そして彼等は旅に出る

襟川竜

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第四章 真実は心の中に…

その3 家族の絆

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リィリュン。
血は繋がっていないらしいけれど父さんと母さんの妹で、15年前から行方不明になっている人。
二人がずっと探している人。
肯定されて確信した瞬間、俺は身を乗り出して聞いていた。
「その人、今ドコにいるの?父さんと母さんがずっと探しているんだ!」
「あ…ええと…彼女は…」
歯切れが悪い。
いつもきっぱりはっきり言うシャルトゥーナ様が、言葉を濁している。
嫌な、予感がした。
『リィリュンならとっくに死んでるよ』
「え…」
「『シルフ!』」
シャルトゥーナ様とウンディーネさんが同時に叱咤しったする。
『すぐにバレるんだから、いいじゃんさ』
悪びれるでもなく言いのける。
「…死ん…で…る…?」
言われた事の意味が分からず、シルフの言葉を無意識に呟く。
じわりじわりと、水が紙に染みるように、俺の頭に入ってくる。
ゆっくりと、意味を理解する。
「そんな…どうして?」
『イケニエだよ。イケニエ』
『国王が魔王を呼び出し、その対価としてリィリュンの命が捧げられた、そう聞いています』
「相変わらず、悪趣味な奴」
それくらいわかれ、そんな口調のシルフに続き、悲しみに瞳を伏せながらウンディーネさんは話す。
それを聞いて、ディアは忌々しげに呟いた。その顔は嫌悪と憎悪に満ちている。
俺と目が合うと、なぜか申し訳なさそうな顔をした。
まるで、その場にいる全員に謝っているような、そんな感じがした。
なぜディアがそんな顔をしたのか分からないが、もう一つ気になる事がある。
「……聞いているって事は、ウンディーネさんは死んだ所を見てないの?」
『はい。私もシルフも知りません。彼女のその後を知っているのは、シャルトゥーナだけです』
「…本当に、死んだの?」
「はい、亡くなりました。けれど、生贄になった訳ではありません」
「じゃあ、何で?」
「詳しい事は話せません。ただ、魔王を封ずるために命を賭けた、とだけ言っておきます」
ベールを被っているため、表情が分からない。
この事が、これほど憎たらしく思ったのは初めてだ。
声の調子から判断すれば、嘘を言ってはいないように感じる。
けど、見えないから、シャルトゥーナ様の本当の気持がわからない。
「そのベール、いい加減に外したら?」
全員の視線が、集まる。はっとして、手で口を覆った。
無意識の内に、声に出てしまった。
疑うような、トゲのある声。
やばい。
「ご、ごめんなさい」
「表情が見えないと、疑いたくなりますよね」
シャルトゥーナ様は笑いながら言う。気遣ってくれているようだ。
「うぁ…えと…あ、あの。魔王を封印するために亡くなったんだよね?何で倒すためじゃないの?」
無理矢理、話題を変える。
これしか思い付かなかったし、疑問でもあった。
「人に魔は倒せない」
答えは別の方向から返ってきた。
ディアは、俺から視線をそらし、目を伏せる。
「なんで?」
「魔を倒すのは魔のみ。人に魔は倒せない。魔は負の感情を産み出すものだ。世界から負の感情が消えれば、バランスが崩れて世界は滅ぶ」
「神様でも?」
「神は正の感情を産み出すものだ。相反する。魔の代わりにはならない。だから倒せない」
難しい。
言っている事は簡単な様な気がする。
人が魔を倒せないのは魔が強いから、それならば分かりやすいのに。
神と魔が相反するなら倒せそうな気もする。
でも駄目。ますます分からない。
「人に魔は倒せない。だから封印にとどまる。……そろそろ行こう。シャルトゥーナちゃんのケガも治ったみたいだし」
ディアは立ち上がる。言われて思い出した。
そうだ、彼女怪我していたんだ。
「わわわ忘れてた。ごめんなさい怪我させて。大丈夫なんですか!?」
「今更よ?とっくに治っているわ」
身を乗り出して聞いたけど、笑いながら答えられた。
だって、鏡魔倒しちゃうし、不機嫌だったし、その後もいろいろあったし。
いや、忘れていた俺が悪いのだけどさ。

「ソルトさん、いつまでそうしているつもり?置いて行くわよ」
「あ、待って」
顔を上げると既に四人(精霊達は浮いてるけど)は歩き出していた。
俺は慌てて後を追う。
こんな薄暗い所に一人でいたら、今度こそ本物が出てきそうな、そんな感じがした。


※ ※ ※


「ちょ、どうなってんの?」
三人が入って行った鏡を見ながら、パインは呟く。
別に答えを待っていた訳ではないだろう。ここにいるのは、術などとは無縁の生活を送っていたティファーヌ、コルレッタ、レティアなのだ。
パインの呟きに、やはり三人は答えられない。
「あまり近寄らない方がいいですよ」
鏡を覗き込むパインに、戻ってきたエルドラードが答える。
周囲の様子を見回ってきたのだ。
「この鏡って、移動用の譜陣とか敷かれてんの?」
「おそらくは」
ソルトがシャルトゥーナを追いかけて入って行った鏡は、周囲の鏡より少しだけ大きい。
また大きいだけではない。他の鏡よりも少しだけ青みがかっているのだ。
ただし、注意して見なければ分からない程、色は薄い。
「『ふじん』とはどういう意味なのですか?」
ティファーヌがパインに問う。
「えーと、魔法陣みたいなもんよ。普通の魔法陣と違うんだけど、あたしそうゆーのって、詳しくないのよね」
パインは助けを求めるようにエルドラードに視線を向けた。
だがエルドラードは鏡を調べていて、パインの視線には気付いていない。
「ね、早いとこソルト達を助けに行こうよ」
コルレッタが鏡とエルドラードを見比べながら言う。
エルドラードは首を横に振った。
「そうしたいのは山々ですが、この鏡には特殊な細工がしてあります。一度入ったら、出られません」
「え?それでは三人はどうなるのですか?」
レティアが不安げに尋ねる。
「大丈夫です。必ず別の場所に出口がありますから」
エルドラードの言葉に、ティファーヌは胸を撫で下ろした。
よほどシャルトゥーナの事が心配だったのだろう。
「とにかく、僕達はディアが言っていたように出口を目指しましょう」
「えー。そりゃムリでしょー」
エルドラードに答えたのは、三人ではなかった。
別の鏡から黒い外套マントに身を包んだ人物が二人、現れたのだ。

一人は無表情の男性。もう一人は、瞳に狂気の光を宿した男性。
振り向きざま、エルドラードは剣の柄に手をかける。そのままティファーヌを庇う位置へと移動した。
またコルレッタも矢筒から矢を抜き、弓へとあてがいながらレティアを庇う位置へと移動する。
「ぬーん。なっつかしーい気配がしてきてみたのに…。あっれ~?」
「ふむ。どうやら行き違いだったようだな」
「ええ~。ツマンネ~」
「そう言うな、サヅリ。陛下の意思に背くつもりか?」
サヅリと呼ばれた男は少々口を尖らせながらも、無表情の男に従った。
「ご用はなんでしょう」
エルドラードが二人に問う。
口調は柔らかいものの、その瞳は油断なく二人を見ている。
「陛下のご意思により、御同行願いまーす」
「断る、と言ったらどうします?」
ふざけた口調のサヅリと無表情の男を油断なく見据え、エルドラードは会話を続ける。
「その場合は、引きずってでも連れて行く」
「成程」
「しつっこい男は嫌われるわよ」
トンファーを隠したパインが、二人を睨みつけながら言う。
挑発のつもりだったのだろうが、二人は冷静に受け流したようだ。
「さて、一緒に来てもらおうか」
「お断りします」「じょーだんぢゃないわよ」
エルドラードとパインが同時に答えた。
「ならば、仕方ない」
「ゾナ、金の奴は殺やってもいーだろ?」
サヅリが唇くちびるをぺろりと嘗める。
それを横目で見て、無表情の男――ゾナは「ああ」と肯定した。
サヅリが腰を低く落とす。両手の爪が伸びた。指を閉じれば肘から爪先までがひと振りの剣の様だ。先端がかなり鋭するどい。爪だからと言って侮あなどるのは良くないだろう。
ゾナも刀身の黒い短剣を取り出した。投擲とうてき用に特化した形だ。飛刀ひとうとして使われたら、素人しろうとに避けるのは難しいだろう。
ましてやここは『鏡の間』。場所が悪すぎる。
「ティファーヌさん、レティアさんは下がっていてください。コルレッタさん、援護をお願いします。パインさんは…」
「あたしならだいじょーぶよ。ヤークティの人間じゃないから」
エルドラードの指示に従ってティファーヌとレティアが後退する。
コルレッタは二人を庇うようにしながら距離を取り始めた。
パインはエルドラードの隣に移動すると、武器を構える。
なぜか持っているのは愛用のトンファーではなく、先程までティファーヌが持っていた長剣だ。何か考えがあるのだろう。
「ばっかだなぁ。オレ達に勝てるワケないじゃん。素直に従えばいーのに」
サヅリの瞳がギラギラと輝く。
「もしかしたら、僕達が勝つかもしれませんよ?」
エルドラードが切っ先を二人に向けた。
「では、こちらもそれ相応のお相手をしよう」
ゾナの瞳が細められる。
「いくわよ。やられる準備しなさい!」
パインの言葉が、開戦の合図になった。
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