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第二部 第二章
友達になる方法
しおりを挟むリディアはにやにやと笑いながらアデルを眺めている。ソフィは顔を背けて肩を震わせていた。
リーゼが語った昔話は随分と面白かったようだ。アデルは渋面で腕を組み、恥ずかしい過去をバラされたことによる羞恥に耐えた。
何もあんな話をしなくてもいいだろうにと思わずにはいられない。おかげで、リディアは人を馬鹿にするように笑っているし、ソフィもどうやら笑いを堪えきれない様子だ。
昔の過ちを笑い話にされるのは精神的に堪える。こちらもリーゼの恥ずかしい話をしてやろうかと思ったが、そんなことをすればさらに自分の恥を語られてしまうだろう。
自分のほうが圧倒的に愚かだったから、最終的には負ける。
リーゼから少し距離を取って座るシシィを眺めた。よかった、どうやら笑ってはいないようだ。
あの可憐な娘にまで笑われると精神的に辛い。帽子のつばのせいで顔は見えないが、呼吸はまったく乱れていないように見えた。
いつまでも庭で日差しを受けているわけにはいかない。家の庭に生える雑草は太陽光を浴びて随分と元気なようであるが、こっちは干からびてしまいかねない。アデルは額の汗を拭って、長椅子に腰掛けているリーゼに話しかけた。
「リーゼよ、そろそろ何しに来たのかくらい教えてくれてもよかろう。なんじゃ、ソフィとお喋りでもしに来たのか?」
アデルの言葉を聞いて、リーゼは慌てたように視線を逸らした。左右を交互に見てから唇を開くが、言葉はなかなか出てこない。
ようやく何を言うべきか思い出したのか、リーゼがひとつ手を叩いた。
「あっ、そうだ、忘れてた。村長に頼まれてたんだった」
「それを最初に言わんかい」
何か用件がある時は用件からずばっと話してほしい。
リーゼは頬を指で掻いて、左上を見上げた。もしかして用件を忘れたのではないかと思ったが、リーゼが話し始める。
「ええと、今日はなんか町で用事があるからお前も来い、みたいなことだったかな」
「だったかな、ではなかろう。なんじゃ、重要な用事かのう。村長の家に行ったほうがよいか」
「ううん、もう村長は町に向かったみたい。ロルフも一緒に」
「なんじゃ、入れ違いになったか」
どういう用事かはわからないが、自分が捕まらなかったから代わりにロルフを連れて行ったのだろうか。ロルフが一緒ならば、別に自分は必要ないはずだ。
アデルは頬を掻いて言った。
「しかし、そんなことのためにわざわざリーゼを寄越したのか。何を考えておるんじゃ村長は」
「さぁ?」
「ふぅむ、とにかく村の中央に行くか。どうせ仕事もあるし、誰か何か知っておるじゃろ」
その前に朝食を用意してやらなければいけない。ソフィもお腹が空いているだろう。
アデルは買って来た食材たちを家に運んだ。
ソフィは機嫌良さそうに話しているリディアを見ていた。どうやらリディアはリーゼのことが随分と気に入ったらしい。その理由が胸というのは理解できなかったが、あの高慢で馬鹿のように強い勇者がリーゼのご機嫌を取るようなことを言っているのは少し愉快だった。
これをアデルがやっていれば腹が立って仕方なかっただろうが、勇者ならば別だ。
リディアは隣に座るリーゼと距離を詰め、身振り手振りを交えて会話を弾ませようとしている。
「でね、あたしたちはお互いにお互いをよく知らないわけじゃない。やっぱりね、仲良くなるには裸の付き合いがいいと思うのよ。この辺りに温泉とか浴場はないのかしら? あたしが馬を出すから、一緒に行かない?」
「いや、それはちょっと」
「遠慮しなくていいのよ。誘ったのはあたしだから、もちろんお金もあたしが出すし、シシィも一緒に」
「うーん……」
リディアが誘いの言葉を投げかけているが、リーゼの反応はあまり良くないようだった。
リーゼは困ったように微笑を浮かべていたが、何か話す内容を決めたのか早口で言った。
「そういえばリディアさんは何をしてる人なの?」
「リーゼ、さん付けなんてしなくていいのよ。あたしたち友達じゃない」
「そうなの?」
「そうなのよ」
いつのまに友達になったのだろうと、ソフィは首を捻った。友達というものについてよくわからないから、それが間違っているのかどうかもよくわからなかった。
アデルも、村の人たちも自分とカールを友達だと思っているようだが、ソフィにはその定義が正直よくわからない。カールと遊ぶこともあるが、ああいう関係を友達と言うのか確かめたこともない。カールと遊ぶ時は大体他のチビたちも交えているが、そのチビたちは友達ではない。しかし、同じことをしているはずのカールは友達なのだという。
「難しいものじゃのう……」
ソフィはアデルが用意してくれたパンをもぐもぐと食べながら、二人が話しこんでいるのを眺めていた。シシィはそんな二人に関わるつもりがないのか、ソフィと同じようにパンを黙々と食べている。
シシィがパンに齧り付くが、その一口は指先で抓んだ分ほどにも減っていないように見えた。
リーゼはリディアに何か色々と質問をしている。そういえば、今日ここに来た時もシシィや自分に何か色々と質問をしていたような気がする。確かにこの村にいきなり見知らぬ人がいれば疑問に思うのも仕方ないだろう。
何を質問されたのかは知らないが、リディアが胸を張っていった。
「ふふ、それは内緒よ。女に秘密はつき物だもの」
「ふーん、友達なのに内緒なんだ」
「ええっ?! 違うのよリーゼ、これはね、あれなのよ」
うろたえている勇者を見ていると、自然と笑みが零れた。まったくあの勇者と来たら、とんでもない美人の上に恐ろしいほどに強いと来ている。完璧なまでに恵まれているのに、今はリーゼの一言に翻弄されていた。
リディアはソフィの前に体を乗り出して、机をコンコンと叩いた。
「ちょっと、なんかこう、あれよ、助けて」
「何を言っておるのじゃ……」
「なんかあるでしょ、あんたのほうがリーゼと付き合いが長いんだから」
「いや、何を言いたいのかわからんのじゃ。もしかするとおぬしはリーゼと仲良くなりたいのじゃな」
「そうそう」
「しかし妾は人と仲良くなるような方法をよく知らぬ。アデルが言うには礼儀というものが大事じゃという。妾はそれを心がけておって、今のところそれで上手く行っておるように思う」
「あんた頭固いわね! もうちょっとなんか小手先の技術とかあるでしょ!」
「あるかもしれんが、妾にはわからんのじゃ」
「役に立たない弟子ね、もうちょっと師匠を助けようっていう気概はないの?」
「いつ妾が弟子になったのじゃ」
「昨日よ! あんた、強くなりたいんでしょ!」
「ふむ……、確かにそう言ったがしかし妾はまだ何も教わっておらんし、世話になってないのに対価を要求されても困るのじゃ」
「ぎゃー! あんたはもうなんでそう頭が固いのよ! シシィじゃあるまいし!」
リディアが頭をがしがしと掻いた。何かおかしいことを言っただろうかと会話を思い返してみるが、別に間違っているようには思えなかった。
ソフィはパンを一旦皿に置いて、視線を左下に向けた。唇の下を親指の爪で掻きながら考える。
「妾が思うに、リーゼは善き人物じゃから別に難しく考えなくてもよいと思うのじゃ。誠実であればよいのじゃ」
「子どものくせになんてことを言うのかしら……、あんた別に修行とか必要ないんじゃないの」
リディアが目頭を揉みながら呟いた。
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