゃんと真逆じゃない!! なにその完璧超人の婚約者!! 凄すぎでしょ!!」
「リュ、リュカは、そこまで完璧超人じゃありません! 特異体質で常に魔力が漏れ出てしまうので私が魔力譲渡しないと、すぐに魔力が枯渇してしまうので……」
「ええ!? ロナちゃん、魔道具だけでなく婚約者にも魔力注入してたの!?」
「い、言い方!! 魔力『注入』ではなくて魔力『譲渡』です!!」
余程の美青年だったのか、大興奮気味のアンナを必死で宥めるロナリア達のやりとりを唖然とした状態で傍観していたルースとレイスだが、一早く我に返り、再びアンナをロナリアから引っぺがす。
「ロナリア君も落ち着いて! 今はアンナさんの興奮を宥めている場合ではないだろう!? その婚約者の男性、今も受付で待ちぼうけをくらっている状態ではないのか!?」
「あっ!」
「気付くのが遅すぎるよ!! 早く行ってあげなさい!!」
「は、はい!」
リュカスを受付で待たせてしまっている事を失念していたロナリアが、ルースとレイスの言葉によって思い出し、慌てて一階の受付カウンターに向かって走り出した。
その間、ルースは興奮気味のアンナをレイスと共に羽交い絞めにして茫然としていたのだが……。
「ねぇ、みんな……。ロナちゃんの超絶美青年な婚約者、見てみたくない?」
まるで悪魔の囁きのようにアンナがニヤリとした笑みを浮かべ、皆の好奇心を煽り出した。すると……。
「「「「「見たい!」」」」」
現状、室内にいるルース以外の全員が素晴らしいくらいに声を揃えて叫んだ。もちろん、アンナを一緒に羽交い絞めにしているレイスもである。
「よし! 皆で見に行こう! 本当に物凄い美形な婚約者さんなんだから!」
「きゃー! あの愛らしいロナリアさんの婚約者が超絶美形だなんて……。どんな美味しいシチュエーションなの!?」
「サラさんって、意外と俗っぽいところありますよねー。まぁ、僕も興味深々ですが……って、ローグさんも見に行かれるんですか?」
「わしゃ、ロナちゃんが変な男に引っかかっておらんか、見極めに行くんじゃ!」
「保護者……? 保護者目線なの……?」
いつもロナリアの周りにいる面々はもちろん、それ以外の研究員もロナリアの婚約者が気になるのか、ゾロゾロと一階の受付に向かい始める。
それをルースは、バッと両手を広げて阻止し始めた。
「ちょっと皆さん! 仕事ほっぽり出して、どこに行く気ですか!! 大体、人様の逢瀬を覗き見するなんて趣味が悪いですよ!?」
「なによー。ルース君、一番気になってる癖にー」
「いいじゃないか。離席するのは少しだけで、すぐに戻るし」
「サブチーフの私が許可します!」
「いや、副部長のサラさんがそれじゃ、ダメじゃないですか……」
「だって! 私もロナリアさんが超絶美形の婚約者と一緒にいるところ、見たいんですもの!」
「…………」
サブチーフまでこの流れにのみ込まれている展開にルースが呆れ果てながら、押し黙る。するとレイスが、優しく出口を塞いでいるルースの両手を下に降ろさせた。
「まぁまぁ。ルース君、そんな真面目に捉えないで。ほんの息抜きだから」
そう言ってルースと肩を組み始めたレイスだが……そのままルースの耳元にある事をそっと囁く。
「あの無自覚魅了魔法から解放される切っ掛けになると思うよ?」
その囁きにルースが目を見開いたまま、ゆっくりとレイスに視線を向ける。
その動きに合わせるようにレイスが、ルースの肩を腕から解放する。
「ね? ルース君にとっても前に進む為の良い切っ掛けになると思うから……一緒にロナリア君の婚約者殿を見に行こう?」
ニッコリと笑みを向けてきたレイスの視線は、完全に弟を労う兄という温かい眼差しだ。そんな笑みを先輩から向けられたルースは、情けなさもあって盛大に息を吐く。
「わかりました……。僕も少なからず興味があるので一緒に見に行きます」
「よし! 行こう!」
ルースの宣言を聞いた面々が意気揚々としながら、ゾロゾロと一階の受付に向って移動し始める。
その輪の中に加わって一緒に移動するルースだが……。
正直なところ、怖い物見たさという感覚の方が強かった。
先程のアンナの話では、ロナリアの婚約者はかなり容姿に恵まれ、魔力も高い優秀な人間のように思えたからだ。
恐らく目にしてしまえば、劣等感と嫉妬心で心を掻き乱される事は間違いない。
ましてや、ロナリアと仲睦まじい様子など見せつけられたら、惨めな気持ちしか抱けないだろう……。
だが、それが本来の狙いでもある。
完膚なきまでに負けを感じさせてくれるような婚約者であればある程、先程のレイスの言葉ではないが、ルースはきれいさっぱりロナリアの事を諦める事が出来る。
そもそも何故『子爵家の一人娘』という状況のロナリアに婚約者の存在がいるかもしれないという可能性を最初に考えなかったのか……。自分でも理解出来ない程、ロナリアと会ったばかりの自分は頭が回らなくなっていたという事に今更ながら気付き、こっそりと苦笑する。
恐らくこの魔道具開発部に配属されたロナリアが、皆の前で挨拶を披露した時から、レイスが称したロナリアの『魔性の無自覚魅了魔法』にルースはかかってしまっていたのだろう……。
そんな事を考えながら皆と一緒に移動していると、一階の受付カウンター前でロナリアが黒髪の男性と嬉しそうに会話をしている姿が見えてきた。
身長はルースより少し低く、一見体の線が細くも感じるが、よく見ると明らかに体を鍛えている様子なので、魔導士ではなく魔法騎士のようだ。
二人に気付かれないように皆が曲がり通路の影に隠れ始めたので、ルースも同じくそこに一塊になる。
しかし何故かロナリアの婚約者は、一早くこちらの気配に気づいてしまったようだ。ゆっくりとルース達の方へと視線を向けてきた。
「リュカ? どうしたの?」
急に目の前の婚約者が、ある一点を見つめて会話を中断した為、ロナリアも不思議そうにリュカスの視線の先に目を向ける。
「ああぁぁぁー!! 皆さん! 何でここにいるんですか!?」
「あっ、バレちゃった……」
「もう~。アンナがぎそぎそ動くからでしょ!!」
「いや、その前に彼はこちらに気付いていたようですけれど……」
「あの若造……なかなかの手練れのようじゃな……」
「ローグさん、しんみりしてる場合じゃないですよ? 前方からロナリア君が物凄い形相でこちらに向って来てますから!」
レイスのその言葉に反応するかのように皆が一斉にその場から逃げ出す。
「えっ……?」
気が付けばルースだけ出遅れて取り残されていた。
「もぉぉぉー!! 信じられない!! 何で皆さん覗きにくるんですか!? しかもルースさんまで!! ルースさんは便乗しないと思っていたのに!!」
「いや、その……一応、覗きはよくないと止めはしたのだけれど……」
ルースがモゴモゴと言い訳をし始めると、その遥か後ろの曲がり角から、アンナが顔を出したようだ。
「ロナちゃん、ごめんね?」
そう言って、再び脱兎のごとくアンナが逃げ去る。
「アンナさんが先導したんですね!? ちょっと! 逃げないでくださいよ!」
すると、ロナリアはそのままアンナを追いかけるように走り出してしまった。
その後ろ姿を唖然とした様子で見送っていたルースだが……背後から人の気配を感じたので、ゆっくりと振り返る。
すると、そこには作り物のように整った顔立ちをした黒髪の青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「リュカス・エルトメニアと申します。婚約者のロナリア・アーバントが、いつもお世話になっております」
そう言って、スッと右手を差し出して来た。
一瞬、その青年の整い過ぎている容姿に目を奪われ、固まってしまったルースだが、すぐに我に返り、差し出された手を慌てて握り返す。
「同僚のルース・ランツと申します。こちらこそ、ロナリア嬢には大変お世話になっております」
ルースが当り障りのない言葉を添えながら名乗ると、その言葉に何故かリュカスが吹き出した。
「す、すみません……。ロナはああいう子なので……恐らくお心遣いでそう言ってくださったのだろうなと思ったら、思わず笑いが……」
「あー……」
何とも返答に困る返しをされてしまったので、ルースは曖昧に言葉を濁す。
「彼女はとてもマイペースな性格なので、皆さんの作業スピードに支障をきたしていないか、少し心配していたのですが……」
「いえいえ。むしろ彼女が来てくれた事で、職場の雰囲気がかなり明るくなりました。なんせ研究肌な人間が多いので、下手をすると一日中誰も口を開かないなんて日も以前はあったので……」
「そう言って頂けて、安心しました。二年間のみの短い期間ですが、どうぞ彼女の事をよろしくお願いいたします」
そのリュカスの返しにルースが、ずっと気になっていた事を思い出す。
「その二年間雇用ですが……ロナリア嬢が王都に滞在する機会が二年程あったからと伺っているのですが、もしやリュカス殿のご都合で王都に滞在する事に?」
「ええ。実は学園在学中に私は、第三王子エクトル殿下より側近としてのお声がけを頂きまして。殿下が二年後、オークリーフ家へ婿養子として臣籍降下されるまでの間、そのお手伝いで城勤めの身となってしまったので……。その際、彼女にも一緒に王都で過ごして貰う事になりました」
「魔力譲渡の……関係でですか?」
つい先程、ロナリアとアンナの会話で聞いた事を思わず、口にしてしまったルースは、慌てて口元を手で押さえた。
するとリュカスが、やや苦笑しながらその問い掛けに答える。
「そう、ですね。お恥ずかしい事ですが、私は常に魔力が漏れ出てしまう
特異体質なので……。彼女が側にいてくれないと、すぐに魔力が枯渇してしまうのですよ。ただ……」
そこで何故か、リュカスが一度言葉を溜める。
「二年も彼女と離れて生活する事に私が耐えられそうになかったというのが本音です」
リュカスがそう口にした瞬間、ルースは僅かに目を見開き、固まった。
穏やかな笑みを口元に浮かべているリュカスだが……その瞳は、明らかにルースを見極めようとしている光を宿していたからだ。
恐らくロナリアが職場での出来事をリュカスに話しているのだろう。
だとすれば、男性でロナリアと年齢の近いルースは、当然ロナリアにたかる害虫ではないかと懸念されるのは当然だ。
ロナリアと離れて暮らす事が耐えられなかったという体のいい言い方したリュカスだが、その言葉には裏がある。実際は、ルースを牽制する為に放った言葉なのだ。
その言葉の裏にあるリュカスの感情を読み取ってしまったルースは、何となく二人の関係性を察してしまう。
どうやらロナリアは、かなり婚約者に溺愛されている状態だという事を……。
「お二人は大変仲がよろしいのですね……。こちらとしては二年と言わず、彼女には、もっと長く魔道具開発部に在籍して欲しい気持ちで、いっぱいなのですが……。私も含め、皆は彼女を自身の妹や娘のように大切に思っているので、幸せになって貰いたいという気持ちの方が強いので、彼女を引き留める事は諦めるしかなさそうですね……」
ルースがそう告げると、一瞬だけリュカスが驚くような表情を浮かべた。だが、すぐに先程の穏やかな笑みを浮かべなおす。
どうやら今、ルースが口にした言葉の裏の意味をしっかりと読み取ってくれたようだ。
「こちらの都合で短い期間でしか、お力になれず申し訳ない……。ですが、私も彼女と一時でも離れて過ごすという事は出来ないので……ご理解頂けると、助かります」
「二年後は、天候に恵まれた素敵なお式になられると良いですね」
「ありがとうございます」
そんな会話をしていたら、先程アンナを追いかけていったロナリアが戻ってきた。
「リュカ、ごめんねー。全く……アンナさん達ったら、覗き見なんて趣味が悪いわ! あっ、ルースさんもですからね!」
「僕はどちらかと言うと、巻き込まれただけなのだけれど……」
「だとしても、ルースさんはあのメンバーの中では一番真面目な人なのだから、皆を止めてくださいよ!」
「止めはしたが、ダメだったと先程伝えたはずだ……」
「もっと全力で止めてください!!」
そう言ってプリプリ怒っているロナリアにリュカスが苦笑しながら、釘を刺す。
「ロナ、あまり先輩方を怒ってはダメだよ? 恐らく皆さんは、ロナの事を心配して僕がどんな人間なのか確認しに来ただけなんだから……」
そのリュカスの推察に思わず、ルースが吹き出す。恐らく今回リュカスを見に来た研究員達の大半は、その理由であったからだ。
「絶対に違うと思う! あれは明らかに興味本意で見に来ただけだよ!」
「そうかなー」
「そうだよ!!」
そんな二人の会話を眺めていたルースは、自身の心を火傷する前に鎮火出来た事に密かに胸を撫でおろす。
こんな青年が婚約者なのでは、もう諦めるしかない。流石、既婚者で人生の先輩でもあるレイスの助言は正しかったようだ。
同時にすぐに諦める事が出来た自身にも安心した。諦められない程、ロナリアに執着する前で良かったと……。
そんなルースは二年後、職場の仲間達と一緒に二人の式に呼ばれるのだが、その日は雲一つないほどの澄みきった青空だったそうだ。
――――――【★ご案内★】――――――
以上で番外編の『育つ前に摘み取る』は終了です。
次話は卒業後の二人が過ごすある一日なお話になります。
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
―――――――――――――――――――
かなり興奮気味で駆けこんで来たアンナに両肩を掴まれ、ロナリアはガクガクと全身を揺さぶられる。
「ちょ……アンナさん! 少し落ち着いて!!」
「だって……だって物凄い美青年だったのよ!? ハッ! まさか王族!?」
「いいから、君は少し落ち着きたまえ!!」
大暴走気味のアンナをルースは、レイスと共にロナリアから引きはがす。
「ご、ごめんね……。ロナちゃん。でも……でも物凄い美青年で!!」
「いや、それはもう分かったから……。アンナ、とりあえず、その方はロナリアさんのお知り合いの方なのでしょう?」
「た、多分」
「多分って……。あなた、お名前伺わなかったの!?」
「だ、だって! 受付やっている友人から、サラリとロナちゃん呼んできて欲しいって頼まれただけだから……。名前まで聞いてなくて……」
「全く……。ロナリアさん、お心当たりのある方?」
興奮気味のアンナを宥めながら、サブチーフのサラが少しずつ情報を聞き出し、再度ロナリアに確認すると、何故かロナリアがほんのり顔を赤らめながら俯き、蚊の鳴くような小さな声でポツリと答える。
「そ、その……恐らくその人物は、私の婚約者かと……」
ロナリアのその小さな呟きに魔道具開発室は一瞬、静まり返る。
だがその静寂は、唖然としたルース達の拘束から逃れた爆発でも起こしたかのような興奮気味のアンナによって壊された。
「えぇぇぇぇー!! こ、婚約者!? あ、あの……あの超絶美青年が!? ロナちゃんの婚約者!?」
「ア、アンナさん! 落ち着いて! リュカはそこまで超絶美青年じゃありません!! あまり大袈裟に表現しないでくさい!!」
「いやいやいや! 私、あんな綺麗な男の子、今まで見た事ないんだけれど!! ものすんごい美青年だったんだけれど!! しかも黒髪よ!? あの子、絶対に魔力が高い子でしょ!!」
「た、確かに上級魔法しか放てないリュカは、魔力が高いですが……」
「上級魔法しか使えないの!? ロナちゃんと真逆じゃない!! なにその完璧超人の婚約者!! 凄すぎでしょ!!」
「リュ、リュカは、そこまで完璧超人じゃありません! 特異体質で常に魔力が漏れ出てしまうので私が魔力譲渡しないと、すぐに魔力が枯渇してしまうので……」
「ええ!? ロナちゃん、魔道具だけでなく婚約者にも魔力注入してたの!?」
「い、言い方!! 魔力『注入』ではなくて魔力『譲渡』です!!」
余程の美青年だったのか、大興奮気味のアンナを必死で宥めるロナリア達のやりとりを唖然とした状態で傍観していたルースとレイスだが、一早く我に返り、再びアンナをロナリアから引っぺがす。
「ロナリア君も落ち着いて! 今はアンナさんの興奮を宥めている場合ではないだろう!? その婚約者の男性、今も受付で待ちぼうけをくらっている状態ではないのか!?」
「あっ!」
「気付くのが遅すぎるよ!! 早く行ってあげなさい!!」
「は、はい!」
リュカスを受付で待たせてしまっている事を失念していたロナリアが、ルースとレイスの言葉によって思い出し、慌てて一階の受付カウンターに向かって走り出した。
その間、ルースは興奮気味のアンナをレイスと共に羽交い絞めにして茫然としていたのだが……。
「ねぇ、みんな……。ロナちゃんの超絶美青年な婚約者、見てみたくない?」
まるで悪魔の囁きのようにアンナがニヤリとした笑みを浮かべ、皆の好奇心を煽り出した。すると……。
「「「「「見たい!」」」」」
現状、室内にいるルース以外の全員が素晴らしいくらいに声を揃えて叫んだ。もちろん、アンナを一緒に羽交い絞めにしているレイスもである。
「よし! 皆で見に行こう! 本当に物凄い美形な婚約者さんなんだから!」
「きゃー! あの愛らしいロナリアさんの婚約者が超絶美形だなんて……。どんな美味しいシチュエーションなの!?」
「サラさんって、意外と俗っぽいところありますよねー。まぁ、僕も興味深々ですが……って、ローグさんも見に行かれるんですか?」
「わしゃ、ロナちゃんが変な男に引っかかっておらんか、見極めに行くんじゃ!」
「保護者……? 保護者目線なの……?」
いつもロナリアの周りにいる面々はもちろん、それ以外の研究員もロナリアの婚約者が気になるのか、ゾロゾロと一階の受付に向かい始める。
それをルースは、バッと両手を広げて阻止し始めた。
「ちょっと皆さん! 仕事ほっぽり出して、どこに行く気ですか!! 大体、人様の逢瀬を覗き見するなんて趣味が悪いですよ!?」
「なによー。ルース君、一番気になってる癖にー」
「いいじゃないか。離席するのは少しだけで、すぐに戻るし」
「サブチーフの私が許可します!」
「いや、副部長のサラさんがそれじゃ、ダメじゃないですか……」
「だって! 私もロナリアさんが超絶美形の婚約者と一緒にいるところ、見たいんですもの!」
「…………」
サブチーフまでこの流れにのみ込まれている展開にルースが呆れ果てながら、押し黙る。するとレイスが、優しく出口を塞いでいるルースの両手を下に降ろさせた。
「まぁまぁ。ルース君、そんな真面目に捉えないで。ほんの息抜きだから」
そう言ってルースと肩を組み始めたレイスだが……そのままルースの耳元にある事をそっと囁く。
「あの無自覚魅了魔法から解放される切っ掛けになると思うよ?」
その囁きにルースが目を見開いたまま、ゆっくりとレイスに視線を向ける。
その動きに合わせるようにレイスが、ルースの肩を腕から解放する。
「ね? ルース君にとっても前に進む為の良い切っ掛けになると思うから……一緒にロナリア君の婚約者殿を見に行こう?」
ニッコリと笑みを向けてきたレイスの視線は、完全に弟を労う兄という温かい眼差しだ。そんな笑みを先輩から向けられたルースは、情けなさもあって盛大に息を吐く。
「わかりました……。僕も少なからず興味があるので一緒に見に行きます」
「よし! 行こう!」
ルースの宣言を聞いた面々が意気揚々としながら、ゾロゾロと一階の受付に向って移動し始める。
その輪の中に加わって一緒に移動するルースだが……。
正直なところ、怖い物見たさという感覚の方が強かった。
先程のアンナの話では、ロナリアの婚約者はかなり容姿に恵まれ、魔力も高い優秀な人間のように思えたからだ。
恐らく目にしてしまえば、劣等感と嫉妬心で心を掻き乱される事は間違いない。
ましてや、ロナリアと仲睦まじい様子など見せつけられたら、惨めな気持ちしか抱けないだろう……。
だが、それが本来の狙いでもある。
完膚なきまでに負けを感じさせてくれるような婚約者であればある程、先程のレイスの言葉ではないが、ルースはきれいさっぱりロナリアの事を諦める事が出来る。
そもそも何故『子爵家の一人娘』という状況のロナリアに婚約者の存在がいるかもしれないという可能性を最初に考えなかったのか……。自分でも理解出来ない程、ロナリアと会ったばかりの自分は頭が回らなくなっていたという事に今更ながら気付き、こっそりと苦笑する。
恐らくこの魔道具開発部に配属されたロナリアが、皆の前で挨拶を披露した時から、レイスが称したロナリアの『魔性の無自覚魅了魔法』にルースはかかってしまっていたのだろう……。
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身長はルースより少し低く、一見体の線が細くも感じるが、よく見ると明らかに体を鍛えている様子なので、魔導士ではなく魔法騎士のようだ。
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しかし何故かロナリアの婚約者は、一早くこちらの気配に気づいてしまったようだ。ゆっくりとルース達の方へと視線を向けてきた。
「リュカ? どうしたの?」
急に目の前の婚約者が、ある一点を見つめて会話を中断した為、ロナリアも不思議そうにリュカスの視線の先に目を向ける。
「ああぁぁぁー!! 皆さん! 何でここにいるんですか!?」
「あっ、バレちゃった……」
「もう~。アンナがぎそぎそ動くからでしょ!!」
「いや、その前に彼はこちらに気付いていたようですけれど……」
「あの若造……なかなかの手練れのようじゃな……」
「ローグさん、しんみりしてる場合じゃないですよ? 前方からロナリア君が物凄い形相でこちらに向って来てますから!」
レイスのその言葉に反応するかのように皆が一斉にその場から逃げ出す。
「えっ……?」
気が付けばルースだけ出遅れて取り残されていた。
「もぉぉぉー!! 信じられない!! 何で皆さん覗きにくるんですか!? しかもルースさんまで!! ルースさんは便乗しないと思っていたのに!!」
「いや、その……一応、覗きはよくないと止めはしたのだけれど……」
ルースがモゴモゴと言い訳をし始めると、その遥か後ろの曲がり角から、アンナが顔を出したようだ。
「ロナちゃん、ごめんね?」
そう言って、再び脱兎のごとくアンナが逃げ去る。
「アンナさんが先導したんですね!? ちょっと! 逃げないでくださいよ!」
すると、ロナリアはそのままアンナを追いかけるように走り出してしまった。
その後ろ姿を唖然とした様子で見送っていたルースだが……背後から人の気配を感じたので、ゆっくりと振り返る。
すると、そこには作り物のように整った顔立ちをした黒髪の青年が、穏やかな笑みを浮かべて立っていた。
「リュカス・エルトメニアと申します。婚約者のロナリア・アーバントが、いつもお世話になっております」
そう言って、スッと右手を差し出して来た。
一瞬、その青年の整い過ぎている容姿に目を奪われ、固まってしまったルースだが、すぐに我に返り、差し出された手を慌てて握り返す。
「同僚のルース・ランツと申します。こちらこそ、ロナリア嬢には大変お世話になっております」
ルースが当り障りのない言葉を添えながら名乗ると、その言葉に何故かリュカスが吹き出した。
「す、すみません……。ロナはああいう子なので……恐らくお心遣いでそう言ってくださったのだろうなと思ったら、思わず笑いが……」
「あー……」
何とも返答に困る返しをされてしまったので、ルースは曖昧に言葉を濁す。
「彼女はとてもマイペースな性格なので、皆さんの作業スピードに支障をきたしていないか、少し心配していたのですが……」
「いえいえ。むしろ彼女が来てくれた事で、職場の雰囲気がかなり明るくなりました。なんせ研究肌な人間が多いので、下手をすると一日中誰も口を開かないなんて日も以前はあったので……」
「そう言って頂けて、安心しました。二年間のみの短い期間ですが、どうぞ彼女の事をよろしくお願いいたします」
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「その二年間雇用ですが……ロナリア嬢が王都に滞在する機会が二年程あったからと伺っているのですが、もしやリュカス殿のご都合で王都に滞在する事に?」
「ええ。実は学園在学中に私は、第三王子エクトル殿下より側近としてのお声がけを頂きまして。殿下が二年後、オークリーフ家へ婿養子として臣籍降下されるまでの間、そのお手伝いで城勤めの身となってしまったので……。その際、彼女にも一緒に王都で過ごして貰う事になりました」
「魔力譲渡の……関係でですか?」
つい先程、ロナリアとアンナの会話で聞いた事を思わず、口にしてしまったルースは、慌てて口元を手で押さえた。
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「そう、ですね。お恥ずかしい事ですが、私は常に魔力が漏れ出てしまう
特異体質なので……。彼女が側にいてくれないと、すぐに魔力が枯渇してしまうのですよ。ただ……」
そこで何故か、リュカスが一度言葉を溜める。
「二年も彼女と離れて生活する事に私が耐えられそうになかったというのが本音です」
リュカスがそう口にした瞬間、ルースは僅かに目を見開き、固まった。
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恐らくロナリアが職場での出来事をリュカスに話しているのだろう。
だとすれば、男性でロナリアと年齢の近いルースは、当然ロナリアにたかる害虫ではないかと懸念されるのは当然だ。
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その言葉の裏にあるリュカスの感情を読み取ってしまったルースは、何となく二人の関係性を察してしまう。
どうやらロナリアは、かなり婚約者に溺愛されている状態だという事を……。
「お二人は大変仲がよろしいのですね……。こちらとしては二年と言わず、彼女には、もっと長く魔道具開発部に在籍して欲しい気持ちで、いっぱいなのですが……。私も含め、皆は彼女を自身の妹や娘のように大切に思っているので、幸せになって貰いたいという気持ちの方が強いので、彼女を引き留める事は諦めるしかなさそうですね……」
ルースがそう告げると、一瞬だけリュカスが驚くような表情を浮かべた。だが、すぐに先程の穏やかな笑みを浮かべなおす。
どうやら今、ルースが口にした言葉の裏の意味をしっかりと読み取ってくれたようだ。
「こちらの都合で短い期間でしか、お力になれず申し訳ない……。ですが、私も彼女と一時でも離れて過ごすという事は出来ないので……ご理解頂けると、助かります」
「二年後は、天候に恵まれた素敵なお式になられると良いですね」
「ありがとうございます」
そんな会話をしていたら、先程アンナを追いかけていったロナリアが戻ってきた。
「リュカ、ごめんねー。全く……アンナさん達ったら、覗き見なんて趣味が悪いわ! あっ、ルースさんもですからね!」
「僕はどちらかと言うと、巻き込まれただけなのだけれど……」
「だとしても、ルースさんはあのメンバーの中では一番真面目な人なのだから、皆を止めてくださいよ!」
「止めはしたが、ダメだったと先程伝えたはずだ……」
「もっと全力で止めてください!!」
そう言ってプリプリ怒っているロナリアにリュカスが苦笑しながら、釘を刺す。
「ロナ、あまり先輩方を怒ってはダメだよ? 恐らく皆さんは、ロナの事を心配して僕がどんな人間なのか確認しに来ただけなんだから……」
そのリュカスの推察に思わず、ルースが吹き出す。恐らく今回リュカスを見に来た研究員達の大半は、その理由であったからだ。
「絶対に違うと思う! あれは明らかに興味本意で見に来ただけだよ!」
「そうかなー」
「そうだよ!!」
そんな二人の会話を眺めていたルースは、自身の心を火傷する前に鎮火出来た事に密かに胸を撫でおろす。
こんな青年が婚約者なのでは、もう諦めるしかない。流石、既婚者で人生の先輩でもあるレイスの助言は正しかったようだ。
同時にすぐに諦める事が出来た自身にも安心した。諦められない程、ロナリアに執着する前で良かったと……。
そんなルースは二年後、職場の仲間達と一緒に二人の式に呼ばれるのだが、その日は雲一つないほどの澄みきった青空だったそうだ。
――――――【★ご案内★】――――――
以上で番外編の『育つ前に摘み取る』は終了です。
次話は卒業後の二人が過ごすある一日なお話になります。
引き続き『二人は常に手を繋ぐ』の番外編をお楽しみください。
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