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帰国編

終局

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「アネット様、エミール・クロー様の使者を名乗る者が来ていますが、如何致しましょう?」

「お通しして」

 警備の者に付き添われて、執務室の中に入って来た男に見覚えがある。

「お久しぶりです、アネット様」

「久しぶりと言うほど前でもないわね。3カ月ぐらいになるかしら?フランソワ」

 目の前いるのは衣装こそ改めたもののコンツ男爵の傭兵団で一兵卒だったフランソワ。ミシェル様を排除したわけではないが、結果的には彼が言ったように私が女公となった。


「それで今日はどのようなお話でしょう?」

「お人払いをお願いします」

「いけません。エミール・クローはミシェル様に免職にされて以来公爵家に恨みを持っています。クローの使者と二人きりになれば、何をするか分かりません」

「武器は持っていないのですね」

 私は警護の者に尋ねた。

「無論です」

「なら良いでしょう。私はこの通り武装していますから」

 椅子から立ち上がった私の右手が腰のショートソードに伸びるのを見て、フランソワさんのほほがピクっとなった。

 おミシェル様が亡くなって、アンジュ公爵家の継承を宣言して以来私はずっと男装で過ごしている。シャルル王は私のアンジュ公爵家の継承を認めずアンジュ本領を接収したとの知らせが来た。この前の敗戦で、公爵家の騎士団は壊滅し、もはや公爵家は風前の灯。

「ドミニク・ドレを排除して下さい、アネット様。彼はミシェル様の腰巾着です」

「エミール・クローはドミニク・ドレの代わりに公爵家の家宰に復帰したいと言うの?公爵家自体が滅亡寸前だと言うのに内紛をしてる場合ではないでしょう?」

「王は姪であるアネット様を蔑ろにする気はありません」

「でもアンジュ本領を接収したわ」

「王はアネット様をルイ皇太子の妃にと言われてるとの事です。アネット様であればいずれ王妃として王国を実質的に差配する事も可能でしょう」

「エミール・クローはアンジュ公爵家を捨てて、王家に寝返ったという事かしら?」

「いえ、エミール・クローはアネット様の家臣として、王族としての義務に従われるようお願い申し上げるとの事です」

「王はアラスを支配下においてアンジュ公爵家を慕う民を追放したと聞いたわ。私は民を守ります」

「そう言われてもアンジュ公爵家にはもはや騎士団も残ってはおりません。王軍に対抗することは不可能では?」

 そう言われると辛い。滅亡寸前の公爵家のために徴兵するのは民を苦しめるだけ。皇帝家からはまだ何の返事もない。

 私はため息をつくと、口調を変えた。

「エミール・クローの使いとしてではなく、フランソワさん自身としてはどう思われます?」

「私個人の意見など聞いてどうされるのですか?」

「あなたは前会った時、民のために王家と和解しろと言ったでしょう?」

「それは……そうです」

「でも王は自分に従わない民を追放した。この場合どうすべきだと思われます?」

「アネット様はご自分の事をもっとお考えになれば良いと思います。ミシェル様は……あなたのお父様のエリック様を殺したのですよ。私はエリック様の警護でしたから知っております」

 私のお父様はミシェル様なの、フランシスさん。エリック様は母と私を殺そうとしたんだよ。

「だからミシェル様が家宰にしたドミニク・ドレを排除してエミール・クローを家宰、いえ王の代官として受け入れろと?」

「ええ」

「ねえ、フランシスさん。敗戦の知らせを聞いた時、私はイサベル様と夏の離宮にいたわ。ミシェル様が亡くなられたかも知れなかったから、私はアンジュ公爵家の旗を持って、アンジュ公爵家の紋章のついたシュールコーを着てここまで行進したの。民にアンジュ公爵家の後継者が健在だって知らせるために」

「いつの間にか私の後に多くの民が付いて来たわ。モンスの街の中に入ると周りの建物から皆が公爵家の旗を見てた。館の前の広場は民で一杯。みんなの前で私の帰還を知らせると民は歓喜したのよ。私は民を見捨てない、いえ見捨てられない」

「王に伝えて。アンジュ公爵家は王家との和解を望みますと」

「分かりました。そのように伝えます」

 フランシスさんが帰って数日後、公爵領の各地に王に従うよう使いが出されてるとの知らせが来た。王軍が公爵領に迫っているとの知らせも。

 王は私の都合の良い申し出を無視するようだ。あるいはエミール・クローは王にそのような事を伝える事が出来なかったのかも。

 血統だけで公爵家をついではみたものの、一兵卒としての能力しかない私には、戦争を指揮するのも、領地を治めるのも無理だった。文官出身のドミニク・ドレも徴兵の事務は出来ても戦争指揮は出来そうにない。

 王軍が公爵領に入ったとの知らせが届いたその日。

「アネット様、数名の騎士を連れた男が正面の入口に来てるとの事です。何でも帝国のファルツ伯爵を名乗られてます」

「私室にいるアメリに確認をさせて下さい。アメリが確認したらこちらにお通しして下さい。くれぐれも丁重に」

 執務室に入って来たランベルトは鎧を着ていた。彼の鎧姿は初めてだ。

「お久しぶりです。公爵閣下」

「今日は皇帝陛下の使いとしてお越しですか?ランベルト様」

「いえ、陛下の許可は受けておりますが」

「許可?何の許可でしょう?」
 
「勿論わたしが、アンジュ公爵領を訪れる許可ですよ」

「それでは帝国と即時に同盟締結したいと言う私の申し出を皇帝陛下は却下されたと言う事ですか?」

 まあ確かに壊滅的な敗戦の後で同盟締結を申し入れるのはまずかったかも。帝国と同盟が結べないならもう王家に降伏する以外に手はないわ。

「それをこれから交渉しようと言うのです」

「そうですか。帝国側の条件は何でしょう?」

「以前と変わりません。あなたに皇帝家のものと結婚していただきたいと言う事です」

「分かりました。で、お相手はヨハン様ですか?それともハンス様でしょうか?」

「いえ、もしあなたの了解が頂けるなら、皇帝家としては陛下と愛妾との間の非嫡出子と婚姻していただきたい。皇帝家の継承権はありませんがよろしいですか?」

「ランベルト、あなた何を言っているのです。それではまるであなたがまた私に求婚しているようではありませんか」

「全くその通り。ヨハン兄やハンス兄を差し置いて、私が君に求婚する許可を皇帝陛下に頂いたよ」

「でも、アンジュ公爵家の騎士団は壊滅し、王軍はモンスを目指して侵攻してるのですよ。もし今ここであなたが私と結婚しても、アンジュ公爵家と共に滅ぶだけですよ」

「その事について君に謝らないといけない事がある」

「謝ってもらうような事は思いつきませんが」

「その、君の8万グルデンだが」

 そう言えばそんなのあったよね。

「8万グルデンがどうしたのです?」

「使ってしまった」

「何に?」

「つまり、8万グルデンを戦費として兵をかき集めたんだ。今モンスの郊外の軍の集積地にいる。ほら君が元々行くはずだったと言う所だよ」

「君の金を勝手に使ってしまったのだけど、君のためだから良いだろう?駄目か?」

 私はランベルトに抱きついた。
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