女神様の赤い糸

ハチ助

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【番外編】

秘密の文通(後編)

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 それからは夫人の協力によって、セルフィーユと『シス』という少年との手紙のやり取りが始まる。

 間に入ってくれている伯爵夫人は、レウリシア・ポレモニウムという名で、王都から離れた領地を持つポレモニウム家の若き伯爵夫人だった。
 そんな夫人が、あの日のお茶会に参加していたのは、訳あって甥をしばらくポレモニウム家で預かる事になった為、たまたまシスを迎えに来たついでにあのお茶会に参加したのだそうだ。
 その状況は、初めてシスが社交場に参加していた事や、協力的な叔母である伯爵夫人がその場にいた事が、二人にとっての奇跡が偶然重なりあった状況だった。

 そしてそのお茶会から二日後、早速アデレード家の父の元にポレモニウム伯爵夫人から、セルフィーユとの文通の許可を求める手紙が届く。
 そして夫人は、手紙と一緒に自身のお薦めの本を贈ってくれた。
 その手紙には、あのお茶会で読書好きなセルフィーユと親しくなったので、今後お薦めの本を贈るなどして手紙で交流をしたいという内容が書かれていた。

 初めはその申し出に驚いていた父だが、それらの夫人の行動から、二人はかなり親しくなっていると感じてくれたようだ。
 長女の読書好きをよく知る父は、あっさりとその申し出を受けてくれた。
 そもそも妹と違い、友人があまり出来ない長女の事を父は心配していたのだ。
 例え年齢が親子ほど離れている女性とは言え、そんな娘にとっては初めての友人的存在である。父は二つ返事で、その申し出を受けてくれた。

 しかしその手紙のやり取りは、二通目からは夫人からの手紙は便箋一枚のみ。
 そしてその夫人の書いた便箋に守られるように包み込まれているのが、本来の文通相手でもあるシスからの手紙だった。
 その手紙をキラキラした瞳でセルフィーユは、勢いよく開封する。

 手紙には、セルフィーユと文通出来る事が嬉しくてたまらない事と、素性をお互いに隠してやり取りする事に承諾した事への感謝の言葉が綴られていた。
 だが最後の方には、もし文通する事が負担になってきたら遠慮なく申し出て欲しいとも書いてあった。そして万が一、自分からの返信が来なくなるような事があったとしても、それはセルフィーユの所為ではなく、シスの方でそうせざるを得なかった状況だと察して欲しいとも……。
 その最後の文章だけは、セルフィーユを少し暗い気持ちにさせた。

 しかしその後の二人の手紙のやり取りは、何の問題もなく順調に行われた。
 まずセルフィーユが、初めてシスに返事をした手紙の内容は、あのお茶会で意地悪をしてきた男の子の事だった。
 あの男の子はその後、別のお茶会で再び顔を合わせたのだ。
 すると案の定、またセルフィーユに絡んで来た。
 そこでセルフィーユは、シスから受けたアドバイス通りに対応した。

「あなたは私の事を好きではないのでしょう? ならばどうして一生懸命、私に話しかけてくるの?」

 そのセルフィーユの質問に男の子は、セルフィーユを嘲笑いながら「お前が生意気で気にくわないからだ」と言って来た。
 だからセルフィーユは、シフの助言通り、しっかりと自分の気持ちをその男の子に伝えた。

「どうして嫌いな相手にわざわざ話しかけてくるの? 私はあなたの事はあまり好きではないから、話しかけて来て欲しくない……。髪にも触れないで欲しい。それなのに何故あなたは嫌いな私に話しかけ、平気で髪を掴めるの?」

 セルフィーユのその言葉に何故かその男の子は酷く傷ついた表情を浮かべ、口をパクパクさせた。その瞬間、セルフィーユに罪悪感が生まれる。
 しかし、しばらくするとその男の子は真っ赤な顔をして、セルフィーユを罵倒してきた。男の子のその行動をセルフィーユは、静かに見つめていた。
 そしてやっと気が済んだのか、男の子の罵倒が終わる事を確認したセルフィーユは、ゆっくりと口を開く。

「あなたは、自分が私の事を嫌っている事にあまり気付いていないのね……。でもそこまで怒鳴りたくなるという事は、それだけ私を嫌いって事だと思うの。お互い嫌い合っているのなら、もう私には話しかけない方がいいと思う……。私も二度とあなたを見たり、話しかけたりしないよう気を付けるから」

 良かれと思ってそう告げると、その男の子は何故かこの世の終わりのような表情をした。セルフィーユは、その言葉で相手がある程度は傷つくであろうとは察していたが、まさかここまで深く傷付くとは思わなかったのだ。
 出来るだけ優しい言い方をしたつもりなのだが、男の子はブルブルと震え出す。
 そしてそのまま捨て台詞を吐いて、目の前から走り去ってしまった。

 その事をシスの手紙に書くと、かなり楽しそうな雰囲気が伝わってくる文面で、手紙の返事が返って来た。
 セルフィーユにしてみれば、その意地悪な男の子をかなり傷付けてしまった事への罪悪感を綴った手紙内容だったのだが……。
 何故かシフからは、賞賛の言葉で返事が来てしまう。

 そのようにセルフィーユは、家族にもなかなか言えずにいた悩み等を手紙だからなのか、何故かシスにはすんなりと相談する事が出来た。
 そしてそれ以外にもセルフィーユは、妹のシャーロットの事をたくさん書いた。
 幼い頃からシャーロットは明るく活発で友人も多く、自分の気持ちにも正直だった為、感情を押し殺しやすいセルフィーユにとっては、太陽のようにキラキラしている存在だった。
 そしてその太陽のような妹は、全力で自分の事を慕って来る。

 内気で人との交流が苦手なセルフィーユの代わりにシャーロットは、無自覚で前に出てくれる。それはセルフィーユに新たな交流関係をもたらしてくれる時もあれば、セルフィーユに危害を加えようとする相手に立ち向かって行ってしまう事もあった。
 その度にシャーロットは父の説教を受ける事になり、自分の所為でもあるセルフィーユは、必死で妹の弁護をした。

 全力で姉の為に動いては、ひと騒動起こしてしまうシャーロットだが、そんな妹にセルフィーユは何度助けられ、支えられたか分からない。
 そんな妹の行動には感謝の気持ちしか抱けないセルフィーユは、シスとの手紙のやり取りの際、その事をかなり手紙に書いた。
 そしてその妹の武勇伝は、セルフィーユが10代半ばになると更に増えて行く。
 それだけセルフィーユには、見ず知らずの相手からの婚約の申入れや、他令嬢達から受ける身の覚えのない辛辣な対応で悩む事が多かったのだ。

 実際セルフィーユが15歳の頃、幼少期に嫌がらせをして来た伯爵家の令息から、婚約の申し入れがあった。もちろん、面会する事も無く断ろうとしたのだが、どうしてもある夜会に参加して会って欲しいと手紙が来てしまったのだ。
 その事をシスに手紙で相談すると、今までこの手の相談には警戒するよう注意を促すようなアドバイスが多かったのだが、今回の場合は何故か会った方がいいというアドバイスで返事が返って来た。

 そして実際にその指定された夜会にセルフィーユも参加し、その令息に会うと、昔セルフィーユにした事をどうしても謝りたかったと言われた。
 彼はあの時、どうしてもセルフィーユの気を引きたかったらしい。だが、それならば何故あんな意地悪をしてきたのか、セルフィーユには理解出来なかった。
 そうしてその令息は、過去セルフィーユにしてしまった行いを後悔していたと告げ、謝罪が出来た事に満足しながら悲しそうな顔で去っていった。

 彼にとっては、自分が誠実な振る舞いをしたという満足感が得られたかもしれないが、幼少期に嫌がらせをされかけたセルフィーユにとっては、誠実どころか卑怯な行動としか思えない……。
 本当に反省しているのであれば、平然と婚約の申入れなどせず、一生その事で後悔し続けて、二度と自分に関わって来て欲しくなかったからだ。
 それだけその令息には、人を傷付けてしまう行為を軽はずみに行おうとした事への責任を感じて欲しいとセルフィーユは思ってしまった。

 しかしセルフィーユは、その気持ちを堪え、その令息の謝罪を受け入れた。
 だが恐らく自分の中では、あの令息の印象は一生上がる事はないだろう。
 それだけその令息は、幼少期のセルフィーユに社交場に参加する事への恐怖心を植え付けたのだ……。
 その為、どうしてもその令息の事を許せる気など生まれなかった。
 そしてそんな自分は、なんて心が狭いのだろうとも感じてしまう。

 そのモヤモヤした気持ちをシスの手紙に書き綴ると、シスは「それでいい」と返してくれた。
 シス曰く、相手を傷付ける行為をした方には、あまり記憶には残らないが、やられた方は一生忘れられない傷になるのは当たり前なので、罪悪感を抱く必要はないという意見だった。
 それよりも婚約の話を断る事が出来たかという部分で心配をされてしまった。

 そんなシスの反応から、もしかしたらシスも自分に特別な感情を抱いてくれているのではないかと、仄かな期待をセルフィーユは抱き始める。
 年上であるシスは、毎回手紙でセルフィーユを気遣いながら励ます言葉をくれ、特に人間関係の壁でぶつかっている時は、とても的確なアドバイスをしてくれた。

 だが、そのセルフィーユに対するシスの接し方は、まるで自分の事を見守ってくれているような保護者的な接し方にしか感じられなかったのだ。
 しかし今回、セルフィーユに本格的に婚約の申入れの話が来ている事を相談した事で、シスの反応にやや変化を感じた。
 これを切っ掛けに手紙の内容が、セルフィーユの縁談関係の話題が多くなる。

 そしてそこで大活躍をしていたのが、妹シャーロットによる振い掛けだった。
 シスは毎回セルフィーユにアプローチをしてくる令息達を撃退しているシャーロットに賞賛の声を上げていた。
 しかしその妹の撃退方法は、かなりユニークだった為、シスだけでなくポレモニウム伯爵夫人やシスの弟の間でも話題に上がってしまっている様子だった。

 特にポレモニウム伯爵夫人は、実際にシャーロットに会った際、明るく人懐っこい愛くるしさをすっかり気に入ってしまったらしい。
 たまに送られてくるシスの選定した本と一緒に夫人は、シャーロット好みのロマンス小説も送ってくれるようになった。

 しかし、そんなセルフィーユの元に絶対に断れない縁談の話が持ち上がった。
 アデレード家の絹糸の独占を狙うエルネスト家より、家業を守らなければならない為、妹のシャーロットに来た縁談だが何としてもセルフィーユが、その次男の心を射止めなければならない状況になってしまったのだ。
 手紙のやり取りの中で、シスがこういった交渉術に長けている事を知っていたセルフィーユは、早速その事を相談する内容で手紙を書いた。
 しかしシスの返事には、その縁談を前向きに捉えるようにと書かれていた……。

 その手紙の内容は、セルフィーユに大きなショックを与えた。
 10年間の手紙のやり取りで、ここ最近はシスの方でもセルフィーユに特別な感情を抱いてくれていると期待を抱いてしまっていたセルフィーユ。しかしそのシスの返事で、それは自分の独りよがりだった事を痛感してしまったのだ。

 その為、父からその縁談の話を聞かされてからは、シスへの手紙の返事が書けなくなり、ぼぉーっとする事が多くなってしまった。
 そんなセルフィーユの事を妹のシャーロットは、かなり心配してくれた。
 しかしセルフィーユは、誤魔化すような曖昧の笑みしか返せなかった。

 そんな日々を一週間程過ごしていたら、ついにエルネスト家に向かう日が訪れてしまう。
 出来るだけ平静を装うとしたセルフィーユだが、どうしてもシスへの想いが断ち切れず、父からの要望に取り組む事へ集中出来ない……。
 もしこの訪問で、すぐに自分が縁談相手のクラウスに選ばれる様な事になれば、もうシスとの文通も経たなければならないだろう。
 果たして自分は、シスへの未練を抱いたまま、別の男性と添い遂げる事が出来るのだろうか……。

 そんな暗い未来しか想像出来なくなってしまったセルフィーユは、どうしても前向きにはなれなかった。そしてその間、馬車の中ではずっと妹のシャーロットが心配そうな視線を投げかけてくる。
 姉である自分がしっかりしなければと思い、出来る限り明るく振る舞おうとしたセルフィーユだが、どうしてもふとした拍子に表情が曇ってしまう……。
 そんな状態のセルフィーユは、逆に妹のシャーロットに励まされてしまった。

 そのような葛藤を抱きながら馬車に揺られていると、ついにエルネスト家に到着してしまう……。
 そしてそのまま、妹シャーロットと共に客間で待たされる事となった。
 シャーロットは、エルネスト家の事をあまり知らなかったようで、室内の見事な家具や調度品に驚き、部屋全体を物珍しそうにキョロキョロと物色している。
 そんな妹を軽く窘めると、丁寧なノック音が部屋に響き渡った。

 それと同時に長身で容姿の良い社交性の高そうな好青年が、二人を出迎える。
 しかしその瞬間、妹のシャーロットが急に不可解な反応をしめす。
 その様子から、縁談相手のクラウスに一目惚れでもしてしまったかとも思ったのだが……どちらかと言うと、慌てふためいているという様子だ。

 そんな妹の異変を不思議に思っていると、いつの間にか妹がクラウスによってチーズケーキで懐柔され始めてしまう……。
 しかもクラウスは、何故かシャーロットの大好物でもあるクリームチーズケーキをまるで事前に知っていたかのように準備していた。
 その用意周到さにセルフィーユは、クラウスに対して少し警戒心を強める。
 しかし次の瞬間、急にセルフィーユの好きな物を質問された。

「わたくしですか? そうですね……わたくしの場合、読書になるかと」

 そう答えると、クラウスが満面の笑みで読書家だと言う兄の書斎の利用を勧めてきた。その誘いにセルフィーユは、更にクラウスを警戒した。
 しかし、すでに相手は妹を懐柔し出している。

 そこでセルフィーユはその誘いに敢えて乗り、クラウスの真意を探る事にした。
 一人残してしまうシャーロットには申し訳ないが、今はこの油断ならない雰囲気をまとっているクラウスが、何を考えているのか確認した方がいい。
 そう判断したセルフィーユは、クラウスに書斎まで案内される事にした。
 すると書斎に向かっている際、クラウスが予想外な頼み事をしてくる。

「セルフィーユ嬢。書斎をご案内する前に是非あなたに会わせたい者がいるのですが……お会いして頂けませんか?」
「それは……クラウス様のご家族の方でしょうか……」

 相手の出方を窺うように警戒心を露わにしながらセルフィーユが確認すると、クラウスが少し困るような笑みを浮かべてきた。

「そんなに警戒されないでください。あなたもよくご存知の人物ですから」

 そう言って、ある部屋の前でピタリと歩みを止めた。

「初めは僕も同席しますが……もし退席しても構わない場合は、膝上でもいいので軽く片手を挙げて頂けますか? それを合図に僕は退席致します。シャーロット嬢をお一人にしてしまう事にも申し訳ないので」
「分かりました……」

 セルフィーユの返答を確認すると、クラウスが目の前の扉をノックるす。
 そしてそのまま扉を開くと、先にセルフィーユに入室を促した。
 セルフィーユはかなり警戒しながら、その部屋の中へと足を踏み入れる。
 その部屋には男性らしき人物が執務机で何やら作業しているようだが、窓から差し込む逆光で、その容姿はハッキリとは確認出来ない。
 すると、その男性らしき人物はゆっくりと席を立ち、クラウスよりも少し低い落ち着いた声で、セルフィーユに話しかけて来た。

「やぁ、セフィ。あれからちょうど……11年ぶりかな?」

 家族以外の男性から愛称で呼ばれた事にセルフィーユが、大きく目を見開く。そして逆光から逃れるように近づいて来たその男性の姿が、露わになった。すると中性的で美し過ぎる顔立ちをした男性の姿が、浮かび上がってくる。

 その男性は、穏やかでとても優しい笑みをセルフィーユに向けてきた。しかし男性の顔が確認出来た瞬間、セルフィーユは驚きから両手で口元を押さえ、そして瞳に涙を溜め出す。

「どう……して? どうして、シスがここに……」
「正式な自己紹介がまだだったね。私の名前はシリウス・エルネスト。そこにいるクラウス・エルネストの兄だ」

 その瞬間、セルフィーユは溜めていた涙を零し始める。すると困った笑みを浮かべたクラウスが、兄の方へと目を向ける。シリウスの方も少し苦笑気味な表情を浮かべながら、弟の退室を促した。
 そして部屋が二人だけになると、シリウスがセルフィーユに近づいてくる。

「すまない、セフィ……。どうやら、この間の私の手紙の返信内容が、かなり君に不安を与えてしまったようで……」

 そう言って優しく頭を撫でられたセルフィーユは、俯いたまま涙をポロポロ零し、頭を大きく左右に振る。

「でもこれで、私が『この縁談を前向きに』と返信した理由が分かった?」

 すると今度はセルフィーユが、大きく何度も頷いた。

「自分から提案しておいて先にルールを破ってしまった事に関しては、本当にすまないと思っている。だが、このまま君が他の誰かと婚約をしてしまう事には、どうしても堪えられなくて……。叔母に君の事を聞き出し調べたら、その相手が弟だと分かり、今回その弟に協力して貰い、この場を設けて貰った」

 その言葉を聞いたセルフィーユが更にボロボロ涙を零し、そのままシフ事シリウスに寄り添うように体を預けた。するとシリウスがセルフィーユを包み込むように優しく抱きしめる。

「セフィ。私はどうしても直接君に伝えたい事がある。だから弟に頼み、ここへ君を連れて来て貰ったんだ」
「伝えたい……事?」
「弟ではなく、私の婚約者になって欲しい……」

 そのシリウスの言葉にセルフィーユが驚き、大きく瞳を見開く。しかしセルフィーユは、すぐに悲しげな表情をして俯いてしまった

「それは出来ないわ……。そうなってしまえばアデレード領産の絹糸が……」
「その件に関しては、弟のクラウスと話は付けてある。今後、弟がアデレード家の婿養子に入っても取引先に関しては、君のお父上の意向を尊重すると約束してくれた。そもそも私も弟も父に協力する気は、一切ないからね」
「で、でも……私の父がその言葉をすぐに信じるとは……」
「その部分も弟の踏ん張り所だから、君は気にしなくていい」
「クラウス様の?」
「君のお父上に『大切な愛娘をください』と申し出るのだから、未来の義父の信頼くらいは自身で勝ち取らなければならないだろう?」
「それって……シャルの事? で、でも! クラウス様は今日初めてシャルにお会いしたはずよ!? どうしてそこまで……」

 するとシリウスが、ふわりと優しい笑みを浮かべる。

「確かに弟が君の妹に会うのは、今日が初めてだ。でもね、弟はずっと前から君の妹がとういうご令嬢か、よく知っているよ。なんせ、私が君の妹君の楽しい武勇伝をたくさん弟に話していたからね……」

 そのシリウスの言葉にセルフィーユが驚く。

「そ、それじゃあ、クラウス様はお父上のご意向とは関係なく……」
「弟は絶対に君の妹を不幸にはさせないよ? なんせ私達と同じくらいの間、会った事もない君の妹に無意識に惹かれていたのだから。だからセフィ……」

 そこで一度言葉を溜めたシリウスが、セルフィーユの瞳の涙を掬う。

「弟達の件が上手く行ったら、私からの婚約の申入れを受けてくれないか?」

 そのシリウスの申し出にセルフィーユが、幸福そうな笑みを浮かべる。

「はい。喜んで……」

 セルフィーユのその返事にシリウスも同じくらい幸福そうな笑みを浮かべた。そして両手でセルフィーユの頬を包み込み、そのまま額をくっ付け合う。
 10年以上手紙でしかやり取り出来なかった二人にとって、それはやっと共に過ごせる時間を得た瞬間となる。

 この日以降、セルフィーユはエルネスト家に訪問すると書斎で過ごすという名目で、ずっと恋い焦がれていたシリウスと過ごせるようになるのだが……。
 まさか、この密会が妹シャーロットにあらぬ誤解を与えてしまうとは、この時、誰も予想出来なかった。
 そしてそのシャーロットの為に今度は、弟のクラウスの方が奮闘する事になる。
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