バスは秘密の恋を乗せる

桐山なつめ

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 プシュー。
 六時三十二分。『吉野入口』停留所。

 三分おくれでやってきたバスが、目の前で停まった。
 私の一日は、このバスに乗り込むことからはじまる。

 開け放たれたバスの扉に手をかけ、トントンとステップをあがっていく。

 あ、今日も乗ってる。

 一番うしろの席に座っている、おしゃれな私服を着た男の子。
 いつも目深に帽子をかぶっていて、両耳にはイヤフォン。
 帽子からでもわかる白い肌に、大きな目が印象的。
 窓わくに肘をついて外をながめる横顔は、まるで絵画の中から出てきた人みたいに整っている。

 たぶん私と同い年の十二歳くらいだと思うけど、
 クラスメイトの男の子とはどこかちがう、人の目を引きつける不思議なオーラみたいなものを感じるんだ。

 彼とは毎朝同じ時間のバスに乗っているから、私からすればすっかり顔なじみ。
 といっても、もちろん話したことなんかない。

 一度、定期券を車内でひろってもらったことがあるけど、きっと忘れちゃってるよね。
 バスが発車するまえに、私はうしろから二番目の席に腰をおろす。
 車内を見わたせるこの席が、一番のお気に入り。
 真うしろに男の子が座っているから、ちょっとだけ背中を意識しちゃうけど。

「発車します」

 運転手さんのアナウンスで、バスが走り出す。
 バスのなかは、私と男の子以外に乗客はいない。
 中学校まで片道一時間だけど、こんな感じで三十分くらいはこのまま貸し切り状態。
 毎日バスに乗って通学するなんて大変だなって思ったけど、転校してきて二週間経った今では、すっかり慣れちゃった。

 心地いいバスの揺れを感じながら、窓の外をのぞく。
 自然ゆたかな山道だけど、バスから見える景色は、あんまりキレイとは言えない。
 まだ九月だから色のない葉っぱばかり。
 じっとしているのも退屈。
 私はカバンから数学のノートと、鉛筆を取り出した。
 すこしでも勉強しよう! ……って思ったのに。
 はっ! しまった!
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