バスは秘密の恋を乗せる

桐山なつめ

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「そんな覚悟で芝居を続けるなら、もうやめちまえ!」

 天地さんの怒鳴り声が、レッスンスタジオにひびいた。
 窓ガラスがカタカタと揺れるぐらいの声量に、思わず体がすくんじゃう。
 顔を赤くして怒る天地さんの前には、神山くんと、数人の生徒さん。

 そう、これは『演技』。

 神山くんと生徒さんは新人役者、天地さんは映画監督という役をそれぞれ演じている。 
 どんなに天地さんから問い詰められても、一言だけしかしゃべってはいけないというルールのもと、レッスンがはじまったんだ。

 台本なんてない。
 役になりきって、アドリブで言葉を伝えなきゃいけない。
 それができてはじめて役者なんだと、レッスンが始まる前に天地さんが教えてくれた。
 でも……たとえ演技だとしても、あんなに怒った天地さんに言い返すなんて怖すぎるよ!

 神山くん以外の生徒さんは、天地さんに圧倒されて、動けないでいる。
 なかには涙を浮かべている人もいて、見ている私までもらい泣きしてしまいそう。
 でも、これが本物の演技なんだ……。

「なんとか言ってみろ!」

 天地さんの演技はヒートアップしていき、神山くんを強く突き飛ばした。
 よろめく神山くん。きっとすごく痛いに違いないのに、ぜんぜん表情を変えない。
 それどころか、天地さんをするどく睨みつける。

「なんだその目は! やめろって言ったのが聞こえなかったのか?」
「やめない」

 意志が強くて、凛とした声。
 たった一言なのに、その場にいた全員がはっと顔をあげて神山くんを見た。
 天地さんまで、たじろいだように口を閉ざす。

「すげえ迫力……」

 誰かが漏らしたつぶやきで張りつめていた糸が切れたのか、立っていた生徒さんたちは、全員その場に座りこんだ。
 顔を赤くして怒鳴っていた天地さんも、にこっとほほえんで、神山くんの頭を撫でた。

「キミは、やっぱり本物だね」

 神山くんは、照れくさそうにはにかむ。
 私が褒められているわけじゃないのに、胸がいっぱいになった。
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