名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
上 下
46 / 586
第四章 大切な人

魔王、金髪巨乳の天然人妻と友達になる

しおりを挟む







「と、いうか、何故わしが死んだことになっておるのじゃ」

 広場の噴水の縁に腰掛けて、アデルは少し離れた場所に座るジルに文句をつけた。
 アデルが生きていたと知り、ジルはアデルとソフィを店の外へと連れ出した。その大きな体を少し小さくしてアデルの顔をじっと見る。

「いやいやお前、こっちにも噂が届いてるぞ。お前のいた軍は全滅して、みんな死んじまったってよ」
「全滅というのは、必ずしも全員死んだという意味ではないぞ。そりゃまぁ、多くの者が死んでしまったがな」
「そ、そうか……」

 ジルは渋い表情でモジャモジャの髭を撫でた。

 アデルはジルから貰ったパンに齧り付いて、もぐもぐと咀嚼をする。

「うむ、うまい、いや、美味しいではないか。腕のほうは落ちてはおらんようじゃの」
「当たり前だろ、このパンで家族を養わなきゃならねぇんだからよ」
「しかし少し小さくなっておらんか? こっちのこれ、確かもうちょっと長かったような」
「いやいや、気のせいだろ」
「ふむ、では測ってくるか。もし基準より小さければおぬしは逆さ吊りの上、川へドボンじゃからな」
「おっとアデルくん、その心配には及ばないよ。僕はもちろんすべての基準を満たして、安心安全なパンを町の皆さんに提供しているからね!」

 ジルはグッと親指を立ててアデルに向かって微笑んだ。

「おお、なんと胡散臭い」

 アデルが首を振る。

 二人の会話を端っこに座って聞いていたソフィが、アデルの袖をくいっと引っ張った。
「のうアデルよ」
「おっと、そうじゃ。忘れておった、ソフィにもパンを渡さねばのう」
「違う、そうではない」
 ソフィはむっと表情を硬くして、アデルの袖をさらに強く引っ張った。

 ジルはそんな二人の様子を見て、丸い目を大きく開いた。
「ところでさっきから気になってたけどよ……、その子はなんだ?」
 ジルがそう尋ねたのと同時に、ソフィが噴水の縁から立ち上がる。
「妾はソフィ、アデルの嫁じゃ」
「ってこらソフィ!」
 アデルも立ち上がり、ソフィが余計なことを言わないようにソフィの肩を掴む。
「がっはっはっは! なんだアデル、お前もようやく嫁さん貰ったのかよ! こいつはいいや」
「いやいや、この子はわしの恩人で、戦で亡くなった上官の娘さんよ。頼る者のなくなったこの子を、上官の死の間際の頼みに従って預かることにしたのじゃ」

 その言葉を聞いて、ジルが真剣な面持ちで言う。

「おお、なんてことだ……、そうか……、その子の黒い服は喪服か。ソフィちゃんと言ったっけか?」
「う、うむ」

 大男にまっすぐ見つめられて、ソフィの表情が少し強張る。
 ジルは体を折って視線をソフィと合わせると、優しげに微笑んで言った。

「辛いことが色々あったみたいだな。親父さんが戦死して悲しいのは解る、行く当てもなくなったんだろう。でもな、ここらは平和だし、アデルもこんな馬鹿みたいなツラしてるがいい奴だ、きっと良い事がある」
「う、うむ」
「まぁアデルの嫁と名乗るくらいだから、この馬鹿がいくらか良い奴だってことは解ってるみたいだし、うん、いいじゃないか」

 ジルはうんうんと頷いてから、ゆっくりと背筋を伸ばす。
 背丈はアデルと殆ど同じくらいだったが、ジルの体格は横にも大きく、その腹は大きく膨らんでいた。体重はジルのほうが随分と重いに違いない。

 アデルはジルの横顔をじとっと睨みつけて言う。

「じゃから、嫁ではないと言っておるじゃろ」
「ああ? なに言ってんだお前。お前みたいな奴に嫁なんて来ねぇだろ、この子を貰っとけ」
「何を失礼な、自分が綺麗な嫁さん貰ったから調子に乗りおって」
「がっはっはっは、そう僻むな! 確かにうちの嫁さんは俺には勿体無いくらいの美人だし料理は美味いし優しいし、素晴らしいのは確かだがな! がっはっは!」
「一体どんな卑怯な手口を使ったのじゃ?」
「使ってねぇよ! 失礼な奴だな」
「いやいやあり得んじゃろ?! あんな良い人が何故こんな熊のような男なんぞと」
「がはは、決まってるだろ。俺のこの人柄とか、ほら、人柄とか色々とあるじゃねぇか」

 ジルが腕を組んで、大きな口を開いて笑う。そこへ、女性の声が投げかけられた。

「あなた」

 一人の女が、ジルの元へと駆け寄ってきて、ジルの腕に触れる。走ってきたのか、少し息切れしていた。
「おお、ユーリ、どうしたんだ?」
「あなた、あの、テオくんから、アデルさんが来たって、あっ……」

 ユーリと呼ばれた女性が、アデルの姿を見て自分の口元を覆った。驚いているのか、その両目は大きく開かれていた。
 長い金髪を首の後ろで束ねたエプロン姿の女性が、声を無くしてアデルの姿を凝視する。
 口元を両手で覆ったまま、その女性は信じられないものを見るかのようにアデルを見ていた。驚きの表情をしていても、その人が美人だということがソフィには一目で理解できた。
 エプロンでも隠し切れないほど豊かな胸が、浅い呼吸に合わせて上下している。

 少し息を整えて、ユーリが言った。

「……アデルさん、生きていらっしゃったんですね」
「おお、奥さん。久しぶりですのう、相変わらずこのクマ男にはもったいないほどの美人ですな」

 アデルは笑いながら片手を上げて挨拶をした。

「ほれソフィ、この人が、このクマ男の嫁さんでな。まったく、美女とケダモノという感じじゃろう」
「誰がケダモノだこの野郎!」
 ジルが叫ぶ。

 そんな夫を無視して、ユーリはアデルの前に進み出た。美しい顔を悲痛に歪め、ユーリは途切れ途切れに話し始める。

「あの、アデルさん、あなたには、本当に……、本当に、すみません」
「いや奥さん、わしにはなんのことだかサッパリ……」
「あなたが、あの日、赤髭王の祭りで……、わたしの夫が、いえ、夫に負けるように頼んだのはわたしです。本当に、すみませんでした」

 ユーリが口元を手を覆って謝罪をする。それを見ていたジルが慌てて口を開く。

「違う! あれは俺がやったことだ、ユーリは何も悪くない!」
「でもあなた、わたしが……」
「違う、絶対に違う。あの時、俺は誰に何を言われても、ああしてた」

 言い争う二人を見て、アデルが少し呆れたように頬を指先で掻いた。

「何を言っておるんじゃ二人とも、二人とも別に何も悪いことなどしておらんじゃろ。大体、ジルが本気であろうとわしが勝利しておったに決まっておる。こんな熊みたいな男にわしは負けたりせん」
「……アデルさん」
「なぁに、別になんてことはない。おかげさまでわしはソフィと出会えた、こちらこそ感謝したいくらいじゃ」

 アデルは白い歯を見せて目を細めた。ユーリは口元に置いた手をわずかに震わせて、一度ぎゅっと強く目を閉じた。
 しばらくしてからユーリが目を開けて、ソフィの姿を見下ろす。
 さっきから三人が何を言っているのか理解できず、ソフィはこの女性にどう対応すべきか悩んだ。
 ソフィが何かを言おうとした瞬間に、ユーリが微笑みを浮かべる。美人の微笑みに、ソフィは少しだけ胸がきゅんと温かくなった。
 記憶の中で霞んでしまった母親のことを思い出す。こうやって、儚げに微笑む人だったような気がする。

「あなた、ソフィちゃんっていうの?」
 腰を屈めたユーリが、ソフィに尋ねる。
「う、うむ……」
 隣で見ていたジルが言う。
「その子、アデルの嫁さんだってよ」
「まぁ、こんなに小さいのに、お嫁さんなのね」
 ユーリが少し嬉しそうに笑う。この人のことなんて何も知らないのに、その笑顔を見ただけでソフィはこの人は良い人に違いないと確信した。

「うむ、妾はアデルの嫁も同然」
「いやだから違うじゃろ……」
 アデルが呆れたように言う。ソフィはアデルの横顔を横目で睨んだ。
「今はそうかもしれんが、いずれ嫁になるのじゃ。大きくは間違っておらん」
「えええ? そうかのう」

 二人の様子を見ていたユーリが、嬉しそうに微笑みを浮かべたまま言った。
「仲良しなのね、よかった……。ソフィちゃん、アデルさんのこと、大事にしてあげてね」
「え? ああ、わかったのじゃ」
「本当? よかった! 嬉しいわ!」
 嬉しそうに笑うユーリを見て、ソフィは思わず頬が赤くなった。出会ってからほんの少ししか時間が経っていないのに、この人のことを好きになっていた。

「じゃあソフィちゃん、わたしとも友達になってくれる?」
「う、うむ……」
「よかった、じゃあ奥さん同士、仲良くしましょう。わたしはユーリっていうの」
「うむ」
 トントンと話が進む。ソフィは何かに気圧されて頷くことしか出来なかい。
 二人の様子を見ていたアデルが、片手を広げて言った。
「ちょっと待ったぁ!」
「なんじゃアデル、急に、やかましいではないか」
「いやいや、なんか奥さんが天然じゃからサラッと話が進んでおるが、奥さん、聞いてくれ、この子は嫁とかではなく、妹のようなものじゃ」

 必死な様子のアデルを見て、ユーリが小首を傾げる。

「いもうと?」
「そう、妹みたいなものよ、嫁とかではない」
 アデルは必死に否定しようとしている。それを見て、ソフィは溜息を吐いた。

「まぁ妾は、妹かつ嫁みたいなものじゃ、のう、おにいちゃん?」
「ソフィ?! なんか響きのヤバさが倍増しておるぞ?!」

 ソフィの言葉を聞いて、ユーリはジルの耳元で囁いた。
「あなた、どうしましょう? これって、何か危ない人のすることなんじゃ?」
「アデル、まさかそんな趣味があったとは……、おにいちゃんと呼ばせてるのか?」
「ちがあああああぁうう!!」

 アデルの叫びが広場中に響き渡った。








しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄様のためならば、手段を選んでいられません!

山下真響
ファンタジー
伯爵令嬢のティラミスは実兄で病弱の美青年カカオを愛している。「お兄様のお相手(男性)は私が探します。お兄様を幸せするのはこの私!」暴走する妹を止められる人は誰もいない。 ★魔力が出てきます。 ★よくある中世ヨーロッパ風の世界観で冒険者や魔物も出てきます。 ★BL要素はライトすぎるのでタグはつけていません。 ★いずれまともな恋愛も出てくる予定です。どうぞ気長にお待ちください。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...