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6.愛情の伝え方は人それぞれ
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ウィルフレッドの口から放たれたその衝撃的な話にセシリアが唖然とする。
「た、確かにラザフォード伯爵家は、王族の方が婿入りをされてもおかしくはない家柄だとは思いますが……。現状では、まだエリオット殿下と年の近い侯爵家のご令嬢が数人いらっしゃいませんでしたか?」
「それを蹴っての伯爵家への臣籍降下をエリオット殿下は、望んでいらっしゃる……」
更に信じられない事を口にしてきたウィルフレッドにセシリアは、驚きのあまり口をあんぐりとさせた。
「そ、それは……エリオット殿下が、フランチェスカ様の事を深くお慕いされているという事でしょうか……」
「そういう事になるな」
「お待ちください! フランチェスカ様は本日がデビュタントなのですよ!? 昨日までは、まだ社交に出ていない状態であったのに……どのようにエリオット殿下のお目に留まったのです!?」
すると、やや遠い目をしながら、ウィルフレッドが第二王女達の集団へと目をやった。その行動で、セシリアはある事に気付く。
「フランチェスカ嬢が第二王女殿下と親しい事は、君も知っているだろう」
「はい……」
「どうやら王女殿下が彼女を頻繁に登城させていた際にエリオット殿下の目に留まったようだ……」
「なる……ほど……」
ウィルフレッド同様、遠い目をしながら、今度は第三王子が作り出している集団の方をセシリアが眺めていると、その中心にいるエリオットが、二人の方に視線を向けた。だが、次の瞬間、物凄い殺気に満ちた視線を飛ばして来たのだ。
「ウィルフレッド様……。何をなさったのですか……?」
「何もしていない」
「では、何故エリオット殿下は、あのような鋭い視線をウィルフレッド様に放ってこられるのです……?」
「…………」
無言を貫き通そうとして明後日の方向に視線を向けているウィルフレッドをセシリアが、ジッと勘ぐるように下から顔を覗き込む。
すると、観念したのか盛大に息を吐いたウィルフレッドが、ゆっくりと口を開らく。
「本当に何もしていない。ただ……私の所為で殿下が申し込んだ婚約が一年程、保留扱いにされていたらしい……」
「やはり、殿下に恨まれるような事をなされているではありませんか……」
「違う! そもそもそれは不可抗力だ!」
珍しく感情的になって全否定してきたウィルフレッドに再びセシリアが白い目を向ける。すると、その視線に根負けしたウィルフレッドが渋々という感じで、その経緯を語り始めた。
「殿下がフランチェスカ嬢を見初めたのは、今から二年前の事だ。そのぐらいの時期に彼女は第二王女殿下と親しくなり、頻繁に城に呼び出されていたので、その際にエリオット殿下の目に留まったのだろう。だが、彼女は、その頃から私の方へ興味を持っていたらしく――――」
「エリオット殿下からの婚約の申し入れには、一切興味を抱かなかったと……」
「そんなところだ。ただ叔母の話では、婚約の申し入れをしてきた相手が第三王子だという事を伏せて、彼女に婚約前の顔合わせを打診したらしい。その部分でも彼女が、その婚約の申し入れに興味を抱かなかった可能性がある」
そのウィルフレッドの話にセシリアが首を傾げる。
「ラザフォード伯爵夫人は、何故そのような話の持って行き方をフランチェスカ様にされたのですか?」
「現状、侯爵家で二家、ラザフォード伯爵家より格式が高い伯爵家が一家、ラザフォード伯爵家と同等の伯爵家が三家程、婿入り必須の家がある。特に侯爵家に関しては、第三王子の婿入りは大手を振って受けたいはずだ。王族が臣籍降下をすれば、家の箔がかなり付くからな。だが、エリオット殿下は妹が友人として頻繁に登城させていたフランチェスカ嬢に心を奪われてしまった……。更に悪い事にそのフランチェスカ嬢は、従兄である私に興味を持っており、婚約の申し入れがあった事に関しては、ほぼ無関心だったそうだ……」
「まぁ……」
本日、初の顔合わせをしたばかりのフランチェスカの様子を思い出したセシリアは、思わず納得してしまった。そんな反応を見せた自身の婚約者に苦笑しながら、ウィルフレッドは更に話を続ける。
「それに付け加え、フランチェスカ嬢があのように真っ直ぐで純粋過ぎる成長をされていたので、叔母は今の彼女では、心理戦が必須となる王族の妻になるなど無理だと判断したらしい。夫である伯爵と相談後、一度はその婚約の申し入れを断ったそうなのだが……。エリオット殿下は一向に諦める気配がなく、せめて社交界デビュー予定の14歳まで保留にさせて欲しいと申し出たそうだ。その間に一般的な淑女教育を終わらせ、同時に私への興味も削がせようと試みたそうなのだが……」
「全く興味が薄れる事はなく、それどころかデビュタントの際にウィルフレッド様のエスコートを希望されたと……」
「そのような状態のフランチェスカ嬢に第三王子から婚約の申し入れが来ていると話してしまえば、あまり重要性を感じていない本人の口からその噂が広まってしまう可能性があった……。そうなれば、喉から手が出るほど王族の臣籍降下を望んでいる侯爵家から、ラザフォード伯爵家が圧力をかけられてしまう。受けられるかどうかも分からない婚約の申し入れで、そのようなリクスを背負いたくなかった事もあり、敢えてフランチェスカ嬢にはエリオット殿下の名を伏せて打診したのだろう……」
そこまで語ると、ウィルフレッドは長く息を吐いた。
そんな疲労困憊という様子の婚約者を労うようにセシリアは、ウィルフレッドの背中を二回程摩る。すると、ウィルフレッドが苦笑を返して来た。
「それでラザフォード伯爵夫人は、早々にフランチェスカ様の精神的な部分の成長を強く望まれたのですね……」
「フランチェスカ嬢自身、なかなか優秀なご令嬢なので淑女としての教養やマナー、ダンスや立ち居振る舞い等は、ほぼ完璧に身に付けているそうなのだが……。何分、大のロマンス小説好きなだけあって、あの夢見がちな部分はなかなか矯正出来なかったらしい。その為、今回デビュタントの際、エスコート役として私が担当する事を条件に現在申し込みのある有力な婚約者候補三名と顔合わせする事を承諾させたらしい。その中にエリオット殿下も入っているそうだ」
「まぁ……親子間でそのような取引が……。ですが、他二名の殿方をフランチェスカ様が気に入られたら、どうなさるおつもりなのかしら?」
「それはないだろう。叔母の話では、まず殿下との顔合わせを優先させると言っていた。その時点で他二名の令息達は身を引くだろう」
「確かに。王族と婚約者の座を取り合う等、自殺行為ですものね……」
「それにあの腹黒殿下は、顔だけはいいからな。ロマンス小説好きなフランチェスカ嬢なら、すぐに気に入られるのではないか?」
「でしたら、早々にお顔合わせをなされば良かったのに……」
「叔母の話では、現在のエリオット殿下では、年齢が若過ぎるそうだ。私は読んだ事がないのでよく分からないのだが……。そのロマンス小説とやらに登場するヒーローの殆どが、包容力のある年上の男性なのだろう? いくら王族特有の容姿の良さと、優秀さがあっても現状16歳の殿下にその魅力を期待するのは、難しいそうだ……」
かなり呆れた口調で語られたウィルフレッドの話の内容に思わずセシリアは「なるほど」と、心の中で呟いてしまう。
そういう意味では、確かに自分の婚約者は、まるでロマンス小説の中から抜け出したヒーローのような人物ではある。
ただし、それはあくまでもうわべだけだ。
先程、フランチェスカに披露した人を揶揄う事を楽しむヒーローらしからぬ面は、何故か世間には注目されないのだ。恐らく人間というのは、自分の都合の良い部分にしか注目をしない生き物なのだろう。
だがセシリアにとって世間が注目しないそのウィルフレッドの部分は、大変好ましく感じているところでもある。
「ちなみにラザフォード伯爵夫妻は、フランチェスカ様がウィルフレッド様に熱をあげているというお話をエリオット殿下にご報告されていたのですか?」
「いや、していないそうだ。そもそもこの一年間で彼女が抱く私への興味を削がせるつもりだったので、話す必要はないと判断されたのだろう」
では何故、エリオットはここまでウィルフレッドを目の敵にしているのだろうか……。そんな疑問を抱いたセシリアは、素直にその理由をウィルフレッドに質問する。
「では何故、現状のエリオット殿下は、その事をご存知なのですか? あそこまでウィルフレッド様に鋭い視線をぶつけてこられるのは、その事をご存知という事ですよね?」
「独自にフランチェスカ嬢の身辺を調査させたらしい。あとは妹である第二王女殿下にも探りを入れられたのだろう……。お陰でこの一年間は、あの嫉妬に狂った第三王子の所為で、私は多忙な日々を強要され、セシーと過ごせる時間を大分削られた……。騎士団長からは呆れられ『第一騎士団の負担にもなるから、第三王子からの案件は全てお前が責任を持って担当しろ!』と丸投げされる日々だった……」
嘆くように肩をガックリと落としながら語られたウィルフレッドを初めは、労おうとしていたセシリアだったのだが……。
ふと、どこかで聞いた事があるような展開だという事に気付き、急に意地の悪い笑みをウィルフレッドに向ける。
その事に気が付いたウィルフレッドが怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうした? 何か企んでいるような笑みを急に浮かべて……」
「わたくし、そんな笑みを浮かべておりますか? ところでウィルフレッド様、少々ある事について、ご感想を頂きたいのですが」
「何だ?」
「いかがですか? 嫉妬の対象にされ、嫌がらせをされるお気持ちは」
セシリアのその質問にウィルフレッドが、グッと喉を詰まらせた。
恐らくウィルフレッドは、女性から過剰に好意を向けられる事はあるだろうが、嫉妬対象になるという経験は、そうそうないはずだ。だがこの一年間、ウィルフレッドはフランチェスカに心奪われた第三王子から嫉妬心をぶつけられていたのだ。
「相手が年下の思春期特有の拗らせを起こしている未成年者であるだけでも厄介なのに……。それが王族ともなると、もう対処のしようがない……」
「10代の若人で情熱的な恋をされている方の嫉妬心は、強烈ですよ? ましてやエリオット殿下は、かなり独占欲が強い方のようですし」
「冗談でもそういう事を口にするのは、やめてくれ……。そんな執着心の強い相手に見初められた可愛い従妹の将来が不安になってくる……」
そう言って左手で両目を押さえて項垂れてしまったウィルフレッドの様子にセシリアが吹き出しそうになる。だが、ふと第三王子の集団に目をやった際、そのウィルフレッドの心配は取り越し苦労ではないかと感じた。
「その心配はご不要かと思いますよ?」
「何を根拠に?」
「そうですね……。『女の勘』でしょうか?」
「セシー……。君が発した言葉は何でも信じてあげたいが……。それは、いささか信憑性が低い判断だと感じてしまうのだが?」
「では、三カ月後辺りにお二人がどうなっているかご確認くださいませ。きっと、わたくしの言葉にご納得頂ける状況になっているかと思いますよ?」
楽しそうにそう宣言したセシリアは、先程から目を向けていた第三王子が柔らかい表情を浮かべた瞬間の視線の先をゆっくりと辿る。
すると、その先には第二王女と楽しげに会話をしているフランチェスカにぶつかるのだ。
「そう言えば……本日、何故エリオット殿下は、フランチェスカ様にお声がけをされないのでしょうか……。こんなにもウィルフレッド様に殺意を抱く程、お慕いされているのに」
「セシー……。物騒な物言いをしないでくれないか? その言い方だと、まるで私が殿下に命を狙われているようではないか」
「ウィルフレッド様はエリオット殿下にとって脅威を感じさせる手強いライバルのような存在かと思いますので、あながち間違ってはいないのでは?」
「いくら腹黒い殿下でもそれはないだろう。まぁ、かなり目の敵にされ、日数の掛かる遠方の視察仕事を頻繁に回されている状態ではあるが……」
「本当に目の敵にされているのですね……」
「それだけ殿下がフランチェスカ嬢に入れ込んでいるという事だろう。だが、恐らく今回はフランチェスカ嬢にはお声がけはされないと思うが」
「何故ですか?」
「殿下は、すでにフランチェスカ嬢がロマンス小説好きな情報を得ている。初対面が妹の誕生祝いパーティーでは、あまり運命的な出会いにはならないだろう?」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう語ったウィルフレッドが、第三王子の方へ視線を向けると、ふとした弾みにこちらと目が合った瞬間、温厚そうな王子として定評のあるエリオットが、キッと険しい表情でウィルフレッドを睨みつけてきた。
そのあまりにも敵意を剥き出しにしてくる第三王子の様子にセシリアは、ある事に気付く。
「まさか……本日ウィルフレッド様がフランチェスカ様に対して過剰に甘いエスコートをされたのは……エリオット殿下を挑発する為ですか?」
「何の事だろうか」
「あなたという方は……どうして、そういたいけな若者の純情を弄ぶのですか……」
「セシーとの貴重な時間を奪われたのだ。殿下に対して、これぐらいの報復をする権利が私にはあるはずだ」
婚約者のその大人気ない言い分にセシリアが盛大に息を吐く。
そんな悪趣味な楽しみ方をする大人に翻弄された二人だが……。
この三カ月後、仲睦ましい様子で夜会に参加する姿が多々目撃されるようになる。
――――――【★あとがき★】――――――
当作品をお手に取って頂き、ありがとうございます!
溺愛系ヒーローのお話を書こうと思っていたのですが、何だかんだで社交界デビューしたばかりの令嬢と、面倒見の良い先輩令嬢の交流のお話なってしまいました。(苦笑)
まぁ、これはこれで作者的にはほっこり系な話になったのでいいかなーと思っております。
機会があれば、ウィルフレッドを威嚇する第三王子とフランチェスカのその後のお話も書いてみたいなーとは思っておりますが、とりあえず今回はここまでで完結とさせて頂きます。
連載中、お気に入り登録やエールの送信、誤字報告をしてくださった方々には本当に大感謝です!
そして最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
ハチ助
「た、確かにラザフォード伯爵家は、王族の方が婿入りをされてもおかしくはない家柄だとは思いますが……。現状では、まだエリオット殿下と年の近い侯爵家のご令嬢が数人いらっしゃいませんでしたか?」
「それを蹴っての伯爵家への臣籍降下をエリオット殿下は、望んでいらっしゃる……」
更に信じられない事を口にしてきたウィルフレッドにセシリアは、驚きのあまり口をあんぐりとさせた。
「そ、それは……エリオット殿下が、フランチェスカ様の事を深くお慕いされているという事でしょうか……」
「そういう事になるな」
「お待ちください! フランチェスカ様は本日がデビュタントなのですよ!? 昨日までは、まだ社交に出ていない状態であったのに……どのようにエリオット殿下のお目に留まったのです!?」
すると、やや遠い目をしながら、ウィルフレッドが第二王女達の集団へと目をやった。その行動で、セシリアはある事に気付く。
「フランチェスカ嬢が第二王女殿下と親しい事は、君も知っているだろう」
「はい……」
「どうやら王女殿下が彼女を頻繁に登城させていた際にエリオット殿下の目に留まったようだ……」
「なる……ほど……」
ウィルフレッド同様、遠い目をしながら、今度は第三王子が作り出している集団の方をセシリアが眺めていると、その中心にいるエリオットが、二人の方に視線を向けた。だが、次の瞬間、物凄い殺気に満ちた視線を飛ばして来たのだ。
「ウィルフレッド様……。何をなさったのですか……?」
「何もしていない」
「では、何故エリオット殿下は、あのような鋭い視線をウィルフレッド様に放ってこられるのです……?」
「…………」
無言を貫き通そうとして明後日の方向に視線を向けているウィルフレッドをセシリアが、ジッと勘ぐるように下から顔を覗き込む。
すると、観念したのか盛大に息を吐いたウィルフレッドが、ゆっくりと口を開らく。
「本当に何もしていない。ただ……私の所為で殿下が申し込んだ婚約が一年程、保留扱いにされていたらしい……」
「やはり、殿下に恨まれるような事をなされているではありませんか……」
「違う! そもそもそれは不可抗力だ!」
珍しく感情的になって全否定してきたウィルフレッドに再びセシリアが白い目を向ける。すると、その視線に根負けしたウィルフレッドが渋々という感じで、その経緯を語り始めた。
「殿下がフランチェスカ嬢を見初めたのは、今から二年前の事だ。そのぐらいの時期に彼女は第二王女殿下と親しくなり、頻繁に城に呼び出されていたので、その際にエリオット殿下の目に留まったのだろう。だが、彼女は、その頃から私の方へ興味を持っていたらしく――――」
「エリオット殿下からの婚約の申し入れには、一切興味を抱かなかったと……」
「そんなところだ。ただ叔母の話では、婚約の申し入れをしてきた相手が第三王子だという事を伏せて、彼女に婚約前の顔合わせを打診したらしい。その部分でも彼女が、その婚約の申し入れに興味を抱かなかった可能性がある」
そのウィルフレッドの話にセシリアが首を傾げる。
「ラザフォード伯爵夫人は、何故そのような話の持って行き方をフランチェスカ様にされたのですか?」
「現状、侯爵家で二家、ラザフォード伯爵家より格式が高い伯爵家が一家、ラザフォード伯爵家と同等の伯爵家が三家程、婿入り必須の家がある。特に侯爵家に関しては、第三王子の婿入りは大手を振って受けたいはずだ。王族が臣籍降下をすれば、家の箔がかなり付くからな。だが、エリオット殿下は妹が友人として頻繁に登城させていたフランチェスカ嬢に心を奪われてしまった……。更に悪い事にそのフランチェスカ嬢は、従兄である私に興味を持っており、婚約の申し入れがあった事に関しては、ほぼ無関心だったそうだ……」
「まぁ……」
本日、初の顔合わせをしたばかりのフランチェスカの様子を思い出したセシリアは、思わず納得してしまった。そんな反応を見せた自身の婚約者に苦笑しながら、ウィルフレッドは更に話を続ける。
「それに付け加え、フランチェスカ嬢があのように真っ直ぐで純粋過ぎる成長をされていたので、叔母は今の彼女では、心理戦が必須となる王族の妻になるなど無理だと判断したらしい。夫である伯爵と相談後、一度はその婚約の申し入れを断ったそうなのだが……。エリオット殿下は一向に諦める気配がなく、せめて社交界デビュー予定の14歳まで保留にさせて欲しいと申し出たそうだ。その間に一般的な淑女教育を終わらせ、同時に私への興味も削がせようと試みたそうなのだが……」
「全く興味が薄れる事はなく、それどころかデビュタントの際にウィルフレッド様のエスコートを希望されたと……」
「そのような状態のフランチェスカ嬢に第三王子から婚約の申し入れが来ていると話してしまえば、あまり重要性を感じていない本人の口からその噂が広まってしまう可能性があった……。そうなれば、喉から手が出るほど王族の臣籍降下を望んでいる侯爵家から、ラザフォード伯爵家が圧力をかけられてしまう。受けられるかどうかも分からない婚約の申し入れで、そのようなリクスを背負いたくなかった事もあり、敢えてフランチェスカ嬢にはエリオット殿下の名を伏せて打診したのだろう……」
そこまで語ると、ウィルフレッドは長く息を吐いた。
そんな疲労困憊という様子の婚約者を労うようにセシリアは、ウィルフレッドの背中を二回程摩る。すると、ウィルフレッドが苦笑を返して来た。
「それでラザフォード伯爵夫人は、早々にフランチェスカ様の精神的な部分の成長を強く望まれたのですね……」
「フランチェスカ嬢自身、なかなか優秀なご令嬢なので淑女としての教養やマナー、ダンスや立ち居振る舞い等は、ほぼ完璧に身に付けているそうなのだが……。何分、大のロマンス小説好きなだけあって、あの夢見がちな部分はなかなか矯正出来なかったらしい。その為、今回デビュタントの際、エスコート役として私が担当する事を条件に現在申し込みのある有力な婚約者候補三名と顔合わせする事を承諾させたらしい。その中にエリオット殿下も入っているそうだ」
「まぁ……親子間でそのような取引が……。ですが、他二名の殿方をフランチェスカ様が気に入られたら、どうなさるおつもりなのかしら?」
「それはないだろう。叔母の話では、まず殿下との顔合わせを優先させると言っていた。その時点で他二名の令息達は身を引くだろう」
「確かに。王族と婚約者の座を取り合う等、自殺行為ですものね……」
「それにあの腹黒殿下は、顔だけはいいからな。ロマンス小説好きなフランチェスカ嬢なら、すぐに気に入られるのではないか?」
「でしたら、早々にお顔合わせをなされば良かったのに……」
「叔母の話では、現在のエリオット殿下では、年齢が若過ぎるそうだ。私は読んだ事がないのでよく分からないのだが……。そのロマンス小説とやらに登場するヒーローの殆どが、包容力のある年上の男性なのだろう? いくら王族特有の容姿の良さと、優秀さがあっても現状16歳の殿下にその魅力を期待するのは、難しいそうだ……」
かなり呆れた口調で語られたウィルフレッドの話の内容に思わずセシリアは「なるほど」と、心の中で呟いてしまう。
そういう意味では、確かに自分の婚約者は、まるでロマンス小説の中から抜け出したヒーローのような人物ではある。
ただし、それはあくまでもうわべだけだ。
先程、フランチェスカに披露した人を揶揄う事を楽しむヒーローらしからぬ面は、何故か世間には注目されないのだ。恐らく人間というのは、自分の都合の良い部分にしか注目をしない生き物なのだろう。
だがセシリアにとって世間が注目しないそのウィルフレッドの部分は、大変好ましく感じているところでもある。
「ちなみにラザフォード伯爵夫妻は、フランチェスカ様がウィルフレッド様に熱をあげているというお話をエリオット殿下にご報告されていたのですか?」
「いや、していないそうだ。そもそもこの一年間で彼女が抱く私への興味を削がせるつもりだったので、話す必要はないと判断されたのだろう」
では何故、エリオットはここまでウィルフレッドを目の敵にしているのだろうか……。そんな疑問を抱いたセシリアは、素直にその理由をウィルフレッドに質問する。
「では何故、現状のエリオット殿下は、その事をご存知なのですか? あそこまでウィルフレッド様に鋭い視線をぶつけてこられるのは、その事をご存知という事ですよね?」
「独自にフランチェスカ嬢の身辺を調査させたらしい。あとは妹である第二王女殿下にも探りを入れられたのだろう……。お陰でこの一年間は、あの嫉妬に狂った第三王子の所為で、私は多忙な日々を強要され、セシーと過ごせる時間を大分削られた……。騎士団長からは呆れられ『第一騎士団の負担にもなるから、第三王子からの案件は全てお前が責任を持って担当しろ!』と丸投げされる日々だった……」
嘆くように肩をガックリと落としながら語られたウィルフレッドを初めは、労おうとしていたセシリアだったのだが……。
ふと、どこかで聞いた事があるような展開だという事に気付き、急に意地の悪い笑みをウィルフレッドに向ける。
その事に気が付いたウィルフレッドが怪訝そうな表情を浮かべた。
「どうした? 何か企んでいるような笑みを急に浮かべて……」
「わたくし、そんな笑みを浮かべておりますか? ところでウィルフレッド様、少々ある事について、ご感想を頂きたいのですが」
「何だ?」
「いかがですか? 嫉妬の対象にされ、嫌がらせをされるお気持ちは」
セシリアのその質問にウィルフレッドが、グッと喉を詰まらせた。
恐らくウィルフレッドは、女性から過剰に好意を向けられる事はあるだろうが、嫉妬対象になるという経験は、そうそうないはずだ。だがこの一年間、ウィルフレッドはフランチェスカに心奪われた第三王子から嫉妬心をぶつけられていたのだ。
「相手が年下の思春期特有の拗らせを起こしている未成年者であるだけでも厄介なのに……。それが王族ともなると、もう対処のしようがない……」
「10代の若人で情熱的な恋をされている方の嫉妬心は、強烈ですよ? ましてやエリオット殿下は、かなり独占欲が強い方のようですし」
「冗談でもそういう事を口にするのは、やめてくれ……。そんな執着心の強い相手に見初められた可愛い従妹の将来が不安になってくる……」
そう言って左手で両目を押さえて項垂れてしまったウィルフレッドの様子にセシリアが吹き出しそうになる。だが、ふと第三王子の集団に目をやった際、そのウィルフレッドの心配は取り越し苦労ではないかと感じた。
「その心配はご不要かと思いますよ?」
「何を根拠に?」
「そうですね……。『女の勘』でしょうか?」
「セシー……。君が発した言葉は何でも信じてあげたいが……。それは、いささか信憑性が低い判断だと感じてしまうのだが?」
「では、三カ月後辺りにお二人がどうなっているかご確認くださいませ。きっと、わたくしの言葉にご納得頂ける状況になっているかと思いますよ?」
楽しそうにそう宣言したセシリアは、先程から目を向けていた第三王子が柔らかい表情を浮かべた瞬間の視線の先をゆっくりと辿る。
すると、その先には第二王女と楽しげに会話をしているフランチェスカにぶつかるのだ。
「そう言えば……本日、何故エリオット殿下は、フランチェスカ様にお声がけをされないのでしょうか……。こんなにもウィルフレッド様に殺意を抱く程、お慕いされているのに」
「セシー……。物騒な物言いをしないでくれないか? その言い方だと、まるで私が殿下に命を狙われているようではないか」
「ウィルフレッド様はエリオット殿下にとって脅威を感じさせる手強いライバルのような存在かと思いますので、あながち間違ってはいないのでは?」
「いくら腹黒い殿下でもそれはないだろう。まぁ、かなり目の敵にされ、日数の掛かる遠方の視察仕事を頻繁に回されている状態ではあるが……」
「本当に目の敵にされているのですね……」
「それだけ殿下がフランチェスカ嬢に入れ込んでいるという事だろう。だが、恐らく今回はフランチェスカ嬢にはお声がけはされないと思うが」
「何故ですか?」
「殿下は、すでにフランチェスカ嬢がロマンス小説好きな情報を得ている。初対面が妹の誕生祝いパーティーでは、あまり運命的な出会いにはならないだろう?」
意地の悪い笑みを浮かべながらそう語ったウィルフレッドが、第三王子の方へ視線を向けると、ふとした弾みにこちらと目が合った瞬間、温厚そうな王子として定評のあるエリオットが、キッと険しい表情でウィルフレッドを睨みつけてきた。
そのあまりにも敵意を剥き出しにしてくる第三王子の様子にセシリアは、ある事に気付く。
「まさか……本日ウィルフレッド様がフランチェスカ様に対して過剰に甘いエスコートをされたのは……エリオット殿下を挑発する為ですか?」
「何の事だろうか」
「あなたという方は……どうして、そういたいけな若者の純情を弄ぶのですか……」
「セシーとの貴重な時間を奪われたのだ。殿下に対して、これぐらいの報復をする権利が私にはあるはずだ」
婚約者のその大人気ない言い分にセシリアが盛大に息を吐く。
そんな悪趣味な楽しみ方をする大人に翻弄された二人だが……。
この三カ月後、仲睦ましい様子で夜会に参加する姿が多々目撃されるようになる。
――――――【★あとがき★】――――――
当作品をお手に取って頂き、ありがとうございます!
溺愛系ヒーローのお話を書こうと思っていたのですが、何だかんだで社交界デビューしたばかりの令嬢と、面倒見の良い先輩令嬢の交流のお話なってしまいました。(苦笑)
まぁ、これはこれで作者的にはほっこり系な話になったのでいいかなーと思っております。
機会があれば、ウィルフレッドを威嚇する第三王子とフランチェスカのその後のお話も書いてみたいなーとは思っておりますが、とりあえず今回はここまでで完結とさせて頂きます。
連載中、お気に入り登録やエールの送信、誤字報告をしてくださった方々には本当に大感謝です!
そして最後までお付き合い頂き、本当にありがとうございました!
ハチ助
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恐らくウィルフレッドは、フランチェスカと王子の一生懸命だけど若さゆえの空回りしている様子が、可愛すぎて揶揄ってしまったという感じです。(苦笑)
ウィルフレッドに感情移入されて読まれると、あのような愛で方を二人についしてしまった事に共感しやすいと思いますが、やられた若人二人に共感して読むと、ウィルフレッドは「嫌な大人だなー」となるので、冒頭にあのような注意書きをさせて頂きました。
正直なところ、作者側には作品を読んだ読者様が、どのキャラに感情移入するかは分からないので……。
それで「このキャラがかわいそう過ぎる!」と作者に怒りのコメントをぶつけられても作者側はかなり困惑します。(苦笑)
こちらはあくまでも架空の人物が織り成す空想上の世界観でお話作っているので、存在すらしていないお話の中のキャラを擁護する為に作者にその怒りをぶつけられても、ちょっと意味が分からないとなってしまうので……。(困惑)
なので『過剰に感情移入せず、傍観するように』とお願い致しました。(苦笑)
それだけこちらが作った世界に没頭して頂けた事は、とてもありがたい事んですけどね……。
私自身が一人称読みが出来ない人間なので、そのキャラに過剰に感情移入した時に発生する読み手側が受けるストレスがよく分かっていないという部分もあるのですけど。
なので、私の作品は出来ればお話全体を傍観するような感覚で読まれる事を推奨いたします。