想いが何度も繰り返させる

ハチ助

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12.呪いのような

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 リアトリスを護衛する女性騎士達が部屋にやって来た事を確認すると、アスターは国王である父の部屋に向かおうと部屋を出た。
 もちろん、例の金のナイフを持って……。
 だが部屋を出ると、何故か長兄ディアンツの側近がアスターを待っていた。

「アスター様、リアトリス様とのお話は、もうお済でしょうか?」
「ああ。でもこれからすぐに父のもとへ……」
「陛下は現在、意識が戻られたホリホック様とお話をされております」
「兄上の意識が戻られたのか?」
「はい。ですがディアンツ殿下より、早急にアスター様をお連れするよう言付かっておりまして……」

 長兄の側近の話にアスターが、小さくため息をつく。

「なるほど。ホリホック兄上からは父が話を聞き、僕からはディアンツ兄上が話を聞いて、後で矛盾点がないか擦り合わせるという事かな?」
「申し訳ございません。私は何も伺っておりませんので……その件に関しては、お答え出来ません」
「分かった。ならば先にディアンツ兄上のもとへ行くよ」

 そう言ってアスターは、長兄の執務室へと足早に向かう。
 そしてノック後、許可が出る前に早々に部屋へと入室した。
 すると、すこぶる機嫌の悪そうな長兄がこちらに目を向けてくる……。

「アスター、お前達は一体何をやっているのだ? いくら兄弟とは言え、成人済みの王族が、いい年をして殴り合いの喧嘩など……」
「兄上、茶番は結構なので、早く本題に入って頂けますか?」

 珍しく冗談に乗って来ない弟に長兄が、大きく息を吐く。

「何があった? リアトリスが、かなり危険な目に遭ったと聞いたが……」

 リアトリスは、アスターの両親だけでなく長兄夫妻にも気に入られている。
 特に長兄の妻の義姉は、彼女を妹のように可愛がっているので、今回の事でディアンツはリアトリスを心配する愛妻に泣きつかれたのだろう……。
 すぐに神妙な顔つきになった長兄にそう尋ねられ、先程判明したあの不可解な現象の事をどのように説明していいのか、アスターが悩み出す。

「それが……その、話せば大分長くなる上に信じて頂けるか……」
「信じるか信じないかは、聞いてから判断する。いいから話してみろ」

 ハッキリした口調で言い切る長兄にアスターは、戸惑いながら自分達が体験した繰り返し現象を話してみた。すると、長兄があからさまに顔をしかめる。

「お前の言っている事は、あまりにも現実離れした内容だな。その無茶苦茶な話を私に信じろと?」
「僕も信じられませんでしたが、実際にそれを体験してしまったので……」

 白い目を向けてくる長兄の視線にアスターが目を泳がせる。
 嘘は言っていないのだが……先程のリアトリスの話ではないが、実際に体験しなければ、こんな不可解な現象なんて信じて貰える訳がない。
 すると長兄は、アスターが手にしていた箱に目をやる。

「その中に例の金のナイフが入っているのか?」
「はい……」
「見せてみろ」
「兄上?」
「早くしろ」

 信じて貰えないと思っていたアスターが、長兄の意外な反応に目を丸くする。
 そして例の金のナイフを箱から出し、長兄に手渡した。
 すると長兄がそのナイフをマジマジと見た後、驚嘆な声を上げる。

「ほぉ? かなりのアンティークな品だな。恐らく二百年前頃の物だろう」
「に、二百年前!?」

 長兄の鑑定眼の結果にアスターが、素っ頓狂な声をあげる。
 確かにこのナイフは、歴史を感じるデザインが施されてはいるが、全体的に見た目は、真新しい光を放っているのだ。
 とてもではないが、二百年も昔のアンティークさはない……。

「あ、兄上、何かの間違いでは……」
「私もこのように状態が良すぎる事が信じられないのだが……。この柄の部分の特徴的な細工は、その昔ある曰く付きの彫金職人が好んで施した細工だ。その為、その職人の作品は当時禁忌の品として回収対象になり、現在でも彫金師達の間では、この細工技巧は禁止行為とされている。そしてその職人が存在していたのが、今から二百年程前の事だ。今ではもうその職人の手がけた作品は、回収後にほぼ破壊されているので、存在していないはずなのだが……。ビオラ嬢は、一体どのようにしてこのナイフを入手したのだ?」

 長兄の説明にアスターの表情が曇る。

「その件に関しましては、明日にでもビオラに確認しようかと思っています。ですが、何故その職人の作品は、そのような厳しい回収対象にされたのですか? そもそも何故、兄上はそのように骨董関連の知識に詳しいのです?」

 すると、ディアンツが何とも言えない表情を浮かべる。

「私に骨董の知識があるわけではない。ただその職人の存在を知っているだけだ。そしてその職人なのだが……真偽は不明だが、錬金術的な事に異様にのめり込んでおり、かなり非人道的な事を彫金技術に取り入れていたらしい。それが原因なのか、その職人の作品を手にした者や関係者が、次々と悲惨な死を遂げたという内容が、王家の管理している機密文書に残っていた」
「機密文書って……あの国王以外は閲覧不可とされている文書保管庫にある? まさか父上は、兄上に閲覧を許可された事があるのですか!?」
「いいや? 幼少期に戯れで保管庫に侵入していた事があり、その時に下らない内容で機密扱いにされている事例がないか、暇つぶしで閲覧していた際、たまたまその事例を見つけ、読んだ記憶があるだけだ」

 そのあまりにも度肝を抜く幼少期の長兄の一人遊びにアスターが、愕然とする。

「それは下手をしたら、反逆罪の疑いを掛けられる行為ではありませんか!!」
「子供のした事に何を大袈裟な……。そもそもそんな子供が、簡単に忍び込めるような手薄な警備をさせていた父上に問題がある。もちろん、私が一通り満喫した後は、警備強化するよう手配はしたがな」

 都合のいい時だけ幼かった事を主張する長兄だが、もうその時点で、大人顔負けの采配が出来る神童ぶりを発揮していた事をアスターは知っている。
 そしてその保管庫の警備は、けして手薄だった訳ではない。
 恐らく長兄が、凡人では思いつかない突飛な方法で侵入していたはずだ。
 そもそも長兄は、当時から第一王位継承者だったのだから、何もそんなリスクを冒さずともいいはずなのだが……。
 天才肌の長兄の考える事は、凡人のアスターには全く理解出来ない。

「兄上は……幼い頃から、すでに食えないお方だったのですね」
「そのお蔭でこの説明も付かない奇怪な金のナイフの正体が、少し解明されたのだろう? 感謝はされど嫌味を言われる覚えはない」
「では兄上は、僕達が体験した不可解な現象を信じてくださるのですか?」

 真顔でアスターがそう詰め寄ると、長兄が呆れるような顔をした。

「信じられるわけないだろう」
「兄上……」
「だが、二百年前に実際に王家が動く程、その職人の作品は忌まわしい物とされ、回収に躍起になっていた事を考えると……何とも言えん。どちらにせよ、一度でも危険性があると判断された物ならば、必ず回収し、早々に跡形もなく廃棄処分すべき対象ではあると思うが」

 冗談めいた事を言っていた長兄だが、また神妙な顔つきに戻る。
 その様子にアスターが、警戒するようにある質問を投げかけた。

「その職人の作品の被害にあった者達は、どのような結末を迎えたのですか?」
「その殆どは、持ち主自身かその関係者が、発狂や乱心等で精神を病み、虐殺行為の末、自害しているケースが多い。だがそれらの殺害に使われた凶器が、全てその職人が手がけた作品だったらしい。リストには、装飾品や杖、食器や燭台等の日常的に使える品物ばかりだったな……」
「では、武器としての用途が明白な品は……」
「それ自体を目的にした品はない。ただ……装飾品扱いでそういった品は、いくつかあった。例えば……お前が贈られたその金のナイフのような……装飾品としての目的を重視して作られたような武器がな」

 その長兄の返答にアスターが、悔しそうに唇を噛む。
 恐らくこの金のナイフは、その職人が手がけた物の一つなのだろう……。
 だが分からないのが、その呪いのような効果を受ける対象の基準だ。

 アスターの場合、それは何度もこの金のナイフで命を落すリアトリスのように思えるが、同時に彼女を手に掛けようとする次兄もその影響を受けている。
 そして時間の繰り返しに関しては、その事に気付いてしまった自分もその効果の影響を受けている気がする。

 これでは、誰が呪いのような効果を受ける対象者なのか、ハッキリしない。
 ようするに対象者が明確に限定されず、誰彼構わず効果が発動しているのだ。
 その為、この呪いのような効果が発動される条件が、全く見当が付かない……。
 そんな弟の思考を読み取る様にディアンツが、ある考えを口にする。

「恐らくこれは特定の人間を不幸にするという効果ではない。ある目的を達成する為や、その状況を導き出す為に邪魔な人間を排除する。そういう効果が発動する代物なのではないのか?」
「なるほど……。だから持ち主の僕だけではなく、リアやホリホック兄上が、その影響を受けてしまっているという事ですね?」
「まぁ、実際には詳しく調べなければ、分からないが……」

 もしそうなのであれば、一体誰の目的を達成する為にその効果が、発動されているかが問題だ。
 アスターがその答えを導き出すよりも早く、長兄がその内容を口にする。

「やはりビオラ嬢にこの金のナイフを入手した経緯と、購入に至った理由を確認する事が、この不可解現象の解明の糸口になるだろう」
「そうですね……。明日、早々にその詳細をビオラに確認して参ります」
「ならば一緒にリアトリスも連れて行ってやれ」

 長兄から出た予想外の提案にアスターが、目を丸くする。

「リアを……ですか?」
「ああ。恐らくリアトリスは、ビオラ嬢に色々と話し合いたい事があるだろう。特にこの三年間の自分の振る舞いについては……」
「ですが……その、僕としてはリアの安全面的にも今は、彼女を連れまわすような事は、あまりしたくはないのですが……」

 そのアスターの返答にディアンツが、呆れ顔をして盛大にため息をついた。

「お前は……。性格はホリホックとは真逆なのに行動基準は、そっくりなのだな。そこまで過保護にし過ぎると、お前もホリホックの様にリアトリスに愛想を尽かされるぞ?」
「僕はホリホック兄上と違い、相手の気持ちを考慮してから動きます!」
「ならばリアトリスが同行したいと言えば、連れて行くのだな?」
「リアがそうしたいと言うのであれば……」

 言質げんちを取って来た長兄にアスターが、渋々ながら受け入れる姿勢を見せる。
 そんな弟の様子にディアンツは、更に呆れてしまった。

「そんなに心配ならパルドーに張り付く様に護衛させておけ。この愚弟」

 長兄のその言葉にアスターが、ムッとした表情を向ける。
 すると、部屋の扉がノックされた。
 長兄が入室許可を出すと、先程の側近が中に入って来た。

「ディアンツ様、陛下とホリホック様のお話し合いが終了したそうです」
「分かった。アスター、私の代わりに行き、今回の騒動の言い訳をホリホックから聞いてこい」

 いきなり白羽の矢が立ったアスターが、動揺しながら驚く。

「僕がですか!? いや、ですが、それでは……」
「あの暴走愚弟もお前に言いたい事が山ほどあるだろう。ならば私が行くよりも当事者のお前が行って、お互いよく話し合うべきだと思うが?」
「ですが……」
「言っておくが、また乱闘騒ぎなど起こすなよ? そして例の金のナイフは私が預かるから、ここに置いて行け」
「兄上が預かられて、どうなさるおつもりですか?」
「この分野の専門家の方に回し、一応どういう物か調べさせる。だが、その後は原型を留めないよう破壊して処分するつもりだ」

 そう言われてもアスターの不安は、全く軽減されない……。
 そんな弟の反応に長兄が苦笑する。

「もしお前が希望するのであれば、その処分する現場にも立ち合わせる」
「兄上……」
「お前が所持しているより、私が管理していた方が安全だ。どうやらあのナイフにとって、私は部外者になるようだからな。それよりも……お前は、さっさとホリホックの懺悔の声でも聞いて来い」

 長兄のその言葉に思わずアスターが、苦笑する。

「ホリホック兄上が素直に謝罪するとは思えませんが……。とりあえず、こちらの苦情だけは、しっかり申し立てて来ます」

 そう言ってアスターは長兄に金のナイフを託し、次兄のもとへと向かった。
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