家畜少女と盲愛魔王

襟川竜

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HISTOIRE.13

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「ルーカス、お帰りなさい!コルトンさん、お久しぶりです!」
「…ただいま戻りました」
「…お久しぶりです」
 ニコニコと笑みを浮かべるデュグディドゥさんとは対照的な二人の返事だが、まあ気にしていないようなのでわたしもあえて何も言いはすまい。
 契約の同意を済ませた後は会場に戻ってくる者もいるが、大抵はそのまま本契約へと進むため別室へと移動する。ルーカス達のようにすぐに席に戻ってくるのは珍しい。今回の場合は召喚されたルー・ガルー魔王デュグディドゥさんと知り合いだった事もあり、本契約前にあいさつに立ち寄ったのだろう。
「つかぬ事をお聞きしますが、なぜ貴方様がここにいらっしゃるのでしょうか?」
「やだなぁ、そんなにかしこまらないでよ。私達友達じゃないか」
 友達という単語にルー・ガルーが頬を引きつらせたのは言うまでもない。
「一応魔王と下っ端獣人ですからね、礼儀はわきまえておきませんと」
「そういうもの?」
「そういうものですが、どうしてもと仰るのならば…」
「じゃあどうしてもで。コルトンさんが敬語ってすっっっっっごく変だし」
「……こほん、では失礼して。なんでお前が人間界ここに居る。まさか魔王のくせに召喚されたとか言わないだろうな」
「実はそうなんだ。ここにいるシャトーがご主人様だよ」
 じゃじゃーんという効果音が聞こえた気がする。
 ルー・ガルーは何か言いたげに口を開閉したあと、ため息交じりに「魔王の自覚マジでないな…」と呟いた。
「それでね、こっちがシャトーの友達のケインで、もう一人あそこにいるのがアンリだよ」
 そういってデュグディドゥさんは会場を指す。そう、ちょうど今からアンリエッタの番なのだ。
「あの布陣…召喚対象は吸血鬼ヴァンパイアか?」
「布陣だけでわかるなんてすごい!」
「そりゃま、あの並びは有名だからな」
「ケインが言うには、召喚対象はシャルル=ド=モンランシー様らしいよ」
「はぁ?あの伯爵様?さすがに契約は難しいだろ…」
 召喚対象が吸血公爵と呼ばれる魔人だと知り興味が湧いたようだ。
 シャルル=ド=モンランシー。伯爵という階級でありながら人間界と魔界に多大なる貢献をしたとして近年公爵の位を賜ったという有能な魔人。吸血鬼という種族でありながら日中でも行動ができ、十字架や神聖術も大した影響を受けないと言われている。その麗しき容姿に心を奪われ彼のとりこになった令嬢も多いとか。
「ルーカス、ヒザ貸せ」
「どうぞ」
 そういうとルー・ガルーはパチンと指を鳴らす。するとぼふんという音とともに少量の煙が発生し、あとにはまるで狼のぬいぐるみのような、可愛らしい姿のルー・ガルーがいた。彼はそのままぽすんとルーカスの膝に座る。
「コ、コルトンさんが、お人形さんに!?」
「誰が愛玩人形だ。契約すりゃ誰だって人間界で活動しやすくなるために仮の姿ってやつを手に入れるんだよ」
「そうなんだ…知らなかった…」
「そんなことよりも、そろそろ来るみたいだぞ」
 その言葉に会場へと視線を戻す。いつの間にやら呪文は唱え終わっており、空間の裂け目から美青年が現れる。この国では珍しい黒く艶やかな髪、宝石のような真紅の瞳。透き通るような白い肌。女生徒だけでなく男生徒ですら息をのむ美しさ。彫刻のような完成された美。
 美しいとは彼のためにある言葉なのではないかとすら思えてくる。
「あの…」
「……」
 アンリエッタが言葉を発するよりも早く麗しの吸血公爵様は小さなため息をついた。憂いたその表情に女生徒たちが黄色い声を上げる。心を撃ち抜かれて倒れた者も半数ほどいるようだ。
 当の本人はアンリエッタにさっさと背を向けて仮契約の書類にサインを済ませて出て行ってしまった。それを見てアンリエッタが慌てて道具類を片付けて後を追う。
「…へ?終わり?」
「噂通りいけ好かない野郎だぜ」
 ぽかんとするデュグディドゥさんに腕を組みながらルー・ガルーが言う。
「あれ、たぶん怒ってるんだと思う。シャルってさ、実はアンリのおばあ様の元使い魔なんだよ。おばあ様が亡くなって契約解消されてるんだけど、その時に『ちゃんと自分に合う使い魔を見つけなさい』ってアンリは言われててさ。でもその、シャルはさ、アンリのいわゆる初恋の人でさ。言いたいこと、わかる?」
「初対面の俺でもよくわかったよ」
 よくわかっていないのはデュグディドゥさんだけのようなので、ここから先は当人達が話してくれるまでこちらから聞く必要はないだろう。
 モンランシー公としては元々召喚に応じるつもりはなかったのだろうが、今回は魔界王の命令。元とはいえ長年使えた主人の孫だ。元主人の顔に泥を塗る訳にもいかず、仕方がなく仮契約を結んだという状況だろう。ここから本契約に進むのか、しばらく仮契約で進むのかは当人達の問題だ。
「じゃあ俺行ってくるわ。すげーの召喚するから見ててくれよなっ」
 アンリエッタが気がかりだと思い切り顔に書かれているが、だからこそケインはあえて明るくそう言って席を立つ。
「ロワール家当主クロード・D・ロワールが息子、ケイン・ロワールと申します。正式なご挨拶はまた後程」
「これはご丁寧に。仮の姿で失礼します。私はコルトン=シャルルマーニュ。お見知りおきを」
 互いに短い挨拶をかわすと、ケインは会場へと向かった。
「…ロワール家にしては、いい奴だな」
 ぼそりと呟き、彼は恐る恐るわたしを見る。気持ちはわからないでもない。
「シャトレーゼ・ボルドーと申します。魔力はありません。何故主人を務めているのか自分でも謎です。かしこまる必要もありません」
「…なるほど、よくわかった。コルトン=シャルルマーニュだ。こちらも畏まってもらう必要はない。できる範囲で協力もする。よろしく頼む」
「はい、心強いです」

 そんなわたし達のやりとりを、デュグディドゥさんは頭に疑問符を浮かべて眺めていた。
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