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第五章 魔王
その1 国王陛下
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薄暗く長い廊下に足音が響く。
「……」
「……」
「……」
先程まであんなにも話をしていたというのに、今は沈黙が支配している。
ウンディーネさんとシルフは、握り拳ぐらいの大きさの光る玉となって、ふよふよと側を漂っている。
ハッキリ言って、鬼火や人魂みたいで不気味だ。
「…なぁ」
「ぅひゃあ!」
突然ディアがしゃべった。俺は反射的に、変な悲鳴をあげていた。
「ななななななに!?」
「いや、あの、たいした事じゃないんだけどよ。…いつまで、掴かんでるんだ?」
「なに、なにを?」
「手」
自分の手を見る。
その手はしっかりとディアの服を掴んでいた。
…無意識って、凄いね。
「掴んでいたら、ダメ?」
「いや、構わねぇけど…」
再び訪れる静寂。
足音だけが響く長い廊下。
どこまでも薄暗く、高い天井。
先の方なんて良く見えない。
なんだか、闇の中に引きずり込まれそうで怖い。
前方に何かが見えてきた。
近付くにつれ、扉だという事が分かる。たぶん、天井まで高く延びる壁の、半分くらいまではあるだろう。
見上げると首が痛くなるほど大きな扉だ。複雑な、それでいて美しいと感じる彫り込みのある扉だが、場所と雰囲気のせいか、不気味にしか思えない。
扉全体で『この奥に何かあります』と訴えているような感じがする。
「これ…」
「この先が、玉座の間です」
俺の呟きを聞き取って、シャルトゥーナ様が断言してくれた。
本当に一方通行だった。
俺達三人だけじゃ、かなり不安だ。
特に、俺が一番の足手まといだろう。
ディアは旅人だから戦いの経験はあるだろうし、シャルトゥーナ様にはウンディーネさんとシルフがついている。
俺はと言えば、ケンカの経験しかない。しかも相手は酔っぱらいだ。普通のケンカとは違う。
だめじゃん、俺。
出来るなら戦闘は避けたい。
「この先に、国王陛下が…」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
鼓動が早くなる。
ドキドキと鳴る心音がうるさいくらいだ。
「正確には魔王だけどな」
「うん。……えっ!?」
さらりと爆弾発言してくれたため、危なく聞き流すところだった。
「今更、何驚いてんだよ」
「いや、あの、生贄を集めたのは陛下なんじゃ…」
「人間の王が人間喰くってどうすんだよ。生贄なんて要求すんのは、魔族関係者ぐらいだ」
「そうなの?」
「この地は魔統族の治める地域です。彼等は代々魔王を呼び出す一族です」
俺の問いに、今度はシャルトゥーナ様が答えてくれた。
「え?何のために?」
「元々は魔王信仰だった、と文献に書いてありました」
「魔統の先祖は人間界に追放された元魔族だって話もあるしな」
「じゃあ、生贄を集めたのは、魔王を呼び出すためなの?」
「たぶん違うな。前に、えーと……リィリュンだっけ?その人が『召喚の儀式』を邪魔してるんだろ?」
「はい」
「だとしたら、『呼び出す為』じゃなくて『完全に具現する為』だな」
「ぐげん?」
俺は右に首を傾かしげる。
「そ。リィリュンって人は封魔だろ?彼女に召喚を邪魔されたなら、いくら領域内とはいえ、完全な形では召喚されないはずだ」
「なんで?」
今度は左に傾げる。
「封魔一族はその名の通り、魔を封じる力を有しています。魔王がこの地に影響を及ぼさないようにと、彼女は命を賭けてその力を封印したのです。残念ながら完全に封印するには至いたりませんでしたが……」
「…つまり、リィリュンさんに封印された力を取り戻す為に、生贄を集めたって事?」
「そういうことだ」
シャルトゥーナ様とディアが、交互に説明してくれた。
なんとなく分かった。ような気がする。
けどさ、知らなかったとはいえ、この国ってかなり危険な状態だったって事だよね。
暑くもないのに、俺の背を冷たいものが伝う。
この扉の向こうには、封印されているとはいえ、恐ろしい存在がいる。
もしも魔王と戦う事になったら、俺達に勝ち目はあるのだろうか。
弱気な考えが頭をよぎる。
俺はぶんぶんと頭を振って考えを追い払う。この向こうにいるとは限らないんだ。
それに、リィリュンさんは父さんと母さんの大切な妹だって、二人とも口を揃そろえて言っていた。
魔王は、リィリュンさんの仇になるんだよな。出来ることなら仇をうちたい。
でも、勝ち目はない。
でもでも、出口ってここしかないんだよなぁ。
魔王とは、顔を合わせる事になるんだろうなぁ。
「いいかソルト。部屋に入ったら気付かれないように出口に向かえ」
「え?」
「シャルトゥーナちゃんは道案内を」
「わかっています」
「え?え?じゃあディアは?」
俺を挟む様にして立つ二人の顔を、交互に見ながら聞く。
「俺は少しでも時間を稼かせぐ」
つまりそれは、ディアが一人で戦うという事になる。
「そんなのダメだよ!」
思った事がそのまま勢い良く口から飛び出した。
だって、相手は半分封印されているとはいえ、魔王なのだ。
どれ程の力を持っているかなんて、想像も予想も出来ないけど、ディア一人で戦っても勝てない事ぐらい、俺にだって分かる。
「そんな無茶、させられないよ」
俺の顔を見て、ディアはにこりと笑った。
そのまま俺の頭に右手をのせてわしゃわしゃと撫で始めた。
「わっ、ちょっとディア」
「大丈夫だって。まかせときな」
「でも…」
「ほら、行くぞ」
ディアは俺の言葉を遮さえぎって断言する。
これを合図ととったのか、シャルトゥーナ様が扉に手を掛けた。
重そうに見えたが、扉は簡単に内側ヘと開いた。同時に煙のようなものがさらさらと流れ出てくる。空気より重たいのか、床に溜っている。
少しカビ臭い。
二人が中に入る。人魂…じゃなくて、精霊二人(二玉?)も中に入る。
よし。
怖くない、と言えば嘘になる。
けれど、出口がここしかない以上、入るしかない。
魔王がいない事を祈りつつ、中に入るために一歩踏み出した。
ぼふびたーん
静かな部屋に、煙の中に何かを勢い良く叩きつけるような音が響く。
「何だ!?」「何です!?」
すぐさま、ディアとシャルトゥーナ様の鋭い声がした。
「った~~」
俺は上体を起こす。頭の上から肩を伝って、煙が流れ落ちた。
う~鼻痛いぃ。
鼻をさすりつつ視線を感じて顔をあげると、二人がこちらを見ていた。
煙は床が見えなくなるほどに厚く、部屋全体に漂っている。
ハッキリさせよう。
足元が見えなかったのだ。
おかげで俺は、扉と部屋の段差につまずき、ズッコケるはめになった。
…ちなみに「ぼふ」は煙に勢い良く突っ込んだ音。「びたーん」は床にぶつかった音だ。
「…何やってんだよ、お前」
「だってぇ」
さすさす。
痛みが少し和らいできた。
煙が充満する部屋の中を見回すと、玉座と呼んでよさそうな豪華な造りのイスに、男性が座っているのが見えた。
目元が隠れる程に長い前髪と、うなじまで伸びた黒い髪は、輝きを失いごわついている。頬は痩せこけ、目も虚だ。例えるなら『死んだ魚の様な目』。
綺麗な青い瞳は、光を失ったまま俺達を見る。
「扉を閉めますよ。気をつけて下さい」
「あ、はい」
張りのない声で言われ、俺は部屋の中に入った。
手を触れてもいないのに扉が閉まる。
身に付けられた王冠も衣服も、色褪せている。
この人が、国王陛下だろう。
「…おや、シャルトゥーナではないですか。何故此処に?」
「儀式の生贄として」
陛下の問いに、シャルトゥーナ様は淡々と答えた。
感情がなくて、怖い。
あえて感情を殺しているのだろうか。
「…そうですか。最近は起きている時が短くて…。済みませんね」
「いえ…」
「ところで…」
陛下の頭が僅わずかに動き、俺を見た。
「封魔のお嬢さん。貴女も、生贄に連れてこられたのですか?」
「あ、はい。…あの、俺は封魔じゃなくて女統族なのですけど…」
言ってから気付いた。別に今、訂正する必要はないんじゃないのかな。つい条件反射みたいに訂正しちゃったよ。
しかも性別については訂正してないし。まあ、いいか。
俺の側に、シャルトゥーナ様とディアが近付いてくる。
ディアは陛下をじっと見つめている。
警戒しているみたいだ。
「女統…族?」
「はい。南部地区に住んでいるんです」
陛下が『女統族』という単語に反応したような気がした。
「…貴女は『ツェン・リュリュン』という女性を存じていますか?」
え?
何でその名前が?
「俺の…母さんですけど…」
戸惑いつつも俺は答えた。
陛下の瞳が驚きに見開かれ、光が戻る。
「リュリュンのお子さん!?…お逃げなさい、今直ぐに!」
声に張りが戻る。
「え?あの…」
「シャルトゥーナ、彼女を早く逃がして!」
焦りの滲む声。
何だ?
まるで生き返ったみたいだ。もう目は死んでいない。
立ち上がりそうな雰囲気を出しているけど、立ち上がる事はない。
もしかしたら、立ち上がる事ができないのかもしれない。
「早く逃げなさい。私はもう二度と、あの子の大切な者を奪いたくない…!」
最後の部分は、自分に言い聞かせているようだった。
『あの子の大切な者』それは多分、
「リィリュンさんの事ですね」
俺の問いを聞き、陛下は自身の手を見つめる。
「愛していた…。失いたくなどなかった…」
陛下の体が震えている。言ってはいけない事を言ってしまったみたいだ。
どうしよう、悪い事しちゃった。
「早く、お逃げなさい。私は…あの子の、リュリュンちゃんの……全てを許すあの笑顔を…二度と、見たくはない」
「ソルトさん、こちらへ」
「え?…うん」
陛下に気を取られていた俺の手を、シャルトゥーナ様が引く。
陛下は震える両手で顔を覆った。
俺達が来た扉の反対側に、別の扉がある。あれが、この部屋の出口なのだろう。
シャルトゥーナ様が俺の手を引いて、陛下の前を通り過ぎる。後ろにディアが続いた。
「早く、城の外へ…。私の中の魔王が、目覚める前に、早く…!」
切望する陛下の声を背に受け、俺達は出口に向かう。
シャルトゥーナ様の手が、扉に触れかけた時だった。
『何処に行くのかね?』
陛下が、呼び止めた。
「……」
「……」
「……」
先程まであんなにも話をしていたというのに、今は沈黙が支配している。
ウンディーネさんとシルフは、握り拳ぐらいの大きさの光る玉となって、ふよふよと側を漂っている。
ハッキリ言って、鬼火や人魂みたいで不気味だ。
「…なぁ」
「ぅひゃあ!」
突然ディアがしゃべった。俺は反射的に、変な悲鳴をあげていた。
「ななななななに!?」
「いや、あの、たいした事じゃないんだけどよ。…いつまで、掴かんでるんだ?」
「なに、なにを?」
「手」
自分の手を見る。
その手はしっかりとディアの服を掴んでいた。
…無意識って、凄いね。
「掴んでいたら、ダメ?」
「いや、構わねぇけど…」
再び訪れる静寂。
足音だけが響く長い廊下。
どこまでも薄暗く、高い天井。
先の方なんて良く見えない。
なんだか、闇の中に引きずり込まれそうで怖い。
前方に何かが見えてきた。
近付くにつれ、扉だという事が分かる。たぶん、天井まで高く延びる壁の、半分くらいまではあるだろう。
見上げると首が痛くなるほど大きな扉だ。複雑な、それでいて美しいと感じる彫り込みのある扉だが、場所と雰囲気のせいか、不気味にしか思えない。
扉全体で『この奥に何かあります』と訴えているような感じがする。
「これ…」
「この先が、玉座の間です」
俺の呟きを聞き取って、シャルトゥーナ様が断言してくれた。
本当に一方通行だった。
俺達三人だけじゃ、かなり不安だ。
特に、俺が一番の足手まといだろう。
ディアは旅人だから戦いの経験はあるだろうし、シャルトゥーナ様にはウンディーネさんとシルフがついている。
俺はと言えば、ケンカの経験しかない。しかも相手は酔っぱらいだ。普通のケンカとは違う。
だめじゃん、俺。
出来るなら戦闘は避けたい。
「この先に、国王陛下が…」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
鼓動が早くなる。
ドキドキと鳴る心音がうるさいくらいだ。
「正確には魔王だけどな」
「うん。……えっ!?」
さらりと爆弾発言してくれたため、危なく聞き流すところだった。
「今更、何驚いてんだよ」
「いや、あの、生贄を集めたのは陛下なんじゃ…」
「人間の王が人間喰くってどうすんだよ。生贄なんて要求すんのは、魔族関係者ぐらいだ」
「そうなの?」
「この地は魔統族の治める地域です。彼等は代々魔王を呼び出す一族です」
俺の問いに、今度はシャルトゥーナ様が答えてくれた。
「え?何のために?」
「元々は魔王信仰だった、と文献に書いてありました」
「魔統の先祖は人間界に追放された元魔族だって話もあるしな」
「じゃあ、生贄を集めたのは、魔王を呼び出すためなの?」
「たぶん違うな。前に、えーと……リィリュンだっけ?その人が『召喚の儀式』を邪魔してるんだろ?」
「はい」
「だとしたら、『呼び出す為』じゃなくて『完全に具現する為』だな」
「ぐげん?」
俺は右に首を傾かしげる。
「そ。リィリュンって人は封魔だろ?彼女に召喚を邪魔されたなら、いくら領域内とはいえ、完全な形では召喚されないはずだ」
「なんで?」
今度は左に傾げる。
「封魔一族はその名の通り、魔を封じる力を有しています。魔王がこの地に影響を及ぼさないようにと、彼女は命を賭けてその力を封印したのです。残念ながら完全に封印するには至いたりませんでしたが……」
「…つまり、リィリュンさんに封印された力を取り戻す為に、生贄を集めたって事?」
「そういうことだ」
シャルトゥーナ様とディアが、交互に説明してくれた。
なんとなく分かった。ような気がする。
けどさ、知らなかったとはいえ、この国ってかなり危険な状態だったって事だよね。
暑くもないのに、俺の背を冷たいものが伝う。
この扉の向こうには、封印されているとはいえ、恐ろしい存在がいる。
もしも魔王と戦う事になったら、俺達に勝ち目はあるのだろうか。
弱気な考えが頭をよぎる。
俺はぶんぶんと頭を振って考えを追い払う。この向こうにいるとは限らないんだ。
それに、リィリュンさんは父さんと母さんの大切な妹だって、二人とも口を揃そろえて言っていた。
魔王は、リィリュンさんの仇になるんだよな。出来ることなら仇をうちたい。
でも、勝ち目はない。
でもでも、出口ってここしかないんだよなぁ。
魔王とは、顔を合わせる事になるんだろうなぁ。
「いいかソルト。部屋に入ったら気付かれないように出口に向かえ」
「え?」
「シャルトゥーナちゃんは道案内を」
「わかっています」
「え?え?じゃあディアは?」
俺を挟む様にして立つ二人の顔を、交互に見ながら聞く。
「俺は少しでも時間を稼かせぐ」
つまりそれは、ディアが一人で戦うという事になる。
「そんなのダメだよ!」
思った事がそのまま勢い良く口から飛び出した。
だって、相手は半分封印されているとはいえ、魔王なのだ。
どれ程の力を持っているかなんて、想像も予想も出来ないけど、ディア一人で戦っても勝てない事ぐらい、俺にだって分かる。
「そんな無茶、させられないよ」
俺の顔を見て、ディアはにこりと笑った。
そのまま俺の頭に右手をのせてわしゃわしゃと撫で始めた。
「わっ、ちょっとディア」
「大丈夫だって。まかせときな」
「でも…」
「ほら、行くぞ」
ディアは俺の言葉を遮さえぎって断言する。
これを合図ととったのか、シャルトゥーナ様が扉に手を掛けた。
重そうに見えたが、扉は簡単に内側ヘと開いた。同時に煙のようなものがさらさらと流れ出てくる。空気より重たいのか、床に溜っている。
少しカビ臭い。
二人が中に入る。人魂…じゃなくて、精霊二人(二玉?)も中に入る。
よし。
怖くない、と言えば嘘になる。
けれど、出口がここしかない以上、入るしかない。
魔王がいない事を祈りつつ、中に入るために一歩踏み出した。
ぼふびたーん
静かな部屋に、煙の中に何かを勢い良く叩きつけるような音が響く。
「何だ!?」「何です!?」
すぐさま、ディアとシャルトゥーナ様の鋭い声がした。
「った~~」
俺は上体を起こす。頭の上から肩を伝って、煙が流れ落ちた。
う~鼻痛いぃ。
鼻をさすりつつ視線を感じて顔をあげると、二人がこちらを見ていた。
煙は床が見えなくなるほどに厚く、部屋全体に漂っている。
ハッキリさせよう。
足元が見えなかったのだ。
おかげで俺は、扉と部屋の段差につまずき、ズッコケるはめになった。
…ちなみに「ぼふ」は煙に勢い良く突っ込んだ音。「びたーん」は床にぶつかった音だ。
「…何やってんだよ、お前」
「だってぇ」
さすさす。
痛みが少し和らいできた。
煙が充満する部屋の中を見回すと、玉座と呼んでよさそうな豪華な造りのイスに、男性が座っているのが見えた。
目元が隠れる程に長い前髪と、うなじまで伸びた黒い髪は、輝きを失いごわついている。頬は痩せこけ、目も虚だ。例えるなら『死んだ魚の様な目』。
綺麗な青い瞳は、光を失ったまま俺達を見る。
「扉を閉めますよ。気をつけて下さい」
「あ、はい」
張りのない声で言われ、俺は部屋の中に入った。
手を触れてもいないのに扉が閉まる。
身に付けられた王冠も衣服も、色褪せている。
この人が、国王陛下だろう。
「…おや、シャルトゥーナではないですか。何故此処に?」
「儀式の生贄として」
陛下の問いに、シャルトゥーナ様は淡々と答えた。
感情がなくて、怖い。
あえて感情を殺しているのだろうか。
「…そうですか。最近は起きている時が短くて…。済みませんね」
「いえ…」
「ところで…」
陛下の頭が僅わずかに動き、俺を見た。
「封魔のお嬢さん。貴女も、生贄に連れてこられたのですか?」
「あ、はい。…あの、俺は封魔じゃなくて女統族なのですけど…」
言ってから気付いた。別に今、訂正する必要はないんじゃないのかな。つい条件反射みたいに訂正しちゃったよ。
しかも性別については訂正してないし。まあ、いいか。
俺の側に、シャルトゥーナ様とディアが近付いてくる。
ディアは陛下をじっと見つめている。
警戒しているみたいだ。
「女統…族?」
「はい。南部地区に住んでいるんです」
陛下が『女統族』という単語に反応したような気がした。
「…貴女は『ツェン・リュリュン』という女性を存じていますか?」
え?
何でその名前が?
「俺の…母さんですけど…」
戸惑いつつも俺は答えた。
陛下の瞳が驚きに見開かれ、光が戻る。
「リュリュンのお子さん!?…お逃げなさい、今直ぐに!」
声に張りが戻る。
「え?あの…」
「シャルトゥーナ、彼女を早く逃がして!」
焦りの滲む声。
何だ?
まるで生き返ったみたいだ。もう目は死んでいない。
立ち上がりそうな雰囲気を出しているけど、立ち上がる事はない。
もしかしたら、立ち上がる事ができないのかもしれない。
「早く逃げなさい。私はもう二度と、あの子の大切な者を奪いたくない…!」
最後の部分は、自分に言い聞かせているようだった。
『あの子の大切な者』それは多分、
「リィリュンさんの事ですね」
俺の問いを聞き、陛下は自身の手を見つめる。
「愛していた…。失いたくなどなかった…」
陛下の体が震えている。言ってはいけない事を言ってしまったみたいだ。
どうしよう、悪い事しちゃった。
「早く、お逃げなさい。私は…あの子の、リュリュンちゃんの……全てを許すあの笑顔を…二度と、見たくはない」
「ソルトさん、こちらへ」
「え?…うん」
陛下に気を取られていた俺の手を、シャルトゥーナ様が引く。
陛下は震える両手で顔を覆った。
俺達が来た扉の反対側に、別の扉がある。あれが、この部屋の出口なのだろう。
シャルトゥーナ様が俺の手を引いて、陛下の前を通り過ぎる。後ろにディアが続いた。
「早く、城の外へ…。私の中の魔王が、目覚める前に、早く…!」
切望する陛下の声を背に受け、俺達は出口に向かう。
シャルトゥーナ様の手が、扉に触れかけた時だった。
『何処に行くのかね?』
陛下が、呼び止めた。
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