三月の恋は涙とともに

サドラ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

三月の恋は涙とともに

しおりを挟む
三月には恋をしない。それが僕の信条だ。なぜなら、大人になれば関係ないが、三月に恋をしてしまうと、相手と次の年度に別のクラスになってしまうことがあるからだ。それは寂しい。というか悔いが残る。これが卒業前だったら尚更辛いだろう。だから僕は三月には恋をしないと決めたのだ。
「まあそんなこと言っても、どうせ来年には忘れてるけどな」
そう思いながら、僕こと小鳥遊悠真(たかなしゆうま)は教室に入った。三月に入ってからは、女子たちとも、少し距離を置くようにしていた。特に恋愛感情を持っているわけでもないから、一緒にいる時間を減らすだけでいいのだが。それにしても……
(今日は一段と寒いなぁ)
僕は窓の外を見ながら思った。春とは思えないほどに気温が低く、風が強い。まるで嵐でも来るんじゃないかと思うくらいだ。そのせいで、昨日まで咲いていた桜の花びらも散ってしまった。
するとその時、ふいに肩を叩かれた。振り向くとそこには、クラスメイトの男子生徒がいた。
「おっす、悠真! 今年も同じクラスになったぜ!」
彼は爽やかな笑顔で言う。名前は渡瀬雄介(わたせゆうすけ)。背が高くてイケメンであり、バスケ部に所属している。去年から同じクラスで仲が良く、こうして話すことも多い。
ちなみに彼もまた、三月になってから他の女の子と一緒にいないことが多い。僕と同じ考えなのか?
「おはよう、雄介」
「おうよ。ところでさ……今日の放課後空いてる?」
「えっ? 別に用事はないけど」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれないか? 話したいこともあるし」
雄介はそう言ってウィンクした。まさか……告白じゃないよね!? 一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静になる。
「分かった。どこに行くんだ?」
「君に会いたいって子がいるんだ。体育館の裏だよ。」「会いたい……?」
一体誰のことだろうか。僕には心当たりがない。
「それじゃあ後でねー」
雄介は手を振って自分の席に戻っていく。
「…」なんだろう、この違和感。何か引っかかる気がする。だけど、結局答えが出ないままホームルームが始まった。
四時限目の授業が終わった直後、僕は雄介に声をかけられた。
「悠真、ちょっと来てくれ」
「ああ、分かった」彼に連れられるまま廊下に出ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。彼女は僕を見てニッコリ微笑む。長い黒髪がよく似合う美少女だ。彼女のことは知っている。隣のクラスの東雲絵里(しののめえり)さんだ。東雲さんとは時々話すことがあり、それなりに仲良くなっている。といっても、友達と呼べるような関係ではないけど。
「こんにちは、小鳥遊くん」
「どうも……それで何ですか?」
「あのね、私と二人でお話しして欲しいの。屋上に来てくれるかな?」
「えっ? どうして?」
「それは来てからのお楽しみ♪」
「はぁ……分かりました」
東雲さんの頼みなら仕方ない。僕は彼女についていき、屋上へとやってきた。扉を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。もうすっかり春のはずなのに、今日は寒すぎる。
「うぅ~寒いですねぇ……」
隣にいる東雲さんが体を震わせる。こんなところに呼び出して何をするつもりなんだ?
「とりあえず座りましょうか」彼女がベンチに座って言う。
「そうですね」
僕も彼女に促されるままに腰掛けた。二人きりの状況になると、東雲さんは急に真剣な表情を浮かべた。そして僕の方を向いて口を開く。
「ねえ、小鳥遊くん。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい」
「あなたって……誰か好きな人っているの?」…………ん? どういうことだ? なぜそんなことを訊かれるのか分からない。
「いえ、特にそういう人はいませんけど」
「そうなの!?良かったぁ!」
すると、なぜか東雲さんはとても嬉しそうな顔を見せた。本当によく分からなくて戸惑ってしまう。
「えっと、良かったというのは?」
「実はね、今日は小鳥遊くんにお願いがあるの。そのためにここに呼んだのよ」「お願いですか。どんな内容でしょうか?」
「うん。実はね——」
すると、彼女は頬を赤く染めながら言った。
「私と恋人になって欲しいの!」……はい? 一瞬、耳を疑った。今なんて言いました?
それを理解したとき、自分の信条を思い出した。『三月には恋をしない』というものだ。だが、目の前の光景を見ていると、どうにも信じられなかった。
「あの、すみません。もう一度言ってもらってもいいですか?」
「えぇ~! ちゃんと言ったのにぃ!」東雲さんの顔がさらに赤くなる。しかし、彼女は再び口を開いた。今度はしっかりと聞こえてくる。
「わ、私はあなたのことが好きなの! だから、私の彼氏になってください!」
その瞬間、時間が止まったように感じた。今まで生きてきた中で一番驚いたかもしれない。
それからしばらく経った後で、僕はようやく言葉を発することができた。
「ぼ、僕なんかを好きになる理由を教えてください」
「理由はね、去年の体育祭のときからずっと気になっていたの。真面目だし、頭も良いし、スポーツ万能だし、それに優しいし。そんなところに惹かれていったの。あとは笑顔が好きかな。すごく素敵だと思う」
笑顔という言葉を聞いて、思わずドキッとする。確かに最近、笑顔を見せることが多くなったと思う。でも、それは僕にとって当たり前のことで、特別変わったことじゃないはずだ。でも、彼女は笑顔が好きだと。
「そ、そうですか」
動揺しているせいなのか、声が震えてしまう。
「ダメ……かな?」
東雲さんは上目遣いで言う。正直ってかわいい。そんなこと言われたら断れるわけがないじゃないか。で、でも…三月に恋することは…そのとき、僕はふと気づく。東雲さんが悲しげな顔をしていることに。告白してきたときから一度も笑っていないことに。それを見た途端、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
この子は本心で言っているんだ。それが分かる。だったら、ここで断るのは違う気がする。僕は小さく息を吐く。
「……分かりました」
「えっ?」
「僕で良ければ付き合います。よろしくお願いします」
「ほ、ほんとう!?」
「はい」
「やったぁ!ありがとう、小鳥遊くんっ!」
そう言うなり、東雲さんは勢い良く抱きついてきた。突然の出来事だったので、僕はバランスを崩して倒れそうになる。何とか体勢を立て直す。
「ちょっ……いきなり何をするんですか!?」「ごめんねっ! 嬉しくてつい。あっ、そういえばまだ返事をしてなかったね。こちらこそ、これからよろしくね!」
「は、はい」
東雲さんは満面の笑みを浮かべる。彼女の笑顔を見ると、自分の信条なんてどうでもよいとさえ感じていた。こうして、僕は東雲絵里さんと付き合うことになった。
「じゃあ、また明日ね!」
「はい、さようなら」
東雲さんは手を振って教室から出ていった。彼女とは昇降口の前で別れたのだ。
そして、三月末。ついに卒業式を迎えてしまった。一年前は欠席したから、今回が初めての卒業式だ。まあ、別に卒業すること自体は喜ばしいことだと思っているけど。
体育館には大勢の生徒が集まっている。在校生や卒業生の家族、先生方などだ。…やっぱり付き合い始めてすぐ卒業っていうのがなぁ…寂しい。
校長の挨拶が終わると、次は来賓の方々のスピーチが始まった。そして、その中に見知った顔を見つける。東雲さんのお父さんだ。確か、仕事の都合で海外にいるという話だったが、まさか今日帰国していたとは。
「えー、皆さん、お久しぶりです。そして、おめでとうございます」
東雲さんのお父さんは壇上で微笑む。生徒たちが拍手をする中、彼は話し始めた。
「実は今日帰国したばかりですので、お祝いの言葉しか言えませんが、皆様の未来に幸多からんことを祈っております。では、失礼いたします」
そう言って、彼は壇上から降りていく。相変わらず礼儀正しい人だ。
その後は証書授与式があり、校歌斉唱が行われた。それから、クラスごとに写真撮影を行い、終了となる。
「小鳥遊くん、これでしばらく会えなくなるけど、私のこと忘れないでよね!」
「もちろんですよ。絵里も僕のことを忘れないようにね」
「うん。絶対に忘れたりしないよ。だって……」
そこで彼女は言葉を止める。不思議に思って首を傾げていると、彼女が口を開いた。
「だって、私の彼氏じゃん。」
目頭が熱くなった。三月の恋は涙とともに、だな。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私達のお正月

詩織
恋愛
出会いは元旦だった。 初詣に友達といってる時、貴方に出会った。 そして、私は貴方に恋をした

お見合いすることになりました

詩織
恋愛
34歳で独身!親戚、周りが心配しはじめて、お見合いの話がくる。 既に結婚を諦めてた理沙。 どうせ、いい人でないんでしょ?

フラれた女

詩織
恋愛
別の部のしかもモテまくりの男に告白を… 勿論相手にされず…

行かないで

サドラ
恋愛
卒業式の日。大好きな人に告白しようとする「私」は成功させることができるのか?

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

あやまち

詩織
恋愛
恋人と別れて1年。 今は恋もしたいとは特に思わず、日々仕事を何となくしている。 そんな私にとんでもない、あやまちを

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...