三月の恋は涙とともに

サドラ

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三月の恋は涙とともに

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三月には恋をしない。それが僕の信条だ。なぜなら、大人になれば関係ないが、三月に恋をしてしまうと、相手と次の年度に別のクラスになってしまうことがあるからだ。それは寂しい。というか悔いが残る。これが卒業前だったら尚更辛いだろう。だから僕は三月には恋をしないと決めたのだ。
「まあそんなこと言っても、どうせ来年には忘れてるけどな」
そう思いながら、僕こと小鳥遊悠真(たかなしゆうま)は教室に入った。三月に入ってからは、女子たちとも、少し距離を置くようにしていた。特に恋愛感情を持っているわけでもないから、一緒にいる時間を減らすだけでいいのだが。それにしても……
(今日は一段と寒いなぁ)
僕は窓の外を見ながら思った。春とは思えないほどに気温が低く、風が強い。まるで嵐でも来るんじゃないかと思うくらいだ。そのせいで、昨日まで咲いていた桜の花びらも散ってしまった。
するとその時、ふいに肩を叩かれた。振り向くとそこには、クラスメイトの男子生徒がいた。
「おっす、悠真! 今年も同じクラスになったぜ!」
彼は爽やかな笑顔で言う。名前は渡瀬雄介(わたせゆうすけ)。背が高くてイケメンであり、バスケ部に所属している。去年から同じクラスで仲が良く、こうして話すことも多い。
ちなみに彼もまた、三月になってから他の女の子と一緒にいないことが多い。僕と同じ考えなのか?
「おはよう、雄介」
「おうよ。ところでさ……今日の放課後空いてる?」
「えっ? 別に用事はないけど」
「じゃあさ、ちょっと付き合ってくれないか? 話したいこともあるし」
雄介はそう言ってウィンクした。まさか……告白じゃないよね!? 一瞬ドキッとしたが、すぐに冷静になる。
「分かった。どこに行くんだ?」
「君に会いたいって子がいるんだ。体育館の裏だよ。」「会いたい……?」
一体誰のことだろうか。僕には心当たりがない。
「それじゃあ後でねー」
雄介は手を振って自分の席に戻っていく。
「…」なんだろう、この違和感。何か引っかかる気がする。だけど、結局答えが出ないままホームルームが始まった。
四時限目の授業が終わった直後、僕は雄介に声をかけられた。
「悠真、ちょっと来てくれ」
「ああ、分かった」彼に連れられるまま廊下に出ると、そこには一人の女子生徒が立っていた。彼女は僕を見てニッコリ微笑む。長い黒髪がよく似合う美少女だ。彼女のことは知っている。隣のクラスの東雲絵里(しののめえり)さんだ。東雲さんとは時々話すことがあり、それなりに仲良くなっている。といっても、友達と呼べるような関係ではないけど。
「こんにちは、小鳥遊くん」
「どうも……それで何ですか?」
「あのね、私と二人でお話しして欲しいの。屋上に来てくれるかな?」
「えっ? どうして?」
「それは来てからのお楽しみ♪」
「はぁ……分かりました」
東雲さんの頼みなら仕方ない。僕は彼女についていき、屋上へとやってきた。扉を開けると、冷たい空気が流れ込んでくる。もうすっかり春のはずなのに、今日は寒すぎる。
「うぅ~寒いですねぇ……」
隣にいる東雲さんが体を震わせる。こんなところに呼び出して何をするつもりなんだ?
「とりあえず座りましょうか」彼女がベンチに座って言う。
「そうですね」
僕も彼女に促されるままに腰掛けた。二人きりの状況になると、東雲さんは急に真剣な表情を浮かべた。そして僕の方を向いて口を開く。
「ねえ、小鳥遊くん。一つ聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「はい」
「あなたって……誰か好きな人っているの?」…………ん? どういうことだ? なぜそんなことを訊かれるのか分からない。
「いえ、特にそういう人はいませんけど」
「そうなの!?良かったぁ!」
すると、なぜか東雲さんはとても嬉しそうな顔を見せた。本当によく分からなくて戸惑ってしまう。
「えっと、良かったというのは?」
「実はね、今日は小鳥遊くんにお願いがあるの。そのためにここに呼んだのよ」「お願いですか。どんな内容でしょうか?」
「うん。実はね——」
すると、彼女は頬を赤く染めながら言った。
「私と恋人になって欲しいの!」……はい? 一瞬、耳を疑った。今なんて言いました?
それを理解したとき、自分の信条を思い出した。『三月には恋をしない』というものだ。だが、目の前の光景を見ていると、どうにも信じられなかった。
「あの、すみません。もう一度言ってもらってもいいですか?」
「えぇ~! ちゃんと言ったのにぃ!」東雲さんの顔がさらに赤くなる。しかし、彼女は再び口を開いた。今度はしっかりと聞こえてくる。
「わ、私はあなたのことが好きなの! だから、私の彼氏になってください!」
その瞬間、時間が止まったように感じた。今まで生きてきた中で一番驚いたかもしれない。
それからしばらく経った後で、僕はようやく言葉を発することができた。
「ぼ、僕なんかを好きになる理由を教えてください」
「理由はね、去年の体育祭のときからずっと気になっていたの。真面目だし、頭も良いし、スポーツ万能だし、それに優しいし。そんなところに惹かれていったの。あとは笑顔が好きかな。すごく素敵だと思う」
笑顔という言葉を聞いて、思わずドキッとする。確かに最近、笑顔を見せることが多くなったと思う。でも、それは僕にとって当たり前のことで、特別変わったことじゃないはずだ。でも、彼女は笑顔が好きだと。
「そ、そうですか」
動揺しているせいなのか、声が震えてしまう。
「ダメ……かな?」
東雲さんは上目遣いで言う。正直ってかわいい。そんなこと言われたら断れるわけがないじゃないか。で、でも…三月に恋することは…そのとき、僕はふと気づく。東雲さんが悲しげな顔をしていることに。告白してきたときから一度も笑っていないことに。それを見た途端、胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
この子は本心で言っているんだ。それが分かる。だったら、ここで断るのは違う気がする。僕は小さく息を吐く。
「……分かりました」
「えっ?」
「僕で良ければ付き合います。よろしくお願いします」
「ほ、ほんとう!?」
「はい」
「やったぁ!ありがとう、小鳥遊くんっ!」
そう言うなり、東雲さんは勢い良く抱きついてきた。突然の出来事だったので、僕はバランスを崩して倒れそうになる。何とか体勢を立て直す。
「ちょっ……いきなり何をするんですか!?」「ごめんねっ! 嬉しくてつい。あっ、そういえばまだ返事をしてなかったね。こちらこそ、これからよろしくね!」
「は、はい」
東雲さんは満面の笑みを浮かべる。彼女の笑顔を見ると、自分の信条なんてどうでもよいとさえ感じていた。こうして、僕は東雲絵里さんと付き合うことになった。
「じゃあ、また明日ね!」
「はい、さようなら」
東雲さんは手を振って教室から出ていった。彼女とは昇降口の前で別れたのだ。
そして、三月末。ついに卒業式を迎えてしまった。一年前は欠席したから、今回が初めての卒業式だ。まあ、別に卒業すること自体は喜ばしいことだと思っているけど。
体育館には大勢の生徒が集まっている。在校生や卒業生の家族、先生方などだ。…やっぱり付き合い始めてすぐ卒業っていうのがなぁ…寂しい。
校長の挨拶が終わると、次は来賓の方々のスピーチが始まった。そして、その中に見知った顔を見つける。東雲さんのお父さんだ。確か、仕事の都合で海外にいるという話だったが、まさか今日帰国していたとは。
「えー、皆さん、お久しぶりです。そして、おめでとうございます」
東雲さんのお父さんは壇上で微笑む。生徒たちが拍手をする中、彼は話し始めた。
「実は今日帰国したばかりですので、お祝いの言葉しか言えませんが、皆様の未来に幸多からんことを祈っております。では、失礼いたします」
そう言って、彼は壇上から降りていく。相変わらず礼儀正しい人だ。
その後は証書授与式があり、校歌斉唱が行われた。それから、クラスごとに写真撮影を行い、終了となる。
「小鳥遊くん、これでしばらく会えなくなるけど、私のこと忘れないでよね!」
「もちろんですよ。絵里も僕のことを忘れないようにね」
「うん。絶対に忘れたりしないよ。だって……」
そこで彼女は言葉を止める。不思議に思って首を傾げていると、彼女が口を開いた。
「だって、私の彼氏じゃん。」
目頭が熱くなった。三月の恋は涙とともに、だな。
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