名も無き農民と幼女魔王

寺田諒

文字の大きさ
上 下
430 / 586
第二部 第三章

爪切り

しおりを挟む


 夕食の準備が終わったところで、リディアはアデルのベッドの上に座り込んだ。ぎしっ、と小さく音が鳴る。それからリディアが隣をぽんぽんと叩いた。

 そこに座れという意味らしい。今はすることもないし、リディアと隣あってお喋りするのも悪くない。



 アデルはリディアの隣にゆっくりと腰掛けた。体重のせいでベッドがさらに大きな悲鳴をあげる。



「あのね、アデルが水場で足を洗ってる時に気になったんだけど」

「ん、なんじゃ?」

「足の爪が伸びすぎてるわ」

「ふむ……、そうじゃな」



 そういえばここ最近は足の爪を切っていなかったような気がする。そろそろ切り時かもしれないが、さすがに食事の前に切るのは憚られた。それに夜中に爪を切るのは危なっかしい。



「うむ、明日切るとしよう」

「ダメよ、気づいた時に切っとかないと。あたしが切ってあげるから。ねぇ、爪切り鋏はどこ?」

「いやいや、ちょっと待て。別にそんな急がんでもよかろう」

「そうやって伸ばし伸ばしにしてるから爪が伸び伸びしちゃうのよ、思い立ったらすぐやらなきゃ」



 どうしてそんなに乗り気なのだろう。これ以上反論しても、リディアが機嫌を悪くするだけのような気もしてしまう。夜の薄暗い中で爪を切るのはあまり好ましくないが、リディアがここまで言うのならやってしまったほうがいいかもしれない。

 深爪しないようにだけ気をつければいいだろう。



 アデルは立ち上がり、私物入れから爪切り鋏を取り出した。蝋燭を椅子の上に置いて、その隣の椅子に座り、ブントシューを脱ぐ。確かにリディアが言う通り、足の爪が結構伸びている。

 前の椅子に置いた蝋燭から光が届いているのを確認し、アデルは爪切り鋏を握った。



 爪切り鋏は刃の長さが小指の第一関節分くらいで、持ち手が手の平とちょうど合うように作られている。梃子の原理が働くので、爪のような硬い物でもそれほど力を入れずに切ることが出来た。

 じっと目を凝らしていると、リディアがベッドから立ち上がった。



「だから、あたしが切ってあげるって」

「へ?」

「ほら、こっちに座って」

「いやいや、待て。別に爪くらい自分で切れるし」

「いいからいいから、アデルの爪はあたしが切ってあげるの」



 どうしてこう強引なのかさっぱりわからない。男の爪など切ったところで何も面白くないだろうし、大体、人の足の爪など切りたがるものでもないはずだ。

 しかしリディアは自分がやると言っている。正直、リディアに任せるのは怖い。間違って足の指を切ったりしないだろうかと不安になってしまう。

 もちろんリディアが特別不器用だから任せたくないというわけではなく、人に爪を切らせるという行為自体に抵抗があった。





「いや、リディアにそのような仕事をさせるわけにはいかん。身綺麗にするのは自分の責任でやるべきであろう。わしも子どもではないし、自分でやらねば」

「普段から気をつけてたら爪もそんなに伸びないでしょ」

「ま、まぁそうかもしれんが」

「いいからこっちに来て座って」



 リディアがベッドがバシバシ叩いた。そんなに強く叩いたら食事の前に埃が立ってしまう。

 恐ろしいことこの上ないが、もはや抗えそうになかった。



 アデルは観念してリディアの隣に座った。するとリディアが立ち上がり、こちらの手から爪切り鋏を受け取る。一体どうするつもりなのかと思っていると、リディアが背を向けた。



「ほら、もうちょっと奥に座って」

「あ、ああ」



 これ以上抵抗しても無駄なのだろう。アデルはベッドの奥へ腰をずらした。するとリディアはこちらの両脚の間に座り込んだ。



「は?」



 疑問をよそに、リディアが腰をずらしながらこちらの股の間へとぐいぐい腰を押し付けてきた。それから、こちらの両足を持ち上げ、リディアの腿の上に置く。

 まるで両脚でリディアの胴体を挟んでいるような格好になった。



「リディア、ちょっと待った」

「あっ、動かないでよ。危ないじゃない」

「いや危ないとかでなく、なんじゃこの格好は」

「こうすれば切った爪がエプロンに落ちるでしょ。後でまとめて捨てられるじゃない」

「いや……」

「ほら、もうごちゃごちゃ言わないの」

「ぬ……」



 リディアはまったく気にしていないようだが、この体勢は少々辛い。自分の足が腰より上にあるし、何よりも両脚の間にリディアがいる。リディアは背中をこちらに預けてきた。三つ編みに編んだ髪が眼前に迫ってきて、アデルは首を横にずらした。

 自分の足をリディアの肩越しに覗き込もうとしたが、今ひとつはっきりと見えない。



 両脚を思い切り開いた状態で、その間にリディアのような美女を挟み込んでいる。しかもリディアは背中をこちらに預けてきて、これからまさに男の足の爪なんぞを切ろうとしていた。



 考えれば考えるほど、よく分からない状況だと思えた。

 リディアがこちらの足に指を当てた。そのくすぐったさについ肩が跳ねてしまう。



「それじゃ爪切るから、動いちゃダメよ」



 そう言ってからリディアはアデルの足を引き寄せた。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生幼女ですが、追放されたので魔王になります。(ノベル版)

アキ・スマイリー
ファンタジー
アラサー女子の三石悠乃(みついし ゆうの)は、目覚めると幼女になっていた。右も左もわからぬ異世界。モフモフな狼エルデガインに拾われ、冒険者となる。 だが、保護者であるエルデガインがかつての「魔王」である事を、周囲に知られてしまう。 町を追放され、行き場を失ったユウノだったが、エルデガインと本当の親子以上の関係となり、彼に守られながら僻地の森に居場所を探す。 そこには、エルデガインが魔王だった時の居城があった。すっかり寂れてしまった城だったが、精霊やモンスターに愛されるユウノの体質のお陰で、大勢の協力者が集う事に。 一方、エルデガインが去った後の町にはモンスターの大群がやってくるようになる。実はエルデガインが町付近にいる事で、彼を恐れたモンスター達は町に近づかなかったのだ。 守護者を失った町は、急速に崩壊の一都を辿る。 ※この作品にはコミック版もあり、そちらで使用した絵を挿絵や人物紹介に使用しています。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。

けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。 日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。 あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの? ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。 感想などお待ちしております。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

処理中です...