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【本編】
5.二人は手を繋ぎ始める
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二週間ぶりに再会したリュカスのあまりにも憔悴しきった様子に驚き、思わずロナリアは駆け寄った。
「リュカ! どうしたの!? 魔力測定ダメだったの!?」
その核心を突くような質問内容にリュカスが、更に深く項垂れる。
「もう一度水晶に触れたけれど……魔法は全く発動しなかった……」
その衝撃的な報告にロナリアが、ポカンとしながら大口を開けた。
「な、何で!? だってこの間、凄い強力な氷魔法が使えたでしょ!? お母様もリュカの氷魔法は凄いって言ってたもん!! なのに何で測定の時だけ発動しないの!?」
「分かんない……。でもやっぱり僕の中の魔力は、いつでも空っぽ状態だって言われた……」
「そ、そんなぁ……」
悲痛な表情を浮かべ、手に手を取り合いながら涙ぐむ子供達の様子に母二人は、憐憫の眼差しを向ける。魔法学園に行きたくて仕方なかったロナリアと、同じくその事で気に病んでいたリュカス。
しかし、二週間前のフェイクドラゴンに襲われた一件で、リュカスにはその閉ざされた道が開きかけていた。それは魔法学園に行けないロナリアにとっても小さな希望の光だったのだ。
「お母様ぁ……。どうしてぇ……?」
瞳いっぱいに涙を溜めた娘に訴えかけられたレナリアは、二人があまりにも不憫過ぎて、思わずまとめて抱きしめてしまった。そしてリュカスの母マーガレットに問い掛けるような視線を送る。
するとマーガレットが、心を落ち着かせるように息を吐く。
「魔法研究所の考えでは、窮地に陥ったリュカが、一時的に魔力を溜めたのではないかという意見だったわ。だから魔力を溜める訓練をすれば、将来的に魔法を使えるようになるのかと聞いてみたのだけれど……。リュカの魔力漏れは量が多すぎて、訓練だけでは補えないそうなの……」
「でもそんなに大量に魔力漏れをしてしまう体質なのに。いくら窮地に追い込まれたとは言え上級魔法が使える程、瞬時に魔力を溜める事なんて出来るのかしら……。ましてやリュカス君は、まだ6歳でしょう?」
「そこなのよね……。一応、魔法研究所の方には、リュカがあの上級魔法を発動した状況を細かくまとめた書類を提出して来たわ。向こうもかなり納得がいかないようだから、しっかりと調査してくれるそうよ。ただ――」
そう言ってマーガレットは、ロナリアに頭を撫でられ慰められている息子の方へと目を向けた。
「あの子が魔法を使えないという状況は、改善出来そうにないけれど……」
悔しそうな表情を浮かべたマーガレットにレナリアも同じ気持ちを抱く。
親心として娘が魔法をそれなりに使えてしまえば、魔獣討伐に駆り出される可能性が出てくるので、むしろ今の状況には安堵しかない。
しかし、その娘は同じ貴族の生まれの子供達が、当たり前のように出来る事が自分には出来ないと思い込み、自信が持てなくなってしまっている。
娘には安全で平穏な生活に甘んじて欲しいと思う反面、自分の可能性に見切りをつけて欲しくないという矛盾した思いが、レナリアの中で葛藤する。
実際、リュカスの魔法学園行きの道が閉ざされたと聞いたロナリアは、自分の事の様に深く悲しんでいた。『自分はダメでも、せめてリュカだけは……』という思いがあったのだろう。
対してリュカスの方も同じように無念な気持ちでいっぱいのようだ。先程からロナリアの首に抱き付きながら「ごめん……ロナ。本当にごめんね……」と、何度もロナリアに謝っている。
そんな二人を少しでも慰める為、マーガレットは入手困難のとっておきのチョコレートケーキを今日の為に用意し、二人に振る舞った。
そして傷心の二人は、その特別なケーキを半べそ状態で黙々と食べていた。
だがそれから二週間後、リュカスは再び魔法研究所に呼び出される。しかも今回は、何故かロナリアも一緒に連れて来てほしいと言う内容だった。
その要望に母二人は、盛大に首を傾げる。
しかし、子供達は初めて友人と遠くへ出掛けられる状況に浮かれていた。
「二人とも呼ばれるなんて何でだろう?」
「どうせ、また魔法が使えないって言われるだけだと思うけどね……」
「そうしたら帰りに城下町にある有名なケーキ屋さんに寄って行こうよ!」
「そこ、貴族でも入れるの?」
「うん。前にお父様に連れて来て貰った時は、素敵なお部屋に案内されたから大丈夫だと思う!」
もはや二人は、今日魔法研究所から呼び出された事に関しては、何も希望を抱かない方向で行くらしい……。
それもそうだろうと、母親二人は顔を見合わせた後、苦笑した。
しかし研究所に到着後、所長室で聞かされた話は、とんでもないものだった。
「リュカス様はロナリア様とご一緒の時だけ、魔法を使う事が出来ます」
そう告げてきたのは、二人の魔力測定を最初に行った青年研究員だった。
その言葉を聞いたレナリアとマーガレットは、その隣に座っている中年紳士風の男性の方へと、ぐるり首を動かし鋭い視線を向ける。
「「先生!! どういう事でしょうかっ!?」」
二人に総攻撃を仕掛けられたかのように問い詰められたのは、この王立魔法研究所の最高責任者でもあり、若い頃は魔法学園時代のレナリアとマーガレットの師でもあった所長のグレイバム・ニールソンだ。
彼は今年で41歳となった端整な顔立ちをしたナイスミドルである。
「君達は本当に相変わらずのようだな。人の親となって少しは落ち着いたかと思ったが……」
「そのような事はどうでもいいのです!!」
「それよりも何故、わたくしの息子は一人では魔法が扱えないのですか!?」
学生時代のある恨みから元恩師に食って掛かる母親二人を子供達は、微妙な表情をしながら見つめていた。
すると、若い女性研究員が部屋に入って来て、二人の前に美味しそうなケーキとお茶を運んできてくれた。そのケーキの方へ興味が移った二人は、母達の暴走から関心が逸れる。そしてお互いニコニコしながら、ケーキを食べ始めた。
「まぁ、落ち着きなさい。そもそもこのようなケースは、我々も初めてなので、大変困惑してしまって……」
「前置きはいいので、勿体ぶらずに早くおっしゃってくださいなっ! このハゲ!!」
「そもそもうちの息子の魔力を誤認されたのですから、先にそちらが謝罪されるのが筋ではないのですか!? この変態幼女趣味!!」
「君らは、本当に学生時代から変わっていないな! 私は禿げてなどいない!! そして妻は、たまたま教え子だっただけで成人してから娶ったのだから、私は断じて幼女趣味等ではない!!」
グレイバムは二人が在学中の際、学園創立以来の秀才と呼ばれていた伯爵令嬢を彼女の卒業と同時に妻に迎え入れている。
だが、その当時男子生徒だけでなく、女子生徒からも絶大な人気を誇っていた伯爵令嬢が、女子生徒に人気があったとはいえ教員でもある子爵家次男のグレイバムの元へ嫁ぐという状況は、かなり衝撃的な出来事だった。
そしてこの二人は、その伯爵令嬢を「お姉様」と呼び、崇拝していた……。
二人が憧れを抱く先輩を掻っ攫い、手中に収めたこの元恩師への恨みは根深いのだ。
ちなみにグレイバムは、禿げてなどいない。
レナリアにとって、男性を最大級に侮辱する言葉が『ハゲ』なだけである。
そんな殺伐とした空気を感じ取ったのか、先程までキャッキャッと楽しそうにケーキを堪能していた子供達が、口汚い言葉を使った母親達の様子を見て、目を丸くしながら固まった。
その事に気付いたグレイバムが、盛大にため息をつく。
「見なさい……。君らの子供達が我々に白い目を向けているよ? 大体、君達は、どうしてそう学生時代から口が悪いのだ……」
「誰彼構わずに品の無い口調になる訳ではございません!」
「先生に対してのみ、そうなるだけですわ!」
「余計にタチが悪いっ!!」
元恩師に一喝された二人は、押し黙るようにムッと口を噤む。その様子にまたしてもグレイバムが盛大なため息をついた。
魔法学園在学中は常に首席争いに参戦していたマーガレットと、常に成績上位に入っていたレナリアは、教員間でも記憶に残る程の優秀な生徒だった。
その為、グレイバムも卒業後に優秀な宮廷魔道士となった二人と関わる機会が多かったので、その惰性でこの二人はグレイバムに対して容赦がない。
しかしだからと言って、今はこのような茶番をしている場合ではないので、グレイバムは早々に本題に入り始める。
「マーガレット君、君のご子息は常に魔力が枯渇した状態になる為、単独では魔法を発動させる事が出来ない。だが、レナリア君のご息女とは、不思議な事に魔力の性質がほぼ同じのようだ。一カ月前、フェイクドラゴンに襲われた彼が上級魔法を発動出来たのは、恐らくその時に密着していたレナリア君のご息女の魔力を使って、魔法を発動したのだと思われる……」
その見解を聞いた二人は、大きく目を見開く。
そもそも魔力と言うのは、各個人が固有に持っている生命オーラのようなものなので、それがほぼ同じというのは、大変珍しい事なのだ。
だが、どうやら二人の子供達は血縁関係が一切ない状態で、その生命オーラ的な魔力の性質が非常に酷似しているらしい。
通常、他人同士で魔力の受け渡しをすると、異物が混入してくるような不快感を受け、立っていられない程の頭痛や吐き気をほぼ発症する。稀に血縁関係があれば軽減される事もあるのだが、基本的には体調不良を起こす事が殆どだ。
その為、他人への魔力の受け渡しは、緊急時のみでしか推奨されていない。
だがリュカスとロナリアの場合、ほぼ似たような性質の魔力を持っている為、その様な不具合が出ないらしい。非常に稀なケースである。
「それでは……息子はロナちゃんに密着さえしていれば、魔法を扱えるという事ですか?」
「あくまでも現時点では仮説段階だ。だから今日はその事を確認する為、レナリア君達にも来て貰った」
するとグレイバムは、スッと席を立ち上がる。
「それを今から検証する。すまないが、リュカス君には、もう一度魔力測定の水晶に触れて貰う。もちろん、ロナリア嬢と手を繋いだ状態で、だ」
そう言ってグレイバムは、4人を水晶が設置されている広間へと誘導し始めた。すると、リュカスがロナリアにこっそりと囁く。
「ロナ。もしさっきのグレイバム所長の話が本当だったら、ロナも魔法学園に通えるかもしれないよ?」
それを聞いたロナリアは、パァーっと目を輝かせる。
「ほ、本当!?」
「うん。だってさっきの話だと、僕はロナがいないと全く魔法が使えないって事になる。でも僕の放つ魔法はかなり強力だから、国としては僕の事を強力な魔導士候補として囲いたいはずだ。その為には、僕は魔法学園に入学して訓練を受ける必要がある。でも魔力をくれるロナが側にいてくれないと、僕は魔法が使えないから、ロナも一緒に魔法学園に入学する事になるんじゃないかな?」
「や、やったぁー!!」
「まだ分からないけれどね……」
「でもそうだったら嬉しいな~!」
「いいの? もしそうなったらロナは、ずっと僕と手を繋ぐ事になるけれど」
「別にいいよー。だってリュカとでしょ? 他の子ならちょっと嫌かもしれないけれど、リュカとなら平気だもん!」
「そっか……。それならいいのだけれど……」
そんな会話をしていたら、少し前に二人に絶望的な宣告を突き付けてきた魔力測定用の水晶が視界に入って来た。
「それでは、リュカス君。ロナリア嬢と手を繋ぎながら、その水晶に手をかざして貰えるかな?」
「はい。ロナ!」
「うん!」
二人は手を繋ぎながら、水晶の前まで歩みを進める。そして同時に深呼吸をし、顔を見合わせた後に深く頷いた。
「それじゃ……手をかざします」
リュカスは宣言した後、スッと水晶に手をかざした。すると、物凄い勢いで部屋中に爆炎とも言えるほどの炎が盛大に放たれる。
「わわっ!!」
その状況に驚いたロナリアが思わずのけ反ってしまい、その反動でリュカスを巻き込みながら二人で尻もちをついてしまった。
すると繋いでいた手が離れてしまい、その爆炎は一瞬で消え去る。
だが、あまりにも強力な火属性魔法が発動した為、二人は座り込んだまま、爆炎が舞い上がっていた天井を茫然としながら仰ぎ見ていた。
「す、凄かったね!」
「う、うん……。ロナ、大丈夫? 火傷とかしていない?」
「へ、平気……。リュカは?」
「僕も平気……」
あまりの出来事に茫然としている二人だが……。
それ以上に驚いていたのは、その状況を見守っていた大人達だ。
「せ、先生……。今の魔法は……」
「確実に王族クラスに匹敵する程の上級魔法だな……」
「そ、そんな!! リュカはれっきとしたわたくしと主人の間に出来た子供です!!」
「誰も君の浮気など疑っていない……。そもそも君の夫は、あのカルロスだろう……。仮に君が浮気などしていたら、相手は八つ裂きにされた上にこの世から、その存在を抹消されているぞ……?」
「わたくしの夫は、そのような病的レベルの嫉妬等、抱きません!!」
「抱くと思うぞ」
「抱くと思うわ」
恩師グレイバムだけでなく、親友のレナリアにもそう断言されたマーガレットは、しゅんと項垂れた。夫カルロスもグレイバムの教え子の一人だったのだ。
だが、今はそんな事で落ち込んでいる場合ではない。リュカスの放つ魔法は、制御出来なければ危険視されるレベルだ……。
その事に危機感を抱いた元教え子の様子に気付いたグレイバムは、ふっと細く息を吐いた。
「安心しろ。学園でしっかり訓練すれば、力を制御出来るようにはなる。そもそも君やカルロスだって、通った道だろう?」
「わたくし達は、あそこまで威力の高い魔法ではございませんでした……」
「だが、流石君らの血を受け継いだだけはあるな。魔力枯渇の足枷があるとは言え、大したものだ。それはロナリア嬢もだが……」
急に娘の事を話題にされたレナリアが、ポカンとした表情を浮かべる。
「わたくしの娘も……ですか?」
「ああ。あれだけの威力の魔法を放った後の魔力消費は、尋常ではないはずだ。だが、彼女はあのようにケロリとしている」
「い、言われてみれば……」
「魔力測定で、彼女の魔力が湯水のように沸き上がる特徴があると報告を受けた際、その魔力を上手く放出出来ない体質を残念に思っていたが……。まさかリュカス君によって、活用出来る事になるとはなぁ。神もなかなか面白い計らいをなさる」
「あのー……。そうなりますと、娘は魔法学園の方には……」
「もちろん、通って貰う。彼女にはリュカス君に魔力を譲渡する際、ある程度、調整出来るように訓練して貰うつもりだ。そうでないと……万が一、彼が感情的になった際、王族クラスの上位魔法を大暴走させてしまう可能性が出てくるからな」
その会話を聞いていたロナリアとリュカスの表情が、一気に輝く。
「やったぁぁぁー!! リュカ、私も魔法学園に入学出来るって!!」
「良かったね!! これで二人共、学園に通えるね!!」
そう言って両手を掴み合って、ブンブンと振り回しながら喜び合う二人。
その様子を見つめていたグレイバムは、ふっと気になった事を元教え子二人に聞いてみた。
「二人共、随分仲が良いようだが……婚約でもしているのかね?」
「「いいえ。でも、これからさせます!」」
本人達の了承も得ず、そう言い切った元教え子達の返答に母親としての資質を疑ったグレイバムだが……。
喜び合う子供達の様子から「大丈夫そうだな……」と、小さく呟いた。
こうしてロナリアとリュカスは、無事魔法学園へ入学する権利を獲得し、そのオマケで婚約まで結ぶ事となった。
「リュカ! どうしたの!? 魔力測定ダメだったの!?」
その核心を突くような質問内容にリュカスが、更に深く項垂れる。
「もう一度水晶に触れたけれど……魔法は全く発動しなかった……」
その衝撃的な報告にロナリアが、ポカンとしながら大口を開けた。
「な、何で!? だってこの間、凄い強力な氷魔法が使えたでしょ!? お母様もリュカの氷魔法は凄いって言ってたもん!! なのに何で測定の時だけ発動しないの!?」
「分かんない……。でもやっぱり僕の中の魔力は、いつでも空っぽ状態だって言われた……」
「そ、そんなぁ……」
悲痛な表情を浮かべ、手に手を取り合いながら涙ぐむ子供達の様子に母二人は、憐憫の眼差しを向ける。魔法学園に行きたくて仕方なかったロナリアと、同じくその事で気に病んでいたリュカス。
しかし、二週間前のフェイクドラゴンに襲われた一件で、リュカスにはその閉ざされた道が開きかけていた。それは魔法学園に行けないロナリアにとっても小さな希望の光だったのだ。
「お母様ぁ……。どうしてぇ……?」
瞳いっぱいに涙を溜めた娘に訴えかけられたレナリアは、二人があまりにも不憫過ぎて、思わずまとめて抱きしめてしまった。そしてリュカスの母マーガレットに問い掛けるような視線を送る。
するとマーガレットが、心を落ち着かせるように息を吐く。
「魔法研究所の考えでは、窮地に陥ったリュカが、一時的に魔力を溜めたのではないかという意見だったわ。だから魔力を溜める訓練をすれば、将来的に魔法を使えるようになるのかと聞いてみたのだけれど……。リュカの魔力漏れは量が多すぎて、訓練だけでは補えないそうなの……」
「でもそんなに大量に魔力漏れをしてしまう体質なのに。いくら窮地に追い込まれたとは言え上級魔法が使える程、瞬時に魔力を溜める事なんて出来るのかしら……。ましてやリュカス君は、まだ6歳でしょう?」
「そこなのよね……。一応、魔法研究所の方には、リュカがあの上級魔法を発動した状況を細かくまとめた書類を提出して来たわ。向こうもかなり納得がいかないようだから、しっかりと調査してくれるそうよ。ただ――」
そう言ってマーガレットは、ロナリアに頭を撫でられ慰められている息子の方へと目を向けた。
「あの子が魔法を使えないという状況は、改善出来そうにないけれど……」
悔しそうな表情を浮かべたマーガレットにレナリアも同じ気持ちを抱く。
親心として娘が魔法をそれなりに使えてしまえば、魔獣討伐に駆り出される可能性が出てくるので、むしろ今の状況には安堵しかない。
しかし、その娘は同じ貴族の生まれの子供達が、当たり前のように出来る事が自分には出来ないと思い込み、自信が持てなくなってしまっている。
娘には安全で平穏な生活に甘んじて欲しいと思う反面、自分の可能性に見切りをつけて欲しくないという矛盾した思いが、レナリアの中で葛藤する。
実際、リュカスの魔法学園行きの道が閉ざされたと聞いたロナリアは、自分の事の様に深く悲しんでいた。『自分はダメでも、せめてリュカだけは……』という思いがあったのだろう。
対してリュカスの方も同じように無念な気持ちでいっぱいのようだ。先程からロナリアの首に抱き付きながら「ごめん……ロナ。本当にごめんね……」と、何度もロナリアに謝っている。
そんな二人を少しでも慰める為、マーガレットは入手困難のとっておきのチョコレートケーキを今日の為に用意し、二人に振る舞った。
そして傷心の二人は、その特別なケーキを半べそ状態で黙々と食べていた。
だがそれから二週間後、リュカスは再び魔法研究所に呼び出される。しかも今回は、何故かロナリアも一緒に連れて来てほしいと言う内容だった。
その要望に母二人は、盛大に首を傾げる。
しかし、子供達は初めて友人と遠くへ出掛けられる状況に浮かれていた。
「二人とも呼ばれるなんて何でだろう?」
「どうせ、また魔法が使えないって言われるだけだと思うけどね……」
「そうしたら帰りに城下町にある有名なケーキ屋さんに寄って行こうよ!」
「そこ、貴族でも入れるの?」
「うん。前にお父様に連れて来て貰った時は、素敵なお部屋に案内されたから大丈夫だと思う!」
もはや二人は、今日魔法研究所から呼び出された事に関しては、何も希望を抱かない方向で行くらしい……。
それもそうだろうと、母親二人は顔を見合わせた後、苦笑した。
しかし研究所に到着後、所長室で聞かされた話は、とんでもないものだった。
「リュカス様はロナリア様とご一緒の時だけ、魔法を使う事が出来ます」
そう告げてきたのは、二人の魔力測定を最初に行った青年研究員だった。
その言葉を聞いたレナリアとマーガレットは、その隣に座っている中年紳士風の男性の方へと、ぐるり首を動かし鋭い視線を向ける。
「「先生!! どういう事でしょうかっ!?」」
二人に総攻撃を仕掛けられたかのように問い詰められたのは、この王立魔法研究所の最高責任者でもあり、若い頃は魔法学園時代のレナリアとマーガレットの師でもあった所長のグレイバム・ニールソンだ。
彼は今年で41歳となった端整な顔立ちをしたナイスミドルである。
「君達は本当に相変わらずのようだな。人の親となって少しは落ち着いたかと思ったが……」
「そのような事はどうでもいいのです!!」
「それよりも何故、わたくしの息子は一人では魔法が扱えないのですか!?」
学生時代のある恨みから元恩師に食って掛かる母親二人を子供達は、微妙な表情をしながら見つめていた。
すると、若い女性研究員が部屋に入って来て、二人の前に美味しそうなケーキとお茶を運んできてくれた。そのケーキの方へ興味が移った二人は、母達の暴走から関心が逸れる。そしてお互いニコニコしながら、ケーキを食べ始めた。
「まぁ、落ち着きなさい。そもそもこのようなケースは、我々も初めてなので、大変困惑してしまって……」
「前置きはいいので、勿体ぶらずに早くおっしゃってくださいなっ! このハゲ!!」
「そもそもうちの息子の魔力を誤認されたのですから、先にそちらが謝罪されるのが筋ではないのですか!? この変態幼女趣味!!」
「君らは、本当に学生時代から変わっていないな! 私は禿げてなどいない!! そして妻は、たまたま教え子だっただけで成人してから娶ったのだから、私は断じて幼女趣味等ではない!!」
グレイバムは二人が在学中の際、学園創立以来の秀才と呼ばれていた伯爵令嬢を彼女の卒業と同時に妻に迎え入れている。
だが、その当時男子生徒だけでなく、女子生徒からも絶大な人気を誇っていた伯爵令嬢が、女子生徒に人気があったとはいえ教員でもある子爵家次男のグレイバムの元へ嫁ぐという状況は、かなり衝撃的な出来事だった。
そしてこの二人は、その伯爵令嬢を「お姉様」と呼び、崇拝していた……。
二人が憧れを抱く先輩を掻っ攫い、手中に収めたこの元恩師への恨みは根深いのだ。
ちなみにグレイバムは、禿げてなどいない。
レナリアにとって、男性を最大級に侮辱する言葉が『ハゲ』なだけである。
そんな殺伐とした空気を感じ取ったのか、先程までキャッキャッと楽しそうにケーキを堪能していた子供達が、口汚い言葉を使った母親達の様子を見て、目を丸くしながら固まった。
その事に気付いたグレイバムが、盛大にため息をつく。
「見なさい……。君らの子供達が我々に白い目を向けているよ? 大体、君達は、どうしてそう学生時代から口が悪いのだ……」
「誰彼構わずに品の無い口調になる訳ではございません!」
「先生に対してのみ、そうなるだけですわ!」
「余計にタチが悪いっ!!」
元恩師に一喝された二人は、押し黙るようにムッと口を噤む。その様子にまたしてもグレイバムが盛大なため息をついた。
魔法学園在学中は常に首席争いに参戦していたマーガレットと、常に成績上位に入っていたレナリアは、教員間でも記憶に残る程の優秀な生徒だった。
その為、グレイバムも卒業後に優秀な宮廷魔道士となった二人と関わる機会が多かったので、その惰性でこの二人はグレイバムに対して容赦がない。
しかしだからと言って、今はこのような茶番をしている場合ではないので、グレイバムは早々に本題に入り始める。
「マーガレット君、君のご子息は常に魔力が枯渇した状態になる為、単独では魔法を発動させる事が出来ない。だが、レナリア君のご息女とは、不思議な事に魔力の性質がほぼ同じのようだ。一カ月前、フェイクドラゴンに襲われた彼が上級魔法を発動出来たのは、恐らくその時に密着していたレナリア君のご息女の魔力を使って、魔法を発動したのだと思われる……」
その見解を聞いた二人は、大きく目を見開く。
そもそも魔力と言うのは、各個人が固有に持っている生命オーラのようなものなので、それがほぼ同じというのは、大変珍しい事なのだ。
だが、どうやら二人の子供達は血縁関係が一切ない状態で、その生命オーラ的な魔力の性質が非常に酷似しているらしい。
通常、他人同士で魔力の受け渡しをすると、異物が混入してくるような不快感を受け、立っていられない程の頭痛や吐き気をほぼ発症する。稀に血縁関係があれば軽減される事もあるのだが、基本的には体調不良を起こす事が殆どだ。
その為、他人への魔力の受け渡しは、緊急時のみでしか推奨されていない。
だがリュカスとロナリアの場合、ほぼ似たような性質の魔力を持っている為、その様な不具合が出ないらしい。非常に稀なケースである。
「それでは……息子はロナちゃんに密着さえしていれば、魔法を扱えるという事ですか?」
「あくまでも現時点では仮説段階だ。だから今日はその事を確認する為、レナリア君達にも来て貰った」
するとグレイバムは、スッと席を立ち上がる。
「それを今から検証する。すまないが、リュカス君には、もう一度魔力測定の水晶に触れて貰う。もちろん、ロナリア嬢と手を繋いだ状態で、だ」
そう言ってグレイバムは、4人を水晶が設置されている広間へと誘導し始めた。すると、リュカスがロナリアにこっそりと囁く。
「ロナ。もしさっきのグレイバム所長の話が本当だったら、ロナも魔法学園に通えるかもしれないよ?」
それを聞いたロナリアは、パァーっと目を輝かせる。
「ほ、本当!?」
「うん。だってさっきの話だと、僕はロナがいないと全く魔法が使えないって事になる。でも僕の放つ魔法はかなり強力だから、国としては僕の事を強力な魔導士候補として囲いたいはずだ。その為には、僕は魔法学園に入学して訓練を受ける必要がある。でも魔力をくれるロナが側にいてくれないと、僕は魔法が使えないから、ロナも一緒に魔法学園に入学する事になるんじゃないかな?」
「や、やったぁー!!」
「まだ分からないけれどね……」
「でもそうだったら嬉しいな~!」
「いいの? もしそうなったらロナは、ずっと僕と手を繋ぐ事になるけれど」
「別にいいよー。だってリュカとでしょ? 他の子ならちょっと嫌かもしれないけれど、リュカとなら平気だもん!」
「そっか……。それならいいのだけれど……」
そんな会話をしていたら、少し前に二人に絶望的な宣告を突き付けてきた魔力測定用の水晶が視界に入って来た。
「それでは、リュカス君。ロナリア嬢と手を繋ぎながら、その水晶に手をかざして貰えるかな?」
「はい。ロナ!」
「うん!」
二人は手を繋ぎながら、水晶の前まで歩みを進める。そして同時に深呼吸をし、顔を見合わせた後に深く頷いた。
「それじゃ……手をかざします」
リュカスは宣言した後、スッと水晶に手をかざした。すると、物凄い勢いで部屋中に爆炎とも言えるほどの炎が盛大に放たれる。
「わわっ!!」
その状況に驚いたロナリアが思わずのけ反ってしまい、その反動でリュカスを巻き込みながら二人で尻もちをついてしまった。
すると繋いでいた手が離れてしまい、その爆炎は一瞬で消え去る。
だが、あまりにも強力な火属性魔法が発動した為、二人は座り込んだまま、爆炎が舞い上がっていた天井を茫然としながら仰ぎ見ていた。
「す、凄かったね!」
「う、うん……。ロナ、大丈夫? 火傷とかしていない?」
「へ、平気……。リュカは?」
「僕も平気……」
あまりの出来事に茫然としている二人だが……。
それ以上に驚いていたのは、その状況を見守っていた大人達だ。
「せ、先生……。今の魔法は……」
「確実に王族クラスに匹敵する程の上級魔法だな……」
「そ、そんな!! リュカはれっきとしたわたくしと主人の間に出来た子供です!!」
「誰も君の浮気など疑っていない……。そもそも君の夫は、あのカルロスだろう……。仮に君が浮気などしていたら、相手は八つ裂きにされた上にこの世から、その存在を抹消されているぞ……?」
「わたくしの夫は、そのような病的レベルの嫉妬等、抱きません!!」
「抱くと思うぞ」
「抱くと思うわ」
恩師グレイバムだけでなく、親友のレナリアにもそう断言されたマーガレットは、しゅんと項垂れた。夫カルロスもグレイバムの教え子の一人だったのだ。
だが、今はそんな事で落ち込んでいる場合ではない。リュカスの放つ魔法は、制御出来なければ危険視されるレベルだ……。
その事に危機感を抱いた元教え子の様子に気付いたグレイバムは、ふっと細く息を吐いた。
「安心しろ。学園でしっかり訓練すれば、力を制御出来るようにはなる。そもそも君やカルロスだって、通った道だろう?」
「わたくし達は、あそこまで威力の高い魔法ではございませんでした……」
「だが、流石君らの血を受け継いだだけはあるな。魔力枯渇の足枷があるとは言え、大したものだ。それはロナリア嬢もだが……」
急に娘の事を話題にされたレナリアが、ポカンとした表情を浮かべる。
「わたくしの娘も……ですか?」
「ああ。あれだけの威力の魔法を放った後の魔力消費は、尋常ではないはずだ。だが、彼女はあのようにケロリとしている」
「い、言われてみれば……」
「魔力測定で、彼女の魔力が湯水のように沸き上がる特徴があると報告を受けた際、その魔力を上手く放出出来ない体質を残念に思っていたが……。まさかリュカス君によって、活用出来る事になるとはなぁ。神もなかなか面白い計らいをなさる」
「あのー……。そうなりますと、娘は魔法学園の方には……」
「もちろん、通って貰う。彼女にはリュカス君に魔力を譲渡する際、ある程度、調整出来るように訓練して貰うつもりだ。そうでないと……万が一、彼が感情的になった際、王族クラスの上位魔法を大暴走させてしまう可能性が出てくるからな」
その会話を聞いていたロナリアとリュカスの表情が、一気に輝く。
「やったぁぁぁー!! リュカ、私も魔法学園に入学出来るって!!」
「良かったね!! これで二人共、学園に通えるね!!」
そう言って両手を掴み合って、ブンブンと振り回しながら喜び合う二人。
その様子を見つめていたグレイバムは、ふっと気になった事を元教え子二人に聞いてみた。
「二人共、随分仲が良いようだが……婚約でもしているのかね?」
「「いいえ。でも、これからさせます!」」
本人達の了承も得ず、そう言い切った元教え子達の返答に母親としての資質を疑ったグレイバムだが……。
喜び合う子供達の様子から「大丈夫そうだな……」と、小さく呟いた。
こうしてロナリアとリュカスは、無事魔法学園へ入学する権利を獲得し、そのオマケで婚約まで結ぶ事となった。
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シアーズ男爵家の末娘ティナレインは、男爵が隣国出身のメイドに手をつけてできた娘だった。ティナレインは隣国の一部の者が持つ魔力(治癒術)を微力ながら持っており、そのため男爵夫人に一層疎まれ、男爵家後継ぎの兄と、世渡り上手で気の強い姉の下で、影薄く過ごしていた。
幼いティナレインは、優しい侯爵家の子息セシルと親しくなっていくが、息子がティナレインに入れ込みすぎていることを嫌う侯爵夫人は、シアーズ男爵夫人に苦言を呈す。侯爵夫人の機嫌を損ねることが怖い義母から強く叱られ、ティナレインはセシルとの接触を禁止されてしまう。
時を経て、貴族学園で再会する二人。忘れられなかったティナへの想いが燃え上がるセシルは猛アタックするが、ティナは自分の想いを封じ込めるように、セシルを避ける。
やがてティナレインは、とある商会の成金経営者と婚約させられることとなり、学園を中退。想い合いながらも会うことすら叶わなくなった二人だが、ある夜偶然の再会を果たす。
それから数ヶ月。結婚を目前に控えたティナレインは、隣国へと逃げる決意をした。自分のお腹に宿っていることに気付いた、大切な我が子を守るために。
けれど、名を偽り可愛い我が子の子育てをしながら懸命に生きていたティナレインと、彼女を諦めきれないセシルは、ある日運命的な再会を果たし────
生まれ育った屋敷で冷遇され続けた挙げ句、最低な成金ジジイと結婚させられそうになったヒロインが、我が子を守るために全てを捨てて新しい人生を切り拓いていこうと奮闘する物語です。
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