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2.愛情は言葉にせずとも伝わるもの
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「なっ……!!」
そのあまりにも大胆なウィルフレッドのセシリアに対する接し方を目の当たりにしたフランチェスカが、驚きの声を上げた。だが、ウィルフレッドはそんな反応をされてもお構い無しという様子で、背後からセシリアの薄い茶色の横髪を耳に掛け、その頬に軽く口づけをする。
更に大胆な行動を見せつけてきたウィルフレッドにフランチェスカが、目のやり場に困りながら、真っ赤な顔をして小刻みに震え出す。
そして、ウィルフレッドのその行動を咎めるように叫んだ。
「な、何て破廉恥な!! ウィ、ウィルフレッド様!! お気は確かですか!?」
顔を真っ赤にして抗議してくる従妹の反応を面白がるようにウィルフレッドがクスリと笑みをこぼす。対するセシリアは、そのような接し方をされていても慣れているのか、羞恥する様子がない。それどころか、悪趣味な方法で純朴なフランチェスカを揶揄い始めた自身の婚約者に呆れた様子で苦笑と視線を向けている。
そんな呆れ気味の婚約者にウィルフレッドは、目を細めながらふわりと柔らかい笑みを送った後、ゆっくりとフランチェスカの方へと視線を戻した。
「確かに婚約者とのスキンシップとはいえ、公の場で行うにはいささか過剰な接し方だと咎められても仕方のない事だと自覚はしている。その為、私は彼女に自身の愛情を伝えたい際は、出来るだけ人目が少ない場所で行うように配慮している」
そう語りながらウィルフレッドは、手にとっていたセシリアの左手を自身の口元まで引き寄せ、その甲に愛おしそうに軽く口付けを落とした。普段から冷静で落ち着いた雰囲気を持つ、やや堅物そうな印象が強いウィルフレッドが、まるでロマンス小説に登場するヒーローのような甘い接し方を婚約者に余す事なく行っている光景を目の当たりにしたフランチェスカは、真っ赤な顔をしながら魚のように口をパクパクさせた。
だがすぐに我に返り、先程展開した持論を再度主張するかのようにウィルフレッドの情熱的な愛情表現に対する疑問と不満を口にし始める。
「で、ですが! 先程セシリア様はウィルフレッド様より甘い言葉は、あまり頂けないとお話しされていたではありませんか!!」
抗議するように訴えてきたフランチェスカにウィルフレッドが困惑気味に苦笑しながら、その質問に答える。
「私はどうも言葉で愛情を伝える事が気恥ずかしいと感じてしまう為、苦手なのだ……。その為、セシーに愛情を伝えたい際は、人目の少ない場所やタイミングで密やかにこのような行動で伝えるようにしている」
「それでは周囲にウィルフレッド様とセシリア様の仲があまり上手くいっていない様に映ってしまうのでは!? そのような密やか過ぎる愛情表現では、多くのご令嬢方がまだ自分達にもチャンスがあると誤解をしてしまい、ウィルフレッド様に恋心を募らせてしまいますわ!! ウィルフレッド様は敢えてそのような状況を招いているのですか!?」
フランチェスカのその主張を聞いたウィルフレッドが、不思議そうに首を傾げる。
「何故、私達の良好な関係をわざわざ周囲に知らしめる必要があるのだ? そもそも当人である私達が、互いに愛情を抱かれているという事をしっかり自覚していれば、周囲の目など関係ないと思うのだが……」
「お二人の良好な関係を周囲にアピールする事は必要です!! ウィルフレッド様が、周囲にも分かりやすいようにセシリア様に愛情表現をなされば、婚約者の座を狙おうと企むご令嬢が減少させられるではありませんか! そして、そのご令嬢方も……無駄にウィルフレッド様に恋心を抱き、傷ついてしまう可能性を回避出来ます!!」
自分の事を棚に上げている事には気づいていないのか……。
それとも自身が被害にあっている事を仄めかしているのか……。
そのどちらも感じさせる内容をフランチェスカから訴えられたウィルフレッドは、何故か意地の悪い笑みを浮かべる。
「なるほど。だが、そうなると……今度は過剰に溺愛するような接し方を私からされているセシーが、そのご令嬢方から謎の嫉妬心を抱かれ、嫌がらせをされるようになってしまうな」
「えっ……?」
まるで相手を試すように呟かれたウィルフレッドの言葉にフランチェスカが、驚くようにゆっくりと目を見開く。どうやらフランチェスカは、この世には仲睦まじい男女に過剰に嫉妬心を抱く人間が存在している事は思いつかなかったらしい。
恐らくフランチェスカは、自分の意中の相手に溺愛している女性の影があれば、密やかに身を引くという考えなのだろう。まだ純粋な心を失っていない恋する事に憧れる少女特有の感覚だ。
だが、情熱的に人を愛するタイプの女性の中には、そうではない人間もいる。
怒りの対象が溺愛行為をしている意中の相手ではなく、その対象に行ってしまうタイプが……。
セシリアもそういう女性達から口頭で嫌味をぶつけられた過去を持つ。
そんな過去があった為、ウィルフレッドの愛情表現方法はこの様なスタイルなのだ。
だが、そんな純粋な反応を見せたフランチェスカでも、いつどんな経緯で苛烈で盲目的な愛し方をする女性に変貌するか分からない……。恐らくその分岐点になるのは、このデビュタント時期なのだ。
だからこそウィルフレッドは心を鬼にし、敢えて意地の悪い笑みを深め、穏やかでゆっくりとした口調で訴え返す。
「フランチェスカ嬢。そもそも君の主張は、少しおかしな部分がある事に気付かないか? まず何故、婚約者がいる男性に恋心を抱く事に関して、何の疑問も持たずに話が成立しているのだろうか……。君の言い分では、私がしっかりと周囲に向けてセシーへの愛情表現をアピールしないと、周囲のご令嬢達が私に恋心を抱いてしまうとの助言だが……。それではまるで、私の方が加害者扱いされている様に聞こえるのだが? だが私からすると、勝手に婚約者のいる私に恋心を抱いたご令嬢方の方に非があると感じてしまう……。もっときつい言い方をさせて頂くと、一方的に好意を抱かれ、その気持ちを無理矢理押し付けられそうになっている私の方が被害者ではないかな?」
苦笑しながらウィルフレッドが主張する言い分にフランチェスカの目が泳ぎ始める。
「で、ですが……素敵な殿方がいれば若いご令嬢方は恋心を抱いてしまうのは仕方のない事だと思いますが……」
「私に対するその過大評価は、大変光栄ではあるが……。だがその言い分では、幸せを壊す可能性があったとしても恋心を抱かせてしまったその人物が魅力的過ぎる事が原因なのだから、恋心を抱いた側には一切非はないという意味に聞こえるのだが?」
「そ、そういう意味では……」
穏やかな口調ではあるが、かなり手厳しい事を口にしてきたウィルフレッドにフランチェスカが押し黙る。すると、ウィルフレッドは穏やかな笑みを浮かべたまま、更にフランチェスカに畳み掛けてきた。
「では先程、私が君を褒め称えた行為と、今現在セシーを腕の中に閉じ込めている行為とでは、どちらが愛情深い行動だと君は感じるかな? 先程、私が君に対して囁いた言葉やエスコートの仕方は、社交界ではエスコートをしている淑女に対して一般的に行う紳士的マナーの範囲でもある接し方だ。ちなみにフランチェスカ嬢は『リップサービス』という言葉は、ご存知だろうか?」
『リップサービス』という言葉がウィルフレッドの口から出た瞬間、フランチェスカは羞恥心からか一気にカッと顔を赤らめて、そのまま俯いてしまった。
そんな意地の悪過ぎる問いかけを敢えて行った自身の婚約者に遂にセシリアが口を挟み出す。
「ウィルフレッド様、やり過ぎです……」
婚約者から咎められたウィルフレッドは、気まずそうな笑みを浮かべた。
対してフランチェスカは、助け舟を出してくれたセシリアに驚きの表情を向ける。すると、セシリアの方も労わるような笑みをフランチェスカに返し、エスコート役としては問題発言を多発しているウィルフレッドに釘を刺すように苦言を続ける。
「フランチェスカ様は、本日初の社交界デビューなのですよ? その記念すべき華々しい一日を台無しになさるおつもりですか?」
まるで自分を庇うような言葉にフランチェスカが、茫然としながらセシリアを見つめ続ける。対してウィルフレッドの方は、悪戯を叱られた子供のように気まずそうに肩をすくめた。
「すまない……。だが、初心の内に社交場で交わされる言葉の裏に潜む恐ろしさを知っておいた方がよいかと……」
まるで実の妹に向けるような優しい笑みを向けてきたウィルフレッドの言葉にフランチェスカが、大きく目を見開く。そして何かに気付き、それを確認するかのようにゆっくりと隣のセシリアの方にも視線を動かす。その視線をバツが悪そうな笑みを浮かべてセシリアが受け止めた。
「もしや……セシリア様は、本日ウィルフレッド様がわたくしのエスコートをされる経緯と目的をご存知だったのですか……?」
「ええ、ウィルフレッド様より詳細を伺っておりましたので……」
気まずそうにされたセシリアの返答を聞いたフランチェスカは、再びゆっくりとウィルフレッドの方へと視線を戻す。
「ウィルフレッド様も……今回、婚約者であるセシリア様のエスコートを断られてまで、わたくしのエスコートを引き受けくださったのは……わたくしの思い上がりを自覚させたい母より頼み込まれたからですか?」
茫然とした表情のままフランチェスカが問うと、ウィルフレッドは返事の代わりにすまなそうな表情をしながら苦笑を返す。
すると……フランチェスカの瞳にブワリと涙が溜まり始めた。
その状況にウィルフレッドとセシリアが、ギョッとしながら慌て出す。
「す、すまない!! だが……君の母上より、どうしてもと頼まれてしまって!!」
「ですから、先程やりすぎだと申し上げたのです……。デビュタントというものは、期待に満ちた思いと共に大人の世界へと足を踏み入れる不安も抱いているのですよ? ウィルフレッド様は、もう少しそういった繊細な乙女心をご理解するべきだと思います……」
「ほ、本当にすまない……。その、セシーに絡み始めてしまったから、つい……」
「全く、なんて大人気ない……。フランチェスカ様? とりあえず、一度落ち着かれた方がよろしいかと思いますので、あちらのテラスにて少し風に当たりませんか?」
するとセシリアの申し出に涙目のフランチェスカは、静かにゆっくりと頷いた。
そんな素直な反応を見せたフランチェスカの様子にセシリアが少し安堵する。
「ウィルフレッド様には、冷たいタオルと何か飲み物を持ってきて頂けると助かるのですが?」
「わ、わかった! すぐに用意しよう!」
そんなワタワタしながらタオルと飲み物を取りに走り去って行ったウィルフレッドを目にしながら、セシリアに優しく肩を抱かれたフランチェスカは、こっそりと人目に付きにくいテラス席の方へと誘導された。
そのあまりにも大胆なウィルフレッドのセシリアに対する接し方を目の当たりにしたフランチェスカが、驚きの声を上げた。だが、ウィルフレッドはそんな反応をされてもお構い無しという様子で、背後からセシリアの薄い茶色の横髪を耳に掛け、その頬に軽く口づけをする。
更に大胆な行動を見せつけてきたウィルフレッドにフランチェスカが、目のやり場に困りながら、真っ赤な顔をして小刻みに震え出す。
そして、ウィルフレッドのその行動を咎めるように叫んだ。
「な、何て破廉恥な!! ウィ、ウィルフレッド様!! お気は確かですか!?」
顔を真っ赤にして抗議してくる従妹の反応を面白がるようにウィルフレッドがクスリと笑みをこぼす。対するセシリアは、そのような接し方をされていても慣れているのか、羞恥する様子がない。それどころか、悪趣味な方法で純朴なフランチェスカを揶揄い始めた自身の婚約者に呆れた様子で苦笑と視線を向けている。
そんな呆れ気味の婚約者にウィルフレッドは、目を細めながらふわりと柔らかい笑みを送った後、ゆっくりとフランチェスカの方へと視線を戻した。
「確かに婚約者とのスキンシップとはいえ、公の場で行うにはいささか過剰な接し方だと咎められても仕方のない事だと自覚はしている。その為、私は彼女に自身の愛情を伝えたい際は、出来るだけ人目が少ない場所で行うように配慮している」
そう語りながらウィルフレッドは、手にとっていたセシリアの左手を自身の口元まで引き寄せ、その甲に愛おしそうに軽く口付けを落とした。普段から冷静で落ち着いた雰囲気を持つ、やや堅物そうな印象が強いウィルフレッドが、まるでロマンス小説に登場するヒーローのような甘い接し方を婚約者に余す事なく行っている光景を目の当たりにしたフランチェスカは、真っ赤な顔をしながら魚のように口をパクパクさせた。
だがすぐに我に返り、先程展開した持論を再度主張するかのようにウィルフレッドの情熱的な愛情表現に対する疑問と不満を口にし始める。
「で、ですが! 先程セシリア様はウィルフレッド様より甘い言葉は、あまり頂けないとお話しされていたではありませんか!!」
抗議するように訴えてきたフランチェスカにウィルフレッドが困惑気味に苦笑しながら、その質問に答える。
「私はどうも言葉で愛情を伝える事が気恥ずかしいと感じてしまう為、苦手なのだ……。その為、セシーに愛情を伝えたい際は、人目の少ない場所やタイミングで密やかにこのような行動で伝えるようにしている」
「それでは周囲にウィルフレッド様とセシリア様の仲があまり上手くいっていない様に映ってしまうのでは!? そのような密やか過ぎる愛情表現では、多くのご令嬢方がまだ自分達にもチャンスがあると誤解をしてしまい、ウィルフレッド様に恋心を募らせてしまいますわ!! ウィルフレッド様は敢えてそのような状況を招いているのですか!?」
フランチェスカのその主張を聞いたウィルフレッドが、不思議そうに首を傾げる。
「何故、私達の良好な関係をわざわざ周囲に知らしめる必要があるのだ? そもそも当人である私達が、互いに愛情を抱かれているという事をしっかり自覚していれば、周囲の目など関係ないと思うのだが……」
「お二人の良好な関係を周囲にアピールする事は必要です!! ウィルフレッド様が、周囲にも分かりやすいようにセシリア様に愛情表現をなされば、婚約者の座を狙おうと企むご令嬢が減少させられるではありませんか! そして、そのご令嬢方も……無駄にウィルフレッド様に恋心を抱き、傷ついてしまう可能性を回避出来ます!!」
自分の事を棚に上げている事には気づいていないのか……。
それとも自身が被害にあっている事を仄めかしているのか……。
そのどちらも感じさせる内容をフランチェスカから訴えられたウィルフレッドは、何故か意地の悪い笑みを浮かべる。
「なるほど。だが、そうなると……今度は過剰に溺愛するような接し方を私からされているセシーが、そのご令嬢方から謎の嫉妬心を抱かれ、嫌がらせをされるようになってしまうな」
「えっ……?」
まるで相手を試すように呟かれたウィルフレッドの言葉にフランチェスカが、驚くようにゆっくりと目を見開く。どうやらフランチェスカは、この世には仲睦まじい男女に過剰に嫉妬心を抱く人間が存在している事は思いつかなかったらしい。
恐らくフランチェスカは、自分の意中の相手に溺愛している女性の影があれば、密やかに身を引くという考えなのだろう。まだ純粋な心を失っていない恋する事に憧れる少女特有の感覚だ。
だが、情熱的に人を愛するタイプの女性の中には、そうではない人間もいる。
怒りの対象が溺愛行為をしている意中の相手ではなく、その対象に行ってしまうタイプが……。
セシリアもそういう女性達から口頭で嫌味をぶつけられた過去を持つ。
そんな過去があった為、ウィルフレッドの愛情表現方法はこの様なスタイルなのだ。
だが、そんな純粋な反応を見せたフランチェスカでも、いつどんな経緯で苛烈で盲目的な愛し方をする女性に変貌するか分からない……。恐らくその分岐点になるのは、このデビュタント時期なのだ。
だからこそウィルフレッドは心を鬼にし、敢えて意地の悪い笑みを深め、穏やかでゆっくりとした口調で訴え返す。
「フランチェスカ嬢。そもそも君の主張は、少しおかしな部分がある事に気付かないか? まず何故、婚約者がいる男性に恋心を抱く事に関して、何の疑問も持たずに話が成立しているのだろうか……。君の言い分では、私がしっかりと周囲に向けてセシーへの愛情表現をアピールしないと、周囲のご令嬢達が私に恋心を抱いてしまうとの助言だが……。それではまるで、私の方が加害者扱いされている様に聞こえるのだが? だが私からすると、勝手に婚約者のいる私に恋心を抱いたご令嬢方の方に非があると感じてしまう……。もっときつい言い方をさせて頂くと、一方的に好意を抱かれ、その気持ちを無理矢理押し付けられそうになっている私の方が被害者ではないかな?」
苦笑しながらウィルフレッドが主張する言い分にフランチェスカの目が泳ぎ始める。
「で、ですが……素敵な殿方がいれば若いご令嬢方は恋心を抱いてしまうのは仕方のない事だと思いますが……」
「私に対するその過大評価は、大変光栄ではあるが……。だがその言い分では、幸せを壊す可能性があったとしても恋心を抱かせてしまったその人物が魅力的過ぎる事が原因なのだから、恋心を抱いた側には一切非はないという意味に聞こえるのだが?」
「そ、そういう意味では……」
穏やかな口調ではあるが、かなり手厳しい事を口にしてきたウィルフレッドにフランチェスカが押し黙る。すると、ウィルフレッドは穏やかな笑みを浮かべたまま、更にフランチェスカに畳み掛けてきた。
「では先程、私が君を褒め称えた行為と、今現在セシーを腕の中に閉じ込めている行為とでは、どちらが愛情深い行動だと君は感じるかな? 先程、私が君に対して囁いた言葉やエスコートの仕方は、社交界ではエスコートをしている淑女に対して一般的に行う紳士的マナーの範囲でもある接し方だ。ちなみにフランチェスカ嬢は『リップサービス』という言葉は、ご存知だろうか?」
『リップサービス』という言葉がウィルフレッドの口から出た瞬間、フランチェスカは羞恥心からか一気にカッと顔を赤らめて、そのまま俯いてしまった。
そんな意地の悪過ぎる問いかけを敢えて行った自身の婚約者に遂にセシリアが口を挟み出す。
「ウィルフレッド様、やり過ぎです……」
婚約者から咎められたウィルフレッドは、気まずそうな笑みを浮かべた。
対してフランチェスカは、助け舟を出してくれたセシリアに驚きの表情を向ける。すると、セシリアの方も労わるような笑みをフランチェスカに返し、エスコート役としては問題発言を多発しているウィルフレッドに釘を刺すように苦言を続ける。
「フランチェスカ様は、本日初の社交界デビューなのですよ? その記念すべき華々しい一日を台無しになさるおつもりですか?」
まるで自分を庇うような言葉にフランチェスカが、茫然としながらセシリアを見つめ続ける。対してウィルフレッドの方は、悪戯を叱られた子供のように気まずそうに肩をすくめた。
「すまない……。だが、初心の内に社交場で交わされる言葉の裏に潜む恐ろしさを知っておいた方がよいかと……」
まるで実の妹に向けるような優しい笑みを向けてきたウィルフレッドの言葉にフランチェスカが、大きく目を見開く。そして何かに気付き、それを確認するかのようにゆっくりと隣のセシリアの方にも視線を動かす。その視線をバツが悪そうな笑みを浮かべてセシリアが受け止めた。
「もしや……セシリア様は、本日ウィルフレッド様がわたくしのエスコートをされる経緯と目的をご存知だったのですか……?」
「ええ、ウィルフレッド様より詳細を伺っておりましたので……」
気まずそうにされたセシリアの返答を聞いたフランチェスカは、再びゆっくりとウィルフレッドの方へと視線を戻す。
「ウィルフレッド様も……今回、婚約者であるセシリア様のエスコートを断られてまで、わたくしのエスコートを引き受けくださったのは……わたくしの思い上がりを自覚させたい母より頼み込まれたからですか?」
茫然とした表情のままフランチェスカが問うと、ウィルフレッドは返事の代わりにすまなそうな表情をしながら苦笑を返す。
すると……フランチェスカの瞳にブワリと涙が溜まり始めた。
その状況にウィルフレッドとセシリアが、ギョッとしながら慌て出す。
「す、すまない!! だが……君の母上より、どうしてもと頼まれてしまって!!」
「ですから、先程やりすぎだと申し上げたのです……。デビュタントというものは、期待に満ちた思いと共に大人の世界へと足を踏み入れる不安も抱いているのですよ? ウィルフレッド様は、もう少しそういった繊細な乙女心をご理解するべきだと思います……」
「ほ、本当にすまない……。その、セシーに絡み始めてしまったから、つい……」
「全く、なんて大人気ない……。フランチェスカ様? とりあえず、一度落ち着かれた方がよろしいかと思いますので、あちらのテラスにて少し風に当たりませんか?」
するとセシリアの申し出に涙目のフランチェスカは、静かにゆっくりと頷いた。
そんな素直な反応を見せたフランチェスカの様子にセシリアが少し安堵する。
「ウィルフレッド様には、冷たいタオルと何か飲み物を持ってきて頂けると助かるのですが?」
「わ、わかった! すぐに用意しよう!」
そんなワタワタしながらタオルと飲み物を取りに走り去って行ったウィルフレッドを目にしながら、セシリアに優しく肩を抱かれたフランチェスカは、こっそりと人目に付きにくいテラス席の方へと誘導された。
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