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一章
さよならを告げられても笑顔で
しおりを挟む「ここだよ」
そう言って扉を開けると、懐かしい光景があった。
小さな窓が一つある薄暗い部屋、掃除がされていないのか埃っぽい臭いがする。
「荷物って言っても、大したものないんだけどね」
あの日、家を出た日に持ってた財布や携帯はどこかに落としてしまった。
そばにあったリュックに、服を何着か入れ、引き出しの中に入れていた、母の写真を取り出した。
母の写真を持ち出すことはできないから、携帯で写真を撮って現像した一枚。画質は良くないけど、母の笑顔が映るそれを、リュックのポッケに入れた。
リュックにはまだ空きがあるけど、本当に荷物が少なくて。まだ軽いリュックのチャックを閉めて背負う。
扉の前に立つサンに「お待たせ」と言って振り向くと、驚いた顔をして俺を見ていた。
「どうしたの?」
「ここが、トワの部屋?」
「…そうだよ」
「なんだよここ、物置部屋じゃんか」
「…うん。ここが、俺の部屋。俺に与えられた唯一の居場所」
布団が一つ敷けるだけの床。天井は低く中腰にならないといけない。壁には棚があって、イルミネーションや桜の飾りなど、季節を彩る飾りが纏められている。
比喩じゃなくて、本当にここは物置部屋なんだ。でも、俺はこの家でここが一番好き。ここは離れた位置にあるから泣いても叫んでも、俺の声は誰にも届かない。だから、大きな声で泣ける。
使用人がノックをしたらそれが合図だ、義母が呼んでる。俺の部屋と違って、広く大きなベットに案内されると、そこからは、地獄だった。気持ち悪いのに、ベットの横で焚かれる香油に頭はふわふわと揺れ、自我を保てなくなる。
あの柔らかい肌も細い体も俺にとって恐怖の対象で…。
「…ワ、……トワ!!!」
両頬を包まれて、俺の意識が浮上する。視線いっぱいにサンの顔があって、その瞳に表情のない俺が写っていた。
「あ、ごめん…」
「トワが謝るのことない」
お前は何も悪くないだろ、とサンが頭を撫でる。
最近、甘やかされてばっかりだ。
でも…俺にそんな価値あるのかな。
どうしてこんなに良くしてくれるの?って聞いたら、チカが気に入ってるからって、ダイは言ってた。じゃあ、チカが俺に飽きたらこの幸せは終わりってこと…?。
悲しくなるけど、有難い気持ちの方が大きい。俺をこの家から解放してくれた3人に、嫌われないように、迷惑かけないように気をつけよう…。
さよならを告げられても、笑ってありがとうって言えるように。縋らないように、自分の立場は勘違いしないように……。
「……また余計なこと考えてるよね?」
サンが疑わしい目を向けてくる。
それに、「そんなことないよ」と笑顔を返す。サンの目は変わることなく。終いにはため息をつかれた。
「まぁ、それは追々。チカの役割かな」
サンは何かボソリと言って、早く出よう、と俺の腕を掴んだ。
「チカがこっちに向かってるって。荷物それだけでいい?」
「うん、大丈夫」
「必要なものはまた後で買えばいいよ。てか、チカにここの場所伝えるの面倒だから、玄関集合ね」
チカに伝えて、と投げ渡された携帯を見ると通信中だった。慌てて耳元に当てると丁度繋がったようで、「今どこ」といつもより低めのチカの声が耳に入る。
「チカ…」
「……トーワ?大丈夫か?」
「うん、大丈夫。荷物まとめたよ」
「そうか、すぐそっち行くから。どこ?場所教えて」
「んや、もう玄関に向かってるから、玄関に集合だって、サンが…」
「……あぁ、分かった。…トーワ、もう大丈夫だから。これからは俺らと一緒に色んなことしような」
優しく温かな声に、涙の幕が張る。
「…ん、ありがとう」
涙声になってしまった俺にチカが、転けんなよ、と笑った。俺もそれに、転けないよ、と笑って通話が切れた。
携帯をサンに手渡して、とうとう俺の頬に涙が伝う。
「…、サンも…ありが…とう…」
「どういたしまして」とサンも笑った。
この幸せに期限があるとしても、別にいい。
気まぐれだとしても、施しだとしても、その優しさに触れられた俺は幸せ者だと思うから。
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