【本編完結済み】二人は常に手を繋ぐ

もも野はち助

文字の大きさ
上 下
9 / 41
【本編】

9.二人は一時的に手を離す

しおりを挟む
 高等部二年になり、ロナリアはますます魔力譲渡について学ぶ事にのめり込んでいった。そんなロナリアは、放課後のリュカスと過ごす時間が極端に減ってしまい、リュカスと手を繋ぐ時間は、朝の登校時と昼休みだけとなる。
 その状況から、ついにリュカスからその事で苦情が入った。

「ロナ。最近、魔力譲渡の練習を頑張り過ぎていない? その所為で僕、ロナから魔力を貰えていないんだけれど……」
「ご、ごめん……。実は今、リュカの上限まで一気に魔力を渡せる方法が分かりかけていて、放課後魔法研究所に行って色々聞いてるの……」

 その事を聞いたリュカスが、何故か驚くような表情を浮かべた。

「その方法って……具体的にどういう事をするか分かったの?」
「うーん、まだ。でもね、二週間前にフィールドワークに出ていた魔力譲渡の研究をしている先生が研究所に戻ってきたから、新しい情報が聞けそうで……」
「それって男性?」
「女性だけど……何で?」
「ええと、何となく気になって」
「だけど『学生の領分内では、教えられない内容だから』って、なかなか教えて貰えないんだよね……。だからかなり難しい方法か、危険を伴う方法なんだと思う」
「学生の領分……」
「でもね! もしその方法が出来るようになったら、わざわざ長い時間をかけて手を繋がなくても、一気に魔力をリュカの上限まで渡せるようになるから! そうしたらリュカも一人の自由な時間が、たくさん得られるかなって」

 いかにも良い考えだと言いたげなロナリアと違い、リュカスの表情は何故か徐々に無表情になっていく。その様子に気付いたロナリアが、一瞬だけビクリと体を強張らせた。それをリュカスは見逃さない。

「ロナは……僕と手を繋ぐのが嫌になっちゃったの?」

 あまりにも予想外な質問をされ、ロナリアが慌ててブンブンと首を振った。

「ち、違うよ! そんな事ある訳ないでしょ!? でも……リュカだって放課後、私以外のお友達とも遊びたいかなって。私だって他の令嬢達からお茶に誘われたりもするし。お互い他の友人との時間も大切にした方がいいかと思って」
「それは分かるんだけれど……。そもそも僕達って、友人も共通しているから、そこは問題ないと思うけど」
「そうじゃなくて!! 男の子同士だけで遊びたい時とかもあるでしょ!?」
「僕はない。ロナとの時間を削ってまで、他の奴らと遊びたくない」
「リュカ……。前から思っていたけれど、私以外にも同性の親友を作った方がいいと思うよ?」
「不本意だけど、一応エクトル殿下という悪友が僕の中では、その『親友』というポジションになっているから問題ないよ? あっ、あとライアン……は、親友と言うよりも下っ端?」
「第三王子を悪友とか言わないの!! それ、王族に対しての不敬だから!! あとライアンは親友って言ってもいいと思うよ!?」
「だって、殿下は親友って言うよりも悪友の方が僕的にはしっくりくるし……。それにライアンは、最初の出会いがあれだからなぁー。下にしか見られない」
「ライアン、同じ伯爵位でもリュカの家より上の子だからね!?」
「でも……小物感が凄いから下にしか見られない……」

 ライアンというのは、幼少期のお茶会で手を繋いでいた二人を揶揄ってきた口の悪い伯爵令息だ。高等部でリュカスが魔法騎士科に専攻を変えた事で、中等部から魔法騎士科に入学したライアンは、その時にリュカスと再会したらしい。

 だが、中等部から手を繋ぐ事で有名だった二人の事をライアンは知っていた。
 同時に昔、自分が絡んだ相手だとも気付いていたそうだ。
 その為、二人には近寄らないようにしていたらしいのだが、高等部に上がった際、不幸な事に隣の席がリュカスだったのだ……。

 そしてリュカスの方も昔のライアンの行動を根に持っており、しっかり彼の事を覚えていた。以来、何かにつけてリュカスがライアンを揶揄うようになり、現在リュカスの交友関係は、第三王子エクトルと伯爵令息ライアンと共に行動する事が多い。

 このライアンの話題を出した事で、現在リュカスと距離を取っている事への追及から上手く逃げる事が出来たロナリア。
 だが、根本的な解決には何もなっていない……。
 何故ならば、しばらくするとまたこの件でリュカスから苦情がきてしまうからだ。

 今は一時しのぎの誤魔化しが出来たとしても、今のままではリュカスがロナリアと過ごせない時間が、あまりも多すぎる事に違和感を抱いてしまう。
 それでも今のロナリアには、リュカスと共に過ごす時間は心臓に悪いのだ。

 そもそもリュカスは、成長するごとにカッコよくなり過ぎたのだ……。
 二年前まで無邪気で愛らしい笑顔を向けてくれていたリュカスは、現在では謎の煌めきをまとっているようにロナリアには見えてしまう……。

 そんなリュカスは、まさに物語に出てくる王子様のようにしか見えない。
 ただ目を合わせて普通に会話しているだけの時でも、それだけで心臓を鷲掴みにされたように動悸が早くなる。
 その度に「こんなはずではなかった」とロナリアは項垂れた。

 だが、その原因に心当たりがあっても、ロナリアは絶対に自分の中に生まれてしまったその感情を認めようとはしなかった。それを認めてしまえば、今までの自分達の友情が壊れてしまうと思ったからだ……。

 現在ロナリアの中で芽生え始めている感情をリュカスはロナリアに懐いてなどない。友愛と恋愛は同じ愛情でも熱量が全く違う別物なのだ。

 だが、自分の中で変化した愛情の存在に気づいてしまった今のロナリアは、リュカスの一挙一動に反応してしまう。そのような挙動不審な動きを繰り返していたら、リュカスにこの感情の存在を早々に気付かれてしまう……。
 それだけは、何としてでも阻止したい。
 そう決意を固めたロナリアは、リュカスに勘づかれないように一定の距離を取ろうと試行錯誤し始める。

 だが、そんなロナリアの努力の甲斐もなく、ある出来事で二人の仲は一気に気まずくなってしまう。
 それは久しぶりに二人が放課後、一緒に過ごしている時だった。
 母からの要望でリュカスを自分のタウンハウスに招待したロナリアは、一緒に帰る為に二人で構内の階段を降りていた。

 しかし、後ろから慌てた様子の男子生徒が勢いよく二人の横をすり抜けて行った際、その事に驚いたロナリアが階段を踏み外してしまったのだ。
 そのままロナリアは後方に倒れかけ、階段からずり落ちそうになる。
 それにいち早く気付いたリュカスが、慌てて繋いでいた手を引っ張り上げ、もう一方の手をロナリアの腰に素早く回し、後ろから抱き込むように支えてくれたので、何とか大惨事は免れたのだが……その時の状況が不味かった。

 その反動でリュカスも後ろに座り込んでしまい、階段の踊り場でロナリアを後ろから深く抱きしめる様な体勢になってしまったのだ。
 事故とはいえ、久しぶりに密着状態となった上に首筋あたりにリュカスの安堵するような吐息がかかる。その瞬間、ロナリアの中で何かが弾けた。

 ずっと認めないようにしてきた感情が、一気に覚醒してしまったのだ。
 その瞬間、ロナリアは動揺と羞恥心から、助けてくれたリュカスから逃れる様に勢いよく両手でリュカスを突き離してしまった……。
 すると二人の間に少しだけ距離が生れ、お互いの瞳がぶつかり合う。
 ロナリアの目の前には、驚きの中に悲しげな光を宿したリュカスの瞳が。
 リュカスの前には、驚きと恐怖で動揺して揺らめいているロナリアの瞳が。

「ロ……ナ……?」

 不安が滲む弱々しい声でリュカスに名を呼ばれたロナリアが我に返る。

「ち、違うの!! あの……わ、私――っ!!」

 少しでもリュカスを安心させるような言葉を口にしたいと思いつつも、何を言えばいいか分からなくなってしまったロナリアが、動揺した所為で口ごもる。
 そんなロナリアの様子を茫然と見つめていたリュカスだが、すぐに俯き気味になってキュッと口を真一文字に結んだ。
 そして再び顔をゆっくり上げて、ロナリアをジッと見つめ返す。

「ねぇ、ロナ……。僕達、しばらく手を繋ぐ事を控えてみない?」

 リュカスのその提案に今度はロナリアの方が、青い顔をして愕然とする。

「ダ、ダメだよ!! だって! そんな事したらリュカの魔力がっ!!」
「大丈夫だよ。高等部からの魔法騎士科は、騎士としての鍛錬がメインだから、魔法剣はあまり使わないんだ……。それに実習や演習の授業だと必ず3人で組まされるから、一人ぐらい魔法が使えなくても問題はないし」
「で、でも!!」
「だってロナは、去年辺りから僕と手を繋ぐ事に抵抗を感じているよね?」

 そのリュカスの鋭い指摘にロナリアが、分かりやすいくらいに狼狽える。

「ごめん……。本当は大分前からロナのその状態には気付いていたんだ。でも僕はロナ以外の魔力は受け入れられない。たとえロナにとって、それが負担になっていても……」
「ま、待って! 私、別にリュカと手を繋ぐのが嫌になったとかじゃないんだよ!? ただ、その……」
「分かってるよ。ちょっと、気まずくなってしまっただけなんだよね? でも僕は、ロナがそういう状態になっている事に気付きながら、今までロナの優しさに付け込んで、気付かないふりをしながら手を繋ぎ続けていたんだ……」
「リュカ……」
「だからね。お互いを見つめ直す機会として、しばらく手を繋ぐのをやめてみたらどうかなって」

 そう言いながら、座り込んだままのリュカスが視線を床に落とす。
 そのリュカスの様子から、ロナリアは自分がリュカスを酷く傷付けてしまった事に心が痛んだ。
 だが正直なところ、そのリュカスの提案は今のロナリアには、気持ちの整理が出来るありがたい内容でもあったのだ。

「その状態が続いて……リュカは大丈夫なの?」
「平気。そもそもロナと出会う前の僕は、常に体内魔力がゼロな状態だったんだよ? 魔力が枯渇した状態でも体調に異変は起こらないし、魔法が使えなくても剣術には自信があるから、そういう部分でも支障は出ないと思う」

 苦笑気味でそう返して来たリュカスの表情から、何故か痛々しい雰囲気を感じてしまったロナリアが、罪悪感から涙ぐむ。

「ロナ、いい機会だから……。少しだけ僕らは、距離を置いてみよう?」

 傷付けるような反応をしてしまったロナリアに対して、優しく宥める様に提案して来たリュカス。そんなリュカスの優しい対応が、ますますロナリアの涙腺を刺激した。

「ごめんね、リュカ……。でも、ありがとう……」



 こうして翌日から二人は、一時的に手を繋ぐ事をやめた。
 だがその変化は、すぐに学園内で噂となって広がってしまう……。

 その事で、いつも一緒に過ごしている令嬢やティアディーゼからロナリアはかなり心配されたが、その理由に関してロナリアは固く口を閉ざしていた。
 ティアディーゼは、第三王子エクトルの婚約者でもある。
 もし相談してしまえば、エクトルと親しいリュカスの耳にもすぐに入ってしまうと思ったからだ。

 その時のロナリアは、何故かこの特別な感情を抱いている事をリュカスに知られてしまうと、自分達の関係が壊れてしまうと強く思い込んでいた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。アメリアは真実を確かめるため、3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【もう私は必要ありませんよね?】 私には2人の幼なじみがいる。一人は美しくて親切な伯爵令嬢。もう一人は笑顔が素敵で穏やかな伯爵令息。 その一方、私は貴族とは名ばかりのしがない男爵家出身だった。けれど2人は身分差に関係なく私に優しく接してくれるとても大切な存在であり、私は密かに彼に恋していた。 ある日のこと。病弱だった父が亡くなり、家を手放さなければならない 自体に陥る。幼い弟は父の知り合いに引き取られることになったが、私は住む場所を失ってしまう。 そんな矢先、幼なじみの彼に「一生、面倒をみてあげるから家においで」と声をかけられた。まるで夢のような誘いに、私は喜んで彼の元へ身を寄せることになったのだが―― ※ 他サイトでも投稿中   途中まで鬱展開続きます(注意)

【完結済】隣国でひっそりと子育てしている私のことを、執着心むき出しの初恋が追いかけてきます

鳴宮野々花@書籍2冊発売中
恋愛
 一夜の過ちだなんて思いたくない。私にとって彼とのあの夜は、人生で唯一の、最良の思い出なのだから。彼のおかげで、この子に会えた────  私、この子と生きていきますっ!!  シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。  幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。  時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。  やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。  それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。  けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────  生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。 ※いつもの完全オリジナルファンタジー世界の物語です。全てがファンタジーです。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

婚約破棄、ありがとうございます

奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。

【完】まさかの婚約破棄はあなたの心の声が聞こえたから

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
伯爵令嬢のマーシャはある日不思議なネックレスを手に入れた。それは相手の心が聞こえるという品で、そんなことを信じるつもりは無かった。それに相手とは家同士の婚約だけどお互いに仲も良く、上手くいっていると思っていたつもりだったのに……。よくある婚約破棄のお話です。 ※他サイトに自立も掲載しております 21.5.25ホットランキング入りありがとうございました( ´ ▽ ` )ノ  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです

どうやら貴方の隣は私の場所でなくなってしまったようなので、夜逃げします

皇 翼
恋愛
侯爵令嬢という何でも買ってもらえてどんな教育でも施してもらえる恵まれた立場、王太子という立場に恥じない、童話の王子様のように顔の整った婚約者。そして自分自身は最高の教育を施され、侯爵令嬢としてどこに出されても恥ずかしくない教養を身につけていて、顔が綺麗な両親に似たのだろう容姿は綺麗な方だと思う。 完璧……そう、完璧だと思っていた。自身の婚約者が、中庭で公爵令嬢とキスをしているのを見てしまうまでは――。

処理中です...